2017-04

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美味しかった紹興酒

 2004年10月に私は生徒さんと一緒に中国にゆきました。
 それはチャイナドレスをテーマーにした北京から上海への旅です。
 日程の基本は私の考えたコースを中心にし、出来るだけ役に立ち楽しい旅にしたいと思いました。
 昨日は北京で飲んだ紹興酒の美味しさに驚いた話が出ました。

       北京での夕食

    ここは人民大会堂の二階の個室です。
 
 人民大会堂の大きな広間は皆さんがご存知の場所ですね。二階の一室に私たちの席は用意されていました。
 この部屋に私たちは自作のチャイナドレスを着て座る筈でした。
 ところが万里の長城からの道の渋滞でホテルに戻れず、予約の都合でチャイナドレスを着ることは出来ませんでした。
 残念なことになりました。
 通された部屋での中華料理の美味しさは格別でした。コースですが丁寧に運ばれて来ます。
 ゆっくりと間を取り、出て来ます。盛り付けも垢抜けています。
 特に皆で声を上げて驚き飲んだ紹興酒の美味しかったこと。香りが品よく見事なお酒でした。
 日本に持ち帰りたいと分けて欲しいとお願いしたのです。ところがこれはここでしか使われない物で、販売はしませんと言うことなんです。
 支払いになりましたら、この紹興酒なんと1本800円です。安いので驚きました。

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エジプト旅行 9日目から帰国まで

 エジプトの驚くべき政変 ムバラク失脚となってもなお政情は不安が続いているようです。
 私たちと一緒に廻って下さったアムラさん(カイロ大学日本語学科第一期卒業)彼女はどうしているでしょうか。日本からの観光客は途絶えているでしょうから、毎日をどう過ごしているのでしょうか。

 1996年12月 エジプト旅行の8日目の夕方 ルクソールからエジプト航空166便でカイロに戻りました。カイロの街には灯りが輝き、バスは一気にギザのホテルに着きました。大きなホテル フォルテグランドのロビーは天井が高く、豪華に見えました。早速アーケードを探索。煌びやかな品々を眺めウンウンと感心しました。
 夜明けカーテンを開けますと目の前に忽然とも言えるようにピラミッドの姿が現れました。これぞエジプト
 
             ホテルから見えたピラミッド

 午前 バスはメンフィスのミュージアムに着きました。ラムセスⅡ世の像等を拝見 そしてサッカラの階段ピラミッドを訪ね、私はロバに乗り(唯跨っただけ)周辺の砂漠様の姿に触れました。

        メンフィスのミュージアム    ろばに乗る
 
 階段ピラミッドから貴族の墓を見学しました。入口の男性が私のボールペンを見て、呉れと言います。上げる訳にはゆきませんので断りました。そこから昼食をとるシーフードレストラン「クリスト」に向かいました。
 バスからロバに引かせる水汲みの井戸が見え、印象に残っております。あのピラミッドをはじめ多くの遺跡のあるエジプト。古代の人は灌漑の水路をどうして作らなかったのでしょうね。不思議でなりません。

      水汲み  パンを焼く

 クリストの入口で女性がナンのように直火でパンを焼いておりました。傍に行き覗きこみましたら1ドル呉れと言います。これは出しませんでした。昼食のメインは塩焼きのスズキ。日本を出てから初めて口に合う物を食べることが出来、満足満足です。
 昼食を済ませて私たちはパピルス博物館に入りました。この博物館ではパピルスの出来上がるまでの行程を見ることが出来ます。ですが実態は土産物店です。日本語の上手な店員さんが何人もおります。
 その後はいよいよピラミッド見学です。スフィンクスが想像外の大きさ と言いますのはピラミッドの前に映っている姿から見て小さかったのです。

      ピラミッドの前の二人  ピラミッドの入り口

 ピラミッドの石の大きさ 上るにも大変です。今ではとても這いあがれませんね。

      ピラミッドの中  ピラミッドをバックに夫

 ラクダに乗っている私はカメラに収めて貰おうと、ピラミッドの傍に着きましたがラクダから降りずに暫らく待ちました。夫がなかなか到着しません。仕方なく降りて仕舞いました。そこにやって来た夫 なんと髪にターバンンを巻いております。聞きましたら途中でラクダ引きの男性が「子どもが二人いて生活が苦しい」と言いながら夫にターバンを巻いてくれ、写真を撮って呉れたそうです。そこまでは良かったのですが、夫がチップを渡すまでラクダから下ろして呉れなかったのでした。

