2009-01

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茹でタコ

 昨日の午後5時ころ、夕食の材料を買うために一階のスーパーに行きました。私の目標はまず魚屋です。
 金曜日はポイント5倍の日ですので、品物がいろいろと出ます。特に普段仕入れないような魚は魅力です。
 大きな「活きタコ」が発泡スチロールの箱に納まっております。たった一杯です。かなり大きいのですが、こういう物は滅多に手に入りません。チョット眺め思案しておりましたら、顔見知りの店員さんが「お持ちになりますか。値段を引きますよ」と誘います。
 心は茹でる時の足の丸まって行く様を孫に見せたいということに向かっております。
 「じゃー箱から出して袋に入れてね」と頼み買って来ました。とても重いのです。
 タコはトコブシを抱えていたようです。貝がギザギザになっております。食べるはずだったのでしょうか。

                茹でタコ

 茹でる前に頭をひっくり返し、墨袋を取り、塩で良く揉み、足をスリコギで確りと叩きました。全て親がやっていたことを思い出しながらです。叩くのは他の方法だったような気がします。
 家の鍋で一番大きいのを引っ張り出しお湯を沸かし、孫の来るのを待ちました。二女の娘は来ましたが長女の娘はなかなか来ません。
 夕食に間に合わせるため、二女の娘と茹でることにしました。よく見えるように台に孫を立たせます。触りたいと言いますので、触らせました。ヌルヌルと大騒ぎです。
 頭を持ち熱湯に徐々に入れて行きました。形が変わって行きます。足が丸まって来ました。茹でている私も楽しくなって来ました。
 茹であがりますと、茹でたのはいいのですが、さてこれをどう消化したものかとタコを前にして考えてしまいました。

               茹でタコ

 とに角今夜の分をと刺身にしました。美味しかったですね。茹で過ぎず本当に上手く行きました。
 
               茹でタコ

 明治大学校友会我孫子地域支部の常任幹事会が新年会を兼ねて開かれることに気が付きました。これこれと夕食後うす味を付けて置きました。
 今日は皆さんに食べて頂くことが出来ましたので、無駄にならずに済みました。
 このタコの値段は1980円となっていました。200円引いて呉れまして1780円。これってもっと引いて貰えたのではと食べながら娘に話しました。
 物は考えよう。遅く買いに行けば残り物で廉く買えたかも知れませんが、孫に見せる余裕がなく、慌てて火傷をしたかも知れませんね。まー良かった、良かった。です。
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美しい街

 先日漫画家の楳図かずおさんが武蔵野市に自宅を建てられ、付近に住む住人からこの街の環境に適しないと訴訟が起こされ、提訴した住民の方の訴えは認められませんでした。これはニュースでも大きく取り上げられましたので、世間周知のことですね。
 裁判所の判断の一つにあった法の定めがないということは納得できます。日本では表現の自由も認めれておりますので、双方の考えの違いを調整する難しさを感じました。
 
 それはさて置き、中国の青島市の景観は基礎を築いたドイツの影響が今も生きている街です。
 アカシヤの緑と赤い屋根。これは青島を表現する一番の特徴でしょう。

                美しい街

                美しい街
            この山の反対側の中腹に小学生の頃、一時住みました。

 青島の街は大きく広がっております。昨年の北京五輪でのサブ会場にもなり、海と山のある中国では貴重な地域です。市の東へと進みますと高級な別荘が立ち並んでおります。
 青島の建物は屋根を作るときには赤(ドイツのような少し茶色がかっています)と決められているそうです。
 日本ではこういった取り組みは建物の構造からして難しいのでしょうかね。日本各地の有名な街並みを見ましたが、極限られた地域で保存されており、今日ではどちらかと言えば人を呼ぶようなためを感じます。
 今回の訴訟を知り、まず全体をどういう街作りにするかを住民一体になって検討し、それを実現するには行政が先導しなければ出来ないのではと思いました。
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新年会らしくない新年会

 オパール・ネットワーク我孫子支部の集まりがいろいろな都合で先送りになっていました。やっと昨日集まることが出来ました。「新年会」という呼びかけですが、まー内容は新年会らしくはありません。佐橋慶女代表をお迎えしたのが新年会らしいと言えば言えましょうか。
 会場は近隣センターの調理室。この部屋は眼下に手賀沼を控え、施設としてはなかなかです。
 料理のメインは「キムチ鍋」自慢じゃないが?恥ずかしながら?どっちにしても私は初めてです。
 会員は全員還暦を過ぎ、ベテラン主婦。材料を切るのも早く、瞬く間に準備が整いました。
 キムチ鍋をはじめ、其のほかに会員の方がお持ち下さった漬物なども並び、佐橋さんの一言で始まりました。ご覧のとおり皆さんエプロン姿です。

