2010-05

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トマトと新聞がメイン

 少し前のキャベツの高騰も落ち着きましたね。大臣もホットされていることでしょう。
 野菜は新鮮で安ければ助かります。私の願いです。ですが悩むのです。農家の方にとっての適正価格とはどれくらいなのでしょうか。難しい話になりますね。
 
 我が家の朝食は相変わらずの茶色中心の皿が並びます。その中でトマトはその赤さが冴えております。夫の服用している薬は緑濃き野菜と海藻類は大量に摂ってはいけないそうで、先生から指導を受けております。
 元々夫は生の野菜はそう好きではありません。くたくたに柔らかく煮た野菜が好きです。そういうこともあり、野菜中心の煮物が多くなります。茶色茶色で地味です。
 
 トマトが好きですから朝食にトマトは必ず付けます。これは皮を剥いてなければダメです。
 
 薬草学の大家と言われておりました故伊沢凡人先生はトマトやキュウリの種にも脂があるので、特に油脂を摂らなくても良いよと食事の指導をされました。でも当時は若っかったので中華料理も洋食もテンプラのような物も良く食べておりました。
 ところが今はどうでしょう。朝食は簡単な物を出し入れするだけの毎日です。朝刊を一緒に写してみましたら、新聞とトマトが主役です。何となくトマトも映えます。

       019朝食5月17日

       001朝食5月18日

       005朝食5月19日

       003朝食5月20日

       008朝食5月21日

 写っていないのはご飯、味噌汁、焼きノリです。全てほんの少ししか食べません。
  
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貴重なアルバム

 青島は第二次大戦が終わり、そこで生まれ、生活し、仕事をしていた人は元より、ある時期に住んだ人にとっても異郷となってしまいました。今では簡単に訪問も出来ますし、街の様子も知ることが出来ます。
 引き揚げて来た方々の思いを込めたアルバム「大陸を想う」遠藤一二撮影 というアルバムを資料として22日の会で渡されました。
 拝見しますと、以前に資料として送って頂いたアルバムと写真が可也重複しております。
 この貴重なアルバムと前のアルバムの撮影者、発行社が同じだと分かりました。一冊は1940年(写真画集青島)もう一冊が1963年の(大陸を想う)です。

         アルバム大陸を想う

 このアルバムの作者のことばがトップに出ております。
 引き揚げに際し遠藤さんご自身が持ち帰られなかったフィルム、それがお手元に戻るまでの経緯が記されております。
 「引き揚げ者にとっては外地(ここでは北支と満州)が故郷である。(中略)大陸でいかに多くの写真を撮っても、又何十年かかって財宝を蓄えても、引き揚げる時には裸一貫なので、引き揚者にとってはそれは無関係になって了ふ。まさか写真のネガを祖国に送っておいた人もないことであろう。
 処が、僥倖にもその「愛する大陸」のネガが、引き揚げてから1年後に入手したのである。これが文字通り「有り難い」ことだと痛感して昇天の喜びであった。
 この僥倖の経路は、私は20年12月、引き揚げの身支度に際して、生涯の記録、愛する大陸のネガを捨てるに忍びず、思案の結果親しくしていた青島カトリック教会の神父関望氏に依頼して「将来日本にこれを送荷できる時が来たら」ということにして万事を託してきた。
 関神父の特別なるご協力は、後に東京上智大学より、私宛の小包となって届いたのであった」 以下略

         アルバムトップの写真

         アルバム最後のページ

 写真は102枚収められております。最後のページは元第一日本小学校校長をされた中村和之先生から提供されたものです。
 写真はネガからですので、前の写真画集青島の画像より鮮明な物が多く、折りに触れて掲載したいと思っております。
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青島の今 その3

 青島羊会の始まりは何と言っても中村八大さんですね。
 八大さんは早稲田大学に入学しました。そこには青島出身の同級生が何人もおりました。八大さんは青島日本中学に入学しておりますので、青島中学は勿論青島の小学校の仲間が自然に早稲田大学を軸に集まるようになったようです。
 その頃未だ私はその集まりを知りませんでしたが、明治の女子寮で会った谷村みゆきさんと会ったことから繋がりが出来ました。
 その青島の街の様子は皆さんにとっても、また親世代の方々にも故郷として懐かしいものです。既に再開発と言う時代の波に押されて変っている所が多くなって仕舞っています。せめて住んだ家、遊んだ街、記憶にある建物
 そういった場所がどうなっているかと言う思いは続いていることでしょう。
 増田さんがお持ちになったCD「青島の今」には126枚の画像が入っております。全部を掲載することは出来ませんが、その3で少し掲載し、次は22日に目にした資料を掲載したいと思っております。

        青島中学校(現中国海洋大学)

        桟橋2

        大港駅

          電気館

        忠の海海水浴場2

        熱河路と徳平路

        包頭路から見た貯水山

        奉天路(現遼寧路)

