2007-04

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明治高校・中学校

 明治大学付属明治高校・中学校が来春調布市富士見町に移転するそうです。昔から東京の下町の商家の子供が多く通っていた学校です。

             明治高校・中学校

         (明治高校・中学はマンドリンの演奏が有名です) 
 1967年頃、高校でも相談室を作りたいという依頼を受け、渡部慶助事務長と話し合い、大学の相談室から担当を決めて相談業務に協力すことになりました。政経学部の中野渡信行先生、相談室事務主任の杉原方平さん、それに女性ということで私。三人が週一回づつ高校に出かけました。

            明治高校・中学校

 最初の時、私たち三人は全生徒の前で紹介されました。校庭の高い壇の上に立ちましたら、左側の中学生の小さいこと、可愛い子供達です。右側はこれはまた驚くほど体格の立派な生徒が並んでいます。高校3年生ともなると大人ですね。
 福島則雄校長はおっとりとした感じの方で、随分後でしたが駅の階段を踏み外し死去されたと伺い驚きました。
 福島校長の挨拶と私たちの紹介。全て体育の松枝正弘先生が号令をかけます。(この松枝先生は卒業生がチータと言っておりましたので、なかなか名前が浮かばず困りました。懇談会の時も名前が出てこなく、ずーと考えやっと思い出したという可笑しなこともありました)
 相談はかわいい相談が少しありましたが、大きな困ったようなことは持ち込まれませんでした。この相談室は予算が無いことから、2年間ほどで閉鎖されました。今はスクールカンセラーがきちんと置かれているようです。
 高校に行きますと、中学1年生が「君!君!」などと友達と話しておりますが、その声はまだ児童の声です。それが高校になりますと、太い声に変っております。その声が珍しく、耳を彼方此方に傾けていたものです。

            明治高校・中学校

 来年からは男女共学となるそうですが、少しの間、縁を持ちましたので、何か楽しみです。



4月30日  図書館記念日   1950年のこの日に図書館法が公布され、1971年全国図書館大会で記念日と制定され1972年が第一回記念日でした。


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旗袍あれこれ

 清朝時代の旗袍は上下に別れたものが多く、上着はスカート(裙子)やズボンと(褲子)と組み合わせて着られておりました。絢爛豪華な上下もありますが、一般の生活では地味な木綿や綿入れの上着が普通だったと思います。古い写真を見ますが色彩は分かりません。そこで「近代中国女装実録」を見ますと実にシンプル、またモダンな形の上着にめぐり会います。何度もページを開けて楽しんでおります。
 上着丈の短い可愛いものを見ますと、見目麗しい楚々とした乙女の姿が目に浮かびます。その上着には刺繍の施された布靴が合いますね。この実録から素敵な上着を紹介いたしましょう。スカートやズボンを合わせた姿をご想像ください。

         旗袍あれこれ


         旗袍あれこれ


        旗袍あれこれ


        旗袍あれこれ



4月27日 27日~28日道成寺鐘供養
      上高地開山祭


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有楽町界隈

 何時の間にか有楽町周辺の様子が変っておりました。半年振りにJR有楽町で下車。日比谷のタニクリニックでの鍼灸治療には早く、さりとて銀座方面にまで足を伸ばす時間はありません。
 マリオンと交通会館の間は塀で回りが覆われ、足は否応無くマリオンの方に向かいました。
 
              有楽町界隈


              有楽町界隈

 この塀には写真が掛けられており、戦後の一時期を見せて呉れております。懐かしい風景です。先日選挙が終わったばかりでしたので、朝日新聞本社前の開票風景には隔世の感を覚えましたね。今は自宅でいながらにして開票結果を知ることが出来ますからね。

            有楽町界隈

 この地域の開発は「有楽町駅前第一地区第一種市街地再開発事業」というようです。丸井も進出、既に丸井のビルが高く見られます。
 
             有楽町界隈

 マリオンの映画は「日劇1」「日劇2」「日劇3」となっており過ってこの地にあった日劇の名が残っております。上映されているものにクレヨンしんちゃんの看板も見られます。
 
           有楽町界隈

 久しぶりの有楽町でしたので、数寄屋橋交番前交差点から阪急側に渡り「明治大学発祥の地」の碑を眺め、それでも少し時間がありますので、ゆっくり日比谷方面に歩いてゆきました。
 