               新年会らしくない新年会

               新年会らしくない新年会

 佐橋さんは昼は飲まないのーとはおっしゃりましたが、用意した辛口の冷やを少しお飲みになりました。

               新年会らしくない新年会

 お腹が満腹になった後は「ノルディック・ウォーク」のレッスンです。佐橋さんが持参されたストックを使い、順番に試し歩きをしました。

               新年会らしくない新年会

 想像以上に楽に歩けます。ストックを後へ後ろへと自然に流します。これは良かったですね。


 オパール・ネットワーク我孫子支部今年のこれから 
 5月6日=竹炭窯出しと焼き筍賞味会
  6月中旬=料理講習「酒の肴」 
 7月30日=「ワンコイン寄席」我孫子市民プラザホールにて開催。
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腿は弱り、脚は短い

 高齢になり運動をしなければと思いながらもついついその日暮しに追われて(言い訳)足腰の弱って来ているのにかなりいい加減に過ごしております。駄目だよーと自覚はしております。
 若い時の腿の太さはどこかに行ってしまい、よわよわしく皺だらけ。背の高さは2センチ低くなり今は147センチ。
 この背の高さと短足が問題です。

                腿は弱り、脚は短い

 これは発砲スチロールのブロックです。近くの店で買って来ました。食卓兼仕事台の前に座るときに脚が短いので、脚を乗せる台となります。

                腿は弱り、脚は短い

 手前のは私用、ピンクのは孫用。足をこれに乗せると四季それぞれ気温が体に合っいるように感じられます。
 素足でも柔らかい肌さわりに感心します。我ながらうまいことをと思って利用しております。

 ところで外国旅行の時、またこの背の低さが問題です。アジヤ圏は良いのですが、欧米に行きますと洗面台が高く、腕まくりし弱った足を精一杯伸ばしますが、水は洗面台より低い所にある腕のほうに流れて来ます。部屋の椅子を持ち出しても、それは高すぎて今度は腰を120度くらいまで曲げないと顔を洗うことが出来ません。
 
 何とかならないかと考えました。自分用の踏み台を持って行けば良いのではと思いました。教室で一緒に教えている奥村さんのご主人の会社が木工関係ですので、相談しました。考えましょうということで、何回か試作品を作って下さいました。
 出来上がった踏み台は組み立て式。足が直接触れる板は桐材。合板を組立てその上に桐の台を置きます。

                腿は弱り、脚は短い

 この踏み台は縦横36センチ、高さは12センチ。重さ180キロまで耐えることも試験してあります
 これは私の希望で作られたものですが、今までは友人の一人が求めただけです。

  高齢者の旅人は背の低い方が多いのではと思います。特に女性の方にお勧めできるのではと紹介しました。
 足も適当に広げても台は安定しており、倒れる心配がありません。見た目より軽く、私はスーツケースに何時も入れて置き、忘れないようにしております。
 ホテルに着きますと、まずこれを組立、洗面所に置きます。

 使ってみたい方は直接奥村さんに申し込んで下さい。注文製作です。

 ㈱ カーペンター 電話 03-3631-9948 価格送料とも5000円
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敬老祝い金

 09年1月23日の朝日新聞朝刊が「我孫子市、敬老祝い金縮小へ」という記事を掲載しました。
 私は昨年の敬老の日に市から喜寿のお祝い金として一万円頂きました。
 市長のメッセージに地元の小学校6年生の子供のメッセージも添えられておりました。
 子供はおじいさん、おばあさんこれからも元気で長生きして下さいと書かれておりました。

               敬老祝い金

 今日のニュースによれば我孫子市は財政難ということもあり、祝い金の見直しをし、見直しで出てくる財源を子供たちのために支出する方向で検討を進めているということです。
 市長は『お孫さんのために使わせてほしい』と市老人クラブ連合会に説明したところ異論はなかったと話しているそいうです。

               敬老祝い金

 夫は今年77歳になります。彼はこのことはいいことだとすぐに私に新聞を渡して寄こしました。
 二女の娘が4月から小学校に行きます。この孫にも役に立ちます。
 私共夫婦は老人クラブには入っておりませんが異論はなかったということに賛意をし、記事にしたくなりました。
 夫は自分が廃止の方に該当しますが、これを支持しております。夫は体調に問題はないとは言えませんが、国内の旅位は何とか出かけることができます。

                敬老祝い金

 私は昨年祝い金を頂きましたが、何に使ったのか全く覚えておりません。財布に入れてすぐに晩ご飯の材料に変わっていたかも知れません。
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日米フックド・ラグ展Ⅲ

 東京銀座のミキモトホールで「日米フックド・ラグ展Ⅲ」が開催されております。
 ニューヨーク在住の小林恵さんの指導でこのラグの制作に打ち込んでいる日米双方の方55名の作品が展示されております。
 私たちがよく目にするキルトも小林恵さんが日本に紹介し、すでに日本の中で大きな存在感を持つに至っております。
 小林さんは米国発の生活文化を日本に紹介する先駆者で、ジャーナリストとして活躍しております。
 このフックド・ラグなるものを実際に目にしたのは、チャイナドレスの生徒が小林さんの指導を受けられ、新宿駅西口で展示をしたと案内された時でした。
 その作品展を見た時の印象はインパクトが強く、個性の力を発揮出来る素晴らしいものだと感じた事でした。風景あり、動物あり、人物あり夢一杯を肌で感じる数々の作品でした。
 今回作品展を拝見し、小林さんの著書を求め、内容を拝見しますとアメリカの開拓時代の人々の置かれていた状況や、アートとして昇華されたこのラグのことを知り勉強をしました。
 
