2008-09

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チャイナドレスは素敵だ 52

 NHK文化センターの講座は月2回です。最初の6回で袖なし単のものを作ることが出来ます。
 テキストはお渡しし、シラバスのような工程表も見て頂きます。教室ではミシンは使いませんので、裁断、仮縫い、それに手縫い部分が中心になります。
 先週7月から始めた方の旗袍が仕上がりました。水玉のシンプルではありますが、飽きの来ないモダンな一着です。パンツを合わせて着ることも出来ます。
 昔は中国華北でのロングの旗袍はシルクのパンツを履き、素敵でした。

                チャイナドレスは素敵だ 52

 黒の和服地を上手に使った旗袍の仮縫いをしました。裁ち方は直裁ちですが、背中にタックをとり、着回しが出来るようになっています。TPOで上手に着ることが出来ます。

                 チャイナドレスは素敵だ 52

 応用が出来るようになると生地との相談が出来るようになり、それも楽しみの一つになります。

                 チャイナドレスは素敵だ 52

 男性用の旗袍(長衣)を女性用にし、サイズを小さめにして助手の方が作りました。前身頃の右下前につけるポケットを表に付け、便利にしております。

                 チャイナドレスは素敵だ 52

 基本が大事ですが、何が駄目とか何が良いとかは難しいことです。旗袍にも日進月歩、変化が有って当たり前。応用も力があってこそで、嬉しくも思っております。
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身を守る

 経済発展は都市部の発展をもたらし、人口が増えて集中しております。災害は何時何処で起きるのか見当も付きません。
 先日都心に行きましたら駅の売店で「震災時帰宅支援マップ」と言うのを見つけました。かねがね欲しいと思っていたものです。

                 身を守る

 1953年、最初の仕事は学生に通学証明書を出す係りでした。その頃東京の鉄道、道路、バスの路線など、かなり詳しく知っておりました。1990年に退職してからは、将におのぼりさんです。
 それでも知っているほうだと思っておりました。
 ところがこのマップを開きましたら幹線道路や、大きな交差点などは分りますが、街のイメージが浮かんできません。
 マップは比較的小さくカバンに入れてもそう重くはありません。が字が自ずと細かく、これは大変。
予め目を通して置かなければ、慌てて役に立たないかも知れません。

                身を守る

 自分の住所と道との繋がりは見て置いた方が良いようです。いくら読んでいても持っていなければ役に立ちませんね。忘れないようにと思っております。
 都心に出るときは出来るだけ確りとした靴を履きます。保険証もバックに入れて置きます。とに角大勢の中での自分を守るシュミレーションを時に考え、身を守る手段として考えて置くことも大事なように思っております。老婆は身のこなしが鈍いので、時々こいうこを考えるのです。
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旗袍あれこれ

 去る7月12日から始まった「神戸ファッション美術館での旗袍展・チィナドレスの変遷史」は10月7日に終わりになります。
 美術館は六甲アイランドにあり、広いアイランドは綺麗な街並となっております。

           旗袍あれこれ

            旗袍あれこれ

            旗袍あれこれ

 チャイナドレスの変遷史と言うことで展示されている旗袍は1920年~1940年代のアンティークの素晴らしいものです。文革をよくぞ潜り抜けたものと感心しました。
 展示されている100点は全て友人の謝黎女史のコレクションからのものです。図録の編集や解説に謝さんらしい品の良さを感じます。

             旗袍あれこれ

            旗袍あれこれ

            旗袍あれこれ

 先日、生徒と三人で出かけゆっくり観賞して来ました。京劇の衣装も参考に展示されております。素晴らしい内容に感激。ため息が止まらないほどでした。まだその余韻が残っており、時間があればまた行きたいものと無理なことを考えております。出来れば都内でもこのチャイナドレスの移り変わりを見せてくれる展示がなされると嬉しいのですが。

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備えあれば?

 数ヶ月前の授業の際、水質検査を仕事にする会社に勤めている生徒がたまたま「新型インフルエンザ」が若し発生したらということを話題にしました。一人の生徒は6匹の犬を飼っております。
 「新型インフルエンザが発生したら、その地域から外に出られなくなるわよ。食事は配給されるかもと思うけれど、犬の食料までは来ないと思うわよ」まーこういった話でした。
 私は外出禁止という言葉を聞き、気になっておりました。
 去る9月11日日経夕刊の記事を読み、これは自衛のため大事なことと切り抜いておきました。

              備えあれば?