 思い出の中に良く出てくるハリマヤの豚まん。ここの豚まんのことを詳しくご存じの方がいらっしゃいましたら、是非お教えくださいますようお願い致します。


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青島の今 その2

 中国青島は中国の歴史の上で大きな変遷を経て来た都市です。その中で風景や建造物が連綿と続いて来たように感じます。
 ですがその青島も中国の経済発展に伴い、大きく姿が変わって来ております。
 私の記憶にある所謂下町は勿論、第二小学校に通学していた羊会の方が住んでいた閑静な地域も大きく変貌しております。
 増田さんがお持ちになったCDは、会員の記憶にあろうと思われる場所を組み込んで下さっています。

      市場二路

      若月病院

      小魚山からの眺め2

      青島高女

      青島神社跡

      青島神社跡2

      青島神社跡4(現児童公園)

      青島病院(現青大附医院)

      居留民団2

 当日の出席者に父親が青島神社の宮司をされていた宮崎豊茂さん 同じく父親が青島駅長をされていた徳満春彦さんがおりました。帰宅後思い出の風景と違った今を感慨深く眺めたことでしょう。
 上から三番目の写真に見える小高い山は信号山で、あの山の反対側に住んだことがあり、4月に眺めに行った所です。
 私の妹二人は青島病院で生まれました。
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青島の今 その1

 青島羊会懇親会で増田さんから頂いたCD
 写した時期は2009年秋から2010年春までです。増田さんの心遣いが良く分かります。羊会の方に見て欲しいと言う気持ちが込められております。
 観光地としての青島ではありません。既に変ってしまってはいても、どうなっているかと言う私たちの思いに応えているような風景です。

 欠席した方にも見て頂きたいと思いますので、説明は詳しく掲載出来ませんが、並べて見ましょう。

       アカシヤ茂る

         カトリック教会

       日本の看板クロネコ

       フロッセル跡

         銀丁(現青島国営デパート)

       山東路

       市場一路

       周村路

       第二小学校

羊会懇親会に第二小学校の写真を掲載出来ませんでしたが、このCDの中に入れて来て下さっていました。
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青島羊会懇親会

 中国青島(チンタオ)での小学校生活は思い出すだに楽しく、忘れ得ぬことに満ちております。
 昨日は青島の各小学校同学年の会 青島羊会今年度の懇親会でした。参加者は合計34人
 今回は青島日本人会名誉会長の大谷吉治さんがお見えになって下さいました。そして一緒にお見えになったのが先月私がお世話になった増田利加さん
 段々体調不良の方が増えて来ておりますが、出席者の方はこの日を待ちわび、遠く九州や四国からも参加されます。

 会場は浜松町に近い弥生会館です。準備も整い懇親会が始まりました。お客さまの大谷さんの挨拶の中で青島日本人学校のことや日本人会の活動等の紹介がありました。

       懇親会での挨拶

       会場風景

       余興のバイオリン

       記念写真

 増田さんから参加者全員に青島の地図と「青島の今 2010年」と言うCDを頂きました。会は何と言っても楽しく、毎年同じ話でもそれなりにまた楽しいのです。語る人と聞く人とが入れ替われば同じ様なことでもまた耳に心地よく聞こえます。
 増田さんはサービス精神を発揮され会場を動き回っておりました。とても賑やかな楽しい会が進みました。
 
         青島の地図

 大谷吉治青島日本人会名誉会長は元青島加ト吉総経理。日本人学校の運営理事会理事長もされております。
 青島加ト吉が日本人学校の設立に貢献されたことは新聞でも報じておりました。
 
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新聞を添えて

 移り行く日々。食べる物も季節の移ろいに添って変って来ます。季節ばかりではなく歳に添っても徐々に変わって来ます。
 毎朝食卓に並ぶ惣菜は僅かしか減って行きません。並べて見ますと「何だまた同じ様な物?」と反芻してしまいます。
 来年の今頃,去年はと見ることがあれば、その日の出来事は何だったのかと。そこで最近は朝刊を一緒に写すことにしました。
 記録を見れば分かることですが、記事だけの記録よりは紙面を写して置きますと、その記事の齎した前後の事情も思い出すかも知れませんね。何だか勉強家の如く見えますが、単なる好奇心ですよ。

    先ず最初の画像は5月1日の朝食。誕生日です。

       5月1日

       5月5日

       5月8日

       5月10日

       5月15日

 毎日同じ様な朝食。同じ器。他の食器が無いわけではありませんが、後で食器棚に仕舞う夫がややこしい形の器は仕舞う場所が分からず、まごつきます。時には何処に仕舞ってくれたのか探すこともあります。たった二人の間で単純なことでのいさかいを避けて楽しく過ごしたいと思うことです。
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35階は眺めもランチも良い

 霞が関ビル35階の東海大学校友会館 2ヵ月に1回程度で中国服仲間と一緒に食事をします。「レストランけやき」のランチタイムは最近とても混んでいます。
 35階でエレベーターから降りると先ず総理官邸と国会議事堂を眺めます。
 先日14日の天気は晴、風が強く雲の形はどんどん変わって行きます。皇居は緑に覆われ、昔の書き初め「大内山松の緑」を思わせるような緑が映えております。

