2012-03

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最終講座

 NHK文化センター柏教室中国語講座の講師 王廼珍老師は本日最後の講座となりました。
 私は体調不良で昨年12月の第一週の土曜日の講座を最後にし受講を止めておりました。
 4月からの講座案内に王老師の名前は見えなく、今日を以て講師をお引きになりました。
 私は自分の体調がどうあろうと絶対にお目に掛かりに行こうと、思っておりました。
 今日は春嵐のような激しい風雨に見舞われ、電車も止まるという事態になっておりました。
 老師は少し前から動きが悪くなり、長い時間の通勤が無理になっておりました。今日はご子息の欣雨さんが付き添ってお見えになっておりました。八王子から3時間掛かったそうです。
 老師は北京師範大学を卒業後教職に付き、以来長く教壇に立ち、今日はその教職50年の最後の授業となったのです。
 日本にお見えになって20年ほど経っていたそうです。奥さまは蔡鍔のお孫さんです。

 今日は12月に講座を止めた男性もお見えになり、最後の講座は座談の場となりました。
 思い出はどれほどか数え切れません。開講した最初の頃は教室は満席。老師と時々懇親会を持ち、浅草を回ったり、隅田川を船で下ったり、教室では時々餃子作りをしたり、楽しい思い出が一杯です。
 このところ同じメンバーでの受講が長く続きました。時々教室で懇親会を持ちました。老師はお酒が強く、飲んでも乱れることはありませんでした。
 老師は授業の時には必ず中国のお茶をお持ち下さり、ご自分で注いで下さっておりました。
 
      老師最終講座  元気な老師

      2年前の老師  老師のお茶

      王老師と  思い出の一齣

 老師はオールド北京人というのでしょうか。実に実直そして義に厚く教育者として真っすぐな方でした。
 NHKの講座で受講された多くの方が老師を尊敬慕っておりました。
 これからも長く私の心にあり続けて行くことでしょう。
 王老師!私はとても感謝をしています。長くお教え下さり有難うございました。
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皆さん周知のことかも

 歳を取りますと段々食が細くなり、肉より魚へと移って来ます。私は元々魚が好きですから肉より魚です。
 夫は若い時には肉!肉でした。そうですね5年位前までは結構肉を食べていましたね。
 今はそれが肉ではなく魚です。肉も偶には食べたほうが良いと聞きますので、少しだけ使います。大体牛、豚、鶏と偏らないように食べております。
 娘たちから時々、それも半年に一回位ですが焼き肉店に誘われることがあります。
 店で食べる焼き肉は結構美味しく食べて来ます。
 ところが家では焼き肉をすることは先ずありません。夫も私も硬い肉は駄目ですので、どうしても味より硬くないというのが基準になります。でも美味しいのが良いですよね。
 先日知人と話している内に韓国に行くと、どうして焼き肉があんなに柔らかいのかとなりました。
 その時に思わぬことを教えて頂きました。
 韓国でかその方がか分かりませんが、焼き肉をする時に牛の赤身を使うこと、そしてジャンを混ぜます。
 さ~それからです。ジャンを混ぜた牛肉にベーキングパウダーを混ぜると言うのです。

 丁度娘が買いものに行くと言いますので、一緒に車で出掛けました。大きな食品店に行きましたら、業務用のような大量のパックが並んでいます。ほんのチョと買う事は出来ません。そこでワンパック598円の豪州産の牛肉を買って来ました。勿論あれをやろうと言うことです。
 この598円がどう考えても、頑張っても食べ切れそうにはありません。そこで半分だけ焼くことにしました。

       焼き肉

 プレートを使い卓上で焼くのは最近は面倒でしません。フライパンで出来るだけ焼き過ぎないように焼きました。これだけですから300円と言っていいでしょう。
 本当に柔らかくて食べ易いのです。筋はチョッと噛み切れませんでしたが、問題はありません。
 次回は一階の生鮮館で米国産の赤身だけを買って来て焼こうと思っております。
 ステーキも柔らかく焼けるかどうかは分かりません。いずれ試してみようと思っております。
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長城と北京ダック

