2013-02

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鯨のたれ

 日本での沿岸捕鯨の基地は4か所あります。その一つが千葉県は和田町の基地です。
 今は和田町だけですが、随分昔は白浜の乙浜港も基地でした。更に遡れば内房の勝山も基地だったと聞いております。
 沿岸捕鯨の対象になる鯨はツチクジラです。年間捕獲する頭数も決められているそうです。
 
 暫らくぶりにツチクジラの干物 通称タレと呼ばれているものです。が来ました。
 以前と比べて厚みもあり、硬さもま~老人にも無理なく噛め、味も食べ易く、冷凍になっています。

     肉厚くじらたれ  焼きくじら

 厚みもあり、硬さも随分柔らかくなっていましたので、軽く火で炙った後、キッチンハサミで切り分けられます。
 昔のタレは硬くて(最もキッチンハサミなんてありませんでしたね)出来るだけ熱いうちに手でちぎりませんと駄目なんです。
 乙浜で鯨が上がった頃、鯨が港に入ったと分かりますと、町の大人が駆け付けます。誰でも買うことができますから、女性は籠を背負い、その中にバケツや桶を入れて解体する港に急ぎます。
 男性は先ず鮮魚店の親爺さんですね。自転車で飛ばして行きます。

 その買ってきたクジラは塩に漬けて乾したのがタレと言われる物です。塩加減は家や店によってまちまちです。
 未だ車社会ではありませんでしたから県道の傍でも魚屋は干していました。また町の至る所でクジラを干すのが見られました。
 このクジラの食べ方は干すだけではなく、家庭では味を付けて煮ます。買って来たクジラの塊を3~4センチ角位に切り、一回茹でこぼします。その後家の好みの味に煮付けて、佃煮のようにします。
 時期が夏ですので、多くの家庭では子どもの弁当に入れたり、海女は潜りに行く時のオカズに持って行きます。
 クジラは匂いがあり、それを嫌う人も多く、知る人ぞ知ると言った食べ物ですね。

 千葉県JR館山駅の東口の駅舎の北側にクジラ弁当の店があります。そこで使われているのはツチクジラです。
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チャイナドレスは素敵だ 74

 チャイナドレスの特徴の一つ それは立ち襟でしょうね。
 襟が目を引きますから、とても大事なことです。またこの襟によって首筋にある皺が見えません。そう言ったことで、中高年の方にお薦めのドレスです。
 土曜日に見えた生徒さんは予定通りの宿題を済ませて来ました。
 前回は身頃の裁断を済ませ、宿題はダーツを縫い裾のヘムを縫うことでした。そこまで済みました。
 今回は前後の身頃の肩を合わせて縫いました。それを済ませて襟刳りの裁断です。

       襟繰りを描く

 右側は後ろ身頃です。左側が前身頃になります。首が丸いと言う意識を持ち、線を描きます。上の半円の外側にメジャーを立てて寸法を測り、問題がなければ丁寧にカットします。
 今回はその後 襟の型紙を作り、仮り襟を作りました。
 
 襟はその人の首の長さや形で作ります。体型を最初にキチンと見て置くと言うことが大事です。

      襟

 このようにキチンと首に添っていますと、姿勢もよくなり、立ち姿がすっきりと見えます。

 
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矢張り作りたくなる

 夫の希望もありますが、本来私もお鮨が好きなんですね。ほんの一口でも、また一貫でも毎晩食べたいのです。値引きされた店頭でパックのを買うこともありますが、出来れば安い良い材料で自家製の鮨を作って食べたいと言うのが基本です。
 この10日間 ま~作った方ですね。

 先ず炙りカンパチの握りです。これは一番高くさくで買いましたので、600円です。勿論小父さんのお勧めです、新鮮で脂が乗っています。炙りはさくのまま炙りました。もう少し火を入れても良かったような気がします。

              炙りカンパチ握り

 後は全部 材料の鮨種は400円以下  品物も良く、お買い得のようなものです。
 こう言うのを手に入れると凄~く得した気分になります。

     ほうぼうの握り  バチ中落ち丼

     貝4種ちらし  鯵握り

 ホウボウは身が締まっていてなかなか良かったですね。
 鯵ですが一尾20㎝ほどのが200円 この一尾を降ろして皮を引き、先ず2枚にします。尻尾の方を一枚うすく切り、次に血合いの所を骨と一緒に切り落とし、残りを4枚に切り、それに包丁を入れて開き大きくしました。 これはチョッと上手く行ったな~と思っています。この手は時々使えそうです。
 200円で10貫ですよ。回転ずしも真っ青でしょ。
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青島の思い出・・7

 今年は中国も寒いようです。子どもの頃の青島は寒いことは寒いのですが、寒さの中子どもは何処も同じ。
 元気で動き回っておりました。寒い日は校庭に集まり、押しくらまんじゅうという遊びに夢中になります。
 その遊びは日本に帰国してからは経験しておりません。
 遊びは女の子だけだったのかも知れませんね。男の子のは記憶に無いのです。 
 押しくらまんじゅうは 先ず参加する子どもは全員外向きになり、輪になります。中心から外へと背中を合わせて、押し合います。「押しくらまんじゅう 押されて泣くな」と声を上げて中心へと押します。
 その内力が弱いと輪からはじき出されて仕舞うのです。声を張り上げて遊びます。