         皇居と議事堂

         総理官邸

 下の総理官邸を眺めながら、毎度のことながら私の心の中では「大丈夫?しっかりやってよー」呟いております。
 鳩山さんだからではないのですよ?毎度ですからね。何人に呟いたことでしょう。
 帰宅しましたら、夕刊に総理官邸が周辺の高層ビルから眺められるのは警備の面から考慮が必要では?と言った記事が出ておりました。私は変なことはしませーん。目も悪いし、耳も悪いし、必要なことへの条件は全くありません。
 35階ともなりますと相当遠くまで眺めることが出来ます。東側の東京湾、続く房総半島。お天気が良ければ京葉工業地帯のタンクや建物が小さくても見えます。

        東京湾方向

 大体眺め終わる頃、席が空きます。メニューブックは手にしますが、殆んど意味のない位で何だか恐縮してしまいます。オーダーは決まって「レディースランチとビール」

        レディースランチ

        サラダ

 この他にスープ、デザートとコーヒー、それにパンかご飯です。レディースランチは魚と肉が盛り合わせてありますので、女性好みの一皿ですね。
 サラダには何時も感心します。野菜が実に新鮮で美味しく、シャキシャキと歯ごたえも良いのです。
 
 東海大学校友会館には随分長くお世話になっておりますが、総料理長の千吉良(チギラ)さんは長くここで仕事をされております。いつお目に掛かっても穏やか、寡黙な方です。もう30年は指揮されているのではと思います。
 支配人の篠原さんも長く、また他の方々も長く勤務されていると言うことは、職場全体が働きやすい環境にあり、良い人間関係が保たれていると言うことでしょね。毎度ながら私の★★★★★でお喋りをして来ました。
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館山のピーナッツ

 子どもの頃ピーナッツは落花生と言うのが普通でした。記憶の中の落花生の花は可愛い黄色。秋になると乾いた土を掘り返し、ゆっくりと優しく茎を持ち、土を落とします。
 むしろに広げて干し、干しあがると殻つきのまま炒って食べます。掘ったばかりの落花生をより分け、未だ実の小さな物は茹でて食べました。これはほのかに甘く田舎者でこそ味わえたと言えましょう。
 落花生は南京豆とも言われましたが、何時の間にかピーナッツと言わなければならないような時代になっております。
 千葉の館山の南の方に犬石と言う場所があります。昔そこの落花生は近隣でも味の良さで知られておりました。
 戦時中その犬石の近くに海軍砲術学校が出来ますと、若い兵士がやって来ます。予備学生のような若者のお腹はこの犬石の落花生を求めに走らせます。親の送金もあるのでしょうか。値段に関係なく買いますので、土地の人も高くなった落花生を買うことになってしまいました。
 私の家は犬石から離れていましたので、特に困ったようなことではありませんが、話題になっておりました。

 話は少し現実的になりますが、私はピーナッツが好きで時々買います。ピーナッツを買う時はよーく見ます。他の物を買う時以上によーく眺めます。
 先ず国産。次は産地が千葉。それから炒り具合。納得行く物を買います。千葉の八街のも良いですし、また他の千葉産のも良い物が沢山あります。
 特に気に入っているのが館山の木村の塩いり手剥きピーナッツです。
 以前はこれは本店に行かなければ買えませんでしたが、最近はJR館山の駅前の店でも買えるそうで、先日土産物として頂きました。

         塩ふき・手むきピーナッツ

 偶に教室にピーナッツを持って行くことがあります。そしてひとくさり。「ピーナッツは皮が綺麗に確りとしている物より、少し皮が剥がれている位の物が美味しいのよ。皮が確りとしているのは炒りが甘いことが多く、本当の美味しさにはチョッとどうかな―と思うのだけど」とそんな話をします。
 見栄えの良さを選ぶか、味の良さを選ぶかですね。特にピーナッツ和えなどを作る時には炒りの甘い物はダメですね。
 ピーナッツ評論家ではありませんが、折角食べるのですから、自分の口に合った物が欲しいですね。
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ここも高齢者が増えました

 毎年5月は行事が重なります。
 16日の日曜日 住むマンションの自治会の定期総会と懇親会が持たれました。殆んど定刻と言っても良い時間で始まりました。
 会場に並ぶ多くの男性。後ろ姿からも分かりますように高齢らしく見えます。

         総会出席者

 毎年思うのですが、このマンションの自治会総会や管理組合総会での司会、議事進行、活発な質問へのやり取り、全て感心しながら聞いております。
 今年の第24回もそのように進行しました。
 今年の事業計画の一つ これは「アビコビレジ住民の見守り活動」です。提言事項が示されており、その実行推進を目指すと言うことです。
 このマンションでも高齢者が増加しており、この提言は意義のある活動だと思います。ちなみに項目を挙げておきましょう。
 
 1. 活動を円滑に効果的にすすめるための会員名簿作成
 2. 高齢者のための「私の安心カード(携帯用)」
               (仮称)の作成
 3. 高齢者のための「私の安心カード(自宅用)」
               (仮称)の作成
 4. 「ふれあい、いきいきサロン」
               (仮称)の場所づくり