 以下はwebでみた小林さんの説明によるキルトとラグのことについて少し記しておきます。

 『代表的なアメリカンクラフト二つをあげるならキルトとフックド・ラグです。どちらも19世紀中ごろから社会現象のように、アメリカ中で作られたものです。
 つなぎ合わせる事で連続模様ができるキルトは思考する面白さと発見があり、フックド・ラグは即興的に自分を表現する楽しさがあります。何とかして家を美しくしたいと願う住まいへの執着と、自分らしさを暮らしに添えたいという自己表現への願望から生まれたものです。もし寒さをしのぐだけの理由であればデザインを施す必要が無いのですから。
 新大陸に移り住み、自分の家を建てることへの夢と情熱は、現在でもアメリカ人の共通の憧れです。美しい住まいを隣人に披露する喜びは、アメリカ生活の基本的習慣で、それが社交の一つになっています』

               日米フックド・ラグ展 Ⅲ

 この展示会場には私の受講生2人も出品しております。テーマはストライプだそうで、すべての作品にそれが表現されております。

                 日米フックド・ラグ展 Ⅲ
               (チャイナドレスでも個性を発揮しております)

               日米フックド・ラグ展 Ⅲ
               (この方はお嬢さんも出品をしております)

             展示は1月25日まで、最寄駅は地下鉄銀座です。

 オパール・ネットワークでは1月26日に小林恵さんを赤坂サロンにお迎えし、お話を伺うことにしております。

 追記
 『赤坂サロンにお迎えした小林恵さんのお話は、ニューヨークでの生活とご自身の経験を中心に進められました。特に米国が多民族社会であること、開放的であること、開拓時代からの共同社会の持つ伝統、などなどに話題が及びました。勿論キルトやフッグド・ラグに託した女性の姿も分かりやすく、よく理解することが出来ました』
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夫の役

 我が家には古い古い鰹節削り箱があります。私が結婚する前から使っていました。蓋が余りに汚くなっていましたので、ある時その汚れを取りたくキッチンハイターを使いました。見事に汚れは取れましたが、箱全体から見ますとバランスが悪いのです。
 蓋はともかく箱部分まではハイターを使いたくなく、今や人様にお見せできるような代物ではありません。
 夫は鰹節を削ることは嫌がりません。夫の出来る家事はそうありません。まー餃子の餡を包むくらいは出来ます。それと食事前の食卓の準備と食後の食器を台所に下げること。そうそう特記は私の飲むワインの栓を開けてくれること。これは不器用な私には有り難いことです。

 先日アメ横に行きましたが、星野さんに寄り乾物を送って貰いました。

              夫の役

 昔食べ物の無い頃、鯖節を家で作りました。鯖が大量に捕れて廉い時、漁師から沢山仕入れ、蒸し・干し・骨を取り・また並べて干す。そのようにして自家用のだしの材料を作りました。
 何でもやってみますと面白い物で、骨を取るときの力加減とか、だんだん形が小さくなるのを眺めるのも悪くはありません。 鰹節だって有ったはずです。ですが引揚者の我が家では鰹節は高く買うお金は無かったのです。
 母が料理上手で研究熱心でしたから、いろいろと工夫をし私も一緒に考えたり、また手伝っていました。
 父は焼き海苔に拘る人で、ゆっくりゆっくりと焼いて呉れました。これも香りがよく美味しい物でした。

 夫は私がお浸しなどを用意している様子に気が付きますと鰹節を削って呉れます。それが最近は削る用事が無くなって失職していました。
 一つには私が忙しいこともあったし、また1階の店では気に入った物がなく鰹節が無くなったままになっていたからです。
 星野さんに電話で品物を頼みますが、鰹節は自分で選びたく、大分長い間市販の小袋の削り節を使っておりました。 (星野商店℡03-3831-3814)

 鰹節の削り立てのオムスビ。これは絶対小分けにして売っている削り節とは比較になりません。
 小料理屋などで、「おかか」なんて言いながらオムスビを握っていると中身は?と聞きたくなります。
あんなものは鰹節のオムスビと言えませんね。

 また夫が削ってくれると美味しいオムスビを食べることが出来ます。
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アメ横は日々変化