 今日は中国や台湾で元宵節と呼ばれる日です。中国の正月 春節から10日目 今年は今日がその日です。
 元宵節には高脚踊りが街を練り歩きます。付いて歩いて行くほどまではしませんでしたが、家の前の道路に出ては眺めたものです。

        高脚会

 この古い写真は1940年頃のものです。青島から少し農村の方になる所だと思いますね。
 着てる衣装が地味ですが、私の見た姿は武将であったような気がします。通りに人が出て来ます。高脚はそう早くは歩けませんから、くねりながら通って行きます。何か音楽が一緒だったかどうかは覚えていません。
 元宵節になるとこの高脚踊りを楽しんだものです。

 先日中国語の老師に北京ではどうですかと伺いましたら、北京では王府井等の盛り場へと繰り出して来るそうだと話されておりました。高脚踊りと画像で調べて見ましたら、北京ひまつぶしと言うブログに春節の風景で高脚踊りに出会いました。北京では春節でもこの高脚踊りが見られるようです。

        北京の春節

 これを見ますと青島でも春節や元宵節には今も高脚踊りが繰り出しているのかもしれませんね。

 元宵節に食べるという元宵圓というお団子をNHKの中国語教室で王老師の指導で作り食べたのを思い出します。
 米粉らしい粉なを使い、小さく丸いお団子を作ります。中に小指の先ほどの餡を包むのです。それを茹でてお椀によそい、お湯の中のお団子を食べます。
 
 青島の冬 空気が乾燥して空も綺麗になっていました。その寒い日 道路に座った男性が糝粉細工の人形を作って並べています。しんこに色を混ぜて京劇の人物のようなのを作り、台に立てています。
 とても綺麗で、傍にしゃがみこみジッと眺め続けたものです。王老師に聞きましたら、今は見られないと言うことでした。
 上の北京ひまつぶしさんの画像を見ましたら、下の方に京劇人形と言うのを見ました。この姿が糝粉細工と同じ様な物でした。

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割れせん

 昨日 一階のアーケードにあるビッグボスという酒屋の前を通ろうとしました、目に入った「割れせん」
 あれ!と思わず顔を近づけて眺めました。

        198円の割れせん

 目についたシール これが割れたお煎餅のように見えます。でこれ一袋だけかと思いきやどれもこのシールになっていますし、袋に印刷されているのです。手に取って見ますと、お煎餅その物に厚みがあり、如何にも美味しそうなお煎餅です。
 中にはいろいろとり混ぜて入っております。 値段が198円
 
 レジに行き係のお嬢さんに「これね~楽しいじゃない。お煎餅に合わせてあるのね」と言いました。
 「ええ?気が付きませんでしたよ。そう言えば合っていますね」とやや驚きの様子です。
 でも分からなくても仕方が無いと思うのです。この酒屋さん 店頭に並ぶ品物は毎日のように変るのです。
 一体何処から持って来たのと言う程、安い物が並ぶのです。
 袋も箱も大きいので、我が家には多すぎて先ず買えません。
 酒屋ですが、キッチンペーパーなどが並ぶことも良くあります。お菓子もありますし、酒のおつまみに良いような乾き物の袋も種類が多いのです。
 前はワインを買いに時々行きましたが、今はネットスーパーに頼みますので、買うのは調理用の日本酒と味醂位です。夫はノンアルコールのビールを時々買いに行きますがね。
 
 でこのお煎餅 家で袋を開けて食べて見ましたら、歯応えも良く、味もなかなかです。今日はあるかどうか分かりませんがもう何袋か買って来ようと思っております。

 ところでこの袋は表裏に同じ形の割れせんの模様が印刷されているのですね。考えて見ますとなかなか上手な売り方のような気がします。自家製のお煎餅を割り、詰め合わせて割安感を出す。お煎餅の好きな人は人でいろいろな味が楽しめる。何となく感心してしまいました。
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猫とKFC

 直ぐ下の妹は心優しく、人には勿論 生き物への愛情も細やかです。
 子どもの頃から猫を飼い、その猫に出来るだけの愛情を注いでいました。
 ですからその妹の猫好きを知っていると思われる人が、我が家の前に猫を捨てに来るのです。
 田舎の人は素朴だと良く言われますが、勝手な人もいるのですよ。
 
 その妹とは戦時中手を取り合って生きて来ました。今は一人暮らしですが、猫好きは変っていません。
 自分の猫の他に近所の遊びに来る猫にも餌を上げて可愛がっております。
 
 その妹はフライドチキンが好きで、街に出掛けた時にケンタッキーに寄りフライドチキンを買って帰るようです。

         ケンタッキー

 ケンタッキーと言うだけでも今やフライドチキンだと分かりますね。美味しくて子どもから老人まで知っています。余程の過疎の町でも無ければ大抵は近くにあるのではと思いますが?