         有楽町界隈

 古い確りとしていた三信ビルも閉鎖されており、回りのビルが実に立派に見えます。

          有楽町界隈

 クリニックの隣のペニンシュラホテルも足場が殆んど外されております。刻々有楽町や日比谷が変って行きます。銀座は大分足を延ばしておりませんが、矢張り同じように変って来ているのでしょうね。



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今村成男先生

 1966年の4月、明治大学の学生相談室に経営学部から今村先生が相談員としてお見えになりました。
 先生は小川町校舎の4階まで昇るのはとても大変そうでした。心臓が悪いと話されており、相談室にたどり着きます(そんな感じです)とソファーにお座りになり、肩で息を吐かれます。毎回大丈夫かしらと心配しました。
 春のチューリップの便りが聞かれると必ず先生のことが思い出されます。相談員になられる前から、春に何回かチューリップを沢山抱えて相談室にお見えになっておりました。伺いますと市谷のご自宅の庭にはチューリップが沢山咲いているということです。それも庭中無造作に咲いているらしいのです。お話を伺い羨ましく思いました。
 
                       今村成男先生

 学生が相談に見えますと、やっとこさと相談の部屋に入って行かれます。考えますと、心臓はかなり悪かったのではないかと思います。
 先生が何を教えていられたのかは記憶にありませんが、先生から伺った話はとても印象に残っております。
 「久米のおかーちゃん(久米愛先生)は偉いけど、家のおかーちゃんも偉いんだよ」という話しです。どうも久米愛先生のご主人は今村先生と大学の同期のようで、お互い何か話し合っていたのかしらと思って仕舞いました。今村先生の奥様はその頃、東大で仕事をされていると聞きました。
 ある時しみじみとおしゃった言葉は忘れられません。「ねー清潔にしているということはお金が掛かると言うことですよ」「清潔に生活が出来るということは有難いことなんだねえー!」ということです。
 世界中で災害が発生しTVでその姿を眺めると、清潔よりも救助が先ず先ですし、人々の体を清潔に出来るまでには時間も掛かり、実に厳しい現実が多く見られます。世界の中で国民の殆んどが清潔に暮らせ、また清潔な街づくりを進めている日本をありがたいことと、しょっちゅう今村先生の言葉を思い出します。

               今村成男先生

                  (柏市あけぼの山農業公園)


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viva青島

 かねて聞いておりました、中国青島と済南間の新幹線が開通。4月18日に青島の四方駅を列車が出発したそうです。青島ー北京は7時間20分掛かったものが、これからは5時間58分で済むそうです。青島万歳です。
 
                 viva青島

 青島駅は改造中だそうですが、北京五輪のヨット会場の青島ですから、きっと素敵な姿がやがて見られることでしょう。
 4月ともなりますと青島では春の花が街を彩っております。桜も満開です。若い桜が公園だけでなく、団地の中でも咲いております。青島は街づくりが実に綺麗ですね。四季折々に行きたくなります。

             viva青島

 昔、青島神社と言われていた参道は桜並木になっておりました。幹に出てくる脂を採り、親指と人差し指で粘りを出して、爪に巻きつけるようにして、マニュキュアをしました。

           viva青島

 昔は中国ですのに日本人や欧米人も多く住んで居ましたので、子供もマニュキュアの真似事をしたりし、おしゃれな子供が多かったですね。
 新学期の小学校ではお花見遠足があり、今の中山公園に行きました。今もそこでは子供たちが遊びに興じており、昔日を思い出させて呉れます。 
 
                 viva青島

 青島は海にも山にも恵まれており、中国でも実に素晴らしいところではないでしょうか。皆さん是非出かけてください。
 新幹線の姿を見ますと、和諧号となっております。中国政府は和諧社会の実現を目標の一つにしているそうです。調和のとれた社会ということだそうで、この列車は中国の希望を託して付けられたネーミングでしょうか。


4月21日   放送広告の日 別名:民放の日 1951年わが国で初めて民放16社に放送予備免許がおりて、今でいうCMが初めて流れたこの日を記念して設定されました。



