2012-08

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鮨を買う事情

 8月25日は我孫子市の「かっぱまつり」が開催されました。明治大学校友会我孫子地域支部も祭りに参加
 祭りの会場は我孫子駅南口周辺から手賀沼へと繋がっており、交通規制もされておりました。
 今回の実行委員は若い方を中心に纏められ、メインストリートの西側で飲み物を販売しました。会場では校歌や応援歌を流し、注意を引いておりました。準備が整ったようで、私に会場の案内の電話が入りました。
 万華鏡を渡すのに丁度都合が良いと、急ぎタクシーで行きました。
 暑さが厳しく、お茶を一本買い、早速飲み、携帯で写真を撮り、早々に帰宅しました。

     河童祭り  河童祭り2


 家に戻りましたら夫は新聞を読んでいます。昼食が出て来るのを待っていた筈。ところが何だかむしゃくしゃして用意がしたくないんです。口もききたくない感じです。でレトルトカレーがあったのを思い出し、チンチンとしただけでテーブルに出し、自分は即横になって仕舞いました。暫らくして西瓜が食べたくなり、何と大きな八分の一の西瓜を食べ終わりました。何となく熱っぽい感じがしますので、計りますと三八度(高~い 大変)
 夫は直ぐにJAとりで総合医療センターに電話をしました。診察可能と言う事で入院になっても差し支えないよう準備をし、マンションの下に降りタクシーを待ちました。そこに支部の役員をしているマンションの小松弘道自治会長が通りかかり、「先輩何処に」「熱が高いので取手まで。肺炎だと大変ですから。ところでかっぱ祭りに行かれました」「これから行って来るよ。お大事に」と別れました。
 ところが後で会場では私が入院したと伝わったようです。関俊雄支部長から夕刻電話「大変でしたね。入院されたそうで」「大丈夫でしたよ」
 病院に行きましたが、夫が救急で運ばれた所ですから、慌てることも無くスムーズにことが運びました。
 診察っして下さったのは若い女医さん。両あごの下に手を当て、リンパ腺が腫れているか見たのでしょう。この何十年か忘れていたような仕草です。掛かり付けの先生はそう言う事をしませんでしたね。
 「梅ちゃん先生みたい」と思わず声を出して仕舞いました。先生はニッコリ
 レントゲン写真を二枚撮りました。真横から一枚撮りましたが初めてでした。診断は「肺炎は起こしておりません。薬を出しますから、飲んで休んで下さい」となり帰宅しました。それから殆んど横になっております。

 そんなことで毎食は夫に用意して貰っています。毎日夕食は魚屋のお鮨です。
 整体の先生に予約の変更をお願い仕舞したら、「先ず西瓜を食べなさい」と返事がありました。そこで夫に西瓜を買って来て貰い、食後に食べております。

              スイカ

 風邪の所為か、何だかよく分かりませんが、西瓜が美味しいんですよね。で食事は余り欲しくないんです。その結果体重が2㌔減  寝ていても汗をびっしりかいていますし、体の水分も減っているのでしよう。
 書の老師は風邪だと知ったことで、一昨日の昼には沢山の餃子を差し入れて下さいました。それぞれ有難いことです。
 24日のアップをしてから今日は5日目です。「ブログを書かないと見て呉れる人が心配しないかい」と夫が言いますので、風邪は完全には治っていませんが、25日以降の夕食が自家製鮨ではないと言う事で近況報告とさせて頂きます。
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韮の花

 韮は栄養価もある食品 多少好き嫌いがありそうですね。外出し人とお喋るをすると分かっている時には食べないように気をつけています。
 電車の中で匂うのはニンニクですね。隣に立っている男性から匂って来ますと、さり気無く場所を変えます。
 韮はニンニク程は匂いませんが、それでも嫌いな人には嫌ではないかと思いますよ。
 子どもの頃庭の僅かない空き地 そこにはニラが植えてありました。薬味にしたりするので、時々数本摘んできます。餃子に入れる程はありません。餃子の時には買って来ましたね。
 我が家の餃子にはニンニクは入れません。中国風です。
 
 先日整体治療を受けながら韓国の「ちじみ」の話になりました。ソウルのロッテデパートの最上階?だったと思いますが、そこで初めて「ちじみ」なる物をご馳走になりました。大きい四角の鉄板の上で焼かれた「ちじみ」
 韮がキチンと簾のように揃えて並べられておりました。美味しかったですよ。でその話から「ちじみ」は韮ばかりかと思いましたら材料はいろいろあるんだそうです。外で食べたのはソウルでの一回のみですから、他のは食べたことがありません。家で作ったこともありません。整体の先生の使う粉は緑豆の粉だとか。粉は作る人の好みのようですね。
 先日主夫連合の EGUTI YOUSUKEさんのブログに実に美しい韮の花を見ました。韮の花は見たこともありましたが、このように美しく繊細な花だとは想像外でした。

    韮の花  韮の花2

 中国書法の老師は夏の韮は味が悪いと仰っていましたが、花が咲くのは矢張り葉の方の栄養が落ちているのかも知れませんね。
 話は韮の花 父がどうして韮の花を塩漬けにして、それを好んで食べていたのか、全く分かりません。
 韮の花を集めて塩漬けにしますが、母は全く関心が無かったような気がしております。
 塩漬けにした韮の花は瓶などに入れて冷蔵庫に保存して置きます。
 ラーメンを食べる時 父はこの瓶を持ち出し一房か二房をスープの上に載せ、如何にも美味しそうに食べるのです。私は一度も食べたことはありませんでしたが、この綺麗な韮の花を見まして、突然父と韮の花との関係を思い出したのです。 
 どうも父は中国在住中にこの花を食べると言う事を知ったのではと思います。
 
