2012-12

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来る年も知りたがりは続く

 中国語を習いに8階に行きます。足の悪い老人には4階から歩くのはキツイのです。エレベーターに乗り7階で出てチョッと階段を一段昇ります。
 このマンションはエレベーターは4,7,10階と止まり、上下に一段降りたり,昇ったりします。
 8階から遥か彼方に富士山が見えると知りました。冬空は高く澄み、目の前の建物も木立ちもすっきりと見えます。

             8階から

 行く年来る年の番組が今日一日中いろいろと続くことでしょう。
 TV局も忘れてはいないでしょう。福島や東北各県の方々のことを。

 政治と生活の関係が深いことは知ってはいても、私には全てが見える訳ではありません。
 せめてニュースを見たり、また自分なりの方法で調べて見るのが精々です。

 今年最後の朝食を並べて見ましょう。お婆さんはあれこれ心配が尽きません。
 気になる記事を見ては考えています。
 
 政権交代がありましたね。良きも悪しきもこれから分かって来るのでしょうね。
 新聞の一面は重要なことを掲載しますね。各社各様だとは思いますが、我が家は朝日です。

     朝食12月17日 朝食12月24日

     朝食12月25日  朝食12月26日

     朝食12月27日  朝食12月29日

 新聞は何を知らそうとしているのでしょうね。流れを見ることも大事なことだと感じております。
 
 老人は役には立ちませんが生きています。せめて良い社会になることを願って、またこれからも見て行きます。

 雪の深い地方で過ごしている皆さん 温かくしなければなりませんね。何故か気になります。
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小さいおうち映画化

 親しくお付き合いさせて頂いています中島公子先生の二女の京子さん
 第143回 直木賞を受賞しました。作品は「小さいおうち」
 先ごろ公子先生から京子さんの作品の映画化が決まったとメールを頂きました。

        小さいおうち

    監督は山田洋次さんだそうです。
 
 来年3月にクランクイン 公開予定は来年12月かその翌年1月になるそうです。
 チョッと待ち遠しいですね
 是非とも良い作品になって欲しいものです。
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気になったら行くべき

 魚が好きですので、殆んど毎夕食に魚を食べます。
 肉も食べないとと言われていますので、週に2回ほどは副菜程度には食べます。
 下の魚屋の小父さんに「お母ちゃん これこれ」と魚を見せられるとついつい買って仕舞います。

    大きな鯛  赤ハタ

 例えば大きな鯛 「お母ちゃん 頭の半分売れたんだけど、後の半分持って行ってよ」
 珍しい赤ハタ これは珍しいとジッと眺めていました。「お母ちゃん まけておくからどう~」
 そこで食いしん坊魚好き 鯛の頭半分
 大好きなハタの誘惑に負けて一尾半値で買いました。
 鯛は鯛チリ 赤ハタも鍋 同じ日ではありませんよ。12月中のことです。
 量は多すぎますから、鯛も赤ハタも2回に食べました。

 さて問題は魚本体ではありません。骨 骨です。
 10月半ば 喉に骨が刺さりました。数日は直に降りて行くだろうとのんきに構えておりました。
 ところが魚屋の小父さん「お母ちゃん どうしたの」と私の態度を訝ったのでしょう。
 「う~ん 骨が喉に刺さっていてね」「お母ちゃん 鯛だと骨が硬いから医者に取って貰いな」

 数日後近所の耳鼻科に行きました。先生は2回ほどライトを当てて「何も見えませんよ。様子を見てて下さい」
 これはどうもいけません。「様子を見ていてどう言う風になったら、どうすればいいのですか」と聞くべきでした。
 その後月末まで喉に違和感が続いています。そこでJAとりで総合医療センターの耳鼻科で見て頂きました。
 鼻からハイバースコープというのを差し込み調べて下さいました。
 「これで見ると骨はありませんよ。もし食べる時に痛みが起きたらまたいらっしゃい」と言うことで帰宅
 その後骨の刺さったような感じは自然に消えていました。
 骨の感覚を忘れて仕舞った後、今度は反対側の喉が気になってなりません。声が嗄れたり喉の奥がカサカサします。しょちゅう娘や夫に「何だかおかしいんだけれど」とまるで口癖のように訴えていました。
 娘は「空気が乾燥しているからじゃないの。私もそう言う感じが良くするよ」と言います。
 夫は「その内に治るんじゃない」とま~そんな日が一昨日まで続きました。それでも夫は「気になるようだったら診て貰いに行けば」と言いました。
 昨日診察日が年内最後の日と分かり、朝早くに再度とりでに行き、診察をして頂きました。
 今回は喉頭ファイバースコピーと言う内視鏡による検査でした。
 結果は問題ないと言うこと「先の例からすると喉は過敏なのかもと思いますよ。奥に乾いているところがありますから、水分を補給して下さい。水分は自分の唾液が一番ですから、ノドあめを舐めたら良いでしょう」と写真を見ながら説明をして下さいました。(ノドあめは太るといけないと思い、気にしておりましたが、太るより今は喉です)
 先生と話している内に難聴のことを質問しました。過去の突発性難聴のことから説明しました。
 「聴力にも変化が起きているかも知れませんね。今日時間があれば検査も出来ますよ」と
 暫らく待ち聴力の検査を受けました。結果は年齢相応だと分かり、今直ぐに補聴器を必要としなくても良いと説明を受け、何だか気分が良くなりました。
 
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嬉しくなっています

 今までにいろいろな物を口にしました。好きな魚もいろいろと食べていましたし、時には外国の食に触れたりと。食のことを話すと楽しく、人間関係の潤滑油にもなりますね。
 食を通じ知ったいろいろなこともまた楽しいものです。
 ところが自分が食べた物 自分の見た物 読んだ物 それはほんの僅かな物にしか過ぎないのですね。
 
 つい最近知った食べ物 油かす皆さまご存知ですか。私には初耳 初めて知りました。
 その油かすを下さると言うのです。
 大阪にお住まいのBOO子さん ご出身は熊本のようで、ブログを拝見しますとこよなく熊本を愛し、大事にされているかが分かります。
 先ごろかす鍋を食べたと書いておりました。そのかす 何だろうと知りたがり屋は知りたいですよ。コメントを読まれたBOO子さん
 嬉しいことにこの知りたがり屋のお婆さんに送って下さったのです。
 何故?私にって?気になりますでしょ。

