2011-09

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補修完了

 3月11日の地震で我が家でも少し被害がありました。東北方面の災害地に比べれば、微小の傷でしょう。
 外壁に亀裂が生じ、それは比較的に早く修復されました。
 住んでいるマンションは11階建、我が家は4階です。地震直後からエレベーターが止まりましたが、大きな生活上の困難さはありませんでした。まー私の足が弱っていることが思い知らされたと言うことでしょう。

        地震の亀裂  壁塗り7月4日

             きれつ補修済み

 外壁は↑の廊下の手前の方から何軒かに亀裂が生じました。比較的早く綺麗になりました。

 部屋の中の梁は壁紙が張ってありましたので、そこに亀裂があるとは、全く気が付いておりませんでした。
 専門家の方が調べに見え、初めて被害が出たことを知りました。
 先週から梁の修復が始まりました。
 夫と私はただ見ていれば良いだけです。作業をする方は態度も丁寧で、こちらに迷惑を掛けないように細かく注意をしながら仕事をされております。
 初日 壁にドリルで穴をあけ、何やら薬品のような筒を差し込んでいます。
 もう聞きたくてなりません。「それは何の為になさるんですか」聞いて良かった。
 「これは低圧樹脂注入工法と言うものです」
 それを聞きましたので調べて見ました。初日の仕事もさることながら、翌日の作業を見ましても、PCの画面と比べることが出来ました。何だか凄く分かったような気がしました。(本当はチョッと知っただけ
 壁紙の色も違和感のないものを選んで下さいました。そして工事は今週の水曜日に静かに終わりました。

     修理開始  修理1

     修理3  修理完成

 工事は相当大きな音を出すのではないかと思っておりましたが、全くそれは杞憂に終わりました。
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潜水業

 母方の祖父は土佐の出です。小柄な体に生気が漲っていたような男でした。その祖父のことは従弟妹は全くと言って良いほど、知っておりません。
 長女の娘に生まれた私はネコ可愛がりされ、何事も特別扱いをされると言う幼児時代を送りました。
 祖父の仕事は潜水業です。
 火曜日の朝日新聞夕刊に掲載された記事は、私に遠い昔をオーバーラップさせて呉れました。

       南部潜り  沈没船

 3月11日の地震が発生した時、伝統の「南部潜り」の紺野光夫さんは海に潜っていたそうです。腹にドーンと衝撃が来た後、にごりが見えて「津波が来る」と直感。船に上がって全速力で沖に向かい助かったそうです。
 この南部潜りは昔沖で貨物船が遭難し、引き揚げのために千葉県から来た潜水士が町にとどまって潜水技術を伝授したのが始まりだそうです。
 祖父はその千葉県で潜水業を営んでいたのです。祖父の元には遠くは沖縄、そして伊豆や紀州などからも潜水法を習う男性がしょちゅう来ておりました。
 紺野さんが写真で身に付けている潜水服は、浜小屋の芝生のところに逆さにされ干されていたのを良く目にしました。
 男聚は食事の時、蓆を敷きその上でお櫃を囲み食べておりました。その姿が目に浮かびます。
 
 右の記事も左の記事の横に並んで掲載されたものです。アイルランド沖で沈没船が発見され、その船に銀178億円もが積まれていたそうです。祖父の話によりますと、潜水業は将に水商売だと言えそうです。
 引き揚げた船に予想以上の価値があれば大儲け。時には全く酷いこともあるそうです。また人も揚げることもあるそうで、そういう覚悟のいる商売だと言うのです。
 
 祖父が引き揚げた船は日本近海ばかりではなく、シンガポール、台湾、上海、ジャワ、サイパンなど太平洋を股にかけてと言っても良いほど広範囲になります。
 シンガポールで仕事をしていた時、私は中国青島におり、祖父が日本へ帰る時、ポケットモンキーを土産にして寄ると手紙を送ってきましので、それはそれは楽しみ待っておりました。どうしたことか祖父は日本へ直行してしまいました。
 
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セロリーの餃子から

 8階に住む中国北京出身の方に中国書法(書道)を教えて頂いております。階段が同じですから時々お昼に小麦粉を使った物を急いで届けに来て下さいます。熱々の湯気の立った餃子の餡はいろいろです。
 先日はセロリーの餃子を頂きました。作り方をお聞きしますと、セロリーは鍋に合わせた長さに切り、そして葉も一緒にサ―と茹で、茹でたらすぐに水に取り、暫らく置いてから豚肉などと合わせて皮に包むそうです。
 皮は勿論ご自分でお作りになります。とても美味しく、真似をしたくてこのところスーパーでセロリーに目が行きます。

       セロリー餃子

 ご母堂は90歳を超えてなお読書に時間を取り、老師の作る料理の味見されるそうです。母親の味見のことから中国の食の話が進みました。
 以前私が聞いたところによりますと、中国の家庭では外食が多く、家庭での味は母親次第だと。
 中華人民共和国が発足してからは男女共に料理を作るようになったようですし、NHKの老師は教室でも良く材料持ち込みで私たちにご馳走をして下さいます。それが現在は必ずしもそうではなようです。
 特に富裕層では女性も仕事を持っている方が多く、家政婦のような方を雇い、掃除などはその使用人がしており、食事は外食が多く、男性も作ると言う話は過去のことになっているようです。