 ところが数日前TVのニュースで「新型インフルエンザ」に備えマスクを用意して置くことを勧めておりました。
 これは聞き捨て出来ません。新聞記事は気になっておりましたがマスク云々と来ると、矢張り大事なことです。
 昼間一階のスーパーでマスクを買って来ました。

                備えあれば?

 だからと言って大丈夫かどうかは分りません。 最近の農水省の不祥事などを考えますと、役人は大事なことを確りと国民に伝えないのではないかと疑っております。出来るだけ自衛を考えなければならない時代になっていると思っております。要らなければ結構。保険と思って備えをして置かなければと考えるこの頃です。
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滋賀重列旧邸=中島公子邸

 東京都杉並区下井草の中島公子先生の家は、公子先生の祖父に当る滋賀重列先生の旧宅です。 滋賀重列先生については2006年11月27日にこのブログで紹介しました。
 先日久しぶりにお邪魔しましたところ、この住まいは「登録有形文化財」として文化庁から認定されておりました。私どもは認定後の初のお客と言うことで、どっしりと重いプレートを拝見しました。

          滋賀重列旧邸=中島公子邸

 昭和6年の建築と言うこの屋敷は公子先生がご母堂の亡き後、改装するに当たり専門家のアドバイスを得て、保存を決めたことです。その保存には旧い部分を活かし、且つ公子先生の利用も考慮されております。
 部屋の様式は当時の生活から一歩踏み出した、洋と和の調和。また滋賀先生の考えた主婦の動き易い造りとなっておりました。現在は改装された部分もあり、ゲストハウスとしても利用できるようにもなっております。

          滋賀重列旧邸=中島公子邸

 日常の生活はこの建物の西側にありますので、毎度ながら俗塵を離れて過ごしているような感覚になります。

  最近、仮題「近代住宅のかくれた魅力と再生現場」というテーマでこの滋賀重列旧邸を取り上げ、研究するという試みが始まったそうです。
 保存する歴史的意味、建物の持つ魅力、所有者の意識など多角的に研究がされるようです。
 公子先生がこの旧邸を保存しようとした動機。それに費やした様々な作業は同人誌「立琴」に連載されておりました。曳き屋というコロを使っての作業が進められました。この記録も映像で保存されております。

           滋賀重列邸=中島公子邸

 玄関を開けて入りますと右側に見事な火鉢がサイドテーブルのように配置されております。旧さが自然に溶け込んで見えます。玄関正面の古い箪笥と衝立も素敵です。

           滋賀重列邸=中島公子邸

 こういう部屋に腰を下ろすと気分が和らぎます。その都度何か発見し長居をして仕舞います。
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中島公子先生宅訪問

 気の合う方々と杉並区下井草の中島公子先生のお宅に伺うのは随分久しぶりのことです。明治大学の学生相談室で協力、時に共に悩み、時に励まし合い、時に喜びを分かち合った仲間と言っていいのでしょうか。
 一番若い方が珍しい深川飯のお稲荷と筑前煮などを用意してお持ちくださいました。
 公子先生のご主人さまもお見えになり、楽しくお昼を頂きました。

                中島公子先生宅訪問

 公子先生のお宅で私達が毎度お邪魔するリビングは、公子先生の祖父・滋賀重列先生が教職を離れた後の1931年に建築された部屋です。肖像画が掛けられております。
 落ち着いた雰囲気が漂い、ついつい長居をしてしまいます。

              中島公子先生宅訪問

 皆さんとの話では毎度のことながら、心の問題についての話題が弾みます。変わり行く若者像に戸惑う大人。自民党総裁選で教育の問題が出てこないという事への怒り。話題に事欠きません。
 皆さんは4時頃にお帰りになりましたが、私は5時間も話し込んでしましました。
 公子先生は現在JTBカルチャーセンターで「十字軍とは」という講座を持たれております。毎月第二金曜日。全く無知な私は月に一回ですので、聴講させて頂いております。
 何時もながら公子先生の学識と情熱には頭が下がります。私は居眠りをしそうになり、先生に分らないようにと、一所懸命目を凝らし、資料に目をやります。 

 
 (次回は滋賀重列先生を掲載いたします)
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軽労の日?

