2011-05

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J:COMで人形館を紹介

 時々お邪魔して楽しませて頂いている我孫子にある世界の人形館 オーナーの高さんから5月30日にJ:COMで人形館が紹介されるとお聞きしました。5月29日に高さんはブログで予告とその放映内容を記されております。
 テレビは「ちばコレ!」というタイトルです。時間は29分と言うのでどれ位が人形館に使われるのかと思っておりましたら三分の二位でしたでしょうか。20分ほどがそれに当てられておりました。
 
 我孫子市ですから手賀沼を先ず紹介し、すぐに志賀直哉邸跡に取材班は向かいました。そして次が人形館です。
 私の考えたことは志賀直哉など白樺派の文人などは既に多くのメディアが取り上げていることから、新しい我孫子の見どころとして紹介して下さったのではと思います。
 
 放映は予告のブログで拝見したことでした。詳しくは高さんのブログでご覧頂けます。どうぞご覧になって下さい。

             高さんトップ

    高さん1  高さん2

    高さん3  高さん4

 我孫子は手賀沼は湖ではありませんが、水を身近に持つ素晴らし土地です。緑も多く住みよい街です。最近は人口も増加し、子どもも増えて来ており、高さんの人形館にも子どもたちが興味を持って来館しているそうです。
 この人形館は宣伝をしてはおりません。口コミが主で来館者が増加してきているそうです。
 お子さん用の可愛いグッヅも用意され、大人がゆっくりと出来るように配慮もされております。

 下記の航空写真は明治大学の後輩から送って下さっていたものです。手賀沼を取り囲む風景です。

        我孫子航空写真

 (2011年1月20日 テレビ東京「空から日本を見よう」から)
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自転車屋に行く

 二女の娘は運動神経が抜群。 いつの間にか背も高くななり自転車を買い替えることになりました。
 私は自転車の専門店は初めて足を踏み入れました。その数の多さに驚きましたが、これは選ぶのも大変ですね。
 知りたがり屋の私は一通り店内を歩き回り、後は二人がどれにするか決めるまで、椅子をお借りして座って待ちました。

          自転車店

 可愛い子どもの物から、親子で一緒に乗るものとかあります。当たり前と言いましょうが良く見たことがありませんから、言葉通りキョロキョロしました。どれも軽そうですね。

 最近は街の中でスポーティーな形のヘルメットを被り、軽々げにぺタルを踏み走って行く男性を良く見かけます。ヘルメットの所為か年齢不詳に見えます。ですが結構高齢者?の方もおりますね。
 リンクしてあります「断腸亭髭爺さん」や「nebanebaさん」と言う方はまー高齢者と言っては失礼でしょうが、若くは無いようですね。nebanebaさんはどうもご夫人も乗られているようです。