 主夫連合という男性のグループがあります。その主夫連合の応援団の女性仲間という関係です。

     油かす  油カスと一緒に

 送って下さった荷物と一緒に丁寧な手紙が入っておりました。
 この油かす牛の腸を素揚げにしたものだそうです。使い易いようにカットして下さったようですが、原形を一つ入れて下さっています。
 この油かすは白い部分の脂が溶けて鍋のだしが美味しくなるのだそうです。で初めて使うのはうどんが分かり易いそうです。手紙は「かすうどん」や「かす鍋」また「かす焼きそば」の作り方を詳しく書いて送って下さっています。
 油かす以外の物が沢山箱から出て来ました。私は油かすを頂く心算で返事を差し上げたのですのに、ビックリしました。手紙の最後に可愛い豚の画 楽しいブログの方らしいサインです。
 
 荷物は串カツソース 風月お好みソース 旭ポンス えびめしの素 満月ポン ご飯の友 マルタイ(ラーメン)Boo子さんの叔父さま製造の八女茶も入っていました。

 私の知らなかった物が殆んどです。串カツソースは知ってはいましたが、手にしたのは初めてでした。
 これからどれほど楽しめることでしょうか。幸せ!

 BOO子さん どうも有難うございます。
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良き朋を悼む

 高齢とは致し方ないことが起きて来ます。80歳を越しましたら大学の仲間が順を追うかの如く彼岸へと旅立って行きます。
 2003年10月 卒業50周年を一緒に祝った時 まだ多くの仲間は大きな声をあげて楽しい一時を送ったものです。それでもこの日を最後に集まることはしませんでした。
 長く大学で職を得て過ごしていました関係で、訃報が私へと届きます。
 他学部の方や学年の違う方からの知らせも参ります。

 今年はクラスメート3名の逝去にさすが私もショックを受けました。
 韓国籍の2人 どちらも実に立派な方でした。個性は全く違いましたが、生き様は生涯変らず学ぶ処大いにあったことです。
 韓国籍の一人はソウルにも事務所を設け、商社を経営 御徒町に自社ビルを持ったと連絡を頂き、是非遊びにとお誘いの声を掛けて下さっていたのです。
 囲碁が好きで、事務所に寄りますと良く碁盤に向かっていたものです。私が扉を開けて顔を出しますと「おお相子嬢」が第一声でした。
 もう一人は大人の風格を備え、悠々と過ごしておりました。健康で姿勢も良く理論家でお宅に伺いますと政治、経済などで自論を展開します。数年前その頑丈な彼は階段を踏み外し、それで自信喪失になったのか、一気に気力も萎えて仕舞いました。

 数日前突然友人の住所ですが、女性名前で荷物が届きました。瞬間私は彼が亡くなったのだと察しました。
 網膜はく離で失明同様でしたが、時々クラスの飲み会には出て来ておりました。
 今年の年賀状が奥さまの代筆でしたので、とても気になっておりました。
 我が家の喪中葉書を受け取り、奥さまは急いで知らせて来たのです。
 写真が入っていました。
 その写真 私の中国青島の住まいの近所の方が住職をしていた寺の節分の豆まきをした時の物でした。
 住職から豆まきに誘われた私は行けませんので、寺のある市に住む彼にどうかしらと連絡をしました。
 丁度お孫さんが生まれた時だったのですね。彼は大変喜び豆まきに行き、裃を付けて市の有力者の方々と一緒に豆をまいたのです。そのことは彼からの聞いておりました。

 亡くなった3人は同じ研究部に入っていました。小館徳衛さんもおなじ研究部で頑張っていました。
 明治大学のHPで見ますとその研究部はあるのです。名前は法律問題研究部と言うのです。

        明大28年卒名簿153

 3人の奥さまと話をしました。3人と思い出を語らいお慰め致しました。奥さま方は良く最後まで尽されました。
 私は出掛けることが出来れば、故人を偲び多くのことを一緒に語らぐことが出来たことでしょうに。
 
 一昨日 フォレスタの男性合唱で「オールドブラックジョ―」が歌われておりました。
 商社を経営していた彼は亡くなる前日「明日俺は死ぬと思う。今日にも預金を下ろして置きなさい」と話しそして言葉通りに亡くなられたそうです。
 この歌を聞き、ああ~彼は死の直前誰かが呼んでいたのかしらと、何度も反芻しております。

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椎茸は美味しい

 椎茸を自家栽培してる方がおります。ブロ友のEGUTI YOUSUKEさんもそのお一人です。
 毎日覗けるような場所で栽培しているようです。
 昔 一回だけ椎茸菌を植えてある木を買ったことがあります。湯殿に置き眺めていましたが、育て方を知らなかった所為でしょうね。何だかカビが生えたようになって一個も生えず捨てて仕舞いました。
 恥ずかしいことです。

 椎茸は独特の香りが味覚を刺激します。和食にも中華にも良く利用します。特にどんこという厚みある椎茸は美味しいです。
 干し椎茸は少しづつ戻すのは面倒で、戻す時は多めに戻します。戻したものを冷蔵庫で保存し、料理に使いますが、時には一回で多くを煮ることがあります。
 味は醤油と砂糖でやや濃いめに煮ます。

      椎茸甘煮

 これはそのまま食卓に出すこともあります。また丸のままや薄切りにして冷凍します。
 野菜の煮物をする時、椎茸を一緒に煮ますと椎茸の香りが強すぎ、私には味と香りのバランスが悪く感じることもあって、野菜がほぼ煮えたら、戻したこの煮た椎茸を加えます。野菜の味より濃い味が反って旨味を感じるように思っています。味覚は人様々ですが、これは自分では良いな~と思っております。
 薄く切って冷凍した物は混ぜご飯や混ぜ寿司の時にも良いようです。人参など余り濃い味つけをしますと色が悪くなりますね。人参や牛蒡、また蓮根等を煮る時、色を活かす。そう言う時に最後に椎茸を合わせて使います。
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サンタが来て欲しい