 連休と言うと嬉しくなります。夕方まで時間が自由になります。今日はさーてと寝床の中で考えて起きました。
 昨日長女が半額になった筋子を買って来ました。醤油漬の調味料は昨晩寝る前に作り置きしてあります。
 道の駅で買って来た胡瓜は昨日の午前に切り、塩を振り重石を置いて確りと塩漬けがしてあります。
 朝食を済ませたと思ったら伏兵あり。二女の娘が数日前に買った一輪車に乗るのを見てくれと言いに来ました。これは見に行かないと後々響きます。

               軽労の日?

 朝食後の食器洗いが済み、先ず筋子の醤油漬を作りました。そしてPCの確認。

                軽労の日?

 その後胡瓜の佃煮作り。途中で時々PCの確認。

                軽労の日?

 昼食の材料を買いに一階のスーパーに行きますと本鮪のアラがワンパック298円。3パック買いました。これは見つけ物。いい買い物です。鰹や外の鮪と味が違います。嬉しくなってしまいました。昼食後直ぐに佃煮にしました。大量に出来ました。

                軽労の日?

               軽労の日?

 本鮪の佃煮が出来上がり、直ぐにオシャレな石鹸つくり。これは孫子が見えない内に広げ、邪魔をされないようします。出来上がる前に触られると困るのです。綺麗に出来上がりました。

               軽労の日?

 何かをやりながら時々PCを覗き、メールをしたり、コメントを書いたり、何だか充実しております。
 生徒(江戸っ子)さんのブログを覗きましたら、何と昨日敬老の日の食事会をホテルのレストランで済ませております。素敵な料理が並んでおります。

               軽労の日?

 敬老の日が今日と気が付きました。私は軽労の日でした。


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汚染米の所為でもないでしょうが

 この数日、ニュースは政府が輸入した汚染米の流通で事件が起きていることを伝えております。その内容を知ると腹も立ちますが、怒ることに虚しさも感じます。農水大臣とは真面目な人では務まらないことかも知れません。
 今日は私も娘も忙しい日ですので、早々と道の駅に買出しに行きました。毎週二回程度は出かけ、生産者のハッキリしている野菜やお米を買います。
 土曜日は込み合います。承知はしておりましたが、人出が今までと大違い。ビックリしました。
 秋の野菜が出回って来て店内は賑やかです。何時もはカートで回りますが、混雑しておりますので篭を持ち、品物を持ち歩きレジに辿り着きました。レジも込んでおります。
 お米は先日買いましたので、野菜を多めに買うことが出来ました。
 店頭に新米が並んでおり、買う人も何時もより多いように感じます。
 必ずしも「汚染米」の所為ばかりでもないでしょうが、関係があるようにも思えます。

               汚染米の所為でもないでしょうが

 このところ私は食品の問題で術もないような行政に怒っております。ですが怒っていても始まりませんので自衛の姿勢に進んでおります。出来るだけ素性の分っている物を買い、出来るだけ市販品の出来合いの物を避ける。そういうことになりますと、近所の道の駅に頼るようになります。
 この沼南道の駅は農家の協同出資で運営されているようで、自主的に食の安全についての勉強もしていることを知りました。
 聞く所によりますと日本でも有数の売上高を見るところの道の駅だそうです。道の駅での買い物は数日間の献立を考えて買うようにしております。頭の体操にもなります。

                汚染米の所為でもないでしょうが

 品物が新鮮で廉い。これこそ庶民の味方です。大臣は買い物をすることもないでしょうが、確りと国民の健康と安全を考えて欲しいのです。それが任務でしょ。
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ドキドキのはずが図々しく

 夏前、明治大学校友会我孫子地域支部の後輩が会長を務める会で、何か話して欲しいと依頼がありました。私は仕事の上での会合で話すことは慣れておりましたが、知らない人を前に一定の時間を貰い話したことは、経験がありません。
 彼が頼んできたということは、きっと人が見つからなく、困ってのことと思い、役に立つならばとついつい引き受けてしまいました。
 テーマは何でもいいということで、これは困りました。そこで無難な「定年前の私と定年後の私」でくくり話すことにしました。
 当日は紹介されて、話始める前まで自分の胸のドキドキがよく分り、落ち着きません。
 話始めしたら段々落ち着いて話を進める事が出きました。ところが話そうと思っていたことと全く違う方向に向かっております。これは駄目だと気がつき、話を用意していた内容に転換しました。