 戦後いち早く上野に闇の品物を売る店が並んでおりました。売る品物は統制品や芋アメなど。また米軍からの流出物資など。今のJR御徒町と上野駅の間の線路下を挟み、東西に汚い店が軒を連ねていました。東側は西に比べ活気がなく、うらさびしい感じもしておりましたが、今や竹下通り顔負けの若者の街となっております。
 その通りはアメ屋横丁と言われ、通称はアメ横です。暮になりますとTVで必ずと言っていいほど買い物客で混雑する風景を見せてくれます。廉いのか高いのか見る目がないと困ると思いますね。
 アメ横という言葉に込められた意味。芋アメなどが山積みされ甘味に餓えた人々を呼んでいました。
千葉の田舎からもそこに買い物に行きました。汚い屋根、粗末な売り台。売る人の服装も酷い物でした。
 今は雑貨・化粧品・宝石・服飾品などの店舗も多くありますが、昔と変わらず乾物・魚・肉・調味料・菓子なども頑張っております。
 アメ横の中に星野商店という乾物屋があり、長年贔屓にしております。長い付き合いですので商品もよく分かっております。何時も品物を纏めて送って貰っておりますが、何かの序でには寄って品物を選び宅急便に頼みます。
 この星野さんも少しずつ変わっておりますが、最近のアメ横全体の変わりようは余りに早く、変化の多様さに驚かされます。
 インターナショナル?  とに角今までのアメ横と違う方向に舵が切られたのかと思う位です。

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化

               アメ横は日々変化
 
 数年前から店先でマグロ丼などを格安で食べさせる店もでき、また焼きクリを売る人、お焼きや饅頭、焼き餅等を売る人もよく見かけましたが、今や諸外国の食べ物を売る店があちこちに並んでお客の目を引いております。
 ケバブ・チキン・肉まん・トースト。品物の表示も日本語ばかりではありません。昔は小母さんや小父さん。上野駅から乗りそうな風采の大人が歩くのが目につきました。今や若者のグループが随分目立ちます。清潔になったことで若者の足が向いたとも言えるかも知れません。通りも綺麗になっています。昔のビショビウショとした通りではありません。綺麗ということは広くにも見えます。
 センタービルの中は変わらぬ魚屋や肉屋もありますが、扱っている品物に変化が起きていました。
 ほかに回る用事があったので、急ぎ見て回りましたが次回はしっかりとカートを持ち出かけたいと思っております。
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犬にも抗がん剤

 チャイナドレスの講座に見えている生徒の方で愛犬家がおります。
 彼女の飼っている犬は6匹。これはさぞ大変なことと思うのは飼っていない人間の言うことでしょうか。
 今日の授業の時「年末年始を如何過ごしましたか」と聞きましたら、愛犬家の生徒はかなり忙しかった様子。中でも一匹の犬の病院通いで時間を取られ、ドレスの方まで時間がとれなかったそうです。
 6匹の犬の世話も然り乍らガンに侵されている一匹の通院に気を使っていたようです。
 ガンに罹った犬は当初食欲が無くなり、排便も普通でなく病院に連れて行きますと、検査の結果開腹する事態になったそうです。(前にここまでは聞いておりました)
 開腹しますと腸が破裂しており、手術をしましたが、その時にガンがあると分かったそうです。
 (そう言えば10万円掛かったとか聞いたように思います)
 今は毎週一回抗がん剤の注射を受けるために病院に連れていっているそうです。抗がん剤は人間と同じものを使うそうで、分量はごく少ないそうですが、痛いように見えるそうです。
 彼だか彼女だか分かりませんが、その犬は注射を受ける時には前足を伸ばし、顔をそむけ我慢するらしいのです。
 生徒が手を伸ばし、顔をそむけ犬の説明しますと、犬の様子がよく分かります。飼い主ならではこそのパフォーマンス。状況が目に浮かびます。
 
 愛犬家の彼女の家では犬のための手間暇がかなり掛かるようです。
 6匹の犬を連れ狂犬病の注射に行くときには、全部を外に出すと大変になるので、先生に車まで来て頂き注射をして頂くそうです。
 食事は6匹をそれぞれ別にゲージに入れ食事を与え、全部が食べ終わりますと、ゲージから解放し遊ばせているそうです。そうでないと人のを?犬のを?どう言ったら良いのでしょうか。とにかく他の犬のを食べてしまうことも起きるのだそうです。工夫も要りますね。
 
 抗がん剤は半年続けなければならないそうで、彼女の病院通いは暫く続くことでしょう。
 犬は人間が侵される病気は殆どあると聞いてはおりましたが、抗がん剤を受けている犬のことは初めて聞きました。聞きたがりの相子老婆は一所懸命聞きました。

 話は変わりますが私が中国青島で過ごした子供の時、飼っていた犬は顔が凸凹でしたのでデコと呼んでいました。デコは雑種ですが利口で、時々父の勤め先の華北電電の局までお昼に間に合うように弁当を銜え届けていました。青島は当時日本が占領していたのですが治安は良かったのですね。デコは一匹で届けていたのです。

              犬にも抗がん剤

               この右角が華北電電の局でした。
 
 父が日本の学校に転校した私の様子を見に帰国した時、デコは毎日父の会社まで行っていたそうです。そのうち父が見えないと気がついたのか、家に戻って来なくなったそうです。
 私が世話係だったデコ。家に戻らなくなったのは1943年。随分昔のことです。
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子育て支援