 今夜は子どもの夢 夜中に来るサンタさんは何を届けて呉れるのでしょう。
 孫の期待は? 
 私の欲しい物 ありますよ。
 
    これこれ
       これです これを押して来て欲しい

    掃除道具1  掃除道具2

 サンタさんがこれを押して来て呉れるなら何よりですよ。そして家中綺麗にして呉れたら言うことなし。
 家事の中で一番の苦手 苦痛です。夫は「埃じゃ死なないよ」と言っては呉れますが、歳末になり、あと何日と数えるようになりますと、気分はボルテージダウン 

 この台車にセットされているのは、マンションの廊下や階段等を綺麗にして下さっている方が押してくる台車です。
 傍に見る時 必ず素晴らしいと一人思っております。掃除は平面だけではありません。高いとこや溝もありますし、至る所角々の隅っこがあります。
 エレベーターのドアの溝 建物の周りの廊下や通路 道具は何処にも対応出来るよう揃っています。
 JRの売店と同じような、スペースが小さいのによくぞこれだけの物を揃えているものよと。感心しています。
 この道具を使い掃除をする方は実に真面目に早朝から仕事をなさっています。有難い方々です。
 
 もし適うならばサンタさんにお願いして家ごとすっきりとして欲しいのです。
 
 今夜でなくても良いですよ。事前に連絡頂ければお待ちします。大きな期待とお願い
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餅つき

 歳末にはこのマンションでも自治会の餅つき大会があります。
 今年で15回 私の住む1号棟の下はアーケードのような作りになっております。
 そこで例年餅つきが催されます。今日はその日
 自治会の役員や棟委員の皆さんが早くから集まり、準備を進めております。
 このようなことはコーディネーターのような役割をする方が要るのでしょう。

 10時少し前に用もあって下に降りて行きました。既に準備は整えられています。お米も蒸している様子
 女性方はお餅にまぶす餡やきな粉、下ろし大根等を準備。テーブルの前に並べて、つき上がった餅を待つ体制

 臼がどうも新しいように見えます。住人の方が作ったと言うのです。針金を組んだ箍が立派です。
 こう言うのを見ますと感心して仕舞います。

   餅付き1  餅つき2

   餅つき3  餅つき4

   餅つき5  餅つき6

 餅つきが本格的に始まりますと、住民の皆さんが集まって来ます。私も海苔巻きときな粉のを頂き持ち帰りました。小さな臼は子ども用です。再度下に行きましたら可愛いお嬢ちゃんが掛け声に合わせて杵を振りおろしていました。可愛い仕草で一所懸命です。
 例年通り歳末助け合い募金を集めるテーブルもあります。大鍋に沢山の硬貨が入れられておりました。
 
 チョと気が付いたのですが、以前より知らない男性の方が増えています。50~60歳位に見えますが、高齢化している地域ですから、何か嬉しく感じました。
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皆が同じでなくても

 この頃耳にする女子会 どうも若い人の言葉だと思っていましたが、そう区別して考えなくても良いようです。
 女性の集まり それも楽しみを伴った会合だということのようです。その言葉を知らないような?女性11名での食事会(女子会)を持ちました。
 80歳以上は2名 若くても60歳前半 

 このマンションの2階にサロン(未だ名前が付いてないとか)が少し前にオープンしました。
 住人は自由に使うことができます。キッチンも設置され簡単な調理も出来るようです。
 使用料はなし 使用した後の始末はキチンとします。当り前。 用紙に使用した時間、利用内容等を書き込めば良いのです。
 椅子席の広間を必要に応じてテーブルと椅子を並べます。横にはお茶席が出来る和室もあります。

 12時から開始となっていました。 その前に行きましたら、既にテーブルにはクロスが掛けられ、クリスマスバージョンのテーブルになっておりました。
 体調が万全ではない一人の方がまめまめしく動き、気を使って下さっています。何かと世話や割り振りなどに慣れた方がこれまた動き、準備の席を整えています。

     食事会準備1  食事会準備2

 12時丁度と言って良いでしょうね。皆さん律儀です。真面目です。揃いました。
 お弁当は近所のお寿司屋さんの特別弁当です。これは毎度ですがUさんが注文して下さった物です。
 全員揃ってところで乾杯 そして楽しい会話が弾みました。

     食事会懇談  食事会弁当

 足の悪い80歳を超えた二人は皆さんの好意に殆んど動かず、お喋りは人並みに。
 半年ぶり位経っていたでしょうか。前回出なかった、あの3月11日の日 それぞれ何処でどうしたか。家はどうだったか。このマンションの最近の取り組み「緊急事態が発生したとき住民の協力など」も話題になりとても有意義な一時を過ごして来ました。

 私はこの日再確認しました。本当に皆さん良い方ばかりだと言うことです。
 丈夫でない方もおります。少しでも皆さんに楽しく過ごして欲しいと、一所懸命に気を使う方もいます。
 「何だか申し分けないわね」と言いますと「良いのよ~皆さんそれぞれで。ジッとしていて下さい。皆が同じ様に気を使ったらクロスが11枚になって仕舞うでしょ。それぞれで良いのよ」
 この言葉は実に含蓄ある言葉だと思ったことです。
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時にはほんわかします

 昨年の東関東大震災では人々の心は凍てつきました。私とてそうです。
 多くの方が災害の犠牲になり、また未だまだ復興出来ずにいる街 住んでいた家に戻れず他郷で暮らし続けている方も大勢いるというニュースに触れますと、心が痛みます。
 毎日大したこともせず、また大きな変化も起きていない自分に 何故か負い目を感じるのが日課となっています。
 原発のこれからを心配するのは単なる老婆心 そうではないんですよ。孫子は勿論ですが、これからの時代を背負って行く人への重き荷物を考えますと、やはり常に心の中に一つの塊が存在します。

 今年も後10日 
 子どもにはクリスマスがやって来ます。家庭がクリスチャンではなくても、子どもはサンタを待っていますね。
 夢を運んで呉れます。
 12,3年ほど前サンタの国から孫へとカードが送られて来ました。それはデパートに孫の住所を書いたレター送付依頼を申し込んあったからです。お婆さんはチョと良いことをしました。