 そのフライドチキンを持ち帰ると飼い猫は直ぐに匂いを嗅ぎつけ、よこせと踏ん張るようです。
 妹は自分が食べたいから買うのですから、仕方なく台所に行き、居間に背を向け、立ったまま食べると言うのです。それでは街の店で食べて来たらと思うのですが、気の弱い妹は一人店のテーブルに座って食べるようなことは出来ないんでしょう。それとバスの時間もあるのかも知れませんね。
 猫に分からないように、背を向けて立ったままフライドチキンを食べている姿を想像すると、笑ってしまします。
 
 先週チャイナドレスを習いに来た生徒は生後4カ月の子猫を飼っていると言う話から、妹の猫の話になりました。
 ところが彼女の住む市では野良猫を捕まえるのに、ケンタッキーフライドチキンの匂いを使うと言うのです。
 具体的にどう言う方法にするのかまでは知りませんが、この話を聞きますと猫を呼び寄せる時にはこれだと思いました。

 チョッとケンタッキーでも話が飛びますが、2001年3月 中国の杭州に行きました。
 現地ガイドの若い女性は「ここにはケンタッキーがあります」と得意げに説明をします。何となく杭州はモダンでしょと言う感じです。ツアー客は誰もへ~とかほ~とか言いません。
 ケンタッキーの看板を見ますと思い出します。
 中国の街がテレビで見られるとき「肯徳基」と言う看板が出て来ます。今や中国でも至る所にケンタッキーのチキンが売られていると言うことですね。
 鶏好きな中国人の胃袋も満足なんでしょう。 
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紫人参は油が合うようだ

 娘の言うシリーズまでとは行きませんが、折角買った紫人参 出来るだけいろいろと試して見ようと台所に立ちます。
 どうも和風の煮物のような惣菜には合わないようです。最初口にしたのが中華ですから、油を使うのが良さそうだと、調理して見ました。(大袈裟な良い方で失礼)
 それが良かったのですよ。和風に他の野菜と卵とじなどもして見ましたが、ま~これからも作ってと言う程の美味しさではありませんでした。これからの課題(これも大袈裟ですね)でしょうね。
 
 揚げ物と、中華風の物を掲載しましょう。私の和風のはお薦めではありませんから没

     紫人参・シイタケ・茄子・ハス・ころ柿・大葉の天麩羅  紫人参の酢豚

     紫人参・あんかけ焼きそば  紫人参・牛蒡・鰯フライ

 酢豚と焼きそばですが、色と食感を活かすために、中華の基本の通り材料を先に油通しをしました。
 先ず小ぶりの揚げ鍋に油を沸かします。やや低温で野菜をさ~と軽く順に上げて行きます。
 横に小ぶりの中華鍋を置き、油通しをした野菜を網杓子で掬い、中華鍋に入れます。
 さやいんげんは別にして揚げます。それから野菜の最後に紫人参を揚げます。
 野菜の油通しを済ませたら、下味を付けた肉やイカなどを揚げます。

 全部揚げ終わりましたら、中華鍋をコンロに載せて火を点けます。既に材料に油が付いていますから、新たに油は要りません。強火にして鍋の中で材料が確り熱くなりましたら味つけです。最後にさやいんげんと紫人参を加えて出来上がりです。
 時にはそれにオイスターソースを掛けたり、ごま油を垂らしたりするのも良いでしょうね。
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真鯛のムニエル

 久し振りに魚屋の小父さんと会いました。
 何だか身辺忙しいようで、私が買いに行く時間に居合わせることが少なくなっていました。
 
 「小父さ~ん 今日は!」 「あれ お母ちゃん 良い物が入っているよ」
 「何々 見せてよ」 「これこれ天然だよ。注文を受けてさ~だから一箱仕入れて来たんだよ」

       天然真鯛

 「綺麗ね~ 美味しいだろうね」 「持って行くかい」
 「じゃ一尾ね」 「何にするの」
 「塩焼きかしら、それとも半身を刺身して、半身を湯ひきにして明日のお鮨にはどうかしら」
 「どれも良いね。とに角塩焼き用にして置くよ。一回りして来て寄ってよ」

 ところが気が変りました。鯛の刺身は良く並んでいますし、塩焼きですと厚さがあり、焦げが強くなりそう。
 そこで三枚に下ろしてムニエルにすることにしました。

       天然真鯛ムニエル

 これは正解だったような気がします。とても味が良く、皮も美味しく食べられました。

 で次の日 興味はあの鯛です。店頭には全く見当たりません。お鮨の中にもそれらしき鯛は見えません。
 小父さん 注文した人に全部買って貰えたのかしらと、気に掛かっております。
 私が何も心配することではありませんがね、どうなったかのプロセスが知りたいのです。
 まだ今日まで会っていません。知りたがりやは待ち遠しいです。
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万華鏡作りワークショップに参加

 高さん 世界の人形館と言うプライベート美術館のオーナーです。ご自宅を開放し、世界各国の人形を中心に珍しい品々を展示しております。
 中でも最近は人形と一緒に万華鏡を見に来る方が増えて来ているそうです。
 高さんと親しい万華鏡作家村越道浩さんの作品も並べられております。私は人形館に伺う度にそれらを拝見し、毎度大きな声を上げて覗いて来ます。
 
 16日の土曜日 手作り万華鏡第2回ワークショップが人形館で開催されました。
 講師は前回と同じ村越さんです。

 今回は前回のワークショップと異なり、万華鏡の本体は村越さんがお作りになってお持ち下さいました。前回は万華鏡の筒の中の鏡は正三角形に組みましたが、今回のは二等辺三角形の物です。その二等辺三角形の鏡の万華鏡の先端にキャップをはめて覗くいう方法です。

