2009-04

« 123456789101112131415161718192021222324252627282930»
entry_header

和泉丘の七十五年

 明治大学の校舎は駿河台校舎・杉並区の和泉校舎・川崎市の生田校舎の三か所に分かれております。
 和泉校舎に予科が移転したのが1934年。思えばその時私は三歳の幼児です。
 1949年その和泉校舎に通うことになりました。丁度60年前になります。戦後日本の学制は敗戦の後、米国の学制に倣い変わりました。当時はその変った制度で開設された大学を新制大学と言い、それ以前の大学を旧制大学と言いました。
 1949年の入学生は新制大学での最初の学生となりました。
 予科校舎だった和泉校舎には新制大学の6学部の学生が入学しました。数は4000名位ではなかったかと思います。

 先日「和泉丘の七十五年」という記念誌を頂きました。1934年からの和泉校舎の歩み、資料、将来への期待。多くの内容が詰まっております。1959年に発足した学生相談室に関わったということで私も記事の協力者の一人として末席を汚しており、そのことで頂戴しました。

                 75年誌

 古い話は出来ませんが、1959年当時の和泉は校舎は3階建て、校庭は狭く体育実技の授業はクラス全員が輪になってボールを投げ合うような程度の物でした。
 授業は殆ど毎日6時間。1時間が50分。予科時代の名残か大学という感じではありませんでした。
 私のクラスは月曜日は6時間全部が語学。実力の無い私は息切れがするような一日でした。
 女子学生は1%に満たなく、先生方から随分優しくして頂きました。
 とに角発足した新制大学の初年度と言うことで、先生方の張り切りようは物凄く、忘れられません。
 明大前の駅周辺には外食券食堂がありましたが、他にはあまり物を売る店舗はありませんでした。 校舎の東側に明雅堂という本屋とその隣に小さな食堂があり、甲州街道を挟み駅側の西角に靴の修理屋さんがあり、その店のご主人は大学の中で商売をしておりました。

 校舎の配置は校門を入るとすぐ右に元の武道館があり、そこは合同授業に使われました。そこでの講義は政治学を若き気鋭の藤原弘達先生が、体育理論はずーずー弁の出口林次郎先生が、また社会学の泉靖一先生などが印象に残っております。
 甲州街道は狭く、今のような歩道橋などなく、駅からの道は雨が降れば泥んこ道。
 学生服は配給の切符がなければ買えません。クラスに10枚ほど割り当てが来ます。お粗末なものです。
 食堂は二か所ありましたが、すぐに売り切れになってしまいます。
 話せばきりがありません。そのような時間を一緒に過ごした仲間の結束は固く、多くの方の消息が分かっております。
 すでに鬼籍に入られている方も多く、60年の時を経て和泉は遠くになって来ております。
        
                         (次回につづく)
entry_header

夫は大喜び

 住むマンションは1977年に分譲が始まり、築30年が経ちました。このマンションを選んだ最大の理由は地域給湯暖房システムということでした。仕事を持っていましたので、暖房のことで姑や子供に心配がないということです。
 そのシステムの更新工事が始まり、全戸に順次施工されます。我が家は昨日朝から工事の方が参りまして、台所(今時はキッチンと言うのでしょうが、私には台所)の取り壊しと片づけ、洗濯機などをベランダに移すなど、手際よく仕事が捗ります。
 
 責任者「キッチンの床の色が決まっていませんが」
 夫   「まー適当でいいんだけれど、これにするか」と決まりました。
 
 何しろ壊す音、剥がす音、工事の方々のやりとり、機材の持ち込み。こちらは何をすることも出来ませんが出掛けるわけには行きません。水が出ませんからトイレを二女の所に借りに行くだけです。
 自分の仕事場に行けばやることもあるのですが、そうもゆきません。
 やることはどうしてもPCに向かいます。
 
 作業をする方が時々こちらに声をかけます。私は左耳が聞こえませんので、すぐに反応しません。夫は年齢にしては聴力抜群ですので、すぐ反応し声を掛けた人に答えます。
 すると質問は直接夫に向けられます。私は夫に促されて傍に行きます。最後までその状態が続きました。
 給湯排水工事に伴い、台所も変えることにしました。私は背が低いので使い勝手の良い一番低い物にして貰えれば良いと。その他は余り立派な物をと強く望んでおりませんでした。そのせいか工事に関心が低かったのかも知れません。
 工事の進行を眺めていることもないので、PCの画像の整理などをしておりました。
 夫もPCに向かっていますが、耳が良いので何かあるとすぐ「何か?」と聞きます。

 工事の方 「今日の仕事は終わりましたがガスはどうしますか」
 夫     「閉めて行って構いませんよ。水は使えますね」
 工事の方 「キッチンとトイレとお風呂は使えます」

 その後こ責任者らしき人が夫の方に来ました。夫は何時もの通り洗濯物の取り込みを終え、畳んでおりました。手も休めることもなく「ご苦労さま」と言っております。
 綺麗に片づけて工事の方が帰りました。

                一部残してくれた台所

 夫は翌日のゴミ出しのためにすぐ分別した缶やビンなどを一階のゴミ出し置き場に何回も行きました。
 
 「さっきは洗濯物をたたんでいたろー。下に行ったらまた彼らがいるんだよ。参ったよ」
 「あの家はオカシイよなー。奥さんはずーとパソコンばかりしていて。何でも旦那が答えるしなー。あの奥さん相当変っているじゃないかねーと絶対言っているよ」ともう大喜び。
 夕方、前日から工事の始っていた長女が来ますと、もう嬉しそうに話しております。
 
 「済みませんねー。変った奥さんで」と一緒に笑っちゃいました。
 ガスが使えませんから、今朝の食事は納豆の他に電子レンジで茄子を蒸し、柚子味噌をかけ、味噌汁はインスタント。あとはセリのゴマ和えや常備菜にトマト。チョット普通を証明したく恥ずかしくも図々しくも朝食を写しました。

                 朝食09年4月29日

 夫は私の家事下手をよく承知しております。そこでこの機会に不要な物を片付けようと言っております。多分ここで「普通と思っている変わり者の私」と処分品のことでもめるのではないかと思います。
entry_header

旗袍あれこれ

 チャイナドレスは日本製の言葉で、中国では旗袍(ちーぱお)と呼ばれます。
 ご存知の通り旗袍は騎馬民族の満族の着るものから発祥しておりますが、清朝時代後期には漢民族にも普及し、辛亥革命以降は中国の服飾文化とも言えるほど女性に普及しました。
 歴史的な発展の経緯は謝黎さんの著書にも詳しく述べられております。