      ターバンの夫  スフインクスの前で

 ピラミッドの大きさと言ったらもう凄いの一言です。偉大な遺跡 二度と行くことはないと思いながら帰路につきました。ギザの街は高層ビルが沢山立ち並び、ピラミッドは街の一部のような感じです。

                 ギザの街

 写真を撮らず残念だったのはピラミッドの右手に石油採掘の櫓が何本も見えたのです。古代と現代を現す象徴的な姿です。今も眼に浮かびます。

 その日がエジプトの最後の日と言えましょう。
 翌朝暗い内にカイロ空港に向かい、ロンドン経由で帰国しました。
 
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エジプト旅行 8日目

 エジプトは今大変な様子です。ムバラク大統領の辞任を国民が求めて、カイロでは大規模なデモが行われていますね。今朝の新聞によりますとエジプトは無政府状況に陥り、ムバラク氏は後継者を決めたようだとも報じております。日本人旅行客500人がカイロ国際空港で足止めをされているようです。
 デモは全土に広がっている様子。旅行客は外務省で把握しているだけでも2300人を超えているそうです。
 エジプト観光はシーズンですね。皆さんきっと難儀をされていることでしょう。

 旅行8日目はシャンポリオン号を下船して、午前はルクソール神殿、カルナック神殿と見学し、午後 エジプト航空166便でカイロに戻りました。
 神殿はどちらも広大で、しかも圧倒される力強さを感じさせられました。暑い日差しを受けて石柱を廻り、古代テーベの都を偲びました。
 エジプトを廻りラムセス2世の業績には驚かされましたね。随分長く王として君臨していたことを知りました。
 画像はハイパーリンクしてあることを見て頂くとよくわかります。沢山の方々のブログもありますが、どれも立派なものです。私は昼食はルクソールの「サンライズ」だったのですが、何を食べたのか全く覚えておりません。
 現地ガイドの方が礼拝を夜 昼の分も一緒にしますと言ったのがとても印象に残っております。

      ルクソール神殿1  ルクソール神殿2

      ルクソール神殿ラムセス2世像  ルクソール神殿上のキリスト教会

      カルナック神殿1  カルナックスカラベ

      石柱カルナック神殿

 石柱をツアー参加の女性全員で手を繋ぎ周囲の長さを実感しました。

              朝食1月29日

 この朝食はツアーとは直接関係はありませんが、記録として一緒に掲載して置きます。
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エジプト旅行 7日目

 ナイル川の流域は緑も美しく、岸辺の風景はガラス窓が額縁のようにすっぽりと囲い、一幅の画のようです。
 船の動きに添い流れるように景色が変って行きます。
 夜は船は泊まっております。
 7日目は先ずルクソールに接岸 私たちは船でナイルの西岸へと行きました。王家の谷へとバスで向かう道は砂漠ですね。一面砂漠と言う程大きく広がっているわけではありません。やや起伏があります。
 ガイドは途中で「吉村先生の別荘です」と一軒の家を指さして教えて呉れました。
 今は早稲田大学も定年退職されているようですが、1996年の旅の中では有名だとあちこちで耳にしました。
 
 7日目の午前は王家の谷から見学が始まりました。
 全体には多くの墓地があるのですが、チケットは3か所に入ることが出来ます。ツアーでは時間の制限がありますから、効率よく廻らなければなりません。私たちは幸運にもツターンカーメンの墓地に入ることが出来ました。
 そこでは入口でカメラを預けます。撮影禁止です。ツターンカーメンの墓は人が多いと待てなくて入ることが出来ないこともままあるそうです。

 7日目の一日を画像で辿ります。大体今のようにデジカメもありませんし、食べた物は全く記憶にありません。 この夜は船内宿泊最後となりますので、デザートが豪華でしたからそれだけを写してありました。

