2017-10

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老師に思いを馳せる

 今日は日本が連合国に負けた日です。終戦記念日と言ってはおりますが、負けた日なんです。
 72年前 この日は全国的に晴れでした。その日を知る人間は国民の20%位になっているようです。
 若い人ではこの日のことを知らないと言う者が20%もいると知り、過ぎし歳月への感慨深いものがあります。

 中国で1966年から10年程吹き荒れたあの文化大革命(通称文革)の経験者も減っていることでしょう。
 NHK文化センター柏教室で中国語を教えて頂いた王廼珍老師はその文革を経験されております。

 老師は北京師範大学国文科出身 北京出身ですから中国語教師として私たちを指導するにも多くの伝統的なことや、歴史や経済また社会的なこと等、ご自分の持てる力を私たちに注いでくださいました。
 語学の教師ではありますが児童文学の研究者でもあります。その知識の広さに接し毎週楽しく過ごしておりました。

         王老師

 老師は努力家でもあり、教師として如何に振舞うかも心掛けていたと思います。
 教室での生徒への接し方も立派でした。常に公平になさっておりました。
 時々集まる親睦会にも参加なさり、楽しく過ごされたお姿が懐かしく思い出されます。

         王老師と一緒

 両側のお二人は私のブログを毎日見て下さっている方です。老師は日本食は何でも召し上がります。
 アルコールは強く、北京からお帰りになると必ず強いお酒をお持ちになって来て下さり、一緒に頂くのですが、誰よりも強く毎度驚かされたものです。
 
 その老師が北京の中学校で教えていた時 あの文革の時期だったのですね。

 私は一昨日の早朝 目が覚めたのですが、床を離れるには少し早かったのです。何時ものように朝食のことを考えていたのです。
 何故か突然二胡奏者の阿炳の事が頭に浮かんだのです。
 あっそうだ!阿炳は老師が生徒に吊るし上げられた時 あの曲が老師に聞こえたのだったと思い出したのです。

 ある時 老師がテーブルに置いた毛語録の書かれた紙が何かの拍子に落ちたのだそうです。
 それを生徒達から咎められ、数日教室で吊るし上げられ、帰宅も出来なかったそうです。
 生徒は老師を全員で殴打し、全身痛みに耐えながら過ごしていたそうです。
 生徒の中には手加減して強く叩かなかったものもいたそうです。
 
 そんな時間が過ぎていた時 夜更けに何処からともなく誰が弾くのか有名な「阿炳の二泉映月」の二胡の旋律が流れて来たのだそうです。
 その時のことを話す老師の目ににじんだ微かな涙 忘れることはありません。
 阿炳のこの名曲は中国の方が良くご存知だと思います。昨日お出でになった老師に話しましたら直ぐにメロディーを口ずさみました。
 阿炳の生涯を知る王老師はご自分の心を阿炳の何かに重ねていたことではないかと私は推察しております。 この阿炳のことは「ここ」からご覧になって下さい。

 老師は今重い病を得て動くことも話すことも出来ません。頭脳は確りとしていると聞いております。
 老師は毎日何を考え何を語りたいと思われているのでしょうか。
 切ない現実です。

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レッスン初日

 今日は寒の入り
 寒いと言えば寒いのですが、部屋の中は23度くらいの朝を迎えました。
 マンションは気密性も良いのでしょうが、此処は年数も経っていますから、コンクリートも乾いていることも関係しているのだと思います。
 朝二女が買い物に行くと言うので一緒に出掛けました。エレべーターで下に降りましたら快晴。

         1月6日中央公園

 老師の家にも何か干してあります。今日は中国語のレッスン初日です。
 午後2時半から始まりました。
 お正月の間 どう過ごしたかと言う話しは当たり前のことですね。話す内容の一番ですからね。
 毎回健康問題は話題になります。今日もそうでした。
 ストレスや血圧の話。健康的な生活方法。
 ふと気がついてスマホで写した写真をお見せし、老師のお宅のベランダはここでしょと画像を広げました。
 そうそうと仰り洗濯は毎日沢山なさると仰るのですね。お母様の衛生上特に注意をされているそうです。
 
 写真の中に先月の体操の時に同じ号棟に住む方を写した物がありましたので、お見せしました。
 その一枚に写っている方が暮れの28日にお亡くなりになったのです。
 92歳とお聞きしておりました。姿勢も良く、杖もお使いになっておりません。ご本人は血圧が高いのよと仰っておりました。
 体操の日から数日後、写真をプリントして郵便受けに入れて置きました。
 それから直ではないかと思います。
 一人暮らしの方ですが、どういうことか部屋で倒れていたのだそうです。何方が気が付いたかは知りませんが。
 ドアは鍵が掛かっており、消防署の方が隣の家からベランダに移り、ベランダ側の窓から入り、救急で病院に搬送されたとお聞きしました。
 ベランダ側の鍵が掛かっていなかったのが良かったのだそうです。
 一人暮らしの高齢者の方は家にいる時はベランダ側の鍵は掛けないで置くのが良いと、友人が話しておりました。