               謝黎さん著書

 中国での文化革命が始まりますと旗袍は否定され、着ることも持つこともままならぬ時代が過ぎました。
 旗袍は少しずつ復活し始めて来ましたが、まだまだその良さを多くの人が知るようなことにはなっておりません。特に日本では未だしの感があります。これは仕方がないことと思っておりますが、出来ればシックな誰をもが納得するような良い旗袍を着てほしいと願い、講座を続けております。

 今朝の読売新聞(国際面)は上海で旗袍愛好会が既に2年前に発足し、今月18日には上海万博のPRも兼ねて台湾訪問を果たし、来年は日本にも見えると報じております。

              旗袍愛好会メンバー

 メンバーは240名ほどになっているそうですが、来日されたら何があってもその姿を拝見したいものです。楽しみです。

entry_header

私には出来ない

 25日の中国語の授業。王老師は歯が痛みご子息の代講となりました。小王は優秀な若者です。大変優しい心の持ち主で、両親を大切にし何かと心配をしております。
 私は今回の老師の歯痛は先だって来の中国からの来客の所為ではないかと推測しております。
 
 老師ご夫妻は北京師範大学の同級生。老師は先月北京に行かれた際の帰り、同じく北京師範大学の同級生夫妻二組(4人)を伴って戻って来られました。
 
 来日以来、4人は老師のお宅を宿にし、箱根や伊豆方面、また新幹線を使い京都などへも出かけ、都内ははとバスの中国語でのツアーにも参加。日本の今を実際に見て理解も深めたそうですが、特にマナーの良さには感心したそうです。
 老師は京都までは一緒には行かれなかったそうですが、いろいろな形で随分負担をされたことと思います。
 4人がそれぞれ中国から持って来たお金は自分の年収の半分。大変なことですね。
 
 老師の奥さまは、楽しい会話も出来たそうですし、二人の女性に北京の家庭料理を作って貰い喜ばれたそうですが、体調に問題を抱えておりますので、恐らく身心へのストレスが大きかったことと思います。

 先月の26日頃?来日した4人はこの4月14日に北京に戻って行かれたそうです。
 老師ご夫妻は来客のための準備もされ、また後かたずけもありお疲れになった筈です。

 老師は北京から戻られると必ず変わったお茶を教室にお持ちになり、ご自分で淹れて下さいます。お茶を淹れながらそのお茶の特徴やそれに纏わることなども話されます。 教師としての姿勢を常に忘れず気を使われますから、お客さまには尚更のことだったことでしょう。

               中国茶

 歯は根をつめたり、忙しさが続いた時などに始まりますね。私もよくあります。老師は間違いなくお疲れになっていられると思います。様子は話されますが、愚痴をこぼしません。
 お客さまの感想は全てに良かったということですが、物価の高いことには驚かれたそうです。
 
 中国事情に詳しい方に聞きましたら、招待するということはこうするのだそうです。
 私にはとても出来ないことです。


             今日のおまけ(記事に関係のある)

                   都内案内

 浅草の観光会館では時間ごとに神輿を担いで出てくるカラクリ時計が見られます。雷門の向い側の東南角になります。そこに行きますと東京案内の中国語や英語の冊子があります。
 この冊子は以前老師を浅草にお連れした時の古い物ですが、新しい物が有る筈です。
 
entry_header

ラッコが釧路川に

 2009年2月11日に釧路の釧路川河口でラッコが人の目に留まり、その人気ぶりがTVでも報道されております。
 4月24日には特別住民票授与、PR大使に任命されたそうです。
 
 ラッコの姿は可愛く、鴨川シーワールドに行く楽しみの一つです。シャチのショーも迫力がありますが、あの愛くるしいラッコは大好きで、私が持つ唯一のぬいぐるみです。抱きますと本物はこういう感じかしらと思ったりします。

 ラッコは古くは交易品として使われた経緯もあるようですが、乱獲の時代もあり、今や北方の一部でしか見ることが出来ないそうですね。

 薄い体毛は柔らかく、寒さに弱いそうです。生態は調べてみますと分かりますが哺乳類の一種だそうです。

                ラッコ

 母方の祖父は太平洋のあちこちで仕事をしておりました。そういうことからでしょうか、母が子どものころ冬になりますと夜は「ラッコの毛皮」を敷き寝たそうです。ラッコの毛皮は「夜尿症」を治すということで、使われていたと母が時々思い出したように話しておりました。母はそうでなくとも誰がおもらしをしたかは聞きませんでした。
 でラッコの毛皮はどこかで買うことが出来るのかしらと思っておりましたが、今回のラッコのクーちゃん騒ぎでラッコのことを調べて見ましたら、まず買うことは出来ないと分かりました。
entry_header

千葉の醤油

 先日新聞に掲載された「ちばがいちばん」で醤油の生産高は千葉県が全国の3割を占めているということです。
 千葉県の醤油はヤマサとキッコーマンが代表的な銘柄です。醤油メーカは君津にも以前カギサという醤油がありましたし、他にもキノエネとかヒゲタなどと言うメーカーもあります。
 
              千葉の醤油

              千葉の醤油

 醤油の味は微妙に違いますが、極端に変っている物は地方色濃い物ではないでしょうか。
 随分昔。30年ほど前に減塩醤油なる物が目に付きました。其の頃血圧が上がり、塩分とカロリーの減少に一所懸命に挑戦しており、減塩醤油の魅力に惹かれ、大分長く使っておりました。
 食生活にいろいろな問題が出てきてそのことが報道されるようになり、自分の使う食材もどうあるべきかと考えるようになりました。
 醤油の値段と品質の関係はどうなっているのかと、比べて見ました。
 メーカーが同じでも価格が下がるほど添加物が多いことが分かり、また減塩醤油は塩分が少なくて旨味を保つためかいろいろな物が入っておりました。
 
 私は母が使っていたヤマサが主ですが、最近はキッコウマンのも使っております。特に煮魚に使う醤油はヤマサが合うように思っております。
 ある時日経に某醤油会社の営業不振が掲載されておりました。数日後スーパーでそのメーカーの特選の醤油が破格の値段で店頭に並んでおりました。これは見逃し出来ません。よく見ますと製品が良いのです。以来そのメーカーの品物から目が離せません。
 決算期にまた放出するかもと思いもしますが、会社の経営が苦しいのだろうと案じてもしまいます。
心境は複雑です。

  
       今日のおまけ(記事に関係があるような)

