2011-02

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旗袍あれこれ

 チャイナドレスと言われる女性の衣服があります。それは中国服についての言い方です。中国に行きチャイナドレスを買いたいと言いましても通用しません。でもガイドには分かると思いますよ。
 チャイナドレスとは日本語での言い方だと知っておいて頂ければと思います。
 普通このチャイドレスのことは中国では旗袍(チーパオ)と呼ばれます。
 
 昨年は中国語版 今年の9月26日から日本語版の「蒼穹の昴」がNHKのTVで放映されております。
 昨日は第22回目 「中秋の宴」を見ることが出来ました。
 昨年には中国語版を全部見ておりましたが、改めて日本語版を見ますと以外に忘れていたことも思い出し、それなりに楽しく余裕を持って見ることが出来ました。復習は役に立ちますね。
 このドラマは西太后以外は男性が中心になっております。
 劇中 男性の着る補服と言われる黒の上着には補子という四角の刺繍を施したワッペンの様な布が付けられております。
 清朝の文武百官と言いますか、所謂旗人と言われる男性の置かれている地位を現す物です。
 手元に清代の芸用写真百図という薄い冊子があります。そこには舞台や、映画で着る際の見本のような衣服が掲載されております。

         清代服飾本の表紙  補子を付けた文武官

 上の補子を付けた文武官は芸用写真百図に掲載されている物です。
 清朝は満州族を八旗「はっき」と言う八種類の旗で分かるような組織を作り、その組織にいる者を旗人と言いました。八旗の人が着る衣服を旗袍と言いました。これが旗袍の語源でもあります。
 八旗の説明は私には荷が重く簡単には書けません。
 今回は補子の綺麗な物を掲載しますのでご覧ください。

       武官補子「一品麒麟」  文官補子「一品仙鶴」

       武官「二品獅子」  文官「二品錦鶏」

       文官「三品孔雀」

 宮廷に仕える男性 特に高官は一品から九品まで段階があり、武官は獣 文官は鳥 の模様を補子の模様にします。
 私の手元にある好きな一枚は武官九品の海馬と言うものです。これはとても綺麗ですので額にして飾っております。また文官二品の錦鶏のも額にし飾っております。
 全て手仕事で作られているので、大体一点ものです。中国でお買いになる時は中心で別れている物は前身頃のものです。一枚になっているのは背中に付けられた物ですから、飾るのでしたら中心が別れていない物をお薦めします。
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新鮮さが何より

 房総の春は早い 2月から3月へと人々が花つみに出掛けます。
 南房総市と紹介されておりますが、私には千倉、白浜、和田などが花に合う名前です。南房総市は館山を取り囲むような市ですが、花が有名なのはあの半島の先の方でしょうね。
 特にあの千倉の白間津ですね。以前は生徒や友人と連れだって何回も出掛けました。花を切りながら浩然の気を養います。心身が活き活きとします。
 シーズンには観光バスが押し寄せます。広がった花畑 その先に見える海原 太平洋の水平線と美しい波の色
 この風景を掲載しいるブログに出会いますと、柔らかな日差し 花の香り 遠くに見えるゆったりとした海原 そして土の匂い 吸い込まれるような気分にとっぷりと浸ります。
 少女の頃 白浜から千倉に向けて自転車で何回もあの緩やかな坂を通りました。花畑のある辺りは坂の分岐点です。冬の房総半島の最南端は西風が吹きます。吹き出しますと何日も続くことがあります。
 東に向けてあのなだらかな坂を昇るには西風は追い風になりますが、西へと戻る時にはそれはそれは苦しいことでした。今時あそこを自転車で通る方はそうそういませんでしょうね。
 最近は自転車乗りといいますか、ツーリングと言うのでしょうか、そういう方はあの坂を走るとさぞ気分が良いのではと、想像しております。潮の香りが届きそうではありませんか。下の方を通る道がありましたかしら。有ったような気がして来ました。故郷が遠くになりました。
 昔は房総の花は「駄花」と言われ、伊豆や渥美半島などの物などと比べ、廉い花の代名詞のように呼ばれておりました。農家ではありませんが、悔しくてなりませんでした。
 花の出荷が多いと、市場で買い叩かれて花卉栽培の農家の方は手取りが運賃にもならなかったと言う話は今はもう無いのでしょうか。そうでしたら良いのですが。気になります。

 房総の花を送って頂くと実に長持ちをするのです。以前は持ち運びが苦になりませんでしたから、送って頂きました。箱一杯送って頂くと10軒位の方に差し上げることが出来ました。日頃お世話になっている方には、とても喜ばれたものです。新鮮さでは花屋に並んでいる物とは比較になりません。
 花つみは楽しさと嬉しさとを堪能させて呉れます。

 花つみには行かなくなりましたが、新鮮な館山のイチゴが届きました。新鮮さが何よりですね。有難く頂きました。最近は館山のいちご狩りは有名なようですね。

            館山のイチゴ

 一体最近の房総半島から出荷されている果物や野菜、そして花などはどうなんだろうと探してみました。
 綺麗なイラストの房総半島に出会いました。花が咲いたような姿です。

              千葉の農産物

 JA全農ちばのHPから見つけました。美しい農産物が半島全体を埋めております。眺めては千葉は素敵でしょと呟いております。
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珍しい紙幣