 中国の麺料理は全国を見渡せば実に多様です。老師と話している内に、西安の餃子の話になりました。西安では細工餃子が有名ですが、私が食べた西安での餃子は美味しいとは思えませんでした。そこで読みものとしても面白い「麺ロードを行く」を老師のところにお持ちしました。これは前に紹介し掲載したこともある本です。

          麺ロードを行く

 この本は中国の麺料理の紹介でもありますので、カラ―での写真も沢山ありますが、内容は麺食の文化と言っても良いと思います。麺に纏わる話しや、実際の調理法など、読み物としても読み応えがあります。
 老師は喜んで下さり、早速お母様に渡されました。きっとお母様もゆっくりと読まれることでしょう。
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チョコン受難

 水曜日の夜 二女と孫がやって来ました。暫らくして私が二女宅に行くことになりました。
 チョコンが変だと言うのです。
 二女はチョッとショックを受けているようでした。二女がチョコンの右後ろ足を踏んで仕舞ったと言うのです。
 動かして見ていますが、足の動きが不自然です。
 「足が折れたのかしら」「う―うん分からないね」
 「少し様子を見て、駄目だったら病院に連れて行くわ」「そうだね。そうしたら」と帰って来ました。
 (若し骨折だったらギブスも使えないだろうし、どうするのかしら)(痛いとも辛いとも言えないしね)と考えて仕舞いました。
 昨夜 チョコンと二人がやって来ました。
 チョコンの動きは普通に見えます。「大丈夫だったの?」
 「PCで調べてみたら、脱臼らしいの。だから大丈夫だと思うよ。トカゲが寝ている時にコオロギに噛まれて化膿することもあるって」

         チョコン

 ビックリしましたね。寝ている内に噛まれるなんてね。新しいことが始まりますと何事も勉強になりますね。
 序で話ですが、孫はヤモリを捕まえて飼っております。孫の言によりますとヤモリは家族で群れているとか、そこで今のヤモリを捕まえた場所に連れて行かれます。狭い隙間に体の一部が見えるらしいのですが、私には全く見えません。未だ家族は増えておりません。このヤモリの餌がクモだそうで、また親のクモ取りが始まっております。
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良いニュース

 毎朝の食事に味噌汁は欠かせません。出汁は大鍋に一杯取ります。それをパックに分けて順に使います。
 冷蔵庫に仕舞ってある出汁を取り出し、冷たいまま少し飲みます。実に充足感を覚えます。
 今日のこのニュースには関心と興味を持たないではいられません。
 カツオと昆布の出汁は朝晩の料理に使いますが、新しく朝になって取ることもありますから、これからは絶対切らさないようにしようとオバーさんは決意をしました。
 
 以下は今朝のニュース

 『かつおだしに満腹感効果=習慣化で肥満防止可能性―京大
 時事通信 9月23日(金)2時34分配信

 かつおだしの成分が胃の運動を促進して満腹感を高めることを、京都大学の近藤高史准教授と松永哲郎助教の研究グループが発見した。習慣的な摂取で、高カロリーの食事をしても健康的な食生活を維持できる可能性があることも判明。23日から兵庫県で開かれる日本肥満学会で発表する。
 昆布や煮干しと並び日本料理に欠かせないかつお節は、乳酸や苦味成分のヒスチジン、うま味成分のイノシン酸を多く含み、これまでも疲労回復や血流改善などの効果が報告されている。
 研究グループは18~29歳の日本人男性数十人に、同じ量・栄養分に調整されたかつおだしと水を空腹時に摂取させ、胃電図を解析。この結果、ほぼ全員について、水よりもだしの摂取後に胃の活動量が増加し、満腹感も上回った。
 また、高脂肪・高砂糖食を与えたラットは、かつおだしを忌避する行動がみられたが、事前にだしの摂取が習慣化したラットは、高カロリー食を与えても食習慣に大きな影響が出なかった。
 総務省によると、国内のかつお節の消費量は、日本人の食習慣の変化から最近20年で約3割減少。一方、肥満者率が高い欧米の先進国などでは、脂肪や糖分の少ない日本食が注目されている。その健康効果の鍵が、生の肉や魚を煮込むのとは異なる乾物を用いた日本特有のだしと、長年の習慣化にある可能性が見えてきた。』 

     朝食9月20日  朝食9月21日

 このニュース 肥満に悩む皆々様 どうでしょうか。参考になりますでしょうか。

我が家の朝食に味噌汁のお椀が見られません。写真は夫が起きる前に写します。味噌汁と焼きノリは食べる直前に食卓に出て来ます。また鶏卵の白身は味噌汁に入れて食べます。
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季節を先取り

 保存食作りは苦になりません。将に忙中有閑です。やらなければならないことが溜まっていますと、気分に落着きがなくなって来ます。そういう時は活字や布から目を離して台所に立ちます。
 例えば胡瓜の佃煮を、牛そぼろの山椒煮を、ちりめん山椒を、秋刀魚の卯の花和えを、魚や肉の西京漬けを、時には鶏油を作ったりと、慣れた物を作ります。
 ネットスーパーも利用しておりますが、昨日は余りに強い風雨に配達の方を思うと、気の毒で頼むことが出来ませんでした。夕食は全て残り物と保存食で済ませました。
 
