2009-05

« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031»
entry_header

きゅうりの佃煮

 だんだんキュウリが廉くなって来ました。昨年の秋にオパールの仲間から教えて頂いたキュウリの佃煮。
 全て材料は国産。夜中にこういう仕事をしますと気が休まります。
 
 キュウリ10本を薄切りにし、塩を手づかみ半分ほどを振り、よくかき混ぜ重しを載せて丸一日置きます。
 キュウリを搾り鍋に調味料(醤油・砂糖・酢・味醂)と一緒に入れます。その時に刻み生姜と唐辛子も加え、強火で煮ます。

               準備終了

 最後まで強火で炒りつけるように煮ます。焦げないように時々かき混ぜます。
 調味料がすっかり無くなりましたら、火を止めて刻み昆布と炒りゴマを振り込み仕上げます。

              出来上がり

 この佃煮は歯ごたえもよく、福神漬のようにカレーの時にはよく食べます。また冷蔵庫で長く保存出来ます。
entry_header

補正予算?

 今月は霞ヶ関ビルに4回行きました。地下鉄霞ヶ関駅で下車し、地上に出ますとそこは財務省の前になります。
 庁舎に向かい右側は職員、真ん中は車、左側は訪問者の入口になっております。財務省の看板は銅板のような緑青が吹いたような色で何となく重々しく感じます。隣の文部科学省の看板も同じです。
 財務省庁舎の前庭はいつ見ても綺麗に手入れがされております。

               財務省前庭

 毎度毎度この前を通ります。過去どれほど通ったことでしょう。その間様々な問題がありました。
 「ここは悪名高き財務省でーす」なんて独り言を言いながら歩くこともあります。
 
 昨日補正予算が成立したそうです。補正というからには手直しでしょ。ところがそうではないのですね。大型の補正予算なのですね。
 このところナンダカンダと政府は目新しいオカシナ財政出動をしております。
 エコポイント、高速道路の1000円利用。それこそナンダカンダと言って裕福な人間に焦点が当たっているようにしか思えません。景気対策と環境問題はどう関係するのでしょうかね。
 バランスシートでメリットとデメリットをはっきりと説明をして欲しいとおもいますね。
 
 今回の補正予算の内10兆8200億円もの国債を増発すると聞きますと腹立たしくてなりません。
 うば捨て山のような、子どもが安心して産めないような問題山積の世の中、そんなことは後回し。
 
 昨日有料老人ホームに人を訪ねました。入所の方の平均年齢は83歳だというそこの入所金は高額。毎月の費用もかなり掛かります。知るだに恐ろしい時代になっております。
 誰もが安心して暮らせ、また老いを過ごせる政治をして欲しいと思います。

 麻生総理が職探しの若者に「何をしたいか先ず考えなければ」などという言葉を吐きました。庶民の現実と余りにかけ離れた言葉に唖然とした方も多かったと思います。
 国のトップを尊敬出来ないとは困ったことです。
entry_header

ストローも凶器になる

 私はそそっかしい、何かどこかおかしいらしい、とは自分でも承知はしております。ところがその自分に輪をかけて可笑しく呆れたことがありました。
 ある日の昼。娘と食事に行きました。前のことですので食べた料理は何だったかは覚えておりません。
 食後の飲み物のことだけは鮮明に覚えております。
 滅多に頼まないパフェを頼みました。
 娘と可笑しい話をしていましたが、余りに可笑しく思わずワッハ!と大ぶりなゼスチャーで頭を大きく下げ降ろしました。
 すぐに頭を上げましたら鼻にストローがぶら下がっております。
 飲み物のストローに真上から顔をを下ろしたのです。見事な集中突き刺さりです。
 これは大変とストローをすぐ抜き取りました。
 鮮血がドバッと出て来ました。鼻の中から出血です。聞いたこともないような事態です。
 娘は驚き心配するより笑いが止まりません。
 私ももう可笑しくて可笑しくて一緒になって笑ってしまいました。

              ストロー

 それ以来太いストローは体から離すように気をつけております。トラウマです。
 細いストローだったらどうだったでしょうか。鼻の奥まで届きもっと大変なことになっていたかも知れませんね。

 ストローでもウッカリできません。皆様お気をつけて下さいね。
 そんなことしませんよですか。そうでしょうね。
entry_header

山菜を楽しみました

 魚が大好きな私でも、若い頃はどうしても肉や油脂を多く摂り、野菜の量が少なく、ましてや浜育ちの人間は山菜とは無縁な食生活をしておりました。
 
 野に出て自分で採り食べる物は田ぜりやクコ、浜ボウフウ、蕗。そのほかは木イチゴ、桑の実などと限られておりました。
 高齢になって見ますと山菜の美味しさと苦みに季節の到来を強く感じます。
 昔、自然食を奨励される方の文を何気なく読んでいましたら、確か冬の間静かにしていた身体は春の苦味を取り入れることで体を目覚まし元気を呼び起こすので、特に春の山菜は絶対食べるべきものだということが書かれておりました。栄養素もいろいろとあるようで、知るだけに食べる時の気分は若い時と違います。健康でいたいという気分があるからでしょうか。それとも老人の味覚がなせることなのでしょうか。分かりませんが美味しいですね。
 時々その話を思い出します。

 孟宗は朝どりの物が道の駅に出ますので、季節には何度も朝一番位に買いに行きます。
 
           今年は春から知人の方々から山菜を頂きました。
               
               JAヤン庭園から
               JAヤン庭園から
               阿蘇小国村から
               那須から
               富山から

 天ぷらにしたりゴマ和えにしたり、感謝をしながら頂きました。
entry_header

ワンコイン寄席開催のお知らせ

 昨年7月29日にオパール・ネットワーク我孫子支部で開催した「ワンコイン寄席」は皆さんに笑いを提供でき、好評を頂きました。支部のメンバーも一緒に大いに楽しみました。
 高齢者のメンバーが多い我孫子支部では、健康で過ごすには毎日が楽しくなければと集まっております。
 今年は5月初旬竹炭で焼き筍賞味会を取手で開催しました。6月はもてなし料理の会を持ちます。
 もちろんアルコールも用意します。お喋りも充分します。笑いとお喋りは健康の元。女性が老いてもイキイキと過ごしているのはお喋りも大いに関係がありそうです。
 男性の高齢者の方はどちらかと言えば無口。井戸端会議はバカバカしいと思わずに情報伝達方法と考えて頂きたいなーと何時も思っております。