 もうそれは致しませんが、ブロ友として刺激されています千葉県在住の南亭さん
 今年も素敵なカードを見せて下さっている南亭さんのカードを頂いた心算にしまして、掲載致します。今年で3枚目です。昨年は可愛いサンタ ソリ―を操りやって来ました。

       南亭さんのクリスマスカード

 ほのぼのとしますね。他のも赤字から入ってご覧ください。

 チビ孫の欲しい物は未だ聞いておりません。今日当りは何が欲しいか、伝わってくることでしょう。この子はとても発想が面白いので、何が欲しいのかは興味を引きます。

 住む街は全体が綺麗に掃除が行き届き、善意の方が多く住んでいます。12月に入りますと道路の分離帯の芝生にクリスマスのイルミネーションが点滅します。これは子どもを通じて知り合った方々が毎年飾って下さっているのです。

       つくし野イルミネーション

 運動不足もあり、午後早めにカートを引き買い物に出掛けます。足元がおぼつかないので、出来るだけ日の落ちる前に帰宅すようにしておりますが、時々遅くなりますと、一枚写して来ます。
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老師の自家製麺

 中国書法の老師は8階に住まわれています。利用する階段が一緒です。
 時々昼食にと出来立ての餃子や万頭等を頂きます。
 先日はとても珍しい豚バラ軟骨を使ったスープとお手製の麺を頂戴しました。

             スープ

 大きな丼に熱々のスープが入っています。豚バラ軟骨これは圧力鍋で作ったものです。伺いましたら軟骨と水に塩少々、ネギや生姜それに干椎茸と昆布を入れて暫らく煮るそうです。そして軟骨が柔らかくなった鍋に木耳を刻んで入れるのだそうです。木耳は一緒に入れる時は戻さなくて良いそうです。
 麺ですが、時間を掛けて充分寝せてから伸ばして細く切ります。
 麺を先ず届けに来て下さり、後25分ほどでスープをお持ちしますと戻られました。
 その間 丼に刻みネギと生醤油を適量いれて置きました。

 スープが来ましたので、急ぎ麺を茹で、先ず丼に麺を入れます。
 そこへスープを上から掛けます。スープを掛けましたら全体を混ぜて頂きます。

 先に醤油を入れ、次に麺を入れ、そしてスープを入れる。この方法は家庭料理らしいようです。
 麺が手打ちですので、とても滑らかな口当たりです。

    スープを入れる  混ぜる

 豚バラ軟骨は1階のスーパーの肉売り場にあると伺いましたので、覗きに行きました。冷凍ですので、保存しておけば直ぐにスープが取れますね。

             豚バラ軟骨

 軟骨はゼラチン質の所も柔らかくなっています。とても食べ易くて美味しかったですよ。
 
 最近圧力鍋を使っていろいろ試しております。
 
 
 娘  「最近のシリーズは何? お鮨シリーズは終わっているらしいけれど」
 夫  「最近は圧力鍋らしいよ」
 娘  「そう う~ん 流行があるのよね。煮物シリーズもあったしね」
 夫  「この人熱中するんだね」
 娘  「そうそう」

 そんな訳でこのスープもいずれ私のが食卓にのぼる可能性大なることではないでしょうか。
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祖父江孝男先生を悼む

 昨日突如流れた祖父江先生ご逝去のニュース
 06年7月以来お目にかかっておりませんでしたが、年賀状に記されている生活振りは詳しく、体調のことも良く存じておりました。今年は義弟の死去もあり、喪中の挨拶をお送りしてありましたので、来たる正月には先生のご様子を拝見出来ないと聊か気に掛かっておりました。七草過ぎにでも電話で最近のご様子を伺いたいと思っておりました。
 先の山田雄一先生のご逝去に続き、親しくお付き合いさせて頂いたお二方とお別れして仕舞いました。

       祖父江先生と山田雄一先生

  上の写真は渋谷での集まりに写したものです。 

  祖父江先生は国立民族学博物館から放送大学に移られたのですが、大阪から都内のご自宅にお戻りになって直ぐに奥さまのご逝去と言う悲しい日を迎えて仕舞われました。ご自宅での葬儀に山田先生とご一緒に玉串を捧げました。
 祖父江先生は「県民性」という本に外地育ちという一項を入れたいと言うことで、先生と私は青島第一小学校の校長をなさった中村八大さんのお父様 中村和之先生を茅ヶ崎のお宅に伺い中村先生のご意見を聞かせて頂きました。
 寒い日でした。福寿草の鉢を先生が抱えて訪問 
 その時に伺った内容は県民性の中で詳しく記述されております。

         県民性

 祖父江先生が民族学博物館時代、私は友人を誘い博物館の見学に行きました。
 先生は大変喜ばれ、館内を隈なく案内して下さったものです。

 2006年7月の集まりの際 先生はリュックを背負い、杖を持たれていました。山田先生は学長でしたのでSPが一緒に付いて来ました。祖父江先生は補聴器を使われていました。「あなた様もお使いになっていらっしゃるのですか」とSPの方にお聞きになり、笑いを誘ったものです。(当時明大の中では様々な問題があり、学長は自由に出歩けませんでした)

 相談室での思いでは沢山あります。清里の寮で学生と一週間一緒に過ごしたこと。セミナーでロールシャッハテストの解説をして頂いたこと。
 山田先生のお話も思い出します。 悲しさもありますが、高齢とはこのようなことに向きあい、過ごして行くことになるのですね。寂しいことですが仕方がありません。
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季節は廻る

 総選挙は終わった。

 気分を変えてまたブログに向かいましょう。
 
 クリスマスケーキと言いますと、私の好きなのは神田駿河台下にあったエスワイルのケーキです。
 土台の大きなビスケット 美味しさは言うに及ばず、仕上がったそのケーキ 色彩のバランスの良さ、品の良さ見事な物でした。
 娘が小さい時は毎年注文して買った物です。今はケーキを選ぶのは孫に任せております。

