2017-04

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友人の挨拶

 中國青島の小学校仲間の武藤直大さんは毎年のように中國へお出かけになっているのですよ。タフです。
 その報告の一部ですが、ユーモアに富み嬉しくなってしまいました。彼は都内に住み、規則正しく生活をしております。
 その実像を知るだけにこれは紹介させて頂こうと彼の了解を頂きました。


 タイトルは「病院の会議に列席」です

 中国の都市には市政府と言う組織がある。名前からして日本の市役所のようなものだろうが権力はもっと大きいようだ。その市政府の大病院の会議に列席させてもらった。会議と言っても、病院内の各科の幹部を集めて、院長が主催する親睦目的の夕食会である。似たことは今まであったが、私がなぜ、そんな会に出ていいのか分からない。

 「私の友人で、日本の雑誌の元編集長。老人問題についても詳しい」

 というのが、友人が紹介した私の”身分証明“である。始まる前、だまって会議室の様子を眺めていた。出席者が入って来ると、正面に座っている院長に近寄って挨拶する。その場で出来ないような複雑な話になると、2人でそそくさと別室に行き、何分か経って帰ってくる。こういう場面は日本の会社でもよく見かける、上司と部下のコミュニケーションのようだった。

 やがて料理が出され、会議が始まった。会場は病院内の1室である。と言ってもちゃんと大飯店と同じような豪華丸テーブル、椅子も客室用で大きく座り心地がいい。友人から前もって教えられていたのは、「役人の汚職、ぜいたくは厳しくなっている。部内での打ち合わせや会議に、外のレストランやホテルを使うことは出来なくなった。だから病院の中につくって持ち込ませている」

 これこそ中国流“上に政策あれば、下に対策あり”の実例だろう。しかも出席者の中には、官公庁、企業などの組織には必ず派遣されている共産党の書記(監視役)もいるのだ。友人が私を紹介した時、彼はにこやかに会釈して握手してくれた。

 会議と言うか宴会は仲間同士笑ったりひそひそ話したり賑やかだが、院長が話しはじめると静かになって傾聴する。私は黙々と食べながら観察していると、会の半ばになって院長が、「今日は日本から雑誌の元編集長が見えておられます。老人問題にも詳しい私たちの先輩で、うれしいことです」と歓迎の辞を述べてくれた。そうなると黙って食べているだけでは格好がつかない。老人問題に詳しいと言うのは、友人が勝手に創り出した理由で、私は普通の週刊誌の編集長をしただけである。専門のお医者さん相手に老人問題など話せない。
 そこで、「私は80代半ばになりました。それで皆さん方の誰よりも早く天国に行くことになるでしょう。実はそのことで悩みがあるのです。  私は若いときに妻を亡くし、再婚してまた先立たれました。それで私が死んで天国に行ったとき、どちらに先に会ったらいいか。1人に先に会えば、後にされた方が怒るだろうし、2人一緒に会ったらケンカになってしまう。どうしようかと迷っていたら、最近3人目が出来てしまいました。もう天国でも殺されるかもしれない」

 友人が中国語に訳してくれる。終わりの方で「3人目は財産目当てだろう」とヤジが飛んだので、私が毅然として「オンリー セックス」と答えたら、感心したような疑わしいような表情。
 
 そこで院長がおもむろに診断を下した。

 「貴方の今の生き方は健康的でいいですよ。今は女性も強くなっているから、先に天国に行かれた奥さん方は元気に恋愛したり、結婚していますから心配することはない。貞淑な奥さんでひたすら貴方を待っている女性もいるかもしれない。そういう方は優しくてひどくは怒りませんから大丈夫」

「それで安心しました」

 とお礼を述べたら、後で友人から院長の専門は精神科だと言われた。なるほど納得したい気になるし、ユーモアも心得ておられる。
       
       以上が武藤さんの報告です。
 
         武藤直大さん

 これは確か杭州に行かれた時の写真だと思います。私の手元にあるのを選びました。若しかしたら他の都市かも知れません。
 でも武藤さんには間違いないですよ。

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中國青島の地下鉄

 2月18日にお会いした青島から筑波大大学院に留学していた方が2月25日から帰国なさると話しておりました。
 青島から地下鉄の写真を送りますよと約束。
 数日前何枚も地下鉄の駅風景などを送って下さいました。
 私が2010年9月に青島に行った時、地下鉄の工事が進められているとお聞きしておりました。
            
