2013-01

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晩白柚

 5年ほど前 熊本出身の男性 中国青島時代の同級生 彼から晩白柚を頂きました。
 先ずその大きさに驚き、美味しさに驚き、以来食べたいな~と思っておりました。季節になりますと高島屋の果物専門店で目にします。立派ですが高いのですよ。私如き庶民の値段ではありません。毎年眺めるだけでした。
 娘はあの小父さんまた送って呉れると良いわね~と時々口にしておりました。それほど娘にも魅力だったのですね。
 去る日 近所のスーパーで一個だけ飾ってあるのを見かけました。1000円ですがわ~と言う程大きくはありません。
 そこで閃きました。そうだあの熊本のあかちんさんにお聞きして見ようと。最近あかちんさんにお願いし無洗米を送って頂いております。
 早速生産者を見つけて下さり、先方への連絡方法も知らせて頂きました。ですが図々しくあかちんさんにお願いしました。
 あかちんさんは喜んで引き受けて下さり、晩白柚が届きました。

               晩白柚

      晩白柚2L  晩白柚一袋

 一個は下の左の物です。色は箱に入っているような黄色です。大きさは2Lと言うことです。
 剥きますと果肉は皮と比べて小さいのですが、それでも上の右のような大きさです。私のデザートにしては2個で充分です。サラったした味は品が良く、流石直販の新鮮さを感じさせて呉れました。
 あかちんさんのブログでこの晩白柚を紹介しておりましたが、そこのコメントで皮を甘く煮て食べると言う文字を見ましたので、直ぐに調べて見ました。それは砂糖漬けにしています。これは見逃せません。
 一昨日妹が来ましたので、切り分け半分おみやにし、後の4分の3位を食べ、皮は捨てて仕舞いました。
 次回は食べたら皮は砂糖漬けにして見ようと思っております。
 あかちんさん有難うございました。

 熊本はブログで親しいBOO子さんの郷里でもあり、小学校の友人は戦後引き揚げて来てから水前寺に居を構えておりました。また青島の家に下宿した父の会社の新入社員は朝鮮飴のメーカーの息子さんでした。
 そんなこともあり、とても親近感を持っております。
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魚は毎日でも良い

 毎度のことですが、魚話は大好きです。毎日魚屋のショーケースは覗きます。私が売り場近くに行きますと小父さんは直ぐ見つけて「お母ちゃん 早いね~」とか「今日は何でこんなに遅いの」などと聞きます。
 「小父さん 私もいろいろと用があるのよ。今日もチョッと家でごちゃごちゃやっていたのよ」
 「何がそんなに用があるんだよ。お母ちゃんに見せたいのがあったんだけれどよ。売っちゃったよ」
 「それじゃ良いじゃないの」それ何だったのと聞きたくなります。
 それから並んでいる魚をあれこれ言いながら眺めて来ます。 
 何かしら買いますがね。偶には値が張るけれど食べたいと買って仕舞うこともあります。

 一昨日は「いとより」一尾を買いました。25cm程の大きさで、650円
 いとよりは毎日ある魚ではありません。小父さん曰く「高くて売れね―んだよ」とぼやきます。これも付き合いなのかしら。
 魚はお鮨で生を食べますから、煮る、焼く、揚げる、蒸す等にします。いとよりは油を使うと美味しい魚です。
 勿論生でも良いし、焼きも良いのです。でも私はムニエルが一番、次が漬け焼き。
 
 今回は二人で一尾ですから、650円でもそう高いことではないと思います。ムニエルにしました。

      いとよりムニエル

 作り方には特に特徴はありません。塩・胡椒をやや濃いめに振り 30分ほど置きます。
 小麦粉を付けて小ぶりのフライパンでサラダオイルにバター少々 フライパンをガスコンロに置き、温度がこれ位かな~と思ったら、皮を下にして焼きます。適当なものですよ。皮をよ~く焼きます。時々箸で持ち上げ焦げを見ます。
 確り焦げたな~と分かりますと、皮を上にして、身の方を焼きます。身の方はそう強い焦げは付けません。
 出来上がりました。
 私は皮の焦げが好きなんです。皮が確りと焦げていないと何となく不味いように感じるのですね。
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お米が違う

 夫は夕食に少しでも良いからお鮨が食べたいと言います。病院以外にはほとんど出歩くこともしませんから、好きな物を用意するのも私の役目だと思っております。
 下の魚屋のお鮨は種がこの辺のスーパーと比べますと、冷凍物を余り使わず、種の上に矢鱈飾り物のように何かを載せず、ま~値段と比べて良いと思いますからワンパック買うことも良く有りますよ。
 また整体に行った時など外で買って帰ることもあります。
 ですが夫の感想はご飯が美味しくないと言うのです。そうでしょうね。値段からして美味しいお米は使う訳には行かないでしょう。以前スーパーなどの鮨飯は専門業者から買っていると聞いたことがあります。
 確かに魚屋に開店早々に行きましてもあの鮨酢を切った独特の匂いは漂っておりません。
 ま~そんなことも考えて時々は家で作ります。夫の為とは言いよう、私もお鮨は大好きですから、あれこれ考え作るのは楽しみの一つです。
          最近の自家製はこんなものです。