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旗袍あれこれ

 昔から旗袍を着た時に、何を履いたら良いのか迷いました。結局無難な黒のパンプスを履くことが多かったですね。出来れば何か新鮮味を感じるものを履きたいとは思いますが、生来おしゃれが下手なせいで、これといったものを見つけることが出来ずに過ごしております。
 パーティーの時、生徒は大胆なものを履きこなし、とてもモダンな感じのものを履いて出席します。センスもよく感心をしております。
 映画やTV等で旗袍を着ている人を見ますと、若い人は殆んどはハイヒールを履いております。無難が一番合っているのかも知れませんね。
 先に掲載しました「近代中国女装実録」では旗袍を着る時に持つものや、履物が数多く掲載されております。それは現代に通用するものでもありませんが、もし手に入るような物であれば欲しいし、身につけても見たいと思っております。上海のアンティークの店では纏足の靴は沢山並んでおりましたが、普通の物は目に入りませんでした。次回はよく見たいと思っております。
 「近代中国女装実録」で掲載されている靴は布で出来ており、一足一足丁寧な手作りの物です。手仕事ならではの、一針一針の縫い目が感動を呼びます。それらは優しく、きちんと足を包み、その履き心地のよさが感じ取られます。
 刺繍が細かく丁寧に施され、履く女性自身が縫ったものか、身近な母親や親戚の女性などが縫った物か、想像を誘います。それには履く人の幸せを願う心が込められているような気が致します。素敵な何足かを掲載致しましょう。

                        旗袍あれこれ


              旗袍あれこれ


      旗袍あれこれ




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いよいよ補聴器かな

 12月以来身辺忙しく、ピアノのレッスンを休んでいました。だからと言って自宅で練習をしていたわけではありません。先生は優しい方で、「おばーちゃまは忙しいから、ここで練習してください」と毎回励ましてくださいます。
 
                    いよいよ補聴器かな

 昨日久しぶりにレッスンに行きました。音が変です。自宅で先だって「音が狂っている!!!調律を頼まなければ」と騒いでおりましたが、先生宅のスタインウェイ、何と同じで狂っています。
 これは早とちり、私の耳がおかしいのです。突発性難聴の治療も、今は鍼灸だけにしており、次回の診察は6月です。多分聴力を上げるのはなかなか難しいのではと、自己診断をしております。
 昨日は先生がよく話しを聞いてくださり、何処の音がおかしく聴こえるのかも、見当が付きました。
 発表会が今年もあると言います。昨年は難聴でしたが、無事に終わりました。ですがこの調子だと、とても自信がありません。
 補聴器を求めるのがいいのかなと考えてしまいました。決心の為所かも知れません。
 
 話は換わり先生の紹介を致しましょう。長屋美代子先生は大らかな優しい方です。我が家では二女とその娘、長女の娘と私。4人が教えて頂いております。
 
           いよいよ補聴器かな

 レッスン料は二女の娘は一回500円、三人は1000円。先生のお考えは、今は子供のお稽古や塾でお金がかかるので、せめて自分の所では廉くしてあげたいということなのです。
 小さなお子さんが一緒に付いて見えると、上の方のレッスンの間じっとしているのは可哀そうと、遊具も用意しております。
 二女の娘の通う幼稚園児さんも今は先生に習いたいと、何人も通い始めました。小さくても良い音をと、スタインウェイでレッスンをされております。このブログを読んだ方が先生に付きたいと思われても今は空きが無いようですよ。


4月16~22日  科学技術週間


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チャイナドレスは素敵だ 30

 今を去る、60年以上昔、日本女性がチャイナドレスを目の当たりにしたのは、李香蘭の姿ではなかったでしょうか。明治や大正生まれの女性にとって初めてのチャイナドレスは強烈な印象を与えたに違いありません。
 以来日本の女性に「着てみたい民族衣装は」と聞きますと、チャイナドレスと答が返ってくるのはこの最初の李香蘭現象がもたらしたものではないでしょうか。
 
             チャイナドレスは素敵だ 30

 李香蘭が中国と日本との狭間で苦しみ、様々な試練を乗り越え、その中での選択してきた、生き方は多くの方が知る所で、ここで紹介するまでもありません。
 
                          チャイナドレスは素敵だ 30

 今春テレビ東京はこの李香蘭の半生を描いたドラマを2月に二夜連続で放映しました。そのドラマのDVDがこの4月末に角川エンタテインメントから発売されるそうです。録画はしましたがやはり欲しい一枚です。(内容は二編になっているようです)

