2009-02

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橙到来

 昔、祖父の家では年の暮になると注連飾りを神棚の前に張り、塩鮭、スルメ、干し秋刀魚、昆布なども吊るし正月を迎えました。不器用な祖父もこれだけは自分の仕事だったらしく、藁も叩き何とか格好をつけておりました。その注連飾りには必ず縁起物の橙が真ん中に付けられており、また鏡餅の上にも橙が載せてありました。橙の樹は庭にあり、そう沢山生ってはいませんでしたが必要な分くらいは間に合っていたようでした。
 恐らく今でも田舎では餅搗きもあり、注連縄も作られているのではと思っております。
 
 今住んでいる街でも5年ほど前までは正月前には注連飾りも橙もあちこちで売られておりました。
 のし餅や供え餅の予約は八百屋や和菓子屋でも受け付けておりますが、門松や注連飾りを売る場所はどこかに消えてしまったような感じです。
 最近はパックで覆われたお供えの餅。オシャレな門松や可愛い注連飾りもどきの物などが出ております。一階のスーパーでも残り物の橙は出なくなりました。橙は特に必要では無くなってしまったのですね。
 正月過ぎに格安の橙を買うのは楽しみの一つでしたが、大分前からその楽しみがなくなってしまいました。一個数十円の橙は果汁を搾り、冷蔵庫で保管して置きますと長ーく利用できました。
 先日橙を欲しいという話を聞いた妹が家で話題にしたらしく、早速甥の奥さんの実家(静岡)から沢山送って来たそうで、我が家にも届けて呉れました。
 久々の橙。眺めているだけで豊かな気分になります。

              橙到来

 橙は食べるのではなく果汁を搾り保存しますので、これからの季節にはもってこいの調味料になります。
 故郷を離れ、橙の木を見ることも殆ど無くなり、ましてやこのように沢山頂くとは思いも掛けない事でした。嬉しいですね。
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一人三役だって?

 国政はどうなっているのでしょうか。どう見ても変ですね。物申すと言いたいところです。
 中川昭一元大臣のお役を与謝野馨大臣が引き受けることになりましたね。
 麻生総理は連日個人の判断がどうのこうのと言っておりますが、与謝野さんにはどう説明し引き受けさせたのでしょうかね。ご本人は「能力はありませんが体力はありますから」なんて言っていられるようですね。仕事は難しいことではないのですか。
 一人三役と言われていますね。
 私だって一人三役は経験していますよ。三役どころか妻、嫁、母親、勤め人、そのほかもろもろのお役。(今だって祖母、姑、講師の仕事など、いろいろありますがそんなこと一々何役なんて意識しておりませんよ)
 でもねー。 一国の大臣が三役を引き受けるということはどう贔屓目に見ても無理ではありませんか。
 中川昭一元大臣の今回の不祥事は日が経つにつれていろいろと問題が見えてきております。
 与謝野大臣は「友達でないから選ばれたんでしょう」と言っているそうですね。

  政府専用機で金融サミットに出張する麻生総理と中川元大臣の姿を中川昭一公式サイトで見ますと
 何だか二人ははしゃいでいる感じですね。はしゃぐのも良いですよ。でもこのようなものを掲載するとどうだ偉いだろう。という風に感じてしまいます。与謝野さんはこんな風にはなさらないでしょうね。
 与謝野大臣は仕事を抱え処理する時間が足りず困ってしまうのではありませんか。中川さんと同じ東大卒のようですが、一人の人間の使える時間は同じでしょ。どうされるのでしょうか。麻生さんは「任しておけ」とは言ってくれないのでは?だってお友達ではないんですから。

 今朝のTVでコメンテーター全員が様々な角度から今後の日本を危惧した見解を示しておりました。
 「風邪薬という銘柄のワインはしりませんが」というコメントは凄く気に入りました。 

               一人三役とは?

 GDPの成長率は昨日のニュースでも見ましたが先進国のなかでも最大のマイナスとなっております。

               一人三役とは?

 友達でなくても何でもいいですから国民の生活を考えて与野党ともしっかりとして欲しいです。

               一人三役とは?