 一昨日オパール・ネットワーク我孫子支部の方に急ぎ確認しなければならないことがあり、携帯でメールをおくりましました。すぐに返事がありました。
 阿蘇の小国町に滞在しているということです。小国町の杖立温泉には3500匹の鯉のぼりが立てられ賑わっているそうで、鯉の泳ぐ姿を送って下さいました。

               杖立温泉鯉のぼり

 彼女の滞在先は長姉宅の阿蘇小国町の醤油メーカーです。そこは創業90年を経て現在は4代目の方が指揮をとり、醸造販売をしている七福醤油店。たまに彼女が招待して下さる食事は勿論七福の醤油を使います。  味噌も美味しく、彼女の作る冷や汁は実に美味しい物です。料理も上手ですが、写メールの腕もなかなかなになりました。
 
entry_header

鈴木石花句集

 鈴木石花さん(民子さん)との交流は1950年に始まります。明治大学女子寮で過ごした日々を思い出します。
 先日石花さんから句集を頂きました。

                 石花さん句集

 神蔵 器氏の「序文にかえて」という言葉をたどりますと、石花さんの人となり、また心の内を確りと読み取ることができます。
 石花さんは桐生に居を構えておりますが、俳句の道にすすむと決めた時、ご主人の「習うなら一流の先生につきなさい」という言葉に励まされ、長年毎月上京しておりました。
 家業の役員としても早くから車を運転し、営業も経理も引受られていたそうです。
 私と違い実に幅広い生き方をされて来ました。
 新しい句集には平成4年の誕生日から平成19年の誕生日までの15年間に作られた380句が収められております。

 句集を頂き早速お礼の言葉を送りましたら「春浅きロシア料理の店に待つ」の句を添えて返事を頂きました。この句は平成9年の作。80ページに掲載されております。
 石花さんは私のチャイナドレスを大変気に入って下さっております。芦野宏先生の指導でシャンソンを習っておりますが、その発表会にもレースのチャイナドレスを着て下さいました。

 句を添えての返事にそう言えば最初の仮縫いは平成9年だったのだと気が付きました。体格の良い石花さんはステーキともう一品召し上がり、さすがと感心したことを思い出しました。
 全てにスケール大きく生きている石花さん。ますますのご発展を願っております。


     今日のおまけ(記事に関係があるような)

 ロシア料理の店「ストロバヤ」は浅草寺の西方向に位置し、ドジョウの飯田屋の南にあります。
 オーナーシェフは私の従弟に当たります。石花さんとそこで落ち合い仮縫いをしたのでした。

               ストロバヤ店内

 店内は落ち着いており、私は肉より魚の方が好きですが、この店の定番のボルシチやキャベツロールなども多くの方に人気を頂いているようです。
entry_header

新しいこと大好き・鶏油

 富山の瀬戸さんのブログで鶏油のことをしり、以来病みつきのようになっています。先日も冷凍をして置いた材料を解凍。作りました。弱火でゆっくりと作りますので、その間は電話にも出ません(何言っているんだ。いつも俺が出てやってるじゃないか)という夫の言葉が聞こえそうな気分です。

 材料を刻み、長葱と生姜を用意します。フライパンに入れて点火します。あくまで弱火に。

               鶏油

               鶏油

               鶏油

               鶏油

               鶏油

               鶏油

               鶏油

 画像の上から順に
 弱火にして少し時間が経ちますと、じわじわと油が出て来ます。だんだん油の量が増えて来ます。香り付けの葱と生姜を途中で取り除きました。
 油が一層出て来たら、材料を焦がさないように見つめています。油が出きったような物を順に皿に取り出します。
 材料を全部取り出して、火を止めます。温かい内に油を濾して容器に入れます。
 すっかり冷めたら小分けして冷蔵庫に保管します。
 取り出した材料と生姜を甘辛煮にしますと美味しい酒肴となりました。
 この鶏油を使いゴボウやハスなどを炒めますと実に美味しい味となります。

          
          今日のおまけ(記事に関係がありそうな、なさそうな)

                クコの芽のゴマ和え

 先日頂いた春の香り。クコは赤い実は知られていますが新芽を食べる機会はほとんどありません。
 子供のころ(また食糧難の時代という言葉が出ますが)春から梅雨時までよく摘みに行きました。
 おひたしやご飯に炊き込んだりもしますが、今回はよく擂ったゴマで和え物とし独り占め。
entry_header

千葉県のイチゴ

 イチゴは傷みやすい果物ですね。値段も時期によってかなり違います。
 12月の中旬になりますとクリスマス用にか、急に値段が高くなります。春には店頭にたくさんのイチゴが並び、勿論値段も安くなってきます。
 私の住むマンションの一階の食品館では2パックで300円などと言う日もあります。残念なことに高齢になりますと安くても手が出ません。食べ切れないのです。
 孫にと買って置いても来る日もあれば来ない日もあり、また来ても出すことを忘れたりで、無駄になることもよくあります。
 イチゴの品質もいろいろとありますね。小型のものから大型のものまで。私は普通の大きさのを買います。銘柄も沢山出ていますね。

 先日わくわく広場で目にしたのは初めて見た名前です。1パック買って来ました。

               イチゴ

 紅ほっぺとあり可愛い名前です。
 イチゴ最盛期は初春の頃でしょうか。日帰りの花摘みとセットになった、イチゴ摘みのバスコースなどが盛んに広告に入って来ます。
 館山のイチゴ摘みは何処でするのかしらなどと広告を眺めます。勿論分かりません。
 生徒のベテランガイドの方に何時か伺ってみましょ。

 先日朝日新聞に千葉県のイチゴ収穫量が掲載されておりました。これを読みますと旬は初夏のようです。旬とは言え初夏では摘むのに暑くなって観光には向かない時期かも知れませんね。

               イチゴ
 
 2006年の千葉県のイチゴ生産高で館山市は8番目。256トンとなっております。
 子供のころ館山に住んでいました。中国に行く前です。母が畑を借りていてイチゴを植えていました。幼稚園から帰ると、まずイチゴを見に行きます。わずかの粒ですが、自分で摘むことができました。母の愛情に触れる思い出として残っております。


   今日のおまけ(記事に関係があるような)

 一昨日、南房総市の和田に住む女学校時代の友人から新鮮なソラマメが届きました。
 昔は輸送手段が限られていたせいでしょう。築地では千葉県南部のソラマメは房州物として、高級品として扱われ、初夏の味として珍重されておりました。ソラマメの皮が厚く、筋のところが黒くなっている物は食べる気がしません。早速茹でて頂きました。