               チャイナでレスは素敵だ 30

 ドラマが放映された後、生徒に聞きましたら殆んど皆さんが見ておりました。話題は講座の性質上、ストーリーよりもチャイナドレスの方に関心が高かったのは当然のことだったと思います。
 このドラマで着られたものはかなり洗練されており、澤口靖子さんの時より手の込んだ物が多く、それなりに楽しめました。

                チャイナドレスは素敵だ 30

  (産経新聞ENAXから転載・山口淑子さんと主演の上戸彩さん)


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お札も豪華になりました

 中国青島に湛山寺という廟があります。昔は郊外といわれるところで中心街からは東方向にありました。青島は年年歳歳発展が進み、東に大きく街が広がっておりますので、湛山寺は今は西に寄っていると言ってもいいような位置になっております。隣には植物園があるようです。

                 20070413114842.jpg

 小学生の頃、母や叔母と湛山寺にお弁当を持って出かけました。人も殆んど見られないところで、静寂な境内でした。寺の前庭には土饅頭の墓地が沢山見られました。
 好奇心で傍に寄って見ますと、その土饅頭の上に、あの世に持たせるのだと言う、偽の紙幣が置かれてあります。飛ばないように、石を上に載せて押さえにしております。沢山置かれていると、あの世で死者が大切にされるのだと聞かされました。(紙銭と言われるものです)
 今は湛山寺も初詣では賑わうようですが、普段は矢張り訪れる人は少ないようです。
 友人が先日李村のフリーマーケットに行きましたところ、そこで豪華な印刷されたあの紙幣が並べられていたのを見つけ、ブログに掲載しております。

           お札も豪華になりました

 昔は印刷されていなかったような気がします。ただの黄色い紙だったような記憶ですので、豊かさがこんなところにも現れているのだなーと感心しました。ところで中国では迷信や古い習慣が禁止されていると聞いておりましたのですが、こういったものを見ますと、民衆の日常生活はなかなか変えられないということもよく分かります。


4月13日  わが国最初の喫茶店(可否茶館)が1888年のこの日に上野黒門町に開店しました。



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4月10日 日比谷公園から霞が関へ

 久し振りに、日比谷にある谷クリニックで難聴の治療のための鍼灸を受け、丁度昼食の時間にかかったので、霞が関ビルまで歩きました。
 病院の隣に建設中のペニンシュラホテルも随分出来てきております。
4ヵ月ぶりとなると随分風景が変っております。
 
                      4月10日 日比谷公園から霞が関へ

 日比谷公園は時々通りますが、真昼に通るのは初めてでした。昼食を済ませた方、弁当を下げた方、若い男性、中年の男性、それに若い女性と、実に多くの方がおります。
 
             4月10日 日比谷公園から霞が関へ

 公園のベンチでのんびりと話している方、また池の傍で一人腰を下ろしている方。多くの方が胸に名札を下げております。出入りに必要なものなのでしょう。
 
           4月10日 日比谷公園から霞が関へ

 公園の中の松本楼の前には順番を待つのか、そこの弁当を買うのか大勢の方が並んでおります。
 
                 4月10日 日比谷公園から霞が関へ

 朝から晴れていたこの日は、昼休みを公園で過ごすに絶好の日和でした。緑も木々を色どり、その間に見える花も春らしいものです。花も既に殆んど散り、名残の花が少し咲いておりましたが、バラが咲くにはまだ時間が掛かりそうです。
 
                     4月10日 日比谷公園から霞が関へ

 公園を出て霞ヶ関方向に行きましたら、物々しい警備にぶつかりました。警視庁の警察官が大勢出ております。右翼の街宣車が傍に来ますと、警察官が素早く折りたたみ移動式のゲートで道路を塞ぎます。
 街宣車は警察官の指示に従い、曲がって行きます。どうなるのかと暫らく傍で眺めておりました。街宣車はやがて霞が関から東の方向に行くしかなく、出て行きました。素早い警察官の動きと仕掛けに見とれましたが、この警備は昨日来日した中国の温家宝首相のためのものだったと思います。
 虎ノ門の交差点では相変わらず「改行」の文字が見られました。昼時の日比谷は賑やかですが、霞が関でも男性のグループが彼方此方で散歩をしております。実に若い男性が多い所ですね。これと対照的に、わが街は高齢者が目立ち、半数以上は女性です。
 都心を離れて住んでおりますと、活気のある若い人を大勢見ることは先ずありませんから、ここ都心では何か落ち着かない変った世界にいるような感じがします。弾き出させられそうな感じとでも言えましょうか。