 中国北京に観光で行きますと、故宮や天壇、天安門などの他に必ず行くのは万里の長城でしょう。
 あの煉瓦は普通の煉瓦よりは大きく、製法も違っているのだそうです。土に水を混ぜたのではなく、土にお米や粟などのお粥のような澱粉質を加えて糊で確りと固まらせてあるのだそうです。
 その万里の長城には普通は八達嶺を目指して行きます。ここは混むんですよ。ゲートの前は人波で溢れております。
 ゲートから登り右に行きますと右側に一基の塔があります。そこに書かれているのが有名な言葉です。
 「不到長城非好漢」これは毛沢東が書かれたと聞きました。意味は元々は「長城に行かなければ好漢でない。初志を貫かない者は立派な人間ではない」という諺だそうです。

       万里長城

 男子たるもの一生の内に万里の長城に行くべきだとも言われてもいました。最近はこの言葉に続く言葉が出て来ております。
 「不吃烤鴨真遺憾」と言うのだそうです。北京ダックを食べないのは残念なこと」と言う意味でしょうか。

        北京ダック

 この好漢と北京ダックの言葉を一緒にして、北京に行きましたら欠かせないことだと言うことの喩えになっているそうです。
 万里の長城は常に賑わっているようですね。長城の石道路は多くの人が歩きますからツルツルで怖いです。高齢者は脇の鎖に確り掴まりましょう。ハイ!私は北京に行ったことがあります。長城にも登りましたし、北京ダックも食べて来ました。

  不到長城非好漢、不吃烤鴨真遺憾

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手製のジョロ

 8階に住む中国書の老師は北京出身です。お母様と一緒に住まわれております。
 お兄様が先日北京から来日 次兄だそうですが、このお兄様は北京の大学の理科系の准教授だったそうで少し前に定年を迎え、ご子息夫妻の住む日本へ会いに来ていたそうです。
 母親の住むこのマンションにも滞日中何回もお見えになったそうです。
 とても親思いでもあり、また妹思いでもあるそうです。話によりますと子どもの時から勤勉で几帳面な方だったそうで、それは今も変らず働き者でもあるそうです。

 お見えになると窓ガラスを綺麗にし、キッチンの換気扇もすっきりと掃除をされるそうです。
 私もこういう兄が欲しいな~と思って仕舞います。
 先日その次兄の方が作られたと言うペットボトルを見せて頂きました。

        ペットボトル蓋

 このボトルの中に水を入れ、窓ガラスに水を吹きかけて掃除をするようにと穴を開けて帰られたそうです。良く見せて頂きましたが、穴の開け方が実に規則正しく几帳面にきちんと出来ております。
 これなら長い取っ手を持ち振りまわさなくても簡単に出来そうです。水の量も自分の力に合う程度を注げば楽ですものね。
 掃除の嫌いな私 良いことを教えて頂きました。
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新鮮極め付き

 随分前からブログを訪問して下さっているゴルッテリアさん メタボ夫婦さんが会長をしております主夫連合のメンバーです。私は応援団の末席に参加させて頂いております。
 主夫連合のメンバーは料理を作る方、またこれから作る心算の方など。地域も年齢もまちまちです。
 ゴルッテリアさんはお友達に船釣りの好きな方が居られるようです。ブログに魚や釣り話が時々現れます。どちらかと言えば釣果は?
 一昨日は突然前触れもなく魚が沢山届いたそうです。その中から私にと送って下さいました。

        魚三種

 見事な魚 ウマズラ剥ぎ 鯛  鯵2尾 鱗が光っています。魚の肌も良い色をしております。特に鯵は大きいですね。二人の食事ですから、さてと考えました。この時期ブリ大根を良く炊いていますので、ウマズラと鯛はお刺身にし、鯵はサンガにと決めました。
 昨夜はお刺身です。鯛は湯引きにしました。滅多にこんな新鮮な鯛にはお目に掛かれません。
 ウマズラは薄造り 肝はさ~と茹ですり鉢に取り、良く摺り醤油とワサビを加えました。

       刺身

 刺身の皿の右下はウマズラの皮を剥いだ後、身に薄い皮がありますので、それを剥ぎ取り湯引きしました。食べる時にポン酢に付けて食べました。 美味しかったですね。夫が珍しくウマズラに箸が伸び、ビールも350ccを飲みほしました。何時も250cc位で終わるのです。とても気に入ったようです。