 当日の主な話題 
 結婚前の自分の変わった名前の由来とそれについての思い出。
 定年までの仕事の内容、それに伴う問題点。(カウンセリング・若者の持つ悩み)
 定年後の生活の変化と地域での交流。(オパール・ネットワーク・明大校友会我孫子地域支部)
 NHK文化センターで教えているチャイナドレスの内容(歴史的なこと・襟に纏わるエピソード・アンティークのチャイナドレスの紹介) 
 女性が長く職業を持つということ。(家族の協力と理解)
 
 このように盛りだくさんになって仕舞いました。はじめ「ドキドキのはずが図々しく」なって時間オーバー。時間にキチンと終わるのが大事ですよと人に言われ、その言葉が身に沁みました。初めての経験でしたので、上手くは出来ませんでした。

              ドキドキのはずが図々しく

 呼んでくださった会のHPに写真が掲載されていました。呼んで下さったことはいい経験となり有難く思っております。
 

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孫の気持ち

 二女の娘は5歳にしてはなかなかユニークと言いますか変わっております。手賀沼への釣り、公園での蝉取り、どぶ川でのザリガニ獲り、カナヘビの為のえさ獲り、親は振り回されておりました。先日生き物は説得して放したのですが、ハムスターに変わっただけです。
 ハムスターは夜行性ですのに、時々住まいの屋根を剥がされ、触られ迷惑かも知れません。
 犬や猫を飼いたいのですが、マンションでは禁止されておりますので、デパートのペットコーナーで犬を抱かせて貰います。
 バーバも一緒に行き、囲いの中に入ります。この借り物の犬。小さいと言うだけで全く面白くありません。 30分1050円。 30分の間一声もなかず、尻尾は振りますがじゃれもしません。疲れているのでしょうか。

                 孫の気持ち

 マンションでは、内緒で飼う方が目に付きます。孫が飼いたいと言いますが、親は駄目だと言い聞かせます。ですが孫は飼っている人を見ると「家も飼おうよ」と言います。
 親は「あれは内緒で飼っているので駄目なのよ」と返事をします。「じゃー家でも内緒で飼おうよ」とねだります。(内緒がどういうものかを説明するのが大変です)
 こういうことになりますと実に困るのです。「内緒で飼う人は悪い人なのー」と言い切れないのですね。
 その代わりということで始まったのが貸しペットです。バーバは孫の願いは聞いてやりたいと思いますので、出かけます。
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やはり旬がいい

 随分前から食品の旬が分らなくなったということを耳にしております。理由はいろいろあると思います。生産技術の改良、向上。消費者の動向。それでも季節が廻り来るとワクワクします。特に晩夏から秋に掛けては楽しみが待っています。
 この夏は胡瓜の佃煮を知り、作りました。とても美味しく出来ました。妹や夫にも好評です。
 新鮮な胡瓜を24時間塩漬けにしてから、調味料と一緒に強火で煮上げます。

               やはり旬がいい

 秋刀魚の卯の花漬けは今年は早々と作り楽しみました。卯の花漬けに使う柚子は冷凍のを使いましたが、鷹の爪は市販の物を使いました。今年は多めに地物で作らなければと、道の駅に行き買い、干しております。段々枯れて乾き始め楽しみです。