 ワンコイン寄席に男性もぜひお越しいただき、心身の活性化を図って下さい。
          (余分なことは言うなと言うことでしたらごめんなさい)
 
 第二回ワンコイン寄席の出演者
          
          アコーディオン漫談の近藤志げるさん
                講談の伊藤琴遊さん

 
 日時  7月30日(木曜日)  午後3時      開場
                    午後3時30分   開演

 会場   我孫子市民プラザホール

 チケット       500円 
 チケット販売     6月1日からです。

        ポスターを掲載しますのでご覧ください。
  
                 
               ワンコイン寄席
 
  電話は掲載してませんが迷惑電話防止の為とご容赦ください。

  ポスターは市民プラザに貼り出されますので、ご覧下さい。
   電話も載せてあります


      
entry_header

チビ孫初参加の運動会

 私が子どもの頃、また私の子ども達の時代、小学校の運動会はどこも秋に決まっておりました。応援歌にも秋、天高くなどという言葉が出て来ました。
 昨日は二女の一人娘の初めての運動会。前日は風が強く、今日は雨。昨日は晴れたり曇ったりのまーまーの運動会日和でした。日差しは強く、私の腕はよーく焼け真赤。
 
 数年前までは在校生が少なく、長女の娘の時には場所取りも苦労せず、校庭も広く見えました。
 この数年、駅周辺にマンションがかなり建ち、子どもが飛躍的に増え、1100人とも聞きます。
 両親は当然、それにジジ・ババも馳せ参じますから、校庭にはおおよそ5000人ほどが集まっていることになりましょうか。来年はさらに人数が増えるそうで、場所取りは厳しくなりましょう。
                  
              運動会応援団

 孫は赤組ですから自然に赤組に目が行きます。大きな旗を捧げ持つ男の子が応援団席の前を左右に走ります。ウエーブもし、一所懸命です。

              玉入れ

 一年生の玉入れは定番。可愛い手で頑張って投げております。赤組の勝ち。

              1年生

 一年生は50mを走ります。合図のピストルを打つ上級生は先生の指示で確りと打っています。

             打ちます

 様々な競技を楽しみました。ソーランの演技。家族と一緒に球運び。大玉転がし。赤壁の戦と銘打った騎馬戦。

             根戸ソーラン
             球運び
             大玉転がし
             騎馬戦

 大玉転がしは大人も大笑い。後から追いかける子どもが可愛く、一所懸命。赤白の大きなボールはままならぬ方向に行き、それを追う子ども同士がぶつかったり、ボールの下敷きなってしまったり。
 ジジ・ババでは大怪我です。
 我が家の関心は地域対抗リレーです。7地域に分けられた学年のエース?
 1年生の女子からスタートします。何だかドキドキします。

             対抗リレー出場
 
             頑張りました

             結果は7位。でも良く頑張りました。

 夕食は全員集合。長女の娘が写してくれたビデオ上映会で大騒ぎ。運動会見るも応援も体力がいり。老人は立ったままで見続けられませんね。敬老席があり、助かりました。



entry_header

200円が映える

 月夜野びーどろパークに行きますと、お買い得のガラス器が魅力です。先日も買わずには居られませんでした。
 夏に向かうこの季節。ガラスに何を載せるか、楽しみの一つです。
 200円で買った海洋を思わせるような色の皿。
 冷奴も良いかなーとかキュウリの酢の物も良いかなーとか、また卵豆腐もどうかしら。などいろいろ考えました。
 早く使って見たく、朝食の一皿として沖縄モズクを盛り、二杯酢で食べました。気分は上々。味も爽やかで頭まですっきりとした感じです。

              200円の皿

 ご承知のように沖縄モズクは本州のモズクと比べ太く、歯ごたえがあり、健康にも良いと言われております。
 オパール・ネットワークの佐橋慶女代表は沖縄での講演によく行かれます。その関係でサロンの時に時々希望者に分けて下さいます。
 私は大好きですので、必ずと言っていいほどお願いします。
 
 佐橋さんのモズクの食べ方の一つ。ソーメンと一緒に吸い物にするのです。お澄ましの具にソーメンを入れ、お椀によそった上にモズクを載せます。季節を問わず食卓に載せることが出来ます。とてもおしゃれな感じです。 

 塩漬けのモズクは冷蔵庫でかなり長く保存できます。私はワカメやヒジキ、海苔や昆布などと同じく何時も保存しております。何だか凄く健康に過ごしているような感じがしましょ。
 でも主婦ならそんなことぐらいしてあるのは当たり前でしょとなりそうですね。
 
 手元にある品物を使い保存食を作るは楽しみの一つですね。勿論自分で作ったものは食べるのも大好きです。
 保存食は目の疲れた夜中に作ることが多いですね。
 台所に立ち無心に只管鍋を見つめる時間。時には嫌なこともいつの間にか忘れ、気分が休まります。
entry_header

忘れっぽい歳となり?