 戦時中は自転車は貴重品でした。1942年に日本に帰ってきましたが、自転車がある家は部落でも数軒しかありません。当時町の人口は1000人位だったと思います。その町で自転車屋は一軒ありましたが、店の前に自転車は置いてありません。我が家の自転車は古く昔からあったのか、配給と言いますか、或いはコネと言いますか、何かしら手段があって手に入れたのでしょうか。中学や女学校に子どもを通わせる家には大体ありましたね。
 タイヤはこれは間違いなく配給でしたね。部落に何本か割り当てが来ますと、それを何処の家に渡すのか祖父は悩んでいました。
 中学や女学校までほぼ16㌔ 歩くと4時間ほど掛かります。
 1944年4月館山まで通う女学生はほぼ全員 中学生の何人かはバスを利用しました。
 中学生の多くは自転車通学です。その時自転車屋の息子はどう見ても人より新しい自転車に乗っています。
 今の高校2年生に当たる生意気な中学生で、自転車に乗って傍を通りながら「おい女学生!」なんて言うのです。「なによ馬鹿にして」と思ったものです。
 バスが何かしらのことで一日出ない日がありますと、私たちは歩きか、家にとって帰り自転車でか、とに角学校に行きます。
 その自転車は重くて今の若者でしたらダサイの一言で乗らないでしょうね。どの自転車にも後ろに荷台が付いてあります。車体のパイプは太く、女性用の優しい形の自転車に乗っているのは女医さんだけでした。女医さんがぺタルを踏み颯爽と通るとモダンで素敵に見えましたね。
 自転車に乗る時には片足をぺタルに載せ、もう一方の足で地を蹴り、少し進み始めますと地を蹴っていた足を反対側のぺタルに載せて走りだします。後ろから足を回して乗るにはスカートでは勇気が要ります。スカートは間もなくモンペになりましたので、お転婆女学生は足を後ろから大きく回し乗ったりしました。
 そんな自転車はさすがに何十年も見ておりません。若しかしたら画像で見ることが出来るかもと調べました。
 自転車の画像は何と974万件余もあります。画像を見て今度また驚きました。その多さもさることながら形の多様さ。眺めていては時間がどんどん過ぎて仕舞います。
 そうそう断腸亭髭爺さんに教えて頂いたことがあります。あの颯爽と走っている自転車にはスタンドが無いんだそうですね。私は少女の時でも力が無く、何時もよいしょと言う気分でスタンドを扱っていました。
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憂いは続く

 NHK文化センターの講座の時 私は良く生徒にスイスの保存食備蓄の話をしました。
生徒の方ではまたかと思っていたかも知れません。それはチター奏者の内藤敏子さんからの受け売りです。
 私は戦中の厳しい生活や戦後の酷い食糧事情を知るだけに、内藤さんの話される内容に心が揺さぶられました。
以来私は少し食料を保管しております。内容は様々です。飲料水は勿論ですが、他にもいろいろとあります。冷蔵庫にも冷凍した物を入れております。
 食糧庫と言うにはお粗末ですが、保存用のロッカーを置いております。今回の地震でも余り慌てずに済みました。ただペットボトルの水が周辺の店舗から全く消えて仕舞い、それは慌てました。
 地震後ストックしてある物を点検しました。まず少し前に長年保管していた卓上コンロを捨てたことを思い出しました。買いに行きましたが、全くありません。そこでアマゾンで探し、ガスボンベと一緒に買うことが出来ました。携帯の蓄電池も同じくアマゾンで取り寄せました。

 ところが地震や津波の被害も酷くニュースを見たり聞いたりする度に心が痛みます。また福島原発の問題もなかなか良い方向へ向かって来ておりません。
 浜岡原発のこと等もありますから、その為の心配もしなければなりません。そこでいろいろな手引きと言いますかマニュアルと言いますか。そう言った本もこれまたアマゾンで求めました。

      首都圏消滅  危機回避マニュアル

      自然災害ハンドブック    被災生活ハンドブック

 上の左の本「首都圏消滅」の内容は今まで気になっていながら自分は何もしていないことを思い知らされました。今はとても反省と言いますか、大人として申し訳ない気分で過ごしております。
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凪さんの玉ねぎ

 新玉ねぎのシーズンになりました。安全な食品と言う意味では玉ねぎはとても気になる食材です。
 このところ取り寄せをしておりませんでしたが、改めて淡路島の玉ねぎを取り寄せました。
 信頼している富山の瀬戸さんのような心意気を持つ生産者は無いものかと検索しました。
 玉ねぎの茎をどうしているかも大事ですし、農業に対しての姿勢も大切です。お願いする方は若い方のようです。ブログを読みますとボランティアもされていることも分かりました。瀬戸さんの姿と重なりました。
 注文はメールでも出来ます。そこでいろいろお聞きしました。ボランティアの内容は次の通りです。

7月中旬にうどん屋を開店いたしますと、いいましても私が経営するのではなく
私が勤務しております淡路市社会福祉協議会が運営を行います
障がいのある人たちが地域に関わりながら働く(暮らす)ことができる場所として
うどん屋さんで働くことを中心に地域での自立した生活を支援したいと考えております


