2007-09

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佐橋慶女さんを囲んで

 去る7月7日17時。佐橋慶女さん(高齢問題ジャーナリスト・エッセイスト)の喜寿のお祝いがニューオータニで持たれましたが、各界から大勢の方がお見えになり、素晴らしい一夕となりました。
 昨日は佐橋さんが主宰、代表として纏めるオパール・ネットワークの会員による喜寿を祝う会が改めて開催されました。
 
                      佐橋慶女さんを囲んで

 会場は改装なった資生堂パーラー。最近の銀座の変わりようは目を瞠るばかりです。この資生堂パーラーも以前とすっかり変わり、大変モダンな設えとなっておりました。エレベータのボタンにもまごつき、老人らしく慌ててしまいました。
 司会は世話人の岡橋葉子さん。先ず佐橋さんからのこの日のご挨拶、引き続きこれからの佐橋さんの目標、生き甲斐、私たちにも共通する様々な生活のありよう、更に努力すべき心構え。おおよそ40分ほど慶女節を聞かせて頂きました。誠にお目出度いことです。
 
                 佐橋慶女さんを囲んで

 会が発足してから10数年が経ちましたが、都心に足を運べることが出来るという幸せに感謝すべきでしょう。会員の身辺には様々なことが起こりました。出たくても出られない。会いたくても家を空けることが出来ない。足腰が弱ってきている方も少なくありません。
 
                   佐橋慶女さんを囲んで

                    (岐阜から馳せ参じた会員と)
 佐橋さん提唱の家内ではなく家外になりましょう。一日一回は外にでて、身奇麗にし、会合にも出て、知らなかった自分を発見しましょう。恥をかかないで字を書きましょう。
 笑い、歩き、知り、学び、自他を受容し、行動し人生の後半を楽しみましょう。佐橋さんの実践のなかからの提案。なかなか難しいことですが、出席者の皆さんそれぞれ何かしらの覚悟を感じられたことと思います。
 お話の後は美味しいフランス料理のフルコース。会費ではとても賄えない内容です。
 
                         佐橋慶女さんを囲んで

 7月の会同様、佐橋さんのご負担は想像するだに物凄いこととなられているはずです。有難うございますの言葉が会員同士にも飛び交い、散会しました。



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懐かしの動物ヨーチ

 孫が幼稚園に通っていますが、お八つが出ることはありません。娘たちの時も出たことはありません。
 過日千葉県物産展が近くであり、そこで思いがけなく動物ヨーチの袋が山積みされておりました。ホー!と思わず試食の一枚を口にしました。

                    懐かしの動物ヨーチ

 私は幼稚園在園3年10ヶ月という子供でした。その幼稚園は千葉県館山市にある三福寺が設けていました。改めてPCで検索しましたところ三福寺は1471年に開山された歴史の古い寺だと初めて知りました。HPによりますと1915年(大正15年)に安房保育園を開設し幼児教育に貢献して来た寺です。

               懐かしの動物ヨーチ

 
 幼稚園では毎日お八つがでます。
 「お八つはなあーに、お八つはなあーに。あれあれ見えるお盆の中に」と歌い、被せてある布巾を取り除きます。毎回動物ヨーチです。幼いということはあまり不思議に思わなかったのでしょうね。なあーにと歌っても必ずヨーチです。
 3年10ヶ月も通った私は園児の中でボス中のボスです。かなり義侠心が強い子供でした。家には朝近所の園児が集まってきます。その仲間を引き連れて園まで行くのが私の役割でした。
 当時旧軍隊の館山海軍航空隊という施設があり、街は賑わっておりました。その時から見ますと今は悲しい位に淋しい街になっております。
 
 幼稚園の卒園免状に3年10ヶ月と書かれ、それは私の宝物でしたが、戦後親が引き揚げてくるときに写真と一緒に焼いてきてしまいました。デマに踊らされ、そういった物を持っていると全体が引き留められるということだったそうです。残念ですが仕方がありません。
 幼稚園時代の女性たちの何人かは今も賀状交換をしております。

 卒園のお遊戯会での取り「蟻とキリギリス」で私は蝶になり、最後のダンスで両親や祖母を興奮させました。
 
千草や千草、乱れ咲きて、花の褥の夢面白と、己から鳴る虫の声声、チンチロリン、チンチロリン、スイッチョ、スイッチョ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、夢ある夜半は秋の野面の楽隊おかし
 
 練習で踊りながらこの歌を何回も歌い、子供なりに良い詩だなーと思いました。以来虫が鳴く秋になると必ず思い出し、一人になると静かに歌います。
 (この遊戯の写真も引き揚げで無くなりました)


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チャイナドレスは素敵だ 38

 NHK文化センターで直裁ちのチャイナドレスの講座を毎月の第二、第四の水曜日、Aクラスは午後3時半からBクラスは午後6時から、それぞれ2時間という時間帯で授業が行われております。午後6時からの講座にお見えになる方は随分遠方からもお見えになっており、有難いことです。
 直裁ちですから、布に直接印をしながら纏めて行きます。最初のうちは切る前に大きくため息をし、気持ちを整えてから切り始める方もおります。