 今夜は鯵のサンガ焼きを作りました。房総半島では鯵のタタキが有名です。ですがサンガ焼きやナメロウと言ったものも知られております。サンガ焼きは家庭や飲食店でも焼き方や作り方はいろいろです。
 私は生姜と長ネギのみじん切りを加え、味噌を入れております。ナメロウは余り食べません。昨夜が刺身でしたので、今日は火を通した物をとサンガ焼きにしたのです。

       さんが焼き

 紫蘇の間に挟んだものと、ごく普通のものとの二種類作りました。紫蘇は夏の庭先で取って来た物ですと良かったですね。今の紫蘇は香りが薄いですね。母は葉らんに挟み直火で焼いたりしましたが、普通はフライパンに薄く油を引き焼いておりました。時々ぽろぽろに炒ってもおりました。サンガは母の味です。
 
 ゴルッテりアさん有難うございます。滅多に作れない肝醤油も出来ました。
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チビ孫は元気者

 二女の娘は4月から小学4年生 3年生の授業は今日当りで終わりではないでしょうか。
 このチビ孫 生来の元気者 母親のお腹の中で動き回り医師の言葉によりますと「沢山の赤ちゃんを見て来たがこんなに激しく動いている子は初めてです」と
 実際この孫の体はどうなっているのか。随分小さな頃から私は手に余り、追い掛けて行くのも息切れがしました。走る、跳ぶが大好きで一刻もジッとしていられないような毎日です。
 以前もアップしたことがありますが「何かに熱中症」という子どもです。
 最近はスポーツクラブに通い、またダブルダッチと言うスポーツに凝っております。このダブルダッチというスポーツはニューヨークが発生の地らしいです。
 今朝6チャンネルで「ダブルダッチ世界選手権」で優勝したDIANAという取手市の高校生チームの紹介がありました。練習風景や地元の応援、またスタジオでの演技が披露されました。
 このディアナの練習風景の録画の日にチビ孫も同じ会場で練習があったそうです。
 二女から若しかしたら映るかも知れないと、連絡がありました。ところが事前に教えられていた時間になってもなかなか始まりません。
 夫と二人で予定が変ったのかしらねと話しておりましたら、漸く放映が始まりました。

      1ダブルダッチ  ダブルダッチ世界一

      ダブルダッチ3  ダブルダッチ4
   
                            ↑の一番右がチビ孫です。
 
 初めてこの孫のダブルダッチを見たのは昨年のことです。取手の井野公民館祭りで呼ばれたのです。

              ダブルダッチ一年前

 少し大きいお嬢さんと一所懸命飛んでいます。かなり上達が早いようです。昨年の地震で近くに避難をしている方の慰問にも出かけたりしておりました。最近はボランティアで出掛けたりもしております。
 先ごろ全日本の大会で小学生学年の部で優勝しました。25日の日曜日は渋谷公会堂で演技をすることになっているそうで長女とその娘も応援に行くことになっております。
 
 
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すりごま

 胡麻和えは好きな食べ物です。今の時期は特にホウレン草が気にいっております。以前は胡瓜の胡麻酢和えも好きでしたが、最近は夏でなければ作りません。
 昔は畑の隅で胡麻を植えている農家を良く見かけました。胡麻だけの単作農家は見たことはありません。収穫後日当りの良い軒下等に種が落ちないように立てかけてあるのは、晩夏の風物詩でした。そんな風景を思い出しますと、胡麻って貴重な食べ物だと言う印象を強く感じます。

 摺り胡麻は丁寧に、丁寧に摺ります。胡麻を炒って直ぐにすれば香りも良いのですが、専ら炒り胡麻を使っています。摺り続けていますと、香り立って来ます。ねっとりとする位に摺りますと、本当に美味しいな~と思うのです。

      摺りゴマ1  2摺りゴマ

 すり胡麻は好きですが、胡麻摺りは嫌いです。胡麻摺りを得意にして昇格する人を眺めますと、余り良い気分ではありません。でも結構世の中そういうことが多いのですよね。
 私は胡麻摺りではなく、褒めるのが好きです。誰でも良い所ってあるのですね。
 容姿だって顔や姿ばかりではありませんでしょ。「健康で丈夫でしょ」「手が綺麗ね」「目が澄んでいるわね」「眉毛の形が素敵ね」「歩く姿勢が素敵よ」等‥それは本当にそう思うのです。空お世辞ではないんです。
 生徒も皆さんそれぞれ良い面を持っております。体型もいろいろですが、その良いところを生かして作るように指導しております。