              房州物のソラマメ

entry_header

校友会支部総会

 昨日の午後2時から明治大学校友会我孫子地域支部の総会が開催されました。
 我孫子市には卒業生が約1000人と聞きますが、支部会員に参加している方は100名余り。
 昨日の出席者は34名。申し込まれていた方全員が出席されたのは嬉しいことです。会員は後期高齢者を筆頭に、リタイアした方が殆どですので、当日に病気や怪我などで突然欠席になる方もあってもおかしくないのです。
 会場は我孫子駅そばのけやきプラザの多目的ホール。手賀沼が目の前に広がってロケーションは申し分ありません。
 議事は無事に進み、議案はすべて承認されました。
 
              支部総会

千葉県西部支部支部長をはじめ西部支部に所属する各地域支部のお客様を迎え、懇親会はこれまた賑やかに進行しました。
 校友会本部からの差し入れもありました。

             支部総会

 あちこちでの歓談に座は和みました。会員の篠田守さん(1960年商学部卒)がメンバーに入り活動をしている地元のハワイアンバンドの出演は気分をゆったりさせて呉れました。

             支部総会

 バンド演奏の曲は定番の曲から、初めて耳にする曲もありましたが、懐かしさを覚えました。
 時間はゆっくりとってありましたので、懇親の実も上がったことと思います。
 懇親会の最後は恒例の校歌合唱です。橋本武雄さん(1961年政経学部卒)のリードに合わせ、全員で肩を組み最高の盛り上がりとなりました。

             支部総会

 今回も前回に続き我孫子は地元で手作り総会をという精神を大切に、運営されました。食べ物の準備は毎度ながら杉山和子さん(1960年文学部卒)を中心に準備されました。今年は東京プリンスHでフランス料理部門の総料理長をされた佐藤秀一さん(1968年農学部卒)も協力して下さいました。
 また若手の幹事さんはさりげなく裏方の始末に徹して下さっていました。有難いことです。

 会が終わる頃には天気も午前と変わり手賀沼の景色もはっきりとしておりました。

              手賀沼

 役員の顔ぶれも少し変りましたが、10月4日に開催される柏地域支部との合同で開催されるマンドリン俱楽部の演奏会を成功させることに力を合わせて参ります。



  今日のおまけ(記事に関係があるような)

 支部長の今泉健一さんのほっぺ?気が付きましたか。先だって転倒して目の上、瞼の所を五針もの縫合されていたのです。オリンピック出場二回という方ですよ。お聞きしましたら60代から70代あたりになると転びやすいのだそうです。医師の説明によりますと更に高齢になるとむしろ転倒するのは少なくなるそうです。この転びやすい年齢とは体力に自信があり、前と変わらない動きをするからで、実際はそれなりの老化が起きているという自覚がないことだそうです。
 お若い高齢者の方、気をつけて下さいね。私はもうすぐ78歳、転倒しにくい?自信はありません。
   
entry_header

綻び始めたよう?

 昨日は掛かり付けの医院に出掛けました。珍しく空いております。
 先月の旅行の前に検査を受けけていましたので、結果を聞くこともできました。
 検査結果は多分そう問題はないのではと思っておりましたが、今回は健康管理の指導を確りと受けました。
 最近心配だった症状は何とか収まり消えておりましたで良かったことでした。しかし今回は悪玉コレステロールの数値が高くなっているということです。
 このことは脂質異常症ということだそうです。今までは全く気にしてもおりませんでした。
 クラスの飲み会に健康診断の検査表を持って来て「俺のは~~だとか、なんだよ俺のは~~でもっと高いぞー」なんていう言葉とは縁がなく「病気の自慢ごっこ」と笑い話にしておりました。
 この状態になる要素はかくかくですと説明があり、私のカルテを見て下さり、体重の増加が始まった時点から少しずつ数値が高くなっていることが分かりました。
 
                脂質異常とは

 この表を見ますと私の取るこれからの食事が大切なことだと分かりました。
 先生はでは食事はどういうことにすると体重を落とすことが出来るかという説明をして下さいました。
 具体的に画を見せて下さりながら、指導をして下さいました。
 
                食事の指導

 話に聞いておりましたが、糖尿患者のような食事をしているとダイエットが出来るということで、まさにこの先生が手に持たれている本がそうではありませんか。
 説明の中でショックだったのは魚好きの私が魚は大丈夫と思っていたことです。魚も食べすぎるとカロリーが多くなり、良くないことになるということでした。
 昔女学校のお割烹という授業で、調理した内容を有本邦太郎先生の食品成分表で計算し、提出しておりました。今日の食品の成分は昔と違ってきているそうで、新しいのを買いたいなーと思うこともありましたが、まーまーこれくらいでと過ごしておりました。
 先生の目の前の本をよーく見せて頂きますと、実に分かりやすく使い易そうです。
 分けて頂けますかとお願いし求めました。
 とに角まだまだ健康を維持して行きたいと思いますので、昨日の指導を常に頭に置き過ごして行くつもりです。

 
        今日のおまけ (記事に関係ないような、あるような話)

                ブリの切り身

        前日の色の変わったブリの切り身10切で198円でした。
entry_header

百家姓

 中国人の名字は一字の方が多いですね。中国語の老師は王という名字です。王は中国の名字では一番多いそうです。
 二字や三字の方は珍しく、歌手の欧陽菲菲とか諸葛孔明などはよく聞きますが、他に「じゃーそれ以外には?」と聞かれますと困ってしまいます。
 父は支那カブレでしたので、中国のことを折りに触れ私たちに聞かせておりました。曰く家の名字は百家姓の一つだとか、中国語は四声が難しいとか。まーいろいろと話しておりました。
 先日妹がお土産に頂いたと言う百家姓が書かれた子供向けの一冊を持って来ました。確かに父の言葉とおり我が家の姓はありました
 これは何冊かのうちの一冊ですが、見ますと他のも欲しくなりました。中国に行きましたら、ぜひ購入したいと思っております。
 中国語は習ってはおりますが、とにかく忘れるほうが多く、なかなか難物です。外国語は特に早いうちにしっかりと覚えなければなりませんね。
 
 外国語ではありませんが、四月から小学校に入学した孫は百人一首に興味が出て来ました。二か月ほど前には坊主めくりが専門でしたが、それを卒業し今は毎日やって来て、夫に読んでもらい頑張っております。だいぶ覚えて来たせいか、毎晩のように私たちも参加をしております。私は耳も眼も悪く、それに田舎育ちのせいか子供のころは経験がなく、枚数が取れずいささか舐められております。