              万華鏡セット

 上の左の筒が万華鏡本体です。右へと透明なキャップ 霞を掛けたようなキャップ 一番右は黒い所のあるキャップ
 でこれらのキャップは小さな可愛い物を入れて筒の先端に嵌めます。そうしますと万華鏡の鮮やかな色と模様を眺めることが出来るのです。入れる品物はプラスチックや色紙 小さなボタンや針金の入った紐 ビーズのような物など見る人の感性で選ぶことができます。

 村越さんの分かり易い説明を聞き それぞれキャップにいろいろと入れては眺め、凄~い 綺麗~ わ~ 素敵~と声が自然に出て来ます。

              万華鏡皆さん

 今回の参加者は9名 小学校2年生のお嬢ちゃんも見えました。楽しそうです。

 私は帰宅後 3種類のキャップに同じ物をいれて眺めて見ました。透明で無い2個のキャップには中の品物が動くように短い棒が付けられています。筒を回す度に模様が変ります。

     万華鏡透明  万華鏡曇り

 上の左は透明のキャップの万華鏡 右はすりガラスのよう部分のあるキャップの万華鏡

     万華鏡黒   ブータン万華鏡

 上の左は黒の部分のあるキャップの万華鏡 右は人形館に展示されています村越さん製作の万華鏡、目から覗く万華鏡となっております。

 最後に記念写真を撮って頂き解散しました。風が強い日でした。記念写真と人形館のある10階からの眺めをご覧になって下さい。

     万華鏡記念  筑波山を望み

 村越さんのホームページは→のからご覧ください。素晴らしい作品に出会うことでしょう。
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お助け3冊

 若い時の勉強不足 毎日チョッと自己嫌悪に陥ります。それですから手元にいろいろな辞書や事典を置いております。
 重い物は書棚に並べてありますが、小型で便利な物は手の届くところに置いています。座右の書(何を指すかは人によって違いますが)と良く言いますが、確かに右に置いていますと取り出すのも直ぐに出来ますね。右手を伸ばし引き出しから取り出します。
 この3冊は私のスカスカ頭に補給をして呉れます。

      実用万年暦  中国歴代帝王系譜

 実用万年暦は中国で売られています。1901年から2100年までのカレンダーですが、そのカレンダーの内容は詳しく、干支も良く分かります。カレンダーだけではなく、中国の諺や四季に関する様々な生活の方法などが掲載されております。大きさは毛沢東の毛語録のようなもので、厚さも1.5cmほど。
 少し中国に関心のある方は勿論ですが、中国からのお土産にも良いような気がします。

 歴代帝王系譜は日中友好協会が企画 発行された物です。テレビで中国物を見る時には大いに活用出来ます。
 屏風折に作られ、表裏共に直ぐに見ることが出来、これもなかなか便利にしております。

              歴史手帳

 この歴史手帳ですが、今使っているのは2004年の物です。我孫子や柏では見つけられません。これは銀座の伊東屋で買った物です。数年に一度買いましたが、このところ銀座に出掛けることも無くなり、これを使っています。1954年11月20日に第一版(1955年版)が発行されています。
 内容は豊富ですから、お助け版として役に立っています。
 通販でも出て来ませんので、いずれ買いに行きたいと思っております。
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やはり自家製

 一階の魚屋 最近は電話が掛かって来ません。先日小父さんに会いました。
 「最近さっぱり電話が無いけれど。それに珍しい魚も入っていないわね」
 「お母ちゃんよ~それがだよ。知られていない魚は売れないんだよ」
 「そうなの。それじゃしょうがないね。でも良い魚が入ったら知らせてね」
 「知らせるよ。待っていてよ~」とこんなことです。
 
 築36年のマンションですが、最近は若い人も増えて来ています。魚離れが増えているかも知れませんね。
 一尾買うと安い魚もなかなか売れないようです。
 切り身、干物、烏賊、鯵や鯖などが売れ筋のようです。商売ですから売れない物を仕入れてもしょうがないですね。
 
 私の期待通りには行きません。仕方なくケースの中から良さそうな物を買って来て、鮨を作ります。
 夫は自家製が一番良いと言います。
     最近の鮨はこんな物です。

     メカと青シソ握り  鯵ちらし

     バチ大トロ握り  炙り鰹握り

 上のバチ大トロは本当の大トロの部位とは言えませんね。筋っぽくて駄目です。メカジキと青シソは味は合うのですが、目先を変えてと思ったのに、見た目にはちっとも魅力がありません。炙り鰹は美味しかったですね。
 チラシの鯵は一尾使い150円 安上がりです。散らした玉子焼きは二分の一個分です。甘煮椎茸は冷凍のを戻します。簡単ですね。
 最近はこの鮨が一人では多すぎるのです。時には押し付け合いお腹に押し込みます。
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ウソを言って良いの~

 昔子どもの頃大人から良く言われた言葉「ウソは泥棒の始まり」ってね。
 思い込みはウソと違うんですね。
 でも今回の思い込みはウソ~と言いたくなります。

       朝食2月7日

 朝日新聞の2月7日の朝刊のトップ 見出しに見える大きな文字白ぬきで「東電、国会事故調に虚偽」と書かれています。虚偽ってウソって言うことではないですか。お婆さんはそう受けとめますよ。

