2006-10

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改行という話

 霞が関の文部省だった当り全体が、目下工事中です。新しい複合ビルが建設されつつあります。幾つかの省庁に民間の施設が加わり、新しい容の街が出現するそうです。
 
      改行という話

 工事中の囲いに幾つかのポスターが直接囲いの板に書かれてあります。
 
      改行という話

 改行と赤で大きく書かれたそれには以下の言葉が書かれています。
 
 「建物が変る。中身も変る。意識を「改」め、次の「行」動へ。
 文部科学省は、2008年1月、新庁舎に移ります。
 新しくなるのは建物だけではもったいない。この機会に私たちは、職員の意識改善に取り組み、皆さまにより信頼される省をめざした、新たな一歩を踏み出します。 改行計画 文部科学省」

 こうです。
 学校の問題が噴出しております。新しい庁舎が出来なければ、問題解決の論議も出来ないと言うことでしょうか。建物が出来るまではのうのうとしているというのでしょうか。
 このようなうたい文句を麗々しく書くという神経が分りません。
 相子は猛烈に怒っております。霞が関に行きましたらぜひこの絵をご覧になって下さい。
 
      改行という話

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筋子のしょうゆ漬け

 季節が秋に入って来ますと、魚屋の店頭に筋子が並び始めます。初物は早く食べたくても我慢。10月半ばになりますと確りとした物が出回ってきます。さー作らなければと、用意を始めます。
 先ず漬け汁を作ります。醤油 250ccと 酒50ccを合わせて火にかけ、アルコール分を飛ばして冷ましておきます。
 鮭の筋子を買います。朝の内に買いに行き、良く見つめてオレンジ色に近いものを選びます。夕方のセールになった物には良い物はまず残っておりません。これはかなり大事なことです。
 
            筋子のしょうゆ漬け

 筋子はボールに張ったぬるま湯(あまりぬるくては駄目です)に入れて皮から卵をほぐします。
 ほぐした卵を笊に取り、ボールに入れた塩水で良く振り洗いをします。笊から皮のちぎれた物やヨゴレが落ちます。これをもう一度繰り返し、卵についている皮を丁寧に取り除きます。後は水分を切ります。
 器にほぐした筋子を入れ、醤油を少なめに(ひたひたでは多すぎます)注ぎ、半日も経てば食べられます。
 
                    筋子のしょうゆ漬け

 保存は勿論冷蔵庫に。残りの漬け汁も冷蔵庫に保存し、次回に備えます。
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チャイナドレスは素敵だ 16

 チャイナドレスには、縁取りや如意といわれる布を張った模様、また細かい刺繍などが施されているものも多く見られます。
 私の教室では、縁取りや如意も教えております。また特にシンプルに作り、洋服感覚のアクセサリー等を上手に取り入れることも勧めております。
 10月第二週の授業の際、素敵な造花を胸に着けてきた生徒さんがありました。シックでモダン。しかも新聞紙の色刷り全面広告を利用したと聞いた生徒の皆さんがぜひ教えて欲しいと頼みました。

                      チャイナドレスは素敵だ 16

 10月25日の授業は、先にチャイナドレスに掛かり、その後希望者は造花を教えて頂くことになりました。黙々と何時もの通り、縫っていた高齢の生徒さんも、後から参加。

                  チャイナドレスは素敵だ 16

(中国で終戦を,迎え、念願のチャイナドレスが作れて、幸せですと話す生徒さんです) 
 教室では持てる技術をチャイナドレスに応用することを勧めておりますので、これもその一つです。

          チャイナドレスは素敵だ 16

 造花は胸の高い位置に付けると、チャイナドレスも一段と映えます。

                  チャイナドレスは素敵だ 16

 時間が掛からなく、費用もピンの25円程。着るチャイナドレスを考え、色合わせを考え、夜に作って置きますと、翌日は立派なコーディネイトされた姿で、出かけることが出来ます。
(今回、色刷りの全面広告は紙質が良いものだと知りました。一つ勉強しました。)
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売れて楽しいフリーバザール

 心地よい秋空、用意した品物を並べながらも、心は売れるかどうか心配。明治大学校友会我孫子地域支部は今回始めて、我孫子市民まつりに参加。
 
フリーバザール

我孫子駅南口周辺に繰り広げられたイベントの一つ、フリーバザールに出店しました。
 
                    売れて楽しいフリーバザール

 支部会員に品物の寄贈をお願いしたところ、22名の方が快く提供をして下さいました。当日の21日には慌てないよう、17日には値段をつけ終わり、値下げるタイミングのことなども相談しておきました。
 