 チョッと話はそれますが、黄韮は鴨鍋に入れますと鴨の匂いを和らげますね。これは陽を当てずに育てるようです。
 普通の韮をグリーンアスパラとすれば黄韮はホワイトアスパラのような関係でしょうかね。
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自家製鮨シリーズ 第16回 と関心事

 幾ら好きでも毎日では飽きるでしょうと言われそうですが、今のところ飽きてはいません。
 夫はどちらかと言えば光り物はあまり食べません。
 私は光り物でも貝類でも、言うなれば何で好きだと言えそうです。
 二人とも高齢ですからタコやイカなどは避けております。何故って?噛み切れないんですよ。生のサーモンも出来れば避けたいですね。スモークサーモンは二人とも好きです。
  鮑やウニなども好きですが、お総菜と言いますか、家庭では滅多に買えません。
 と言うような事情と、魚屋の品揃えで余り変り映えはしません。ところが今までのお皿を見て見ますと、組み合わせの違いや、作り方の違いで、同じ物が一皿もありません。
 今回も同じ様ですが、チョッとは違うんですよ。

    イナダ握り  バチ中おち・〆鯵

              寄せ集め丼

    バチ・カンパチ・甘エビ  カンパチ・バチまぐろ・カレイ

 

 ロンドンオリンピックが終わりましたが、どうした事か夢中になる歳ではなくなったのでしょうか。昔のように気が入りませんし、大きな感動が胸を沸き立たせては呉れません。老いたと言うことでしょうね。
 ですが今日の関心事は老いて行く自分ではありませんよ。
 
 マスコミは興奮して仕合の様子やメダル獲得を伝えておりました。
 それは多くの人の関心事ですから当然ですよ。ですがね、せめてオリンピックが済んだら伝えなければならないことがありゃしないですかと言うのが、私の関心事なんです。

    朝食8月14日  朝食8月15日

 オリンピック後の二日間の朝日新聞のトップ記事は何を知らせたいのですかね。政界の問題にしても何か匂わせているような感じです。中国の問題は今日本の大手の新聞が一面トップに上げなければならない問題でしょうかね。それも次回からは国際面に移して続けると言うのです。
 国内問題では連続して追い続けなければならない問題があるのではないですかね。世間はどう思っているかは分かりませんが、私はそう思うのですよ。

 今朝の朝刊はどうでしょうか。大きな問題を見ることが出来ます。

             朝食8月23日

 原発問題は大きな関心事です。ごく最近家の近くの柏市で見られた放射能の強さに驚いております。
 番地までハッキリと分かりました。→ここの赤いからご覧になって下さい。
 これは風評ではないと思うのですよ。
 
 昨日は野田総理と首都圏反原発連合の方たちとお会いしたそうですが、朝刊は平行線の「脱原発」と報じております。そうでしょうよ。国が「はいそうですか」と言う筈もないし、変更する意思も初めからある筈がないのですからね。会ったと言う事を記録に残すためでしょ。
 選挙があれば原発推進派には投票したくはないですよ。政治家やマスコミは国民を上からしか見ていないのではないかと思うのです。今は国民は多くの情報を共有しております。騙せないと思うべきですよ。
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煌めく万華鏡

 先日作った初めての万華鏡 その後欲しいと言う方があり、高さんから村越道浩さんにお願いして頂きました。
 出来上がりましたよ~何時でもお出で下さ~いとの連絡を頂きました。
 何回も行っております「世界の人形館」に受け取りに伺いました。毎度ながら万華鏡を手に取り覗きます。
 世界の人形館には村越さんの制作した一点物を初め他国の万華鏡も見ることができます。
 今回はイタリヤ、米国のを覗かせて頂きました。そして高さんが外国で求めた壺に村越さんが加工した素晴らしい万華鏡を見せて頂きました。恥ずかしくも相変わらずワ~綺麗、凄いと声が自然に出て来て仕舞ました。
 今回はチョッと国別の万華鏡を紹介致しましょう。
 イタリヤのは宝石職人の作品です。オルゴールが回り、蝶が上に乗っているそのオルゴール部分の球体に光を当てて覗きます。↓のがその万華鏡と輝く模様です。

    イタリヤ万華鏡1  イタリヤ万華鏡2

    イタリヤ万華鏡3  イタリヤ万華鏡4

 米国のは地球儀の上の筒にある2個の覗き窓から覗きます。△と長方形の窓から別々の模様を見ることが出来ます。筒の先端には丸いガラスに可愛い姿の魚や花などが納まった物をはめて覗きます。