 百家姓のカードを掲載します。ページに故事や名字に絡む話も書かれております。

               百家姓

               百家姓

               百家姓

 以前台湾に行きました時に見つけたのは、やはり子供向けの故事や成語のカード式の物で、買って来ました。ですが買っては来ても毎度のことながら、これもまたどこかに入れてしまったままになっており、近いうちに探そうと思っております。遅くてもまー眺めるのもいいかなーという気分です。
entry_header

中国の花見

 中国の花見と言いましても山東省の青島のことです。子供のころ、青島の小学校では新学年になりますと間もなく「お花見遠足」と称し第一公園(現中山公園)へと花見に行きます。
 リュックの中身にお弁当以外にお菓子も入れて行きます。お菓子のチョコレートはうっかりすると溶け始めて柔らかくなってしまいます。
 果物は何を持って行ったのかは覚えておりません。
 その頃、公園の中で弁当を広げ、遊び回っているのは日本人の子供ばかりに見えました。広くゆったりとした公園の中では洋花が咲き、子供ながら西洋の公園のように感じたものです。

 今年もあの中山公園で見事に桜が咲き、先日は青島満帆さんは公園に生徒と花見に出かけたそうです。
 私にも写真を送って下さいました。見ますと、日本の花見のように飲み食いが目的のような花見ではなさそうです。行儀よく見えます。
 ゴミも見当たりません。青島在住の日本人も花見をしていることでしょうね。

               サクラ
               サクラ
               サクラ

 真ん中の池は昔とすっかり変っております。周りも整備され、遊歩道を歩く人もゆったりに見えます。
 私は生物班に入っておりましたので、この池は公園に行きますと必ず覗きこみました。浅い池の底に見える菱の棘々の枝が不思議な姿で異次元の世界のような感じでした。
 青島は環境の良さでは中国でも有数の都市だと思います。
entry_header

パーティー券

 今朝のTVで政治家の資金集めのパーティーが取り上げられておりました。いろいろな角度から分析がされていました。歴代総理を取材した記者の説明、政治家の発言、まーいろいろ言いますね。
 資金集めのパーティーは例年5月頃が盛んだそうですが、今年は殊の外早く、既にパーティーが開かれているそうで、会場に取材に入った記者の姿もカメラが追いかけておりました。
 
 会費は平均では2万円だそうですが、取材を受けた方の一人が年金を節約して出席したと言われるではありませんか。 ええ?年金を節約して?と驚きましたが、調べてみますと、希望があれば誰でも出席できそうで、中には面白半分で出る方もなきにしもあらずという感じもします。
 違法ではないそうですが、政治家はお金がなければやって行けないという事情があるということです。ある資金集めのパーティーでの席上、笹川大臣の言葉には「そんなこと言ってもいいのー」という感じを持ちました。
 パーティー券は時には寄付の控除もできたり、場合によっては交際費にすること出来るそうです。随分おかしな性質のお金ですね。会場を決め、案内を送り、食べ物を並べ、主催する団体が応援する議員が出席、挨拶するとお金が集まるということですね。
 取材の中でパーティーの中身が分かりました。最近は食べるものもまーあるようですが、以前はポテトチップ1枚が2万円でー、などという言葉もありました。
 出席することに意味があるようですね。私に招待状が来ましたらどうしましょ。まー来たら考えましょ。来るはずないでしょーね。

               パーティー券

 話は変わり、昔昔になりましょうか、1950年代から60年代の頃。日本の復興も進み、学生生活も活気に溢れてきました。今日と違うことは学生のレジャーはごく限られており、マージャンや映画を見る、大学野球の応援に行くなどと言ったことでした。それ以外で目立ったのがダンスパーティーです。
 何処の大学でもダンスパーティーが盛んに開催され、合コンなどという言葉はまだ聞かれませんでした。
 ところがこのダンスパーティーの集客と言いますか参加者を集めるのにパーティー券通称パー券というのが問題になりました。主催する学生の中でやや問題学生が主催するものがあり、このパー券を押し売りします。
 大学の学生部はこのパー券問題に頭を悩ませており、しばしば議題になりました。学内での販売禁止の掲示を出したりもしました。

 時代が変わるに連れ、いつの間にかパー券問題は消えて行きました。
 若くても悪いことを考える知恵者はいるものですね。政治資金集めのパーティーの話を聞きますと、なんだかすっきりとは聞くことが出来ません。お金集めだからでしょうね。
entry_header

知恵比べ

 夫が電子辞書を買うと言います。アイロンが壊れたので序でに買おうと思い家電量販店に一緒に行きました。
 店内は高齢者にはまごまごするほど広く、そこには珍しい物が溢れております。買い換えて間もないのにPCの傍に行き眺めたり、家庭用の調理器具や新しい洗濯機など、とにかく面白く眺め回りました。「へー!へー!」とつい声が出てしまいます。
 万引き防止のゲートが要所に設置されております。風景も初めてではありませんし、知ってはいてもついつい眺めればへー!が出てしまいます。こういうことはどう表現するのでしょうかね。「かまととばーさん」何でもいいけれども、とに角見たはず、知っているはずのことや物に触れると「へー!」がつい口から出ます。
 ところがこの店で正真正銘初めて気が付き見たものがあります。電化製品ではありません。それに中国語が見えます。それこそ私の興味の対象に値します。
 内容が不思議で店員さんに訳をお聞きしました。

               家電店の掲示版

 この家電量販店では買い上げ製品にポイントが付きます。そこでお客は同一製品を沢山買い、貯まったポイントでさらに品物を買い、転売することで利益を上げることができるそうです。それをされると困るようなことになるのだそうです。
 ですから一人に一台のお買い上げをと警告しているのだそうです。
 ここは秋葉原ではないんですよ。東京圏ではありますが、大量買いの外国人が来るのでしょうかね。もう不思議で、不思議でなりません。でもあるんでしょうね。こんな警告が貼られているということは。
 「利益を上げる工夫をする店:知恵を絞るお客」知恵比べですね。上に政策されば下に対策ありを思いだしました。
entry_header

春いろいろ

 花が散り瞬く間に気温が上がって来ました。このところ全国の天気は概ね晴れ。
 柏市の農業公園に咲く桜やチューリップを見に来る方が沢山ということで、臨時のバスが柏からこのマンションの前の道を通過して行きます。高齢者が殆に見えます。
 昔姑が敬老会で近場の旅行(遠足?)に出かけるとき、多くの高齢者がリュックを背にしておりました。両手に物を持たないというのは大事なことですね。今は私もほとんどショルダーバックにしておりますが、出来ればリュックにしたい気分です。
 