          売れて楽しいフリーバザール

 品物は最高1000円。日常品を含め内容はバラエティに富んでいます。高校で生徒とバザールを経験していたという、杉山和子さんの指揮で準備も販売も全てスムーズに終わりました。
 当日は朝7時半に集合。明治大学のロゴをプリントしたシャツを係り全員着用し、品物を並べ始めますと、早速眺めに来る方があります。名の知れたブランドの品物は、目を付けられているようです。
 決まりは10時から15時までの店開きです。既に買いたいという方が気を急かします。それが一番売れるのは難しいのではと予想していた物です。その品物、検眼用のレンズと眼鏡の蔓が入ったセット。それがいの一番に売れ、先先の良さに繋がるようで、皆さんに嬉しい気分が広がりました。

                        売れて楽しいフリーバザール

 業者の方も沢山出店しておりますが、どうもどこかで並んでいるのを見たような物が多く、それに比べ我が我孫子地域支部の品物は、皆さんの興味を引きそうです。 
 
       売れて楽しいフリーバザール

 予感は当たり、店の前には周囲の店よりお客様が集まって参りました。私も欲しいものを早々と買い、買う楽しさと売り手の楽しさを経験しました。
 支部長の今泉健一さんを先頭に販売した時間は短く、13時半頃には殆んどの品物が売れてしまいました。

                           売れて楽しいフリーバザール

 こうなりますと来年も参加したくなります。ロゴ入りのシャツもその日まで各人で仕舞って置くことにしました。
 「戦い済んで日が暮れて」ではなく「商い済んでも陽は高し」でした。
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アルカディア乗馬クラブ・ジャンヌのまなざし

 御殿場のアルカディア乗馬クラブの建物の二階に、眺望の素敵なレストランがあるということで、先日のバス旅行の際、そこで昼食を摂ることにしました。
 生憎の天気で、ご自慢の冨士を見ることが出来ませんでした。月曜日はお休みだそうですが、案内の方の計らいで特別に開いて頂きました。
 馬場には雨の合間をぬって馬が数頭、出ておりますが、乗馬を楽しんでいる方はおりません。

                        ジャンヌのまなざし

 大きな屋根つきの、中が回転ドアーのような仕組みになっている建物があり、ここにも数頭が入ってぐるぐる回って歩いております。外に出ない時の運動をさせる場所だそうで、馬は回転ドアーのような板でお尻を押されるので、自然に歩くことになるそうです。初めて見ました。

                  ジャンヌのまなざし

 二階のレストランは「ジャンヌのまなざし」という名の洒落た建物です。普段の昼はブフェ形式だそうですが、この日はコースで頂きました。

            ジャンヌのまなざし

                           ジャンヌのまなざし

 外のお客様もなく、久しぶりの集まりとあって会話も弾み、美味しい料理とワインをゆっくり頂きながら、心地よいひと時を過ごして参りました。

       ジャンヌのまなざし

 参考・御殿場市柴怒田961
    アルカディア乗馬クラブ二階「ジャンヌのまなざし」
    電話 0550-88-2055 月曜日休み
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チャイナドレスは素敵だ 15

 教室では女優さんやタレントの方の着るような、スタイルが良く見えるよなう物を、作っているのかしらと思う方もあることでしょう。その期待と教室で作る物とではやや趣が違っております。
 体に余りきっちっと合わせて作りますと、体の自由が制約され、其のために疲れてしまいます。日常生活では立ちっぱなしでは過ごせません。写真を撮るだけ、披露宴で着るだけといったものとは違います。
 適当なゆるみはむしろスタイルを良く見せます。体型をカバーする大きな要素です。
 教室では長く勉強している方に、仮縫いの勉強をして頂きます。仮縫いには、勿論私は横で見ております。そこで気がついたことを伝え、また作るご本人にも説明します。
 
               チャイナドレスは素敵だ 15

 写真の方は習い始めて二枚目のドレスの仮縫いです。一枚目の時の仮縫いに合わせて注意、裁断しておりますので、なかなかよく体に合っております。
 生地や、模様などの違いで、前と同じに仮縫いの準備をしましても、時には視覚を無視できない場合もあり、直す必要も起きてきます。それも大事なことですので、教室では必ず仮縫いを致します。

                          チャイナドレスは素敵だ 15

      教室では和気藹々、皆さん助け合い情報交換も盛んです。
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自家製 ちりめん山椒

 最近は知人や友人と会うときの手土産に、前日にちりめん山椒を作りチョッと得意げに持って行きます。と言いますのは、保存料やその他の添加物などを加えてないという所です。味の保証ではなく、安心の保証です。