    米国万華鏡1  米国万華鏡4

    米国万華鏡2  米国万華鏡3
      ↑のは長方形の窓から覗いた模様です。
  ガラスの厚みがこう言う形を見せているようです。変っていて面白いですね。

 村越さんが特別に作ったのがあります。それは壺の中の宇宙という名前が付けられており、世界の人形館と言う文字が見えます。

    万華鏡コーナー  壺の中の宇宙
                      ↑の右側のが壺の中の宇宙です。
 
    人形館万華鏡1  人形館万華鏡3

     輝く万華鏡の模様の中に世界の人形館の文字が見られます。

 万華鏡は誰が発見し、何処の国で観賞されて来たのでしょうか。高さんのブログに詳しく記されております。
 → のからご覧になれます。どうぞご覧になって下さい。
 
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突然の別れ

 二女の娘は生き物が大好きで、家でいろいろと飼っております。夏はカナヘビを家に連れ帰り、餌の蜘蛛取りも日課です。親子で忙しくしております。
 土曜日(18日)長女親子と偶然近くのスーパーで会い、その後お互いに別の所に行くため別れたそうです。
 長女と娘が我が家に来ましたのが夜の8時頃でした。そこに二女とチビ孫が現れました。悲しそうにしております。何が起きたのかと聞きますと、長女と別れて家に戻りましたら、ペットのトカゲが亡くなっていたそうです。
 原因は分かりませんが、二女の話によりますと、最近食欲がなく、心配していたようです。ネットで調べて見たところあっけなく死ぬことがあると、出ていたそうです。
 それでもコオロギのMを食べさせたのが悪かったのかしらとか、悔やんでいます。ゲージの温度には気を付けていたようです。随分大きくなって、最近は洋服も入らなくなっていたようです。
 このトカゲはチビ孫にすっかり慣れていたのです。未だ雌雄も判別できませんでしたから、彼と言うべきか彼女と言うべきか分かりませんが、このこの画像を記念に残して置きましょう。沢山ありますがホルダーに入れてあります。チビ孫が見たい時には我が家のホルダーを開ければ見ることが出来ます。

     一昨年のチョコン  1年後のチョコン

 一昨年の誕生日にプレゼントしたトカゲも1年後は少し大きくなって来ました。

     チョコン日向ぼっこ  毛布でチョコン

 動きは活発ではありません。慌てて捕まえる必要もありません。言うなりと言った感じです。

               チョコン4枚

 長女の娘が携帯から送って呉れましたのが4態の写真です。このトカゲはチョコンと言っておりましたが、最近はチョっちゃんと呼んでいたようです。暫らくは思い出し、辛いことでしょう。
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春巻きと餃子

 ブログのカテゴリーを見ましたら食品・料理が一番多く驚きました。食いしん坊?意地汚い婆さん?
 ま~それはどうでも良いことですが、世界中で国民が普通に食べていられる国としては日本もその一つです。その食生活の中で、自分の考えで食品を選べると言うのは有難いと思うべきでしょう。

 我が家の食事のメインは朝夜とも日本料理になります。自家製鮨シリーズなんて書いておりますが、頂き物がありますと、また違う味を楽しめます。これは嬉しいことですね。
 お土産は箸休めになるような物が多いのですが、産直の物を頂きますと、何より新鮮、そして珍しい。とてもワクワクします。

 昼食は麺類が多くなっています。時々書の先生から差し入れがあります。
 先日は春巻きを頂きました。8階から出来立てをお持ちになり、熱々のが届きます。同居されているお母様が味に厳しいそうです。

       春巻き

 食べ物のブログで良く見る言葉 旨しとか完食とかありますね。確かに美味しです。この春巻きには数をこなした方の技が出ています。皮の微妙な軽さ 具の調和 中国人らしくと言いましょうか、実に美味しかったですね。
 口に入れるとアフ(熱い)アフ(熱い)と直ぐに口を閉めて噛めません。熱い熱いと声を出しながらやっと落ち着き食べることが出来ました。
 春巻きの餡ですが、干しシイタケを戻したもの、春雨、少しのニラ、豚ひき肉などが入っています。老師の説明によりますと、肉は事前に炒めて置くのがコツだそうです。そうしますと、揚げる時の温度を低くし、ゆっくりと揚げることが出来るそうです。

 餃子は昨日の昼に頂きました。前回と同じく隠元の餃子です。老師はこの季節のニラは美味しくないので、あまり使わないとのことです。

      夏の餃子

 先日ラーパイサイの話をしたからでしょうか。白菜の中国の漬け物も一緒に頂きました。
 夏は辛さが体を刺激すのでしょうね。汗が出ます。

 四川料理の辛さは凄い物もありますが、程良い辛さは夏向きですね。このところチョッと四川料理をと言う気軽に行けるお店がありません。きっと探せばあるのでしょうね。
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11冊目のブログ本

 仕事を辞めた後、先ず習った料理のレシピや各種記録。またチャイナドレスのテキスト等を作るためにワープロを習いました。何とか出来るようになり、少し経って気が付いてみますと、時代はパソコンへと移っておりました。
 そこでパソコンの操作を教えて頂き、それから欲と言いますか、希望が膨らみブログを書くようになりました。
 親しい先生に紙に残すことを薦められ、その言葉をきっかけにブログ本を頼むことにしました。
 初めての1冊は2006年版です。07年版も1冊にしますと、厚くてこれはどうもと考え、以来一年を前期と後期に分けて印刷をしました。印刷をしたと言いましても、自分で作るのではありませんよ。
 ブログ出版局に依頼をするのです。方法はツールのブログの書籍化から入ります。
 指定通りの操作をしますと、原稿が送られて来ます。校正は自分の責任でします。校正は何回でも無料です。
 2012年前半版が出来あがり届きました。全部で11冊となりました。全部唯一冊の私家版です。

     ブログ本  ブログ本領収書

 本は奥付も背文字もキチンとありますよ。著者は相子です。費用がどれ位かと言いますとね。上の領収書の通りです。
 高いか安いかは考え次第でしょうね。
 ブログを書くことは記憶を鮮明にして呉れることが良くあります。いろいろな事への関心も強くなります。そんなことで健康であれば続けて行きたいと思っております。心身に障害が起きないように願っていますが、これは必ずしも自信はありません。
 何時も読んで下さっている皆さまにはとても感謝の気持ちを抱いております。有難うございます。
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1945年8月16日の朝