     金目握り  蟹押しずし

     貝三種鮨  蟹ちらし鮨

 魚屋の小父さんは私の顔を見ると「お母ちゃん 何食べるの?決まったの?」と必ず聞きます。
 「う~ん お鮨は決めているんだけれどね」とケースの中を覗きこみ、品定めをします。
 「ね~小父さん この刺身お鮨にどう?」と聞きますと「良いじゃない。美味しいよ」と言います。
 そしてさり気無く「お母ちゃん 見せたいのがあるよ」「どれどれ」と言うことが時々あります。
 良い物を安く買うことも良くあります。小父さんの話では業者としての付き合いで仕方なく仕入れて来ることも結構あるようで、そう言う品物は本来良くて高いものです。それを捨て値で売るよりはと私に回って来る事になるのです。
 お鮨の種は1回 500円以内と決めていますので、他と組み合わせて考えることもあります。

 鮨飯ですが、私は炊飯器で毎回5カップ炊きます。その内半分に鮨酢をきり、小分けして冷凍にして置きます。
 先ず炊いたご飯を飯台に取ります。全体に鮨酢を振りかけます。

             鮨飯

 さ~とかき混ぜ、直ぐにその飯を上のように寄せます。寄せて暫らくそのまま置きます。その間に鮨酢がご飯に滲みこみます。それから直ぐ作る時は風を送り冷ましますが、保存、冷凍する場合は温かいうちにラップで包み、水分を飛ばさないようにし、そして冷めたら冷凍庫に仕舞います。この鮨酢の切り方は母から教えられたものです。
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紫人参

 先日夫と近所の小さな中華料理店に行きました。多分開店して7,8年は経つと思います。
 開店当初表にコックさんはホテルオークラで修業したと書いてあったような気がしています。
 入口も地味ですし、そう清潔そうでもありません。
 座席は12、3名ほど 以前娘たちと行きました時に美味しいな~と感じておりました。
 店内に入りますとお客は一人 私たちで3人ですよ。寂しい感じですが、中年の女性店員が二人いますので何とか人の姿が店内にあると言った感じです。

 コックさんは男性の年配者一人のようです。五目汁そばと言うのを注文しました。
 僅かなとろみを付けた五目そばが出て来ました。見たところ広東風です。胡麻が散らしてあるのがこの店の方法らしいです。熱々ですよ。

     五目汁そば  地元産人参

 熱い汁をそ~と口にしますと美味しいという言葉が思わず出ました。材料の下拵えも確りとされているのが分かります。食べ進むうちに人参を口にしますと、今までにない食感と美味しさです
 「この人参はどのように処置してあるのですか」とお聞きしました。
 「地元の方から仕入れています。紫人参です」と言葉が返って来ました。知りたがり屋の気をそそりますね。
 
 地元?それではと娘と探しに行きました。わくわく広場、沼南道の駅、我孫子産直の店、食材に拘る京北、近くのスーパー、東武ストア―
 どこにもありません。ではと高島屋の野菜売り場に電話をしましたが扱っておりませんと。
 次はネットで我孫子の生産者を探しました。いました一人 ところがこの方の生産した紫人参は既に全て出荷して終了しております。
 更に通販では見つけられるかと探しました。画像は驚くほどあります。通販では九州をはじめ、関東地方、至る所で見つけることが出来ました。それが進めて見ますと、見た範囲では全て終了、もしくは品切れとなっています。
 そこで一体この紫人参が出回っていないのは何故かと調べて見ますと、秋が収穫期だと分かりました。
 
 そうなりますと気分は義弟の農園(私たちが勝手に農園と言っております)に嗾けて生産して貰おうかしらと思ったほどです。
 美味しくて食感が良く、煮ても生でも食べることが出来るとは良いですね。
 因みにネットに出ていました紫人参の紹介を転記して置きます。

フランス原産 ヨーロッパで栽培された紫人参を改良した品種で糖度10度以上と甘く、ポリフェノールも在来の人参の数倍だそうです。ただし水分が少ないのでそんなに甘くない
 
 紫人参にも種類があるようで、私が口にしたのは皮が紫で中がオレンジ色の物でした。 
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青島の思い出・・5

 時々中国語の老師から饅頭(まんとう)を頂きます。大きな饅頭は一回では食べ切れませんから、冷凍して置き蒸し直して頂くことも良くあります。

       饅頭

 老師はドライイーストを使いお作りになるそうです。子どもの頃中国では饅頭の種を使い、作ると聞いておりました。
 自家製ヨーグルトを作るようなことと同じ様なことでしょうか。

 子どもの頃 街でみる饅頭売りは専門店ですね。饅頭だけで商いをしているのです。

      饅頭売り

 良く見ますと何となく薄汚れていますね。これは中国人の居住区での饅頭うりですね。
 
 我が家でも饅頭は自家製ではなく、買った物を食べていました。その香りは今の中華料理店で食べる花巻と言われるフワフワの饅頭とはやや違います。なんと言いましょうか。発酵の齎す良い香りなんですね。
 