 そのネットスーパ―で数日前、スルメいかを注文しました。塩辛を作るためです。
 烏賊の塩辛は待っている方がおります。塩辛作りには9月は早いのですが、折角の期待に添うには早くに越したことはありません。(麹は今は器に入れず、直接釜に入れて発酵させています)
 この夏は暑く何時になったら塩辛作りが出来るのかと、ヤキモキしておりました。
 考えて見ますと、クーラーで家の中は例年と違い涼しくなっております。そこでヨシと気合を(チョッと)入れて作りました。それが何と何時ものより美味しく仕上がりました。

          イカの塩辛

 お天気がすっかり良くなりました。もうクーラーは使いません。
 今日はこれを持って出掛けます。バーターです。でも取引ではありません。好意のバーターです。初めて鶏油を買いに行きました時、お代を取って下さいません。申し訳なく烏賊の塩辛を持って行きましたら、それはそれは喜んで下さり、また沢山頂くことになりました。
 先日も沢山頂きました。心を込めてお礼を言いに行きます。そして朝引きの腿を買って来ましょう。
 
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再度目指す

 2006年にブログ立ち上げを思いつき、何とか此処まで来ております。
 その後ブログ本を作ろうと決め、目指せ10冊を目標にブログ本を作ることにし、昨年分も出来上がりました。
 最初の一年分を一冊に纏めますと厚くなって見難く、以来一年分を二冊に分け、唯一冊の私家版の本としました。今年の前半分、校正も慣れてスムーズに行きました。
 ところが出来上がり届きますと何とサブタイトルの前半の文字を入れずに発注していたようです。
 悩んで悩んで、再度注文をしようかどうか。やっと決断が付きました。
 我慢する。これで良しとする。     
 
    2011年前期ブログ本  ブログ本内容

   ↑今年前半のブログ本     ↑中はこのようになります。

 このブログ本のスタイルは新書版風です。前回も見本に私のブログ本がでておりましたが、今回も矢張り同じ様に見本として掲載されておりました。

           見本はこれです。

          新書版

 この前半の本で10冊達成しました。そこで再度目標を決めて目指すことにしました。果して続くかどうかは心身の健康に掛かっております。後はボの字にならないこと。頑張って見ます。何しろ老人ですから旧いのが自慢のようなことになるでしょう。どうぞお付き合い下さり、励まして下さるようお願い致します。
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チャイナドレスは素敵だ 65

 3月末でNHK文化センターでの講座を辞めて、自宅で教えております。
 チャイナドレスが好きな生徒は月に一回程度で私宅に来て下さいます。 
 新人2名以外は皆さんが長く制作を続けております。
 毎度説明をしておりますが、チャイナドレスは日本語ですから、中国に行きましたら旗袍(チーパオ)と言って下さい。
 多くの女性が一度は着て見たいという衣装です。長所を生かし、短所を補うと言う直裁ちの旗袍。
 基礎を確りと身に付けますと、普段着から外出着またパーティードレスなどまで作ることが出来ます。
 お盆に徳島に行きました生徒は襟付きのべストを作り着て行きました。周りの人から褒められ、着たいのでと頼まれたと報告をします。
 「ぜひ作って上げなさいよ。人のを作ると腕が上がるでしょ」と励ましました。
 この生徒は今までも友人や職場の仲間の方のも作っておりました。自分の物よりは神経を使うと。それでも丁寧に作って上げております。先にもボタンも付けて上げたいと言います。丁度布地と合ったボタンがありましたので、それを付けることにしました。

             和服から

 生地は和服地です。ボタンが無くても着ることはできますが、彼女は中国らしくと考えたようです。

 2年ほど前から、時間の都合でNHKから私宅に移っていた生徒は最近アンティークのデザインに凝っています。
 母親から頂いた生地を持って来ました。裁断と仮縫いが済みますと、後は一人で仕上げることが出来ます。

      アンティーク上着  身頃寸法

 左は裁断です。右のは形と寸法です。右前下にポケットを付けます。私も好きなデザインです。
 今週は最後の襟付けをして完了しました。とても素敵ですよ。
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夜の訪問者

 最近二女の娘は夜分時々やって来ます。何しろ玄関から玄関まで10mもありませんから、来ようと思えばすぐです。
 とても自己主張が強いと言いますか、我儘な子どもです。ですが話す言葉は正確、語法も間違いなく、TVで見る若者の乱れた酷い言葉を聞きますと、この子は何ときちんと喋るものよと良く思っております。
 
 私の老化現象には容赦なく、動きを真似をしたり、言葉尻を捉えてはからかいます。
 なかなか言うことを聞かないのも特徴でした。それがこの夏休みから変化が目立ち始めました。
 夕食が済みそうな時間 電話があります。「今行くよ用意して置いて」と
 これは習字をするからという前触れです。
 夏休みの宿題に習字が出ておりました。普通の半紙に書くものと書き初めのように長い紙に書くものと、どちらでも良く、孫は長い紙を選んで書くことにしました。
 その書き方の練習に私が付きあうことになったのです。
 毎日のように字を書くことで学ぶ面白さに気が付いたようです。
 半紙一枚に一字一字と書きます。「夏まつり」の四字ですが、回数を追うごとに上手になって行きます。
 可なり手が上がり、清書をして学校に提出しました。
 ところが紙の大きさが違っていたそうです。
 雅仙紙半折でなければ駄目だったんのです。娘は急いで買いに行って来ました。
 そして書き直して提出しました。