 1960年頃 クリスマス・イブともなりますと東京は銀座 若い人は何かそわそわして出掛けます。パーティー券なる物が売り出され、バーやクラブへと押しかけた話が良く聞かれましたね。
 そしてクラブやバーで騒いだ小父さん お父さんは不二家のクリスマスケーキを手にし、帰宅します。
 何故かあの時代 不二家がクリスマスケーキを店頭に山積みしてた光景しか思い出せません。店員全員が三角帽子を被りね。大きな声でお客を呼び込んでいました。買ったことはありませんよ。大量生産で冷凍だと思っていましたからね。
 あの光景とケーキだけしか思い出せないと言うのは、多分銀座は唯歩くだけで遊ぶ場所には行かなかったからだと思いますね。不二家のケーキは生クリームにイチゴという物しか思い出せません。
 
 今は都内へもデパートへも出掛けていませんので、最近のクリスマスケーキのことは分かりませんが、近くの大型スーパで見る限り、凝った物が出ていますね。

 先ごろブロ友のメタボ夫婦さんが神戸北野工房で見たと言うクリスマスケーキ。素晴らしいものですよ。
 展示されていたのは工房の2階です。 
 2010年9月24日 夫と二人は異人館からやっと下ってきてこの工房の一階で生ジュースにありつきホットしたものです。北野工房の駐車場から異人館までの昇り坂に参って仕舞った私たちは、帰りはタクシーが来ないかと振り返って見てはヨタヨタ歩き、何とかタクシーに乗って駐車場に辿りついたと言う訳です。
 この小学校の校舎を保存しながら、神戸を紹介しているのが北野工房です。館内は清潔です。ジュースで一息ついた二人は中を探索しましたが、見ただけで何も買わずバスに乗り込みました。
 
 その北野工房で展示されていたケーキをご覧ください。

        北野工房デコレーションケーキ

 とても凝ったケーキですよ。このように凝ったケーキは⇒☆からご覧になって下さい。
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安心と安全を

 昨年3月11日に発生した東日本大震災 それと同時に大きな事故となった福島第一原発
 放射能の齎した大きな犠牲 福島の方々の今を詳しく知ることはネットが一番でしょうね。
 国は出来るだけ正確な真実を度々 毎日官房長官が官邸の情報を発するように国民に知らせて欲しいです。

 私の住む近くに放射能のホットスポットがあり、可なりニュースとなりました。孫の通う校庭の除染は済んでいます。
 放射能に汚染された食品は市場には並びはしておりません。ですが出来るだけ安全、安心を願う人々の心は当然ではないでしょうか。
 我が家もその一人です。
 元々安全、安心の食品 本物志向で暮らしておりましたが、福一の事故以来、その内容が広がりました。
 味噌は長く富山の瀬戸さんからの物を食べており、米は千葉県多古町の農家から送って貰っていました。

 娘たちは殆どの食品は生協で選んでいます。その生協でも欲しくても買えないこともあります。事故以来特に無洗米です。ブログで知り合いました熊本で米作りの方を応援している「あかちんさん」に無洗米を送って頂くことが出来ました。娘も安心しました。

      熊本無洗米1  熊本無洗米2

 私は多古からの米を食べています。娘たちの為に事故以来野菜もかなり九州から取り寄せています。

 何でも買えれば良いと言う訳ではありません。お願いする方がどう言うお考えかを知らなければなりません。
 富山の瀬戸さんは食品への取り組みが素晴らしい、意志強固な方です。多古の方は直接知り合い内容も納得しております。九州のヤオイチさんは店主のブログでボランティア等の様子をしり、決めました。
 あかちんさんはどうでしょうか。
 ご本人の説明をご覧になって下さい。これは私が説明を求めましたことへの返事です。

 「吉永さんのお米ですがこだわりにこだわりぬいたお米です。
なぜお手伝いしているかといえば大きくは県民所得のアップです。全国下から数えて3番目くらいのまずしい県です。突き詰めていけば各産業を価値あるものにして雇用を生み出したいと思ってます。頭で考えてもなかなか動いてくれないのが行政です。そこで今回は農業国である熊本で実際に農家が自立できるビジネスモデルを作り証明することで大きなながれができればと考えました。ポイントは農家と消費地を結びつけること。お米でつながった信頼関係はやがて野菜等に広がりを見せ、新たに農業で生計を立てるひとも増えるでしょう。それを個人でやってます。できれば良い理解者がおられればありがたいです。これに大きな企業が入ってくると農協さんと同じで農家の所得向上にはなりません。ですから個人でお手伝いしているのです。
 お米の販売は通常農協に販売します。ですが農協に販売しても一俵1万円前後です。農協は買い取ったお米を2万前後で販売するのです。今回の吉永さんのお米のようにどんなにプレミアムを付けても同じ価格です。
 これではTPPが本当に実施されたらひとたまりもないと思います。
 一人のお百姓さんが農業専業で自立するには少なくとも100俵のお米を作り1俵3万円くらいで販売できる価値のあるものを作ることでした。それに賛同してくれた吉永さんと一緒に心をこめて代々伝わる農法を駆使して作り上げたお米なんです。
 人里離れた生活用水の混じらない山の斜面の棚田で作られただけでも価値があります。
 そこで使う水は九州山脈をからの湧水をつかい、農薬を使わないで育てました。
 また刈り取ったお米は昔ながらのかけ干しをしてますので稲の栄養分がお米に詰まっているんです。
 これから夏場に向かってお米は劣化していきますが、吉永さんのところは13度以下の一定温度で保存してますので年間を通しておいしいお米を食べることができます。
 是非熊本をご家庭の食品貯蔵庫としてご利用いただければと思いを馳せております。
それが地域にお世話になっている今私のできることなのかと感じてます。
この顔が見える食材は消費地においてもほんとうに安心できるもではないかと存知ます。」

 またあかちんさんは熱血漢のようです。熊本を良くしたいと言う情熱に駆られ、私利私欲を捨てて地域発展に尽しているようです。ブログでいろいろと知ることができます。
 
 我が家では無洗米を頼みましたが、普通の米も玄米でも買えるそうです。注文はあかちんさんへ鍵コメでお願いして頂きたいそうです。と言いますのは吉永さんにはPCでの環境が整っていないそうで、将来は吉永さんへ直接注文できることを目指しているそうです。