 先ごろ給湯暖房の配管工事がおわり、すでに10日ほどが過ぎております。

               工事終了

 家の中のあちこちに疎開させてあった台所用の品物をどこかに収めなければなりません。それが困っているのです。家事苦手の私ですので、だんだん先延ばしになり、まだ終わっておりません。
 自分で驚くことが多くはなってはおりますが、忘れっぽくなっているのが凄いこと。先ず品物を移動させていましたら、出てくるは出てくるは。その量が物凄いのです。
 いつこんな物を買ったのか、何のために買ったのか。考えても分かりません。
 でもどこかにあるはずと買わずにいた物も出て来ました。
 嬉しかったのは大きなすり鉢。とろろを作るとき小ぶりのすり鉢の使い勝手が悪く、なんだか作ると半端な感じで納得できずに食べておりました。
 早速とろろ汁を作りとろろ蕎麦で食べました。美味しかったですね。
 始めからすり鉢の中でよーく擂る。出汁も綺麗に混ざって行きます。小ぶりのすり鉢を使っていた時はおろしかねでおろし、それをすり鉢に移します。でも思い切ってすりこ木が動かせません。

                とろろ汁

 この際ですので続いて作りたくなっております。先日も妹が来ましたのでまた作り昼を摂りました。

 それにしても同じ物があるというのは物忘れが酷いということですね。困ったことです。
 でもまーいいか。
 ブログ製本10冊を目指し頑張ります。
entry_header

山・工場・温泉 つづき

 谷川岳を目の前に眺め、雪が残っているのも不思議な気分の私。登る人の心理は?と無駄なことを思ってしまいました。人それぞれですのにね。
 天神平からバスは月夜野びーどろパークに向かいました。予定よりやや遅れましたが、順当な行程と言えましょうか。
 このガラスをテーマにしたパークは上越クリスタル硝子株式会社が自社工場の傍に作ったものです。
 社長の倉田善弘さんは明治大学経営学部の卒業生。校友会沼田地域支部の支部長をされております。沼田地域支部は創部1年ということで、倉田さん他支部の方3人が私たちの到着をお待ち下さり、迎えて下さいました。
 こういう機会を大事にし交流を深めて参りましょうと、昼食をとりながら懇談をしました。偶然倉田さんとゼミが同じ方が我孫子地域支部にもおり話が弾みました。沼田地域支部の方々はお若く、これからの支部の活躍を期待致します。
 このパークで出来る地ビールは実に美味しいのです。私はここに来ますと飲まずにはいられません。真ひる中でも飲んでしまいます。
 社長もこの日は一緒に食事もされました。以前孫たちと訪問した時には、エプロンをかけ料理を運び、片づけもされており、日曜も祭日も全て仕事のようでした。率先垂範の見事な方です。

 今回のバスコースのメイン。工場見学です
 上越クリスタル硝子(株)は創業100年。地場産業として皆さんが誇りを持って働いております。
 以前も伺いましたが、倉田さんはバブルがはじけた後も社員を解雇せず乗りきっております。
 雇用問題にも倉田さんの姿勢が反映し、全て地元の方を採用されているそうです。

 私たちは先ず倉田さんの案内でグラスアート美術館の収蔵品を拝見、その後工場の見学をしました。(現代の名工と言われる方が倉田さんの会社には何人もおります)

               ガラス工場

               ガラス工場で働く若者

 ガラスは高熱で焼かれて作られますから傍に寄りますと汗が出て来ます。昼休みが済み現場に戻って来た方達、一斉に動き出し真剣さが見て取れます。
 私は何回も見学しておりますが、何時も感心しております。
 この月夜野びーどろパークでの買い物も楽しいことですが、私がお薦めしたいのは体験です。吹きガラスは職人の方が付き添ってくれますので、安心して作ることができます。体験工房は子どもでも楽しめます。絵付けやステンドグラスの小物作成‥‥。夏休みの宿題にもってこいです。

               体験工房もあり

               びーどろパーク案内

 
 工場見学後、ガラス製品を各自購入。倉田さんに見送られガラス工場を後にし温泉に向かいました。
 温泉は日帰り温泉として利用される「まんてん星の湯」猿ヶ京にあります。倉田さんの情報で決めました。
 私は日帰り温泉は経験がなく、どんなものか興味津々で浴場に行きました。館内は清潔で実に気持ちよくすっきりとしております。露天ぶろの目の前には赤谷湖が広がり、素晴らしい眺めです。浩然の気を養う絶好の場所と言えましょう。

               まんてん星の湯
 
  思いきりお湯に浸っていた方が真っ赤になって上がって来ました。いつも帽子を被っている方でしたので失礼を承知でついつい茹でダコみたーいと言葉が出てしまいました。

 無事に見学を済ませバスは我孫子へと向い、渋滞もなく走り、集合場所と同じ場所で解散しました。


 

entry_header

山・工場・温泉

 山・工場・温泉と言っても三題噺ではありません。落語のように即興とは行きません。4月に計画を立て、昨日はそれの実施でした。
 明治大学校友会我孫子地域支部の今年度の行事の一つです。
 勉強と楽しみを兼ねたバスハイク。
 集合は我孫子北口郵便局まえに7:15となっておりました。私は7:10に到着しますと既に全員集合。ウイクデーの支部行事ですので、私のような後期高齢者を含めどうしても定年組が多いのです。
今回は奥さま同伴が3組。出発は7:30らしかったようですが20分には出発しました。老人は気が早く遅れる方はまずありませんね。
 
 行き先は群馬県。
 バスは一路谷川岳を目指し、高速道路を走ります。途中事故で渋滞もありあしたが、ほぼ予定通りに天神平へロープウエイで到着しました。
 参加者の一人「高所恐怖症なんですが一人にされているのはもっと怖いのです」と言いながらついて来ました。何だか大の男の言葉ではないようで、面白いですね。

               天神平到着

 今年は雪が少ないそうです。空も空気も澄み、気分は上々です。
 谷川岳をバックに記念写真。一番年寄りの私は写っておりません。

               全員集合マイナス1

 谷川岳の雪は素晴らしいそうですね。登山、スキーとやってきた一人の方の説明に頷く私。雪と全く関係がないと言ってよい所で育ちましたから、ほー!とか へー!とかと自然に声が出てしまいます。よーく聞きました。

 谷川岳は厳しい姿を見せて呉れましたが、槍ヶ岳などはもっと凄いのでしょうね。

               谷川岳の雄姿

 時間が経ち下りのロープウエイの乗り場に着きますと、頭上に面白い物を発見しました。ロープウエイの根幹ともなる歯車でしょうか。時間があればゆっくりと眺めたいところでした。仕方ありません。