 あちこちの花だよりも聞かれますが、食いしん坊の私には季節の味も気になります。
 
 富山の瀬戸さんに依頼していたホタルイカの筏干しと白エビが届きました。どちらも春の味です。

              ホタルイカ

 白エビは「富山湾の宝石」と言われ県の魚に指定されているそうです。冷凍で届き、丁寧に扱い方と調理方法が記載されておりました。折角の貴重なものですので、夫婦二人でない日に食べる心算でおります。
 先にサクラマスと一緒に送られてきたのが、茹で上げたままのをすぐ送って下さったズワイカニ。食べ甲斐がありました。

             ズワイカニ

 いろいろな春の味が届き、一所懸命に食べようとしますが、なかなか全部を食べきるに骨がおれます。時々妹を急ぎ呼び、食卓を囲みます。どうしよう太ってしまうねーと言いながらも平らげるのが毎度のことです。

 このセリは近所で買いましたが、たっぷりの水に浸し一晩新聞紙を被せて置きましたら、摘みたてのように生き返って来ました。

             セリ(芹)

 戦中、戦後もそうでしたが食糧難の頃、早春の乾いた田圃で確りと地を掴んでいる田セリを摘みに行きました。ほろ苦い田セリはゴマ和えにしたり、お浸しにしたりしました。籠一杯摘んでも茹でると少なくなって仕舞います。引き揚げて来て家族が増えた食卓に載せるには相当頑張って摘んだものです。思い出が詰まった春の味です。


entry_header

春いろいろ

 春は明るい風を感じる良い季節ですね。
 ここ我孫子で桜がほころび始めたのが3月の末。予想より遅いような感じがしましたが、東京の上野では花見に行く人も多かったようです。
 高いマンション3棟に囲まれた中央公園の桜が4月6日にほぼ満開となりました。

              4月6日の桜

 次の日の昼。廊下に出て行きますと花見の方が見えます。何組かあちこちに陣取っております。どうも多くは女性ばかりのようです。休日でない日の昼間。みなさんゆっくりと楽しんでいることでしょう。
 
              4月7日の桜

 昨日はもうほとんど散ってしまっていて、子供たちが大勢遊んでおりましたが、花見の人は見られませんでした。

 春は卒業、入学と晴れの日が次々とやって来ます。
 4月9日には長女の娘は高校に、二女の娘は小学校にそれぞれ入学
 天気も良く中央公園の桜の下で記念写真を撮ることが出来ました。

 私のPCの先生だった明治の後輩の方も卒業し、今は会社の研修で頑張っていると連絡がありました。
 送って下さった記念の写真をみましたら、手に持っているのが学位記となっており、しげしげと眺めました。
 昔は筒にいれた和紙の大きな卒業証書でした。随分前にブック式に変ったことは知っておりましたが、はっきりと眺めたのは初めてです。
 私の頃は当然身分などは書かれておりませんでしたが、夫の父親の卒業証書には本籍の県名、身分(平民とか士族とか)などが書かれております。

              学位記

 春は良いですね。春は明るさと華やぎがあります。何かが実現しそうです。体も元気になりそうです。
             

 
entry_header

春いろいろ

 少し気温が上がって来ますと、やや刺激のある味が欲しくなって来ます。苦味は最高の味覚などとも言われ春の味です。が家族の口に合う料理を作るのも主婦の腕でしょうに、普段からセミ主婦を名乗っている私に出来ることは、自分が食べたい味を並べ季節を味わうという勝手なものです。
 
 先日分葱(わけぎ)を頂きました。確りと育ったという感じです。
 
 子供の頃の風景の一つに分葱の植わった庭先を思い出します。父方の祖父の家でも母方の祖父の家でも庭先に狭い畑がありました。今日でいえばガーデニング・または家庭菜園でしょうか。
庭先のその場所には季節の野菜と一緒に、仏前に上げるための花が植えられております。その畑ともいえないような畑の淵に植えられていたのが分葱です。
 葱がまずくなってくる頃、新鮮な分葱が出動します。一株抜いて来て使います。近所の農家でも田圃や畑も持っていても分葱は庭先に植えていることが多かったような記憶があります。
 久しぶりの分葱。暫く水に放して置きましたら、跳ねんばかり生き生きとしております。
 先日搾って置いた橙酢を使い酢味噌を作り、ヌタにしました。好き嫌いもありますので、混ぜ合わせず上にかけるだけにし、夕食に並べました。
 予想外なことに高校に入ったばかりの孫が喜んで食べて呉れました。
 そうなると繰り返すのが私の癖。昨夜も作りました。二度目の分葱は近所のショッピングセンターで買ったものです。先日のとはまるきり味が違い、がっかりしました。

              分葱

              分葱

 分葱のヌタの相手には春の美味しい貝類や新鮮な魚の酢〆が合いますね。季節がないようでもあるのです。いい分葱を見つけたら、またしつこく作りまーす。繰り返すのが上達に繋がると信じているのが私。
entry_header

携帯からPCに

 先日中国語の老師が北京に行かれていましたので、ご子息が代講にお見えになりました。
 私に「携帯で写せますか」と言いますので「出来ます」と返事をしました。最後に「父は教えても駄目なので次回に教えてやって下さい」と言うではありませんか。いやー困りました。カメラ機能がありますかということかと思ったのです。自分で使い処理したことがありません。いつもデジカメを持ち歩いており使う必要を感じておりませんでした。
 次週まで何とかマスターしなければと時々お世話になるTさんに教えて頂きました。携帯からの画像を私のPCにも送ることができることも分かり、よしよしと安心しました。
 が、少し心配です。そこでチャイナドレスの生徒に頼み、まず私の携帯に画像を送って貰い、それをPCに転送してみました。上手く行きました。三枚の桜の写真を送って下さいました。

                サクラ

                サクラ

                サクラ

 心の中で軍艦マーチのメロディーが浮かんで来ました。

 守るも攻めるも黒鐡の      『写すも送るも携帯の』
   浮かべる城ぞ頼みなる     『メニュー知るこそ頼みなる』
 浮かべるその城日の本の   『動かす指先見つめつつ』
   皇国の四方を守るべし     『アドレス探してたどり着く』
 眞鐡の その船 日の本に  『写せし メールが パソコンに』
   仇なす国を 攻めよかし   『美しき姿 やって来る』

 今日は新宿センタービル33階に行きましたので、自分で写し送って見ました。上手く行きましたよーです。
 携帯の写メールというのを初めてやってみました。これで老師に教えることが出来そうです。