 昨日は高さんのお宅に伺いました。
お願いしていた用は直ぐに済みましたが、商社マンとして世界を歩いた高さんのお話には興味がそそられます。
 中近東にも長く赴任されていたようで、人形や飾り物にもかの地の物が沢山並べられております。
 イスラムのことにも詳しく、最近のエジプトやリビアのことも話題になり、イスラムの習慣等にも触れました。
 知りたがりの相子の気持ちを掻き立てます。
       そこに見せて下ったのがエジプトとリビアの紙幣です。

       リビア紙幣表  リビア紙幣裏

       エジプト紙幣表  エジプト紙幣裏

 紙幣は新券で綺麗です。エジプトでは確か米ドルしか使わなかったような気がしますので、しげしげ眺めたのは初めてでした。リビアの紙幣の人物はカダフィでしょうか。リビアの政情については知りませんでしたが、40年以上も一人の人間が国民の生殺与奪の権限を持っていたとは驚かされます。

 高さんは一本の万華鏡を私に見せて下さいました。直径2㎝位、長さは18㎝位でしょうか。軽い物です。
 覗いた途端私は「ウォー!ウォー!」と思わず大声を上げました。万華鏡とかプラネタリウムは大好きでしたし、夜の天体観測も子どもの頃は夏の夜の楽しみの一つでした。
 その万華鏡を高さんのお宅のステンドグラスのコーナーに向けて回しますと、その煌めく色と色。興奮して暫らく覗きこみ、挙句の果てにスーパーマクロで写して見ました。
 残念なことにこれは人の目にお見せできるようにはなりませんでした。
 高さんに見本に一枚をお送りし、次回にまた写させて下さいとお願いしました。
 皆さんにお見せしたのです。

 今朝 高さんからの返事を拝見しますと、別な万華鏡を注文をしてありますから、届きましたらお知らせしますよ。と記されております。楽しみです。
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ラベルで気分も良く

 高齢になりますと兎角料理もマンネリになります。新しい料理にもなかなか挑戦出来ずにおります。
 普段私の作る物では煮物が中心ですね。殆んど醤油味です。
 そんな中でも保存食と言いますか、佃煮などは良く作ります。
 作る時にはある程度の分量を作り、親しい方へお送りします。
 手土産にも良く持って行きます。付き合う方は年齢の高い方が多く、醤油味が好きな歳と言ってもよろしいでしょうね。
 お土産の甘いものは餡物にしますが、佃煮も喜んで頂けるのではないかと勝手に思い込み押しつけるのです。
 それもラベルを貼り、アッピールをします。
 将に自己満足の世界です。
 先に鯵の卯の花合えを作りましたが、その卯の花和えをプレゼントにしたいとラベルを用意しました。
 
             鯵の卯の花合えラベル

 マンションの一階に鮮魚店が出店しましたので、鯵の良いのが求めやすくなりました。何となく気が張ります。
 
 これで私のお配りが一つ増えました。ラベルも五枚になりました。今までに作り使った物は次のような物です。

     ちりめんラベル  ラベルマーマレード

     烏賊塩辛ラベル  牛そぼろラベル

 こうして見ますと大した物ではなくても、チョッと良く見えますでしょ。それに浅草橋で買ってきた自家製というシールを貼ります。お遊びを兼ねておりますよ。老いの楽しみとも言えるかも知れませんね。
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2010年のブログ本

 段々とものぐさになって来ております。料理も手抜きが増え、掃除もいい加減。
 物欲は余り無くなり、物を買わないと言いますか、欲しい物が余りなくても、いつの間にか家の中には物が溜まってしまいます。
 本を処分することも考えますが、それは本気で片付ける気が起きません。
 そんな中でまた本を増やしております。ですがこの本は文庫本タイプの自分のブログ本です。
 
 ブログを書き始めてからブログ本を作り一年を前半と後半に分けて注文します。昨年のブログ本も勿論2冊になっております。(一年目は一冊にしましたので厚すぎました)
 ブログ本は自分で校正をしなければなりません。最初は何だか試行錯誤でまごまごして仕舞いましたが、このところ校正の仕方も要領を覚え、比較的早く直すことが出来るようになりました。
 校正はブログの原本を直さなければ直せません。直している内に元の中に欠点を見つけることもあります。
 校正は何回でも無料です。全て自分で納得してから正式に注文をします。

        ブログ本10年前半  ブログ本10年後半

 昨年の前半は 315ページ 後半は 262ページ となりました。後半が少ない理由は画像をだらだらと下へと並べることを止めて、二枚を横並びに直したからです。これは早く気がつけば良かったことです。
 何事も経験ですね。ページ数が少なければ価格も廉くなります。
 
 この表紙や色など一冊目から同じです。奥付も一人前に書かれておりますし、著者名は相子 発行人は持永あい子となっており、ただ一冊の本です。
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2並びを見つけました

 昨年12月23日 私は叔母の葬儀に出席するためにJR船橋駅から千葉に向かう電車に乗りました。
 随分この電車に乗ることがありませんでしたので、窓外の景色をお上りさんの様にキョロキョロと見まわしておりました。 
 その時 扉の上の数字に目が止まりました。何と2が5個も並んでおります。確かそれはクリスマスプレゼントに関わる数字だったと思います。