 国会は誰のためにあるのですか。政治家は国民に代って議論、審議、決定をするのでしょ。
 選挙ばかりに目が向き、判断も周りの様子ばかりを気にし、決断力もその為低下、お互い身内をかばい合い、責任は取りたくなさそう。そんな政治家は退場して欲しいですね。
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旗袍あれこれ

 私が作る旗袍(チャイナドレス)には裁断後ところどころにテープを張ります。
 テープを張る時の必需品に竹ベラがあります。その竹ベラは今やなかなか手に入らなくなっておりました。
 中国語の老師に北京で探して欲しいと頼んでおりましたが、見つからないようです。
 
 以前は台北で買うことも出来ましたが、それも駄目になってしまいました。台北ではプラスチックの物が出た時もありましたが、昨年に行きました専門店でも買うことが出来ませんでした。
 昨年偶然平野和さんという箸作りの方と知り合い、その方が私の願いを叶えて下さいました。
 初対面の人間ですのに何本も竹ベラを作り、プレゼントとして下さいました。
 非常に個性的に見える方でしたので、男物の中国服の上着を作り、お礼に着て頂こうと考えました。黒い光沢のある生地で作りました。送りましたがどうかと心配しておりました。
 先日から再度ショッピングセンターで製作販売をされております。
 一体あの上着はどうかしらと見に行きました。
 「あれはね。今日は持って来ていないのだよ。明日は着てくるからね」とおっしゃいます。
 勿論翌日(昨日ですが)再度行きました。
 着ておりません。私が近づきましたら「汚れるから着ていないのだよ。持って来ているからちょっと待って」と上着を脱ぎ着て見せて下さいました。

                旗袍あれこれ

                旗袍あれこれ

 きちんと寸法を測っていませんでしたので袖丈が足りません。立派な体格ですので、もう少しゆとりが欲しかったと思います。紐ボタンは重量感があるように作りましたので、良かったと思います。
 これを反省材料にし次回は少し目立つ模様の物を作って差し上げたいなーと思っております。

 今回もわざわざ素晴らしい竹ベラを作って来て下さいました。売り場で私に実際の手の動かし方を見せて欲しいと言われ、その場で手直しをして下さいました。私の持ち方に合わせ、親指の窪みの角度もしっかりと抑えて直して下さいました。
 
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生葱はいかが

 先日生徒から聞きましたが多摩動物園のチンパンジーに生葱を食べさせたところ、風邪をひかなくなったそうですね。それで今や全国の動物園のチンパンジーや猿に生葱を食べさせるようになっているそうですね。
 夫にそのことを話しましたらニュースで知っておりました。
 
             生葱はいかが

 冬の葱は本当に美味しい物ですね。鍋ものの葱はこの時期ならではの物です。
 私が子供のころ、冬になると母は生葱を刻み鰹節を載せ、醤油を掛けて食べさせて呉れました。どうも頭が良くなるということらしく試験になると毎日のように食べさせられました。
 中国の青島に住んでいた頃、家のアマがクレープよりももっと薄い雑穀の煎餅というものを何枚か重ね、長いままの生葱を包み食べておりました。何回かチョッと貰い食べたことがあります。
 アマは昼食を家族と一緒に食べず、お金を貰いたいと言い、そのお金で煎餅を買い、お金を浮かして貯めていたのです。母が感心しておりました。
 そのアマは確り者で実に丈夫でした。生葱の所為でしょうか。

  (煎餅と言うのは日本のせんべいではありません。よく挽いた雑穀を水で溶き、中華鍋をひっくり返し裏の勾配をゆるくしたような鉄板で焼く物です。その鉄板の真ん中に溶いた材料を流しますと、自然に全体に粉が広がります。河北省で育った方に聞きましたら、どうもこれは青島独特の物のようです。序にアマのことですが、この言い方は山東省の言い方らしく、北京ではアイというそうです)

 中川昭一元大臣が風邪薬を飲み過ぎたとか。大事な会議の後の記者会見の言い訳をしておりましたが、出発前に誰かが「生葱を召し上がりませんか」と申し上げれば良かったですね。残念ですね。
 TVで無様な姿が放映された時、朝食中だった私は箸を持つ手も、飯椀を持つ手も全く動かなくなって仕舞いました。どちらもそのまま。上げるも下すも全く止まってしまい体が固まってしまいました。
 とに角驚き言葉もなく、見つめるばかりでした。
 頑張るの。辞めないの。続けるの。と迷走。結局辞任。何ですか、ああいう醜態を見せていて。私はもう腹が立ってなりません。酒のことで噂があったこと、小泉元総理からも厳重注意を受けていたことなど。魑魅魍魎の政治の世界。麻生総理が知らなかったとは思えません。

 生葱でも食らえと言いたいですね。お二人とも頭に漢字の補給をして貰いたいものです。
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チャイナドレスは素敵だ 56