                新宿センタービルから
 
 何だかウキウキです。一つでも新しいことを覚えると嬉しいものですね。

 
entry_header

山根研一さんの遺稿集

 3月末に山根智子さんから夫の故山根研一さんの遺稿集「出航」を頂きました。
 山根さんがお亡くなりになったのは2005年3月28日。
 2004年の12月山根さんから頂いた電話に私は驚き、言葉もありませんでした。「何だかお腹に立派なものがあるそうで、入院しています」ということです。すぐに病院駆けつけました。
 山根さんはベットの上で年賀状を書いており「大丈夫ですよ。死にやしませんよ」と元気そうに振舞われておりました。
 スポーツマンらしき逞しい方がお見えになりましたので、病室を辞し気になりながら戻って来ました。
 後日その男性と死後の相談をされていたことを知りました。
 山根さんはクリスチャンでした。教会での告別式は山根さんの意向にそい執り行われました。讃美歌も、送る音楽もご自分で決めていたということで、あの12月頃に覚悟を決めていられたことが分かりました。
 「詩集を、もう一冊、出したいと思っているんだが」という山根さんの最後の願いを智子夫人が遺稿集として編纂したものです。
 
              出航

 山根さんは明治大学政経学部を卒業されましたが、その生き方は実に多くの事柄に彩られております。
 詩人として活躍。オペラの台本も手掛け。料理教室にも通い。書家の岩佐ねなしかづら先生に師事し、最後の頃は命がけのように書に取り組んでおりました。
 宝石商としては長堀守弘現明治大学理事長の元で学び、私たちにたくさんの美しい物を見せて下さいました。
 明治のOB・OGの集まる昭和会の代表幹事をされ、多くの方のジョイント役をさりげなくされ、皆さんに親しみを持たれておりました。
 私とも随分長くお付き合いをして下さり、パーティーにもお越しくださいました。
 御徒町の事務所は私の娘の通う御徒町中学の前のビルでしたので、時々お邪魔をさせて頂きました。何時も歓迎して下さりお喋りに時間を割いてくださいました。
 男性用の中国服が好きで、岩佐先生の書を両側にした写真を私は思い出したように時々懐かしく眺めております。

              男性用の上着

 とても風格があり、堂々としております。もっと生きて長く着てほしかったと思っております。
entry_header

サクラマス到来

 富山の瀬戸さんとはブログが取り持つ縁で、自家製味噌をはじめ魚の干物など富山の味を送って頂いております。味噌は友人にも好評で彼女も取り寄せております。
 味噌を注文するときは見つくろいで魚の干物もお願いいたします。
 
 今回は特別にサクラマスが手に入ったということで送って頂きました。送って下さる前に写真で大きさを見せて下さいました。

               サクラマス

 このサクラマスという魚。幻の高級魚とも言われているそうで、なかなか口に出来ない魚の一つ。
私も食べたことはありません。マスは昔から食べておりましたが、その塩マスも最近は店頭で見ることがありません。塩サケも美味しい物は高いので自家製です。
 その珍しいサクラマスを送って下さると言うのです。嬉しいですね。
 届きました。色が鮮やかで見事なばかりです。

              サクラマス

 今回は他に茹でたてのズワイカニ。おまけには山セリの根の味噌漬けとフキ味噌。
 
              春の味

 お砂肝チャンの店で買う鶏油も瀬戸さんのレシピから出かけたことです。
 取り寄せと言いますと何か高くて贅沢な物を食べているのではと思われるかも知れませんが、決して高い買い物ではありません。このサクラマスを通販している有名な店のHPを見ますと、実に廉く送って下さっていることが分かり、感謝しております。
 安全で美味しい物を廉くという私にピッタリの取り寄せです。       
(瀬戸さんのブログはリンクしましたのでご覧ください)
entry_header

30周年を迎えた木谷ゼミ

 私が親しくご指導を頂いた故中野渡信行先生(明治大学政経学部教授)の愛弟子。木谷光宏先生のゼミでは08年度に30期生お迎えしたそうです。私にとっては孫のような学生の今を知らせて下さる冊子「木谷俱楽部」を頂きました。
                
                木谷俱楽部

                木谷ゼミ員

 先日お目にかかった時、木谷先生は60歳になられたと伺い、最初にお会いしたのは40年も前になっていたのかと感慨新たなるものを覚えました。
 
 この冊子の今回の特集とも言えるのは

 卒業論文集をふり返って   学生座談会
 卒業論文テーマと時代の変遷
 卒業論文 要約  
 
 
 を柱にし30年間のゼミの流れを中心に構成されているようです。編集委員はOB・OGの卒論を読まれ要約して掲載しております。その忍耐と努力に拍手を送ります。

 この冊子を拝見、学生の姿に触れますと将に教師冥利とはこういうことではと感じております。教師として若い方を育て、社会に有意な人材を送るということを使命としている姿に、親しい先生だけに一層尊敬の念が深まりました。
 この学生座談会の中で、先生は産業心理学は裾野の広い学問で人間・産業・社会の視点からフィルドワークを通して人間行動を研究する学問だとコメントをしております。
 
 28期生の就職先はみな堅実な会社です。ほやほやの社会人となった皆さんは今頃は研修を受けていられることでしょう。私も遠くから健闘を願っております。
entry_header

低温火傷かしら?

 この数か月体調にやや問題を感じております。日常生活が困るというほどではありませんが、2月に予定していた抜歯も見合わせております。

 消化器の問題もあり、関連するTVにもついつい目が行きます。
 先週ためしてガッテンというTV番組で「過敏性腸症候群」について、様々なことが詳しく解説されておりました。なるほど、なるほどと見ておりましたら改善方法に腹を温めると良いというものがありました。
 これなら簡単にできるとその夜から早速小さな「ホカロン」を下着に貼り一晩過ごしました。
 熟睡も出来ましたので、これは良いみたいとばかり、毎晩貼っておりました。

                 低温火傷かしら?