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駿河台サイトーテーラー

 千代田区駿河台の明治大学の南側、細い道を挟んでサイトーテーラーがあります。
 
                    サイトーテーラー

 1948年に明治大学に入学しましたが、学生は制服を作るのには、大学から貰ったチケットが無ければ買うことが出来ませんでした。クラスに何枚かの割り当てがあり、それを持って大学の傍のサイトーテーラーか池久洋服店に行くのが普通でした。
 
            サイトーテーラー

 サイトーテーラーの裏は空き地になっており、そこには小さな公園風にブランコがあり、学生が大きな体を乗せ、漕ぐ姿を見ることもありました。
 元の大学校舎の南側の壁は焦げたように見えましたが、それは空襲で隣の(今のサイトーテイラーのあるビル)龍名舘別館が焼けたときの火を浴びた痕跡と聞いております。当時大学には参謀本部の一部が同居駐在しており、その方たちが一所懸命に消火をしたため、大学は類焼を免れたのだそうです。
 サイトーテーラーは戦後直ぐに今の場所で開業したのでしょう。学生服以外は高く、学生の手の届くような店ではありませんでした。
 政経学部の沖田先生はこの店がお気に入りだったようです。ある日先生がお見えになりました。「背広の腕が上がらなく困ったよ」と仰るのです。よく伺いましたら、仮縫いで余りにきちんとし過ぎたようで、動きに袖が付いて行けなかったようです。
 サイトーテーラーの前を通る度に、戦災のことと沖田先生のことを思い出します。
 沖田哲也先生は沖田総司ゆかりの子孫で、テレビで紹介されたこともあります。ご母堂は明大女子部の一回生でもありますので、先生は子供の時から女子部祭にお見えになっていたそうで、将に明大っ子と言える方です。


4月11日  メートル法公布記念日



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旗袍あれこれ

 旗袍は長い物だけではありません。中華民国になってから、短かったベストが長くなり、そこからワンピース型の旗袍へと変化が起きて来たそうです。上着とスカートやズボンと合わせて着たものを見ますと、それなりに魅力を感じます。刺繍や縁取りが素晴らしく、どれを見ても欲しくなります。
 先頃黒の上着を手に入れましたが、手持ちのアンティークのブルーのスカートと合わせて見て、バランスが良ければ機会を見つけて着てみたいと思っております。
 先に子供の旗袍を掲載しましたが、今回はその姉妹編とも言える「近代中国女装実録」から上着とズボンを紹介したいと思います。大変綺麗な物が全編に掲載されており、教室でも評価が高く、私も傍に置き、よく眺めております。
 
             旗袍あれこれ


                    旗袍あれこれ


                          旗袍あれこれ


                旗袍あれこれ


           旗袍あれこれ




4月10日  建具の日  ヨットの日  四万十川の日



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中国青島のイチゴ

 青島に住む友人は先頃、現地情報誌の紹介するイチゴのプレゼントに応募したところ、立派なイチゴが届き、生徒が嬉しそうに食べている姿がブログで紹介されております。(青島満帆)
 
                     中国青島のイチゴ

 
          中国青島のイチゴ

 この新鮮なイチゴの生産について知りたく、メールをしましたところ、下記のような返事が来ました。

「イチゴ農園の紹介記事から抜粋します。

 会社名は、山東朝日緑源農業高新技術有限公司
 このイチゴは青島から北東へ1時間半、煙台市の衛星都市「莱陽市」で収穫されている。(中略)
 日本のアサヒビールの監修下で始まった朝日緑源農場開設プロジェクト。
 このプロジェクトは、スイートコーンやイチゴなどの高付加価値農産物の栽培と、安全な牛乳を生産する高管理型酪農を組み合わせて、酪農で生じる堆肥を農地に還元活用する「循環型農法」を中国で普及させるとともに、その生産物を中国国内で販売するというプラン。
 酪農に関しては、ニュージーランドとオーストラリアから400頭以上の乳牛が今春以降農場にやってくる予定だ。(中略)
 現在ビニールハウスは全部で5棟。2800㎡の日本式ハウス1棟に平均約13000株のイチゴが植わっている。(中略)
 今後イチゴの需要が拡大すれば、数年後にはハウスを最大55棟にまで増設する予定。(中略)
 現在、とよのか、女蜂、アイベリーの3品種を出荷していますが、主力は女蜂です。
 莱陽の土との相性がいいのか、味や色も抜群です。
 以上のような記事になっています。」