      最近の朝食です。

      朝食3月12日  朝食3月14日

      朝食3月16日  朝食3月18日

 ニュースを見ますとついつい腹が立ちます。おばーさんは気短かになっているようです。用心用心老化が進行しては困りますからね。
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自己満足の一冊

 2006年からブログを書き始めました。
 時に齢75 何とか人に教えて貰いながら続けて来ました。お世話になった方には感謝の気持ちで一杯です。
 ブログを書籍化出来ると知り、ただ一冊の本を作って貰っています。
 天下に知られた人の貴重な書籍 希覯本でしたら時には数百万円もするかも知れませんが、如何に一冊であろうともこれは数千円で済みます。
 最初は目指せ10冊でしたが、最初一年分を一冊にしましたら、どうも厚くて具合が悪いと気が付きました。
 そこで今は年に二冊 前半と後半に分けて頼んでいます。
 2011年後半のが出来あがり手元に送られて来ました。

           2011年後半ブログ本

 このブログ本 校正は自分でします。そうしますとね見えるんですよ。おかしなことがね。ですが直せるものは直しますが、直せない所もあります。
 それは仕方がないと厳密には考えずに、ある程度のところで済ませます。
 なんとこの一冊で10冊になっていました。目指せ10冊は85歳で完成する予定だったのかしらと、思い出しております。
 85歳ね~どうでしょうかね。ぼの字にならない内は頑張りましょうかね。

 このブログ本の見本に私の物が取り上げられております。そうしますとこれはまた頑張らなけれぼと思う訳です。

       bunko相子老婆ブログ本

 目標と言う程ではないかも知れません。只管自己満足の世界に浸っている自分の姿の反映でしょう。
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豚まん

 長女の娘は3月1日に高校を卒業 6日から8日まで仲間3人と大阪に遊びに行きました。さぞ楽しかったことでしょう。
 新幹線指定席往復とホテルのセットのチケットは安くて驚きました。
 このチケットはJRみどりの窓口で買うことが出来るそうです。
 ただし利用で出来る日は火曜日から木曜日 そして利用する時間帯もこれまた決まっているのだそうです。
 利用客の一番少ない曜日と時間帯でしょうね。
 お土産に豚まんを貰いました。大阪で大変有名な豚まんだそうです。聞いたような気がしております。多分名前の所為だと思います。何処にもありそうな名前です。
 蓬莱というその店は一日に平均14万個も売っているそうです。
 蒸して食べましたよ。大きな豚まん 孫のお土産は嬉しいものです。

     豚まん  豚まん2

 この豚まん おやつに食べるお饅頭感覚ですね。皮はふかふかとしており、甘さがあり私の知る肉まんとは違います。
 東京で有名な?肉まんの店 神楽坂の五十番の肉まんは具がたっぷりで、都内のデパートなどでも買うことが出来ます。女将さんは明治大学の卒業生でしたが、数十年もお会いしていませんから、今は引退されているかも知れません。
 神楽坂に用があって出かけた時には買って来たことも何回かありました。大きな肉まんは値段も良いですが味も良いのです。
 ある時うっかりその肉まんを電子レンジで温めました。一口噛んだ途端 その肉まんが口の中で破裂をし、口中酷いやけどをして仕舞いました。中にウズラの卵が入っており、それが歯に当り破裂したのです。家族は大笑い。酷いことになりました。不注意も不注意 以来この手の物は必ず蒸すようにしております。
 
 子ども頃中国青島には「はりまや」という豚まんの店がありました。青島神社の近くです。青島の日本人でこの店を知らない人はいないと言って良いほどの店でした。小ぶりの豚まんは美味しかったですね。戦後引き揚げ何処かで再開されたかは引き揚げ者の関心を集めていたようです。当時の子どもの私たちは誰も知らず噂すらも聞けずじまいです。小学校の集まりには良く話題になりますよ。
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鈴懸けの径