 饅頭の表面を覆っている皮はす~と剥がすことが出来るのです。丸いやや上が尖った形は特徴がありましたね。
 皮を剥がすのが面白く、綺麗に全部剥がすと満足感を覚えたものです。
 我が家では薄く切り、自家製のママレードを塗ったり、イチゴジャムを塗ったりして食べていました。
 パンのようにバターを塗ると言うことはありませんでしたね。主食にはしませんでした。

 ドイツパンも食べましたが、青島ではドイツパンは天秤棒に下げた箱に入れられて売りに来ました。ただそのパン売りは青島の日本人が多く住む地域より、閑静なお屋敷の集まっている地域に限られていたと思います。
 我が家は下町にありましたから、滅多にドイツパンは買っていませんでした。ドイツパンは確りとした歯応えのあるパンですね。今は日本の至る所で食べることが出来ますね。

 中国人は朝から外で食事をしていました。一番簡単なのは熱い豆乳を丼一杯、それに油条(ユイチャオ)と呼ばれる揚げ物をちぎって入れて飲みます。それが朝ご飯。または道路に並んだテーブルに座り、饅頭一個に僅かな野菜などの炒め物一皿。そんな物でしたね。粗食ですね。

 青島では今も饅頭が売られているようです。友人も買って食べていたようです。その饅頭は昔のと違いナマコ状に練った生地を切って作られております。今は日本でもアメ横や中華街でも良く見られます。

       青島の饅頭

 中国人の食生活は街で見る屋台の物か、使用人が買ってくる物を見ることが多かったですが、いろいろと食べましたよ。両親が積極的にいろいろな物を食べさせて呉れました。
 食べ物の話はまた何時かアップしたいと思っております。
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70歳の快挙

 中国語の老師はとても喜ばれております。
 教えている生徒が中国語スピーチコンテストで一位になったのです。
 1月13日 日中友好協会主催の第30回中国語スピーチコンテストが東京日中友好会館で開催されました。

           コンテスト

 生徒は茨城県代表の深田嘉男さんと言う方です。前に茨城県大会で優勝されたとはお聞きしておりました。
 今回は全国大会です。老師は当日会場へ一緒に行きましょうかとお聞きになったそうですが、深田さんは緊張するので一人で行きますと、コンテストに臨んだのだそうです。
 深田さんの準備したテーマは「お母さん」です。中国語では母親 日本語では母となっております。
 上のパンフレットには参加者全員のスピーチの内容が日中両国語で掲載されております。

    母中国語  母日本語

 上のは深田さんの文章です。
 老師のお話によりますと、深田さんが本格的に中国語の勉強を始めたのは6年半程前だそうです。
 現役時代は仕事の関係で中国にも良く出張をしていたそうですが、仕事上では通訳がおりますので、特に中国語を使わなくても差し支えが無かったようです。
 定年後改めて中国への関心が高まり、勉強を始められたのだそうです。大変な努力をされ、その結果が今回の大きな成果となったのです。
 70歳と言うこと。30回のこの日までこの年齢の方はなかったそうです。

 大会で話す内容は既に提出されていますし、上のパンフレットを読めば分かることです。しかしスピーチコンテストですから、中国語での実際に発音や四声などが審査の対象になる訳です。5分間と言う時間内で話し、その後審査員からの質問があり、それに即答すると言うのだそうです。
 質問には何が出て来るか分かりません。ヒヤリングも高いレベルのことを聞き分け、そして答える訳です。

 深田さんの奥さまは几帳面で行動力のある方だそうです。深田さんより年齢が三歳多いのだそうです。
 その奥さまに付いて質問が出たそうです。
 深田さんは奥さまが良い妻であることを表現するのに中国で言われる「女大三 抱金磚」と言ったそうです。これは妻が三歳上だと金の塊(レンガ)を抱いていると言うことで、言うなれば働き者、気配りも良く、金銭の管理も上手と言うことを意味するのだそうです。

 凄いですよ。このような言葉がすらすらと出るなんて。
 そこで私は「日本では一歳年上の女房は金のわらじを履いてでも探せ」と言う言葉がありますよと言いました。恥ずかしながらこれを半分中国語半分は日本語ですよ。

 そして名師出高徒と老師に申し上げました。老師は持永さんも良い生徒ですよと力ずけて下さいました。
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油カスって便利

 先ごろ何かと心和ませて下さるBOO子さんから頂いた油カス すっかり気に入りました。
 BOO子さんのお料理を知るまで全く聞いたこともなく、見たこともありませんでした。
 食べ方の説明も詳しく教えて下さいました。
 まず手始めのうどん これが想像以上に美味しく、これは手に入れるにはどうしたら良いかしらと調べて見ました。通販で専門の業者もあるのです。今は頂いた物を食べていますが、分かりましたのでこれからはこれでと思っております。
 最初のはカメラどころではなく直ぐに箸を取り、頂いて仕舞いました。それからのは以下の画像です。
 全部麺類です。日本の麺です。