                   中国青島のイチゴ


 「ジャスコで確か1パック30元ぐらいだったと思います。」

 このイチゴについては以上のようなことが分かりました。循環型農法が根付くといいですね。中国でこのようなイチゴが手に入るとなれば、きっと歓迎されることと思います。


4月9日  国民年金法成立   1959年のこの日に成立し、4月16日に公布されました。



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学生相談研究会の学生

 1959年4月から明治大学での学生相談活動が始まりました。和泉校舎の一角に開設されたのですが、職員は一人、相談員として正式に任命されたのは短期大学の堀淑昭先生(心理学)のみ、外の相談員は各学部の学生部教員です。
 
                        学生相談研究会の学生

 相談室の蓋を開けた所、相談に来る学生の問題は新入生に共通するものが多く、一日中同じことの繰り返しになる日が続きました。
 翌年堀先生と相談し、学生生活のなかで起きる情報をまとめて、相談室内に掲示することにしました。学費や生活費の平均月額や、奨学金の申し込みの部署、細かいことでは都内の交通費、浴場の値段などなど。
 これがとても評判がよく、大勢の学生が来室し見学、その時に自分の個人的な悩みなどの相談もありました。
 当時は学生生活のオリエンテーションが殆んどされていなかったので、組織的に実施しなければということで、1961年から学生の協力を得て、教室で在校生からアドバイスを受ける方法を取りいれました。
 この学生は始めは学生課が公募し、その後はその学生たちが自主的な活動へと一歩進んだ活動を始めました。

           学生相談研究会の学生

            (新入生からの相談を受ける研究会の学生)
 2年生のそれらの方は「学生相談研究会」として自分たちの経験とデーターを持ち、新入生の相談を引き受けて呉れました。学生の立場からのアドバイスは教職員からは得られない情報もあり、新入生に役に立ったことと思います。
 
                   学生相談研究会の学生

 更に大教室を使い、パネルディスカッションを開催。満席の中で学生生活の問題を話し合おうという、画期的な活動をしました。壇上にはアドバイザーとして、教員の相談員や学生課長も並びました。

              学生相談研究会の学生

 当時のそのパネルは旺文社の蛍雪時代にも取り上げられております。
 その頃の新学期ではまだ学生生活へのオリエンテェーションが充分でなく、クラブ活動のこの研究会の学生に随分助けられました。
 この学生たちは、活動を新学期に限定し、それ以外の期間はカウンセリングの研究を続けておりました。新学期の新入生への相談を始める前には、教務係りの方から単位取得のためのレクチャーを受け、また学生課の仕事の内容や相談室のあり方など、多くを学び備えるというように慎重に対応しておりました。
 学生たちは実に真面目、誠実な方ばかりで、今も何人かの方とは交流が続いておりますし、外の方からも賀状を頂いております。



4月7日  世界保健デー・世界禁煙デー



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チィナドレスは素敵だ 29

 チャイナドレスの特徴の一つに紐ボタンがあります。襟元や胸のカーブ(ここは大襟と言います)に付けますと、ホックを使わなくても前が開きません。元々昔はホックがありませんでしたから、実用と装飾を兼ねていたものです。世界の衣服の古いものにはこれと似た物を多くみることができます。チャイナドレスでは今でも紐ボタンを付け、ホック無しで作られている物が沢山あります。紐ボタンは受けと掛けとで一組になっておりますが、これを何組付けるかはデザイン全体との相談ですから、迷う所です。

                    チャイナドレスは素敵だ 29

 紐ボタンの大きさや形は全体のバランスや、着る方の個性、着る場所などを勘案して作ります。
 教室では優しいタイプの方はそれなりに、確りとした方はまたそれなりに、それぞれが胸元から、カーブに添って上手に工夫をしております。
 