                  自家製 ちりめん山椒


「材料」
乾燥ちりめん(形の小さい物)     400g
実山椒(市販の佃煮)         100g
醤油                  50cc
砂糖 (三温糖)            50g
酒                  100cc
みりん                 50cc
出し汁 (鰹で取ったもの)      600cc

「作り方」
 平たい鍋(必ず)に調味料と出し汁を合わせて、ちりめんをいれ、 火を付けて一旦湧き上がってきましたら、中火にし煮詰めて行きます。 初めのうちに灰汁取りシートを被せて灰汁を取ります。
 時々かき混ぜながら煮詰めて行きます。下の方の煮汁が少なくなってきたら、実山椒を入れます。火をやや強め、かき回しながら一気に煮詰めて行きます。水分が無くなってきて、鍋の回りに微かな焦げ目が見えたら火を止めます。 出来上がり。

                   自家製 ちりめん山椒

 今回はチョッと焦げが強くなってしまいました。考え事をしながらの
 仕事です。油断が出来ません。只管見つめていることが大事です。

 煮詰まってきたら、トイレに行きたくとも我慢、焦げ目を確認する時のタイミングを外さないこと。
 冷蔵庫で保冷、冷凍も出来ますが、冷蔵庫に入れない方が美味しいので、小分けして利用してください。       
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熊野

 10月初旬、伊勢志摩観光に出かけました。ツアーですがガイドに伺いますと、平均年齢は60歳後半ということです。その中で私共は一番高齢ではないかという感じでした。
 
     熊野

  熊野本宮に詣で、熊野古道を歩くことになりました。大門坂の標識を眺め、歩き始めました。天気は悪く道の中は一層暗くなっているようです。
 
               熊野

 普段歩きなれていませんので、大丈夫か心配しましたが、何とか歩くことが出来ました。歩く距離は想像よりずーと短く、まーともかく歩き、古道の雰囲気を味わったということでしょうか。
 
               熊野

 私は腕を振り振り、やっとバランスを取りながら、用心しつつ歩いております。
 
                     熊野

 若い方や、また行者風の姿の男性などはさっさと登って行きます。坂の途中で振り返って見ますと、心臓に問題のある夫ははーはー息を弾ませ登ってきます。本人は大変きつかったようです。
 何時ものように、帰宅したら歩くことをしなければと誓うのですが、その時の思いはまたまた忘れたように過ごしております。
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高名なお二人

 大岡信先生は詩人として日本のトップに立つ方です。1979年から朝日新聞に「折々のうた」を連載。2003年には文化勲章を受章されております。
 明治大学教授として過ごされた日々もあり、1973年、4年の二年間は学生相談室の相談員をされておりました。お忙しい中、相談時間は勿論、相談室セミナーにも必ず参加されました。セミナーでは夜まで参加者の懇談が続き、大岡先生のお話には、外では伺えないお話もあり、強く印象に残っております。
 時々新聞紙上やテレビなどで先生のお姿を拝見しますが、相談室当時と少しも変らないような感じです。
 
 19日の「折々のうた」に柴生田稔(しぼうたみのる)先生の短歌が紹介されております。

 指傷つける投手のために今日の夜を
 雨降ることもわれは願ひぬ  柴生田稔
 
 大岡先生は、「作者は長い間明治大学の教授だった。私も一時期同じ大学につとめたから、気持ちは通じる。この歌は、六大学野球のリーグ戦で指を傷つけてしまった明大の主戦投手のために、できることなら明日は雨が降って試合が中止になってくれたらいいのに、と願っている。
 作者は謹厳実直を絵に描いたような人柄だったと思う。その人がひいきチームの投手のこととなると、このようになる面白さ。」と解説されています。
 
                   高名なお二人

     1965年頃の柴生田先生(明治大学史資料センター提供)

 柴生田稔先生は明治大学文学部長をなさったこともあります。1949年私は一年生の前期に先生の「上代歌謡」という授業を受けました。
 大学に就職し、先生が高名な歌人と知り、先生のお姿を見かけるたびに、なんときちんとされている方かと思っておりました。
 ある時、青島日本中学校校史を手に取り、眺めておりました。この校史は1917年に創立された、中国山東省の青島日本中学の校史ですが、日本の近代史と関わる内容も多く、貴重な物で、670ページにもなります。刊行は1988年。
 何とこの学校の卒業生名簿の二回生に柴生田稔先生の名前を発見しました。えー!と何回も確認しました。
 早く知っていたならば、校内でお目に掛かったときに言葉を交わせたのにと、残念に思いました。そのごどうしても先生にお花を捧げたく、ご自宅に奥様を尋ね、なにか心が落ち着きました。
 
