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2012-07

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海女の一日

 房総のと言いましても今は昔 白浜という半農半漁の町がありました。
 灯台と海女が有名ですが、昔海女を撮影に来る人はそう多くなく、そのような人への気分良く付き合っていた時代。私が知っている海女の姿には何とも言えない力強さを感じたものです。
 海女として海に潜ってはいても稲作をしている家も多く、海女の一日は労働時間は10時間以上ではないかと思います。
 早朝起きぬけに田の除草に行きます。今のように除草剤を播くのではありませんよ。手掻きで雑草を抜きます。
 また田に行かない日は町の北側にある山に出掛けます。萱山の間に山百合が見えます。
 EGUTIさんのブログで山百合に似たような百合が綺麗に掲載されていました。
 
       ユリ

 山に出かけた海女は百合を沢山採り、背負いこに括りつけて帰って来ます。その百合を小屋などに置き、それから弁当を持ち、浜に出掛けます。朝食をどうしていたのかは分かりません。お弁当は二食分だったのかも知れません。
 海女はそれぞれ自分のグループの海女小屋に着きますと、背中の背負いかごを降ろし、潜る準備をします。
 海女は潜るのは一日2回です。一おりと言うのが一回を現します。午前一回、午後一回 二おりです。
 一回の時間は結構長いのです。午前の潜りが終わりますと、小屋の中で焚火をし、体を温めながら、干物を焼いたり、収穫のサザエを焼いたりっして、昼食を摂ります。それからお喋りをしたり、チョッと横になったり、ゆっくりと体を良~く温めます。乳飲み子のいる海女の所にはお守の人が赤ちゃんを連れて来ます。
 そして午後の潜りに出掛けます。午後は大体3時頃には陸に上がってきます。
 その日の収穫は仲買いの浦受けに売りに行きます。それから帰宅します。それから百合の始末です。
 朝の百合は露も切れていますので、花を薄紙で丁寧に包みます。山百合は一年に花一輪が増えるそうです。ですが余り多く花が付いているのは売り物としては価値が無いそうです。花の処理が終わりますとそれを簾のこのようなもので纏めて束にし、農協の出荷所の所に持って行きます。夕方トラックで東京の花市場へと向かいます。
 それから夕食の支度です。人によっては花卉の移植を夕方の涼しい時にする方もいました。
 
 もう私なぞ遊びの司と言われましたよ。ですから海女の経済力は都会の人には知られていないものです。
 呉服屋で亭主と相談をしてから買うと言う人は殆んど無いと聞いております。

 多分これは今の町の海女の姿とは違うと思っています。働き者の海女になった同級生は今はどうして居るのでしょうか。
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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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