        注文をした玉ねぎが来ました。

        玉ねぎ

 生産者は『凪』なぎさんと言う方です。私は可なり沢山名字を知っていると思っていましたが、凪と言う名字の方は初めてでした。名字の由来をお聞きしますと、漁業の街でもあり他に『沖』おき 『漁』りょう 『漣』さざなみと言う方もあるそうです。海の平安と豊漁を願うと言う漁村ならではの名字ですね。
 凪さんは「しんまい百姓のおっさん」と名乗っております。しんまいとは良いですね。これから頑張りますよと言うメッセージが伝わって来ます。しんまいに惹かれたとメールをしました。その返事は下記の通りです。

 「私は現在41歳になります。高校卒業後は進学とともに地元を離れましたが25歳の年に地元に帰り現在の勤務先でお世話になっています
 そんな中で出逢った地域の方々、障がいのある子どもを持つ母親との出逢い等々自分の生き方に関して様々な示唆を与えて下さる方に出逢い先述のうどん屋さんも私が代弁するような形で夢がようやく現実になりつつあります。
 はじめに「うどん屋」と言い始めて実に5年間の時間がかかりました。しかし、現在では私たちの組織の役員や地域の住民の中にも応援して下さる方が増えてきました。ようやく機が熟してきた実感があります
 あとは、何とか運営を軌道に乗せて障がいがあっても地域の仲間として認めてもらえる日まで頑張り続ける所存です

 私が作る玉ねぎの件は
 私の祖父は戦死し父は中学生のころから百姓をしていたと小さいころから聞かされてきました。
 父は比較的器用な人間で自家栽培の野菜や米を自分なりに工夫をし経験を蓄積しながらこれまで作ってきました
私はというと、農繁時期に少し手伝うくらいで作物を作る長いプロセスを野菜と過ごした経験はこれまでありませんでした
 ですから、もし父が急逝するようなことがあれば私だけでは到底コメ作りをはじめとする田畑の管理は無理だと思っています
 そんな父も70歳を超え徐々に体力的にも衰えてきているように息子の眼には見えます。なので、そろそろ父にいろんな農業のノウハウも教えて欲しいと考え、昨年秋に自分で種まきをし、苗を定植し生まれて初めて一貫した収穫の喜びを感じることができました

 手前味噌かもしれませんが今回玉ねぎを売って得た収入といっても微々たるものですが、
その収入の一部を今回の災害の被災地や淡路市の障がいのある人たちの働く拠点に少しだけでも役立ててほしいと考えています。
 そんな私は地域の活性化のために様々なお世話をして下さる先輩たちの前でも父の前でも「しんまい」なのです
なので「しんまい百姓のおっさん」を名乗っています」

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丸い万華鏡

 時々拝見させて頂く世界の人形館 新しく万華鏡が展示されたとオーナーの高さんからお知らせがありました。
 新し物好きですし、また万華鏡やプラネタリューム大好きな相子は早速お邪魔しました。

 なんと筒状の物ではありません。高さん宅のガラス玉が万華鏡になっているのです。全く思いもかけない新しい発想です。制作者の村越通浩さんとは物凄い発想力を持つ方だと驚嘆の思いを持ちました。

 なにしろ万華鏡とは覗くものだと言うイメージしかありませんから、凄ーい凄ーいの連発で眺めこみました。
 高さんは椅子を傍に寄せて下さり「こうすればお子さんにも見られるでしょ」と仰います。多分これは高齢者の方にも喜ばれると思いますね。私も椅子に座りゆっくりと眺めました。
 村越さんのHPを拝見しますとこの万華鏡には「航海の想いで」と命名されております。
 高さん宅のガラス玉は確か地球儀だったような気がします。私はこの日デジカメを持っておりませんでしたが、携帯で写させて頂きました。
 新しい万華鏡は球形の物を直接見る物と、覗きこんで見る物と2台ありました。覗きこむのは直接目に覗き穴を当てるのではなく、顔を下に向けて覗くのです。