 (大岡先生は前学長の山田雄一先生と、沼津中学、一高、東大と同期です。)
 
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孫は厳しい

 近くに長女と二女の娘夫婦が住んでいます。長女の一人娘と、二女の一人娘は時に仲良く、時に大騒ぎの喧嘩と、夕食時は大変です。食事が済み、彼女たちが帰ると、老夫婦はやっと夕刊を手に取り、ニュースを見ます。
 この二女の娘(孫です)動きは素早く、四歳になったばかりというのに、生意気で、おまけにエネルギーの塊のような子供です。
 我が家に来た時、パソコンの前に誰も座っていないと、すぐに陣取り、ディズニーランドのHPを開き、楽しんでいます。そこに「森公美子さん」が出てきますと、私の方を見て「ばーば」と言います。(どういうことでしょうよ)二女は「可愛くていいじゃない」と済ましております。
 
         孫は厳しい

 どうぶつアルバム11 上野動物園100という絵本があります。丁度見開きの一方にフラミンゴ、片方にハシビロコウという鳥が載っております。
 長女の娘はバレエを習っておりますが、足が長く見えますし、少しはほっそりとしております。
 
                        孫は厳しい

 そこで二女の娘はフラミンゴを指して「モエちゃん」と言い、ハシビロコウをさして「ばーば」と言います。
 
       孫は厳しい

 でもこれは何か共通するものが有るのではないかと、動きや表情に気をつけなければ思っております。
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当たってまごまご

 1998年9月16日に明治大学リバティータワーが竣工。駿河台の
風景は大きく変わりました。23階の岸本記念ホールからは東に眺めが広がっております。全てが素晴らしく感激しました。
 
                      当たってまごまご

 10月18日には竣工記念祝典が挙行され、案内を頂いておりましたので、夫と出かけ、新たらしい施設を見学、また友人知人と喜びの日を分かち合いました。
 当日の人気はリバティーホールでの抽選会でした。会場は来場者が詰めかけ、職員の司会で上位の抽選が始まり、番号が披露されると拍手と歓声が揚がり、期待していたのに当たらず残念がっている方もありましたが、抽選が終わりました。
 抽選券を買いますとテレホンカードが頂けます。私共は5枚組のセットを買いました。見開きのケースの扉には金色のタワーの、中の4枚は記念の建物のカードが入っております。
 
             当たってもごまご

 抽選が終わり、ホールの外に出ましたら、会場の抽選にもれた当り番号が出ています。企業や校友会などからの賞品が用意されております。
 まー調べて見ようか、といった感じで眺めていましたら、なんと5枚のうちの1枚がロイヤルパークホテルのスイートルームの宿泊券に当たっています。
 それは当日の目玉の一枚だったそうで、現職の方々にすぐに知れ渡ったらしく、歩いておりますと「当たったんだって!」と声が掛かります。これは、しょっちゅう大学に来ているご褒美かしら?と、そんな気がして来ました。
 さてそのスイートルームのことですが、予想もしていなかったことですし、自分で行くことは決して無いことです。どうしたものかと思案しているうちに日が経ち、ようやく翌年の夏過ぎに出かけました。水天宮の境内を散策し、ホテルでチェックイン、部屋に入りました。旅行などで二人が泊まるホテルと違い、大きな部屋、二人でも入れそうなバスルーム、それにトイレも二箇所、IT設備OD器機どれも用がありません。
 夕食を摂りに銀座に出かけ、ホテルに戻りましたが、座る場所も何処にしたら良いのか、まごまごしてしまいます。どうも落ち着かず、テレビを見ることもせず早々と就寝と相成りました。
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賢島

 50年前、友人と紀州を廻り、賢島の賢島荘という志摩観光ホテルの別館に泊まりました。宿は落ち着いた和風、庭園も綺麗ななだらかな傾斜をし、英虞湾が見渡せます。
 英虞湾めぐりの船に乗り、湾内一周が終わろうとした時の、夕景は実に美しく、心に残っていました。何時か志摩観光ホテルに泊まり、あの夕景をもう一度眺められたらと、思い続けておりました。
 去る10月初め、夫婦二人で参加と言うツアーで志摩観光ホテルに宿泊と言うのを見つけ、出かけました。