        22222.jpg

 車内は空いております。直ぐに立ち上がり携帯で写しました。
 この2並びをこの日見た私はあの9個の2並びのことを即思い出しました。

 偶然と一言で言って仕舞ってはどうも不思議でなりません。
 このこと以外にも偶然にと言うことが時々起きます。
 
 仕事を止めてから既に21年 毎年この2月22日が来ますとあの日のことを思い出すのです。
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鶏キンピラ牛蒡

 我孫子駅南口すぐそばに小柳商店と言う鶏肉専門店があります。
 しょっちゅう行くことは出来ませんが、けやきプラザでの会合がある時など、序でに寄る程度です。 
 骨付きモモや手羽等を求めます。
 店頭には四季折々の鉢植えの花々が並び、その店頭の風景は気取らず、私にはその店の素朴さを感じさせられます。
 鶏肉を求めるだけではなく鶏油を作る材料の皮を買います。小柳さんでは冷凍してありますから帰宅後冷凍室で保管。必要に応じて鶏油を作ります。 
 油を作り終わりますと皮が美味しそうな香りを漂わせております。最初はただ甘辛で味を付けていましたが、最近は牛蒡と一緒に炒め、甘辛の味を付けて夕食のアルコールの当てにします。
 この鶏キンピラ牛蒡はビールにも日本酒にも、ワインにも合います。
 牛蒡も昔と違い産地が多くなり、柔らかい牛蒡が年中出回っておりますね。硬い物が苦手になった私も助かります。

           鶏キンピラ牛蒡

 このキンピラは一旦冷蔵庫で保存しますと、味がグーンと落ちます。ですから出来るだけ冷蔵庫に入れないで食べ切るのが良いのですが、何時も残って仕舞います。

 先日の話し 小柳さんでは最近鶏油を作るからというお客様が増え、皮が良く売れるようになったそうです
 我が家は焼きそばやチャーハンを作る時にはこの鶏油を使います。美味しいですよ。お試しください。
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エジプト旅行 9日目から帰国まで

 エジプトの驚くべき政変 ムバラク失脚となってもなお政情は不安が続いているようです。
 私たちと一緒に廻って下さったアムラさん(カイロ大学日本語学科第一期卒業)彼女はどうしているでしょうか。日本からの観光客は途絶えているでしょうから、毎日をどう過ごしているのでしょうか。

 1996年12月 エジプト旅行の8日目の夕方 ルクソールからエジプト航空166便でカイロに戻りました。カイロの街には灯りが輝き、バスは一気にギザのホテルに着きました。大きなホテル フォルテグランドのロビーは天井が高く、豪華に見えました。早速アーケードを探索。煌びやかな品々を眺めウンウンと感心しました。
 夜明けカーテンを開けますと目の前に忽然とも言えるようにピラミッドの姿が現れました。これぞエジプト
 
             ホテルから見えたピラミッド

 午前 バスはメンフィスのミュージアムに着きました。ラムセスⅡ世の像等を拝見 そしてサッカラの階段ピラミッドを訪ね、私はロバに乗り(唯跨っただけ)周辺の砂漠様の姿に触れました。

        メンフィスのミュージアム    ろばに乗る
 
 階段ピラミッドから貴族の墓を見学しました。入口の男性が私のボールペンを見て、呉れと言います。上げる訳にはゆきませんので断りました。そこから昼食をとるシーフードレストラン「クリスト」に向かいました。
 バスからロバに引かせる水汲みの井戸が見え、印象に残っております。あのピラミッドをはじめ多くの遺跡のあるエジプト。古代の人は灌漑の水路をどうして作らなかったのでしょうね。不思議でなりません。

      水汲み  パンを焼く

 クリストの入口で女性がナンのように直火でパンを焼いておりました。傍に行き覗きこみましたら1ドル呉れと言います。これは出しませんでした。昼食のメインは塩焼きのスズキ。日本を出てから初めて口に合う物を食べることが出来、満足満足です。
 昼食を済ませて私たちはパピルス博物館に入りました。この博物館ではパピルスの出来上がるまでの行程を見ることが出来ます。ですが実態は土産物店です。日本語の上手な店員さんが何人もおります。
 その後はいよいよピラミッド見学です。スフィンクスが想像外の大きさ と言いますのはピラミッドの前に映っている姿から見て小さかったのです。

      ピラミッドの前の二人  ピラミッドの入り口

 ピラミッドの石の大きさ 上るにも大変です。今ではとても這いあがれませんね。

      ピラミッドの中  ピラミッドをバックに夫

 ラクダに乗っている私はカメラに収めて貰おうと、ピラミッドの傍に着きましたがラクダから降りずに暫らく待ちました。夫がなかなか到着しません。仕方なく降りて仕舞いました。そこにやって来た夫 なんと髪にターバンンを巻いております。聞きましたら途中でラクダ引きの男性が「子どもが二人いて生活が苦しい」と言いながら夫にターバンを巻いてくれ、写真を撮って呉れたそうです。そこまでは良かったのですが、夫がチップを渡すまでラクダから下ろして呉れなかったのでした。

      ターバンの夫  スフインクスの前で

 ピラミッドの大きさと言ったらもう凄いの一言です。偉大な遺跡 二度と行くことはないと思いながら帰路につきました。ギザの街は高層ビルが沢山立ち並び、ピラミッドは街の一部のような感じです。