 毎週月曜日の夜10時からBS日テレで放映されますのが「BS日本・こころの歌」という音楽番組です。
 我が家ではこの番組は随分前から見ております。
 古いものですと本当に古いな~と感心して仕舞います。ですがその古い歌でも殆んどは知っております。
 反対に昭和40年代なんてなりますと、知らない歌が増えて来ます。
 「今日は新しい歌ばかりだよ」と夫は嘯きます。夫は私よりずっと多く知っておりますが、私には全く分からないと言うものもあるのです。
 この数日はTVは重い内容のものが多くありましたが、震災地の人々の頑張っている姿や、ボランティアの活躍等にはホットする時間もありました。
 夕食後暫らくPCに向かい、いろいろと眺めたりして疲れたのか、私は少しウトウトとしておりました。
 気が付きましたらTVはBS日テレになっておりました。直ぐに何時もの定位置に付きました。
 昨夜は全部知っているか、歌詞は覚えていなくてもメロディーは耳にしたことのある曲ばかりでした。
 暫らく見ておりました。オヤ!「鈴懸けの径」だとカメラを構えました。

         鈴懸けの径

 時々この黄色のチィナドレスの姿が見られます。そうですね1年間に数回でしょうか。それでも私は嬉しいのです。生徒の紹介でこのドレスを納めさせて頂きました。生涯の記念になっております。

 この他に同じドレスで「蘇州夜曲」も歌われます。

 動画で フォレスタ 鈴懸けの径 や 蘇州夜曲 をご覧になって頂けると嬉しいですね。
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聞けば聞くほど 見れば見るほど

 昨年の今日 日本を襲った大災害 そして福島原発
 聞けば聞くほど また 見れば見るほど 切なく 悔しく 悲しく 
 真実は見えないような気がします。国はという言葉すら空疎に聞こえます。あれ以来普通に生活をしておりますが、常に心を脅かす何か。

 被災地の方々の心痛はいかばかりか。癒されているとは思えません。健気に只管頑張ってはいる姿が放映されています。苦しく、悲しく 不安だと真正面から言えない。きっと沢山いる筈だと思わずにはいられません。

     朝日3月12日 3月12日夕刊

     3月12日夕刊1 3月12日夕刊2

     3月12日夕刊3 帰宅難民

 何時までも記憶に留めて行かなければなりません。真相を知ることも大事ですし、復興を願うのも当然です。
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東京の空は真っ赤だった

 1942年秋 私は中国から帰国し、そして44年に日本の女学校に入学しました。
 両親は中国におり 私は千葉県館山の女学校の寄宿舎で生活をしておりました。 
 
 1945年の初め頃から毎日のように空襲警報が大本営関東管区情報としてだされておりました。
 空襲警報は出されても米軍の飛行機が既に通過して仕舞っていることもありました。女学校は赤い屋根ですから上空から目に入るのでしょう。P51艦載機は校舎を目がけ機銃掃射をします。急降下して来ますからその音が耳に響きます。(艦載機が飛んで来ると言うことは日本の近海に空母が来ていると言うことですよね)
 寄宿舎にいる時機銃掃射が始まりますと、押し入れに入って飛行機が行き過ぎるのを待ちます。
 大空襲と言うような時 B29は大島の方から東京湾の上を黒い帯状の編隊で北へ向かって行きます。ああ今日は何処に爆弾を落とすのだろうと、不安と恐ろしさで眺めておりました。

 1945年3月10日 この日は夜に空襲警報が鳴ったのだと思います。詳しく思い出せませんが、夜起きていたのです。誰かが気が付いたのですね。寄宿の生徒は皆部屋から飛び出し、北の方向に目をやりました。
 その北の方 東京の方です。火の塊と言いますか、真っ赤な大きな塊が見えるのです。その塊はどんどん大きく広がり、火の粉のような物が燃え盛って伸びて行くのです。
 空襲警報が出されていたのでしょう。当りは暗闇ですから、その赤い火の鮮やかさは目に焼きつきました。
 
 11日の午後 家に帰るために館山の駅に行きました。土曜日です。丁度東京方面からの列車が着いたのです。
 降りて来た人々の着るものは黒い煤だらけ、また焼け焦げの防空頭巾などを背負っています。だれもかも皆さん疲れきっています。夜中の空襲から逃れて来た人たちでした。忘れられません。
 それは今も語り継がれている東京大空襲でした。
 その日は東京の下町は惨状極まりない被害を受け、多くの方が亡くなりました。その惨状を詳しく記した記事を読みますと実に酷い空襲だったと分かります。ぜひ見て頂きたいと思います。

       安房高女

 この女学校は創立100周年を迎え、安房高校と合併しました。安房高校は XJAPANの YOSHIKIの母校です。
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駄菓子屋出現