               ロープウエイ乗り場

          私こういうのを見ると大発見をした気分になり大好きです。

 
 次の目的地「月夜野びーどろパーク」に向かいました。道筋の緑は鮮やか。濃いも薄いもと織りなしており、心も和みます。
              (次回につづく) 
 

entry_header

飲んで歌って

 先日、思いがけなく明治大学でお会いしていた百瀬恵夫先生とお喋りの時間を過ごすことが出来ました。
 柔道部部長を30年もされていたそうで、そのことでお聞きしたいことがあったことですが、用は簡単に済みました。あとはひたすら昔話です。
 50年以上もの前の話ができ、共通の話題に事欠かないという人はそうおりません。歳をとったものよと私は思いますが、先生はお元気そのもの。今は大学の評議員をされております。
 名誉教授ですが、現役の時は中小企業論、協同組合論等を教えていられました。故中野渡信行先生と親しく、懐かしく思いで話に時を忘れるほどでした。
 先生は沖縄観光産業研究会の中心的な存在として沖縄問題に取り組まれているようです。また台湾の中小企業の方々との交流も盛んになさっているともお聞きしました。
 私のチャイナドレスの話をお聞きになると、機会があれば台湾で紹介したいと励まして下さいました。
 明治大学マンドリンOB俱楽部の最高顧問もなさっているということで、俱楽部創立30周年記念の定期演奏会でのCDを頂きました。

               第28回OB俱楽部演奏会

 更に先生作詞の「メンソーレ美ら島(ちゅらしま)」というCDを頂きました。

            百瀬先生作詞のCDパンフ

 びっくりしました。長野県松本出身の先生が沖縄の詩を書かれているとは想像外のことでした。

 昨日は珍しく孫たちが来ませんので、夫と残り物をつまみにし、夕食を摂りました。
 この時とばかり、頂いたCDを掛け、ゆっくり聞きながらお喋り。
 マンクラCDはセットの二枚ともに校歌が入っております。
 いつもですと夫はビールをコップ一杯ですが、昨夜は缶全部(350cc)大した量ではありません。私はと言えば何時もの通りワインをボトルの5分の2位。
 いいですねー!
 こんな夕食は滅多に出来ません。校歌は勿論収録されている曲に合わせて歌います。心房細動と喘息、それに狭心症もある夫は歌を歌えなくなっていましたが、昨夜はよく歌いました。
 私は音痴の極みですが、気分がよく一緒に次々と歌いました。飲んで騒いでではなく飲んで歌いでです。
 メンソーレ美ら島の歌い手は若い方で、声に張りがあります。3曲とも先生の作詞。歌詞の入った曲の後にカラオケ用に曲だけが流れます。

 食事中にチビの孫がやって来ました。「何だかレストラン見たい。じーじ達はこう言うのが楽しいの?」と何かいつもの様子と違う雰囲気を感じたのか、静かに聞きます。
 「そう!楽しいから今日は騒がないでね」と言い、ゲームはしないよと帰って貰いました。
 孫が戻って行った後、夫は前に求めてあった学生のマンクラのCDを持ち出し、次々掛けて呉れました。アルコールも程よく回り、ゆったりと二人で声を合わせ歌い、過ごした一夜でした。

 明日は明治大学校友会我孫子地域支部で、経営学部出身の倉田善弘さんが社長の上越クリスタル硝子の工場見学に行きます。
 このCDをバスの中で皆さんに聞いて頂きたいと思いますので、忘れずに持って行くつもりです。
entry_header

盛会だった懇親会

 中国の青島市で生まれた人、また住んだことのある同年の集まり。毎年一回は東京での懇親会、もう一回は一泊の懇親会。青島羊会と称し集まります。
 今年は昨日芝浦にある弥生会館に揃いました。羊会の顔だった中村八大さんが亡くなり昨年は17回忌の法要が執り行われました。
 全員喜寿が過ぎ、体に故障の出ている方も多く、出席者はだんだん減って来ておりますが、今年は昨年に比べ少し増え29名。それに青島高女の先輩2名。
 青島からお見えになった王鐸さんと通訳の蔡光明さん。

               記念写真

 ひさし振りにソウルの金さんもお見えになりました。金さんは私がソウルに訪ねたとき、酷い中耳炎に罹り入院中でした。一昨年?ガンの手術を受け、今年は絶対に出席せねばと馳せ参じました。
 
               挨拶する金さん

 毎年再び会うことが出来ない方の知らせを聞きますと、こうして皆さんと会い昔を懐かしむことができるという幸せをしみじみ感じる一時です。金さんも都合を考えていてはいられない、来られる時に来なければと挨拶されました。
 会の間、青島から参加されたお二人に皆さんが傍によりいろいろと伺っておりました。
 壁には青島の俯瞰図が掛けられており、参加者はその風景を眺め、自分の家のこと、懐かしい場所などを指し興奮しております。

              青島俯瞰図

 話は毎回繰り返すことも多く、それでも飽きることはありません。ただ病む方が多くなって来ていることは間違いなく、私を含め難聴仲間も増えて来ております。長年各地を歩き健脚ぶりで知られていた方が肺気腫で歩いていないと聞きますと、健康を保つことが如何に難しいかを考えてしまいます。

 会は終わりに近づきますと今年も千葉の鴨川からバイオリンを抱えて来た方の演奏です。今年は特にテーマーがありました『外房の終着駅』ー無伴奏バイオリン組曲・鴨川 で詩が付いております。
 聞いている人もあり、話に夢中で聞いてない人もあります。なかなか面白いことです。

              バイオリン演奏

 後に見える書は青島からお見えになった王さんの作品。桜です。
 王鐸さんは青島の市政府の文化的な仕事に関わり、活動をされております。特に研究分野としては青島城市変遷史、建築史、民族史。書道家でもあり、作家でもあります。
 今回なぜ羊会にわざわざお見えになったかは、青島の史跡や建築物などの保存に関わり、その延長線に昔の青島を知る人から話を聞くのが大事だと、この会との交流を願って来日されたことです。
 日本語が出来ないことから、特に蔡光明さんという通訳の方を伴い参加されました。
 この会の方の甥の方が青島に行き、王さんと出会い、叔母が生きていると聞き、来日を決断されたそうです。