             完成したのですね。

            地下鉄3

        送られて来た写真を掲載しましょう。

      地下鉄1  地下鉄2

      地下鉄4  地下鉄5

      地下鉄6  地下鉄7

      地下鉄8  地下鉄9

 写真は頂いたのですが、説明がありませんので、詳しいことが分かりません。そこでネットで調べて見ました。
 便利な世の中を実感しました。
 青島に住む日本人女性のエリカさんのブログに辿り着きました。
 エリカさんのブログを拝見して頂くと、利用の仕方、チケットの買い方など詳しく案内して頂けます。
 地下鉄のことだけではなく、様々なことを知ることが出来ます。
 是非ご覧になって下さい。 
 
 また青島のことはここからどうぞご覧になって下さい。

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新しい出会い

 今日の午後 約束してありました中國青島から筑波大学に留学して来ている青年とお会いしました。
 我孫子は駅周辺に余りゆっくりお喋りをする所がありませんので、駅北口の近くのモスバーガーでお喋りをして来ました。
 青島日本人会の池田さんから紹介されたとメールがあり、私に会いたいと言うことで実現しました。
 
 お会いしました彼は好青年です。とても礼儀正しく好感が持てました。
 日本に来て大学を卒業。それから筑波大学の修士課程に在学しております。

 私と会いたいと言うことは、彼の生まれる前1940年台の青島の様子を知りたいと言うことですね。
 私の知ることは極僅かですが、少しでもお役に立てればと思ってお会いしました。

 彼が調べたいと言う資料は日本に多くあるようです。
 資料集めを一所懸命されていることが良く分かりました。

      青島復刻版1140

 私は上の冊子を持って行きましたが、彼の研究対象には余り関係がなさそうで、少し見て頂いただけです。

 青島生まれ、青島育ちとなれば話は色々と出て参ります。古い話も出来るだけ思い出して話しました。

      青島鳥瞰図昭和13年

 私の青島行きの時の話や、青島関連の人々のことも出て参りました。
 話すことも整理してお見えになり、話がし易かったですね。
 とても良い時間を過ごして来ました。

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昨日の青島

 一昨日知人の山本一生さんのFacebookを久しぶりに拝見しましたら、何と成田第一ターミナルから青島に出張するところでした。
 先日青島羊会の最後の会報をお送りしたのですが、青島にお出かけとは知りませんでした。
 そこでコメントでご一緒したい気分ですと送りましたら、どこか見て来て欲しい所がありましたら、連絡下さいと返信がありました。
 改めて考えましたよ。最近の青島はどうなんだろうとね。そこで青島観光案内を見ました。YouTubeに「中国青島の旅」と言うのがありました。
 それを見て見ましたら、殆ど知っている所で、その中では選ばず、昔住んだことのある、斎東路11号の家を見て欲しいと思ったのです。
 一番良いのはLINEかしらと、果たして青島に通じるか試しにメールを送って見ました。
 通じましたよ。そして昨日山本さんは早速斎東路までお出かけになって下さったのです。
 午前11:00からLINEに連絡が入って来ました。
 今傍にきました。これから上に行きます。この家でしょうか。建物は蔦に覆われていますから、中には入れませんね。
 次々に写真とメールが送られてきます。
 数秒置きにだったり、数分置きだったり、LINEは既読が分かりますから、行動が良く分かりますね。
 有難いことです。
 