              やはり旬がいい

 魚屋の店頭に立派な烏賊が並び始めました。塩辛作りはもう少し気温が低くなってからですが、麹を買っ来なければと思っております。薄塩の塩辛は自家製でこそです。

              やはり旬がいい

 烏賊の並ぶ奥に鮭の腹子が見えます。先週より形が確りとしております。醤油漬は娘や孫の大好物。今年もバーバは頑張って作りましょう。

              やはり旬がいい

 秋から冬。大根や白菜、里芋、レンコン、美味しい魚や果物。沢山の物が待っています。



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武運長久ということ

 私が千葉県立安房高女に入学したのは1944年4月。戦局は既に容易ならざる処に来ていたのです。上級生は船橋の軍需工場に動員され、下級生は下級生で農家の応援に行ったりしておりました。
 学校からかなり離れている神社。当時官幣大社の安房神社に生徒全員で武運長久の祈願に行く月参りがありました。
 上級生がいなくても500名ほどの女学生は日の丸弁当を持ち、片道12~3㌔の道のりを歩いて行きます。革靴を履く生徒はあまりいなく、せいぜい運動靴がやっと。下駄履きの生徒もおりました。
 館山を出てから、南方向に暫らく歩きますと切り割り(切通し)という場所に着きます。山を真中で切り、両側は岩の壁になっています。そこで休憩。其処を出発しますと館山海軍砲術学校の広い敷地があり、その敷地の真中を道路が走っています。
 砲術学校を過ぎるとやがて安房神社に着きます。拝殿の前に生徒全員並び戦勝と兵士の武運長久を祈念します。

              武運長久ということ

  安房神社への祈願行進も空襲が始まると、防空壕つくりの木材運びと変わりました。女学校の東方向の山に行き、二人一組になり、防空頭巾を背負い材木を担いで学校に帰ります。道路から校門までの両側に壕を掘り、担いで来た生木を並べ、その上に土を載せ、空襲の際はクラスごとにその防空壕に入ることになっておりました。
 授業は全部無くなっていた訳ではありませんが、軍事訓練も行われ、竹槍を持つ練習もしました。
敵が上陸してきたら、地雷を背負って戦車に飛び込むようにと教師から言われておりました。
 1945年に入りますと空襲が激しくなり、私の住む白浜町からのバスも滞りかち。バスが出ないと分ればすぐに皆で歩き始めます。片道16㌔。雨が降ると体全体が滝を浴びたようになります。
 武運長久ということも忘れ去ったように日々が夢中で過ぎて行きました。
 戦局は武運長久などと言っても全く意味の無いことになって行きました。
 終戦の日は夏休みに入っておりましたので、天皇の言葉は家で聞きました。
 あれから63年経ちました。女学生だった私も喜寿を迎え、平和を感謝しております。
 安房神社には30数年前、弟の結婚式で戦後初めて行きました。和歌蘭さんぺいさんのブログで拝見しますと立派な社です。(写真をお借りしました)

              武運長久ということ
 
 8月は戦中の様子が取り上げられ解説と映像で流されます。特に戦争末期の最前線の兵士達の激戦状態、知るだに切なく思っております。 国民総動員とか一億玉砕とかという名の下で少年少女も頑張りました。おかしな軍部主導の戦い。情けないことでした。
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気になるらしい髪の毛

 一ヶ月に一回程度で髪の毛をカットしに行きます。3日(水曜日)午前に何とか時間がとれたので、出かけました。
 美容師は決まっております。彼はベテラン。予約をしていなくても合間を見て手早くカットをして呉れます。
 3日は椅子に座りますと「毛が多くて良いですね」と言いながら手を動かし始めました。
  「そうですか。毛が多いですか」
  「多いですよ。羨ましいですよ」
  「気になるの?」
  「気になることは気になるんですが、特に嫌だという訳ではないんです。でも髪の多いお客様を見ると羨ましいんです」
  「私の男性の友人達は結構禿げて来ているんだけれど、会うとアレ?と思うのよ。前からこんなに禿げていたかしらとね。だけど彼は彼で外の誰でもないの。髪の毛のある顔が出て来ないの。不思議なのよね」
  「そんなものですか」
  「そう髪の毛があったかどうかも忘れてしまっているのよ。髪の毛があったら彼ではないのね。不思議ねー」

 こんな話は始めてしました。何時もですと美味しい物で話が回ります。
 先日生徒の妹さんが翻訳出版された「禿頭礼賛」という本を頂きました。

 「つい最近フランス人の男性の方が書いた禿について書いている本を読み始めたのよ。酷く悩んで苦しみ、様々なことに挑戦した話のようなの。読み終ったら詳しく話すわね」

 カットは終わりました。彼はどうも悩んでいるようです。年齢が実際より上に見られるのが気になっているようです。私には年齢不詳ですし、彼の髪の毛には関心はありませんがね。