 近年千葉県我孫子市には大規模マンションをはじめかなり住宅が増加。人口も増えてきております。人口増は地域発展にも大切なことと思います。
 移住して来る方は若い人も多く、スーパーに行きますと少子化は何処の話かしらと思うくらいです。
 子供も増え、近くの学校は増築され、4月から入学する子供の数は随分多くなるようです。

 我孫子市では「子育て支援センター」を新たに一か所開設しました。
 利用できるのは小学校入学前の子供とその親。施設は遊び場や相談室などいろいろ用意されております。
 新たに開設されたのは我孫子駅近くのイトーヨーカ堂の2階です。1月10日開設。
 開設記念のイベントがあり、孫と一緒に出かけました。

             子育て支援

 孫が雨の日によく利用していた支援センターの職員の方も異動して来ておりました。
 市の責任者の挨拶の後スタッフの紹介がありました。

             子育て支援

 スタッフの紹介の後、声を揃えて皆さんで歌を歌いましたが、私は知らない歌です。
 歌の後、「バルーン芸人PURINCOちゃんのマジカルショー」という楽しいショーが待っておりました。
 紹介されて現れたのは増田俊康さんという方です。
 子供たちを前にし、ご自分が楽しそうです。
 この増田さんという方はユニークな方のようです。流山市の円東寺のご住職。説法や講演なのでもどうもこのバルーンやマジックの芸を披露さているようです。
 
              子育て支援

 おかーさんが一人傍に出てバルーンを体験、ショーに参加します。増田さんはフウセンを次々膨らませおかーさんに繋いで行きます。

              子育て支援

              おかーさんは蝶の羽を背負っています。

              子育て支援

 子供たちはネズミを作ることになりました。参加の子供も親も、また私のような老人も風船を手にし
増田さんの言葉に合わせて風船を折って行きます。楽しいひと時です。

              子育て支援

 核家族が普通な時代。ポスターにあるような様々な支援プログラムに大いに期待するところです。
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寒気到来

 鹿児島の友人から先ほどメールを頂きました。

「今日、鹿児島のニュースで下記の様に出水の渡来鶴の数が
発表されました。 
   
       なべ鶴・・・・・8,680羽
       まな鶴・・・・・3,010羽
       その他・・・・・  338羽
        計     12,028羽
 万羽を越えすごい数になっていました。

鹿児島はここ数日まれに見る寒波に襲われ寒い日となっています。
山の頂には久しぶりに見る雪化粧、暖かい鹿児島に馴れた我々に
とって身にこたえます。外出を控え風邪をひかないように暖かい部屋で
テレビの番をしている此の頃です」

 寒さも本格的になりましたが、富山の瀬戸さんからは立山連峰の綺麗な映像が送られて来ました。
富山と言わず北陸はかなり寒くなっていましょうね。

              寒気到来

 先月は雪を頂いた富士山の写真が所沢から届きました。美しい富士です。

              寒気到来

 高齢になりますと寒気は恐ろしいことです。気温が下がると風邪に罹らないことが一番。乾燥も怖いことです。昨日から我が家は加湿器を持ち出し使い始めました。
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目白・雑司ヶ谷

 1948年4月に上京しました。東京は焼け野原が広がり、山手線から眺める風景は空襲の爪痕の凄まじさを見せておりました。
 母の妹が目白の駅から10分ほど歩けばつくところにあり、そこで4月から秋まで住まわせて貰いました。国鉄目白駅の改札口を出て西へと曲がると北側に渡る歩道があり、そこから細い道を北に行きます。
 150メートルほど行きますと広い敷地を持つ大野さんと言う屋敷があり、その北側を西武線が走っておりました。その線路の踏切の西側に「上がり屋敷」という駅がありました。西武線が池袋を出発して最初の駅です。(今はありません)
 目白から奥、北方面は雑司ヶ谷と呼ばれ、空襲の被害を受けず、閑静な住居地でした。叔母の近くには自由学園があり、羽仁もと子さんという名前を知りました。
 空襲を免れた雑司ヶ谷の北には池袋まで続く焼け野原が広がっておりました。見渡すと大きな建物では豊島師範と立教大学だけを見ることが出来ます。焼けた敷地の中には金庫がポツンとところどころに見られます。焼けた場所の先にある池袋駅まではそう遠くありません。焼け跡を歩き池袋まで行くこともありました。


 一月七日の日経夕刊に柳原白蓮さんの住んだという福岡飯塚の邸宅を取材した記事が掲載されました。

              目白・雑司ヶ谷

 その白蓮さんは雑司ヶ谷に住まわれており、時々散歩をする姿をお見かけしました。60歳くらいに見えましたが、上品で地味な姿でした。叔母があの人は有名な柳原白蓮さんだよと話しておりました。
 この記事を読み、戦後僅かな時を過ごしたあの辺りのことを思い出しました。