                 ギザの街

 写真を撮らず残念だったのはピラミッドの右手に石油採掘の櫓が何本も見えたのです。古代と現代を現す象徴的な姿です。今も眼に浮かびます。

 その日がエジプトの最後の日と言えましょう。
 翌朝暗い内にカイロ空港に向かい、ロンドン経由で帰国しました。
 
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取り敢えず怒らないで

 このところ このところばかりではありません。ずーと毎日毎日ニュースを見ては憤慨しております。
 政治家のお腹の中までは覗けませんが、何時になったら国民?私の様な者にでも先が少しでも見えるような方策はないものでしょうか。朝は食卓に料理を並べ、新聞を添えてカメラを向けます。
 トップに良い活字は滅多に見られませんね。この時点では腹が立ちそうでもまー良く読んでいませんから、消化を妨げると言うようなことにはなりません。
 ところが画像を整理しておりますと、もう腹が立つこと、立つこと。今朝も原口さんや石原さん、橋本さんなど政治に携わる人々の討論と言いますか、現状打開を目指す方向がそれぞれの立場、主張で述べられておりました。
 一体何時になったら良い方向へと転換するとか 新しい方向が見えて来たとかが分かって来るのでしょうかね。

      朝食2月12日  朝食2月13日

      朝食2月15日  朝食2月16日

      朝食2月18日  朝食2月19日

 老婆になりますと辛抱気がなくなります。どうぞゆっくり確りと迅速にと願っています。それにしましてもややこしい政治の世界ですね。
 15日は雪も上がり、都心は晴れ渡っておりました。総理官邸も素晴らしい姿を見せておりました。
 
      2月15日総理官邸

  「確りとやって下さーい」と大声を出しても届きませんよね。
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素敵なプレゼント

 ブログを書き始めてからのブロトモと言いますか、その方は富山で万里と言うラーメン店を開いている瀬戸さんと言う方です。
 食に対する姿勢に共感しております。富山と言いますと置き薬を思いだします。瀬戸さんを知るまでは、その地のことは殆んど知らなかったと言っても良いほどでした。
 瀬戸さんのブログを拝見し、富山の美味しいものには驚きました。数年前明治大学全国校友大会が富山で開催されるのを機会に瀬戸さんを訪問しました。
 話が合いましたね。青島羊会(小学校の同級生の集まり)の修学旅行が今年は金沢だそうで、私は何とか富山に寄りたいと思っております。
 その富山の瀬戸さんから獲れたてのお刺身が届きました。嬉しいですね。プレゼントはなんだかんだと言いましても嬉しいものです。内田百さんもプレゼンは大好きだと言っておりました。私も感謝を込めて素直に頂きます。

         富山の刺身

 手前の右はカサゴ 手前中は鯛 奥は車鯛 と説明が付けられて画像が添付されておりました。
 その通りのお刺身が届きました。
 新鮮と言う言葉でも言い表せない位、確りと歯応えと甘味のあるお刺身。コマーシャルにありそうな「幸せだなー」という気分です。ワサビ醤油でも合わせ酢でもと添え書きがありましたので、どちらもつけて食べました。矢張りどちらも美味しいですね。感謝です。
 お刺身の他に鯵の開きとノドグロが一尾一緒に届きました。ノドグロですが、ウロコも綺麗に引いてあり口には紙が咥えさせてありました。丁寧なことですね。ムツ類は大好きですから、これはこれはと塩焼きにして頂きました。
 
        ノドグロ塩焼

 今は大根も美味しいですから、下ろし大根をたっぷりと添えて頂きました。
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三拍子揃った素晴らしい一時

 2月14日の夜 関東地方は雪になりました。TVが映す都内の景色に段々不安が起きて来ました。
 夫は合間合間に気象情報を出し、見せて呉れます。やがて雪は深夜には止みそうになって来ました。
 15日(昨日)朝早くには雪も雨に変わり、やがて空は徐々に晴れて来ました。
 
 霞が関ビル35階に12時に到着しなければなりません。地下鉄霞ヶ関駅から地上に上がりましたら、思わずフーと深呼吸をしました。同行して下さっている書の先生も素晴らしい空を眺めて歩きました。
 私は財務省や文科省、そして総合庁舎の説明をしながら35階に辿りつきました。

 昨日の集まりは「内藤敏子さんのチター演奏とスペシャルランチ」の会でした。内藤さんの演奏とお話をお聞きしたいと言う多くの友人、知人の希望を叶えたいとこの日の会をアレンジしました。
 12時に内藤さんはお見えになり、早速チューニングを始めました。お客様は12時30分の受付前に続々お見えになりました。そして控室から大きく広がった透明のように澄み切った風景を眺め、感嘆の声を上げております。

      チューニングする内藤さん  雪の消えた議事堂

 午後1時 正確に会は始まりました。ゲストの内藤さん、そして私とご縁のある方、またその方々と繋がりのある方々。それ以外の方はおりません。和やかな雰囲気のなか会は進みました。
 昨日のランチはウィーンの味です。東海大学校友会館の総料理長千吉良靖男さん(オーストリア料理人連盟名誉会員)の説明をお聞きしますと、早速料理が運ばれて来ました。
 珍しい前菜やメインディッシュは多くの方には初めてのようです。彼方此方から「美味しい―」と声が聞こえて来ます。
 