 日本が連合国に全面降伏をした日 8月15日の午後からはピタリと爆音が消え、空に陽が輝いておりました。夜になるにつれて、大人たちがいろいろと祖父の所に聞きに来ます。
 電灯の傘に被せている布は外しても良いのか。電気を点けていても大丈夫か。敵は狡いから、今夜も空襲があるんではないか。とかいろいろと相談をしておりました。
 7月18日に町は米軍の艦砲射撃を受けていましたから、また艦砲があるかもしれないとなり、私は妹の手を引き暗い道の中、山の中に作った避難小屋へと泊まりに行きました。
 その小屋は我が家の北側の家と共同で急造した粗末な小屋でした。山の道から少し外れた場所の木を切り、場所作りをし、そこに丸太を並べて人が寝起き出来るようにしました。布団も持ちこみ、蚊帳も置いてありました。
 艦砲射撃を受けた夜、攻撃が終わった後、妹とその小屋へと急ぎました。その後夜中に海上で米艦と日本船との交戦があり、この時も妹と逃げて行きました。 
 山に行くには峠があります。交戦中の船から撃ち出す腹に響く砲弾の音と、飛び交う物凄い閃光。逃げて行きながらも時々立ち止まり、見ました。
 山に行く道では何組もの家族が避難小屋に急いでいます。
 その晩はどういう訳か、小屋では妹と二人だけでした。暗い中で二人は手を繋ぎ眠りました。私は唯只管妹を守らなければと言う気持ちでいっぱいでした。

 今年のこの日は木曜日 あの16日も木曜日 夏休みの出校日だったと思うのです。早朝目が覚めると直ぐに家に戻りました。戻る途中兵隊が山の下から峠に次々登って来ます。そして峠の東側に何やら運びこんでいました。
どうも何かを埋めている様子です。さえぎる物は何もありませんから、良く見えます。それを左手に見ながら峠に立ちました。
 海の綺麗なこと。16日も晴でした。女学校へは行く必要は無くなったと記憶しております。
 授業が開催されたのは9月上旬に入ってからでした。

 当時の女学生の通学時の服装が「千葉県立安房南高校創立100年史」に掲載されておりました。スケッチですが良く分かります。今の若い人が見たらダサイ~と言われるでしょうね。

        戦中の服装

 救急袋には包帯、三角布、消毒薬、メンソレ、赤チン、絆創膏、止血石などを入れております。
 非常食入れには、糒、要り大豆、金平糖、鰹節の小さくなった物などを入れております。その二つの袋を襷がけにし、通学します。
 16日はその服装に着変えるために早く家へと向かったのです。あの朝の空は綺麗だったな~と思いだしますよ。一晩寝て、もう空襲も艦砲もないと分かったせいでしょうね。気分も爽やかな感じでしたね。
 そして16日の夜からは部屋を明るくして過ごせるようになりました。
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チョッと得意かな

 沢山のブログを拝見しますと、それぞれ皆さん得意分野があります。そしてジャンルもハッキリとしております。私のは四方山話ですから、何でもありって感じになっております。
 偶にはチョッと得意な物としてアップしても良いかな~と思いました。
 昨日新鮮な形の良い鯵を買いました。大きさも私の煮魚にピッタリです。

        鯵1

 これを煮魚にするために作ります。作り方は→からご覧になって下さい。

 準備が出来ましたら、平らな鍋に煮汁をいれて沸騰させます。煮汁は醤油、砂糖、日本酒と水 私は大雑把で適当です。

        醤油沸騰

 煮汁をキチンと沸騰させます。中途半端でなく沸騰させます。そこに作った鯵を並べて入れます。並べ方はお皿に載せる時上になる方を上にして入れます。煮上がるまで動かしません。

        鯵2

 煮汁が無くなり、色も綺麗になりました。皮も鰭も全部取ってありますから、お店では見られない物だと思います。これは食べ易く今までどれほど食べたか数え切れません。煮汁の残りに出汁を足して牛蒡を煮るのも毎度です。これは今朝の一品になりました。

        鯵3

 煮えた鯵は夕食に食べました。
 鯵を買う時また小父さんに言われました「お母ちゃん何にするの」「煮るのよ。私の煮方ね。煮て食べて残ると焼くのよ。美味しいんだから」「焼いて煮るのかい」「違うのよ。煮てから焼くのよ」
 「小父さん知らないんだ。じゃ~明日持って来るわ」と言う訳で昼に焼いて持って行きました。
 小父さん早速パックを開けて食べ始めました。「お母ちゃん旨いよ。話ししている内に全部食べちゃいそうだよ。飯が欲しいな~。昼にこれで食べるよ」と中に入って行きました。
 我が家は今夜焼いて食べます。

 今日は日本が無条件降伏をした日です。時間がございましたら「NHK戦争証言アーカイブス」をご覧になって見て下さい。
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自家製鮨シリーズ 第15回 と関心事

 夕食にお鮨を一品入れて置きますと、とても楽です。
 昨日は夕方から体調が悪く、夕食の主菜を何にするかが纏まりません。鮨種は買ってありましたので、後は冷蔵庫の中を眺め、朝食の残り物と簡単な炙り物を出して終わり。
 お鮨が目の前にあれば、何だかご馳走があるように見えます。日本人の食文化を世界から見ますと多分鮨の占める位置は1,2を争うものでしょう。ですから気分としては毎日ご馳走とも言えます。良いですね~。

     バチ・生ホタテ  まぐろ首肉の削り

              金目握り

     鰹炙り  わらさ・ばち

 我が家の夕食代は1000円から1500円程度でしょうか。
 鮨種は350円から500円位までが普通です。今回金目の握りを作りましたが、これは大きな片身で1300円 お鮨を2回 そして刺身で1回 とで楽しめました。
 
 
 最近原発事故の影響かネットで海産物の問題がいろいろと沙汰されております。全てが真実かどうかは分かりませんが、少なくとも実名(らしいかも)を出している内容には不安と関心があります。
 原発の排水は高温だそうで、その排水の影響か周辺の魚や貝などの成長が早いと言うのです。
 1965年ごろ東海村に原発が出来たせいか、大量のカワハギが出荷されました。それも小型の物です。当時の話ですがカワハギが湧くように出て来たと言うのです。生態系に何かしらの変化が起きたのではと思っていました。
 そのカワハギは味醂干しとなり、房総でも至る所のお土産屋さんに並びました。今思い出しますと多くの人間がカワハギの味醂干しや干しカワハギを食べていたのです。
 