      油かす蕎麦  油かす椎茸かまぼこうどん

      油カスかきたまうどん  油かすワカメうどん

 昼食には麺類が多いのですが、チョッと油こい物が欲しいです。忙しい時や時間に追われている時にはとても助かります。
 BOO子さんお薦めの鍋もありますし、焼きそばやお好み焼きにも良いそうです。楽しみが増えましたよ。
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真鱈の真子煮

 この冬初めてのお目もじ 真鱈の真子
 魚屋の小父さんは知り合いの方が亡くなったと店に出ていませんでした。一日じゅう気温も低く、買い物も何となく遅くなって仕舞いました。
 夕食の材料を買いに行こうと思い、相撲を見ていた夫に下に行って来ますよ、と声を掛けますと画像に芸者さんが何人も並んでいます。

              初場所

 滅多に見られない姿ですので、カメラを向けましたが、結局一人だけの一枚だけ写すことが出来ました。
 昔 初場所に何回かお呼ばれで行きましたが、良~く見ますとやや昔と様子が違っています。サラリーマン風の方は殆んど目につきません。初場所と言うことでしょうか、和装の女性が目につきます。
 国技館の中で黒紋つきの芸者さんは初めて目にしました。この後お座敷に出るのでしょうか。髪には稲穂がみえます。正月のお決まりですね。黒紋付を着ますと座敷ではお引きずりにするのがしきたりのようです。一度だけ傍で見たことがあります。

 話は本題に戻し、芸者さんを見ましたので、直ぐに買い物に行きました。夫婦二人ですと材料は知れています。 お鮨は何時も通りに二人で一パック。昨日は自家製ではありません。
 魚屋で目にしたのが「真鱈の真子」粒が今少し確りとしていればいいのですが、値段を見ましたらま~仕方ない買いましょうとパックを手に取りました。
 傍に寄って来ました50歳がらみの奥さま「それどうやって食べるのですか」「私は醤油、砂糖、お酒に水を適当に合わせて」そこまで言いましたら「そうそう皮にボツボツ串でさすのよね」それなら聞くなよ。
 「輪に切りましてね、それを調味料が沸騰した鍋に立てて入れて煮ますのよ」とチョッと気取って答え、その後は知らぬふりをして買いました。

     真鱈眞子生  真鱈眞子煮

 一年振りの煮物ですからどうなるかな~と思いながら煮ました。早速夕食に食べましたよ。
 味は薄味ですが、確りと煮込んでありますから、日持ちがします。数日はこれが夕食の一品になると言うことです。
 魚屋の若い男性曰く「最近これが売れないんだよ。煮方が分からないらしいね」何だか嬉しいようなお話。ライバルが少ないと言うことですものね。
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音が聞こえない日

 1951年(昭和26年)2月15日 何年前になりますか。そう62年前
 こんな古い日を知っているなんてやっぱりお婆さんですね。
 木曜日です。これは中国の実用万年暦と言うので分かるのです。木曜日に意味があるわけではありません。
 知りたがり屋が調べただけです。
 
 先日14日は大雪でしたね。4階の廊下から綺麗な雪景色が見られました。

      雪の庭

 今日は随分とけて公園の土も見えております。マンションの北側は雪が凍って固くなっていますから、当分泥混じりの雪が解けず、風も冷たく感じましょうね。

 62年前 東京に大雪が降りました。国電(と言っておりましたJRのことですよ)はマヒ状態。国会は流会そして証券取引所の立会は停止
 
 その頃私は武蔵野市吉祥寺187番地に住んでいました。大学の女子寮です。煙突長屋と言われ、部屋の外の廊下で各自自炊をしておりました。周囲は畑です。冬は霜柱が立ち、その霜柱は家の北側は昼も溶けず、冬の間は靴も汚れます。吉祥寺駅まで10分ほどですが、当時は田舎ですね。
 2月14日 父が来ました。何の用で来たのかは覚えておりません。
 14日の夜から降りだした雪 朝目が覚めますと一面厚い白い雲のように辺り一面目の届く範囲全部が雪の世界です。
 音が全く聞こえません。何処からも何も聞こえません。電車が止まって仕舞ったのです。
 寮の中でお喋りする声だけは聞こえます。真空とはこのような空間ではないかしらと思ったのものです。
 父は戻れず数日私の所におりました。
 学生は貧乏でしたね。新聞は寮の管理人から見せて貰います。誰もラジオを持っていません。
 丁度後期の試験が終わっていましたので、誰も騒がず電車の走る音が聞こえるのを待ちました。
 
 先日の大雪での都市機能の問題がクローズアップされましたね。この昔の国電が停まった時 どんなことを新聞は報じていたのでしょうね。
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青島の思い出・・4

 14日の雪はあっと言う間に積もって来ました。午前10時からの整体治療を終えて外に出ましたら、雪
 あれっ?雪だと見上げることもなく、目の前に白い花弁のような雪が落ちて来ました。
 バスに乗りますと窓はすっかり曇り、急激な温度低下を感じました。

 午後は中国語のレッスンです。老師から電話があり迎えに来て下さると仰るのです。4階から8階には階段も通じますが、私はエレバーターを使います。廊下が滑り易いので迎えに来て下さると、家のドアの外で待って下さいました。
 確りと腕で抱えて下さり、老師のお宅に着きました。有難いことです。部屋には赤いランタンが下げられています。