 送られて来た写真は保存 それをパソコンに転送します。楽しかったですね。

            送られて来た写真を載せましょう。

             斎東路1

 これは斎東路に入って行ったところです。山本さんのFacebookからお借りしました。昔と変わらない道です。

     斎東路は旧青島市街ですが、閑静な住宅街です。

    斎東路2  斎東路4

 青島の道路は奇数偶数で左右か東西に分かれて並んでいます。分かり易いですね。右の家が斎東路11号です。

    斎東路3  斎東路11号2

 左は昨日の斎東路11号です。 右は2005年に見に行った時のものです。

    斎東路11号2007年   斎東路11号

 左は2007年に行った時です。改装も始まっていますね。 右は2009年に行ったときのものです。
 1994年に夫と行った時の家は実に無残な感じで眺めて来たものです。ドイツ時代の建物で、ドイツ式の半地下はボイラー室になっていましたが、其処にも人が住んでいるようでした。今も若しかしたらそうかも知れません。
 昨日の11号はいつの間にか蔦が大きく伸びています。坂道の石畳は昔の儘のように見えます。

 斎東路26号は有名な伊達順之助が住まわれていたのです。そのことを山本さんにお伝えしましたら、傍ですから序に行ってみましょうと、伊達さん宅を送って下さいました。

    斎東路」26号  斎東路伊達邸後

 更に16号から上る階段。階段を上った所から見える信号山公園のドームを見せて下さいました。

    斎東路階段  斎東路から信号山公園

 この間のやり取りは11:00から12:06で終わりました。世界が狭くなったと実感しましたね。
 僅か1時間6分でこれだけのことが済んでいるのですね。
 
 伊達さんのことについてはブログの2007年12月17日18日19日2008年6月26日にアップしております。関心がございましたらご覧になって下さいますようお願いいたします。

 偶然今日青島羊会の友人から新著を頂きました。10月15日に発行されるそうです。

            菅野さん本

 ご主人の介護で長く頑張って来られましたが、書くことを続けておりました。とても確りとした方で尊敬をしております。

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惜別の言葉 その2

 徐々に体力の衰えを感じ始めてから、羊会懇親会への出席も途絶え勝ちになっておりました。
 宮崎さんから打診を頂き、それでは最後に相応しい会にしたいと思い、女性方からのご意見も頂き、立食形式ではなく、ゆっくり過ごすことを念頭に、霞が関での会になりました。
 会場を決めた後、昨年まで使っていた弥生会館がどういう事情か今年は使えませんと知らされて、先に決めてあって良かったと宮崎さんと一安心したことでした。

会場が決まり、それを直ぐにソウルの金さんや鹿児島の西村さんに知らせしました。

       お二人の言葉を紹介しましょう。
   
       金さん2013年  金さん

       西村さん2  西村唯雄さん

 金景珍さんは実に誠実な方です。時々近況を伝えて下さいます。写真は前回来日された時に柏まで会いに来て下った時のものです。
 下の写真の西村唯雄さんは鹿児島の姶良市に住まわれております。日本で初めてお会いした時、直ぐに分かりました。
 「毎日ブログを見ていますよ」とメールを頂き、変わらぬ友情に感謝の念を抱いております。

              羊会遠足

 これには金さんも西村さんも写っております。お二人を初め懐かしい方が何人も見られました。

 石原 守さんは青島生まれ、青島育ち お母様も青島高女の卒業生 青島っ子ですね。
 写真は青島迎賓館を訪れた時のものです。

      石原さん  石原守さん

 羊会の方でも現在海外に住まわれている方は金さん以外に3名おります。2名の方のを紹介させて頂きます。
 
 サンパウロに住む峰村正威さん 写真はサンパウロのホテルに私を訪ねて下さった時のものです。
 峰村さんとは青島でお会いし、その後ブラジルでもお会いしたのです。

      峰村さんと私  峰村さん原稿

 アルゼンチンはブエノスアイレスに住む渡辺 謙さん 写真はブエノスアイレスのホテルに会いに来て下さったときのものです。
 受勲された時 帰国されたそうですが、殆どの方はお会いしておりませんでしょう。

      渡辺さんと私  渡辺さん

 峰村さんと渡辺さんはここで皆さんからお会いして頂けると思い、私も一緒させて頂きました。

 最後に金さんの奥様も感激なさったと言う、中村八大さんのピアノを弾く姿を載せましょう。
 これは霞ヶ関の会場だったのです。懐かしいです。

                八大さんピアノ503

 安永さんも八大さんに伴奏をお願いし、シャンソンを歌ったものです。天下の八大さんの伴奏で私も歌ってみれば良かったと時々思い出します。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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