                      チャイナドレスは素敵だ 38

 受講生の製作する旗袍は個性的で、なかなかバラエティに溢れております。
 今は11月15日のパーティに向けてどういうものを着るかが話題となり、それぞれの方は秘策を練っているのかも知れません。
 一方何時もと変わらず、自分らしさを表現する作品を準備している方もありましょう。
 パーティだからこそ、思い切って斬新な旗袍を見せても欲しいし、またこの講座の特徴でもある、さり気ない街着も見せて欲しいとも思っております。パーティの舞台で皆さんを紹介するわけですから、私の希望としては何着もお持ちの方は途中で着替えて頂くといいなーと思っております。(私は特にパーティのための製作は強制しておりません)
 このところ和服の生地に凝っている方、ジャワ更紗に魅せられている方などもおります。そういった素材を上手に使い自分らしさを確りと見せている方もあります。

                  チャイナドレスは素敵だ 38

              (紐ボタンの付ける位置を何処にするか決めています)
昨日は実にさり気なく旗袍を着てきた方がおりました。特に高齢の方に如何に似合うかというモデルのような旗袍です。素敵です。

         チャイナドレスは素敵だ 38




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特大のゼミ旗

 明治大学商学部で交通論のゼミを持たれている生田保夫先生(流通経済大教授)から見せて頂いたゼミ旗の大きさに驚かされました。サブ旗もあるそうですがなんと言っても素晴らしい大きさです。

              特大なゼミ旗

 生田先生とは随分長いお付き合いをさせて頂いております。
 1963年に商学部に入学した生田先生は、学生相談研究会のクラブ活動に参加され、学生相談室の相談員や私共との交流が始まりました。ということは40年以上が経っているということですね。
 当時から誠実な姿勢は変わらず、流経大学の教員紹介に掲載されている自己紹介「真摯、誠実を信条としております」はその通りです。
 住まいが我孫子ということもあり、数ヶ月に一回といった程度で筑波山を眺めながらのランチタイムをご一緒し、情報交換などをしております。世界情勢、日本の現状、経済の動向などいろいろレクチャーも頂きます。毎度ながら話のテンポも速く、話すに躍動感があり、大変参考になり、また啓発されます。特に趣味の天文学の薀蓄、そこから出て来る自然の理の世界のお話は面白く、次々質問をしますが、すぐに答が返ってきます。
 ゼミの学生の評価も良いようで、その面倒見の良さには感心しております。
 明治大学を一流、いや世界一にするという信念を持ち続け、その示すところは一貫しております。
 私も42年間という、長い人生の殆んどを明大と共に歩んだ人間ですが、生田先生の熱情に毎度刺激されます。
 生田ゼミにはゼミの憲章もあり、学生に求める生田先生の姿勢がよく理解できます。
 素晴らしいゼミ旗の持つ意味も詳しく書かれ学生に示されております。それによりますと色と大きさ、明治大学のロゴ、全て意識を集中させる言葉で占められております。
 生田ゼミの学生は4年生になると明大発祥の地(有楽町)を訪れ、その前に全員並び校歌の一番を歌い、その後帝国ホテルの一階でお茶を飲むのが恒例の行事となっているそうです。生田ゼミ精神ともいうことでしょうか。

                  特大なゼミ旗

 帝国ホテルの一階のメインロビーに見るモザイク風の大壁面は、生田先生が入っていた学生相談研究会のキャップだった倉田善弘さんが社長を務める上越クリスタルが製作したものです。
 生田先生は今年のホームカミングデーに招待されているそうで、同期の代表挨拶は吉田菊次郎氏(洋菓子界の重鎮)でクラスメート。いい方が代表に選ばれたと大変喜んでいられます。
 私が資料を探しておりますと、すぐに調べ、時には我が家のポストに届けてくださいます。大変有難く毎度恐縮しております。

 追記 生田ゼミのHPに生田先生のご挨拶が掲載されております。(9月27日)



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孫のパフォーマンス

 昨日は秋の彼岸の中日。涼しくなりました。午後に自民党の新総裁に福田康夫氏が選ばれました。街頭のインタビューでの若い女性「福田さんをどう思いますか」「知らなーい。え?めがねかけた人?」どうでしょうか。
 こういうのをどう理解し、なんと表現したらいいのでしょうか。
 
 二女の娘は来月五歳になります。彼女は判ることははっきりとしております。昨日は夫の買って上げた釣竿を持ち手賀沼に釣に行きました。小学生や中学生の男の子、また大人の釣り人と話をし、いろいろ聞いてきたようです。餌の作り方も聞いてきております。
 ほんの少し前はザリガニ獲り、その前は蝉取りとトンボ取り「赤トンボは取れないの?」私への返事「赤トンボは秋なのー」です。うっかりやすやすと話が出来ません。
 鼻のマルツでは散々笑わせてくれました。昨日は夕方やってきました。帰り際に見せたパフォーマンス。
 目じりがかなり吊りあがっている彼女。朝青龍と言って両頬を掌で下から上へと挙げております。頬が膨らみ目を細くしている顔は朝青龍そっくり。