              王鐸さんと蔡光明さん

 挨拶をされる王鐸さん。皆さん青島に来て下さい。その時には連絡を下さいと今後の交流を期待することを願っておりました。
 
王鐸さんのブログアドレスは下記の通りです。青島のニュースも知ることができます。
   http://blog.sina.com.cn/wangduo
entry_header

人力車~洋車

 断腸亭髭爺さんのブログを覗きましたら人力車のことを考察しております。
 中国青島では洋車(ヤンチョー)と言っておりました。日常タクシーのように使う乗り物です。
 青島の小学校の遠足風景の写真が中村先生(八大さんの父親)のお嬢さんの手元にあったそうで、私の手元に送られて来ました。
 これは馬車(マーチョー)と言われていた乗り物に似ております。馬車は我が家でも家族で出かける時に使いました。馬車は座席が向かい合いにあり、もう少し広かったように思います。

               遠足に馬車

  青島郊外への道は整備されていませんから、子ども達はこうして出かけたのでしょう。恐らく私より年齢の高い方たちですね。
 私の頃、郊外の浮山に出掛けた時には海軍陸戦隊の護衛付きでした。
 
  日常使う洋車をT氏のカットはよく表現しております。T氏は私より下の方ですので小学校の時に引き揚げてきたはずですがよく覚えていますね。

              洋車スケッチ

            青島では洋車の会社があったようです。

              洋車の会社?

 これを見ますとエジプトのピラミッドの下のラクダの待機場所を思い出します。何か感じと生活の中身が見えるようです。

 もう一つの車。当時(1930年代頃)は一輪車は荷物を運ぶ車でした。苦力(クーリー)は上手に操り物を運んでおりました。

              一輪車

 一輪車は街の中での運搬手段ではなく、専門職のような苦力と言われる人々の道具でした。
 農村では使われていたと思います。
entry_header

三宅恭雄さんを悼む

 明治大学校友会我孫子地域支部前支部長の三宅恭雄さんのご逝去の報に接し、一瞬驚き暫くPCの画面に目が吸い寄せられておりました。
 4月5日の支部幹事会にお見えになった三宅さんは隣に座った私に「山崎君が帰って来ると連絡があったよ。会えるのが待ち遠しいよ」と言われて本当に待ち遠しい様子でした。
 三宅さんは昭和29年明治大学商学部を卒業され、大同特殊製鋼株式会社で定年を迎えました。
 山崎徹さんは後輩で昭和31年に明治大学を卒業されました。
 お二人の関係は学生時代共に馬術部で過ごし、三宅さんは昭和28年のキャプテン。山崎さんは昭和31年のキャプテン。また同じ会社に席を置きました。
 初めて三宅さんにお会いしたとき、私が卒業した頃の馬術部の監督が須賀国晴さんだったことが話題になり、たまたま私が覚えていたということで親近感をお持ちになられたようです。
 私は山崎夫人の厚子さんとも親しく話す間柄でした。これも偶然なことですが、明治大学という縁を考えれば強ち偶然とばかり言えないのかも知れません。
 三宅さんの弟さんは三宅隆邦さん。松戸地域支部会員の校友です。
 
 幹事会の数日後三宅さんから電話が入りました。「山崎君が死んだよ」と言われます。声が弱々しく力落としの様子が受話器を通じて私にはっきりと分かりました。
 通常ハワイに住む山崎さんは帰国後数日にして忽然とお亡くなりになり、私も驚き厚子さんに何と慰めればいいのかが思いつきませんでした。
 それから間もない4月18日。地域支部の総会は無事に終了しました。
 その日、三宅さんは以前よりも皮膚に張りが見え、脳梗塞の後遺症が薄らぎ回復されて来ているかのように見えました。

              支部総会の日

 左端は明治大学校友会千葉西部支部長や各地域支部長と校歌を歌う三宅さん。こんなにお元気でしたのに。
 馬術部のOB会会長として長年学生を励まし、その連勝を皆さんに披露されては喜ばれておりました。我孫子ではご自分の行かれる馬術クラブでバーベキューをしましょうと話されてもおりました。

 5月6日ご自宅で心臓麻痺によりお亡くなりになりました。総会から僅かしか経っておりません。

 通夜は11日の夜執り行われました。馬術部部長の中川雄一郎先生(政経学部教授)現監督の長田稔氏をはじめ馬術部OBの方々も大勢お見えになって下さいました。
 山崎厚子さんもお見えになり、厚子さんは三宅さんとご主人の元同僚の方がたに挨拶をされておりました。
 12日の告別式には現支部長の今泉健一さん(昭和31年卒)が弔辞をご霊前に捧げ、出棺の際は佐藤秀一さん(昭和43年卒業・応援団OB)のリードで校歌の一番を校友の皆さんで歌い三宅さんをお見送りしました。
 ご親族の方も喜ばれて下さり、また校歌で送って貰え幸せだねという言葉も聞こえたそうです。

 三宅さん 我孫子での出会いを忘れません。心からご冥福をお祈りします。
entry_header

道の駅 千葉のランキング

 先ごろ朝日新聞千葉版で「ちばでいちばん」という記事をみました。
 千葉県にある道の駅の来場者のランキングです。記事の内容では紹介は簡単ですが、情報発信とい意味では有難いことです。

                道の駅ランキング

 トップの「しょうなん道の駅」は昨年の来場者は129万2634人となっております。
 我が家は単純に計算してみますと年間延べ75人位になります。何だか気分がいいですね。ご贔屓の場所ですから。
 ここに上がっている7か所のうち、今までに行ったことがあるのは5か所。それぞれ良いのですが、特徴から見ますと、私には近くのしょうなんが一番ですね。
 昨日は玉ねぎが沢山要りようになり、娘が買いに行きました。内部は写すことが禁止されておりますので、昨年秋のイベントの時のを1枚と、昨日の野菜を掲載します。