 マンションの一階にある食品専門のスーパー
 毎日出掛けます。ま~出掛けると言う程の所ではありません。エレベーターで降りて行き、歩いて数分。
 今日も雨ですが、傘要らずです。(姑の弟はおでこで傘要らずと言う綽名だったそうです
 何時も覗くのは魚屋と肉屋そしてチョッとした調味料 そんなところです。
 数日前キチンペーパーや灰汁取りシートを買おうとしましたら駄菓子屋が出ているのです。出店の駄菓子屋ではないでしょうね。店舗の一部をそのような仕様にしたのでしょう。
 思わず覗きこみましたね。

               駄菓子屋1

   駄菓子屋2  駄菓子屋3

 広告が面白いですね。福助足袋 天狗煙草などポスターが貼られております。何処から見つけて来るのでしょうかね。商売って凄いな~と感心しきりですよ。
 値段は一つが20円か30円ですね。このスーパは圧倒的に高齢者が来る店舗なのです。このような駄菓子は誰が買うのでしょう。
 毎週水曜日は近所の幼稚園が午前中でお帰りになりますので、そのお迎えのお母さんと子どもが寄っているようですから、そういう人相手かもしれませんね。

 私が小さい頃田舎の部落には何処にも駄菓子屋がありました。煎餅や鉄砲玉という飴玉 またあんこ玉のような和菓子らしい物、殻付きの落花生、ラムネやストローのゼリー、めんこやビー玉もありましたね。鳥もちも水桶に入れて売られておりましたよ。紙風船も並んでいましたね。
 駄菓子屋では親がなかなか買わせて呉れません。鉄砲玉という丸い黒飴は大丈夫でした。今は無いお金の単位ですが、2個で一銭というような記憶があります。今でしたら10円位でしょうか。
 本当のお菓子屋はバスで行く街にありました。

 娘が生まれた1960年代 住んでいた市にはまだ駄菓子屋がありましたね。浅草橋に行きますとそうだ今も駄菓子屋があるのだと思わせる品物が沢山見ることが出来ます。買わないのに触って仕舞います。
 10年ほど前にはアメ横にも駄菓子の卸しやがありましたよ。

 今日は未だ行っておりませんが、様子を眺めて来ましょ。
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太巻き祭り寿司

千葉県の郷土料理としてとみに知られるようになって来ました太巻き祭り寿司
 チャイナドレスの生徒さんが習っていると話されておりました。
 どんなのを作っているのとお聞きしましたらメールで見せて下さいました。
 私も知ってはおりましたが、実際作っている方は知り合いにはおりません。私も作ったことはありません。

      祭り寿司1  祭り寿司2  

                祭り寿司3

 お聞きしますと、太巻き用の巻き簾は普通の物より大きいそうです。海苔も何枚も使うと言います。これは見ても分かりますね。で巻くのには力が要りそうです。最後の纏めの時は巻き簾を手に持ち、巻き簾を両側から寄せて確りと巻くのだそうです。
 チィナドレスを作りながらお聞きするには無理な話ですし、貴重な時間を無駄にしては申し訳ないので調べて見ました。
 
  千葉県の太巻き祭り寿司を詳しく綴っているサイトを見つけました。
        
 新しいことを知りますと、直ぐに挑戦して見たいと思うのが私の困る性質 どうしましょ。
 
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綺麗な花

 沖縄に住むノリーダヨさんのブログを拝見しますと、実に美しく、そして南国らしい花々が目に入って来ます。
 私の知る花は殆んどありません。沖縄へはツアーでしたので何だか全てが慌しく、花はブーゲンビリアとかハイビスカスのような知った花を覚えてるだけでした。
 どうも後から残念がるのが何時ものことで、沖縄の時もそうでした。

 少し前「カエンカズラ」と言う名前の花が何枚もアップされておりました。見た途端「アッ海ほおずき」だと思いました。海ほおずきは子どもの頃のオモチャのような遊び道具の一つと言っても良いでしょうね。ただ普通に言うところのオモチャではないのです。口の中で遊ぶと言いますか、口に入れて吹く物です。