                   賢島

 名古屋からバスで伊勢神宮に参詣、その後志摩に着きました。天気が悪く、既に夕景は見られません。残念でなりませんでした。
 
            賢島

 翌く朝、徐々に陽の射して来る英虞湾を眺め、少し慰められました。
 若かった昔、このホテルには泊まれず、賢島荘で夕食が済んだ後、眺めに入っただけでした。今回はツアーでしたが、この有名なホテルでゆっくりと夕食を取ることが出来ました。

        賢島

 ツアーオリジナルの食事というので、ホテルが誇る、鮑を食べる事は出来ません。これは仕方がないことと納得。
 
                     賢島

 隣のテーブルの方は、矢張り40年以上前の新婚旅行の際、昼食でビーフカレーを食べ、その時このレストランで食事をしようと奥様と話していたのが実現したと、話しかけて参りました。

       賢島

 鮑のステーキはどれ位の値段がしますかと、従業員の方に尋ねますと、60グラムのステーキが6000円、100グラムで一万円と説明してくれました。チョッと食べるのに勇気が要りそうです。
 ホテルは隅々まで気配りがされており、矢張り高名なリゾートホテルとして名が通っていることを実感しました。
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明治大学全国校友栃木大会

 9月23日・24日に開催された明大校友会の全国大会は今年で42回目を迎えました。23日の前夜祭が鬼怒川ホテルニュー岡部、24日の全国大会はホテル東日本宇都宮で開催されました。

          明治大学全国校友栃木大会

 我孫子地域支部からは六名が参加しました。
             
          明治大学校友全国栃木大会

 天気も良く全国大会には1450名もの参加者が集まり、大イベントとなりました。
 始まりのセレモニーの後、北野大工学部教授の講演があり、休憩の後、懇親会が開催されました。
 
          明治大学全国校友 栃木大会

 栃木はもとより、群馬や茨城の校友も応援されていたようで、地元の物産店も校友の関係筋の物を並べて、皆さん奮闘されています。
 プログラムの広告を集めるのもご苦労されたことでしょう。全国大会には長い準備があったことが良く分かります。
 参加者名簿に知る人の名前が何人も見られ、お会いし旧交を温めることが出来ました。
 特に広告の中に女子寮時代の後輩、笠井光子さんのお名前を発見。お元気と分り、大変嬉しく思いました。
 名誉会長の村山富一元総理、青木信樹会長は高齢にもかかわらず、お元気に最後まで参加され、校友との交流を楽しまれておりました。
 明大創立から125年、校友会は創立から120年が経ち、全国では外に見当たらない校友会活動と伺いました。
 来賓の若い栃木県知事と宇都宮市長(1985年商学部卒・佐藤栄一氏)の挨拶は立派で、会場から大きな拍手が起こりました。
 アトラクションも明大混声合唱団、地元のジャズバンド、応援団総力挙げての演技などなど、若き日を思い起させてくれたひと時を過ごして参りました。
 
          明治大学全国校友栃木大会

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チャイナドレスは素敵だ 14

 チャイナドレスの襟は、首筋を伸ばし、姿勢を良くします。特に高齢者にとっては皺を隠し、若く見られます。
 あの高い襟はねー!と言う方。襟は決まった高さがあるわけではありません。TPOで決めればよろしいのです。

               チャイナドレスは素敵だ 14

 お出かけ用には少し高めがいいかもしれません。普段着は低く、また高齢者は低くすると楽です。木綿のような生地で作るときはどちらかと言えば低く、またゆるく作ります。
 男性用のものでは、襟ぐりを縁取りし、別に作った襟をつけることもあります。暑い地方ではこれが普通のようです。

                        チャイナドレスは素敵だ 14

 私の冬物に襟ぐりにこの縁取りをしたものがあります。襟をはずし、下にタートルネックの薄手のセーターやTシャツを合わせるのも良いのではと思います。
 スカーフを合わせ着る事もいいのではと思います。

            チャイナドレスは素敵だ 14

 中国でのチャイナドレスの歴史には、襟の高さにかなり変化があったようです。首をすっかり覆ってしまうようなもの、僅か数センチしかないもの、いろいろな変化が見られます。
 元宝襟と言われた襟の名前の由来の元宝銀の偽物を、上海で買いました。参考にと手元に置いてあります。この容はよくアクセサリーにも見られますので、ご存知の方も多いことと思います。