      チャイナドレスの生徒とご主人  中国青島時代の友人

 友人、知人の範囲は多岐にわたります。皆さんが楽しみ和やかに歓談をされております。初めてお会いした方でも直ぐに話題に溶け込まれている様子です。見渡して安心しました。
 
 内藤さんのお話は曲に纏わる様々なことに触れ、それに続いて奏でるチターの音。時代の姿を表現する言葉やエピソードは感動を与えてくださいます。お話とチターの曲とが相俟って素晴らしい演奏となりました。

   プログラム      内藤さんと千吉良さん

   メニューカード    2月15日の料理

 今回の集まりには東海大学校友会館のご協力が大きく、大変感謝を致しております。
 会場も大きな部屋を使わせて頂き、垢ぬけたメニューカードも用意して下さり、大変有難く感謝をしております。
 内藤さんにはプログラムもお持ち下さり、用意して下さったチター協会の方々にもお世話になりました。

 昨日は音楽良し、料理良し、景色良しと三拍子揃った素晴らしい時間を皆さんと一緒に過ごすことが出来ました。 
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孫のケーキ

 長女の一人娘は高校2年生 昨年二週間ほどオーストラリヤにホームステーで行きました。
 オレンジ市というそう大きくない町のようです。預かって下さった家のお父さんはギターの先生で、自宅はスタジオでもあるようです。
 なかなか親切な方で、孫が到着してすぐに写真をメールで送って下さいました。元気ですよーと言うことですね。ごく普通の家庭です。
 オレンジ市の高校での生活は、授業も勿論一緒に受けたようですが、歓迎のパーティーや文化活動もあったようです。
 ケーキも一緒に作ったそうで、今日はそのケーキを作り我が家に持って来て呉れました。私たちへのプレゼントです。
 娘も一時シドニーに住んでおりましたので、親の説明に依りますとこのケーキはオーストラリヤでは一般的なケーキだそうです。親も馴染みだった訳で、美味しく出来ておりました。

      ケーキ1  ケーキ2

      ケーキ3  ケーキ4

 孫にケーキの名前と作り方を聞きました。「ラミントン」と言うのだそうです。で作り方を書いて呉れました。

材料 ココアパウダー 粉砂糖  スポンジケーキ ココナッツパウダー お湯
 
作り方 1 ココアパウダー・粉砂糖・お湯を混ぜる
     2 そこにスポンジケーキを浸す
     3 スポンジケーキにココナッツパウダーをまぶし、そして冷やす

   普通はクリームは掛けないそうです。今日はメレンゲのような軽いクリームを掛けて呉れました。

 こう聞きますとなる程 こういうのが家庭でのデザートなんだと感心しました。大袈裟なことではないところが良いですね。やるぞーと張りきると長続きはしないかも知れませんね。お手軽が良いですね。
 日本ではお汁粉でしょうか。それともお団子でしょうか。(老人臭くて済みません)
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寅から卯へと

 中国の正月と言える春節は今年は2月3日でした。
 1月29日 中国語の老師は壁に赤い切り紙を二枚貼りました。

       干支の切り紙

 寅から卯へと移るという意味でお持ちになったことだと思います。中国の切り紙は「剪紙」と呼ばれおります。
今までもいろいろな剪紙に出会っておりますが、何色かの物よりは赤が印象に残りますね。
 29日はまだ春節前でしたので、授業の内容は干支のことから始まりました。同学の生まれは(属相・生肖)それぞれ何かとお聞きになります。私は羊です。羊は冬に生まれると「一生命苦」と言われ5月生まれは良いと言われましたので、まー何となく良かったような気分になりました。中国ではこのような言い伝えが多いようですね。
 最初は干支の話 それからあとは香港の物価高と、関連する問題を人民日報海外版で読みました。何時もの通り私はしどろもどろの訳です。

 先週5日 この日は既に春節を迎えており、中国では未だ多くの方が故郷に留まっているかも知れませんね。
 中国は物凄い勢いで経済や社会体制の変革が進んでいることは知っておりますが、言葉も次々に新しい言葉が現れております。一番困るのは短縮して二文字や三文字程度に短くして表現していることです。
 老師は毎年何回か北京をはじめ中国の各地を訪問しておりますので、新語も良く教えて下さいます。

 春節を迎え 人々の挨拶や手紙等で使われていた決まり言葉に変化が起きていると言うことです。
 
     旧=過年好! 恭賀発財!     新=春節好! 新年好! 