                       孫のパフォーマンス

 暫らく前は荒川静香と言い受け口にし、やや口を開けてスピンなどをしました。
 
                 孫のパフォーマンス

 福田新総裁は特徴がありませんね。官房長官時代のあのせせら笑いのような顔は孫は知りません。あの皮肉笑いのような真似は難しいでしょうから、孫のパフォーマンスの対象にはなり得ないでしょう。
              (写真はハテナダイアリーから転載)
 孫の顔は絶対載せないでよという娘たちの強い言葉があり、残念ながら掲載できません。昨夕に私の心が読まれてしまいました。



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有明の珍味

 夫の父親は佐賀県人です。敗戦前学童疎開が始まると、子供可愛さで親元から離せなく、勤めを辞め一家で佐賀に帰ったそうです。
 佐賀ではよそ者ですから母親は食料を求め苦労をしたようです。
 有明海は海という名ですが、福岡、長崎、熊本、佐賀に接する九州最大の湾です。いろいろな事で話題になる所です。
 湾には干潟に住む珍しい生き物が居り、ムツゴロウは有名です。
 夫は二枚貝の海茸が大好きです。ウミタケと呼ばれるこの貝を干したものは黒く、見ると象の鼻ではないかというような感じのものです。その干物を焼いて食べたのは随分遠い昔のことです。今はこの海茸の干したものを手に入れることは至難の技です。
 その海茸の粕漬けはとても美味しく、以前は日本橋の高島屋まで買いに行きました。亭主の好きな赤烏帽子ならぬ夫の好きな海茸の粕漬けです。竹八さんという店のを買っておりましたが、今は柳川の高橋商店から送ってもらいます。

           有明の珍味

 年に2回ほどですが、冷凍で保存し大事に食べております。有明漬と名付られた高橋さんの粕漬けのもう一つ。平らぎのも一緒に取り寄せます。

                       有明の珍味

 海茸は海のマツタケという意味が込められている程美味しいと言われる貝です。
 その形は食物事典や食材事典でも見られず、いろいろ探し調べておりました。
 PCを使う前には全く探せず、どこかで見たいと願い続けておりました。ごく最近高橋商店さんのHPから探し出し眺めることが出来ましたが、写真のバックの色がくどく残念なことに貝が綺麗な感じに見えません。

               有明の珍味

 夫の義兄も佐賀の出身で「ガン漬」という蟹の塩漬けが大好きです。蟹を皮ごと潰してあるそうで、大抵の物は食べる私ですがこれはどうも箸が出ません。


9月23日  秋分の日


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心の整理

 我孫子にあるショッピングセンターの南側にあったコーヒーショップ。お客に提供するカウンターの中は狭く、動く人もさぞ大変だろうと思っておりました。店から外がよく眺められ、待ち合わせに便利なお店でした。
 親しい方たちとお喋りをするのに程ほどの良さがあり、馴染んでおりました。
 あるとき店長と呼ばれていたオーナの奥様が突然倒れ、入院。その店は直に閉店されてしまいました。
 そのショップはセルフサービススタイルで、開店にはかなり勇気が要りようだったことでしょう。
 過日買い物に寄った所の方にショップの店長だった吉田さんが自費出版された本を見せて頂きました。どうして倒れ、どうして閉店をされたのか、病気は治られているのか等。また近況も知りたく求めて来ました。

               心の整理

 お嬢さんがイラストを受け持ち書かれたこの小冊子。僅か34ページの中に凝縮された複雑な心境、苦悩とそれらから脱却することが出来た心情、お客さんへの感謝の心が優しい言葉で綴られております。

                         心の整理

 フランチャイズ店舗の持つ厳しい中で苦しんだ姿に同情し、加盟することが如何に大きなリスクと背中合わせになっているかということを知りました。また意気込みだけでは商いは出来ないということの貴重な体験として読ませて頂きました。
 一人の人間が思いもかけなかった状況に巻き込まれ、過労で倒れ、失意を克服、立ち直るというプロセスは簡単なことではありません。
 吉田さんはこの本を出版したことで、様々な思いが吹っ切れたそうです。



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お花畑

 勇ちゃん、今は橋本さんというお爺ちゃん。中国青島の小学校のメル友です。彼からいろいろとニュースが届きます。今日は思いがけなくも遠くのお花畑の写真が送られて来ました。

 ご覧下さい。

 『 4~5日前のNHKテレビニュースで「所沢市のお花畑が見頃を迎えています」と報じていました。昨日は曇り日で、猛暑も一息ついたようなので、家内に誘われて出かけました。我が家から30分くらいで行けます。曇り日でしたが歩くと汗ばみます。そのうち、時々日もさしてきました。

お花畑

お花畑にはコスモス、ディアボロ(キバナコスモ ス)、ジニアロイアルなどの花々が咲き競っておりました。
道端で風にそよぐコスモスは、どこかはかなげで、秋の風景に似合いますが、密集して咲いている様はなかな か盛観です。

お花畑

観光客はちらほらみえる程度、三脚を立てて熱心に写真撮影している人もいました。往復を含めて1時間30分、普段運動不足の私には適度のウオーキングでした。
 今日はまた暑さが戻ってきましたね。彼岸過ぎまでの辛抱でしょうね。再見!』