                しょうなん道の駅

                昨日の野菜の一部

 近くで廉くて新鮮。いいところばかりです。但し一人では行けません。車の運転が出来ないのです。
免許証は昨年返上、更新はしませんでしたがもともと運転は45年間で200キロくらいしかしていませんでしたから、持っていなかったと同様。家族に言わせますと運転していたならば既にあちらに行っていた筈と、意見が一致しております。
 仕事を持っていた頃免許証を取得したと心理学の堀淑昭先生に話しましたら、即「あなたは向いていないねー」と一言。
 夫は「先生は大したものだ。よーく分かっていたね」と言っております。
 ちょっと話がそれました。失礼。

 
       今日の付録(関係がありそうな)
 
 那須の友人から山菜が届きました。狸が家の傍に来るので水を伊万里焼きの鉢で飲ませてあげているそうです。豪華な鉢を狸はどう感じているのでしょうか。

                那須からの山菜

         無農薬。新鮮。しかもタダ。嬉しくないわけありません。

entry_header

今年のGセブンの会

 1999年の7月7日。7組の夫婦は12日間の旅を終え成田にたどり着きました。
 ドイツ、スイス、オーストリアと三国を巡るにバスが殆ど。氷河鉄道にも乗りましたが、バスの中では初日から気さくに声をかける方があり、参加者は現役を退いた方が中心で直に打ち解けました。
 旅の途中から帰国しても連絡し合いましょと会を作りました。以来食事会、見学会、一泊の旅と集まり、その会を続けております。
 会の名称は7組、7月7日という数字に関係する虹の会とかいろいろ出ましたが、最後にツアーのゴールドに因みそれに7を合わせて決められました。
 昨日は東京都立神代植物公園での集まりとなりました。世話役は回りもちです。
 お天気は素晴らしい晴天。気温が28度と予報では出ておりましたが、もっと高かったように感じました。
 入場料は全員65歳以上の250円。中に入って見渡しますと高齢者が70%位でしょうか。子ども連れの若い夫婦の方も見られますが、若者のグループは全くと言っていいほど目につきません。カップルは目に入りますが、ほんの僅かです。
 
               公園に着きました

 牡丹は終わり、芍薬が咲き始めております。濃いピンクや赤の他白や黄の物も咲いております。

               芍薬が咲き始めています

 昨日は何と言ってもバラ。大勢の人が見えております。一眼レフを構えている方があちこちに見えます。皆さん素敵な画像をブログなどでお見せになるのでしょうね。

               バラ・バラ

               ばら・ばら

 時間一杯眺め、集合場所への道を辿ると小さな池がありました。暑さもあり人に圧倒されたせいか水に引き寄せられました。

               池

 植物園の散策の後、近所の食事処での歓談。今回は病気話で座が盛り上がりました。何かと言えば加齢の所為と納得。体力は10年で随分変わりました。
entry_header

小文間の焼き筍

 取手市小文間はおもんまと読みます。鄙とまでは言いませんが、かなり田舎風と言える場所です。そこに住む吉澤文五郎さん一家。首都圏近くに住むにしては今時羨ましい生活ぶりをされております。家の前には竹藪が広がり、傍に菜園を持ち、竹炭焼きの窯を二基構えております。

               吉澤さん前庭

 オパール・ネットワーク我孫子支部とは隣同士のような関係です。茨城県と千葉県は利根川で分けられておりますが、このあたりに住む方をチバラキ県人と言うこともあります。
 吉澤さん宅の竹炭の窯出しをし、その竹炭で筍を焼いて食べるということはこの季節の楽しみです。
 今回は佐橋代表他男性会員も何人か参加し、総勢25人となりました。
 予定の窯出しはどこかに吹き飛んでしまい、小文間につくなり、筍焼きの準備が始まり、出来あがるとふーふー言いながら口に放り込むという次第。途中雨が降り出し、小屋に避難もしましたが、無事に一日を過ごしました。

               先ず火起こし

               筍掘り

               野菜のカット

               雨が降ってもめげません

                一斉に食べる

                募金

 吉澤さんは様々なボランティア活動にも参加されており、全国を回っております。その一つが竹炭の収益をNPO日本フィリピンボランティア協会への寄付です。同資金はミンダナオ国際大学生ボランティア活動(学校に行けない子どもたちの識字教育)に活用されるそうです。
 今回は参加者皆さんに竹炭を買って頂きました。参加の皆さんの協力有難うございました。

                吉澤夫人の画

 筍も食べ満腹になり、片づけも終わり、全員で取手駅の東西を繋ぐ通路に展示されている吉澤夫人の作品を拝見し、帰路に着きました。指を切ったり躓いたりした人もなく無事に済みホットしました。
 私は食べ過ぎないように気をつけていましたが、それでも何時もの昼食と比べ沢山お腹に入れたようで、夕飯は野菜少々で終わり。
entry_header

アップの披露

 東京の霞ヶ関ビルは1968年4月にオープンされました。同時にビルの33階に東海大学校友会館が設けられて、以来長く利用させて頂きました。
 私の馴染みの五つ★レストランは明日から姿を変えて開店します。
 今日は内覧会という披露の席が設けられました。夫と出席し、新しい東海大学校友会館・霞ヶ関東海俱楽部を拝見しました。
 さすが35階となりますと眺めもよく、施設もモダンになり、またシンプルさが大学というイメージに合っております。なかなか品の良い会場です。
 天気は生憎でしたが、大勢の方が見えておりました。
 新緑の皇居は雨に霞みはっきりと見えませんが、勿論議事堂は下に眺めることが出来ました。

              雨に霞む議事堂

 内覧会ですが、皆さん遠慮をされているのか、部屋の中に入り覗く方は余りおりません。私は今後も利用する心算ですから、どうぞと勧められる部屋はよーく観察して来ました。
 全体にすっきりと、茶色とクリーム色で整えられているように感じました。

              東海俱楽部

              東海俱楽部

              新橋方向

              東京タワーも見えます

              明日のランチ

              コックさん勢ぞろい

 出席者の数は大変なものです。内覧の後は美味しご馳走。豪華な内容です。総料理長にお目にかかりましたら「これからも一層緊張して頑張ります」と挨拶されました。
 支配人はじめ皆さんが一所懸命な姿勢で頑張っております。出席者の方は殆ど男性。素敵なコンパニオンが一層若やいで見えました。 良い会でした。 