 戴いた本の表紙はもともとの著者の頭のようです。

                気になるらしい髪の毛

 以前も美容師の彼は私に「髪が多いですね」と言っていたのかも知れませんね。丁度この本に私の関心があったので、話に乗ったのかも知れません。

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庶民の生活

 石油の高騰は庶民の生活を直撃。ガソリンは最近やや下げに入ったそうですが、物価は上昇して来ております。サンマ舟が一斉に出漁を止めというニュースもつい最近のことでした。
 出漁を止めても魚の値段を上げることは出来ないそうです。消費の低迷は値段に影響を与えております。
 一階の魚屋でサンマが廉く売られておりました。廉いことは結構ですが、なぜかどこか気の毒なきがします。そうは言いながら季節物の卯の花漬けを作りました。

           庶民の生活

           庶民の生活

 腹が立つと味が決まりませんが、まーまー美味しく出来たようです。

 1日の福田総理の突如の辞任に始まり、目下のニュース、報道番組は自民党の総裁選で賑わっております。(辞任するか更迭されるかだった大臣の胸のうちを聞きたいのですが、放映されません)
 
 「誰がなろうと変わりやしないよ」と取材のマイクに答える人が沢山います。世襲議員が52%もいるという政治家の世界。庶民の生活が分るとは思えません。
 
 パロディー 今日の話題「親のしいたレール」が到着しました。

           庶民の生活
                     
             (大きくしてご覧ください)
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遅ればせの暑気払い

 NHK文化センター柏教室が開設されたときから一緒に受講した仲間と30日の夜、遅ればせの暑気払いをしました。この日夕方からゲリラ集中豪雨。会場はビルの中でしたので全く気が付かずに過ごしました。その後柏市では640戸も被害を受け、我孫子でも浸水した家屋が在ったと知りました。
 昨年は私の都合で皆さんと会うことが出来ませんでしたが、今年は老師を含め10名で、健康で再会し、杯を重ねました。
 
                遅ればせの暑気払い

 皆さん近況を述べ合い積もる話で盛り上がりました。遅れてお見えになった老師の北京五輪の土産話に耳を傾け、いろいろと質問もしました。北京人の老師は北京にマンションも持ち宿の心配はありません。五輪の間北京の警備は厳しく、帰国した老師。マンションのガードマンに知られていなく、入るのに苦労をされたそうです。偶然通りかかった知り合いのマンションの住人が証明してくれたので入ることが出来たそうです。
 老師は全部で4回五輪会場に行くことが出来たそうですが、どの競技も決勝戦ではなく予選のものだけだったと言われておりました。
 北京の街は綺麗になっており、人々のマナーも大変良く、以前の中国人とは全く違っていたようです。会場の警備は聞くとおり厳しく、ペットボトルの水も、警備員の求めで直接目の前で飲んで見せ、持ち込むことが出来たそうです。(授業の時にお聞きした話ですが、8月の北京の空が蒼く見えたのは有史以来だということ、有史以来とは誇張かもしれませんが昔から8月の北京は曇りが当たり前だったようですね)
 外国の選手への応援も自国の選手への応援同様「加油!加油!」と励まして立派だったと胸を張って言われておりました。
 居酒屋での暑気払い。飲み放題。老師はお酒に強く心おきなく飲んで頂き、気分良く過ごした一夜でした。恐妻家の老師、奥様はまだ北京滞在中。自由を楽しんでいられるのか、寂しさを感じていられるのか興味があります。何時も私のいじわるな悪戯心が湧いてきます。
 強い雨があった後でしたので、老師は無事にお帰りになられたのか心配しました。今週の土曜日にうかがってみましょう。
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どうにもならない?どうなるの?

 国会はどうなるの?福田内閣総理大臣突如の辞任。驚くより呆れたというべきでしょうか。
 国民生活円滑のために?そうですか。

            どうにもならない?どうなるの?

 官邸での総理記者会見でいろいろと理由を並べていますが、どうも分らないというのが私の感想です。評論家ではありませんので、確りと理由を分析することは出来ません。

            どうにもならない?どうなるの?
 
 立派な官邸に住み考えたことは「どうにもならない」ということだったのでしょうか。臨時国会は新しい総裁、新しい布陣で臨んで欲しいということは、誰でもいい。頼むーということでしょうか
 ねじれ国会で苦労をした、というのであれば選挙をすればはっきりとしたのではと思うのは政治を知らない私だからかしら。これから一体どうなるの?

            どうにもならない?どうなるの?

 国会議事堂も総理官邸も先日上から眺めて来たばかり。確りとして欲しいと皆さんと話したことでしたが無理だったのですね。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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