            チャイナドレスは素敵だ 29

 胸のカーブは色の紐でアクセントを付けたり、またステッチを上手に生かしたりと自分らしく作ることが出来ます。

         チャイナドレスは素敵だ 29

 正バイヤスを使いますから、たとえ細かい格子の様な物でも、紐にすると僅かでもそのバイヤスの斜めの生地の線が出て、ボタンがはっきりとしております。

                チャイナドレスは素敵だ 29

 教室では、ボタンを付けることは強制しておりません。付けなければそれはそれなりにシンプルですっきりとし、アクセサリーが映えます。紐ボタンはコツを覚えると作るのも楽しみになって参りますし、作るのも早くなって参ります。
 皆さんチャイナドレスを習い、時間が経ってきますと、紐ボタンも上手になって楽しんで作っております。
 楽しみながら手を掛け作るのが良いのでしょう。長続きする方が多いので、私も励まされております。



4月6日 白の日 し(4)ろ(6)の語呂合わせでこの日が生まれました。
     春の交通安全運動(15日まで)


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中国青島の労山

 中国の青島に観光で行きますと、必ず労山(労は山偏に労です)には行かれると思います。労山には見所が多く、青島の観光名所の一つです。
 労山は中国最東端に位置する山で標高1100m。そこには幾つもコースがあり、普通は南コースで道教発祥の寺「太清宮」を見学し、ロープウエイで山頂に登ります。以前はリフトで足元から下を覗くと怖かったのですが、今はゴンドラになっているそうです。
 山頂から見える海も美しく、中国でも評判の山となっております。
 
           中国青島の労山

 北コースは水の綺麗なところで北九水と言われ、ここの水は青島ビールに欠かせない良い水です。昔、青島日本中学では行軍訓練で登っていたようです。
 最近開発された巨峰コースで見られる岩の容は様々です。青島の友人の生徒の父親李さんはカメラが趣味で、この変った岩に名前をつけて楽しんでいられるようです。
 余りに変った容と見事なネーミングに魅せられ、時々眺めております。

                 中国青島の労山

                         (海岸孤石) 
 
            中国青島の労山

                 (老人石)

      中国青島の労山

              (ローマの騎士)

             中国青島の労山

                     (禿鷲)

                   中国青島の労山

                        (八戒晒太陽)

         中国青島の労山

                  (路在脚下)
 この路在脚下の写真は大変興味を引きます。ここから下を眺めて見たいものです。 
 青島に行くことがあっても、多分このコースには行ける時間は無いと思います。もっぱら李先生の写したもので楽しんで参りましょう。
 李先生非常感謝!


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旗袍あれこれ

 「近代中国童装実録」では、1920年代から40年代に至る、子供たちの服装が全編にわたり綺麗なグラビヤで紹介されております。
 日本では1937年(昭和12年)に中国と戦争を始め、1945年まで只管戦時体制の生活が続きました。日本の子供は都市部では洋服が着られてはおりましたが、農漁村では着物が着られているところも多かったようです。戦争末期になりますと、衣料品は配給制になり、衣料切符の範囲内で、やり繰りするということになっておりました。
 その頃中国では、旗袍が当たり前のように着られていたと思います。事実私の父親の勤める会社の女性も美しいシルクの旗袍を着ておりました。
 旗袍関連の書物を見ますと1940年代の物がよく掲載されております。貧しかった日本の衣料事情と比べ、中国の豊かな衣料生活の姿が偲ばれます。
 子供の旗袍が紹介されているものは少なく、写真以外で見る機会は滅多にありませんでした。古い旗袍の展示会でも目にするのはほんの少しです。
 この実録で見られる旗袍は大人と同じく、シルクが多く、美しい色や刺繍と、大人の女性の着るものと殆んど変りません。
 富裕層の旗袍と思われますが、手をかけた貴重な衣服だということがよく分かります。参考までに数点掲載いたします。

              旗袍あれこれ


        旗袍あれこれ


                旗袍あれこれ


                     旗袍あれこれ

                     (これは刺繍が美しい腹掛けです)


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小館徳衛さん

 明治大学を卒業し既に54年が過ぎました。2003年のホームカミングデーには卒業50年ということで出席。また当日の合同クラス会にも出席しました。合同クラス会は5クラスの回り持ちで、数年毎に開催されておりましたが、この日のが最後ということで、大勢の方が出席しました。当番は私のクラス。(この日の残金は大学に寄付をしました)