 場所も設備もアップしました。眺めもアップしました。ランチの値段はそのままだそうです。嬉しいですね。
 明日はすでに予約を入れてありますから、レストラン「けやき」に一番乗りで座れるのではと、勝手に期待しております。
entry_header

メガネは必需品

 1984年。丁度25年前、突然網膜剥離という目の病に罹りました。井上眼科病院でほぼ3週間入院。その後メガネが必要になりました。それまでは特にメガネが必要な生活ではありませんでした。
 術後の経過も順調に行き、メガネを作ることになりました。検査の結果、近視、老眼、乱視と三種の混ざったメガネです。
 先生曰く「そそかっし方ですか」「そうです」「それでは境のないのは階段を踏み外すことがありますから、止めましょう」ということで、老眼のレンズははめ込みになりました。
 先生は見抜いておりましたのでしょか。私のそそかっしさを。
 25年間半年ごとに検査を受けに行っておりますが、術後に作ったメガネはそのまま変わらずに過ぎております。
 流行の小ぶりのメガネを見ますと、自分のはいかにも流行遅れの感じがします。
 私のメガネは歩き用、書見用とあり、それぞれスペアーも持っていますので、流行には目を瞑っています。
 そそかっしいので、二本買い換えても古いのを間違えて出掛けるかも知れません。全部を変えるには大金が要ります。
 我慢、我慢です。
 あるとき香港の地下鉄に乗りました。入るとき随分押されてしまい、それでも真ん中の方に進みました。ふと足元を見ますと1000円札が落ちております。すぐ拾い「何方かお金を落としませんですかー」と日本のお札を高く上げ、日本語で声を上げました。
 周りの反応はゼロ。ふと見ますと自分のバックが口を開けております。「オヤ?私かな?」と口を開き調べますと、畳んで奥に入れておいた、紙幣が動いています。それです。盗られたのです。財布の代わりにメガネのケースが無くなっています。財布と間違えたのでしょうか。
 予備のメガネでしたが、折角香港に来たからには買わないと、と頼みました。

                手前は香港で買ったメガネ

 廉かったのです。何だか良い買い物をした気分になり、喜んで家族に報告しました。それを聞いた娘の知り合いの方に「盗られなければもっと廉かったのでは」と言われてしまいました。

 母が存命の頃、実家に行きましたら母が人が変わったように落ち込んでいます。剛毅で太っ腹の母にしては異常です。
 「目がおかしくて、このままおかしくなってしまうのでは」「メガネを作ったのに」と言います。
 ほっておくわけには行きませんので東京に連れて来ました。ともかく眼科に行ってみようとなりました。病院で詳しい検査をしました。
 理由がはっきりとしました。病気では無かったのです。メガネを作った時、レンズが左右反対に入っていたのです。これには母も私も驚きました。勿論母は元気を取り戻し、帰って行きました。

 私のそそっかしいのは昔からで、今に始まったことではありません。ある時夫より先に家を出て職場に着きました。「俺のメガネをかけていないか?」と電話が入りました「ええ?かけていないけど」とメガネを外して見ましたら、夫のです。「間違ったー!」と慌てて返事をしました。
 以来信用ガタ落ちです。「メガネを間違ってかけて気が付かない人、聞いたことないよなー」
 
entry_header

山女が届く

 富山の瀬戸さんは実直。お会いした事はありませんが、間違いなく良い物を廉く送って下さいます。
 先日何時もの通り味噌をお願いしました。
 メールがあり「改装をされているようですが送っても構いませんでしょうか」と連絡がありました。冷蔵庫は他に移してありましたので、送って頂きました。
 瀬戸さんのブログにヤマメを捕りいろいろな加工と味の紹介があり、私の心を見透かしたかのようにヤマメが同封されて来ました。

              やまめの甘露煮

 ブログで拝見しますと丁寧な処理がされております。このやまめの甘露煮も気を使った一品です。骨まで軟らかく、山椒の香りが口に広がります。味は確りと付いていますが甘過ぎず、白いご飯にピッタリです。
 味噌をお願いする時、必ず見つくろいで干物をお願いします。今回はカレイとやまめの白焼きもありました。串打ちをした形が嬉しいです。

 話は変わりますが、瀬戸さんは飾り気のない方のようです。作る料理を拝見するとよく分かります。
 鯵寿司の紹介を見ましてわが意を得たりと、ますます信頼感が高まりました。

              鯵寿司
 
 最近は寿司のブログでも然り、寿司店に行きまして気に食わないことがあるのです。好き嫌いは殆どないと思っておりますので、なにが嫌いとか、食べたいとかの話ではありません。
 握り寿司のありようです。食の評論家ではありませんから、どこかの店を指す話ではありません。一般論です。

1 やたらネタが大きく、寿司と言うより魚と言った方が合っているような寿司
2 お客の口は大きい口ばかりではありません。大きければお客が喜ぶとでも思っているらしい寿司
3 一回の注文が必ず二貫の寿司 どうして一貫では駄目なのかです。江戸前のこはだや鯵のさばきの伝統でしょうか。
4 手巻きすしをお客に手渡し、どこに置けば良いのか困る寿司 私はまず頼みません。
5 何でもネタの上に載せる寿司 これは前もって言えばいいのかも知れませんが。
  「おろし生姜・葱・玉ねぎ・などなど」見かけは映えるかも知れませんがね。
  どうして食べるのだいと言いたくなります。醤油を付けるのは自分で考えろ。ということでしょうか。特に女性の場合、自然に変な箸の使い方になり、顔や口を曲げて食べる姿は様になりません。お客に失礼と言うものです。
6 ネタと飯のバランスが取れていない寿司

 寿司は日本の代表的な食べ物です。高級店で食べる方は限られていると思います。普通の寿司店や回転寿司の競争は激しく、いろいろと考えるのだとは思いますが、あえて言わせて貰います。