 練習の時、一つ一つ注意をします。「ハイ打ち込み」「ハイ確りと座って」「ハイそこで止める」「ハイもっと墨を付ける」「ハイ筆を立てて」となかなか煩いオバーさんをやりました。
 以前でしたら、孫は間違いなく放りだしたでしょう。
 学校が始まっても、夜になると時々現れます。「書く―」と言い必ず半紙2,3枚を使い書いて戻ります。
 一昨日は「何も言わないで」と書き始めました。じっと眺めておりましたが、注意を忘れずに書いておりました。良い傾向です。

       数日前にはペットのチョコンを抱えて現れました。

            夜の訪問者

 少し前には私を驚かせたり、また狭い部屋の中で悪戯ばかりしていましたが、大分態度に違いが出て来ました。
 習字の所為かも知れません。ばーばはチョッと価値を認められたようです。腕相撲の参加も強いられません。
 これに次回のフリマーで一緒に出店したら、もっと評価が上がるかも知れませんね。
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兵営で食す

 1942年(小学校5年生)の夏休み その夏休みに偶然両親の知り合いの軍人と一緒に山東省の坊子と言う町に行くことになりました。坊子は先ほどサッカーの選手が活躍した済南と青島の間にある街です。
 軍人は3名 一人は松本軍曹(炊事の班長)一人は小路軍曹(酒保の班長)もう一人は大谷曹長(会計担当)
 坊子に駐屯していた部隊は高知県の部隊でした。
 青島の駅を3人と一緒に出発しました。時間は昼過ぎだったと思います。小路さんは射撃の名手とかで、拳銃を私に見せながら「あい子ちゃん心配は要らないよ」と言います。
 列車から眺める風景は荒涼たる風景のように感じられました。収穫前の高粱畑が何処で果てるのかが分からない広がりを見せております。遠くに数本のポプラが見えます。
 ポプラは列車が走っても走っても遠くにその姿を見せております。かなり走りようやく視界からポプラが消えて、夕暮れが迫って来ました。やがて坊子に到着
 その晩は兵営に泊まることになりました。勿論最初からの予定です。未だに分からないのは、両親が何故私を軍の兵営に行かせたかと言うことです。

 先日料理本の棚を見まわしておりましたら、「軍隊調理法」復刻版を見つけました。そうだこれは目を通して置かなければと居間に持って来ました。

          軍隊調理法

 この本を買った動機は両親の北京からの引き揚げ時の話しからです。引き揚げ者は中国軍によって集結され、両親は塘沽と言う港の倉庫のようなところで引き揚げ船に乗り込むまで留まりました。お金がありませんから何とか食いつなぐ方法を考えなければなりません。そこで共同で炊き出しをしたと言うのです。
 大きな平釜でご飯を炊く時、火の落とし方など母が仕切ったと言うのです。そこでこの本に中に平釜でのご飯の炊き方が出ているのではと思ったのです。実際は出ておりませんでした。

 話は坊子に戻し、その日の夕食の調理場の風景は今も忘れ難いものです。母が炊いたであろう様な平釜が何台も据えられております。
 平釜の鍋の一つには油が入っております。油の鍋の横に大きな網が滑車に掛けられた縄につなげられております。先ず網にパン粉をまぶした材料が沢山並べられ、静かに滑車が回り、網は油の鍋に入って行きます。
 やがて揚げ物は出来上がりました。
 傍で大きなバケツに長芋を摺りおろしております。今風の言葉で言えばミントミンサーでしょうか。その大型ので摺りおろしているのです。バケツにある程度溜まりますと、その中に卵を沢山割りいれ、それから兵隊が腕まくりをしてその腕でかき回します。(以来私は長年長芋を食べることが出来ませんでした)
 夕食の時間になったのでしょう。次々に当番兵がアルミ缶のような箱を提げて入って来ます「○○班○○二等兵飯上げに来ました」と大声を上げます。そしてシャベルのような杓文字でご飯を入れて貰い、おずを受け取り出て行きます。
 それからです。調理係の兵隊は私を連れて来た3人と私の為の食事作りを始めました。丁寧に長芋も手で摺りおろします。他の総菜もいろいろと並べられております。先に作った将校の物より上等です。
 軍隊の中で一番美味しい上等な物を食べていたのは、こういう立場の下士官だったかもしれませんね。
 私は気が付きました。子どながら彼らは賄賂を取っているな―と言うことです。
 坊子から青島に3人で物資の買い付けに来るのです。品物の量は大量で、貨車何台にもなると言う話を小耳に挟んでおりましたから、兵営での食事、そして3人の食卓を見てそう思ったのです。そのことは今も確信を持っております。
 昨日は軍隊調理法からいろいろなことを思い出しました。
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悲しいなー

 何処がどのように悪く、どうすれば良くなるのか。何もはっきりと見えない与野党の騒ぎに驚いた数か月
 新内閣が発足したのが3月2日
 10日も経たないのに大臣が一人辞任 何でしょうか。
 大臣ともなれば昨日や今日に政治家になった訳ではありませんでしょ。経験も充分に有ってこそ、選ばれたのでしょ。
 大臣の背中や肩には国民の期待がどっしりと載っているのでしょ。マスコミとの付き合い方でも分かっているでしょ。それよりも何よりも人心の望む所は分かっていなければなりませんでしょ。
 TVに向かって「こらー確りしろー」 新聞を読んでいた「あんた誰に言っているんだね」
 「それはねー議事堂に座る人、歳費を貰っている人に決まっているじゃないの」