        海ほおずきのような花

 昔 村の祭りとなれば神社の境内や狭い参道でも屋台が並びました。夜にはカーバイトの灯りの独特な匂いが漂い、子ども心にも怪しげな空気を感じたものでした。
 屋台の定番は干しスルメを戻して焼き、醤油で味つけた物、かき氷やワタ菓子等で、今の様な焼き鳥やおでんなどはありません。
 町ではそうですが、毎年9月15日には千葉の館山市の大きな祭り「八幡まち」
 この祭りともなりますと当時の安房郡の町や村から神輿が出て来ます。そこで繰り広げられる屋台の数は驚きでしたね。何処から集まって来るのでしょう。その屋台はテントをはり、よしず張りで囲い、椅子なども置かれたりです。農機具をはじめ生活用品、怪しげな見せ物など。それに混ざって食べ物屋が競っています。多くの人が興奮している様な時間が過ぎて行きます。
 この祭りの日は小学校が休みになり、町が空っぽになる程、大人も子どもも祭りに出かけました。祭りに行き館山の親戚でご馳走になる。それが大きな楽しみでした。
 それが今は9月の第2土曜日、日曜日の二日間になっているようですね。
 私は祭りで買い食いをすることは殆んどありませんでしたが、海ほおずきは良く買いましたね。

 海ほおずきは巻貝の卵嚢だそうですが、屋台に並べられている物は卵嚢の中は空間になっております。少し大きいものは分けられておりますが、小さな物は幾つか纏められております。自然の色は薄茶色のようですが、売りものは赤や黄色で着色されております。袋の平らな何処かに穴が開けられており、口に入れて風船を吹くように音を出して遊びます。舌と唇、そして噛む仕草が微妙に関係します。
 ノリ―ダヨさんの花は薙刀ほうずきにとても良く似ております。懐かしさがこみ上げて来ました。

 話は変りますが、2006年3月7日 この日は沖縄におりました。私はひめゆりの塔と資料館で辛い気持になり、また平和の礎では多くの方の名前に感謝の気持ちを捧げて来ました。沢山の人がただ日本人であるがためにあの大戦で命を落としました。
 最近どうも様子がおかしく感じられてなりません。
 沖縄戦ばかりでなく、多くの人が国家と言う名のもとで犠牲になったことを忘れてはならないと思っております。
 国民あっての国家 国あっての国民 どちらも重いですね。考えない訳には行きません。
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白和え2種

 歳ごとに 食事はシンプル 少量となって来ております。食が旺盛な高齢者に出会いますと感心して仕舞います。元気が目に見えます。
 頑張って食べますと直ぐ調子が狂うというのは困りますので、用心しながら食べると言うのが最近の私の姿です。
 主夫連合の応援団のマムチさんがホウレン草のピーナッツ和えを作っておりました。
 オヤ?これって見覚えのある袋じゃないの。と思い立って私もこのピーナッツパウダーを使って白和えを作りました。
 丁度同じころこれも主夫連合のご隠居プーさん も美味しそうな白和えを作っておりました。

 沢山作らないように気をつけて作りました。普通は白ゴマを使いますが、今回はピーナッツパウダーです。

           ピーナッツパウダー

 このピーナッツパウダーは千葉県館山の木村の物です。この店は古いんですよ。随分昔から馴染みの店です。昔はパウダーは無かったような気がします。ピーナッツの炒り具合がとても良いのです。
 いろいろな商品がありますが、私は手剥きのを買います。聞くところによりますと、生産者から買い取る時に全部手で剥いたもので、その一粒一粒が合格しなければ駄目だということです。

 その木村のピーナッツパウダーですから美味しい筈です。美味しかったですよ。

        ピーナッツの白和え

 上の白和えはホウレン草、人参、焼き椎茸 です。人参は薄い塩味の出汁で煮ました。 

        白和え2

 上のは菜花、ヒジキ、市田柿 です。ヒジキは人参と同じく薄い塩味の出汁で煮ました。

 一回に使う豆腐は小さなパックのを半分 それでも一回では食べ切れません。
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我が家にも春

 花の房総と言われます。2月から3月に掛けて多くの方が房総半島の最南端辺りに花摘みに出掛けております。
特に千倉の白間津には観光花売り場も並び、摘むだけではなく、買う事も出来ます。
 今日は3月3日 勝浦のひな祭りに大勢の人が見学に訪れていましょう。そのコースに花摘みを組みこんでいる方も多いと思っています。
 この時期私も以前ご近所のお仲間や生徒と何回かで掛けました。切り花は切り口から何とも言えない新鮮な香りが出ています。
 昔は花は俵で包まれて出荷されていましたが、今は箱です。