            新万華鏡

 上の左のが球形のものです。右の上に二つ目のような平らな物があります。この平らな物が覗きこむものです。

   球形万華鏡1  球形万華鏡2

 この球形の万華鏡 周囲を暗くしますと天井に煌めく万華鏡の姿が見られのです。この日は未だ夜とは言いかねる時間ですし、試しに見せて頂きました。
 高さんから改めて午後8時以降にまた眺めにお出で下さいとお誘いを頂いております。
 また興奮することでしょうね。
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移ろいは早い

 毎日毎日 このところ先ず一番にニュースを覗きます。ニュースって何処の局もどこの新聞も同じ様なことを取り揚げていますから、今 何が問題かが分かりますね。今は原発でしょ。
 昨日上海の友人から平田オリザ内閣官房参与のことを問い合わせて来ました。失言にしては何と恐ろしいことでしょう。冷静に 冷静にと過ごしておりますが不安は付き纏います。
 朝食を用意し、夫の起き出すのを待ちます。その間PCに向かい、メールチェックとニュースを覗きます。
 何で政府と東電はと怒りながらテーブルに並べた朝食とその日の朝刊をカメラに収めます。
 
 このところの朝食を見て下さいね。相変わらずですが、安全が一番と出来るだけ添加物の入っていそうな物は避けております。但し何回も同じ物が並びますので、新鮮さには欠けます。

     朝食5月10日  朝食5月11日

     朝食5月12日  朝食5月13日

     朝食5月14日  朝食5月15日

     朝食5月16日  朝食5月18日

 最近政府と東電に強い不信感を覚えます。誰が「安全神話」なんて言い出したのでしょうか。いろいろな方がこの神話のことを発信しております。ですが「神話」って全て真実ですか。仮定や推測だってあるんでしょ。
 恐ろしい話です。
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房総の蚕豆と莢えんどう

 千葉県南部 房総半島の南先端の地は冬も暖かく、無霜地帯と昔から言われておりました。特に旧白浜町や旧七浦村はそう高くはありませんが山が北にあり、南が海に向いております。旧七浦の白間津は現在南房総市千倉町の一部となっておりますが、春を告げる花の産地として関東地方では知られております。
 多くの方が花摘みに出掛け、その様子はTVで早い春の風物詩として例年紹介されます。
 白浜も花卉栽培では昔から頑張っております。
 昨日はその暖かい房総の莢えんどうを頂きました。昨年の千葉県の莢えんどうの生産は全国で7位だったそうです。蚕豆は2位です。私は蚕豆は何県がトップであろうと房州物と呼ばれる白浜の物が最高だと思っております。
 地の利と言うのでしょうね。
 今年も蚕豆を沢山頂きました。私が白浜の出だと知っている方もわざわざ農家に頼み送って下さいました。嬉しい限りです。

          蚕豆

 蚕豆の冷凍は一般には軽く茹でてと言われております。今年は豆を莢から出しそのまま冷凍することが出来ると教えられ、冷凍庫に沢山保存しました。

 昨日の莢えんどうですが、大きな莢えんどうが一緒になっております。大きさを比べて見ますと本当に大きいのです。持って来た方にお聞きしましたら「大莢」と呼んでいるそうです。そこで調べてみましたら大莢~とか~大莢とかあるのですね。ですからこの大きな莢えんどうもきっと名前がある筈です。

          さやえんどう

 莢えんどうの食べ方はいろいろとありますね。私は味噌汁が大好きですが、一番懐かしい味はバター炒めです。それは戦後1946年の春両親が北京から引き揚げて来た後のことです。嶺岡牧場の近くから女学校の寄宿舎に入っていた友達からバターを頂きました。食糧難で母が苦労をておりましたので、とても有難く確か若布かひじきをお礼に持って行ったような気がします。季節は春 母はそのバターを使い沢山莢えんどうを炒めて家族に食べさせて呉れました。
 莢えんどうは何処で見ても必ず母を思い出すのです。
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ポスター正鵠を射る

