2017-05

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逢いました

 今日の午後8時からBS11で「あのスターともう一度逢いたい」と言うテレビを見ました。
 今日は東海林太郎さんでした。
 懐かしいですよ。タイトル通りです。夫と全部見ました。
 出演者に早稲田出身のポニージャックス東京大衆歌謡楽団です。
 番組は司会者の説明や東海林太郎さん所縁の方も出て参りまして、所縁のある方ならでのエピソードも出て参りました。
 
    ポニージャックス  歌謡楽団

 東海林太郎さんの歌われた歌は色々と知っておりましたが、別の方が歌っていたのかと、間違っていた歌もありました。
 懐かしい数々の歌に時々しゃがれた声を出して一緒に歌いもしました。

 夫は「流石に見ている人が分かるよ。老人なんだよ。コマーシャルにセレモアなんて出ているもんな~」と言っております。

 中國青島で歌われた青島行進曲も東海林太郎さんが歌っております。
 私は偶然YouTubeで聞くことが出来ましたが、青島関係の方に聞いて頂こうと思っていましたら削除されていたのです。
 青島には青島小唄と言うものもあります。行進曲が東海林太郎さんですから、若しかしたら小唄は勝太郎さんかも知れません。
 このレコードを探しておりますが、見つかっておりません。
 もしお手元に保存されていられる方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡頂けませんでしょうか。お願いいたします。

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佐賀のお菓子と昔話

 夫の父親は佐賀の出です。夫は東京生まれ、東京育ちと言っても良いでしょう。
 それでも戦争末期には家族で佐賀に疎開をしたそうです。
 そのことを知る私の友人が時々デパートの物産展で佐賀のお菓子を送って下さいます。
 今日の昼前 沢山のお菓子が届きました。

       佐賀の菓子

 あれこれ見繕い選び送って下さいます。賞味期限を見ながら整理しました。
 夫は食べたい時には食べられず、食べられるのにたべっられないと良く言います。
 食べ盛りの時は食糧難ですからね。今は食べものが溢れているのに、身体が受けつけて呉れません。
 
 夫は疎開で行った小学校から中学に入学。ところが勉強より有明海での開墾で辛い思いをしたようです。
 今の中学1年生を見ますと本当に子どもですね。それが片道10㌔を歩き葦を刈り、鍬を振り開墾を始めたと言うのですね。
 中学生は生意気ですね。隊列を組み歩きながらズンドコ節の替え歌を歌って歩いたと言うのです。
 生徒の誰かが何か失敗をすると多くの生徒が共同責任で殴られたり、ビンタを貰ったそうです。
 酷いものですね。軍隊に似ていますよ。教師には逆らえません。

 私の女学校はどうだったかと言いますと、佐賀の中学ほどではありませんが、上級生の言うことは酷いものでしたね。
 上級生の命令は朕の命令なんて言い、威張るのです。
 お菓子を送って呉れた彼女と良く話すのですが、楽しいことも一杯ありましたが、今の中学生には理解出来ないような様々な苦労がありましたね。
 当時は国鉄バスは省営バスと言われていました。省とは鉄道省ですね。そのバスの燃料がガソリン不足で薪で代用され、時には運休になるのですね。
 そう言う時は片道16㌔を歩いて通学するのです。その時ですよ。歩き疲れて休むのですが、上級生が休もうと言って呉れないと勝手に休めないのです。休憩している時 空を高く飛ぶ米軍のB29の姿を見ることもありましたね。
 
 嫌な時代でしたね。私はその上中國帰りと言うことで、虐められました。

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魚と雑談

 魚好きは子どもの頃から。母に言わせると干物でも相子は必ず骨付きの方をとったと、良く言われたものです。
 情緒のない人間ですね。そんな私ですが体調が悪いと何となく買い物に熱が入りません。
 このところ何だか少し胃腸の調子が悪く、病院の薬を飲みながら鍼灸治療を受けたりしておりました。
 それがやっと回復して来ました。
 今日の午前 アリオ柏に二女の買い物に付き合って行きました。
 私の今日の主な買い物は洗剤など、雑貨です。