 魚屋の店頭に並ぶ鮨は参考になります。小父さんが自信を持ち旬の物を中心に種としております。私は魚も天然か養殖かと聞きます。養殖の物は出来るだけ避けております。

      魚屋の鮨  鮨並ぶ

 ケースの中の鮨を眺め、握りの形や組み合わせなどもじっくり観察します。
 「お母ちゃん 今日はこれを食べたら」「う~ん美味しそう。だけど今日は自家製にするのよ」
 「じゃ~これが良いよ」「そうね。じゃそれにするわ」とこうなります。
 
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青島の思い出‥2

 青島の夏は賑やかでした。中国では珍しい砂浜の海岸が何か所もあります。第一海水浴場は忠の海と呼ばれ当時東洋一と聞かされておりました。
 日本では昨日から盆休暇で都心から多くの人が帰省したり、観光に出かけたりで主要幹線の渋滞のニュースも流れていますね。
 青島では人々の交通手段は、バスでした。タクシーもありましたが、私は良くバスで出掛けておりました。家族で出掛ける時には馬車(マーチョ)でした。お使いに一人で行く時には洋車(ヤンチョ)です。
 当時の青島での葬儀ですが、豪華な葬列を良く目にしました。
 古い写真(多分昭和15年頃)があります。

        中国の葬式

 この写真の季節は夏でしょう。青島は内陸部と比べますと、寒暖は厳しくなく、凌ぎやすい都市でした。それでも冬は池に氷が張りました。
 葬列の前の人は雇われていると聞きました。遺体は大きな輿に乗せられ、葬列は街中を進みます。
 楽隊を先頭にして銅鑼や笛を鳴らして進むこともごく普通でした。音楽は中国の物でしたでしょうが、メロディーの記憶はありません。ですが大きな楽団が「愛国行進曲」を流していたのが強烈な記憶となっております。
 輿の前を進む馬車(マーチョ)には白装束に身を包んだ「泣き女」が数人もおります。これは泣くのを専門にする人です。家族の悲しみはかくやとばかりに泣き続けます。
 馬車の外まで体を倒し、大きな声を上げ、鼻水が長~く下がっています。その長さは本当に驚きます。
 喪主は葬列から駆け足で前に行き、そこで叩頭をし、輿の近づくのを待ちます。輿が傍に寄って来ますと、また走りそこで叩頭をして待ちます。その繰り返しです。
 叩頭は輿に向かい頭を地に付けてひれ伏します。今はどうでしょうか。PCで見ますとある地域では泣き女の風習が続いているようです。それは昔と違い、マイクを握り仕草は大袈裟で、これが物凄いのです。

 青島の郊外のお寺に行きました。そこには土饅頭の墓地があり、死者があの世で使うと言う紙銭と言う紙のお金が石で抑えられてありました。紙がひらひらと風に吹かれています。地獄の沙汰もですかね。
 青島満帆で見ましたら、最近は綺麗な色紙になっていると分かりました。
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今日思ったこと

 消費税の問題が決まりましたね。今日は新聞を眺めては腹立たしく思っております。
 総理は何を考え、何をしようとしているのでしょうかね。選挙をしたいとしか見えない自民党、何だかそこを避けたい風な民主党。
 私はね一票の格差を早く解決して欲しいのよ。選良とは言えないような人間に投票したくないんです。
 来たるべき選挙 もう今は考えが纏まりません。世間の人々はどうなんでしょうか。

         朝食8月11日

 今日は東日本大震災から1年6カ月 NANTEIさんの記事をご覧ください。→ 
 そこに「賢く明るくいきましょう」とあります。こういう時代だからこそ、この言葉を心の底に入れ、持ち続けて行こうと思っております。
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なかなか上手になりません

 中国の書法を習い始めてから1年半
 やっと筆の持ち方にも慣れて来ましたが、縦の線が未だ未だ不安定です。
 老師は「毎日半紙2枚位は書くと良いですよ」と仰いますが、何かと理由が出て(本当は怠惰かも)書かずに時間は過ぎて仕舞います。月に2回ですから、書かなければ進歩しないと分かってはいるのです。
 練習した僅かな枚数を持って出掛けます。老師は優しいです。決して怠けているとは仰いません。今の時期暑いですから無理をしないで、週に1回でも2回でも書いて下さいと昨日も仰いました。

 昨日テーブルに「王羲之」と言う字が見えます。老師がご覧になっている書の本です。蘭亭叙<五種>という本です。
 王羲之の有名な書だと分かりました。私は王羲之が書聖と言われている事は知ってはおりましたが、蘭亭叙と言うのは全く知りませんでした。
 調べて見ますと王羲之はもう言いようのない素晴らしい書家でもあり、この蘭亭叙は中でも最高の書だと分かりました。
 チョッと手にとらせて頂きました。

        王ぎし書  王ぎし印

 <五種>とありますのは、いろいろとある中の物を載せてあります。拓本のもあります。蘭亭叙の真筆の物は無いようですね。
 この五種のも印鑑が沢山押されております。
 初めて台北の故宮博物院に行きました時、書のコーナーで見た膨大な数に驚きましたが、それぞれに立派な印鑑が押されているのです。それも一つや二つではないのです。聞きますとそれは持ち主が押したもので、印を調べると書の持ち主を辿ることが出来ると言うのです。誰が持っていたかでも価値が分かるようです。
 この蘭亭叙<五種>でもそれぞれに押されている印鑑が違うのです。成る程と感じましたね。

