2017-06

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霞ヶ関ビルまで行って来ました

 明治大学の学生相談室で一緒に協力し、過ごした方々と半年ぶりにお会いして来ました。
 霞ヶ関ビル35階の東海大学校友会館に行きますと先ず議事堂と総理官邸にご挨拶をします。
 
 確り国政をやって下さいね。上から失礼をば致しますってね。
 
 これは私の決まり事なんですよ。何十年も上から挨拶をしています。私の勝手ですよ。

    5月30日議事堂  5月30日総理官邸

 私は一番早く退職し、既に27年目に入っています。皆さんとお会いしますと、話題の中に心の問題や教育問題や様々な社会制度の在り方などが出て来ます。
 刺激を受け勉強になります。
 明治の昔話しも出ます。私の話には皆さんが驚いたり、感動したり、懐かしがったりもします。
 
 昨日はランチを一緒に頂きました。レディースランチです。お肉と魚がワンプレートで出てきます。
 それとスープ・サラダ・パン・デザート・コーヒーとで、1750円ですよ。レストランけやきは何方でも利用できます。

             レディースランチ

 とても珍しいものが載っています。左のローストの上の細いグリーンのアスパラソバージュです。私は初めてです。
 右の下にはマコモを焼いた細いのですが一本 載っています。
 
  食後も暫く近況報告や家族のことなどで感心したり、健康のことでは励ましあったり、少し高齢者らしい話になって来ました。
  現役の先生も後3年後は定年になりますからね。
  
  私と一緒に残ってお喋りをした方と二人はサクランボのシャーベットをお願いしました。

             サクランボシャーベット

 これも初めてです。けやきのシャーベットは季節の果物で美味しいのですよ。
 二人の座った外に虎ノ門ヒルズと東京タワーが見えます。時々羽田に向かう飛行機が下りて行きます。

             5月30日タワー

 東京タワーも綺麗になっていますね。良く見ますと東京湾も見えますよ。

 昨日の私 地図やスマホの充電器など一式入れたづた袋とバックを襷掛けにして杖を持ち出掛けました。
 天気情報では熱中症に気を付けてと出ていましたので、帽子を被り注意をしながら行きました。
 出来るだけ外を歩かないようにしました。

 帰宅ですが、地下鉄銀座線の虎ノ門駅に降りて行きましたら、駅員さんが大勢でお客さんを守るように動いております。
 最近の事件のせいでしょうかね。上野に着き電車から降りましたら、またホームに駅員さんが以前より大勢おり、改札へと誘導しているのですね。
 地下鉄上野駅のホームの浅草寄り一番前の方に2,3人乗りのエレベータがあります。
 駅員さんはそちらには誘導しません。勝手知ったる私 一人そちらに行き、改札口まで辿り着きました。
 それからは全てエスカレーターを使い、常磐線で我孫子まで戻って来ました。

 久しぶりですと、自ずとキョロキョロします。地下鉄の車内のドアの上の広告ですが、若者向けのものばかりです。
 旅行・食事・エクササイズ・ファッション・美容等々。私にはどれも用がありません。

 それが常磐線に乗りましたら広告の地味なこと。その違いに気が付き何だか凄い発見をした気分です。

 銀座線の中の若い方の服装も違いますね。目の前に立った若い男性のワイシャツですが、ボタン穴のかがり黒糸なんです。
 そしてボタン付けの糸も黒なんです。生地も良い生地です。これは最新のものかしらと見たのですね。
 ところが常磐線に乗り座った私の前に立った中年の男性(おじさん)生地はチョッと若い方と比べ安そうなんですが、ボタン穴のかがりも付け方も全く同じなんです。流行かも知れませんね。
 私は都内に出掛ける時「東京に行って来ます」と言います。30㌔近く離れていると違うのですね。

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明治大学校友会我孫子地域支部第17回総会

 今日の昼 明大校友会我孫子地域支部第17回総会がけやきプラザで開催されました。
 お天気も良く気温も上がり、夏日のようでした。
 気温が定まらず、冷えるといけませので、ベストを羽織って行きましたが会場では脱いで仕舞いました。