 短く表現されている言葉 春運=これは春節帰省混雑期の特別輸送(期間)
 この期間に移動した人数は今年は延28億7千万人に達したそうです。民族の大移動の言葉の実感がしますね。
  短くされている言葉 春晩=春節聯歓晩会(大晦日の番組)
 老師は日本の紅白は歌ばかりだが中国のは 魔術 雑技 相声(漫才)唱歌(独唱も合唱も)舞踏 小品(笑いのあるもの)この小品には毎年出演する男性は趙本山という東北出身の男性だそうです。

        老師春節説明

 前置きの話しが長くなり、毎度のことながら宿題は超スピードで終わります。この日の宿題は台湾に移住した著名な方々に共通することに付いて書かれたものでした。
 テレサ・テンをはじめ多くの知名人は、中国の内戦から台湾に渡って来た人たちの為に作られた眷村と言われる集落で育った方だと言うのです。タイトルは「留住“眷村”」です。この急造された家々は老朽化し、取り壊されるかもしれないが、そこは見直され魅力的な存在でもあると言うことです。文化的な価値を見出している方もいて、新しい角度で見ることが大事だと、メディアも取り上げていると言うことです。
 大雑把な説明ですが、文化的な意味があれば保存するだけの価値があると言うことです。
 (人民日報海外版からです)
 
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これが好き

 昔の子どもは鉛筆を削るのにナイフを使っておりました。今の様な削り機を使う子どもは滅多におりません。
 電動の削り機はありませんでした。手回しの削り機を持っている子は裕福な家の子どもというような気がしております。
 私はナイフ派でした。小学生の鉛筆箱には鉛筆削り用のナイフが入っていたり、持っていない子どもは友達に借りて削りました。
 削るのも子ども社会では競走でした。如何に綺麗に削れるかは大きな関心事でもあり、上手に削れますとそれはそれなりに嬉しいことでした。
 形は細長く削れた物、短くづんぐリと見える物、見るからにバランス良く削られた物 
 バランス良く削れると子どもなりに嬉しかったですね。
 私の鉛筆箱は娘が使った物ですから随分昔の物です。ブリキで出来ております。プラスチックの物ではありません。大きさも大きくはありません。
 孫の鉛筆箱を見ますと凝っていますね。私のはもうアンティークと言えそうな(大袈裟です)代物です。ですが使えるので使っております。その中の鉛筆ですが、これはBです。HBは固くて駄目です。
 この鉛筆を短くなっても捨てることが出来ません。手回しの削り機に掛かりませんが捨てずにおりました。
 短くなりますと補助軸を使います。それでも段々短い鉛筆が溜まって仕舞います。
 そこでナイフを買いました。
 JR柏駅の改札を通り中に入りますと、ホールに時々金物をうる業者が出店しております。毎回眺めていたのですが、なかなか見つけることが出来ずにおりました。
 先週店の人らしい方に鉛筆を削りたいのですがと、聞きますと「これが良いですよ」と教えて下さいました。
 あーこれだと即買いました。 
 削り機に掛からなかった鉛筆。夕食後ゆっくりと削りました。

           短い鉛筆

 子ども頃と比べ綺麗な形とは言えませんが、気分は良いですね。今私は童心に戻ったような満足感を持っています。
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2月7日 国会図書館から再度世界の人形館へ

 昨日は中国青島から一時帰国されているリカさん 教育史を研究されている山本さんと私。3人は国会図書館で落ち合いました。
 お二人は青島でそれぞれ違うテーマで資料を集めております。国会図書館で今回探したものは第二次大戦前の青島の地図でした。私も聊か関係を持っておりましたので、同行したと言う訳です。
 図書館でコピーを受け取り、リカさんはお子さんの希望で雪を見に湯西川へと行かれました。山本さんと私は霞ヶ関ビルで青島のことや日本の教育事情などお喋りをすることが出来ました。
 昨日は北方領土の日と言うことで街宣車が国会周辺を動き廻っております。警備の警察官は物々しい姿で警備をしております。久し振りに街宣車を目にしました。

           2月7日の議事堂
        議事堂の北に見えるのが図書館です。
 
 帰路我孫子駅から先日お邪魔しました「世界の人形館」に再度伺いました。話は私のブログのことから始まりました。高さんとブログ談義というには私の出来ること等知れたものです。世界の人形館のホームページはご自分で作られたそうです。
 今回は用もあって伺ったのですが時間がありましたので、また人形を見せて頂きました。そして可なり詳しく人形の説明をお聞きすることが出来ました。
 棚を開けて下さり、特徴のある人形を指して「これは面白いでしょ。リアルな顔が良いですね」「これは踊りの姿ですよ」「これは南アフリカのですよ。これは西アフリカですよ」とか本当に大変な数です。
 一人占めでお話を伺いました。アルゼンチンタンゴの話や ラスべガラスの移り変わり。中国で求めた傘型の時計。ステンドグラスの魅力等々。
どれだけ時間をとれば全部を見尽くすことが出来るでしょうか。このような機会を得たこと、またどうぞのお言葉に甘え、再々伺いたくなるような気がしております。
 
       照明1  照明2

       時計  人形1

          人形2   人形3

 高さんご夫妻は世界各地をご一緒に回られておいでのご様子。羨ましい限りです。
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多才な39歳

 チャイナドレス(旗袍)が縁でお付き合いが始まった若い男性 安西創さん 39歳の誕生日を昨日迎えております。
 先ごろ浅草橋にご自分で稽古場を開くことになりましたと、メールを頂きました。時々身辺の様子や中国話を送って下さいます。
 安西さんの開くと言う教室ですが、二胡、中国語は勿論と思っていますが、中国語も普通語、広東語とどちらもこなしております。で何を教えになるのですかとお聞きしましたら、どれも可能だと分かりました。
 そして改めて下記の様なメールを頂きました。

 まず今般私が自分の会を主宰しようと思ったのは、20年に亘って培った、私の中にある中国語や二胡の様々なご縁や知識、また貴重な或いは楽しい経験を1人でも多くの方と共有したいと思ったからです。