 
 実は私の知った方が先ごろ亡くなりました。独り住まいだったため、発見された時すでに手遅れでした。連絡をする方も分からず、発見した方の機転でなんとかご子息が駆けつけてくると言う事態でした。
 独り暮らしの方が増えていると言うこのマンションの取り組みは大賛成です。
 
 今朝は松戸の常盤平の独り暮らしの老人の生活を放映しておりました。キーワードは「ゴミ」です。ゴミが溜まっているかどうかは、独り暮らしの方への注意信号でもあるそうです。
 知人は新聞が溜まっていたことから訪ねた人が気が付いたのです。

 総会はほぼ時間通りに終了。懇親会となりました。
 私は普段いろいろな方と付き合いがなく、知り合いが少ないのでどのテーブルにしようかと目をやりました。
 4人しか見えないテーブルにつきました。それまで全く知らなかった方ばかりでしたが、話も弾みとても良い時間を過ごして来ました。

         自治会総会

 懇親会の終了後、一斉に片付けも済ませました。個人個人もそれはきちっとされております。
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健康には努力が要る

 オパール・ネットワーク我孫子支部の会員方の住所は比較的近くです。グループが出来てから10年も経ちますとそれなりに身体に変化が起きております。
 足腰の痛みや不自由さ、肩こりの悩み、目が疲れるなどいろいろと出て来ております。高齢社会というのも身近に感じます。
 去る13日会員の川西文子さんの指導で「一人で出来る 知ってお得なツボ」の勉強をしました。
 私の住むマンションの2階集会所の和室に10名が集まりました。
 川西さんから希望を聞かれました。先ず知りたい、覚えたいことを先にしましょうと皺の手入れ方法から始めました。(女性の気持ち、チョッと楽しいですね。)

 川西さんから頂いたパンフレットにはツボと、その効能が書かれております。

          パンフレット

 腰の痛くなる原因と対処法ですが、普段キッチンに立つときに足をキチンと開き並べるのではなく、前後に足をずらして立つことも改善法だと聞きました。これは直ぐに実行できます。
 肩の凝る方は腕をよいしょと背中に背負うように放り投げ、中指の位置で強くゆっくりと押します。

 
         講習

         講習

         講習

         講習

 腰の痛い方、直ぐに痛くなる方は腰に手を置き、ゆっくりとマサージとツボを押します。
 何だか4日も経って仕舞いますと可なり具体的な描写は出来ないと分かりました。沢山教えて頂いたのにね。
 困りましたね。またお願いしたいところです。
 一番覚えていることは、痛いところを直ぐに押さず、先ず優しくゆっくりと撫でて、それから揉んだり押したりすことが大事だと言うことでした。
 
 
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リストランテ 大澤で

 江戸東京たてもの園をガイドさんの説明を聞きながらほぼ一周し、見学は終わりましたが予定の時間が少しずれたようです。
 バスで移動する予定を変更してタクシーに分乗。食事所に向かいました。
 行き先は幹事さんの選んだ素敵なイタリア料理のお店でした。
 最近夫とナイフやフォークを使っての外食が滅多になく、何だか気分がウキウキします。
 イタリア料理 「リストランテ 大澤」 小金井市貫井南町1-25-4

 タクシーの中でも話題が次々と出て来ます。下車してもお喋りは続きます。このレストランはパンフレットによりますと「平安時代から続く36代目が日本家屋を改装した歴史の薫るイタリアンレストラン」と言うことです。
 靴を脱がなければダメなのかしらと思いましたがその心配はありませんでした。玄関を入るとそこが控室になっております。

         控室

 直に部屋に案内されました。個室ですので気兼ねなく話が出来ます。部屋は和室の雰囲気を上手に漂わせています。
 何時もの通り最高齢の方の音頭で乾杯。料理が運ばれて来ましたが食べながらもお喋りが続きます。
 デザートが出てくる頃から14人から近況と経験した珍しい出来事などの紹介がありました。
 男性3人が免許証更新を止めておりました。市議会議員を止めた方、母親を施設に依頼している方、孫に振り回されている方、近々外国旅行に出掛ける方、後1年後には大学教授の仕事から解放される方。
 それぞれの近況に頷き、笑いそして感心して来年の会を楽しみに解散しました。
 
 以下は私の関心事
 料理はどれも美味しく、久し振りに夫と並んでナイフとフォークを手に食べました。イタリア料理は滅多に食べません。今回のコースはランチですからそう重い物ではありませんが、それでも最後は満腹状態になりました。
 私が特に美味しいと思ったのはプリモのパスタです。パスタの固さもなかなか良く、辛さが効いていて気に入りました。

        プリモ

 日本家屋ですから床の間がありますね。私の目の前に軸が掛かっております。
 それには中国蘇州の寒山寺を有名にした張継の詩「楓橋夜泊」が書かれてあります。
 なぜか分かりません。旧家ですからこういう物もあるのでしょうが、チョッと首を傾げて仕舞いました。
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見学は晴れが良い 3