       春節の飾り

 
 中国青島では滅多に雪は降りません。池は凍りますのでスケートが出来ます。今の中山公園の西側に大きな池があり、冬にはスケートを楽しむ人が集まって来ます。欧米人と日本人ばかりです。 中国人は見かけたことがありません。
 老師と北京の冬の話も出ました。青島の冬の街で見られた糖球(タンチュウ)の話から北京のタンチュウのことが話題になり、その食べ方は初めて詳しく知りました。

 冬 空気が乾燥して来ますと、青島の街で目にしたタンチュウ売りの声が聞こえて来ます。
 焼き栗売りと同じ様に男の低い声です。「タンホール」と言いながら道を歩いて行きます。
 肩に担いだ藁つとに刺してあるのは「タンチュウ」それは山査子(さんざし)を水アメでかため、串ざしにした物です。

       タン球

 見たがりの私 知りたがり屋の私食べて見たくて成りません。ですが親が絶対に買って呉れません。埃が付いていると言うのです。ですから味は知りません。
 老師は「美味しい」と仰います。
 私が「北京の王府井の露店で見た串ざしの長~いこと、刺してある物はいろいろですね」と言いますと「あれは歩きながら食べるのが当たり前で、タンチュウは特に外で食べるのですよ。家の中は温かいので飴が溶けて床にこぼれたりしますからね」と説明して下さいました。

 ネットで調べて見ましたら、タンチュウのように水アメでかため、串刺しにした画像が沢山出て来ました。

       tang-hu-lu.jpg

 タンチュウは中国でも北の方の食べ物です。豊かになった中国 オシャレな食べ物へと変身しております。
 ハルピンのタンチュウをご覧ください。実に綺麗です。
 青島では糖球会と言う祭事があるようです。青島に駐在していたと言う方のブログを見ますと、賑やかな祭りのようです。
 今は行くことも無くなっていますが、冬になりますと思い出します。ああ~! 食べて見たかったな~とね。
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レジはどうなるのでしょう

 消費税問題が出ていますね。公明党との調整はどうなるのでしょう。ニュースによれば自民・公明・民主で協議するらしいようなことも出ていますね。
 でチビ孫のレジですが内税で表示されます。
 夫と「消費税が変っても言わないようにしよう」と話しております。クリスマスに新レジなどと言い出すと大変です。サンタは再び大わらわになりますね。
 最初のレジはチビ孫作成の物です。
 以前書きましたが、我が家の電卓がいつの間にか見えなくなっていました。それがある日突然チビ孫のレジになっていたのです。

        レジ011年4月  レジ本もの

 左のレジは電卓利用のレジです。紙幣は子ども銀行発行のオモチャ 硬貨は本物です。右のはサンタからのプレゼントのレジ 紙幣は本物ですが、鍵を掛けて仕舞います。
 昨日はレシートに店名が押されるようになりました。レシートに店名を入れるまでの高級なレジではないと言うことですね。買い物に呼ばれました。

    レジ6  レジ1

 品物は籠一杯に用意されています。数点買いましたらレジ袋も用意されていまして、袋に入れて渡して呉れました。
 連休と言うこともあって、チビ孫はまた新しいことを考えてありました。
 「ばーば 生年月日は何時ですか」「はい ~年~月~日です」
 オミクジを引くのです。
 「第ニ 中吉 まぁテレビを見てゆっくりしてください。あまり見すぎて太らなにように注意!!」と出ました。「はい ばーば 分かりましたか。今年は中吉です」とこう宣告されました。
              
             おみくじ

 これは左隅の振りだし筒に割りばしで作った籤が入れてあります。生年月日を聞きますとこの筒を何回か振ります。
 そして一本取り出します。右側の箱には1~18まで富籤が用意されています。番号は同じでもそれぞれ内容は違うようです。
 年々歳々興味の対象が変ります。その変りようを眺めているだけで楽しい子です。

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成人の日

 今日は成人の日 国民の祝日となっています。
 この日か前日の日曜日に多くの自治体が成人式を催します。
 今日早く浦安のディズニーランドから中継がありました。
 成人式に参加する若い女性は見る限り振袖に白いフアーを肩にしております。その姿は毎年みるのと変らず、没個性の姿です。
 来年には長女の娘も成人となるのですが、和服業者と言いますか、成人式業者と言いますか、昨年夏ころからパンフレットが次々と送られて来ております。
 孫宛ての物もありますが、父親の名前と併記されている物もあります。
 何処から情報を得ているのでしょうかね。個人情報問題は何かに付けて出て来ますね。
 処置なしと言う気がしますよ。
 このパンフレットが来たことでいろいろなことが分かりました。内容の殆んどはレンタル向けです。
 全てセットになっており、着付けも記念写真も出来るのです。
 お婆さんが大人になった頃はこのような行事もありませんでしたから、仕組みを知りませんでした。その点はパンフレットで勉強しましたよ。