 洗剤などの入れ替え用は私には駄目だと二女は言うのです。入れ替えの時、必ず失敗するからと言うのですね。
 動作がぎこちなく、見ていて心配らしいのです。確かに二女の指摘は当たっています。
 二女が忘れないように先に買いなさいと言い、それもそうだと思い、雑貨を買い、それから生鮮品の売り場を回りました。
 アリオのイトーヨーカ堂の魚売り場には沢山の丸の魚が並んでします。

        魚売り場1

  若いお嬢さんが店頭に立っていて、このお嬢さん中々魚通なんですよ。
 「写真撮らせてね」と声を掛けましたら「どうぞどうぞ」と気持ちよく言って呉れましたので一枚パチリ。
 そこで彼女とチョッと魚談義。こう言う魚を眺めますと、魚好きの私は何となく気分が良くなるのです。

 リトルマーメイドのパンを買って来て3人でお昼をしました。
 食事をしながら話しているうちに振り込み詐欺のことになりました。
 沢山報道もされているのにどうして詐欺にあう人が出るのか、不思議だとなったのですね。

 そしたら二女の言葉 「そういう人はニュースを見てないか、関心がないからだと思うよ。お婆さんもそうじゃないの。色々な物を幾らコマーシャルで流していても絶対知らないでしょ。」と言うのです。
 そして「広告もこう言う人には勿体ないね」とも言われて仕舞いました。

 夕方内科の受診に出掛けました。前回受けた検査の結果はコレストロールが少し高いと言うのです。
 「それは問題になりますか」とお聞きしましたら先生の答えは「ま~普通の医師だと様子を見ましょうと言うようなレベルですね」と仰いました。
 「先生先だってからの胃腸のことですが、良くなって来ています。こう言う時にお酒は飲んでは駄目ですか」と伺いましたら「少しなら大丈夫ですよ。好きなら良いじゃないですか。少しのアルコールは邪魔になりませんよ」と仰いましたので、昨日はチョッと控えたのですが、今日は清酒を少々飲みました。

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徐々に春へ

 このところ日中の気温は10度を越えているようです。今朝6時にはマイナス2度でした。
 風の当たらないマンションのベランダは25度位にもなっていそうです。
 日向ぼっこをしながらお灸を据えたくなります。気分が良いのですよ。
 
 明日は春一番が吹くところもあるかもと伝えています。春一番は2月15日頃に吹くことが多いようです。
 訪問する方々のブログにメジロの写真が良く見えるようになりました。

 今はメジロの捕獲は禁止されているようですが、私の子どもの頃はメジロ箱に飼われてのを良く見たものです。
 母方の実家ではメジロ箱が軒先に幾つも掛けられていまして、その鳴き声の高音は鶯の高音に似ておりました。
 高音はタカネと呼びます。

 当時半農半漁と言われていた町ですが、漁業は遠洋航海でマグロを獲りに行くか、小舟で町の海で魚を獲るかですね。

 多くの女性は海女になり、海女は収入が多く、家の実権は女性にあるような町でした。
 漁業組合の婦人部は昔から発言力が強く、立派なものでした。
 今は海女はとても少なくなっているようです。

 私は町の女性の中では力なしの部類でしたね。
 
 そんな私 このところ優しい物を食べております。今日の昼は温かい蕎麦に卵を入れて食べました。

      月見そば

 春の海ではそろそろヒジキの解禁かも知れませんね。ひじき刈りは竹棹の先に小さな鎌を付けて刈り取ったものですが、今はどうなっているのでしょう。
 
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北京からの土産

 中国語の老師のお兄様(二哥)が北京からお見えになり、お土産の木耳と棗(紅棗)を頂きました。
 老師はこの二哥(二番目の兄)をとても頼りになさっております。
 老師のお母様は6月には101歳になります。
 
       お土産

 お母様の介護は大変だと思います。お兄様がお見えになりますと、普段手の届かないことをして下さるそうです。
 
 お兄様が三人、お姉様が一人 兄姉と老師を含めて5人の子どもに恵まれたお母様。
 こうしてお子様が会いに来て下さり、老師を支えて下さることを喜ばれていることでしょう。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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