             お花畑


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青島小唄

 1939年初めて見た外国が青島でした。当時の中国に持っていた印象と全く違う風景が目の前に現れた時の驚きと歓喜は忘れることはありません。
 青島の風景を歌詞におり込んだ青島小唄。青島に住んだ人々には青島小唄は格別の思いがあることでしょう。
 
 先日見つけた青島賛歌で青島小唄には三種類あることを知りました。その中で私たちの青島羊会で歌うのは「白い灯台緑の小松」で始まるものです。歌詞に眼を通していますと知らず知らずメロディーが浮かんで参ります。
 青島は2008年の北京五輪のサブ会場として登場します。
 
           青島小唄


      青島小唄   作曲・編曲 三界 稔
  1 白い燈台緑の小松  夢の浮島加藤島
    長い桟橋回瀾閣に  とろり絵のような
    とろり絵のような月が出る ほんに青島よいところ

  2 こころ清澄参道ゆけば 花に雪洞大鳥居
    名さえゆかしい若鶴山は 青島譲りの
    青島譲りの宮柱 ほんに青島よいところ

  3 花の公園立つ春霞 うらら桜のうす化粧
    花散っても勲は朽ちぬ 大和桜の
    大和桜の忠魂碑 ほんに青島よいところ

  4 みどり一刷毛アカシヤ並木 丘も港も赤タイル
    船で見た街山から見ても おぼろ絵のような
    おぼろ絵のようなあで姿 ほんに青島よいところ

 改めて歌詞を眺めますと当時の日本の状況と日本人の気分が解り、全部を通して歌うのはいささか躊躇いたします。青島羊会では一番と四番だけを歌うのが普通でした。(青島賛歌には作詞者が掲載されておりません)

                     青島小唄


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スイスの保存食 2

 内藤敏子さんの演奏会での服装は、スイスの風景にピッタリと思われるゆったりとしたデザインの素敵なワンピースです。胸元はU字形に大きく開いておりますが、それは内藤さんにとても似合っております。
 ドレスにはスイスの国花のエーデルワイスをモチーフにした生地やボタンなどが使われ、ブローチなどもさり気なく胸を飾っております。

              スイスの保存食 2

 話はスイスの保存食の続きですが、保存食の保存場所は各家庭と各地域に設けられている避難場所だそうです。スイス政府は各家庭に二ヶ月分の物資を保存することを義務付けており、その保管方法なども品物ごとに細々と指導をしているそうです。
 一人当たりの必要物資は
 例えば砂糖2㌔、脂肪・食用油2㌔、米1㌔、めん類1㌔、ミネラル・ウォーター又は飲料水(一人一日2㍑)浄水剤などなど。
 その他補足的な必要物資として、とうもろこし、ココア、乾パン、肉や魚の缶詰、果物、コンソメ・スープ、コンデンス・ミルク、等など。また日用品として石鹸、洗剤、燃料なども挙げられ、利用の順番も常に気をつけ、古いものから利用する。そこまでも指導が行き届いているそうです。
 こういったお話に触れますと、わが身のいい加減さ。さらに不測の事態に備えていない日常生活を甚く反省いたしております。
 買い物をする時、バーゲンの品物を後先考えずに購入、それを仕舞いこみ、期限切れにして捨てている。恥ずかしいことばかりです。
 前から私に整理をするようにと話していた夫が、なかなか手をつけない私に、これは駄目だということで、最近食品庫を整理してくれました。夫が整理してくれたので何か荷が下りたような気がしております。品物を眺めながら呆れていた夫に感謝し、これを機会に消耗品は順番に利用しなければと強く思っております。

              スイスの保存食 2

            (スイスで出会ったセントバーナード)



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スイスの保存食 1

 過日日本チター協会会長の内藤敏子さんと久しぶりにゆっくりお話をすることが出来ました。何時もながら内藤さんのお話は薀蓄に富みその内容と重さに目を開かせられます。
 内藤さんはチター研鑽をされるに長くスイスに滞在されました。その間スイスという小国の置かれている状況と人々の生活に強い関心を持たれ、ご自分もスイスの方と同じような看護を補助する資格も取得されたそうです。
 スイス政府は自国で何時、何が起きるか分からない時のために、小麦粉などの食料や日用品を保存することを国民ひとりひとりに義務付けているそうです。
 
 その理由として以下のような場合を想定してのことだそうです。
1、輸入が妨げられた場合、動員または戦争のため国内の物資供給が混乱した場合。
2、配達の禁止、販売の凍結から物資供給が開始されるまでの間。
3、万一用心のため避難所に入り、危急も去って避難所を出てから再び
住民に物資の供給が確保されるまでの間。
 
 日本の九州ほどのスイス国土は周囲が全部他国です。他国に囲まれているだけに、どこかで何かが起き、輸入が停止すればそれはすぐに生活に響いて来ます。それだけに中立国とは言え、常に危機意識を持ち緊張していなければならない訳です。

           スイスの保存食 1

            (スイス旅行での写真)
 
日本は海で囲まれておりますので、一般に周辺危機という感覚は持ち合わせておりません。
 内藤さんの話をお聞きしながら、これはとても重要なことで、自然災害の多い日本に住む者にとっても心しなければならない事柄だと強く感じたことでした。
                         (続く)