 でこの虚偽と言うことの内容は東電の一部長が思い込で説明したと言う話です。
 12日の衆院予算委員会で広瀬直己社長が辻本清美議員の質問に答えています。
 もう少し詳しく書きますと、平井俊光企画部長(当時)が暗いものだという思い込みで説明した。と言うことです。
 テレビを見ていた私はおかしいんじゃないの。と直ぐに思ったのですよ。
 
 東電にとっては重要な案件だと思うのですよ。国会事故調査委員会で説明をするならば、社内でキチンと内容を精査し(これは良くおエライさんが使う言葉ですが)齟齬の無いように打ち合わせをしていると思うのですよ。
 え?あんたボケたんではと言われるかしら。まだ何とか普通だと思うのですよ。その婆さんはこの社長よくもこのような説明で人々が本当だと思っているのかしらと、頭を傾げてではなく頭を違う違うと左右に振って仕舞いましたよ。
 
 今日の天声人語はこのことを指して書かれています。

『フランスの怖い童話「青髭(あおひげ)」に、秘密の小部屋が出てくる。夫の留守中、禁を犯して入った新妻が見たのは、先妻たちの死体だった。「開かずの間」にはえてして、宝ではなく家主の弱みが隠されている▼1年前、福島の原発に乗り込もうとした国会の事故調査委員会は、家主の東京電力に「今は真っ暗」と制された。実は1号機の覆いは光を通し、照明もあった。この状況で4カ月が過ぎた後の説明だ。勘違いとは思えない▼東電は同行を拒んで抵抗した。「恐ろしい高線量地域に出くわす」「転落が怖い」「がれきが散乱」と、「開かず」の理由を並べて立ち入りを断念させている▼事故調の関心は、建屋4階の非常用復水器にあった。電源が落ちても使える冷却の切り札はなぜ、肝心な時にしっかり働かなかったのか。地震の揺れで早々と壊れたのなら、事故は東電の言う「想定外の津波」だけが原因ではなくなる。原発の耐震性が問われ、再稼働は全国で滞るはずだ▼「説明者が暗いと思い込んでいた」。東電の社長は国会で、調査妨害を否定した。現地も知らぬ社員に任せていたのが事実なら、国政調査権もなめられたものだ。まず議員が怒るべきだろう▼原子力ムラは原発より政権の「復旧」で一息ついたようだが、最悪の災害は消しようもない。原因と対策を世界に報告するのが東電と日本の使命であり、臭い物にフタでは二重の背信だ。皆が、歴史に裁かれて恥じない言動を求められている。無論メディアも同じである。』

 私は最後のメディアも同じである。と言う言葉に?マークを付けたい気分です。
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チャイナドレスは素敵だ 73

 9日の土曜日 新しい生徒さんが都内から見えました。
 学生時代は服飾の勉強をされたそうですが、その後針を持つ機会は無く過ごしていたと言うことで、習うことは久し振りだそうです。
 流石に縫うということの基本は分かっておりますので、飲み込みも早く、初日のスケジュールはスムーズに進みました。

          袖なし裁断

 上の裁断は基本の部分です。布に印をし、寸法を取って形を作って行きます。この画像は以前の物ですが、基本は変っておりません。長年の経験からですが、私の老眼は5㍉の間違いも見逃しません。ですから寸法の取り間違いは直ぐに直してもらいます。
 土曜日の生徒さんは6回の受講で一枚出来ると言うことに半信半疑だったようです。それが予定通りに済みましたので「舞い上がってしまいました」と喜んでお帰りになりました。
 次回は仮縫いの準備 3回目は仮縫い 4回目から6回までは縫い方の勉強になります。そして次に見える時には着て来ることが出来ます。宿題を出しますが、着たいと言う熱意が物を言います。
 この方は探し求めて私に辿りついたと言うことです。きっと頑張って作られると思います。

 私の好きな山口淑子さん(李香蘭)のポートレート2枚を掲載しましょう。

      李香蘭001  李香蘭
 
 チャイナドレスへのお問い合わせは鍵コメでメールアドレス・本名・用件を具体的に書きお知らせください。
 但し反社会的なお問い合わせにはお答致しません。
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紹介します

 先日プリンターの具合が悪なり、時間の迫った物を印刷しなければなりませんでした。
  私には手に負えませんので、毎度お世話になっている若い男性に連絡しました。
直ぐに駆けつけて下さり、無事に事態を切り抜けることが出来ました。
 その若い男性は高井さんと言いまして、マンションの一階に店舗を構えております。
店先に何だか見せたいのか、遠慮しているのか分からない広告らしき物がぶら下げてあります。
何かしらと見ますと、ステンレスの台の写真とそのような製品のオーダーが出来ると
言うのです。

       ステンレス台   ステンレス台2


どういう物ですか。具体的な事はどんな物ですかと、お聞きしましたら、下記のような物だと分かりました。
折角仕事にするのに、と私は思いますね。内容は以下のような話です。