 例えばカタコトでも中国語(北京語・広東語)を知る事によって新しい世界が拓け、旅先やニュースを見聞きした時の情報量が飛躍的に増え、それによって毎日の笑顔が増えたり、お近くの誰かも笑顔にして頂きたいと思っています。それが日中友好にも寄与する草の根になって欲しいと切に願っています。

 また二胡で「私のお気に入り」を一曲弾けるようになればどれだけの癒やしでしょうか。痛ましい事件に耳を塞ぎたくなるような世の中ですから、先ずは自らを癒やし、その優しさをやはりお近くの方に分けて行って欲しいと願っています。そして、私はそのお手伝いをしたいと思っております。

 お教室は新宿から京王線で15分ほどの千歳烏山、そして浅草橋須賀橋交番そばにありますが、人数がまとまれば出稽古も致します(諸条件は別にご相談します)。

       
           安西創さん



中国語の授業内容

→普通話(北京語)広東語の、入門・初歩から生徒さんのレベル、ニーズに合わせて上級まで。受講生の興味の分野に話題を絞って進める事も出来ます。希望者と新年会や忘年会、横浜中華街ツアーなど課外授業も致します。
 
 
 以上のようなことですが、二胡は勿論お教えなさいます。詳しい内容は安西さんのブログでご確認ください。上の赤字になっています安西創さんをクリックしてご覧ください。
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和洋混菜の店

 久し振りの昼食会 仲間の方のお勧めの店です。JR柏駅南口から歩いて15分程。「和洋混菜 おもいがまま」と言う、お客にとっても店主にとっても心のありようを表現したような名前の店です。
 ビルの二階にありますが、階段の下の入口に「本日は予約で満席でございます。申し訳ございませんがまたのご来店を申し上げます」と。今時このような店とは驚かされます。不況とは言え、確かな仕事をされているのでしょう。私は初めてでしたが、仲間の方は良くご存知でした。
 店員は全て男性だそうです。この道でやりたくてと言う方ばかりなんでしょうか。雰囲気は落ち着いております。店内は広くは見えませんが30名近くは座れそうな感じです。

 和洋混菜と言うだけに、内容は和洋組み合わせて皿に載せられております。薄味の物と濃い味の物と上手に組み合わされておりました。

     コース1  コース2

     コース3  コース4

     コース5  コース6

     コース7  コース8

 とても気がきいた内容でした。ランチとは言え1570円とは申し訳ない感じです。
 特に刺身の平らぎは半切れでしたが嬉しく頂きました。
 私の好みで言うならばクギ煮の様な佃煮もついておりましたが、ご飯にハッキリとしない味のサラダはどうかなーと感じましたね。
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我孫子 世界の人形館

 昨日 我孫子にある世界の人形館を訪れました。私たち仲良し仲間は楽しみにこの日を待ちました。
 予め時間は仲間の方が申し込んでありました。少し早めでしたがオーナーの高 康治さんはにこやかに迎えて下さいました。
 人形館はマンションの10階ですが、入口に色とりどりの花の鉢が置かれております。
 玄関を入りますと、直ぐに平山郁夫さんの額が目に入りました。
 オーナーの高 康治さんはワールド・トラベラーと言う肩書をお持ちです。世界を廻り沢山の人形や各地の珍しい品々を集め、現在はご自分のコレクションを無料で皆さんに見せて下さっております。
 仲間9名は玄関から上がるなり感嘆の声を上げました。
 先ずイスラムの部屋に座り、高さんからイスラムに関する事物の説明をお聞きしました。

            高さんの説明

 コーランの教典なども見せて頂き、タペストリーに刻まれた風物の説明など、詳しく話をお聞きしました。一通りこの人形館の説明をお聞きし、次にリビング一杯、所狭しと陳列されている、人形や珍しい世界の物に触れ、時間を充分過ごさせて頂きました。
 お茶の接待も頂き、自由に見学をさせて頂きました。我が家から歩いて20分程のマンションです。またお邪魔したい館です。

     人形  コイン世界の

     大きい地球儀の中の小さな地球儀  高さん宅置物棚

     ラクダの皮のスタンド  高さん宅居間

 高さんが蒐集されたご苦労はとお聞きしましたが、特に困難なことではなかったと仰いました。ですが決して生易しいことではなかった筈。商社で仕事をされていたそうですが、所謂転勤族でもあり、蒐集品の保管にはそれなりの工夫と苦労があったようです。
 私は人形にも興味がありましたが、高さんの世界廻りの様々な体験をお聞きしたなーと思ったことです。
 何回もお見えになる方もいらっしゃるそうですから、また時間を見つけて伺いたいと思っております。
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席を譲られる