今年の9月17日(第三月曜日)敬老の日  国民の祝日



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昔のなかま

 1989年の春先、青島羊会の足立龍彦さんから電話を頂きました。
 婦人公論からに田伏中子さんを通じ「昔のなかま」に登場して欲しいという話が来ているので、折角のことなので集まりましょう。ということです。
 掲載は7月号と言いますので、丁度アジサイの時期にもなるので、それに合う色の旗袍を作り、着て行きました。
 婦人公論の方とひと時を過ごし、また撮影後も昔話を楽しみました。
同じ話の繰り返しでも飽きません。不思議ですね。

             20070916142641.jpg

 田伏さんは家事評論家として活躍しておりました。著書も多く、どちらかと言えば家事苦手の私は時々彼女の本を開き、とても助かります。
 中村八大さんはどなたも知る音楽家。ビールが大好きで私たちをはらはらさせておりました。
 徳満春彦さんは有能な弁護士、時にお知恵拝借とばかり、電話をし教えを請うこともあります。
 当時足立さんは伊勢丹から転身、野村佃煮の専務として忙しく頑張っておりました。
 中島嘉子さんは外資系の弁護士事務所で得意の英語を活かし、秘書としてキャリヤウーマンの世界に身を置いておりました。
 私は1990年の退職を前にして仕事上の身辺整理をしておりました。
 
 1989年7月号の婦人公論は亡き池田満寿夫さんの絵が表紙を飾っております。

                      20070916142828.jpg

 既に八大さんと足立さんは亡くなり18年の歳月の重さを強く感じ感慨一入のものがあります。
 (私はこのページがモノクロとは知らず、急いで生地を探したので、本が送られて来た時に、自分自身で恥ずかしく思いましたが、良い記念となって有難く思っております)


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1959年和泉祭

 1959年4月。明治大学和泉校舎に学生相談室が開室されました。
 カウンセリングという言葉は世間はおろか、学内でも殆んどその意味も知られてなく、大学生にもなって、何を相談するのだろうという程度の理解にしか過ぎませんでした。
 学生に気軽に相談に来て欲しいといろいろと企画をし、頑張っておりました。私の顔を学生に知ってもらうことも必要でした。
 秋の和泉祭に際し教職員も参加すべきではないかという意見に、日頃の考えもあり、ついつい乗ってしまい、国語の古関吉雄先生とドイツ語の見波精先生、それに職員の成川玲さんと一緒にドイツ語の歌を歌う破目になりました。

               1959年和泉祭

                 (古関先生と見波先生)
 曲を何にするか相談。その結果最もポピュラーな「野ばら」と「ローレライ」に決めました。
 会場は講堂です。舞台に立ちましたら会場は暗くなり、スポットライトが当てられました。生まれて初めての経験です。
 
                      1959年和泉祭

                         (当時の講堂)
 ハイ!おや?おかしい??メロディーが合いません。野ばらの曲はシューベルトとウェーバーとあり、そこを打ち合わせてありませんでした。
 慌ててひそひそ相談。改めてシューベルトの曲で歌い何とか終わりました。
 その後こういったような学生と教職員との交流は余り無く、時代は大きく変わり始めました。懐かしい思い出です。


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御用達

 オパール・ネットワークという会があります。私もその一員として行事に参加し、また地元では支部を持っております。
 主宰は佐橋慶女さん。高齢問題ジャーナリストとしていろいろな情報を発信しております。
 1981年に一人暮らしの父親が生活者として自立してゆく様を綴った「おじいさんの台所」で第32回日本エッセイストクラブ賞を受賞しました。それは大きな反響を呼び、TVでもドラマ化され、森繁久弥さんや三国連太郎さんが父親役を演じております。
 佐橋さんは1930年生まれ。午年で馬のグッズが部屋一杯並んでおります。

             御用達

 去る07年7月7日に喜寿のお祝いが催され、大勢の方がお祝にはせ参じ、今後の抱負などを伺い、一層のご活躍を願って散会しました。
 
 その後次回の赤坂サロンの開催について数人が佐橋さん宅に集まりました。
 そこで見せて頂いた新米の袋。皆さんにお見せいたしますが、佐橋さんの喜寿を祝っております。
御用達」というのは意味深長ですね。
 佐橋さんは僧籍にあり、法号は佐橋恒苑です。袋に恒苑の字が見えます。
                 
                    御用達

 ご存知御用達とは、かって宮内庁や官公庁に品物を納めることが出来る、一部の会社や店舗が使用していた言葉です。間違いない品物、高級な品物というイメージが感じられる言葉です。
 今日の官公庁の様々な問題を思う時、特権がまかり通らないよう、御用達などという言葉が蔓延らないことを願っております。
 佐橋さんは特権が大嫌いな反骨精神旺盛な方です。
 折角送られて来ましたのに佐橋家御用達のこのお米を各人一回分づつ頂いて帰って来ました。



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チャイナドレスは素敵だ 37

 殊の外暑さが厳しかった夏もどうやら台風9号の後、秋らしくなってきました。昨日の講座は殆んどの方が出席。賑やかな時間でした。暑さの中でも頑張って仕上げてきた旗袍はどれも素敵です。
 