     朝食9月3日  朝食9月11日

 大臣になりますと心が浮つくのでしょうかね。ついつい何かを言いたくなるのでしょうかね。
 問題山積の今の日本。政府も政権党もまた野党も良い方向に進んで行って欲しいものです。
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保冷バック

 夫はアルコールに弱い方です。現役時代やむを得ず酒席に出ると、帰宅時電車の中で貧血を起こし、途中の駅で下車。暫らくベンチで休みそれから家に戻ると言うことが偶にありました。
 今は私に合わせて?夕食時にビールを軽く飲んでおります。
 ビールは一階に専門店がありますので、買いに行くのは簡単です。私も自分の飲む物は自分で買って来ます。
 先ごろからビールが保冷バックに納められているので、これは無駄なサービスではないかと一瞬思いました。
 ところがところがです。

          ビール保冷バック

 今までクール宅急便で物を送る時、まず保冷剤と一緒に入れる箱を探します。まー家の中は何時でも出動できるようにと、様々な大きさの箱や袋が置いてありますが、チョッとと言う時に丁度いいと言う箱は目の前に見えません。
 これが夫のお陰と言いますか、私の目には格好の容器と気が付きました。
 昨日は久しぶりに小柳商店に鶏油を買いに行きました。このバックを二つ持って行きました。鶏油は冷凍されております。「何時もあるからね」と親切に声を掛けて下さっております。
 一つは途中のショッピングセンターでの買い物用にと思っておりましたが、沢山冷凍して下さっており、結局2バックとも一杯になり、有難く持ち帰りました。
 
 ところがこの保冷バック、先日ホームセンターに寄りましたら無地ですが100円で売っているのです。そればかりかスーパーでもこの手の保冷バックが安く出ているのです。知ったばかりで喜んでいましたが、とうに出廻っていたのでしょうか。
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台湾も学校は9月に始まる

 台湾台北市に住む友人のご長男はいつの間にか大学生になっていました。
 台北に行きますと必ず一緒に食事をし、ゆっくりとお喋りをします。ご長男は友人をそのまま子どもにしたように似ております。特に頭の形が印象的です。
 台湾の高校受験は将来を決するようなことらしく、その大変さをつい先ごろ聞いたような気がしておりました。
 台湾の優秀な高校に進学した友人のご子息は、この9月から台湾大学法律科に進学しました。
 友人のご夫人もその学部の卒業生です。報告のメールには一家の喜びが伝わって来ます。私も孫の入学のように嬉しい気分でおります。

 中国の大学は確か9月が学期の始まりだと聞いておりますが、台湾も同じく9月が新学期です。 
  台湾大学は台湾におけるトップ大学 入学式の学長の演説の内容は重要なニュースとして報道されるそうです。
 9月5日 入学式 9月3日の「家長の日」に友人は父親として大学に出掛けたようです。
 校内を歩き、携帯で写した写真を二枚送って来て下さいました。若しかしたら中国語のお仲間の男性同学には何処か懐かしさを覚えるかも知れません。

     台湾大学図書館  図書館前の並木道

 台湾大学の校舎は昔日本の統治時代国立台北帝国大学として使われておりました。随分前になりますが夫と出掛けた時に校舎の前を通りました。
 がっしりとした重厚な校舎はそのまま使われてるのでしょう。
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動かずに食べる

 毎週火曜日は 60歳以上の高齢者は1150円と言う食事ところに行きました。珍しく長女の娘も学校が休みになっており、チャイナドレスを習いに来ている妹も一緒で6人 
 可なり混むらしく、二女が予約を入れて呉れておりました。車で15分程で到着します。
 中に入りますと、空席待ちの女性が何組も座っております。
 この店には7月にも一回行きました。夏休みはあのわんぱくチビがおりますので、学校が始まるのを待ったとばかりに、出掛けました。
 最近我が家の二人は外食は余程のことが無い限りはしておりません。
 椅子に座りますと、夫と私は娘たちが適当に選んで載せて来た料理に箸を取ります。

     お皿1  お皿2

 この店はチェーン店のようです。「旬菜食健ひな野」と言います。
 店員は皆さんミセスのように感じます。キビキビトした動きが良いですね。言葉もきちんとしております。
 ブフェ形式で、時間は2時間 料理の種類も多く、世代を超えて利用できましょう。ですが見回しますと80%位は中高年の女性グループです。偶然でしょうが男性の団体が一組みおりました。

 二女は友達と時々行くようで、様子を良く知っております。
 
 先ず 食べたいものが無い時は無理に他の物を取らないこと
 時間を置いて 料理は全部並んではいなく、時間を置いて新しい料理が並ぶので、時々見に行き取ること
 珍しいもの  高級感のある物は少ししか出ないので、直ぐに取ること