 ある時母の末妹が遊びに来ました。目白の駅の近くに喫茶店があり、二人で入りますとお客は誰もおりません。コーヒーを頼みましたら「角砂糖」が出て来ました。叔母は「あい子ちゃんお金持っている?」と聞きます。私は小銭しかありません。「どうする?」叔母は心配そうに私に話しかけます。
 戦後間もない時ですから、いくら払うことになるのかドキドキしました。結局はそう高い値段ではなく二人でホットし、店を出ました。そのコーヒー店と道を挟み「物々交換所」がありました。
 そうですね。かなり広いスペースだったと思います。人々は自宅で不要のものを預け、欲しいものを書いております。例えば皮靴=小麦粉2貫目とか、オーバー=お米5升とか。いろいろ出ています。
 交換するものもなく、眺めるだけでしたが世相そのもの。日本が立ち直り始めるといつの間にかなくなっておりました。この物々交換所は当時方々で見ることがありました。
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学生証もカード

 世の中変わりましたね。こんな言葉は今更ですが、明治大学の学生証もカードになっております。
 履修届は勿論、成績も自分のPCで見ることが出来ると聞いてはおりました。大学からのお知らせや必要な事項も見ることが出来るそうです。一枚のカードで校内の施設の利用ができるという便利な時代になっていますね。外国旅行の時のパスポート同様常に携帯していなければなりませんね。欠席でいない人の代返などは無理でしょうか。
 そんなこと当たり前でしょと笑われそうですね。
 パスワードを忘れたらおおごとですね。そんなこと余分な老婆心ですね。自分が忘れっぽいからと若い人のことを心配することではありませんね。
 先日私宅に見えた学生さんに見せて貰いました。

               学生証もカード

 そのカードを見せて貰いましたら、裏面はJRのSuica となっておりました。彼の話によりますと大学のコンビニでも使えるそうです。
 やはり紛失すると面倒だそうです。そうでしょうね。
 
 昔は学生証は試験の際はテーブルに置き試験監督に見えるようにしておりました。今はどうするのでしょうか。学生証と身分証明書は別になっており、身分証明書は通学証明書や学生割引証明書(所謂学割)などを出してもらう時に使い、学割の切符を買うときには駅の窓口で提示しました。
 学生証は卒業証書と引き換えで大学に返還しました。ということですので自分の学生証を持っている卒業生はいないはずです。
 卒業証書も筒に巻いて入れる大きな和紙の立派なものでした。額に収め居間や応接間に掲げていた家もありましたが、今はどう変わっていますのでしょうか。
 彼が3月26日の卒業式を済ませ、時間が出来たらぜひ卒業証書を見せて欲しいなーというのが知りたがり屋の相子老婆です。
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偶然に驚く

 偶然ということはしばしば起きることではありませんが、同じ人に関わる偶然が重なるという経験をしました。カール・ユングの共時性と言われる偶然の一致かどうかは分かりませんが、長く心に残っております。
 北大路魯山人の研究者の平野雅章さんとう方がおります。30年以上昔、私共家族が住んでいた埼玉県草加団地に平野さんのご家族も住んでおりました。奥さんのお母様も一緒でしたので我が家の姑もよく知っておりました。
 お嬢さんは私の長女より学年は一年上だったと思います。平野さんご夫妻は共に大柄な方で、モダンな服装をしておりましたので、目立ちました。
 私たちが草加を離れて随分経ったある時。長女と二人で湯島のリトル香港という美味しい中華料理店で食事をしておりました。リトル香港の店内の奥にかなり大きな鏡が据えられております。私は入口に向かい、娘は鏡に向かっていました。
 食事をしながらたまたま草加時代のことに話が及び、娘の小学校の頃の友達のことが出て来ました。団地の夏祭りが賑やかだったこと、浴衣を着た平野さんのお嬢さんがーと話始めました。
 私も娘も一瞬言葉が詰まり、暫く声が出ませんでした。店にその今の今、名前の出た平野さんのお嬢さんが一人で入って来たのです。私は入口に現われ姿を、娘は鏡に映った姿を同時に見たのです。本当に驚きました。

 リトル香港は良いお店で気に入っておりましたが、今は閉店しております。夏の特製冷やしそばが好きでしたが、焼きそばも好きでした。神保町の新世界菜館に行き、焼きそばを食べますと必ずあの時のことを思い出します。

                偶然に驚く
                これは新世界菜館の焼きそばです。

  話は変わりますが、これも平野雅章さんに関わる偶然です。平野さんは主婦の友時代、取材記者として北大路魯山人の所に随分行かれていたようです。
 ある時、親しい友人と話しておりました。彼女は終戦後両親と一緒に鎌倉の魯山人の別棟を借りて住んでおりました。(後に山口淑子さんがイサム・ノグチさんと住んだと聞いております)
 「草加に住む平野さんという方がそこに行くようよ」と言いますと、彼女はよく知っており、これも偶然に話が弾んだ結果です。世間は広いようでも何かの偶然で狭くもなるということを感じた事柄です。
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鶏卵は貴重品だった