 朱ですが老師のお手元にある朱肉は乾隆帝の時代の古い物だそうです。その朱色の美しいこと。

    朱肉1  朱肉2

 この朱色を見ますと、自分の書いた物にチョッと何か押して欲しいな~と思って仕舞うのです。
 それには努力 努力ですよね。
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相子の万華鏡

 先日万華鏡のワークショップに参加しました。
 自分で作った万華鏡 目に当てて家の中のあちこちを眺めては喜んでいます。
 レンズを当てる位置によって覗ける模様に変化が起きます。子ども帰りのような気分です。
 万華鏡の覗き窓にデジカメのレンズを当てて写してみました。手のぶれが強くて確り合わせるのが上手く行きません。それでも何とか写して見ました。
 何時もお喋りする若い男性(孫のような)にスマートフォンで写して貰った私
 何だかパラシュートで飛んでいるように見えます。顔が分かる方は最近の私を知っている方です。
             
                先ずそれを一枚

                相子万華鏡

        次はデジカメで写した万華鏡の模様 

     万華鏡1  万華鏡2

     万華鏡6  万華鏡7

       万華鏡8  万華鏡9

        如何でしょうか。 私は面白く楽しかったですよ。
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自家製鮨シリーズ 第14回  と関心事

 暑い暑いと言いながらも今日は立秋 涼しくなるのは未だ先のことでしょう。用事があり外に出ますと蝉の声が耳に入って来ます。
 引き籠っている訳ではありませんが、何かと世の中の風景に疎くなって来ます。
 ニュースを見る他はテレビも限られた番組になっています。ま~今は五輪のことは見ますが、そう多くの時間をとってはいません。老人はどうも持続力が衰えてきますね。
 最近少し体重が増えて来ました。鮨シリーズの影響ではないかと思っております。夫が全部は無理だと言いますと、勿体ないので私のお腹が処分します。
 今回はチョッと冒険をして見ました。湯ぶりのキン目を買い、見た目を楽しもうと手まりずしを作りました。 
 可愛く小さくは難しいですよ。

     金目手まり  まいわし握り

              魚吹き寄せ

     いさぎ・みょうが  うなぎ棒ずし

 キン目はチョッと奮発しましたが、鰯はニ尾で100円 魚屋の店頭で鰯の鮨が並んでいました。売り場に鰯が出ていません。「小父さん 鰯は出さないの」「今はまだ出さないよ」「何時出すのよ」「決めてないよ」「それなら売ってよ」と強引に売って貰いました。
 鰻の棒ずしは再挑戦して見ましたが、また大きくて夫の口でも大きく開けなければなりません。一ヶ月一回位で挑戦して見たいな~と思うのですがね。100円の鰯を知りますとね~。勿体ないですよね。

 昨日は広島に原爆が投下されて67年「原爆の日」の式典が広島市の平和記念公園で平和記念式が挙行されました。式典の様子は多くの方がテレビでご覧になっていたでしょう。私も勿論見ておりました。
 式典会場は暑いようです。それでも皆さんの多くは喪服で参列しております。
 この一年間で原爆による死亡が確認された方は5729人 その方々の名前を掲載した名簿は原爆死没者慰霊碑に収めれました。

     広島1  広島2

               広島3

 私が一緒に一時同室で暮らした、広島出身の下級生はあの日体調が悪く、女学校を休んでいたそうです。ですがクラスの多くの生徒は被爆し、亡くなったそうです。段々原爆を知る人も少なくなって行きます。風化させてはいけませんね。原爆と原発は多くのことを考えさせます。
 私の家からそう遠くない中学校では今除染作業が進んでいるそうです。チビ孫の通う小学校の除染は済みました。
 知人の連絡によりますと、我孫子の自宅の放射能が高く、家族と新潟県に移住しているそうです。
 我孫子市の放射能対策室発行の放射能対策ニュース4号は8月1日に配布されました。家庭でできる簡単な除染方法を紹介しますとあります。住民として関心を持っている方が多い筈です。私の関心事でもあります。

 南亭さんの昨日のブログを紹介致します。右のからお入り下さい。
 とても考えさせられる内容です。

 東京新聞の筆洗は下記のことを掲載しております。

 『昭和天皇の側近だった徳川義寛(よしひろ)侍従は、敗戦前の七月二十八日の日記に歌を書き留めていた。<降伏の条件なるものと黙殺との相つぐ報道に破局を思ふ>。この日の朝、新聞はポツダム宣言の厳しい内容を伝えていた▼日本領土の占領や完全な武装解除、即刻の無条件降伏…。受け入れなければ徹底的に破壊する、という条件だ。政府の反応は鈍い。破局は避けられないと、徳川さんは直感したのだろう(菅野匡夫(すがのまさお)著『短歌で読む昭和感情史』)▼人類初の原子爆弾が広島に投下されたのは九日後。鈴木貫太郎首相が「黙殺する」と発言したことが、投下の引き金になったと信じている人は今も多いが事実は違う▼当時のトルーマン米大統領からの原爆投下の命令は、ポツダム宣言の前にすでに実施部隊に届いていた。十万人以上の民衆を無差別に虐殺した原爆には“免罪符”が必要だったのだろう▼広島できのう開かれた平和記念式典に、トルーマン元大統領の孫クリフトン・トルーマン・ダニエルさん(55)の姿があった。「祖父の決定は今ここで判断できない」と評価は避けながら、被爆者のメッセージを米国で広げたい、と語った▼本土決戦を回避し、結果的には数百万人の命を救ったという「神話」は根強い。原爆使用を決断した政治家は一人だけだ。その近親者が被爆者の声を届けようとする姿に一筋の光明を見る。』