 会は全て順調に進行。問題なく終了しました。
 
 今回千葉県西部支部支部長の前田勝己さんの来賓挨拶で、平成31年10月5日に開催される全国校友千葉大会の開催についての説明に、ご苦労のことを知り、良い会になって欲しいと思ったことです。

 私は高齢ですので、殆ど座ったま過ごしました。カメラがアクシデントで参っちゃいました。

 直したカメラで写したものとスマホで撮った画像を載せて置きます。

     総会校歌  総会校歌2

     総会校歌3  総会余興を見る

     総会余興  総会食事

 左は余興の手品。あびこ楽校・マジック講座の村越邦雄さんです。 

 今日の支部会員の出席者は37名 新人二人がお見えになりました。

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私的明大昔話 30

 1950年代と言えば遥か彼方ですね。日本はようやく経済事情も好転して来るようになりました。
 ですが、二部の学生の多くはアルバイトをして学費の足しにしておりました。
 学食のカツカレーなんていう物が出て来ましたね。贅沢なものでした。
 肉丼なんて何の肉なのか分からないような和風の丼物もありましたね。

 5月頃になりますと身体検査があります。一応決められた時間や学部の受診する日も決められております。
 女子学生は別でしたね。
 検査は駿河台では体育館 和泉や生田では大教室だったと思います。

 提携病院の医師が数人お見えになります。最後はその医師の前に学生は行き椅子に座ります。
 医師は聴診器を胸と背中に当てます。聴診器は身体に当てるような当てないよう滑るようにさ~と済ませます。
 手伝いに行った私は医師に「それで分かるのですか」と伺いましたら、「悪いと分かるんですよ。その時は良く当てますよ」と仰っていました。
 何しろ大勢ですからね。

 身体検査の時は上半身を出しますから、学生は下着を脱ぎますね。脱ぐ場所は決まっておりますから、そこに放り投げるように置いて行きます。
 身体検査が済めば下着を着る筈ですね。それが毎年沢山の下着が残っているんです。
 未だ物の大事な時代ですよ。全く不思議なんですね。
 それも汚れたものから、下ろしたての真新し物までなんですね。この状況はどう解釈すれば良いのでしょうかね。
 急ぐから?もう捨てたい時だったから?探すのが面倒だから?

 仕方なくこれを事務所に持ち帰り、保管して置きます。私の知る限り取りに来た学生を知りません。
 そのうちにその下着から匂いが出て来て、部屋に漂って来ます。
 仕方なく作業職の方に洗って貰い、ボイラー室でウエスとして使って頂くのが毎年のことでした。

            main1195.jpg

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季刊明治が届きました

 季刊明治74号が送られて来ました。
 明治は遠くになりにけりと人は言いますが、私は勝手に明大應援團で、変わらず応援しております。 
 だから送って下さると言うことではないのですよ。37年間勤めた人間ですから送られて来るのです。
 今回は今までの物と少し変わって明るい表紙になっています。

     季刊明治74  季刊明治74-1

 見開き1ページは公式キャラクターの「めいじろう」が並んでいますよ。

 年々新しい大学の様子が見られるのですが、老人にすれば確かに「明治は遠くになりにけり」の言葉も出ようと言うものです。
 表紙に今回から新連載として「相談室の窓から」が紹介されています。

            季刊明治相談室

 1959年に学生相談室が開設されてからの道のりを思う時、このような記事に出会うと感無量になります。
 学内で認知された婚外婚の子どものように、認めては上げますがと言うような学内事情。正式な組織としてキチンと整備されなかった長~い時間。
 今は時代の要請に応えることが必要なことにはキチンと対応もすると言う体制が出来上がっているのですね。
 