             振袖カタログ

 今日は昼頃から雪が降り始めました。丁度その頃振袖姿のお嬢さんが小さな傘を差して歩いて行きました。方向からしますと成人式を終えて自宅へと戻るように感じました。
 レンタルのは化繊なのでしょうか。このような時を考えますと正絹の振袖でしたら泣いちゃいますよ。
 和服の雨コートはありますが、振袖用の雨コートはあるのでしょうか。

 雪は積もって来ております。久し振りに会った人たちは成人式の後どう過ごせたのでしょうか。

    雪景色と花  朝食1月14日

 新聞には昨日岩手県陸前高田市での成人式の写真が掲載されています。「亡き友と成人の誓い」
 東日本大震災の津波により、277名の中11人がこの日を迎えることが出来なかったそうです。
 遺影を胸にした写真に込められた仲間の気持ちを察し、いろいろな思いが交錯します。
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成田のみやげ

 千葉県成田山新勝寺は関東地方では初詣の人出が多く、有名です。
 新勝寺の規模はそれなりに広く、成田の門前町はこれまた賑わう所です。
 毎年初詣の映像が流れますが、老人はぞっとします。
 10日に長女夫婦がお参りに行き、お土産を持って来ました。
 成田と言いますと米屋の羊羹です。それと鰻が有名ですね。私はこの数年出掛けていませんが、蔘道には面白い店があり、チョッとした探訪が出来ます。

       成田米屋土産

 この箱はあん餅が入っています。以前は我孫子でも買うことが出来ましたが、今は成田の本店でしか買えません。私が好きだと言うことを知っていますので、お土産にして呉れました。
 饅頭は食べ切れませんから、直ぐに冷凍にし、仕舞って置きました。

 今は成田米屋の羊羹は通販でも買えますし、出店もあちこちにあります。
 
 昔 田舎の人が成田山に行くと言うのは年中行事の一つでした。戦前からですが、部落の人が団体で出掛けます。今はバスを使うでしょうが、昔は列車です。一晩泊りで行っていたようです。
 その成田から買って帰るお土産は「成田の羊羹」と決まっていたようです。米屋は明治32年創業と言うことですから、大凡そこで皆さんが買って来ていたのでしょう。部落の知り合いが揃って行きますから、時々「成田の羊羹」が家の中に何本も置かれていました。私は子どもらしくなく煎餅党でしたから、あっても興味は持ちませんでした。
 それでも頭の中に「成田の羊羹」は確りと入っています。

 話は変り、第二次大戦末期、女学校の上級生は船橋の軍需工場へと出かけ、学徒動員の名の元に兵器などの生産に関わりました。下級生は学校工場と言う名の工場(体育館)でこれまたジュラルミンの部品を作っておりました。
 最下級生の私たちは、勤労奉仕で農家の手伝いに行きました。

 そこで、成田の羊羹 これが学校工場で働く上級生に配給されるのです。甘い物など既に買えるような日々は遠のいていました。上級生の成田の羊羹 流石に私も羨ましかったものです。
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小さいおうちの映画化

 直木賞を受けられた中島京子さん その作品が映画化されるとは先にここで紹介致しましたが、昨日の朝 7時からのNHK総合テレビ「おはよう日本」に山田洋次監督が出演すると分かりました。
 寝坊したらと気になっていたせいか6時近くに目が覚めました。また横になると寝て仕舞いそうで、時間まで待ちました。
 テレビからの画像をお借りして少し掲載致しましょう。

 作品は本をお読み頂ければと思います。映画化が決まった後、新しく文春文庫最新版は帯封にそのことを記しております。

                 小さいおうち最新版

     小さいおうち1-1  小さいおうち2

     小さいおうち3  小さいおうち4

 おうちのモデルでしょうか。出ています。京子さんのご両親のお宅を知っているせいか、何となくあの家の雰囲気を感じました。映画は来年公開されるそうです。とても楽しみです。
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旗袍あれこれ

 昨年11月25日 我孫子市国際交流協会、我孫子市主催の第21回あびこ国際交流まつりが開催されました。
 会場も近く、中国語の先生のクラスの方々が漢詩を読み、中国語と日本語で歌を歌うとお聞きしておりましたので、応援気分で出掛けました。
 折角の機会ですからアンティークの上着を羽織って行きました。
 
 中国語のクラスの出演が済み、老師は皆さんと記念写真を撮りました。私もどうぞとお誘いを受けて女性の方々とカメラに納まりました。序でと言いますか老師と二人並んだ一枚を写して頂きました。

      孫老師と一緒に

 老師の着ているのはハッキリとした深い赤色の旗袍です。とても良くお似合いで並んだ見目麗しき お婆さんは格落ちします。
 ま~良いかと言うことでチョッとご覧になって下さい。
 私の羽織っているような感じの上着ですが、この漆黒の艶は今はなかなか見つけることは出来ません。
 私の教えている旗袍は概ね1930年~40年辺りを中心にした物です。今の中国でもそう見かけませんが、シックで気易く、飽きが来ません。
 中国の服装店やデパートでも旗袍は買えることは買えます。ですが日本の風景や日本人の感性には合わない物が多いように思います。
 私が人に薦めたい旗袍とは、さり気無く着ていられ、きつくなくゆとりがあり、姿を良く見せると言うことでしょうか。
 スタイルを良く見せると言うことは、決して痩せているのが良いとか、若いのが良いとか、そう言うことではありません。
 個性を活かしその人なりの雰囲気が滲みでて、立つ姿勢を良くする。そう言う旗袍です。長所を活かし、欠点を補う。そう言うことです。年齢に関係なく着ることが出来ます。
 