 「チャイナドレスってあのキラキラのでしょ」と言う言葉はよく耳にします。
 残念ですが日本では多くの方が知るところの物を指す言葉です。
 1930年代~40年代のチャイナドレスは大人が大人らしく。乙女は乙女らしく。
 そうです。女性であれば誰にも似合う服装なのです。
 その様な品の良いチャイナドレスを着て欲しく、馴染みやすい物をと既製品にしてみました。
 数年かけて中国で製作したいと、試行錯誤を重ねておりましたが、現在の中国で私の望むものを作るということは冒険だと気が付きました。
 日本の風景に合う日本の生地を使い、日本で作るという柱を立て、メーカーを探し仕事を始めました。ですが日本のメーカーはまた経験がなく、これまた予定通りには進みませんでした。手縫いの部分の多い製品は時間がかかり、気がもめましたが何とか出来上がりました。
 初めての製品は知人・友人に見て頂き、購入して頂きました。私の考えるチャイナドレスの良さを知っている方です。

 その一人が明治大学でフランス語を教えられていた中島公子先生でした。
 現在JTBのカルチャーセンターで「十字軍とは」という講座の講師をされております。毎月第二金曜日です。無知な私は親しい先生の講座ですので、恥掻きを承知しながら甘えて受講しております。
 先日新宿のセンタービルにある教室に行きましたら、先生の着ているチャイナドレスが見事に変身しております。

                チャイナドレスは素敵だ 56

 このドレスの生地は木綿です。風合いはしっとりとしており、落ち着いております。地味ですがミセスを意識した色を選び決めました。出来るだけ季節に関係なく長く着られるようにと袖は長袖よりは短かめにしてあります。夏の強い冷房の部屋でも着ることができます。
 先生のお知り合いの88歳の方が胸に刺繍を施して下さったそうです。デザインは品よく先生の知的な雰囲気に良く合います。ステッチはサテンステッチとチェーンステッチです。映えますね。

 「チャイナドレスは憬れですし着てみたいけれどー」というミセスの方にはこのような地味なものから入って頂くと良いのではないでしょうか。多くの方にぜひ着て頂きたいと思います。
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大きいとは

 この数年野菜や果物が大きくなり、目を見張ることもしばしば起きます。
 先日大きな椎茸を目にし、珍しがり屋の相子は買わずに帰られませんでした。これを買ってどうするかまでは考えず買い帰宅しました。

               大きいとは

 大き過ぎ、なんとも困って仕舞いました。椎茸らしい料理に使うには形が合いません。さりとて小さく切っては大きいことをアッピール出来ません。それでそぎ切りにし、焼き椎茸として自家製の焼き鳥のタレを付けてみました。それでも老人のせいか中心が固くていけません。生椎茸を家で干してみた事がありますが、原木椎茸でないと駄目なようです。干し椎茸も余り大きいと戻す器でまごまごします。
 私には生も干しも今までのような普通がいいですね。

 昨日部屋であちこち動き回っておりましたら「巨大なイチゴ」がどうこうという言葉が聞こえます。聴こえない耳ですが、このときの言葉をヒントにPCで検索しました。
 どうでしょう。一粒5万円のイチゴだという話だったようです。
 その大きさは一粒が80g以上の大きさの物で、美人姫と呼ばれるようです。
 それを作り上げた方は凄いことだと思いましたが、これって食べる人はどこから口にし噛み始めるのかしらと考えてしまいました。
 折角の大粒ですので小さく切っては価値が下がってしまいましょ。縦に切るとかそぎ切りにするとか、フルーツ・カービングのような飾り切りにするのかしらとか。老婆はついつい考えてしまいます。
 そんなことは買いもしないのにチョット余分な心配でしょうね。

 我が家で大きいイチゴを買うのは一階のスーパーで年に数回買うくらいです。普段は398円程度の右側のような物です。

                大きいとは

 話は変わりますが、中国でもイチゴが大きくなって来ているそうです。上海では大きいイチゴが出回り始め、それについて警告が出されているそうです。
 大きいイチゴには成長促進ホルモン剤が適切に使われていない物があるということだそうです。驚きました。こういうことがあるとは想像外のことです。
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関宿のゴマ

 食いしん坊ですが、年齢の所為で量は多く食べられなくなりました。反対に食材に気を付ける方が強くなって来ております。
 体の衰えに伴い、自己防衛の本能が強くなって来ているのかも知れません。
 前にも掲載しましたが、唐辛子の国産品もそうです。また他の物も出来るだけ素性の分かる物を使いたいと思っております。
 
 先日生徒から関宿に住むお母様の育てたというゴマを頂きました。非常に細かくこれを見た途端、アレ?普通のゴマと違う。その時までのゴマ、あれはなんだったんだろう。よーく眺めました。
 今度買う時にはよーく眺め、表示もよーく見なければと思っております。