                      チャイナドレスは素敵だ 14

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三輪邸

 明大駿河台校舎の10号館の場所には、以前研究所と言われた建物がありました。教職員は三輪邸と呼び、様々な会合に利用されておりました。
 駿河台だと思っておりましたが猿楽町のようです。
 建物は傾斜地に建ち、2階が和風の大広間、一階は洋風のホールになっております。ホールの下は柱で支えられ、その床下には石の仏像が沢山置かれており、湧き水が小さな池に注いでおります。以前の持ち主は三輪さんと言うだけで、具体的に判ってはいないようです。
 和室に入る二階の玄関には葵の紋の漆塗りの長持がでんと置かれ、何となく重々しい感じを与えます。
 ここは教職員の会合にしょっちゅう使われておりました。
 一階は教職員組合のクリスマスパーティや結婚披露宴などにも利用されたりもしました。そうそう二部学生の中野学苑寮や赤羽寮の入寮式に使われたことがありましたが、一般の学生がそこで会議や集会をすることはまずありませんでした。
 管理人の親御さんらしい高齢の男性は、会議で二階の和室に上がった人の靴を、会議の終わるまでには必ず磨いて置いてくれます。
 10号館の建設に伴い、老朽化した建物は山中湖畔の大学施設に移されました。
 この建物に上がった学生はごく少ないことと思います。
 先に紹介した永田先生の写真を探しています時、偶然1958年秋の写真が見つかりました。それは三輪邸で行われた、二部学苑会の法学会役員との懇談会での写真でした。(法学会:二部法学部の学生自治会)
 その年の4月永田先生が学生部長に就任されたので、恐らく学生との意思疎通が大切だと行われたものと思います。
 前に並ぶ武田孟学長、中川富弥教務理事、永田正学生部長、平本仁二部学生課長。懐かしい方々です。この懇談の内容は全く覚えておりませんが、私も出席しております。
 
                  三輪邸

 この時に見えた学生の方々は今は何処でどうされているのでしょうか。今日のホームカミングデーに出席されているかもしれません。きっと元気に社会で活躍されていることでしょう。
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人民大会堂での食事

 2004年秋、中国服の仲間や、生徒知人と「チャイナドレスを訪ねて」北京、上海と廻って来ました。北京では万里の長城の観光の後、人民大会堂での食事をすることを決め、一旦ホテルに帰り、皆さんとチャイナドレス(旗袍)に着替えて行くことにしておりました。
 長城からの帰りに時間がかかり、そのまま人民大会堂に直行しました。
 皆さんこの時の為に、自作のチャイナドレスを持って来ておりましたのに誠に残念な事になってしまいました。

         人民大会堂での食事

 人民大会堂の入り口で持ち物の検査を受け、ゲートを通り中に入りました。メニュー(菜単)の表紙の大広間ではなく、二階の個室に案内されました。
 
         人民大会堂での食事

 部屋の設えはシンプル、壁に山水画が二幅掲げられ、応接セットと食事のテーブルがあります。接待の男性はスーツ姿、女性もきちんとしております。
 
         人民大会堂での食事

 料理は豪華ではありませんが、全て気を使った上品な味、ダブルソーサーでのサービスで、私たちの食べ具合を見計らい、タイミングも良く出て参ります。

          人民大会堂での食事

 紹興酒は大変美味しく、しかも値段が安く、日本に持ち帰りたいので分けて欲しいと頼みましたが、この人民大会堂でしか使われていないそうで、見事に断られてしまいました。
 一本日本円で800円です。本当に残念でした。でも飲んだことだけでも良かったと思っております。
 食後玄関では照明が明るく輝き、チャイナドレスを着て出て行くことが出来たら、きっとスターの気分を味わえたのではと、これも残念なことでした。旅は思い通りには行かないものです。
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火事と喧嘩は江戸の華

 去る9月25日、オパール・ネットワークの会員は浅草名所歩きをしました。参加者34名は二組に別れ、松屋から墨田公園、待乳山聖天、今土橋、竹屋の渡し跡、花川戸公園、二天門、浅草寺、浅草神社と廻りました。
 
                      火事と喧嘩は江戸の華

(加藤先生が外国の方を案内しますと、あのオブジェにはどこの国の方も同じ表現をされるそうです)
 