 で最後になりましたが、お米は美味しく、続けて取り寄せたいと思っております。

 明日は衆議院総選挙 放射能やTPP 考えますよ。

PS  あかちんさんのTPPの赤色は私が赤にしたものです。
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2012年12月12日

 12月13日の朝日新聞の天声人語

 きのう、2012年12月12日はいわば12の日だった。西暦の年月日が同じ数になる日はもう22世紀までない。この種の並びに無頓着な向きにはどうでもいい話だが、星占いの十二宮(きゅう)で知られる通り、12は「宇宙の秩序」を表す数でもある▼天空の秩序に一枚かもうと考えたのか、北朝鮮が人工衛星と称してミサイルを発射した。10分で沖縄県上空を通過し、ほどなくフィリピン沖に達したという。国営放送は、歓喜に震えるあの調子で「衛星は軌道に乗った」と伝えた▼10~29日と予告していた期間内では早めの打ち上げだ。自らの選挙に専心したいあまり、「さっさと上げてくれるといい」と放言した官房長官殿が、同じ口で「国民の皆さんは冷静に」と呼びかけた▼春と違い、まともに飛んだように見える。核開発を急ぐ独裁国家がミサイルの力もつけているとなれば、冷静になれる人ばかりではない。それぞれ衆院選、大統領選のさなかの日韓で強硬論が勢いづき、東アジア情勢は険しさを増すかもしれない▼北が軌道に乗せたと誇るモノは、目的で呼ぶなら「挑発衛星」でしかない。それは、国際社会の非難を連れて金王朝の空に戻って来よう。飢えて凍える民をよそに、なけなしの体力でとんがるハリネズミ国家。困ったものだ▼発射から4時間あまり、京都の清水寺で「今年の漢字」が墨書された。ロンドン五輪や金環日食にちなんで「金」だった。めでたく輝く色にすがりたい昨今ではあるが、「金」で曇る年の瀬もある。

 
    朝食12月12日  朝食12月13日

 私は偶然のような事象に割合気が付く方です。
 一番印象に残っているのは平成2年2月22日です。この日私は退職直前 最後の試験監督でした。
 経営学部の入学試験 この日の受験生が22222人と責任者から説明の時に知らされました。
 2が9個ですよ。とても不思議な感覚を覚えたものです。

 今年の12月は土曜日、日曜日そして月曜日が5回あります。
 最近その5回のことを中国では銭袋子と言って、824年でやっと廻って来ると言う話を聞きました。
 この銭袋子と書かれたメールを受け取った人はそれを友人に送ると四日後には自分の財布にお金が入って来ると言う話です。実際にそのようなことはあるとは思えません。
 
 これは所謂不幸の手紙なることと同じようなことのようです。

 PS この824年と言うことで「3分でわかる中国ビジネス攻略」という記事を読みますと、このことのネット上の拡散が凄いと書かれています。また特に824年の根拠はないと分かります。


    
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アラキビーズ織り教室作品展

 近所に住む親しい友人は長く阿良木桃美先生の下でビーズ織りの勉強を続け、自作のアクセサリーを身につけることは勿論ですが、作品を額に入れて家中に掛けたりし、元気に過ごしております。
 阿良木先生の教室の作品展の案内を頂きました。伺いますと今回は40名余の方々が展示に参加されたそうです。
 阿良木先生は2007年の時87歳と伺っていましたので、今年は92歳でしょうか。
 先生は時々買い物でもなさったのでしょうか、一人で歩かれているお姿をお見かけします。姿勢も良くとても90歳を過ぎた方とは思えません。
 一度お宅での昼食にお呼ばれしたことがありますが、素敵な生活振りに感動したものです。
 
 作品展は12月1日から5日まで 
 「一粒のビーズから大きな世界が広がりました」というテーマは会場に行きましたらそのことを目の当たりにし、実感しました。
 ビーズの色がこのように多様とは見ずしては知り得ないことです。
 会場(我孫子市民プラザギャラリー)で展示されている作品の多さと多様さ。そしてセンスの良さ。
 更に多くの方々へ華やぎと楽しさを与えて下さっています。
  作品はとても多く、全部を紹介出来ません。
  何点かを掲載し見て頂ければと思っております。ご覧になって下さい。

       ビーズ織り1  友人の額

   ビーズ織り2  ビーズ織り3

   ビーズ織り4  ビーズ織り5

   ビーズ織り6  ビーズ織り7

 左上のツリ―に掛けられている様々なオーナメント どれもビーズで織られています。
 椿の花弁をご覧ください。全部ビーズですよ。小さな可愛い物もビーズが使われております。分かりましょうか。うっかりすると見落として仕舞いそうです。
 敷物の文様の織りも手が込んでいます。
 12月に相応しい展示です。全体にクリスマスカラーが満ち満ちておりました。阿良木先生の下に集まる方々のレベルの高さを実感した一時でした。
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焼き菓子の鎌倉ハナクルス

 親しい友人のお孫ちゃん MIOちゃんの工房が鎌倉の七里が浜にオープンしました。
 MIOちゃんの焼き菓子は拘りと完成度を見せて呉れております。
 材料もとことん吟味し、納得行く物しか使われておりません。
 MIOちゃんの感性は並みのこととは思われません。祖母、母から受け継いだ素晴らしいものです。
 ハナクルスは予約注文 取り寄せだけの店舗です。
 今回新店舗の案内を頂戴し、早速注文 送って頂きました。
 多くの方に食べて頂きたいと思う老婆 皆さんにご紹介させて頂きます。

      ハナクルスお任せ  ハナクルス新作タルト

           ハナクルスパンフ1  ハナクルスパンフ2

      ハナクルス注文  ハナクルス値段

 新作タルトは注文での焼き菓子です。召し上がるテーマがございましたら、その旨お伝え下さると良いと思います。
 先に私が送って頂いたのはお任せの3000円の焼き菓子詰め合わせの物です。
 孫は見た途端「わ~凄い凄い」と早速家に数枚持って帰りました。父親もケーキ好きですからとても喜んで呉れたようです。