 私は席から立たずにおりますから、ついつい見たい心が頭を持ち上げます。さりげなく観察しますと皆さんの食欲も凄いのですが、お喋りの声も凄いですね。太っている人が大食いかと思っていましたら、高齢で痩せている方も凄いのです。おばさんパワーとは将にこのようなことでしょうね。
 景気も落ち込んでいますし、何かと本物の元気なニュースが少なく、消極的な事へと目が行きがちです。
 こういう場所に行きますと、元気な人もこれまた多いのだなと感じるのです。何となく勉強した気分です。
 
             ひな野入口

 帰りしなに玄関を写して来ました。駐車場からオシャレな感じの石段を踏んで上がって行きます。
 左側に「親孝行道」というなだらかなスロープの道が作られております。車椅子の方も高齢者の方も誘って行くことが出来ますね。。

 
 
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3時間でも足りない

 年間3,4回程ですが、某大学の先生とお喋りをします。学生時代から全く変わらない姿勢(この姿勢とは生き方、生活のあり方、態度、気配り‥)です。
 大学のことはいろいろな角度から見ており、また分析もされます。私も大学からの広報なども読んでおり、ある程度のことは分かっておりますので、話しはじめますと、話題が広がります。
 話題は毎度あれもこれもとなり、私は宿題のように溜め込んでいた質問シャワーを浴びせます。それには必ず答え下さいます。内容を詳しく説明をして下さるのですが、それに付随して枝が伸びて行きます。
 耳の悪い私ですから、席は向い合いでなければなりません。そしてゆっくりと出来る場所でなければなりません。
 そういったことで必ず柏のそごうの14階のレストラン桃園です。回転レストランですから、筑波も手賀沼も眺めることが出来ます。
 地震の後改装されて雰囲気が少し変りましたが、周辺の景色は変りません。随分前柏駅東口に広がる広場で衆議院議員選挙の集会がありました。レストランからその風景を眺めた時、一回転するとその下の様子が変っております。定点観測のような感じで眺めたものです。

   昼食は先生は何時も定食 私は殆んど海の幸入りスープ麺です。

      セット鳳仙花  海の幸入りつゆそば

 このように座りますと、言葉が良く聞きとれます。先生は絶対に私より先に箸を取りません。いつもながらのことですが、50年ほどの間全く変りません。態度は変りませんが、話題は次々と移ります。
 最近の経済状況のこと、金融のこと、地球の磁場のこと、曲がらないこととは何か、平均値の意味は。等々本当に面白くて3時間が直ぐに過ぎて仕舞いました。私は中国語の受講に行かなければなりません。残念

 余談
 海の幸入りのそばですが、どうも前と変っているように見えます。青梗菜が矢鱈多く、海の物が少ししかありません。そこで調べて見ました。なんとHPで見るものとは大分違うのです。HPには以前のと同じ物が載っています。画像を取り込み大きくして見ました。やはり違いますし、内容もお粗末と言いますか、比較しますと値段が高くなったことになるのではと思ったのです。

          つゆそば

 店は改装して高級らしくしたようですが、これはおかしいですね。
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房総鴨川の海

 房総半島の先端に近い東方向に鴨川という市があります。そこはシャンソン歌手の加藤登紀子さんが住み(今はどうか分かりませんが)比較的文化的な雰囲気が育ち易いような気がしております。私は住んだことはありませんが、昔から親近感を感じている街です。
 特に鴨川シーワールドは知られており、何回も遊びに行っております。シャチが人と一体になるショ―は人気があります。私は勿論人並みにシャチのショーも大好きです。ですが一番興味を覚えるのは、川の生い立ちから始まる水族館です。山の渓流から流れ落ちる僅かな水が、徐々に下流へと流れて行き、平野を下り海に至るのです。
 その流れに沿って泳ぐ魚や貝など、環境に合った海の生き物を見ることが出来ます。なかなかゆっくりと見られませんから、行く度にそれは必ず見て来ます。
 鴨川の海岸線はなだらかな湾曲になっております。青島の仲間の一人は戦後鴨川に引き揚げて来ました。
 仙台高専の教授をしておりましたが、定年になって鴨川に戻り、そこで暮らしております。
 父親は青島中学の教師でしたので、引き揚げてからも教師として地元では知られた方でした。県立長狭高校の校長もされた方です。
 この仲間ペンネームは村崎深樹 詩人・画伯・音楽家と言って良いのでしょうか。国文学の教師でしたから、詩人としては昔から知っておりました。
 定年後からだと思いますが、画に音楽に励み、画展に出品したり、また懇親会にはバイオリンを提げて来ます。
 バイオリンは自己流、曲も自作「~~組曲」などと挨拶して弾きます。
 先日ハガキのセットを製作し、送って下さいました。芸術家と言う方は何時も何かに夢を感じ、そして何らかの形で表現したくなるのでしょうね。暫らく会う機会はないと思いますが、お目に掛かった時にはバクのようなお話をお聞きしたいものです。

      鴨川の海流に乗って  人魚1

      人魚2  人魚3

 鴨川で有名なのは、亀田総合病院でしょう。いろいろな医療関係のランキングでは必ず上位に座っております。
 1977年 この年の夏は冷夏で殆んど夏日の無いようなお天気が続いておりました。
 その年 8月2日突然母が亀田病院に入院 そして8月23日旅立ちました。 今でしたら医療過誤で問題になってもおかしくない手術でした。亀田病院には展望台にレストランがあります。眺望も良く水平線は丸く見えます。母の看護には弟夫婦、妹たち、母の妹たち、交代で詰めておりました。
 レストランで一人食事を取りながら海を眺めておりますと、空気が重く感じられます。うす鼠色に広がる海、太陽はどこかに隠れて仕舞ったような空
 鴨川は娘たちや孫と一緒に出掛けた、太陽の日差しが輝く空と海 反対に澱んだ寒々とした海 どちらも印象深く思い出します。
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夏休みの宿題