 江戸東京たてもの園の東ゾーンには、見ればいろいろなことが思い出される建物が並んでおります。
 それぞれ趣を異にしておりますが、何処かで出会ったような気がします。
 ボンネットバスや都電の車輌の姿に、戦後の満員で人がこぼれそうになって乗っていた感触まで思い出させられます。
 万世橋の交番も見たような気がします。全て定かではありませんが何だか知っているようにしか思えません。
 銭湯も随分昔の経験となっておりますが、クラスの男性が座ってみたいと話していた番台や脱衣場の籠。いろいろと知っていると言うことで歳を感じますね。
 日曜日ですので、広場では子どもたちに喜ばれる物も売れれており、大勢の子どもが楽しんでおりました。
 ここは何だか孫と祖父母で一緒に来ると勉強にもなり、また懐かしい出会いを見つけることが出来るでしょうね。

       路面電車(都電)

       ボンネットバス

       物干し風景

       銭湯

       小寺醤油店の蔵のなか

       居酒屋鍵屋店内

         万世橋交番

 何だか勝手知ったると言う言葉が出て来ます。戦後直ぐの東京では未だ井戸とポンプという生活が多くて、私もポンプで水を汲み洗濯をしたものです。
 洗濯物を干すには晴れの日が良いですね。乾燥機や洗濯機などは未だ無い時代でした。
 この日お天気が良く、晴れておりましたので物干し竿に浴衣が掛かっておりました。雨でしたらとりこんであったことでしょう。
 戦後間もない頃の東京の街を多少知っていましたので話すことも多く、すっかり楽しんで来ました。
 
 一回りした後、タクシーに分乗して食事処に行きました。道々も旅行の思い出や、見て来た建物の話でお喋りが続きました。 
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見学は晴れが良い 2

 江戸東京たてもの園にはそう古くはない、むしろ近代の東京の建物とも言えるような家の姿を見ることが出来ます。
HPに見られますが建築家の歴史を刻む家、旧家の屋敷、町家、財界人の屋敷、豪農の家など。楽しんできました。

        奄美の高倉から吉野家を望む

        綱島家の土間

        煙で燻す

        三井邸の石門

        三井邸客間

        三井邸の扉の藍染め

        画を描く女性

        高橋是清邸

        旧自証院霊屋

        伊達家門

 旧自証院霊屋の扉が開くのは日曜日で、お天気が晴れていなければ駄目だそうです。私たちは恵まれておりました。
 ガイドさんの案内時間は1時間。急がなければなりません。写真は沢山撮りましたが私の興味と関心の強かった物を掲載します。
 綱島家では家の柱や天井の保護のために毎日囲炉裏に薪をくべて、家の中に煙を充満させるのも大事なことだそうです。保存にはそれに関わっていなければ知り得ないことが多々あるのですね。
 三井邸はさすがにその財力を感じさせられます。庭の石門は大きな一枚岩でできております。
 高橋是清邸には時間が足りず入れませんでしたが、ガイドさんの説明によりますと2・26事件で殺害された部屋もあるそうです。
 伊予伊達家の門は江戸屋敷からの移して来たものだそうです。
 先月中国青島の斎東路26号の門の前を通りました。その家は伊達家出自の伊達順之助(日本人馬賊)が最後に住んだ家です。とても不思議な思いを致しました。
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見学は晴れが良い 1

 5月9日は8日に続き五月晴れの良いお天気に恵まれました。緑濃き鎌倉で旧交を温め、翌日の9日は7組の夫婦が集うひと時を過ごして来ました。
 1999年にドイツ・オーストリア・スイスを一緒に回った私たち7組14人は以来欠けることもなく、全員で毎年集まり、食事会を持っております。その折りには何かとセットし見学をしております。
 今回は「江戸東京たてもの園」を見学し、その後の食事はイタリア料理の「リストランテ大澤
 集合はJR武蔵小金井駅 バスに乗り都立小金井公園内にある江戸東京たてもの園に向かいました。
 バス停の前に公園入り口が待っています。公園内は緑に覆われ、芍薬などの花壇や藤棚も見られます。

        公園の緑

    たてもの園はビジターセンターから入園します。
 ビジターセンターは昭和15年(紀元2600年)に皇居前広場で行われた記念祝典のために仮設された建物を移築したものだそうです。入園しますとボランティアのガイドさんが待っていて下さり、その方の案内で西ゾーンから廻りました。

        案内図

        午砲

 この大砲は過って皇居内旧本丸で正午になると空砲を撃っていたそうです。明治4年から昭和4年までのことだそうです。

        前川國男邸

 前川國男邸には若い建築を学ぶ方が沢山見えるそうです。それぞれの家の持つ特徴についてガイドさんが説明をして下さいます。

        小出邸

 この小出邸は堀口捨巳先生が最初に手掛けた建物だそうです。堀口先生は明治大学工学部で長く教鞭をとられており、工学部長もされましたので、懐かしくお顔を思い出しました。
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緑濃き鎌倉で座談