 そこで私はどうでしょうか。ご覧になってお分かりのように、太っています。ですが旗袍を着ますとこの姿よりはすっきりと見えていると、思っております。

 胸の前に見える袋 これは荷包という物です。元々旗袍にはポケットがありませんでした。(今は作り方で付けることもできますが)それでこの荷包に小物を入れて肩から掛けたり、腰に巻いた紐に下げたりしていたのです。
 荷包には身の周りのこまこました物を入れたり、また小銭を入れていたのです。
 絹に刺繍を施し、形もいろいろな物があります。
 私は胸にぶら下げ、以前は電車のキップを入れたりしておりました。どちらかと言いますと、アクセサリー感覚で利用しておりました。
 手刺繍ですから、同じ物はありません。このような物を作るのは目の効く若い人でないと難しいのではと思っております。
 荷包という字を使った食べ物もありますが、それは包んであるとか、袋になっているという意味で使われるようです。
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ポリグラフだって?

 今朝の朝日朝刊 トップに警官採用にポリグラフ検討 と出ています。
 これは多くの議論を巻き起こすことでしょう。
 ポリグラフは通称ウソ発見機と呼ばれていますね。

      朝食1月8日

 昔々 学園祭に心理学研究部がポリグラフを準備し、来場する希望者に検査をして上げていました。
 
 学生はいろいろと聞きます。
 例えば カンニングをしたことありますか ウソをついたことはありますか 内緒ごとがありますか
 見ていますと検査器の針は揺れません。暫らく見ていました。殆んど針はぶれません。
 
 一人の男子学生が来ました。彼はいろいろな質問に答えますが、針はぶれません。

 「煙管したことありますか」「ありません」 ところが針が物凄く左右に揺れます。
 「ほんとですか。やったことないんですか」「一回あります」

 もうビックリしました。ウソはばれると。ところがそこに現れたクラスメート 何を聞かれても全く針は動きません。彼はウソをついているのです。それは私は分かりました。忘れられない一時です。

 煙管とは電車の定期券を持っている人が、何処かの駅で最短距離の切符を買い、下車する時に定期券で通り、中間の乗車賃を誤魔化すということを言いました。いまは出来ないことですね。
 その他に薩摩守と言うのもありました。無銭乗車のことです。
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サンタも首をひねったでしょう

 ま~二女の娘 とてもユニークな女の子です。小学校4年生です。
 常に体を動かしております。体操を習っておりますし、ダブルダッチという二本の縄を回して、その回る縄の中で跳んだり跳ねたりします。これはジュニアレベルでは可なり上位にいるようです。
 日曜日には良く競技会に出掛け、また練習も週何回かあるようです。
 その元気者の孫 これがサンタへのお願がチョと変っております。
 以前も可なり変ったものでしたが、昨年のは輪を掛けて変ったものでした。

 昨日「ばーば チョッと来て」と言うので行きました。
 
 そこにはレジスターが置かれています。本物です。
 
 「ええ これ サンタから?」
 「そう 何か買って下さい」 孫の周囲にお菓子やオモチャ、文具などが並んでいます。

 「じゃ これを下さい」と飴の袋とノ―トを買いました。250円と360円です

     サンタ1  サンタ2

     サンタ3  サンタ4

 「1000円で宜しいでしょうか」
 「結構です。お釣りはですね 390円です」「レシートはそこに入れても良いですよ」
 お金を載せるトレ―は100均で買って来たそうです。

 「お次は何が欲しいですか」
 「え~と何にしようかしら」
 「何でも良いですよ。じゃこれにしましょう」何だか訳が分からない内に
 「350円一点」と言われました。
 「あのうここに5000円札しかないんですが」
 「良いですよ。5000円ですね。ハイこれレシートとお釣りです」

 サンタ4をご覧ください。キチンとレシートに出ていましょ。
 これは絶対にサンタなんです。あくまでサンタなんです。

 「ね~これって夏祭りのフリマーで使うの?」
 「そう だからサンタにお願いしたの」

 このレジ本物ですから、先ず初期設定もし、日時も出ます。一日の総計も出ます。凄~いプレゼントです。

 夕方再度電話が来ました「ばーば バージョンアップしたから来て」と言います。
 直ぐと言うので2分で駆けつけました。
 そこに立っていたのは、志村けんの模様のパジャマに志村けんの顔が描かれてる腹巻き姿
 テレビでは志村けんの月曜日は何とやら、火曜日は何とやらと踊っている姿が出ています。
 チビ孫はその音楽に合わせて楽しげに踊っております。
 もうこの可笑しさを何に例えたらいいでしょう。お腹がよじれるほど笑いころげてしまいました。
 買い物をした時も踊って見せて呉れていたのですがね。バージョンアップとはこの格好で踊ると言うことでした。
 この姿をお見せすると二女に叱られましょうから、お見せできません。ご想像下さい。
 