ハナクルスのHPは⇒からご覧になれます。
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12月8日

 昨日午後5時過ぎ 三陸沖でM7.3の地震が発生し、ここ我孫子も震度4と発表されました。
 地震発生の時私は一階のスーパー店内におりました。難聴と言うのは地震でも直ぐに感知出来ないのです。
 店内にいる人が私に地震ですよと大きな声で言われ、そこで体の揺れを感じ、一瞬どうしようかと思いましたら、店内の品物が落ちる音がチョと聞こえます。これは慌てることはないと、入口の方に目をやりますと、店員さんが扉を開けて抑えております。
 僅かな買い物を済ませて家に向かいましたら、エレベータが止まっています。階段を上り家に入りました。
 額が一枚倒れておりましたが、それ以外何事もありませんでした。
 夕刻からの放送では津波への警戒と避難への呼びかけが続きました。大きな津波も来なくホットしました。
 あの3月11日の悪夢としか言いようのない大災害が目に浮かんで来ます。
 日本は至る処自然災害と背中合わせのような国ですね。

       朝食12月8日

 12月8日
 1941年(昭和16年)のこの日 日本は世界を相手に戦いを始めました。既に中国との戦いはしており、その行き先の分からない状態だったのに、大きな賭けをしたのです。
 毎年のことですが、メディアは第二次世界大戦の記録、証言、ドキュメンタリーなど取り上げて来ました。それも段々少なくなって来ておりますし、取材を受ける方の多くは90歳を超えた人が多くなっています。

 12月4日衆院総選挙の公示がありました。16日投票です。

       朝食12月4日

 新聞のトップ記事の通り、多くの政党が候補者を立て選挙に挑んでおります。どの党も立派な事を掲げております。誰に入れるか迷っている人は今朝の報道でも50%はあると言うのですね。
 あの大戦を経験している人はどうでしょうか。本当に少数派に過ぎませんね。戦中、戦後の苦しみは二度としたくはありません。娘や孫たちにもさせたくありません。

 今日の朝日の天声人語を転載しましょう。

 思えば、標語の技には進歩がない。「新体制で国を強く明るく」。どこかで見たような幟(のぼり)が大阪に現れたのは1941(昭和16)年初めだ。夏には優秀児を選び出して遺伝調査が始まる▼「云(い)うな不平。漏らすな秘密」。行楽先で軍港や駅をうっかり撮影し、捕まる人が続出した。「国が第一、私は第二」「聖戦へ、民(たみ)一億の体当(たいあた)り」と標語は熱くなり、71年前のきょう、日本軍は真珠湾を奇襲する。この痛恨の日を、各党のスローガンが飛び交う中で迎えた▼内外の流血を結晶させた平和憲法が、選挙の争点にされている。政権に戻る勢いの自民党は9条を変え、自衛隊を国防軍にするという。呼び替えだけでは済むまい。海外で米国と共に戦う集団的自衛権までが、景気や原発と並べて語られる▼戦争観は世代で違うが、国民の8割は戦後生まれ。悲惨を肌で知る人は少ない。核保有の利を唱える石原慎太郎氏にしても、終戦時は12歳だった。しかも、国防を声高に論じているのは、何かあっても銃を持たされる年齢層ではない。政治家も、我ら言論人も▼有名な「欲しがりません勝つまでは」は開戦の翌年、「国民決意の標語募集」の入選作である。主催は大政翼賛会と、朝日、毎日、読売の各紙だった。政治とメディアが単色になる危うさを思い起こしたい。右へ倣えを、他国も案じている▼〈この子らに戦(いくさ)はさせじ七五三〉水野李村(りそん)。国を守る決意もいいけれど、戦没者の悔しさを思い、孫子の顔を浮かべての一票も悪くない。
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美味しいしお蕎麦を頂く

 このところ出歩くことが少なくなり、外食も偶にとなっています。
 老人は食べに行くにもよいしょと言う気分です。特に都内までは行くことがなくなっています。
 秋から冬にかけては美味しい物が沢山出て来ますね。
 神田小川町から須田町辺りは大好きな街です。特に蕎麦屋のまつや まつやのゴマ蕎麦が食べたいですよ。
 信州育ちの故青沼一郎先生(英文学)を思い出します。
 「あなた 種物なんてお蕎麦じゃありませんよ」てね。先生にとっては蕎麦は盛りで無いと駄目なんです。
 
 新蕎麦が出来ると蕎麦屋の店頭に「新蕎麦出来ました」と貼られていますね。新蕎麦を食べに行くと言う生徒が今日来ました。毎年この時期に新蕎麦を食べに出かけているそうで、先日も上田まで出掛けたそうです。
 息子さんの運転で日帰り それでも二軒の蕎麦屋に寄って来たそうです。

 新蕎麦を求めには行けませんが、たまたまブロ友のEGUTI YOUSUKEさんから生蕎麦を頂戴しました。信州は松本で事業をされている方です。BIBIちゃんと言う犬との生活。また信州の風景等を見せて下さっています。
 そのEGUTIさんの夕食は「たんぽぽ」さんと言うお店の賄いを頂いているのです。その賄いの内容が実に良いのです。またそのたんぽぽさんで時々会合を持たれる様子。その会合でのお料理も紹介されます。
 そして会合での食事の〆が必ずお蕎麦 そのお蕎麦はたんぽぽさんで打っているのだと知りました。

     たんぽぽさん蕎麦1  蕎麦出来上がり

 普段日本蕎麦は家では乾麺を茹でて食べています。近所に蕎麦屋がありません。昔々信州白骨温泉で学生と一緒に食べたお蕎麦が私の蕎麦への開眼でした。
 このような打って直ぐのお蕎麦を頂けるなんてね。有難いことですよ。
 茹でる注意は一緒に送られて来ましたが、EGUTIさんからお湯はたっぷり、蕎麦は少なくして茹でてとメールを頂きました。
 家にある最大の鍋にお湯を沸かし、お蕎麦を一つかみづつ入れて茹でました。冷たい水を出し続け、茹でたら直ぐ水に放します。次々茹でて出来上がりました。
 香りも良く、腰もあり、もう二人で「う~ん美味しい 美味しい」と一気に食べ終わりました。そして蕎麦湯も美味しく頂きました。そして青沼先生を肴にしましてね。
 EGUTIさん ご馳走様 とても美味しかったですよ。
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8000円の旅