 子どもの頃 夏休みの宿題は出来るだけ簡単なものを出して欲しいと願ったのは私だけだったのでしょうか。
 中でも日記は嫌でしたね。当時確か絵日記はなかったと思いますが、日記は夏休み最後に一遍に書くにしても天気だけは何かに記して置かなければなりません。
 今日のように夏休みの宿題のための気象情報などはありませんから、とに角内容は創作でもお天気は自分で記して置きました。
 宿題の中では自由研究のような、何でも良いから何か作ったり、書いたりした物を提出しました。
 小学校3年から5年までの夏 私は毎年昆虫採集に励み、標本を作り提出しておりました。
 青島日本第一小学校の設備は冷房こそありませんでしたが、スチーム暖房で冬も気持ちよく授業を受けることが出来ました。設備は前にも書きましたが、授業の教室以外にもいろいろな部屋がありました。
 先生方が自由な研究も出来るように配慮されていたのでしょうか。教師の質は高く、戦後多くの先生方が大学教授になっております。
 私は今のクラブ活動のような、課外活動のようなグループに入り、昆虫採集や植物採集にのめり込んでおりました。
 特に夏休みは忙しく、毎週一回は必ず第一公園(現在の中山公園)での集まりに出掛けておりました。
 公園の入り口でバスから降り、先生の待つ場所まで行きます。人数は極少なく、5,6人程だったような気がしております。
 先生の注意を受けて、昼食を挟み自由に採集をします。
 道具は前日の夜 準備をして置きます。網、アルコール瓶、三角に折ったハトロン紙、注射器とアルコール等‥
 今でも思い出すのは、アルコール瓶です。父がキューピーマヨネズの空き瓶に下げ紐を付けて呉れた物です。その瓶の中にアルコールを湿した脱脂綿を敷きます。それは子どもに合った大きさで、空き瓶利用でしたが、チョッと自慢げに肩に掛けて出掛けたものです。

          トンボ

 先日マンションの廊下で偶然見たトンボ 指を差し出しましたらすっと止まりました。そうだトンボはそう獲らなかったなーと思い出しました。孫は素手で獲りますが私は素手で捕まえたことはありません。

 昆虫採集で捕まえた蝶は学校の理科室で先生と一緒に展翅板で形を整え、ガラス箱に綺麗に並べて提出します。
 蜂は網で捕まえますと、アルコール注射をして、それをアルコール瓶に入れて持ち帰ります。それは理科室で先生が処理して下さいます。

 戦後青島には四回行きましたが、あの公園の中には入っておりません。車で門の前を通っただけです。
 子どもの頃の公園の様子は記憶に中に確りと刻まれております。花壇に咲く大輪の百日花。真っ赤なサルビヤ。池の中の黒い菱。芝生の様子。奥の方にすすむアカシヤの並木。スケートをした凍った池。桜も咲きましたが、今は春になりますと大勢の人が花見に見えているそうです。
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孫のペット

 二女の娘は小学校の3年生 運動神経は抜群 走るも飛ぶも可なりのようです。父親は野球が好きですが、父親のお姉さんは千葉県のある陸上競技の記録保持者です。我が家は夫も私もそういう能力には程遠い人間ですし、娘たちはマーマーですが、孫と比べますと、少し下がります。
 力もあり、腕相撲では私も長女の娘(高3)も勝てず、私は数秒で負けて仕舞います。
 この孫のペットはいろいろといまして、家で飼っているので一番大きな物はトカゲです。昨年10月誕生日のプレゼントで本人の希望で買って上げました。
 ゲージは可なり大きく、赤外線の電球で温めており、冬の外出(散歩)にはホカロンの上に載せて連れて行きます。
 トカゲの餌はコオロギです。コオロギは大中小とあり、今は大らしいのです。生餌ですから、コオロギには小松菜を食べさせます。小松菜も出来るだけ新鮮な物が良いようですね。
 コオロギは毎日上げますから、切らす訳には行きません。近所のペットショップまで買いに行きます。
 先日は二女の都合が悪く、長女が頼まれて買って来ました。二女が留守ですので我が家に連れて来ました。暫らく経ちましたら鳴き始めました。と言うことは二女のところでは四季何時もコオロギが鳴いていると言うことになりますね。
 ペット屋さんは暑いと駄目になりますよと言われたそうで、涼しい場所に置いて二女の帰りを待ちました。
 今夜そのトカゲ「チョコン」に衣装を作ったと連れて来ました。
 楽に着せ替えが出来るようになっており、紐も取り外しが簡単に出来るようになっております。
 ばーばブログに載せて良いよと言います。今までは絶対駄目と言っておりましたのが、衣装を着けたので気が変ったのかも知れません。

           チョコン

 これは大変大人しく、動きは激しくありません。孫は他にハムスターをはじめ小動物をいろいろ飼っておりますので、母親は掃除と餌の管理で大忙しです。
 ペット屋さんは娘にコオロギの養殖をやったらどうですかと勧めたそうです。コオロギは良く売り切れになると聞きますが、どういう動物の餌になっているのでしょうかね。
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老眼鏡+α