 昨年12月2日に寺の庫裏の階段を目の前にし、前のめりに転倒しました。肩、胸、腿、脛とまーよくも打ったものです。
 昨年5月以来お世話になっていました北綾瀬の接骨院に通っていました。
 高齢になりますと治癒が長引くとは聞いておりましたが、本当に長く掛かりました。
 その接骨院の先生の治療法を説明するには難しくて、人に話すには「とに角行って見て下さい」と言う他はありません。
 治療を受けながら聞きますと、痛みは筋肉が縮むと起きるのだそうです。先生の治療法は経絡と言うのでしょうか、何か関係があるのか無いのか分かりませんが、痛む場所とは関係が無さそうな場所を掴み、軽く軽くさするような感じで抑えるような、揉むような、そしてまた押すような感じです。
 難しくてとても説明が出来ません。

 接骨院ですが、予約制ですので他の方と会うことは殆んどありません。偶に待合室で会う方は先ず高齢者です。
 椅子に座っていますと眼の前に一枚のポスターが貼られてあります。

            高齢者への注意

 これを眺めますと、接骨院の患者が分かりましょ。
 書かれていることが良く分かるのです。我が身を振り返り注意が必要なことだと思うのです。それだのにしょちゅう躓き、何かにぶつかり、縁石を外して車道に片方の足を滑らせたり、真っすぐ歩いている筈が柱にぶつかったり、時には曲がり角の手前で曲がって壁に体をぶつけたり。なんてことでしょう。
 このポスターはホルダーに保存して置き、自戒を込めて良く眺めております。
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頑張る店や人が好き

 2010年10月10日 10時に開店したご近所のパン屋 その開店の日
 私の住むマンションの1階にあった富士ガーデンが閉店しました。
 閉店も開店も大安でした。それだけに新しいお店は繁盛して欲しいと願っておりました。

 我が家の食生活 朝晩は和食ですが昼は麺類だったり、パンにしたりで軽いものです。
 
 歩いて5分程の所にあるこのパン屋 名前はラ・ヴィ・モンフレール と言います。
 開店以来繁盛しているように見えます。パンもケーキもなかなか工夫と研究がされれいることが分かります。
 偶に買いに行きます。店内に入りますと珍しさもあり、半分眺めて来ます。
 大きなフランスパンは量り売りです。欲しいだけを切って貰えます。
 野菜を練り込んだ食パンは思わず触りたく成る程です。店内には買ったパンを食べることが出来るように設えテーブルがセットされてあります。
 今日は野菜を練り込んだ食パン(クレヨンパン)のサンドイッチを買って来ました。具は技巧的ではありません。パンが凝っていますので、若しかしたら具も凝っているのではと思いましたが、私の好きな自然な味でした。
 美味しい物でも余りに凝りすぎますと飽きます。これは好きなサンドイッチになりそうです。

     大安開店  フランスパン

     クレヨンパン  サンドイッチ

     すぐに食べられます  べアーが送迎

 私が感心しましたのは、牛乳の保管です。お客が欲しいと言いますと奥から出して来ます。奥で保管をしているようです。店内も清潔ですし、店員の方の態度も自然な感じで良いですね。
 夕方5時からはパンは少し安くなっているようです。頑張って下さーいと言いたくなります。とても感じの良いお店ですよ。

所 我孫子市つくし野2-27-13 電話04-7128-6697 
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NHK千葉放送に出演したこと

 3月2日 午後6時からNHK千葉放送でチーパオのことを話しました。話しましてから間もなくと言いますか、3月11日に東日本大震災が発生し、そして私はNHK文化センターの講師を辞退することにしました。
 その経緯は既に掲載しましたが、放送の内容を明治大学校友会我孫子地域支部のHPで紹介して頂きました。
 放送ではなかなか伝え難いこともあり、放送の補足と言う意味で説明を記して見ます。