 自由時間を少し取り、大黒屋に集合。天麩羅定食を食べ、その後、明治大学名誉教授の加藤隆先生からお話しをお聞きました。
 歩くに際しては会員の竹内宏さんの用意された江戸の芸能、文化に纏わる資料と、加藤先生ご用意の「お江戸の街は小屋だらけ」というお話しのレジメを持ち、そろそろと歩きました。
 
               kajito

 さて加藤先生のお話ですが、江戸時代に入ると全国の農村などの次男、三男が職を求めて集まってきたことから、まず長屋が作られ、そこで寝起きする若者たちは、お国言葉の行き違いで喧嘩も多く、また男7割、女3割という江戸の人員構成とあれば、血気の若者は怒り易くもなっていたことでしょう。そういったことで喧嘩も必然的に多かったようです。
 長屋は6軒が二棟並び、12軒で井戸と便所が共同という造りで、誠にお粗末なもの、火が出れば簡単に類焼、また其処にはすぐに長屋が建つ。火付けも多かったそうですが、借金返済に困ると非常手段で火付けをし、逃げる者もあったそうで、小さな火事は毎月のようにあったそうです。
 火事と喧嘩のお話しも興味引きましたが、当時の日本の農村ではハレの日とケの日がはっきりと分かれていたのが、農村に比べ豊かな江戸では年中ハレで、生活の区切りが無くなっていたということです。今の日本人の生活を見ますと、江戸の生活と同じようにハレ続きといえましょうか。
 江戸・東京学と言われるような学問は35年ほど前から、始まったそうで、現在江戸・東京と名の付く書籍は500冊ほどにもなっているそうです。
 
                kaijto

 江戸の発見、江戸の探索、江戸を歩く、いろいろ試みて学ぶこと、それには切り口をまず考えるのも大事なことだと分り、大変参考になるお話を伺うことが出来ました。

                         火事と喧嘩は江戸の華

 浅草はいろいろな方が歩いております。ホームレスも車にたっぷり荷物を載せ押しています。
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運動会は秋

 1 秋の日晴れて気は清く 朝風そよぎ身は軽し
   見上げる空の万国旗  きらめくさまも勇ましや
   待ちに待ちたる今日の日の 運動会こそ楽しけれ
 2 鍛えし足と練習で 堅忍不抜の心もて
   強き弱きも諸共に 力の限りつくしつつ
   最後の時と所まで いざ試みん今日の庭
 
 中国青島に在った日本第一小学校の運動会の歌です。運動会の開会の最初に皆で声を張り上げ歌います。
 クラスメートだったH氏の記憶によりますと、校長先生は「古賀先生の作詞、作曲の歌を練習しましょう」とおっしゃたようだと話しております。古賀先生は南條範夫さんの弟の古賀光一先生、校長先生は中村八大さんのお父様。
 この歌を思い出すと、秋こそ運動会だと思わずにはいられません。
 今日のような素晴らしい秋晴れの空を見上げますと、私はいつもながらこの歌が自然に声になって出てきます。道の前後に誰もいない時などは、少し大きい声で歌います。特に2番の歌詞が好きです。
 青島のこの小学校は400米のトラックに生徒全員が座れるスタンドを持つ素晴らしい学校でした。
 
             運動会は秋

                  (1941年の校舎と運動場) 
 運動会では競技ごとの賞品はなく、1等は赤、2等は青、3等は黄の
リボンが貰えます。運動会が済みますと生徒はそのリボンを翌日から一週間くらい誇らしげに胸に付けて学校に来ます。運動会が終了すると生徒は教室に戻り記念品のノートなどを頂き帰宅します。
 全員が頑張った記念品、努力の成果はリボン。私は先生方の素晴らしいお考えで決められたものと、今でも感心しております。
 
             運動会は秋

       (2005年の校庭、校舎は真ん中で小さく見えます)
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永田正先生

 明大政経学部の永田先生に初めてお目に掛かったのは、女子部の入試の面接の時でした。緊張していたせいで、家庭環境を聞かれたような記憶が残っているだけです。
 私の恩師久野勝先生の後、1957年から二期学生部長の任に当たられていました。また戦後バレー部の初代部長の太田直重先生のご逝去の後、二代目部長を引き受けられ、長く学生の体育会活動のよき理解者でもありました。

              永田正先生

                
 先生は1986年11月30日ご逝去。間もなく亡き後20年を迎えようとしております。
 奄美大島を愛し、斗酒なお辞せずという先生ですが、学生に優しく、私も先生学生部長時代にはいろいろとご指導を頂きました。
 学生部長として緊張の日々の中にも酒席を楽しまれる事もあり、私も時々学生部の方々と一緒にお供をし、新宿辺りを徘徊したりもしました。
 新宿では卒業生の酒場に良く寄りました。余り広くない店内で、家族的な雰囲気と、話題に共通性があるからでしょうか、気を許し気分が随分開放されていたようです。
 当時はカラオケも勿論なく、盛り場から少し離れていましたので、流しも参りません。それが私たちの出番となります。手拍子口三味線   
 