               小館徳衛さん

 全員70歳を越えておりますので、食事もブフェは面倒だろうと、折詰にして準備を進めて置きました。これは正解でした。
 体調の悪い方でも最後ということでお見えになり、既に腰が曲がっている方もおりました。懐かしく楽しくもありましたが否応なしに年齢を感じさせられたクラス会でもありました。
 そんな中で小館徳衛さんは姿勢が良く、相変わらずスマートに見えます。古関吉雄先生の媒酌で結婚した3人の一人です。
 卒業後警察庁に勤め、仙台に始まり、勤務地は全国各地に及びました。九州管区局長だった時、彼が天皇を案内する記事が写真入りで新聞に掲載され、ほー!と眺めたこともありました。
 彼が大阪万博の警備本部長だった時の警備についてNHKが「プロジェクトX」という番組で放送されたのは、このクラス会の直ぐ後でした。早速彼と親しかった欠席の方にも知らせました。
 
              小館徳衛さん


                      小館徳衛さん

                     (若き日の小館さん) 
 在学中の小館さんは法律問題研究部に所属し、勉強家でした。私は部員ではありませんし、クラスも違いましたが仲良しの一人で、卒業後も長く交流がありました。彼は意外に恥ずかしがり屋さんで神経質ですが、おやっと思わせるような面もあります。こんなことがありました。
 三潴信吾先生の集まりがあり、その後、クラスのI氏と一緒に誘われ、新橋東口の地下街にお寿司を食べに行くことになりました。
 彼曰く「今日は最高の寿司をご馳走するよ」私はこれは高級な店に行くのだなーと早飲み込みをしておりました。ところが新橋の地下というのは大衆店の集まりで、席に着いた寿司屋はどうも安い店らしいことに気がつきました。彼また曰く「一番高い寿司を頼んで、さーさー」と勧めます。確かに鮑も、トロも、雲丹もみな揃っております。まー頂きました。
 その後同じ地下街のカラオケ店(飲み屋です)に行きました。地下街は入り口はドアで仕切られてなく、何処も開け放されております。それぞれでカラオケを使い、お客さんが歌うのが聴こえて来ます。彼は当時流行っていた「花」という曲を何回もリクエストし、気分良さそうに歌います。
 「あんたも歌いなさいよ」「でも私はカラオケは苦手だし、この歌は歌ったこともないんだけれど」「大丈夫歌えるよ。僕が一緒に歌って上げるから」そこで勇気を出して一緒に歌いました。ドアのない場所で歌い、最高の寿司を食べ、何だか面白いひと時を過ごして来ました。



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並ぶ練習

 中国語の老師が北京に帰られると、お土産話しが楽しみです。
 昨日の授業は3週間ぶりに老師がお見えになりました。ご子息は大変優秀で、代講は問題はなく、若い人なりの授業は好評です。
 少し前今年の2月、北京五輪を前にして、整列して順番を待つための練習と言いますか、指導がされていることが新聞で報じられました。
 
                並ぶ練習

 今回はそのこともお土産話に出てきました。「排隊日・並ぶ日」は毎月の11日に実施されているそうです。11は二列に並ぶ様子の字ですね。多分それの意味だと思いますが。どうでしょうか。
 皆さんがバスに乗るとします。指導員が小旗を持ち、手を上げて並ばせるそうです。
 
並ぶ練習

  (メンツにかけマナー教育・朝日新聞07.3.29)
 ところが、老師が嘆くのはそれ以外の時です。バスを待っていた老師夫妻は、列の横から割り込んで来た人に突き飛ばされるようなことになり、後から乗ることになってしまったそうです。
 こういったことはごく当たり前の風習で、北京五輪の時点ではどうなっているのかと大変心配されております。教育が如何に大切か、日本の明治維新後の、日本の教育がもたらした意味まで話題にされました。
 中国では最近は海外旅行も盛んになっているそうですが、参加者には
要るものは何々、不要のものは何々と教えられているそうです。例えば痰を吐いてはいけない、きちんと並びなさい。こういったようなもののようです。
 経済発展が著しい中で、人々のモラルがまだまだ世界に通用しない面が多く、老師の嘆きは毎度続きます。

               並ぶ練習

 老師夫妻は北京師範大学の出身。人格高潔、正義感も強く、また中国社会のことも常に目を離さず、時代の移り変わりの中で起きる問題や現象を授業で取り上げます。生徒はそこで中国のさまざまなことを学ぶことが多く、私は大変良い講座だと思っております。
 昨日は棗酒を持参、生徒は少しずつ味わいました。度数65のアルコールには降参。口中に火がついたと言う表現でしょうか、咽てしまい、直ぐにお茶を飲み、ホッとしました。


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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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