 この話を老師に話しましたら、11月の末か12月初めの頃、お会いしたのにと仰り大変驚かれました。
 それから話はまた高齢者の日常生活について話になりました。。
 中國でも高齢者が増えていますから、老人問題は矢張り話題になるようです。

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寄宿舎の会 その2

 寄宿舎はず~と昔からあったのですが、昨日の会の時期の寄宿生が会を続けたと言うことは貴重なことだと思いますね。 
 
 一つは学制の変更です。旧制度の学制から新制度への移行に伴ったこととの関連です。
 昭和21年に入学した生徒はその時点では旧制度の女学校に入学していたのです。
 その方たちは新制度が発足した時には新制中学生となりました。
 昭和19年に入学した者は、旧制度で卒業も出来ますし、新制度への移行も出来ました。
 そういうことで昭和19年、20年、21年の方は6年間寄宿で過ごした方が多くおりました。6年と言う寄宿生活ですよ。
 
 二つ目は日本が戦争末期へと進む中で非常時体制の生活を一緒に過ごしたことでしょうね。
 寄宿生活のことは前にもアップしましたが、その体験が大きく影響していると思います。

 私が思うにこの二点が強い絆を齎す大きなファクターだと思います。

 食糧難は女学生にも影響がありました。昨日集まった方は鴨川の奥の長狭地区出身の方が多かったのですが、皆さんが家から戻る時に持って来る炒り豆やふかし芋を頂くと嬉しく思ったものです。

     寄宿食事1  寄宿食事2

 ご馳走を頂きながら話が弾みました。寄宿舎には舎監が3名おりました。三人三様の舎監です。
 厳しかった舎監に叱られた話。舎監の思い出の姿。舎監はさぞ大変だったことと思いますね。
 全校で見に行った映画「歌う狸御殿」を再度見たい生徒に、舎監に見つからないように、部屋全体で協力。
 夜出窓から脱出するのを助けた話。思い出して大笑い。

 今回は私たちの学年が当番でしたが、来年は20年入学の方が当番をします。
 
               寄宿次期相談

 来年のことを決めるために慎重に相談されています。そして最後に皆さんに来年も開催するかどうか、開催するとすれば何処でするか、そして時期を何時にするかの概略を述べて、来年の開催が決まりました。 
 丁寧な気配りの提案で感心しました。

 今回は神戸からお見えになった方もおりました。 
 鴨川で広く農業のをされている20年入学の方からお赤飯の折を頂きました。美味しい赤飯でした。

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寄宿舎の会 その1

 昔 千葉県立安房高等女学校という学校には千葉県下でも珍しい寄宿舎がありました。
 今日はその寄宿舎で一緒に生活を共に過ごした仲間の集まりがありました。
 昭和19年・20年・21年に入学した生徒です。その少女達は皆齢80を越えています。
 
 会場は房総半島の南のほうにある鴨川の「かんぽの宿 鴨川」です。

 久しぶりに出かけました。交通の便が悪く、間に合わないといけませんので、早めに余裕をもって行きました。  
 無事に到着。会は和やかに進みました。

          寄宿の会1

 戦争中に入学し、様々な体験を共有する仲間。今日も沢山話題が出ました。

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老師との会話

 毎週の月曜日は中国語のレッスンです。レッスンなんですが、内容はよもやま話ですね。
 習っても習っても忘れて行きます。良く人に言われます。
 「使わないのに習うの?」「もう中国に行かないのに?」そうなんですね。でも止めたくないのです。
 止めてしまえば、即一気に忘れて仕舞いそうですね。
 それにチャイナドレスを教えるため中国の書籍も見ますしね。出来るだけ続けて行きたいものです。
 
 老師のお母様は6月に100歳になられております。毎日の介護のことをお聞きしますと、参考になること多々あります。
 お母様は中国大連育ちです。
 今日は大連の話を色々としました。お母様は大和ホテルに泊まられたことがおありだそうで、大和ホテルや大連駅前の広場の話なども出ました。

      大和ホテル跡

 老師とお喋りをしている間に友人から電話が入って来ました。申し訳なかったのですが、ちょっと電話で話をし、その話の説明をしました。
 日曜日に出かけることの説明ですね。相手は戦時中からの友人で一緒に寄宿生活をした方で、2日は寄宿の集まりがあるからと当時の状況を説明しました。
 
 毎回老師は私の健康についてお気遣い下さり、健康話も必ず出ます。
 高齢者の食生活のことでは良いお話をお聞きできます。中国の医療問題などのにも触れますね。
 ニュース等では知り得ないお話もお聞きし、勉強になります。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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