ステンレス製品は衛生面が良く水回りでも劣化や腐食もございません。
 厚みのあるステンレスを使用しているので強度も抜群。 電球を換える際の台としても使用可

 衛生面の高さからキッチン周りでは非常に有効な金属です。

 全ての箇所を指示された採寸でお作りしますので、僅かなデッドスペース(有効に使えない無駄な空間)でも、そのスペースに合わせて作成することも可能です。

 私個人的にはキッチンワゴン(収納)とクッカー(調理作業台)を兼ねた高さのあるワゴンを置きたいのでデザインや寸法などで悩んでおります。

 日本の住宅のキッチンだと調理作業のスペースが狭いですからね。クッカーが別にあると作業が非常にやりやすくなります。下段には調味料をストックできます。

 こんな製品があったらな~という希望を忠実に再現致します。

  既成品のカタログや写真をお持ち頂いて、ここを変更して作ってほしいなどのご要望も叶えられます。

 既成品で欲しい商品があるけれど値段が高いわ!とお困りの場合は一度ご相談ください。既成品よりもお安く作れる可能性も御座いますので。
お見積りやご相談・ご質問はこちらまでt.takai@liberty-gt1.jp 』

お問い合わせは下記までなさって下さい。良い青年ですよ。


〒270-1164
千葉県我孫子市つくし野3-1-101

TEL/FAX 04-7179-1778

E-MAIL t.takai@liberty-gt1.jp

ゴミス・テルナ株式会社

代表取締役 高井 哲朗
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オカヤドカリ

 先日全く迂闊としか言いようのない打撲をして仕舞いました。玄関で灯りが付いてはいないとは言え、何時も伸ばす位置に足を伸ばした筈です。毎日無造作にそこを上がり降りしていますからね。
 履き物を脱ぎ、足を伸ばした途端、突然体が右倒しになって仕舞いました。一瞬のことです。
 痛!!!!暫らくは 痛!! 痛!と声を上げて仕舞いました。
 直ぐにバンテリンを塗り、湿布を貼りました。
 夫が左足の神経痛で鍼治療を受けに行っておりますので、その整骨院に一緒に行き、電気を通して(何と言う方法か聞きそこないました)マサージをして貰い、テーピングをして貰い帰宅しました。
 歩くのも前日までと違い、少し体の揺れが少なくなって来ました。
 先生の話によりますと、きちんと治療を受けると1週間ほどで治るが、そのままにして置くと一ヶ月は掛かりますよと言われました。来週も行くことにしましょう。
 骨折で無くて良かった~。打撲で済んだようです。でも痛いですね。
 
 その整骨院の待ち合いロビーに可愛い水槽が置かれています。水が入っておりませんが、水槽の前に当院にヤドカリがやって来ましたと、張り出されています。
 ええ?どこ どこ?と覗きこみますが、それらしきヤドカリが見えません。
 そこに整骨院の方が見えてスプレーで水を貝に吹きかけました。貝が動き始めました。足が見えます。

       ヤドカリ1

 「水が無いのに大丈夫なの?」「これはオカヤドカリって言うのですよ。台湾からのお土産です」
 先入観って凄い物ですね。海岸の渚には沢山のヤドカリが見られます。ですが岩にも這って来ますが、潮が満ちてくれば水面下へと降りて行きます。
 調べて見ますと、このオカヤドカリってとても早い時期から日本に入って来ており、飼いやすいペットのナンバーワンだと言うのです。
 チビ孫は知っているでしょうね。ペットショップに良く行っていますから。でも飼いたいとは思わないでしょう。
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食の記事が多い

 夫が「最近ブログに食べ物のことが多いね」と言います。そうなんですね。外に出かけるのは病院、整体、それと時々スーパーですね。それ以外ですと娘の運転でジョイフル本田守谷店 時には何処かの食事処
 結局食や料理に関しての情報と、実際が多くなるのですね。
 「情報と実際」なんて言いますと何かの勧誘か、マニュアル本のタイトルのようですね。

 というような訳で今日はさごちのムニエルをアップします。レシピではありません。カテゴリーは料理・食品です。
 さごちは鰆の小さい物です。私は西京漬けを良く作ります。白身で癖が無く食べ易い魚です。
 夫は小骨が多い魚は苦手 ですから鯵の干物も骨付きでない片身を夫に出します。
 元々子どもの時から魚好きで、母が干物を見せて「どっちが良いい?」と聞くと必ず「あっち」と骨付きの方を指したという私には好都合です。ですから聞くまでもなく魚の出すのに間違いはありません。

 ムニエルは骨付きでは難しいので敬遠。何時も三枚下ろしにして焼きます。
 
         さごちムニエル

 美味しかったですよ。鰆ですと刺身も美味しく鮨種にも良いですね。また照り焼きも良いですね。
 今回も安くて片身で350円 二人の晩ご飯のメインです。私はあとちょこっと摘まめば終わりです。
 
 毎度のことながら、食べたい時には食べられず、食べられる時には食べられずと喋っております。
 戦中戦後の飢餓状態への共通の思い出が出て来ます。
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思い出しました

 2月4日に「伊東のファームのクイムシさん」と言う方からコメントを頂きました。
 このクイムシさんは千葉県の茂原市で貸農園を始めた方だと知りました。
 父方の祖父は茂原の出です。付き合いはありませんが、親戚があります。子どもの頃数回その祖父の実家に遊びに行ったことがあります。
 祖父の実家は駐伊大使をしたこともある白鳥敏夫さんの近くで、そのことから日独伊三国同盟という言葉を子どもの頃知りました。調べて見ますと可なり話題になった方のようです。
 祖父の実家には水の湧く浅いけれど広い池がありました。そこには川エビのようなエビが泳ぎ、水も綺麗で海の浅瀬と違い、とても印象に残っております。 
 チョッと茂原のことが長くなりましたが、その茂原に藻原寺というお寺があります。
 ある時そのお寺の住職の奥さま 副住職ですが、彼女から節分の豆まきに来ませんかと誘いの手紙が来ました。彼女は私より一歳年上。中国青島では近所に住んでおりました。
 折角のお誘いですが、私は行けませんので、大学のクラスメートの伊藤豊人さんに若しかしたらと案内状を送りました。
 彼は秋田県出身でしたが、仕事関係で茂原に居を構え、定年後も住み続けていました。
 案内状を見た彼は初孫の誕生記念にと豆まきに参加しました。とても喜んでいました。