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瀬戸さんからの頂き物

 私のブログに時々登場します富山に住む瀬戸さん リンクをしてあります。
 その瀬戸さんとのお付き合いも長く続いております。
 食に対する姿勢に共感する私ですが、単なる共感ではなく、尊敬致しております。一貫して日本の食を守ると言う意志の強固さには学ぶこと多く、勉強させて頂いております。

 特に最近では「お米に宿る神々」にはさりげなく多くの問題提起と示唆を示しております。

 昨年12月の下旬からの瀬戸さんとのやり取りで、私が取り寄せる味噌や蜂蜜の包みの中にプレゼントが沢山送られて来ました。

 12月22日に届いた物 
     昆布ジメ4種(アンカン・たこ頭・ハゼ・観音イカ)
     ササミのジャーキーとシイラのトバ

      アンカン昆布ジメ 瀬戸さんのササミジャキー1

 アンカンの昆布ジメって高級魚なんですよ。他の3種類もこのような大きな幅広の昆布に綺麗に並べられていました。 ササミジャーキーとシイラのトバは酒肴に良く合います。

 12月30日に届いた物 
     イカの黒作り・白子
     タラの白子は鍋にするか有馬煮でとメモが添えられていました。
     今回は有馬煮にしました。
     普通は鍋で食べたり、チョと火を通してポン酢でたべたりします。
     甘めの有馬煮は始めて作って見ました。
      日本酒に合いますね。
   
 12月30日のこの日は辛子明太子を1㌔送って頂きました。3軒用に分け、取り敢えず冷凍にしました。これから徐々に解凍して食べることになります。
 瀬戸さんはこの明太子やササミジャーキー、またシイラのトバ等は東関東大震災の災害義捐金として売り上げの中から寄付しております。とても立派なことです。昨年分もブログ上で報告をなさっております。

      辛子めんたい  白子有馬煮

 辛子明太子は100g450円です。瀬戸さん手作りの無添加の物です。
              
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大晦日の餃子

 中国北方 小麦粉食文化が根付いています。日本でも戦後から多くの人が食べるようになっている餃子
 その餃子を食べるのにとても重きを置いているのが過年と言う時に食べることです。
 餃子の字を見ますと旁が交と言う字ですね。交差する交 交わると言う交
 NHKの中国語の老師はこの話を毎年のように話されていました。
 過年と言いますのは大晦日から元旦へと繋がる深夜と言うことです。その過年に餃子を食べるのが家庭の行事だそうです。
 大晦日に8階の老師が夕刻 大きなお盆に一杯の餃子をお持ち下さいました。

       大晦日の餃子

 中国では農事暦と言いますかお正月は春節と言われ、家庭では一年で一番大きなイベントですね。
 春節には都会に出ている人も故郷に帰りますね。帰郷する人が大きな駅を埋め尽くしているニュースを見ますね。北方の故郷に帰った人は、家族と一緒に餃子を作り、そして食べると言うのです。聞くところによりますと、中国でも少子化と言うこともあり、また若い人は帰らないことも多いそうで、冷凍餃子を買う人も多くなっているそうです。

 8階の老師は大晦日に餃子が良かろうとお考えになったのかも知れませんね。
 食べ切れなければ冷凍でどうぞと仰り8階へとお戻りになりました。

 昔そう私が11,2歳の頃 餃子を良く作りました。一回に作るのは100個以上だったと思いますね。
 ひき肉は使わず、包丁で叩いて細かくします。叩くのは私の役目でした。皮は勿論手作りですよ。ですから今でも皮作りは自信があります。

 餃子の中に銀のお金の代わりにナツメを入れるという風習が北京にあるそうです。全部に入れるのではなく、幾つかに具と一緒に包むそうです。そのナツメの入ったのを食べた人には良いことがあると。そう言うことです。

 瀋陽の博物館で見た小さな小さな銀のお金 清朝時代に使われた物です。元宝銀(馬蹄銀)と言われる物ですが、実際に大きな取引に使われたものは、大きな塊で1800gものだそうです。その形は餃子の形の元になっているそうです。

       瀋陽での銀貨幣

 大晦日に頂いた餃子は直ぐに冷凍にしまして、半分を今日の昼に頂きました。
 癖が無くさらりと食べられました。今回の具は豚引き肉、エビ、韮と所謂三鮮餃子です。
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年頭に当たり

 素晴らしい朝を迎えました。皆々様にはお元気で元旦の朝をお迎えのことでございましょう。
 寒さもこれから厳しくなって参りますが、皆様には風邪など召されませんよう願っております。

    
 今年の目標  老人夫婦二人で体調管理を確りと進めて行くこと。
           転ばない。
           風邪を引かない。
 
 今年の願い  孫や娘たち家族の健康と成長

         鶴亀図

 後4カ月で満82歳となります。これからも何とかブログも書き続けて行きたいと思っております。
 老婆の拙いブログですが、年頭に当たり今後ともご支援下さいますようお願い申しあげます。
 

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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