                     チャイナドレスは素敵だ 37

                  (紐ボタンも綺麗に出来ました)

             チャイナドレスは素敵だ 37

        (袖の長さが春から初秋まで着ることが出きます)

          チャイナドレスは素敵だ 37

        (パンツと組み合わせるのはとても便利です)

                   チャイナでレスは素敵だ 37

             (絞りの風合いを上手に使った一着です)

            チャイナドレスは素敵だ 37

           (なかなか思いつかない生地を選んでいます)



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贅沢な伴奏者

 1939年から1942年という短い間、中国青島で小学校に通いました。青島には日本人小学校が5校あり、進学する中学、女学校も殆んど一緒と言うことで、この5校の同学年の会があります。
 「青島羊会」この仲間の一人が有名な中村八大さんです。
 あるはずの歌集が整理が悪く、探し出せずにいました。先日自分が座る傍の引き出しにあるのを見つけました。殆んど毎日のように開ける引き出しですので老化現象のなせる業かもと思ってしまいました。
 この歌集「青島賛歌」は九州に住む青島中学に学んだ川村正さんが編集し、関係者に頒布されたものです。
 
                  贅沢な伴奏者

 歌集には私の通った第一小学校の校歌、運動会の歌などの外、青島で日本人が歌ったものが数多く掲載されております。

           贅沢な伴奏者

 最後のページに「青島羊会の歌」も掲載されております。これは八大さんの「おさななじみ」の替え歌で、羊会のメンバーが作詞しております。
 
       贅沢な伴奏者

 青島羊会の懇親会では、会の終わりによくこの歌を八大さんのピアノで歌いました。八大さんが亡くなり、彼の伴奏で歌うことはもう出来ません。

                    贅沢な伴奏者

 懇親会に出席する八大さんを待っているのは、彼の伴奏で歌いたい人たちです。上手な方にも下手な方にも、それぞれにキーを合わせ、優しい態度で伴奏をします。
 男性たちははっちゃんとか八大とかと呼びますが、さすが女性は八大さんと呼びます。歌うのが苦手の私はとうとう一度も彼の伴奏で歌うことはありませんでした。
 今だったら恥をかいてでも歌ったかも知れません。天下の八大さんの
伴奏で歌えるのですもの。



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ミニミニ ザリガニ

 台風9号の影響で、中学2年の長女の娘の運動会が昨日行われました。二女の親娘は昼食に参加するだけに出かけて行きました。
 中学校の校庭にどぶ川のような流れがあるそうです。そこにザリガニがいるのを見つけた二女の娘。これを見過ごして堪るかという子供ですから、タコ糸と餌を取りに帰り引き返すと運動会などはそっちのけで、只管ザリガニを釣っていたようです。
 帰宅後電話があり、ザリガニを獲ったと言います。これは絶対見せにくると待っていました。夕方やって来ました。
 
               ミニミニ ザリガニ

 昔田圃で獲ったザリガニを想像しておりましたら、それはそれは可愛いザリガニでした。どれも爪が小さく、小さい中でも少しでも大きいザリガニは爪もほんの少し大きいのです。初めて見ました。

                     ミニミニ ザリガニ

                    (四歳の孫の掌の上のザリガニ)
 どこからやってくるのでしょう。孫は野生児のような子ですから、これは堪りません。ところが残念。一般の人が中学の校庭に入れるのは、この運動会の日だけだそうです。
 親は大変です。これからザリガニを求めてあちこち探し回る仕儀になることでしょう。


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秋刀魚の季節到来

 日本には四季折々の味があります。春の味には新鮮な息吹を感じ、秋には豊穣の味が満ち満ちております。また夏も冬も季節のもたらす味があり、幸せに思います。
 秋刀魚漁が最近は早くなり、昨年11月20日にそのことを掲載しました。矢張り今年の秋刀魚も形がよく特に豊漁と伝えられております。
 豊漁と聞くと生秋刀魚の季節がアッと言う間に終わりそうで、卯の花漬けも急がなければと思っております。
 おからと秋刀魚は新鮮で無ければなりませんし、私の都合とも合わせなければなりません。

                       秋刀魚の季節到来

 昨日はタイミングが良く、朝食前に作ることが出来ました。私の作り方を紹介いたしましょう。
 
 材料    秋刀魚    5尾
        おから   300g
 合わせ酢  酢     150cc (出来るだけ良いもの)
        水     200cc
        砂糖    大匙3~4  塩   小匙1
        味の素   一振り
 
 作り方  1 おからを乾煎りして冷ます。  
       2 合わせ酢は一旦沸かして冷ます。
       3 秋刀魚を三枚におろし塩を振り、2時間ほど置く。
        その後水分を捨て生酢を注ぎ20分ほど置く。

                 秋刀魚の季節到来

      4 おからと合わせ酢を混ぜ、鷹の爪と柚子皮を入れる。
      5 秋刀魚の皮を頭の方向から剥ぎ、適当に切っておから
        と合わせて出来上がり。
       
            秋刀魚の季節到来

             (柚子の皮は冷凍しておいたもの)       
 特長  秋刀魚の皮を取ること。市販の物はまず皮付きです。高齢者
     は歯に挟まったりします。皮が無いと実に食べ易いのです。