 昨年暮 奥さまからの手紙と裃姿の彼の写真が送られて来ました。9月5日に彼は家族とお別れをしていたのです。奥さまの手紙には豆まきをとても喜んでいました。有難うございますとありました。

         豊人さん豆まき

 伊藤豊人さんがある時奥さまと一緒に私の職場に訪ねて来ました。網膜剥離で日大病院に見えたのです。その時私は後日同じ眼疾に掛かるとは思いもしませんでした。彼は手遅れで回復がままならず、最後は失明状態になっていたのです。私は彼の手遅れの事を知っておりましたので、目に異常を感じた時直ぐに井上眼科に行きました。網膜剥離と診断され手術を受けて今日があります。彼が訪ねてきて呉れたお陰です。

 1月25日に元明治大学学長をなさった山本進一先生のご逝去を新聞紙上で拝見いたしました。
 1981年に開催された学部の合同クラス会の時の記念写真があります。

      1981年合同クラス会記念

 前列真中が山本進一先生 山本先生の左側は小出廉ニ先生(元学長)一番左は古関吉雄先生
 山本先生の右側は見波精先生です。
 伊藤さんは後列右から3人目です。背が高く、裃姿もその背の高さを感じますね。
 22年も経ちますと、生きて会える人は限られて仕舞います。この13名中3名を残し皆遠くに行かれて仕舞いました。
 後列左側から3人目 彼は今年米寿になったそうですが、元気で北海道の滝川に住んでおります。
 後列右から2人目 彼も同級生の奥さまと元気にしております。
 
 成田山の節分の豆まきを眺め、そうだ伊藤さんの裃姿の写真が有ったわと思い出した所に茂原の方のコメントでした。
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探した紫人参

 先だって来 探して、探してと言う言葉のように探した紫人参
 アマゾンで見つけました。良~く眺めて見ますと産地直送の品物です。これを見過ごして終えば、また何時の事になるやらと直ぐに注文をしました。
 いろいろと試食したいし、娘にも食べさせたいし、親しい方にもこの際だから差し上げたいと3袋送って貰いました。

     紫人参到着  紫人参サラダ

     紫人参と茄子のピーナッツ味噌  紫人参大根ステーキ

 先日中華料理店で初めて食べた紫人参ですから、どうしたら美味しく食べられるかと、PCで調べました。
 どうも生で食べるのが無難な感じです。で先ずサラダにして食べました。
 翌朝の一品に茄子の横に添えました。茄子は良く油を敷いて焼いていますので、同じフライパンで紫人参も焼いたらと思い、盛り付けの際下になる面に切りこみをして焼きました。ピーナッツ味噌を添えました。
 昨晩は大根と合わせてステーキ 味は自家製の焼き肉のたれを使いました。

 上の三点 何れも美味しく頂きました。分かったこと アマゾンの紹介する内容には色落ちは殆んど無いとありましたが、ありましたよ。再度調べて見ますと、スープに入れたら色が無くなったとか、事例が出て来ました。
 ですから、今後の調理には出来るだけ短時間での加熱が大事ではないかと思ったことです。

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青島の思い出・・6

 1940年の頃 中国青島の暖房は石炭でした。山東省の内陸部には石炭を産出する地域があり、そこから運ぶのか、或いは大連から船で運んで来るのか。何れにしましても石炭は厨房でも使っておりました。
 家には石炭の大きな竈がありました。コンロは2台 火力は強く、母はそれを上手に使いこなしておりました。
 冬の間は石炭ストーブを昼夜焚き続けていました。
 母はそのストーブの上でシチューやポトフを作ったりしておりました。大きく切った野菜をお皿に盛りつけ、必ずナイフとフォークを使い食べさせるようにしておりました。
 とても先進的な考えを生涯持ち続けた母らしい子どもへの接し方でした。私は既にナイフもフォークも使うことは出来ましたが、妹と弟はまだ使いこなせる歳になっておりませんでした。
 ストーブを一日中焚いていましても、朝になりますと窓ガラスには綺麗な氷結の模様が広がり、目が覚めるとチョッとその模様をかきむしる様に爪を立てたものです。

 石炭は冬には何時も焚いておりますが、暖かくなって来ますと、用が済めば火を落とします。
 母は木炭を即墨という郊外の村から馬車で買い、それを知り合いに分けて上げておりました。炭俵を知り合いに届けるのは私の役目でした。すき焼きなどはコンロに炭火を入れ、その上に鍋を置いて煮ていました。
 道路に屯している人力車(ヤンチョ)の一人は母がとても信頼している中年の男性です。彼は座席に私を座らせ、足元に俵を置きます。市内の知人宅に走りますから、街の様子が良く分かります。面白くてそのお使いを嫌だと思ったことはありませんでした。
 母は豪気ですから、今の煙台から葡萄酒(ワイン)も季節には箱で取り寄せておりました。
 父は体質が全くアルコールを受け付けませんから、酒好きの母の体質を私は受け継いだようです。