      ラムセス9世墓地  ラムセス9世墓地

 ラムセス9世 ラムセス5世 ラムセス6世と中を見ることが出来ましたが、何れも中の壁や天井は彩色された文様に埋まれております。そうそうこう見ますとツターンカーメンの墓地は別料金だったような気がします。

      ツタンカーメン墓地  王家の谷

      ハトシェプスト女王葬祭殿  葬祭殿 図面

 このハトシェプスト葬祭殿は1997年に過激な一団が観光客を襲ったのです。葬祭殿の前は土地が広く、駐車場から葬祭殿までチョッと距離があり歩くのです。見通しが良く遮るものはありません。1996年時でも要注意地域となっていたようです。

             アラバスター工場

 このアラバスター工場と言いますのは、過っては墓地からの盗掘を職業としていたと言う村だそうです。民家の様子を見ることができますが、観光用としか思えません。買い物も出来ますが、可なりしつこい売り方でしたね。

             メムノンの双像

 ここではカメラ休憩をとり、直ぐに出発しました。そして一旦船に戻り、午後はルクソールの船着き場周辺を自由に歩き何組かの方とお土産屋で「負けろ、負けろ」と何だか段々声を揃えて言う始末。でも何となく楽しみましたね。
 陽が落ちてからカルナック神殿の音と光のショーへと出掛け、神秘的な夜の遺跡探索をしました。

       カルナック神殿音と光のショー  ピラミッドのデザート

 この夜が最後の船中泊となりました。ナイル川クルーズで特に印象に残ったのは部屋から眺めた風景ですね。
 遺跡見学はある程度予想もしておりましたが、川の周辺のことは私にとっては予想になかった風景でした。
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エジプト旅行 6日目

 1996年のエジプトの旅は11日間でしたので、6日目は中日と言えましょうか。
 夜間は船は停泊します。朝食は船内でのブフェ 品ぞろえも沢山ですが、私は未だ若かったのに余り食べられません。
 6日目の最初の接岸はナイル川の西岸 エドフ とに角埃及の字にピッタリ 私たちは馬車に分乗してホルス神殿に向かいました。私は自然に仲良くなりました奥さまと一緒。夫はご主人と一緒 馬車の走る周辺は埃が舞い上がります。

     エドフ・ホルス神殿に馬車で  バザールに立つ

 ホルス神殿のあるエドフは砂糖精製の工場の町として知られているそうです。エドフはルクソールとアスワンのほぼ中間に位置しております。この町の中央に立つホルス神殿はエジプト神殿建築の美を今に伝える典型として知られております。建設は180年と言う長い歳月を費やし、今に残されたものだそうです。

             ホルス神殿

 午後 船はエスナへと進み接岸しましたが、その間船内では操舵室を訪問 特にプレジディシャルスイートルームも見学出来ました。ナイル川の流れに段差があるとは知りませんでした。

             ナイルの水門

 夫は甲板でオーストラリヤの可愛いお嬢ちゃんと話が出来て、とても嬉しそうでした。6歳だそうで、アドレスを聞いておけば写真が送れたのにと残念がっておりました。

             オーストラリアの子どもと

 接岸した町 エスナでクヌム神殿を訪れました。ルクソールから南へ約60㌔の地点にあります。
 クヌム神は牡羊の頭をした人物として現されております。土器づくりの神として崇めれているそうです。

             クヌム神殿

 この日の夜はホールでオリエンタルダンスのショーがありました。ベリーダンスを踊る女性と、大きなベールを頭から被ったまま只管回り続ける男性は子ども連れのご夫婦だそうで、逞しさに圧倒されました。
 ショ―タイムの後は、全員でゲームに興じ、この日も楽しく夜が更けてゆきました。

             列を作り廻る

 夫の後ろに並ぶご夫人は一緒に馬車に乗った方です。このご夫妻とはその後成田まで親しく話し、良く並んで食事をしたりしました。
 数年後ご主人の名前を日経で見つけ、凄い方だと知りました。早速電話をしましたら「ばれましたか」と笑いながら大きな声で返事をされました。帰国後も何時か一緒にと年賀状交換をしております。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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