               関宿のゴマ

          色も綺麗です。丹精込めたでしょうに有難いことです。
 
 子供のころ夏が過ぎ、暑さが徐々に静まって来るころ、農家の軒下に刈り取って来たゴマが立掛けてありました。乾いたゴマがこぼれないように上向きに干されております。それらのゴマは何処の農家も自家用として植えていたのでしょう。花が薄紫で見た目に華やかな作物ではありません。地味な食材らしい作物です。   
 我が家は中国からの引き揚者で、食糧確保のために荒れ地を開墾したり、畑を借りたりした戦後の生活もありましたが、ゴマを作ったことはありません。

 今回初めて知ったこと=干したゴマを酒の空き瓶に入れておきますと虫が付かないそうです。良いことを教えて頂きました。
 
 関宿(野田市関宿)は千葉県最西北の町です。利根川水運の中継地として栄え、過っては高瀬船や通運丸が往来し賑った所です。
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強烈な一言

 先ごろ地球の方程式という番組で、ドクター月尾(東京大学名誉教授)という方が息の長いインスタントソバのことを解説しておりました。たまにこの番組を目にしますが、博識で驚かされます。森羅万象といいますか、とに角多方面、多岐に亘り分析、解説しております。
 その日の内容ですが、この長く続いているインスタントの何がそうさせているのかということは、麺がまっすぐで味が滲み易く、舌触りが良いのだそうです。昔はちじれていたのが改良されたとのことです。
 日清食品という会社の創立者は安藤百福さんという方で、以前日経の私の履歴書で読みましたが、大変な努力家、アイデアマン、企業家としての信念が立派でした。
 このソバもこの会社の製品です。食べた事はありませんので味は知りません。

              強烈な一言

 日清はインスタントラーメンなどを世界に送り出し、その種類は随分あるようです。

 インスタントラーメンに強ーい味方
 知り合いのお嬢さんに元気者がおります。かなり前、私以外の我が家の一団とファミレスに行きました。お嬢さんは予てから食に偏りがあると聞いてはおりましたが、何を勧めても首を縦に振りません。
 娘たちは夫と何がいいのか決まるのを待っていたようです。
 そしたら一言「一平ちゃんじゃなっきゃダメー
 家に戻った家族「ねーこれって凄いコマーシャルじゃない?パンチがあるねー」と感心しておりました。この言葉は今も我が家で生きております。
 TVでこの一平ちゃんが宣伝されております。見るたびに思い出します。
 一平ちゃんじゃなっきゃダメー

              強烈な一言

 凄く迫力がありますね。明星さんみて下さーいです。
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近隣センターふさの風

 「ふさの風」何だか爽やかな感じ、穏やかな感じ、知的な感じ。そんなことが頭をよぎりました。報道番組の「風をよむ」などとは違う空気です。
 我孫子市布佐に生まれ、布佐に住み、文化勲章を受けた気象学の泰斗「岡田武松博士」の旧邸宅跡に、昨年11月1日に開設された我孫子市で九番目の近隣センターです。

                近隣センターふさの風
                 (我孫子市HPから転載)

 昨年来明治大学校友会我孫子地域支部の常任幹事会で犬竹昭さんから「近隣センターが出来ます・出来ました・和室があります」などと伺っておりました。
 新年会をこのセンターで持ちましょうと先月末に集まりました。
 岡田博士に因んだのでしょう。センターの部屋には全て気象に関係する名前がついております。今回利用させて頂いたのは「8畳のはなごろもと6畳のかざはな」和室です。この和室の場所は写真の右側の部屋です。この部屋は岡田博士が地元の方の勉強になるように作った文庫のあった位置になるそうです。
 犬竹さんはこのセンターの設置に深く関わり、まちづくり協議会の委員にもなっているそうで、新年会の席上でセンターについての説明と岡田博士について紹介をして下さいました。(布佐に住む支部長の今泉健一さんも協議会の顧問をされているそうです)

                近隣センターふさの風

 『岡田武松博士を偲ぶ』 近隣センターふさの風竣工記念冊子を犬竹さんがお持ち下さり頂いて来ました。発行者はふさの風まちづくり協議会 編集者はふさの風まちづくり協議会岡田博士研究部会となっております。犬竹さんからお聞きしましたが、博士のことを知る人のいるうちに布佐が生んだ偉大な博士の姿を記録し、残さなければと編纂されたそうです。
 今秋から放映されるスペシャルドラマ「坂の上の雲」に当然登場するであろう日本海海戦の秋山真之参謀のことにも関係する博士の天気予報。犬竹さんがチョッとそのことに触れました。
 司馬遼太郎のこの小説は皆さんが読んでいるのでしょう。ほーという感じでした。
 私は読み始めて感動しました。小説でもなく、一人の人が纏め書いた記録でもなく、研究者が世に出したものでもない。博士の姿を直に知る人々の記している実像です。知る人のみ書けることです。
 