 私の教えている旗袍(チーパオ)は直断ちと言いまして、布に直接印と線を書き、断ちきって行きます。
 最初は表と裏の布を重ねて切ります。そして表布を外し、改めて計算した裏地に印を入れて切ります。
 一番初めに布を置き、印と線を書きますのが下記の左のものです。右のは放送で説明をしている旧い裁断の方法です。(中国の文献から)

     最初の製図  旗袍旧型裁断

                テキスト

 テキストには製図の方法と説明を載せております。説明を読むのは可なり面倒で、実際と並行しなければ難しいと思います。
 ですからそれを一つ一つ読んで、縫い初めますと、なかなか進みません。そこで私は直接実技から入り教えるようにして来ました。何枚か作ることで、説明が分かるようになります。
 旗袍は元々職人の世界のものだったようです。徒弟制度の中で受け継がれて来た技術ですね。そのようなことで文字や図解で残されていなかったのだと思います。

 私の放送の後 4月4日に世界の人形館の高さんが同じ番組に出演しました。ところが放送途中で緊急地震速報が入り、私は聴いておりましたので、どうなるかと心配しました。放送は後半から何とか無事に終えたようでした。高さんは話したいことが沢山あったそうで、ブログに放送の為に準備したことを紹介されております。
 
               プレゼントの花

 80歳を迎えた私は高さんのお花を仕事部屋に置き、カメラに収めました。先月早速自宅に見えた生徒の方はこの反対側にある旗袍の本を手に取り、とても喜ばれました。
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作るのは楽しい

 最近は二人の娘たちも食事をしに来る回数が少なくなっております。老人二人ですと作るも買うも本当に少なくなっております。
 私はどちらかと言えば横着な方かも知れません。「私ってそういう人なのよ」と言う言葉をよく聞きますが、ですが人は多様な面を持っておりますから、自分でこういう人なのよなどと決めつけるのは考えもののように思います。
 私は横着だと思いますが、ですがこれはと思うことがあれば食をあちらに置いてでも動き廻ることもります。
ですから横着人間とは決めつけてはおりません。
 私が気をいれて動き廻ることの一つは食に関してです。可なり一所懸命になります。
 保存食作りや安くて良質な食品探しです。
 
 気温も上がり、イチゴが安くなって来ました。この時期小さなイチゴは本当に安いのです。スーパでも安いイチゴはすぐに売り切れて仕舞います。
 昨日は少し早めに見に行きましたので、2パックを買うことが出来ました。これで佐藤秀一さん直伝のイチゴコンポートを作るのです。

       2パックイチゴ

        洗ったイチゴ

       ヨーグルトとイチゴ

 前回ブログに掲載しましたら、佐藤さんはそれを見ますと、すぐにご自分が作られた物を我が家にお持ちになりました。「あれは少しゆるいですね。もう少し時間を掛けて煮詰めた方がいいようですよ」と仰います。
 それから何回も作りました。プロは凄いですね。写真を見ただけで分かるのですね。
 最近は色も良く出ますし、味も良い物が出来るようになりました。
 毎食後のヨーグルトにも掛けて食べますし、トーストにも塗って食べます。特にトーストは薄い物が好きですから、確りと焼いたトーストにこれを塗って食べる時、嬉しいですね。
 氷ですが、以前は冷凍庫で作り使いましたが、出来上がったばかりの熱いイチゴを冷やすのには自家製氷ではどうも具合が悪いと気がつき、今は市販の物を使っております。
 1㌔の氷でイチゴ1㌔を冷やすことが出来ます。上の2パックですと氷は500gで間に合います。
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考えがすぐばれる