 私はこのポツダム宣言を掲載し空から播かれた伝単を拾って読みました。8月15日正午の放送で「ポツダム宣言受諾」という言葉を耳にした瞬間「日本は負けたんだ」と分かりました。
 私の母は日本が復興し、豊かになって来ても「あい子負けるって言う事はこんなではないんだよ。何時か本当の負けたと言う事が来る筈だよ」と良く口にしておりました。私はそれは何かと何時も母の言葉を思いながら過ごして来ました。

 
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チビは甲虫・ばーばは万華鏡

 昨日はばーばは万華鏡作りに励んで来ましたが、チビ孫(小4)は父親と甲虫獲りに出掛けました。
 チビ孫は生き物が好きですので、もう夏は大活躍です。一昨年の誕生日にプレゼントしたトカゲは成長し、孫も親も忙しく、洋服の新しいのを作る時間がないようです。このトカゲの餌のコオロギも飼っています。
 コオロギの餌の小松菜も切らさないようにしております。
 夏はカナヘビも何匹かおります。餌は小さなクモだと思います。クモ獲りもしなければなりませんね。
 昨日は甲虫6匹を捕まえ、その為の大きなゲージを買い、抱えて見せに来ました。昨年の成果は最大で4匹だったそうですから、今年は昨年を上回りました。自分で「小学校上級生」と言っておりますが、その毎日は小学生とは思えない大忙しです。
 甲虫はそう大きくはありません。餌はゼリー。これは初めて知りました。昔は胡瓜や茄子などを与えていたような気がします。

     カブトムシ1  カブトムシ2

     カブトムシ3  カブトムシ4

 甲虫のゲージの掃除も大変ですね。じじ、ばばはとても真似が出来ません。
 このチビ孫 先月28日の夏祭り一日目 この日の夕方「夕暮れコンサート」が開催されましたが、その合い間にクラスのお友達と4人でダブルダッチという縄を使い、縄を廻しながら飛び、跳ねると言うパフォーマンスを披露しました。コンサートを聞きにお見えになっていた方々の多くの方は、このパフォーマンスを初めて目にした方が多かったようです。孫が今熱中している事の一つです。このパフォーマンスにお揃いのTシャツも着ています。
 クラスの仲間はお昼休みなどに練習をしているそうですが、可愛い少女たちです。

              夏祭りダブルダッチ

 このダブルダッチの練習にも行きますから忙しい毎日です。
 時々私に腕相撲を挑んで来ます。挑まれても私は数秒しかもちません。背が高くなり間もなく私を追いこすでしょう。やって来ますと鏡の前に一緒に並ばせられます。
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手作り万華鏡ワークショップ

 我孫子にあるプライベート美術館「世界の人形館
 今日はそこで手作り万華鏡ワークショップの催しがありました。館長の高さんからお知らせとお誘いを受けていましたので、喜んで参加させて頂きました。
 一口に万華鏡と言いましても、子どもの頃楽しんで覗いていた物とは比べようもない作品を世に出している方が我孫子に住んでいらっしゃいます。日本万華鏡大賞グランプリ受賞作家の村越道浩さんです。
 今回は村越さんから指導を受けて自分の万華鏡を仕上げて来ました。
 子どもの頃から天体観測なども好きで、小学校の頃は夜博物館に出掛け望遠鏡を覗いたりしておりました。
 世界の人形館で初めてこの村越さんの万華鏡を覗いた時、もう私は声を上げて感動し、以来時々人形館を訪ね、その都度また万華鏡に会って来ております。
 
 今日は高さんのブログでも募集をしておりましたが、予定通りの人数の方が集まりました。私は勿論早々と申し込んであり、楽しみに出掛けました。

 製作に必要な物が、テーブルに用意されておりました。先ず手順の練習から始まり、実物の鏡に傷や指紋を付けないようにとご注意がありました。説明の図も用意されており、分かり易く見えました。
 所がところがです。老人ですね。手がさっさと動きません。やっと格好が付きました。
 順を追って画像を並べましょう。

     セット1  鏡

     練習2   説明2

     練習3  作り方1

     作り方2  作り方3

     レンズ付け1  レンズ付け2

     仕上がり   楽しみ方

 作り方ですが、私が説明するのはおこがましいのですが、一応見て下さっている方に説明を簡単に致します。

 1 今回の万華鏡は鏡を3枚使い作りました。
 2 鏡を三角になるように合わせます。
 3 合わせた鏡をテープで固定します。
 4 固定した鏡を筒に入れます。筒の先端に覗く穴があります。
 5 鏡を入れた筒の周囲に模様の紙を確りと巻き付けます。
 6 それから覗き穴の反対の筒先にレンズを付けます。出来上がりです。

 でもこれが簡単ではないんですよ。私も三角形に寄せるのがなかなか上手くゆかず、手を取りと言うような言葉通りのお願いをして仕舞いました。でも三角に寄せた時、そこに万華鏡らしい模様が見えたのです。ついつい声を出して仕舞いました。また高さんに笑われそうです。
 
 村越さんは出来上がった作品の前で万華鏡を見る時の注意(特に太陽に向けて覗いてはいけません)とか、また覗くのも灯りを当てたりすると楽しいとか、楽しみは自分で発見することも出来ますよと優しく教えて下さいました。万華鏡の模様のTシャツを着て立った村越さんは実に良い顔をしております。引きしまった気力に満ち、そこに優しさが滲み出ております。
 高さん・村越さん有難うございました。
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向日葵