 67年前、両親と別れ中国から日本に帰って来ました。小学校の5年生の2学期の終わり頃でした。
 父方の祖父母と一緒の生活が始まりました。祖父の家の庭に小さな鶏小屋があり、10羽程の鶏を飼っておりました。
 帰国してしばらく経ちますとその鶏に餌をやる仕事は私の役割となりました。刻む葉物は背負い籠を背中にし近所を回り、道に生えている草を鎌で刈って来ます。勿論家に葉物がある時にはそれを使います。
 毎日草を刻み、そこに米糠と貝殻などを細かく潰したもの、古い穀物の砕いた物。それに水を入れて混ぜます。硬過ぎても柔らかく過ぎても駄目です。
 餌作りはそう嫌な仕事ではありませんでしたが、餌箱を綺麗にするのがとても嫌でした。(今の私の原点かも)
 鶏は卵を毎日何個か生みます。鶏小屋に入って手に取ると生温かく、すぐには食べたくありません。卵は貴重品でしたね。毎日生む卵をストックして置き、お使い物にしておりました。
 病気見舞いには卵をよく使いました。田舎ですし戦中・戦後ですから花や美味しい食べ物はありません。
 そのころ田舎の人は入院患者の見舞いに行くのに、暦で決まった日を選び、時間は病院の決まりも患者の都合も構わず午前中に行きましたね。皆さんがよく卵を持って行きますので、入院しますと卵が集まります。冷蔵庫もありませんから大変だったと思います。卵大尽になった患者の家族はせっせと卵料理に励んだかも知れませんね。
 当時の人の考えは卵は栄養分があり、患者は肉や魚は食べられないだろうと「卵が一番」善意の気持ちだったでしょうし、それと現金が出ないということでもあったと思います。
 卵でしたら生でも食べられますからね。

 先日友人から立派な卵を頂きました。黄身はこんもりと盛り上がり、如何にも美味しそうに見えます。見えるだけでなく本当に美味しい卵でした。
 
               鶏卵は貴重品だった

 今は卵もブランドを競う時代になっております。本当はどれにしたら良いのか迷います。そこで選ぶのは数が少ないパックを選びます。食材が豊かな時代ですので、卵を毎日使うことも無くなりました。
 昔は貴重品扱い、少し前は「物価の優等生」などと言われス-パーの目玉商品に使われたりしておりましたがこれからはどうなることでしょうね。
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孫の預かり物

 何回もこのブログに登場する二女の娘。何にも興味を示します。結構なことです。
 トンボ捕り・手賀沼での魚釣り・縄跳び・蝉捕り・トランプ・一輪車乗り・クリ拾い・外遊びは雨でない限り毎日。捕まえたトカゲやカエルは生き餌を上げるので大変です。これはハムスターに代えるということで放して貰いました。ハムスターは夜行性ですので昼は檻の中の家に閉じこもっております。
 幼稚園から帰るとその寝ているハムスターの家の屋根をさっと取ります。ハムスターの眠そうな目は可愛いのですが、起こされるハムスターは迷惑でしょう。
 収集癖もありますので、二女の家は細かい物で溢れております。
 
 どこでもぎ取って来たのか、小ぶりの渋柿を我が家に持って来ました。「ばーば干し柿にして」と置いて行きました。千葉の南端では干し柿を作るということは全く無いと言ってもいいほど。食べるのは何時も甘柿でしたので、干し柿つくりの経験がありません。困りました。吊るしておけば何とか出来あがるのではと吊るして置きました。

           孫の預かり物

 冬に入って来ましたが気温が下がって来ません。だんだん水分が少なくなってきているようです。作ったことがないので、加減が分かりません。夫が山梨県人の妹に見せました。食べられそうだと言われ、一個食べて見ました。硬くて甘みも大したことになっていません。味が大したことでなくても渡さなければなりません。預かって作った証拠を見せなければなりません。
 預けた孫はすっかり忘れておりましたが、持ち帰って呉れましたので、ホットしました。ホー!です。

 一昨年の夏に預かった金魚。夏祭りで掬って来た数匹のうちの一匹が生き残っています。
 昨年9月に孫はメダカを連れて来ました。

              孫の預かり物

 金魚もメダカも大きくなっております。特にメダカには驚かされております。お腹が大きく膨らんでいます。メダカのメタボです。金魚のフンのようにとはよく聞く言葉ですし、この金魚とて例外ではありません最近は立派なのを下げて泳いでおります。ところがメダカも同じように後ろになびかせて泳いでいるのです。 全く知りませんでした。
 預かり物ですから間違いがあってはなりません。毎日観察しますので意外な発見をしたりします。金魚がメダカをからかうのです。面白いですね。
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酒の肴

 ノンベーと言うほどではありませんが、お酒は飲みます。昔は飲む機会も多く、回数に比例して量も多くなって来ておりました。
 仕事を離れて19年。4月には20年目を迎えます。人とお酒を飲むことは年に数えるほどしかありません。それに代わったのが自宅での晩酌です。
 自分で好きな料理や肴を用意しますので、娘に「この家の食事はテーマーが無い」とよく言われます。「世界バイキングだからいいのー」と何時も答えます。
 肴は概ね味の濃い物が多くなります。塩は元気が出るという記事に触れ、それをいいことにし勝手に塩分の多いものでも作り食べております。例えば自家製の佃煮や煮魚。残り物の干物などなどです。
 その日の気分で冷蔵庫にある物も取り出して酒の友とします。チョコレートや甘ーい豆など、いろいろです。
 先日若い男性二人と居酒屋に行きました。面白い料理が出てきます。注文は二人にお任せしました。今時の肴の流行が分かりました。よかったですね。