 布佐の方々の誇りでしょうが、我孫子人の誇りでもあります。

                近隣センターふさの風
             (犬竹さんは立って説明をしております)

 冊子には博士の業績、略年譜、写真なども掲載されております。身内の岡田りせ子さん提供の写真の中で1949年に文化勲章を受け、受賞者全員が並んだ一枚も掲載されており、博士の隣に三浦謹之助が並んでおります。
 博士と直接関係ない話ですが駿河台に在った三浦邸跡に明治大学学生相談室を一時置いたことがあります。終戦後米軍は都内の邸宅を米軍家族用に提供させ使用しておりました。三浦博士一家は邸宅の西側に平屋の洋風の家を建て、そこで生活をされていたようで、そこを私共が利用しておりました。
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湖畔の宿

 毎週月曜日午後10時からはBS日テレの「こころの歌」を見ますが、今日は珍しく娘たちが来ませんでしたので先にNHKBS2「蔵出し 高峰三枝子ショー1977」を見ました。(1977とは32年前?)
 高峰三枝子が若いのです。昔と違い太めになっておりますが美人ということでは変わっておりません。
     
                湖畔の宿

 高峰三枝子と言えば「湖畔の宿」。
 歌う女優としていろいろスタイルの変わった歌も歌っております。夫と聞きながらあれこれ昔に戻り話が弾みました。

                湖畔の宿

 夫「この歌の映画は~~だったよ」
 私「よーく知っているわね」
 夫「○○が松竹だったろ、だから見られたのさ」
 私「私の女学校では映画は禁止だったの。入学した時は腕時計も万年筆も禁止だったのよ。映画はキュリー夫人と歌う狸御殿しか見てないの」
 夫「狸御殿が何でいいのかなー」
 私「宝塚ものでミュージカルみたいなものでしょ、だから害がないということかもね」

                湖畔の宿

 高峰三枝子はいろいろな事柄や思い出にも触れながら歌を進めます。
 私「とにかく綺麗ね。白浜に「今ひとたびの」のロケに来た時の三枝子ってそれはそれは綺麗で、岩目館のお帳場に行って見たんだけれど」
 夫「あれって五所平之助だったな。この付けまつげ凄いなー」
 私「肌がきれいねー。JRのお風呂の広告、上原謙としていたでしょ」
 
 TVに目を向け聞きながら、新宿日活名画座のことや戦中の歌のこと。映画談義、歌談義といろいろと話題が出ました。年齢が近いということは共通の話が出来ますね。でもスポーツは駄目です。

 夫「ところで湖畔の宿っていうのがいたろ
 私「そうそう『書いてまた消す湖畔の便り』ね」
 書類を書くのに何時も何時も書き直しばかりする人を二人でそう呼んでいました。

 

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八大さんが住んだ家

 中国青島で中村八大さんの音楽の才能を最初に認めたのは、父親の第一小学校の中村和之校長だったのではと思います。
 私の知る子供の時の八大さんはひ弱な男の子ですが、とにかくピアノが上手で遠くから眺める、そんな存在でした。
 学校のそばの校長官舎に住んでおりましたので、その前はよく通りました。

                 八大さんの住んだ家

             官舎は学校の奥に見えます。立派な家です。
 
 八大さんは小学校4年生の頃、東京音楽学校(今の芸大)に音楽留学をしましたが、6年生?頃青島に帰り、官舎を出ていた中村先生の住む家に住むことになりました。そこは第二小学校に通う地域です。
 第一小学校の人数が増え第三小学校が出来ました。八大さんは第二小学校に行くことになりましたが、青島の小学校の同級生全体が彼を知るのはそのような経過があったことです。また青島中学で皆さんと再会。彼は音楽の時間には教師に代わりピアノの伴奏をされていたそうです。

 日本から帰って来て住んだ家を「青島満帆」さんが探し当て写真を送って来ました。八大さんが元気でいたならばきっと喜び、多くのことを思い浮かべたことでしょう。

 その場所は青島の高級住宅地の八大関。正陽関路21号です。1932年に別荘として売り出された物だそうです。まだまだ確りとした姿です。住む方は丁寧に説明をして下さったようです。

                 八大さんの住んだ家

                 八大さんの住んだ家

                 八大さんの住んだ家
               門の前に立つのは青島満帆さんです。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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