 先生:夜がー冷ーたーいー 
    私とママ:ちゃかちゃっか、ちゃかちゃかちゃっか
 先生:心はー寒いー  
    私とママ:ちゃかちゃか、ちゃかちゃかちゃっちゃっ
 先生:渡り鳥かーよー
    私とママ:ちゃかちゃかちゃっか と続きます。
 
 先生は教員の在外研究のはしりのような早い時期に英国に出かけられました。帰国後撮ってきたスライドを皆さんに見せるための人集めや、会場設営を頼まれたのも懐かしい想い出です。
 和泉校舎の近くのご自宅に鯉が走るような池を作ったからと、お声が掛かりました。丁度先生宅への使いがあり、序に見せて頂きました。それは先生のお言葉とどうも違っているようで、褒め言葉に迷いました。 
 全て随分昔の話ですが、校友会我孫子地域支部の関俊雄幹事長がバレー部のOBですので、話が弾む中でいろいろな事が思い出され、何か愉しく、チョッと学内では見られなかった先生のお姿を載せてみました。
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蕎麦・そば・ソバ

 上京するまで戦後の食糧難もあって、「うどん」は連日の食事でしたが、千葉の南端では「蕎麦」を食べる機会もなく、美味しい「蕎麦の味」を知りませんでした。東京の蕎麦屋で外食券を使い蕎麦を食べるようになりましたが、飲み込む度に味に慣れず苦労をしました。
 50年ほど前、出張で長野県に行きました。泊まった白骨温泉で蕎麦を食べ、一変に好きになってしまいました。その味はハッキリ覚えておりませんが、蕎麦好きになった切っ掛けでした。その時の道中で初めて蕎麦の花に出会い、ひ弱そうな姿が強く印象に残っております。
 
            蕎麦・そば・ソバ

                (K氏からの写真)
 先月24日、明大校友会全国大会が宇都宮であり、私も我孫子地域支部の一員として出席しました。23日に宿泊地の日光へ行く途中、後輩のI氏の案内で松並木公園にある報徳庵で蕎麦を食べることにしました。
 
            蕎麦・そば・ソバ

 国立公園内ですので看板は出ていなく、口コミでしょうに、店内では待つ人で溢れています。古い民家のその店は、縁側まで食べる人を案内しており、驚きました。値段もそこそこ味も良く、良い処を教えて頂きました。

            蕎麦・そば・ソバ


             蕎麦・そば・ソバ

 この水車は直径10米、周囲80米で蕎麦を挽くそうです。国内ではかなり大きい物だそうです。 
                                             
 我孫子地域支部に「蕎麦の会」に入っているK氏がおります。蕎麦の花が咲いたら見せて欲しいと頼んでありましたら、忘れずに先日写真を送ってくださいました。
 
             蕎麦・そば・ソバ

 初めて蕎麦の花を見たのは信州での車中でしたので、また見たかったのです。K氏は徳重先生の統計学で苦労をされたようですが、定年後は自由人を謳歌されているようです。蕎麦を育て、収穫後は蕎麦打ちまでされるそうです。聞くだけで期待してしまいますよね。
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チャイナドレスは素敵だ 13

 よく年配の方から、箪笥に着物を沢山仕舞ったままと聞きます。私と会うとどうもチャイナドレスに直したいと言う気持ちが頭を擡げて来るようです。するとすぐに「着物が一杯あるんでチャイナドレスに直せないかしら」という話になります。
 その中でまず一番は留袖をロングのチャイナドレスに直して、結婚式に着て行きたいと言うことです。
 これは一番悪いリホームではないかと私は考えております。留袖は格式も高く、帯を締めた姿は凛とした威厳があります。
 直したチャイナドレスを着て帯つきの留袖を着た方と並んだ姿を頭に浮かべて見て下さい。格落ちとはこのようなことではないでしょうか。
 和服をチャイナドレスに直すことは構いませんし、また出来ない事ではありません。中国でも布幅が日本の着物と同じものもありますし、庶民は継ぎはぎをして作ってもいますから、条件次第で素敵な物に仕上げることは可能です。
 どういう生地がチャイナドレスに向くかは、まず厚めで確りとした織り、無地か小さな柄物、こういったものが特に向いているようです。小紋なども着る方の個性で素敵になると思いますよ。和服をリホームしたチャイナドレスをご覧になってください。
 
                チャイナドレスは素敵だ 13

 この一枚はお母様の大島を男風にアレンジした生徒作品の上着です。
 
 下のは吉祥模様の道行を直したものです。とても素敵です。
 
                          チャイナドレスは素敵だ 13

 この道行を直したものを着ている方は、中国に出張をした時にレセプションの席に着て出席し、中国人からたいそう褒められたそうです。

                      

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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