 恒例となっております池田一新先生を中心に集まり、交流を続けている鎌倉座談。一昨日8日は旧知の明大教職員と現職の教員3名。全部で10名の嬉しい会合となりました。
 お決まりの集合場所JR鎌倉駅。連休後と言うことでしょうか比較的人が多くありませんでした。見渡す風景は余り変ってはおりませんが、目の前の店舗は何時しか入れ替わりが起きておりました。
 人力車が増えているのに気がつきました。若者がここに仕事を求めているのでしょうか。お客は意外にも高齢者ではなく若い男女・若い女性のペアーが目につきます。
 鎌倉駅から会場の雷亭に向かう道筋の立派な緑に囲まれた家々。マンション住まいの私は毎度「素敵ね―」と声に出します。
 雷亭の庭はそう技巧的ではありません。自然を活かした風景。その自然の中に身を置く自分を喜ぶ満足感を毎度味わって来ます。(雷亭の雷は木偏に雷と書きます)

       鯉泳ぐ

       榧の化石

       季節の前菜

 お世話役の増澤俊彦先生は昨年定年退職されましたが、相変わらずきめ細やかな行き届いたお世話をして下さり感謝で一杯です。
 話題はいろいろと織り交ぜてとなりましたが、現職の先生方からは大学の様子や最近の学生像のこともお聞き出来ました。
 面白い話題も事欠きません。
 面白かったのはテンプラ学生という話です。昔は偽学生のことをテンプラと言いました。
 高名な僧籍にある作家がテンプラだったと聞きますと、知りたがりの私は面白くてなりません。こういう話はその道に詳しい先生でこそ伺えることですね。
 会も終わりに近くなった頃、雷亭のお嬢さん岩村もと子さんが挨拶にお見えになりました。
 岩村さんは旧姓桑原さん 明治大学政経学部の卒業生。堅実な感じでこの家の姿に相応しい方だなーと思ったことでした。
 

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10屯トラックがやって来た

 ヤマト宅急便を利用しますとポイントが貯まります。このポイントは営業所でないと駄目らしいのです。
 昨年そのことに気が付き貯め始めました。先ず歩いて5分ほどの所に営業所がありますので、カードを貰いました。 一階のスーパーでもヤマト便の発送は出来ますがポイントカードは扱っておりません。カードを貰うまではスーパーで送っていましたが、今は重い物もカートに載せて出しに行きます。
 ポイントは品物一個につき3ポイント。これは宅配で家に届いた時にも3ポイントつきます。
 「○○ですがお届け物です」「何処からですか」「~~様からです」
 難聴ですので○○がはっきりと聞き取れません。ドアーを開けヤマトと分かるとカードを手にして受領の判を押すより先にポイントの判を押して貰います。
 これは「チビキムヨナ」の為です。
 30ポイントでミニチュアの小さな保冷車を貰いました。ところが90ポイントとなりますと10屯トラックが貰えます。
 先日とうとう貰うことが出来ました。 どっしりと重くミニチュアとは言え存在感充分。
 後部扉も開きます。カメラに収めたのですが暗くて奥まで見えません。残念。これは目で見なければ駄目ですね。
  私も欲しくなっております。
 それにはポイントです。送る時も受け取る時も確りと判を押して貰います。
 営業所に行きますといろいろなサービスがあることを知ります。朝8時から9時までの間に持って行けば近県ですと午後6時以降には先方に届きます。
         
         並ぶトラック群

         これはお菓子が積まれています

         10屯トラック・これです

 孫は手に持ったら離しません。やっと写させて貰いました。手元に欲しいのでこれからのポイントは我が為にと判を忘れずに貰いましょう。
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自家製シャケフレーク

 廉い物を買いますと嬉しくなります。
 問題は廉いからと言っても使わずに長ーく押し入れやタンスに入れたまま、結局は貰い手もなく、ただ場所塞ぎになっているものもあります。見る度に気が引けます。
 食品の場合はそれなりに消化する方法を考えて、自己満足の世界に浸ります。
 毎週一回か二回は生産者が持ちこんでいる店に行きます。何とか大臣が号令をかけた時期でもそういった所では高くはしておりません。嬉しいですね。

 昨日は長女と我孫子市天王台にある「わくわく広場」に出動しました。
 このところ毎回筍を買い、野菜や藷などを各種求めて来ます。長女の娘はバレエを習っていますが、高校生ですので年頃からどうしても太りやすいのです。で母娘は協力し出来るだけ野菜を多く摂るように心掛けております。此処の野菜は新鮮で廉くとても助かります。
 昨日も赤い色、白い色、緑色と種類もいろいろと合わせて買ってきました。
 
 このわくわく広場には野菜だけではなく、魚や肉、また惣菜類が少しずつ置かれております。ここは私の好きな穴場。私一人の穴場?かも知れません。
 昨日は塩鮭の断ち落とし(と言っても尾の部分)がワンパック250円。腹の部分もなく脂の少ないところだけ。
 これはフレーク作りにピッタリ。
 今朝は早く目が覚めましたので、待っていたとばかりに作りました。ななかな良いですね。美味しく出来あがりました。