 生活の中で日々いろいろなことを感じますね。特に最近は目と耳のことではどうしたものかと悩みと言いますか、どちらかと言えば困ったことと言えるようなことがしばしば起きております。
 老いの三点セット(老眼鏡・入れ歯・補聴器もどき)はとっくに持っておりますが、なお足りない気分に襲われます。
 その中で特に強く感じているのが目の焦点を合わせるのが難しくなっています。ことあるごとに瞬時に等とはとてもとても無理。合わせるのにかなり時間が掛かります。
 新聞からTVにTVから新聞に、またPCから新聞や本に、縫物からTVに
 まーその都度メガネを掛け替えます。掛け替えても字や画面がはっきりとしません。ボーと霞んで見えたり、字が二重に見えたり、本当に困ります。
 その中で特に問題なのは辞書引きです。最近の中国語の老師は宿題に人民日報海外版などから、抜粋した物をコピーしてお持ちになります。老師は目と耳が大変良いのです。ですからコピーが小さくても気になさらないようです。私はとても見つめていられません。同じ思いの同学の方と授業の後必ず拡大して持ち帰ります。

 その宿題ですが、辞書に出ていない言葉や新語が良く出て来ます。中国ではスローガンでも長い言葉を数個の文字で現し、看板や横断幕に書かれておりますね。新しい事態に合わせ、新しい短縮文字が次々に出て来ます。
 先週も私は老師に「新語は辞書にないので分からなく困ります」と申し上げました。老師は「私の辞書にも出ていないです」と。これって本当に困ります。
 ところがこのようなことでも、同学の中にはきちんと調べて発表する方もいるのです。ですから尚困るのです。
 それでも時間を掛ければ何とかヒントは見つかるかもしれません。そこで毎度電子辞書を手元に一所懸命に調べます。難しくややこしくなりますと、流れが分かればいいかと自棄になって仕舞うこともあります。
 昨日も明日のために暫らくコピーと辞書とに向かい合いました。

          宿題

 夕方の散歩の時間になり、メガネを掛け替えました。ところがもう目の前は霞みが全体に広がっています。
 やっと気を取り直し、カートを引き散歩に出掛けました。
 それがそれがです。ショッピングセンターでうろうろと歩数を増やすためのような、余り意味のない商品を眺めて歩き廻りました。その時間ほぼ1時間。やっと焦点が合うようになり、店内の風景も良く分かるようになりました。
 目の状態が変って来ているのかも知れません。老眼鏡にプラス拡大鏡を使わなければならないようです。
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カレーの付け合わせ

 夏はカレーを良く食べます。最近は長女が忙しく、なかなか作って貰えません。彼女が作ると大鍋一杯に出来上がります。ですから私たち夫婦は必ずそれを2,3回は食べることになります。
 長女のカレーは暫らくは無理でしょうが、矢張り時々はカレーが食べたくなり、その時は一人前ずつのパックのレトルトカレーとなります。先日は試しに辛さ10倍というのを買って来ました。これは全く食べられなく、即捨てることになって仕舞いました。
 カレーを食べるのは昼食の時です。その時の付け合わせは胡瓜の佃煮ですし、またラッキョウや紅ショウガとなります。
 ホテルや都心のレストランなどではカレーの付け合わせに、チーズや茹で卵、ピクルスなど綺麗な入れ物で出されるのですが、我が家では三点のみです。
 キュウリの佃煮は友人などからのリクエストが良くあり、作る時はそれを計算に入れて作ります。

           胡瓜の佃煮

 紅ショウガは妹から梅酢を貰い作ります。梅酢は重宝します。ショウガ以外にも大根や蕪等にも使うことが出来ます。この紅色を見ますと思い出すことがあります。
 子どもの頃の春 筍の柔らかい皮の産毛のような毛を落とし、そこに梅干しの種をとり除き幾つか入れて三角に包みます。その三角の筍の皮を時間を掛けしゃぶり続けます。やがて皮が綺麗なピンクに染まります。その頃には梅は皮の合わせ目から少しづつ漏れて、皮はぺちゃんこになって仕舞います。舐め続けると早く皮が染まります。
 子どもの中には懐に入れて温めて持ち歩く子もおりました。皮は酸っぱくなっています。それをまた噛むこともありました。食べ物の無かった時代 こう言うおやつもあったのです。

           紅ショウガ

 ラッキョウは市販の美味しそうな物を買って来ます。夫は食べません。
 ある時 突然夫がラッキョウを漬けて呉れと言いました。何に効くのかは忘れましたが、シーズンでしたから早速大量にラッキョウ漬を作りました。出来上がったラッキョウ漬を食べ始めた数日後、夫は病院に行き「~~に書いてありましたが、ラッキョウを食べると良いそうですね」と先生に話しましたら先生は「ま~食べたければ食べても良いでしょ」と返事をされたそうです。
 帰宅後夫は先生の言葉を私に伝え、その時から一粒も食べません。元来嫌いでしたから、先生の言葉はとても気に入ったのでしょう。
 その年 私はその大量のラッキョウを只管一人で食べることになって仕舞いました。以来ラッキョウ漬は止めています。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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