 11月30日(金)午前9時45分に松戸を出発をしたバスは西船橋を経由 リゾートイン白浜へと直行
 バスはホテルの自家用 運転手は女性 乗客はほぼ40名 これは満席状態

 両親の法要に出掛けるのに往復バスで行くことができると言うのを知り、妹と一緒に予約しました。
 勝手な予想で乗客は私たちを含めてもガラガラではないかと思っていました。豈図らんや満席状態。
 杖を持った私は運転手の方が優先席を勧めて下さり、最前列に座ることが出来ました。
 一番前って良い眺めです。ですがこの日は曇り。久し振りの道行きですので、未知の地への旅人のように眼を凝らし眺めまわしました。
 風景の変りようもありますが、館山近くになりますと並ぶ店舗の変りようと、何処に行ってもあるような道路になっておりました。
 
 宿には定刻の午後1時に無事に到着しました。この宿の建物は随分昔 京成ホテルとして開業したものです。
 開業当時 娘たちを連れて食事に行き、また夏はプールで泳いだものです。
 部屋は2階でした。窓から遠く丸い水平線を望み、直ぐ近くの岩場は友だちと泳いだり、貝を採ったりした岩が見えます。西に灯台が見えます。見慣れた風景ですが、やや感傷的になりました。

              ホテルプール

 野島崎灯台は1869年(明治2年)に創設され、その後関東大震災で倒壊。その後現在の灯台が建てられたものです。この大震災で倒壊した灯台のガラスの破片が家の床の間に飾ってあったのですが、何処へ行って仕舞ったのか分かりません。プリズムで光り、宝物の様に見えました。灯台には友人や家族、また来客と一緒に螺旋階段を登り海と山の広がった風景を眺めたものです。360度に広がった風景。懐かしさも一入です。

 今回この宿を選んだ理由は往復の足です。松戸と言う近く、そう無理なく行くことができるだろうと考えたことですが、良く見ますとウイークデーは一人の料金が夕食、朝食付き、バス料金も含めて8000円
 チョッと驚きましたね。ホテルの規模は知っておりましたが、昔は館山カントリーとセットで見える方もありましたから、そう酷いとは思いません。
 で結果ですが8000円としては立派ですね。夕食は品数は多いのですが、それなりの物です。でも私は充分 食べ切れません。ワインを一杯貰いましたが後はお茶 こんなお客ホテルは儲からないですね。

     刺身  釜めしとかわら焼き

     焼き物と茶碗蒸  みそ汁と釜めし

 デザートも付きましたし、それが美味しかったですよ。
 従業員の態度も良いですね。売店では房州の物が沢山並んでいます。ま~大抵知っておりますし、何も買う物もありません。部屋に戻りゆっくりしました。
 翌朝の食事は和洋のバイキング式です。普段より食べ過ぎるのが問題ですね。ですが今回は見本の心算で沢山選びました。鯵の干物は美味しかったですね。焼いて置いてあるのですが、取りに行きますと再度火にかざして温めて呉れます。魚好きは嬉しいですよ。

     朝食バイキング  さざえカレー

 朝食を済ませ、従弟の車を待ち、寺に行きました。法要も終わり私を除き全員は食事会に向かいました。
 一人での昼食に何を食べようかと思い、メニューを見ますとサザエカレーとあります。ご飯に色が付いていますので、聞きましたら、サザエの肝を一緒に炒めて混ぜた物だと言います。
 サザエのカレーのご飯は私の好きな匂いです。磯の香りがします。
 一人ゆっくり食べながら越し方に思いを巡らしてバスを待ちました。
 14時バスは出発 渋滞もあって19時半に帰宅しました。
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両親の法要

 父23回忌 母37回忌 歳月の早きこと。母は67歳で世を去り、父は81歳で母の元へと旅立ちました。
 父は逓信省に入り、中国との戦争が始まった後北京に本社を開いた華北電電に出向 そのまま現地職員として敗戦まで中国で過ごしました。帰国後は引き揚げ者としての苦労を背負い生き抜きました。
 母は当時としてはまれな太っ腹な女性で、私が誰よりも尊敬する者です。母を失った私は毎日毎日朝な夕なに母の思い出が胸を去来、涙が頬を伝わり、気持ちが落ち付くのに2年ほども掛かりました。

 昨日午前11時から千葉県南房総市白浜の杖珠院で法要が行われました。前日は曇りで心配でしたがお天気に恵まれての法要となりました。
 両親の甥姪も参列 また母の末の妹(89歳)は何とか無理を押して出て来て下さいました。有難いことです。
 
 杖珠院は1444年に開基創建されたと言われる名刹です。開祖里見義実の墓地も境内にあり、白浜町の観光にも寄与しているようです。
 30年ほど前までは墓地の周辺も含めて余り整ってはいませんでしたが、昨日私の目に映った寺全体は隅々まで整備をした様子。山門も建て替えられておりました。その昔の寄進者の名前が書かれた板の並んだ場所は無くなり、一抹の寂しさを感じました。知った方々の名を見ると様々な思いが浮かんで来たものです。

 法要は11時から始まり、本堂の広間は寒さも一入。私と叔母は膝にコートを掛けたりです。
 この寺の和尚は説法が長いのが特徴です。仏前での読経の後、今回も説法がありました。流石気を使われて前よりはやや短くして終わりました。焼香をする甥の小さな男の子のお行儀の良さには感心しましたね。
 法要の後 全員で墓参 記念写真を撮り、食事の会場に行きました。
 私は歳の所為か次は何時来られるのか、またこれが最後かも知れないと思い、忘れないように周囲の風景を心に刻みました。

      寺1  寺2

      寺3  寺4

               寺5 

        墓地全体は整備されて管理も行き届いておりました。

      寺6  里見義実墓地

 法要と墓参も無事に済み、ホットしました。足の悪い私は食事会場には行かず、ホテルから松戸への直行バスで帰宅しました。今回は両親の最後の法要かもと思い何とか出掛け、久し振りに親戚縁者の皆さんと顔を合わすことが出来て心も落ち着きました。
 

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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