 新学期が始まりました。新入生にチラシを配る必要もありません。大学生活への手引きも用意されています。

            相談室応援BOOK

 この冊子には日常生活で必要な情報や一人暮らしの指針など、沢山のことが集められております。
 このような冊子も用意される時代。大学の施設も至る所で見ることも利用することもが出来ますから、学生は大いに利用して欲しいと思いますね。
 
 話は変わり、去る五日に大岡信先生が逝去されました。

          大岡先生

 先生は1973年、74年に学生相談室の相談員をなさっておりました。
 大岡先生は当時法学部教授で、週一回学生の相談を引き受けておりました。
 私がお目に掛かる時は相談室会議と毎年開催される相談室セミナーでした。
 会議の時もセミナーの時も穏やか姿勢を崩さず温厚な先生と言う印象が強く残っております。
 セミナーでの最後の夕食後 毎回一部屋に集まり、アルコールも入り、自由な気持ちの良い時間を過ごしておりました。
 大岡先生の浴衣姿を思い出します。大岡先生は大柄ではありません。
 記憶に残っている先生のお話しは交友のある方のエピソードですね。ユーモアのあるお話しでした。

 大岡先生が相談員をなさっていた時期 相談室には著名な先生が何人もいらっしゃいました。
 芥川賞を受けた三浦清宏先生祖父江孝男先生鈴木武樹先生など、立派な大勢の先生方が相談室を支えて下さっていました。
 
 大岡先生が参加された第12回セミナーの時、講演をお願いしたのは経営学部の山田雄一先生でした。
 大岡先生と山田先生は旧制沼津中学・旧制一高・そして東大とず~とご一緒なんです。
 それはこのセミナーの時に私は知りました。
 
 思い返しますと、最後の夜の懇親会では先生方も畳の上で寝そべったり、くつろいで過ごしたものです。そして時には家族の自慢話も出たりしましたね。

 何時もお茶くみでしたが、恵まれた環境だったことに感謝をしております。
 
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私的明大昔話 30

 一世紀と言うのはとても長いように思えます。
 ですが既に85年も生きて来ています。
 夫と良く昔話をします。同世代ですから話すことは大体通じます。
 ま~通じないことと言えば、私はスポーツのこと。夫はチャイナドレスのこと。
 全く通じないと言うことではありませんが、「そうそう。それでね」とか「そうだよ。あれは良かったね」とか言う程ちゃんと通じる訳とは行きません。
 時々昔の映画のこと等で思い出したりすることがあります。ターザンの話は何回も出ますね。
 ターザン映画の舞台はアフリカです。その映画の中でターザンの飼っているサルのチーターですが、このチーターがティシュペーパーを使っているのですね。これが凄いと言うのです。
 象はインド象なんですよ。子どもの時はそんなこと分かりませんよね。
 ティーシュペーパーを知ったのは40年位前でしょうか。ターザンの映画ではチーターが次々取り出して使っているのですね。
 話の落ちは毎度「これだもの。勝てる訳ないよね」です。

 ターザンを演じるのはワイズミュラーです。有名な水泳の選手だったアメリカの俳優です。

 明大駿河台校舎の体育館の地下にプールがありました。
 3コースほどの狭いプールです。25mだったと思います。
 そのプールでは泳ぐ人を見たことがありませんでした。水泳が好きだった私。ある夏の日水着に着替えてプールに入って行きました。
 水はとても綺麗で澄んでいます。ところがその水の冷たさと言ったら身体を沈められません。
 後で管財の方にお聞きしましたら水は水道水で、時々入れ替えはしていると言うのです。

 このプールが出来た時、ワイズミュラーが泳いだと聞いておりました。
 ええ?こんな小さなプールで?とず~と思っていました。つい最近までね。
 それである時パソコンで調べて見ましたら、分かったのです。昔々ワイズミュラーが泳いだと言うプールがあったのです。
 ここなんですよ。そのプールに明大が関係していたのだと言うことなんです。
 それがワイズミュラーが来校したと誰かが言ったのでしょうね。それがそのまま間違って過ぎていたのでしょう。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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