 先日我が家で「池田農園」と呼んでいる所から沢山の菜花が届きました。一緒に大根とホウレン草も入っておりました。
 菜花は切り花と同じ様に切ったままですから、大きな洗い桶に水を張り、そこに入れて新聞紙を被せ、暗所に一晩置きました。

       菜花

 見事に活き活きとしております。花が少し開いたのも春到来を身近に感じることが出来ます。寒かったこの冬。
 このところ急速に暖かくなって来ておりますね。

  野菜 特に葉物は調理する時 活き活きとしていることは結構味に関係します。ですから私は出来るだけ事前に水を張り、水を吸い上げさせます。歯応えもシャキッとします。
 ホウレン草は直ぐ茹でて食べましたが、大根は沢山ありましたので、輪切り切干として少し干しています。大根が出来たら千切りの生姜を芯に巻き込み、ゆっくりと酢の物にしようかなと思っております。

       切干大根

 この送り主 池田農園の当主 一所懸命に作っているようです。今は梅の花が咲き乱れていましょう。庭には時々雉の番が出てくるそうです。そこでまた我が家では岡山の池田農場(動物園)とおなじだ~と言います。農園の当主の娘が私の朝食を眺めて紅ショウガの色が薄いと言っていたそうです。そこで先日は梅酢が届きました。食卓の紅ショウガは以前と比べ色が濃くなっています。
 今朝は菜花のお浸しと紅ショウガが並んでいます。

       朝食3月3日

 話は変りますが、今朝のウェークアップ 橋本大阪市長を迎え、各党の代議士も並び、侃侃がくがく意見をたたかわしておりましたが、このように場が増えると良いな~と思ったことでした。
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蜜蝋のコスメ

 富山の瀬戸さんは男の中の男と言っては大袈裟になるのでしょうか。今時はへなちょこな男が多い中決して大袈裟ではありません。立派な方です。
 ブログが取り持った縁ですが、今では信頼のおける知人の一人です。何とかお会いしたく何時かはと機を待っておりました。
 2009年9月27日に明治大学校友会全国大会が富山で開催されましたので、出席を決め出掛けました。大会当日を挟み26日と28日の2回訪問しました。
 私は瀬戸さんの持てる人間性に尊敬の念を抱いております。特に食に対しての姿勢は見事なものです。
 ブログにリンクしておますが、そこで見られる瀬戸さんの活動は私心がなく立派な姿です。
 最近の内容は蜂蜜や蜜蝋のことなどに及んでおります。その中で蜜蝋を使い出来たハンドクリームとリップクリームが紹介されておりました。
 娘の手の荒れが酷いのでこのクリームを使わせてやりたいと思い、送って頂きました。
 
       ハンドクリームとリップクリーム

 このクリームは大きくは森林保全に関するアイデアに賛同し、植林を達成しようと言う目的を掲げて作られた品物です。これはぜひ多くの方に知って頂き、使って頂きたいと思っております。高いと思われるかも知れません。ですが薬品などを使わず、天然の物だけの物を探されている方には役立つのではと思っており、紹介させて頂きます。

       蜜巣

 上のおまけは蜜巣です。聞いたことはありましたが、実物を目にしたのは初めてでした。丁度ヨーグルトに小豆粥と生姜それに蜂蜜を掛けて食べていましたので、早速頂きました。
 瀬戸さんの手作りの数々の品物を送って頂いておりますが、おかしいとかガッカリとかは全く縁のないことで、安心して頂いております。
 特に安心だけではないのです。美味しいのです。
 長くお付き合いが出来ていると言うには日常が見えていると言う事がとても大切だと思いますね。まやかしは絶対にないと言うことです。その面では瀬戸さんには満幅の信頼を寄せております。
 
 取り寄せと言うのは初めは良く知っていると言うものではありません。そこで私は日常生活が見えればそれを見て決めております。九州のヤオイチ(稲田商店)さんもそうです。店主の日記を拝見しますと、ボランティアにも力を入れております。このようなことが私の選択の決め手となっております。

 蜜蝋コスメの詳しい内容はココからご覧ください。ここで問い合わせの電話も掲載されております。どうぞご覧ください。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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