         シャケフレーク

 私の作り方
 シャケをそのまま焼きます。
 皮や中骨を取り、細かくほぐします。時にはすり鉢で摺ることもあります。
 浅い鍋に出汁と日本酒を注ぎ、隠し味にほんの少し砂糖を入れます。
 鍋の調味料が沸きだしたら、ほぐしたシャケを入れて焦げないように炒り付けます。
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一枚の写真から更に

 今回の青島訪問の目的の一つは旧住所の再訪でした。青島訪問7はその家の修復された姿を掲載しております。
 斎東路11号に住み一緒におママゴトをした思い出を共有する恵美子ちゃんにそのページをコピーして送りました。
 昨日の朝7時半頃房州白浜の蚕豆が届きました。送り主を見てビックリしました。私が白浜と知っていて送って下さったのです。直ぐに恵美子ちゃんにお礼の電話をしました。お嬢さんの住む都内に行かれていることが多いと伺っておりましたが、連休で自宅に戻っていたそうです。
 
         立派な蚕豆

 恵美子ちゃんと話すうちに、前の電話で話し切れなかったことをいろいろとお喋りをしました。恵美子ちゃんのご両親とお兄さんと弟さん。4人が亡くなりあの家のことを話せるのは私だけになって仕舞ったと、切ない心の内をお聞きしし、会いに行きたいという感情がこみ上げて来ました。

 昨年青島の資料を整理している時に見つけた一枚の写真から恵美子ちゃんと話をしました。また同じ話も出て来ましたが、先月の訪問時の信号山のこと、斎東路11号の様子など話すうちに自然に声がおかしくなってきます。どうしてこう涙もろくなっているのでしょう。
 時間を確りと取り、手を取り合いお喋りをしたいと心が焦っております。
 青島訪問の同じページに掲載してありました、広瀬病院の玲子さんから今朝電話を頂きました。広瀬病院は第一小学校に在学した多くの子どもが診て頂いた病院です。
 
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キムヨナ 貝を持ってくる 

 二女一家は昨早朝5時起きして木更津海岸に潮干狩りに出掛けました。道路情報を見ますと大変ですね。どうしたかしらと話しておりましたら以外にも早く帰って来ました。行きは殆んど渋滞がなく、少し潮の引く時間より早かったそうですが、頑張って掘って来ました。
 長女の家と半分づつにと持って来て呉れました。小さな甲羅のカニが一匹います。二女の娘(キムヨナ)はこういった物が大好きですので、貝を見せるだけなく、貝と一緒に連れて来たのです。

         昨日の収獲

 大小混ぜ混ぜですが概ね形は良いですね。今朝は半分味噌汁で飲み、半分は冷凍保存にしました。
 アサリの泥を吐かせるのには塩水に入れることは娘も知っておりますが、間違いない方法を教えて置きました。
 今朝は確りと泥を吐きだし、身もさすがに痩せてなく、磯の香りがしました。

 話は変わり、二女の娘は来て直ぐに素早くビデオカメラに気がつき、撮ってと言います。PCの動画を開きキムヨナを写させました。
 一通りビデオに収めた後「バーちゃんのキムヨナ」と滑り出しました。「バーバ」とは言わないのです。その辺がなかなかです。私とは特定しないのです。

         バ―ちゃんのキムヨナ

 腰を落として体全体で老人のスケートを見せました。リアルで可笑しく笑わずにはいられません。最後には参って仕舞いました。
おばーさんがどんなものかとよーく観察をしているのですね。滑ってへとへとになったおばーさん。立ってはいられません。とうとう倒れて仕舞いました。
 笑うキムヨナも涎を垂らしてフィニッシュ。
 
 チビ孫は朝5時に起き、潮干狩りをし更に我が家でキムヨナを滑り、更に8時ころまたやって来ました。その時東京に出掛けていた長女親娘が来ておりましたので、そこでまた一滑り。二組で散々騒ぎやっと10時半ころ全員帰って行きました。今朝は何時に起きていましょうか。
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おさななじみ

 今月22日には青島の小学校の仲間の会「青島羊会」の懇親会が開催されます。
 随分昔になって仕舞いましたが、30代後半頃からでしたか、中村八大さんの「おさななじみ」の曲の替え歌を会の終わりに歌っておりました。
 中村八大さんも歌詞を作った土橋淳二さんも亡くなり、この頃は忘れたかのように歌われなくなっております。
 私たちは歌詞の中の先生の歳はとっくに越えており、恩師はどなたももうお呼びすることは出来ません。
 4月30日NHKBS2で「昭和の歌人たち」その第16回が放映されました。私が見るのは2回目でした。
 取り上げられているのは「中村八大さん」です。前回は3月21日でした。
 この中でデュークエイセスの歌う「おさななじみ」を聞きながら、八大さんのピアノで羊会の歌を歌ったねーと誰に言う訳でもなく心はささやいておりました。

         デュークエイセス

           羊会の歌

 この羊会の歌は18番まであるのです。
 番組の最後に九重佑三子さんが「八大さんは今頃青島にいるのではないかしら」と言いました。
 八大さんの通った小学校に私は4月7日に入って来ました。「八大さん!あなたの好きな青島。お父様の校長先生。そして弱虫だったあなたのクラス。思い出しますでしょ。見せてあげたかったわ」