 鮨屋さんごめんなさい。こういうお客も居るということです。

 
entry_header

長かった万里の長城

 万里の長城には二回行きました。いづれも気候の良い時で、碧空の鮮やかさ。雄大な城壁に感動しました。
 先日朝日新聞に長城の長さが、大規模な調査により従来言われていたものより、200㎞長いと公式に発表されたと報じておりました。総延長8851㎞になるそうです。

               万里の長城記事

 「不到長城非好漢」長城に到らずんば好漢にあらず。と言われる長城。毛沢東が書いたというこの文字を刻んだ石碑は八達嶺に登る入口から北に向かって右側に見ることが出来ます。
 あの入口は大変混んでいますから、二度目のときにはガイドの気転?裏口から入りました。ですがそこには公然のように土産屋があります。
 坂の下の方の駐車場から坂を登るのを期待しておりましたが、その時には坂道を歩くことはしませんでした。最初の時は何軒もの店の前を通り、秋天到了という言葉にピッタリの空の下、果物を眺め悦に入ったことでした。
 長城の石段は滑りますので、手すりから手が離せません。ここで滑って怪我でもしたらおおごとです。
 カレンダーなどで雪の長城を眺めることもありますが、やはり秋が一番かも知れませんね。

                長城の人波

 八達嶺への往復、坂を右に左に舵を切るバスから眺める様々な長城の姿、それなりに良く、うっかりとしておれません。
 最初の時は高速道路が完成していなく、物凄い揺れと飛び上がるような運転で疲れましたが、道がよくなり、時間も短縮されますと違いますね。こけおどしのような土産屋に寄らないで欲しいと思うのは失礼でしょうか。
 明らかに偽物と判る物を本物だと言い張る、あれは今も変わりませんでしょうか。


              今日のおまけ(関係ないかしらー)
 
               中国風

 相子は5月1日で78歳になりました。中国大好きですが、すべてを善しとしている訳ではありません。時には直してーと大声を上げたくなります。
entry_header

和泉丘の七十五年 つづき

 井の頭線と京王線の交じ合う明大前駅から甲州街道を渡ると、明治大学和泉校舎は立派な姿を見せております。
 1934年にこの地に移った当時はさぞ鄙びた場所ではなかったかと想像します。
 第一次世界大戦後の世界恐慌はほぼその頃終了し、大学は出たけれどという時代も終わっていたのでしょう。
 この年誌からその年の記録を見てみました。

                1934年の記録

 そこに記された当時の教員表を見まして驚きました。教室で教えを頂いた先生、また何らかの繋がりのあった先生方の名前が出ております。
 この機会に私の記憶に留まっている先生方について簡単なコメントを記してみます。

予科長  小林秀穂  長く予科長をされておりましたが、新制大学が発足した数日後に教員室で急逝。入学式で全員でご冥福を祈り黙祷を捧げました。

教授   小熊虎之助 心理学を教えて頂きました。吃音の経験を生かし、学生に接しておりました。
答案は表裏全部が埋まっていれば優。長寿でした。

教授   菅藤高徳   ドイツ語を教えて頂きました。奥さまの節子さんはデザイナーで主婦の友の洋裁ページの執筆者。先生は小暮亮のペンネームで小説も書かれており、芥川賞の候補にもなったこともあります。づんぐりむっくりの姿に似合わない優しい声で話をされました。油絵も描き、これまた姿に似合わないような作品を拝見しました。ユーモアに富み、よくからかわれました。懐かしく思い出します。

教授   園山 勇   一年生の時のクラス主任。ドイツ語。入学式後の月曜日から始まった最初の一時間目、教壇に立った先生はまずドイツ語でローレライを歌い、学生を驚かせました。背中に真面目という板を背負っているような姿でした。茶道を嗜み、クラシック音楽が趣味。大きな蓄音器をお持ちで、クラスの者に聞かせておりました。定年後数か月で亡くなり驚きました。

教授  舟橋聖一   作家。文学者。相撲部の部長を長くされておりました。部長会議に頼まれて行きましたら小柄な髪の薄い先生が出席されており印象に残っております。

教授  木下 勇    商学部でドイツ語を教えており、ワンダーフォーゲル部の部長を長くされておりました。粋な帽子、モダンなカジュアルなスーツ。お酒大好き。気軽に話しかけて下さっていました。

教授  道部 順    商学部でドイツ語を担当。小さな体に気力が充満といった先生。厳しさも格別。

講師  伊藤緑良   商学部でドイツ語を担当。時々相談室に現われ、相談員の先生方とお喋りを楽しんでおりました。

講師  林原耕三   英語を担当。高名な歌人。夏目漱石の高弟。林原耒井として知られており英国型?というのでしょうか、背広姿が素敵でした。出来ない私に優しく、駿河台でお会いしますと「どう?」と必ず声を掛けて下さいました。

講師  渡部 昌   英語?とにかく体が細く声も低く教授としては静かな先生でした。組合の執行委員をされていた時、組合のダンスパーティで一緒に組みましたが、余りの手の冷たさに驚きました。

講師 塚本常雄  人文地理を教えて頂きました。剣道の達人と聞いております。面倒見の良い先生で学生に慕われておりました。

講師 永田 正   英語担当。奄美の出身。酒豪。随分長くお付き合いしました。特に学生部長時代は毎日のようにお会いしました。

講師 赤倉 武    政経学部の教授で中野渡先生と仲良し。スキー部の部長をされておりました。

講師  柴生田 稔  国語の先生。アララギの歌人として高い評価を得ておりました。新年の宮中歌会の選者をされたこともあります。上代歌謡という授業を受けました。文学部長もされました。脇目もされずすたすた歩く姿が印象に残っております。あるとき青島中学の2回生に名前を発見し驚きました。

 当時の講師の先生方は、私が授業を受け、またお目にかかった時は教授になられておりました。 

 この時には予科の制服が決められていたことが分かりました。学部の角帽と違い予科は丸帽です。

                1974年の先生方

           左から4人目 小熊先生、右から2人目 林原先生

side menu

side_header

プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

MATERIAL

【背景、記事テーブル素材】
レースの壁紙
レースの壁紙 様

【素材の加工】
FC2blogの着せ替えブログ

Powered By FC2 blog