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親心

 1948年秋。明治大学女子寮に住むことにしました。入学後数ヶ月叔母のところに下宿をしましたが、食糧難時代で叔母の食料のやり繰りに申し訳なく、自炊と言うことで入寮しました。
 米の替わりに甘藷の配給があったり、醤油は寮長さんの部屋で小分けして貰ったりしました。各人コンロで炭を起こし炊事をします。炭は大体郷里から送って貰っていました。火起こしのために学校からの帰り道、枯れ木の枝や、落ちている木の板などを拾ってきます。誰かが火を起こすと、火種を貰います。「誰か火をちょうだーい」と廊下を歩き回ることもしばしばでした。
 とに角食料品の調達は大変なことです。親はそれぞれ何かしら送って来ます。誰かに何かが届くとささやかな宴会です。嬉しかったですね。
 
 先日日清食品の全製品値上げというニュースを読みました。

              親心

              (日清食品即席めん・ロイターから)
 思い出したのが家から送ってきた揚げた麺です。父が打ったラーメンを油で上げ、それを缶に入れて送ってくれました。スープを作り、野菜を入れてその麺を入れると、柔らかい焼そば状になり、美味しい麺料理でした。そのままぽりぽりと食べることもありました。
 農家でない我が家。米は送っては貰えません。そんなことは承知ですから不満もありませんでした。
 日清食品に近い物を食べていたことになります。親は中国で学んだ方法だったと思います。何かにつけて有難く思い出します。



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和牛と国産牛

 住まいの1階に小さなスーパーが在ります。高齢者にとってはなかなか便利です。食材は一応揃っています。雑貨もまーまー揃っております。小さいので歩くのが少ないのも良いですね。
 魚と肉、野菜は専門店が入っております。魚屋はこの地域でかなり有名ですし、肉屋は広範囲に知られているニュークイックです。
 
                和牛と国産牛

 肉のニュークイックは中国では新快という店舗を持ち、中国在住の日本人にも良く知られております。
 
                      和牛と国産牛

                       (中国青島の新快)
 
 肉屋のショーケースに並べられている牛肉。和牛という表示以外に、和牛入り国産牛という表示もよくあります。一昨日昼、買い物に行きました。たまたま肉屋の前に誰も居りません。
 「和牛入り国産牛というのはどういう意味ですか」質問に奥に入っていったお嬢さん出てきて「和牛と国産です」 私「和牛も国産も日本の牛でしょ?」お嬢さん再度奥に行きました。若い男性が出てきました。
 「和牛は日本の牛で、国産は日本の牛とホルスタイン等との交配です」これだけではどうも納得できません。男性とやり取りすればするほど私は頭が混乱してしまいました。
 帰宅し調べてみました。
 和牛とは日本の在来種(在来種・これも何だか分かりません)をもとに交配を繰り返して改良されたもの。現在は「黒毛和牛」「褐色和牛」「日本短角和牛」「無角和牛」の4種類があり、これが和牛というもので品種を表すのだそうです。この4種だけが和牛という表示が出来るそうです。
 国産牛というのは品種に関係なく、一定期間以上(輸入されてから3ヶ月以上)日本で飼育された輸入の牛でも国産牛と表示出来るのだそうです。
 私が無知でもありましたが、男性店員も詳しく知らずに生半可で答えていたのではないかと思います。説明が分からなかったので勉強しました。PCはお助け者です。

追記  国産牛は「日本国産牛」と「輸入飼育牛」とかと表示出来ないものでしょうかね。

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ビヤパーティ

 住んでいるマンションでは自治会の活動が活発です。夏祭りも盛大に催され、夏祭りは近隣の自治会全体総参加で、子供も大人も二日間に亘り楽しみます。
 夏の終わりの行事はビヤパーティです。特に高齢者にとってはゆっくり座っての歓談が楽しみになっております。
 
                      ビヤパーティ


             ビヤパーティ

               生ビールを注ぐのもなれたものです。 

 自治会の会長は小松弘道さん(1962年明治大学卒・軟式野球部OB)

           ビヤパーティ

             挨拶をする小松さん 
 このマンションの自治会発足から中心的な存在として活躍。我が家の孫も「小松ジージ」と親しみを持って声を掛けます。子供が大好きな方です。昨年癌が発見され、国立がんセンター東部病院で手術を受けました。強靭な精神力を持っている小松さんは、暫らく体を休めすぐに自治会のことを始め地域のことに精を出しております。
 
 このビヤパーティの常連のゲスト。ハワイバンド(トロピカルフルーツ)のリーダーは仙石宏さん(1965年明治大学卒・ボクシング部OB)仙石さんは去る6月中旬すい臓がんの手術を受けました。小松さん同様、強靭な精神力で既に活動を始めております。会場でメンバーから開腹のお話しも出ました。さすがに立っての演奏は無理だったようで座ってエクレレを弾いておりました。