 昔のことを良く思い出せるのに、つい最近の事を忘れると夫が言います。ま~お互い歳をとっていますから、同じ様なものです。でそれはそれって言う感じのお互いさまで、日々を過ごしております。
 昔話は良く通じ合います。同世代ですから。年齢差が大きい方はどういう話題が一番合うのですかね。
 今NHKの朝8時から「梅ちゃん先生」と言うドラマが放映されております。元々その時間はテレビを見る習慣がなくて来ていました。働いていた時は先ず見る時間は家にいませんね。ですから朝のドラマの話は通じないことが良くありました。話題に入れずまごまごするのはしょちゅうのことでした。
 ですから仕事を辞めてからも、その時間は他のことを置いてドラマを見ることはありませんでした。
 それが今回は良~く話が合いますよ。何たってお互い焼け野原の東京に出て来た時の風景が頭に焼きついていますからね。
 という事で、昔のことを何かの拍子に思い出します。
 毎日訪問して来ます、EGUTIさんのブログは自然の風景や、信州の美しい山々も拝見できます。
 今回そこで立派な向日葵の花に魅せられて仕舞いました。迫力があります。

       ひまわり

 私の子どもの頃 中国青島の街には簡単な露店が至る所にありました。畳一畳ほどの広さですが、縄張りがあったのかどうかは子どもには分かりません。程良い加減で間を置いて場所があります。
 露店ではお菓子や種物(落花生、西瓜の種、南瓜や向日葵の種など)煙草などが主な品物でした。
 落花生や向日葵、西瓜、南瓜の種などは売り台の上に無造作に積まれております。それを買いますと、棹量りで量って呉れます。単位は斤です。量ってから紙を三角の折った袋入れて渡して呉れます。
 種類はどれも乾燥して炒ってあります。食べにくいのは西瓜です。向日葵の種は比較的食べ易かったですね。
 大きさはリスの餌として売っている、向日葵の種位でしょうね。生き物の餌にする向日葵の種と同じ物かどうかは知りません。
 支那料理屋(当時そう言っておりました)に行きますと、個室に案内されます。丸いテーブルの周りには小皿に南瓜や西瓜、向日葵の種などが盛られ並んでおります。
 料理の出て来る間にこの種を食べるのですが、食べては捨て、食べては捨てと中身だけを食べて皮はテーブルの周りに捨てます。ですから席の回りは殻が散らばっております。
 いま考えて見ますと、それは高級なレストランではなかったのではと思いますね。父はサラリーマンですし、家族で高級な店に行けたとは思えませんね。
 中国語の王老師に殻を捨てる話をしましたら、昔は北京でも同じ様なことだったそうです。老師とも昔話が良く合いましたよ。
 戦後中国に何回も行っておりますが、そのようなお店には全く遭遇しません。

 話は変りますが、女学校の同級生に背の高い優秀な方がおりました。彼女は都立第五高女から疎開で転入して来たのです。立ちい振る舞いが垢ぬけております。顔が丸くて肌が綺麗で、同級生は「ひまわり」と呼んでいました。
 彼女は東京女子大に進み、有吉佐和子さんと同級生になりました。そのご米国に行き、国連の職員になったと聞いておりました。ある年の「世界」に有吉さんと彼女の名前で米国の戯曲の紹介をしておりました。矢鱈難しい内容で、その名前すら思い出せませんでした。向日葵で思い出し、有吉佐和子さんを検索しその戯曲の内容が分かったのです。
 掲載された戯曲のタイトルの下に彼女はエリザベス・久保田・ミラーとなっていました。私に米国の医師が学費を出すと言っているのでと、誘いを掛けて呉れたこともありました。もう一つの向日葵の思い出です。
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勝手に応援

 足の調子がまだチョとと言うので、このところ人とお会いする時には、市内の何処かになります。
 昨日は歩いて500mほどのデニーズ。明大OBの大学教授の方と昼食をご一緒にしました。
 何をお喋りをするかと言いますと、先ず最近の大学のことから始まります。
 それが一通り済みますと、時事問題や如何にすべきやなんてことになります。難しいこともいろいろと教えて頂きますが、世間話もしますよ。
 昨日はとても楽しいパンフレットを頂きました。
 明大グッズと言うのでしょうね。株式会社明大サポートが経営する明大マートの商品です。明大マートは大学内のコンビニと言って良いでしょう。三地区の校舎の他に明高中店、明大中野店、明大中野八王子店と6店舗あります。
 随分前に駿河台店に行きましたが、商品に驚きました。何しろ可愛い。
 昔の売店とは比べようもありません。昔の校内で買える品物と言えば、教科書、文具、帽子、バッチそんな物でした。他にも靴直しとか、学生服の仕立て屋、理髪店などもありましたが、女性には先ず近寄り難い場所でした。
 
 1975年頃 文部省主催で「学生厚生補導研修会」と言う研修会が開催され、学生の生活援助や精神衛生の問題などがテーマとなりました。その後私大連の研修会で「学校生協」と言う問題が討議されました。
 まだ日本の経済は豊かとは言えず、学生の生活援助の為に互助組織として生活協同組合を作ると言う機運が出ておりました。
 確か1958年だったと思いますが、明大にも学校生協が誕生しました。これは後々いろいろな問題を抱えるようになり、大学はその解決に苦労をしました。多少なりとも当時の仕事の関係で関わりを持っていた人間として、長く気になることでした。
 今は大学の外郭団体のような形で明大マートが出来ております。学生は紫紺のスクールカラ―で彩られた様々な物を買う事が出来ます。便利になったものです。

           パンフ表紙

    グッズ1  グッズ2

    グッズ3  グッズ4

    グッズ5  グッズ6

 流石に学ランは出ておりません。応援団も最近復活したとお聞きしました。楽しく3時間半もお喋りをして来ました。

 これらの商品はネットで買うことも出来ます。ご希望の方はココからご覧になって下さい。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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