 頂き物はとても気になり、必ずどうしたものかと考えることが多かったのです。ある時と言っても随分昔、内田百だったと記憶しておりますが、「私は貰いものが大好きだ。それは自分のことを気にかけて呉れている証拠だから」と言っておりました。それを時々思い出します。ということは有り難く頂戴すべきだと思うようになるのです。
 珍しいものを頂きました。オパール・ネットワークの会員の土岐八重子さんの作る「柚べし」です。
岐阜県恵那市の安住寺の大黒さんの土岐さんは地域活動を積極的に展開している方です。この柚べしもその一環。佐橋慶女さんもアドバイスし、商品化されるまでになったそうです。

                酒の肴

                    酒の肴

 薄く切ったものをチョッと齧ります。確りと素朴な味がします。

 正月を前にして富山の瀬戸さんから頂いたのは「かぶらずし」です。全体すべてが地物。挟まれている鯖は生臭みはなく、だのに脂が適当に乗っています。(なんだか食の評論家のような表現ですね)美味しいので大事に一回に一切れづつお酒の後に口にします。

              酒の肴

 実は私の持論は台所の主導権は出来るだけ人に渡さないと言うことです。
 夫に何が良いー?と聞いてはそれなりに用意はしますが、最終的には自分の好きな物、自分のその日の気分に合った物となって食卓に並びます。出来たての美味しい味見も出来ます。
 家族のためと食事作りに余り頑張りますと抑圧され、何かで爆発します。台所で発散するのは家庭円満の元と思い、胸を張ってつまみ食いをしております。いくらなんでも台所でコップ酒はしませんよ。
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新刊を頂く

 明治大学学生相談室で精神医学に関わる問題に対応するため、心理学者・セラピスト・精神科医を迎えたのは1960年のことでした。当時カンセリングという言葉も世間では知られていなく、学生の問題によっては精神医療が必要だということを認めて貰うことは大変なことでした。
 幸い関係者の粘り強い努力で制度として設置されたものです。その先生方を束ねて下さっていたのが「精神分析振興財団理事長・武田病院院長」武田専先生でした。
 随分長い間ご指導を頂きました。先生は85歳になられております。たまにお声を掛けて下さり、一時を過ごすこともあります。日本酒党の先生は飲むほどに、酔うほどに声も大きくなり、最後は武田節が出て参ります。
 新刊は必ず贈って下さいます。暮に頂いたのは「定年と第二の人生」です。

          新刊を頂く

 後書きをよみましたら4月に腰椎圧迫骨折で入院されたとあります。お礼の電話をしますと、至極お元気な声で「頑張っているよ。会社の方が大変だから」と物流会社社長(父親の残した会社・先生は一人っ子)らしい言葉が出て来ました。

 暮になります友人、知人からの刊行物が集中致します。同人誌も勿論ですが単行本も頂きます。
 明治大学学生相談室でお世話になったフランス文学者の中島公子先生からはご自分が寄稿される「竪琴」と二人のお嬢さまの新刊を頂戴しました。

            新刊を頂く

            新刊を頂く

 さおりさんは先生の長女。1996年の『パリの女は産んでいる』で第54回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞されています。パリの女性の生き方を事例を通じ紹介しながら、働く女性へのフランスに於ける取組やサービスなども掲載されております。

 京子さんは先生の二女。この変った書名「ハブテトル」備後弁で「すねている、むくれている」という意味だそうで「ハプテトラン」は否定語だそうです。京子さん初めての童話が収められております。

 新刊紹介  「定年と第二の人生」 サブタイトル団塊世代の生き方
         元就出版社  2008年11月20日

         「パリママの24時間」 サブタイトル仕事・家族・自分
         集英社     2008年10月30日

         「ハブトル ハブテトラン」
         ポプラ社    2008年12月22日
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謹賀新年

         新年おめでとうございます 
    
     年頭にあたり皆様のご多幸を願い上げます。
 
 今朝の新聞に寄せられている読者の声は希望・期待・反省と多様です。歳末に見られた厳しい現実の映像。どうか誰もが安心して過ごせる日が来ることを願っております。

              謹賀新年

 私の願い 
 
 1 夫が昨年に続き風邪に罹らないこと
 2 高校と小学校に進む孫二人が学校生活に馴染んでくれること
   娘たち家族の健康
 3 自分の健康維持に努力すること
 4 牛歩でいいから1㎝でも前に進むこと
 5 生徒の技術向上
 6 上海か台北に旗袍の勉強に行くこと
 7 はとバスの中国語コースに乗ること
   (7番はかなり実現できそうなことですね)
 8 オパール・ネットワークの催事を計画すること

 高齢を意識しながらも、出来るだけ我慢・譲歩・節度を保って行きたいと思っております。
 これが一番難しそうです。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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