            ビヤパーティ

 仙石さんの奥様は随分昔からの友人の一人です。お二人は尺八とお琴で息も合い、また積極的に外国の方との交流もしております。
 
                        ビヤパーティ

 小松さん、仙石さん。このお二人のアクティブライフの姿に接しますと癌も逃げ出したのではと感じさせられます。



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カラオケは辛い

 NHK文化センター柏教室が開設され最初の中国語講座に集まった同学。新年会、暑気払いと集まり楽しいひと時を過ごします。
 時には二次会のカラオケに興じることもあります。カラオケ。カラオケはとに角楽しくもありますが、知ったる歌はふるーいふるーいものばかり。上手な同学は新しい歌を気分良く歌います。
 ある時、私が歌い始めましたら「止めてー!止めてー!お腹が痛くなってしまうーー」と笑い転げます。止めましたよ。
 これは何とかしなければとまずピーナッツのテープを買って来ました。小さな声で練習を始めますと娘たちが「それ何???」と怪訝な顔をして私を眺めます。これこれしかじかと説明。「そんな早いのを歌うのは無理だからゆっくりの曲を探しなさい」と言い呆れた様子。
 そうだそれならテレサテンの中国語の歌にしようとまたテープを買い、夜遅く夫の寝たのを見定め、イヤホーンを耳にし、心の中で音楽に合わせて歌い練習しました。数日後「何で夜中にふんふん言っているの?」と不思議そうに夫が問いただすように聞きます。
 おかしーんです。襖も閉めていますし私は心の中で歌っているのですから。でも何か息の使い方か何かで声が出ているのかも知れませんね。
 ある時、我孫子の仲間とカラオケに行きました。これは絶対練習したのを歌わなければとマイクを持ちました。点数が出るのです。びっくりしました。また出たのがそれが90何点か。皆さん凄ーい!!!!と拍手。でも皆さんの顔は「ええオカシイなー」という顔つきです。
 多分下手だったのだと思います。本当に辛い経験をしますね。
 
                   カラオケは辛い

 テレサテンの舞台衣装を偶に眺めますが、必ずカラオケのことが心をよぎります。テレサテンは素晴らしいですね。真似でももっと上手になりたいなーと思います。
 ある時中国語の懇親会の後、カラオケに行くことになりました。これは絶対中国語の歌ですね。頑張って歌いました。老師がすぐ「テレサテンので習ったね」ですって。ばればれのカラオケです。でも少し似た発音になったのでしょうか。気分は良かったですね。



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中村八大さんの切手

 中国青島の小学校の同期、中村八大さんは日本のみならず世界に知られた作曲家です。でも八大さんはピアニストと呼ばれることを望んでいました。
 上を向いて歩こうは八大さんの希望どころか、作曲家としての声名を一段と挙げることになりました。
 私の手元にある色紙の額の中には八大さんの切手を入れております。
 先日新しい切手を生徒さんから頂きました。
 それは1999年3月16日に2400万枚も発行された50円切手です。描いたのは和田誠さんです。
 
       中村八大さんの切手

 私のは80円のが2枚でした。

 この2枚は20世紀デザイン切手シリーズ第12集に取り上げられたものです。
          (2000年7月21日発行)
             
               中村八大さんの切手


    中村八大さんの切手

 青島の関係者でもご覧になっていない方もあり、九州に住む方にこの80円の切手シリーズをお贈りしましたらとても喜んでくださいました。



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広東料理レシピ集

 日本人の好きな中華料理の一番は広東料理と良く言われております。
ご存知の通り中華料理には「北京・広東・上海・四川」の四大系統の料理があると聞かされております。
 子供の頃、中国人は朝から外食するのは普通で、目にした朝の風景は湯気の立つ豆乳の大きな丼を抱え油条を千切って入れて飲む、万頭に簡単な副菜を添えて齧る、そんなものでした。
 夜はもっと美味しいものを食べていたと思います。中国では調理人が作る料理を食べるのが当たり前で、日本の料理学校のようなものは無いと聞いておりました。味を覚えるのは母親次第で、母親が上手か下手かはとても大事なことと聞いております。最近中国の家庭での食事風景を見ますと、料理の数も多く美味しそうで、接待好きな中国人らしい感じを受けます。変わって来たのでしょう。
 中華人民共和国になると男女同権ということで男性も家事をし、料理を作るのが当たり前になったようです。中国語の王老師は最初の頃授業の時よく餃子を作りました。とても上手です。
 
 以前目にした中国の料理本は簡単で紙も粗末。凝ったものは見られず質素なものでした。
 ご主人の転勤で上海に転居した生徒さんが先日一週間ほど帰国し、お土産にくださった広東料理の本は大きさも手頃で綺麗なカラー印刷です。

                広東料理レシピ集


 カラー写真に添えられた内容は 準備時間・所要時間、料理の特色・用量・作り方・補足となっております。
 料理には特色を表す綺麗な表現があり、単に料理名だけではありません。

                翡翠白玉  西蘭花枝球 
                   広東料理レシピ集


         真鮮流露  油爆蝦仁
           広東料理レシピ集


                 陣陣荷香  荷葉飯
                   広東料理レシピ集

   北面南飯という言葉の示すとおり、広東料理はご飯によく合いそうです。




9月2日  宝くじの日 く(9)じ(2)の語呂合わせで1967年に設定されました。


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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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