 乗り物の中でマナーの悪い人が矢鱈目につきます。以前にも書きましたが周囲の者が見ていようが、そんなことは何処吹くかという態度の人が増えております。
 優先席の前に座って向かい側を眺め、心の中はいらつきますので、じっと目をつむり眠るがごとくに座っております。優先席に私は座って当たり前だとは思ってはおりません。立っていても大丈夫です。
 と言えたのは少し前まででした。
 昨年叔母の葬儀に出掛けその時に前倒しに転倒し、以来足腰の弱っていることを実感させられております。
 今や優先席に座りたいですね。
 先日二日続きで都心に出掛けました。何と私が電車の中に入りますと、若い男性が直ぐに立ち上がり席を譲って下さいました。翌日もです。
 夫にそのことを話しますと「あんた見ただけで老人と分かったんだよ」と もう今頃気がついたのかと言わんばかりです。 確かにそうなんでしょう。洗面所でしげしげ顔を眺めますと、白髪が全体に広がって増えております。顔はシミだらけ。夜中目が醒め起きあがり、洗面所に向かう自分の姿が自分で分かるのです。老人歩きの特徴が鏡に映っていなくても心の中に映って見えるのです。
 今後出掛ける時には時間を選び、座って行くようにする心算です。
 
          上野行きの常磐線車内

 常磐線上野行きとなりますと上のようなガラガラの時間帯も時にはあるのです。ですが下り千代田線では全くありません。
 夫の言葉に触発されてこれからは座りたいなーと言う顔をして乗ろうと思っております。ですがこの期待は通用しないとは思うのです。自分の覚悟も出来ないと言う気がしますね。
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好きな味

 昨日長女が昼間来ました。妹も来ておりましたので、それこそ四方山話で盛り上がりました。
 食べ物の話になり、娘の言うには私の料理には流行りがあると言うのです。
 こんな、あんなと料理の名を上げます。その殆んどが中華料理ですね。
 中華料理は、今は閉店しているらしい「神田四川飯店」でほぼ10年、家庭料理を習いましたので、レパートリーは可なりあるのです。ですから以前は中華風の物は良く作りました。青焼きのレシピは見難くなっていましたのでワープロで書きなおし、保存しております。時々教室に持って行き、生徒さんに差し上げたりします。
 
 料理に変化が起きているのは油の濃い物から軽い物へと移っていることでしょうね。 
 先ず高齢になりますとシツコイ料理は欲しくないのです。それと大量に作ると食べ切るには大変なことになります。更に重い大きな調理道具は持つのも、洗うのもこれまた苦労になります。
 元々魚が好きで、夜の食卓には魚を使ったお皿が一番多く並びます。それに煮物と こうなっているのです。

 朝食には前日の残り物が良く出ます。残り物でも好きな味の物ですね。最後まで捨てられないのです。
 相変わらずトマトがアクセントの地味な色です。

     朝食1月16日  朝食1月17日

     朝食1月19日  朝食1月20日

     朝食1月26日  朝食1月28日

 拘りの一つは焼きノリです。できるだけ食べるだけをその都度焼きたいのですが、口で言う程は出来ません。
 ノリを載せる皿は何時も空で前に見える皿です。この大きさが好きです。ノリがピッタリと収まります。この皿は長い間探しまわって買った物です。深さと大きさがノリに釣り合い、安心してノリを載せることが出来ます。
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新燃岳噴火から

 鹿児島県と宮崎県の県境 霧島連山の新燃岳の噴火が続いており、いろいろなことが解説付きでニュースで伝えられております。噴火の様子を上空から写し私たちに紹介している時もあります。
 火山のことや噴火のことは新聞などで、読むことも出来ますが、子どの頃と比べなかなかすんなり頭の中に入って来ません。
 小学校4年生の頃から理化が好きで、昆虫採集に夢中になっておりました。5、6年の頃は学校の観察池丸ごと調べたりもしておりました。多分その年齢に戻れば理解できるかも知れません。それももう叶わぬ希望ですし、理解も出来なくなっております。
 爆発の様子を見て出来ることは、お見舞いのメールを送ること位です。
 鹿児島の姶良市の友人に様子伺いをしました。彼の住む所は心配がないと分かりました。被害は宮崎県の方に大きく広がっているとの返事を頂きました。ソウルの金さんも心配されて私に様子伺いのメールが届きました。
 大きな噴火のようですし、終息の見当も何時になるのか見当もつかないようです。宮崎の方々は大変ですね。

 話は変わり、宮崎で思い出しましたのは、昨年9月中国青島のホテルでお会いした宮崎県から見えたと言う女性3人です。
 朝食はブフェです。私たち4人の隣の席にその方々は座っておりました。
 
 「お宅たちは何処から来たんですか」「私たちは千葉県からです」
 「ツアーですか」         「そうです。皆さんは?」
 「私たちは宮崎から」       「ツアーですか」
 「違うよ。仕事に来たんです」   「何の仕事ですか」
 「宮崎の鰹節会社に来て貰う人を探しにねー」 
                  「何で青島に?」
 「面接に来たんです。毎年来るんだよ。このホテルに何時も泊まってね」 
                  「ええ?面接って?」
 「私たちが面接してね。来てくれる女の人を決めるんでね。前は青島に泊まり地方の街に出掛けていたんだけれど、今は相手が此処に来て呉れるんでね。楽になったんですよ」  
                  「仕事は何ですか」
 「ご飯作りや雑用だね」      「凄いですね」
 
      青島ホテルでの隣の席  青島シャングリラの朝

 私はもう感動しましたね。見たところやり手風とは遠い姿。モダンなどとは縁遠い落ち着き。仕事一途な感じの3人。社の命令とは言え、面接をしてそして決めると言うことを毎年こなしているという。そういう話に私は弱いのです。「偉いですね。ご立派な仕事をなさって」と拍手を送りたい気分が胸一杯に広がりました。
 

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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