 一昨日朝洗面所で何気なくかゆみを感じ、よく見てみましたら少し赤くなっております。火ぶくれほどにはなっておりませんが、どうも低温火傷ではないかと気が付きました。
 勿論その夜から止めました。これを続けていれば深刻になって行くのかも知れませんね。
 家族には調子の良かった一日目のことしか話しておりません。話せば笑われ、へーと呆れられるだけでしょうから。(貼ってみようとされる方、お気を付け下さい)

 
 
entry_header

弥生のサロン

 オパール・ネットワークは奇数月に会員が集まるサロンを開いております。
 この春3月は芝公園の側、東京タワーの真下の「うかい」での会食と散策でした。何時もながら女性優位のサロンですが、男性も常連の方々が見えております。
 ここのオーナーは手広く事業をされているようで、仙石原のガラスの森なども傘下のようです。
 よくぞこのような良い場所に凄い店を構えたものですね。庶民は感心してしまいました。
 我孫子組は8名で参加。
 
 門の前ではお客の案内と車の誘導らしい、フロックコートの改良版のような服装の男性が数人、コザック兵のような帽子を被り立っています。前夜ここに来たという仲間の一人が「ハンサムな男性がいる」というので、皆さんできょろきょろとしますと「昨日と違う違う」と慌てて打ち消しておりました。


               うかい

 門から入ると緑に囲まれた庭が見え、降りて行きますと綺麗な池があり、水面に東京タワーが映っております。

               うかい
 
 始に佐橋主宰の挨拶。この日の服装はピンク。ストッキングも薄ピンク。いつもながらお洒落ですね。

               うかい

               うかい

 お料理は品数も多く出ました。春らしい品々。豆腐が名物だと聞いておりましたが演出もなかなかです。
 参加者全員の自己紹介や感想。知っておくと役に立つような情報を発信して下さっている方もありました。そう遠くない前に配偶者を亡くされた方が何人もおりましたが、それぞれ苦労もされたと思いますのに、このように出てきてくださったのはうれしいことですね。

               増上寺境内
 
 我孫子組は会の後、事情通の先達で増上寺の境内を通り、貿易センターに向かいました。たどり着くのにも高齢者ですので時間がかかります。

                貿易センター展望台から

 貿易センタービルの展望台に昇るに全員シニア料金。展望台を回り眺めますと東京は広いなーと思うのです。外国の都市も何箇所か行きましたが、東京は一番でしょうね。
 遠くは霞むほどの都心のビル群、眼下に広がる旧浜離宮公園の緑、東京湾に浮かぶ船、暫くは飽きません。私は夕暮れまでは居られませんので帰宅しましたが、機会があれば外国の知人や上京した方をお連れしたい場所の一つになりそうです。









entry_header

チャイナドレスは素敵だ 57

 昨日からNHK文化センターは名称がNHKカルチャーと変わりました。文化センターが出来てから30年がたったそうです。
 私の講座は柏教室ですが、千葉県北西部というエリアですので、受講生の方はそう多くはおりません。それでも少ないなりに親しく励ましあい時間を過ごしております。
 3月でやめられる方は最後の仮縫いを済ませました。

                仮縫い

 先日自分が作られたチャイナドレスを全て写真に撮り、アルバムとして見せて下さいました。作品にも几帳面な性格がよく出ておりまして、感心しながら見せて頂きました。
 
 今回は仮縫いの方が何人もおりましたので、ベテランの方が仮縫いの練習をしました。
 チャイナドレスを作り、ニ胡の会で隣り合わせた台湾出身の女性に褒められ、とても嬉しくてと張り切っている方も仮縫いをしました。

               仮縫い

 この日は最後の仮縫いを済ませた方が皆さんにお礼ということで、ティシューペーパー入れをプレゼントして下さいました。講座に相応しいチャイナドレスの襟を付けてあります。丁寧な手仕事、皆さんで嬉しく頂きました。

              プレゼント

  長く受講されたのでこれからも作り続けて行かれると思います。
entry_header

旅の味

 よいしょ よいしょで五日間  もうバスに何十時間も乗りました。旅は行き先も興味がありますし、出掛ければ成果があり、気分も良いものです。
 旅に伴う味もまた楽しみでもあり、その地でならではの珍しい物に触れることが出来ます。
 今回の旅はどうだったのかを記録して置くことにしました。

                旅の味

 一日目のホテル近江屋の夕食。三陸の味覚が揃っています。特にその日の朝、港に水揚げされたという毛蟹は美味しいかったですね。身もしっかり。カニ味噌の味も新鮮。これが一杯とズワイ蟹が半身。私にはこれだけでお腹いっぱいです。このたくさんの味も少しずつ箸をつけるだけ。蟹以外に一番美味しかったのは最後に出てきた魚のあら汁でした。

                旅の味

                旅の味

 アップルランドの夕食 座敷は嫌ですね。和食でも老人には椅子が良いですね。足が痛くても投げ出して食べるわけには行きませんしね。膳の真ん中の焼き物風の前菜?冷めていますから美味しくありません。豚肉を使った味噌鍋は味噌の味もよく、肉も良い味でした。聞きましたら味噌は板前さんがブレンドした店独自の味だそうです。
 
                旅の味

 このランチはむつグランドホテルでのものです。ホタテの味噌鍋の味に深みがありますので、訊いてみました。味噌に鶏卵を混ぜてあるということです。全卵かどうかを聞けば良かったなーと思っております。そのうち試してみたいなーということです。

                旅の味

                旅の味

                旅の味

 花巻温泉の夕飯にはひっつみ鍋がでました。すいとんと同じような物ですが、夫は戦中戦後のトラウマですいとんは拒否反応が強いのですが、ここでは口当たりもよかったし、汁の味も良かったので食べておりました。
 私は最後の出てきた梅そうめんのお椀が一番美味しかったですね。とにかく量が多くて半分くらいが胃に収まりました。

               旅の味

              旅の味

 松島での昼食。随分昔この地で食べて牡蠣定食で牡蠣が三個だけでしたので、どんなものかと興味津々でまっておりました。お客が急に増えたのでしょうか、店員さんはてんてこ舞い。酒のつまみ風の皿が出てから後がなかなか出てきません。やっと鍋の火が付き箸を使い始めました。
 この牡蠣鍋は素朴で大変良かったです。
 このあと、私たちは忘れられたかと思うくらい時間が経ち、カキフライとアサリのウシオ汁が出て来ましたが紹介するにはどうも?という物でした。

 二日目の青森屋の夕食は物凄い数が並んでいましたが、余り魅力がなく、少しでお終いにしました。
 他にバスでの昼食が出ましたが、それぞれ工夫がされております。でもバスでの弁当よりチョッと停車して軽い物を頂きたいというのが本心です。

 ちなみにこれだけの料理と五日間の見学を合わせて費用は一人55000円。どこがどうなっているのでしょうかね。どうやって賄い、儲けを出しているのでしょうかね。

side menu

side_header

プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

MATERIAL

【背景、記事テーブル素材】
レースの壁紙
レースの壁紙 様

【素材の加工】
FC2blogの着せ替えブログ

Powered By FC2 blog