 5月5日NHKBS2は再放映します。時間は16:30~17:44までです。
 羊会の皆さんぜひご覧になってくださーい。
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生徒は楽しそう

 チャイナドレスの講座は毎月の第2第4の水曜日です。先の28日生徒の一人からメールが来ました。「今日は歌舞伎の千穐楽ですので、チケットはありませんが行ってみますのでお休みしまーす」と言うことです。
 ホー今日で舞台は終わり、何時開館するんだろうかとそんな程度の感想でした。「頑張って行ってらっしゃい」と返信。
 でも千穐楽でチケットが無いって?どういうこと?と何だか歌舞伎から遠い所にいる私には分かりません。
 
 夕方遅くメールが来ました。「やっぱり残念無念でした3時間並ぶ覚悟でしたが全くダメでした。それでも暫らく並んでダメ同士で楽しくお話して諦めました。記念に歌舞伎ソバ屋でたべて歌舞伎茶屋で記念におべんとうかいました。
楽屋口に行ったら海老様が目の前を通り三津五郎さんが助手席にいるのもみました千穐楽堪能でした。今日はお休みしてスミマセンでした」
 どんな風に並んだのかと聞きましたら、写真が送られて来ました。よーく見ますと千穐楽3日前にも出掛けていたようです。

         千穐楽三日前

         立ち見席を求めて

 生徒はお友達がこのブログを良く見て下さっているそうですから、その方は列に並んでいる姿で元気だと知ることでしょう。

 歌舞伎に行くのでお休みと言う生徒のことを皆さんに伝えましたら、一人の生徒が携帯の待ち受け画面を見せてくれました。
 「これって仕分けで×になった所です」「どこ?」
 「丸の内にあるJAXAiのことです。今度の仕分けで止めになったのです。ご存じですか」「知りませんね」
 「面白いですよ。先日行って来たのです」「どれどれみせて」見せて貰いましたら何だか可愛くて、チョッとコミカルな感じです。
 画像を送って貰いました。ロスのオリンピックの開会式を思い出しました。空中を遊泳する人間の体が服でがっしりと包まれて意思とは無関係なその姿。見ているだけで自然に心が和んできます。実際にこの方の普段の表情は和やかで、頬笑みが絶えません。生活をとても楽しんでおります。

             宇宙服に収まる

 夜の講座は仕事を持っている方が殆んどです。年度末と言うことで休みますと2人の生徒からメールが入りました。
 受講料は決して安くはありませんが、ゆったりと仕事のストレスを解き、楽しんで下されば良いのではと思っております。
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今日と言う日

 1931年5月1日私は誕生しました。今日で満79歳。80歳へと一歩踏み出しました。
 今日は朝から忙しくも嬉しい日となりました。
 朝食を済ませてPCを開きますと小学校のクラスメートの勇ちゃんからバースデ―カードが送られて来ております。毎年のこととは言え嬉しく、折り返しカードでお礼を送りました。
 
 ニュースは上海万博を取材した各局がそれぞれの角度で見た上海の姿を報じ、私も関心が高まって来ました。
 上海万博のリハーサルの様子や、今日の会場で並ぶ人々のことから突然思い出し、大阪万博の警備本部長をした小館徳衛さんに電話を入れ近況を語り合いました。 
 青島に行く時ビデオカメラが重いので持たずに行き、後で矢張り持って行くべきだったと、最近270gと言う軽い物を求めました。使い方が未だ分からず、先ず練習だと昼食後手賀沼に出掛けました。

        手賀沼

 手賀沼は家族連れが多く、水ぬるむ沼にスワンを象ったボートも何艘も見えます。球戯をする人、遠くの釣り人、近くの将棋を指す男性たち、自転車のカップル。あの先週の寒さは消え、誰もが暖かい日差しを楽しんでおります。

 ビデオをチョと練習。帰宅途中で髪のカットをしなければと気がつき、美容院に寄りカットをしました。

 ブログ出版局から私のブログ本を見本にしたいと3月末に承諾を求めるメールを頂いておりました。その見本が出来たと連絡がありました。早速取り出し眺めてみました。誕生日なので記念にと思い、出版局に掲載をしたいと問い合わせをしました。
 どうぞと返事を頂きました。下の画像です。

        相子老婆のブログ本

 見本のジャンルは「文庫本風」と言うことです。とても良い記念の物となりました。

 夕飯は長女の家でご馳走になりましたが、孫は嵐の二宮君が大好きだと食事中も嵐のコンサートの様子を横に眺めながらです。
 孫には勝てません。困りましたね。名字だけしか知らないのです。でも顔は何回も見ることは出来ました。

        二宮君

 娘の家から戻り直ぐに「蒼穹の昴」を見ていましたら「康有為」と関係する場面が出て来ました。青島の小魚山公園の近くに彼の旧居があるのです。次回の訪問の折りは見学したいものだと思ったことです。 

 手賀沼までの往復、お天気も良く青空を仰ぎ、新緑を眺めながら歩くなど滅多にないことをした日となりました。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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