 金婚式はしませんでしたが、50年も連れ添っていますと、大凡相手が今何をしようとしてるのか、何を考えているのかが、分かります。特に私は外向きと言いますか、世間的に言えば外交的と言いますか、そのようなタイプです。私の行動は家族に良く分かるようです。娘も時々「今何を言いたいの。なんか言いたいのでしょう」と聞きます。スパイになれないと笑います。
 何をしたいかが分かるのは、先ず買い物 それを何故買うのか、また買ったのかで夫は分かるようです。
 最近は原発関係の本を何冊も求めて読み、調べております。また今大事なことは地震と原発よ。と夫にも毎日のように話しております。
 先日は携帯を買い換えました。前の物が特に問題があるのではありません。緊急地震速報が受けられないのです。そこでスマートフォンにしました。ところがこの携帯すぐに電池量が減るのです。出先で電池切れになると困りますから、携帯用のバッテリーを買い、そして蓄電しバックに入れてあります。
 夫はこれは避難用か、非常用の物を買っているらしいと分かったようで、大きな家電の量販店に携帯用のラジオの在庫を問い合わせて呉れました。
 私は地震以来、夜はテーブルの上に、ラジオを置いて寝ます。ところがこれは手でぶら下げなけれなりません。バックに入れて歩くには大き過ぎます。
 で夫が彼方此方問い合わせてくれ、取り置きを頼んで呉れていましたので、先日受け取りに行きました。
 出掛ける前に、値段は幾らだと思うか?と夫が言いますので「ええと何万円もする?分からなーいわ」と言いますと「980円だよ」との返事です。
 地震が起きる前に同じ量販店で見た大手のメ―カのものが少し高かったので、そうそう安くは無いだろうと思っておりましたから、驚きました。

         980円のラジオ

 本来このカテゴリーは「おかしくて笑っちゃうこと」としても良いのですが、動機はとても真面目なんです。
 ですがラジオのことは笑って仕舞いました。私が持ち帰りましたら、夫は自分が先に聞こうとしたようです。
 電池を入れてもうんともすんとも聞こえません。ザ―と言う雑音も聞こえません。
 「こりゃ欠陥商品だよ」と言います「じゃー取り替えに行ってくるわ」と当然なりました。
 何回か電池を入れ直していました。なんと電池の一本がセロハンのカバーを被ったままでした。
 大笑いです。早速聞きましたが流石980円音質が悪いのですが、聞きとるには問題はありません。
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なんとか来ました

 第二次世界大戦の時代、日本の男性の平均寿命は短いものでした。昔は人生50年と言われ、それが平和な時代になりますと人生60年どころか、男女とも日本人の寿命は世界一になっています。特に女性の寿命は延びております。
 その流れと時代のお陰か、私も80歳を迎えました。中国語の時間 老師は「労働節と同じ」だと良く覚えていて下さり、4月23日の授業は新人の歓迎と私の生日(誕生日)の為にとお酒と肉餅と言う北京の食べものをお持ちになって下さいました。
 
 今日は朝早々と電報が届きました。最近電報にはお目に掛かっておりませんから、何だろうと不思議に思いながら受け取りました。小学校の同級生の男の子(本当はお爺さんです)からの祝電でした。
 豪華なアルバムのような電報です。これは額に入れて飾れますね。押し花も品良く落ち着いております。
 お祝いの言葉に優しい友情を感じます。有難いことです。

          押し花電報(花風雅)

 他にも後輩等からのカードがメールで届きました。忘れられていないと言うことは嬉しいですね。それぞれの方に感謝のメールを送りました。
 
 ところで3月11日以降の生活をどう表現したらいいのでしょうか。地震や津波の被災地に見る、健気な多くの人に感動し、時に涙をこぼし、時に政府に腹を立て、東電の原発の処理のニュースにいら立ち、自分が何も出来ないことに心が痛み日夜過ごしております。
 このような誕生日が来るとはね。
 元気を出さなければと思っておりますし、前向きに生きなければと思うことも分かっておりますしね。頑張りますがね。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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