 話は変りますが、石炭の火を落として仕舞い、急に熱い飲み物をなどとなりますと面倒なのです。
 当時青島ではお湯を売っていました。
 近所の東側一本下の道路 その辺りは中国人の集合住宅があり、その一軒はお湯屋です。四六時中店の外にピーピーと鋭い音を出して音と一緒に如何にも熱そうな湯気が噴き出ています。
 でそのお湯屋にヤカンを下げてお湯を買いに行くのが私なのです。何でも長女ですよ。
 妹と一緒に買いに行きます。当時ヤカンで一杯は一銭だったと思います。鶏卵は4銭?そんなものです。
 ヤカンのお湯を持ち帰るにはとても慎重にしなければなりません。時々下に下ろして持ち換え家に戻ります。
 熱い紅茶を入れて呉れましたね。
 
 青島関連の写真を整理してありますが、その中の一枚に郊外のお湯売りのがあります。
 ヤカンが私の記憶にある中国人の使っていた物とそっくりです。

        熱湯売り

 これを見ますと丁度人々が買いに来る頃かも知れませんね。ヤカンに熱湯が入っているのでしょうか。
 中国では当時物をまとめ買いをすると高く、少し買うと安くと良く耳にしました。どう言うことかと言いますと、沢山買える人は裕福な人 だから高く買って貰う 少しずつしか買えない人は収入が少ないから安くしてやると。私もそれを信じていました。これは誰かに何時か聞いて見たい事の一つです。
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牛蒡のフライ

 二女から電話 「チョッと来て」「ハイ何でしょう」「チョッと味見して」「ハイ直ぐ行きましょ」
 
 二女の娘 インフルエンザで学級閉鎖 パジャマ姿でいました。既に先月大熱を出して罹っていますので、元気そのもの。二女は用があり、どうしても出掛けなければならないそうです。
 そこで出掛ける前に、夕食の一品を作っていました。それが牛蒡のフライでした。

       牛蒡とズッキーニのフライ

 揚げたての牛蒡のフライはとても美味しく、熱々のを3本 それに一緒に揚げたズッキーニ―のフライ、ズッキーニのベーコン巻きのフライとを食べました。
 牛蒡のフライは香ばしく歯応えも良い感じです。美味しいよと連発 
 ズッキーニのフライも結構いけますよ。
 二女はこれは他の人も作っているかもよと言っておりました。若しかしたら若い人には知られたフライかも知れませんね。
 二女の料理は独創的な物が良く登場します。先日は蒲鉾にチーズを挟み天ぷらにし、味見にと我が家に持って来ました。これも良かったですね。手早いのが特徴です。
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チャイナドレスは素敵だ 72

 家に来る生徒さんはHNK文化センター柏教室で長く勉強した方が半数 それ以外に県民プラザ時代の生徒さんや新しくネットを通じて申し込んで来た方とおります。
 ほとんどの方は月1回 月に2回の方もおります。
 昨日午後の生徒さんは柏市の方です。家族の都合で暫らく稽古を中断しておりましたが、昨年夏から見えております。
 私の教えているのは、布地に直接印をして裁断 ですから基本の勉強がとても大事です。
 昨日の生徒さんは「何だかすっかり忘れて仕舞っている見たい」と良く口に出します。ですが5年ほど通っていましたから、縫うほうは大丈夫です。

 目下彼女は社交ダンスを習い、健康管理をしております。社交ダンスのパーティーが時々あるそうで、そのパーティーで着る物を何枚も縫っております。
 パーティーで組む男性はどの方も彼女のチャイナドレスを見て必ず褒めて下さるそうです。
 「何処で買われたのですか」とか「何処に頼んだのですか」と聞かれるそうです。
 「私が縫ったのですよって言うのでしょ。そう言ってね」と私は言います。
 「勿論そう言いますよ。そうしますと驚かれますし、女性の方も驚きますよ」
 「そうでしょ。そう言う筈よ」
 
 社交ダンスでも普通のパーティーでも女性方の着て来るドレスは、どうしても流行の物が中心になります。そうしますと “あれ? あのデザイン何処かで見たわ” “あのドレスはあそこのだわ”とか分かります。
 その中でチャイナドレスがどんなに魅力的に受け止められているか、良~く分かります。

 彼女は綺麗なブラウス風の物を何枚か縫っております。縁取りを取り変えたり、スパンコールを付けたり、またボタンで変化を付けたりして、変化を持たせ、一枚をいろいろと目先を変えて着るようにしております。

 昨日は難しい化繊のサテン生地での仮縫いを済ませました。

     仮縫い準備中  ダンスドレス襟

 デザインは後開きです。踊る時の腕の上げ方も考えてゆとりを取ってあります。
 ダンスの時は姿勢もスキッと伸びていますから、襟が高い方が良いでしょうと、襟も普段着よりは高くしました。
 縫い方ですが、この生地は滑って仕舞いますから、裁断の時から細かく印をしたり、布地を糸で止めて置いたりして置きます。
 裁断で一回 仮縫いで一回 これで後は自宅で縫いパーティーに出かけると言う段取りが整いました。
 
 さあ~パーティーで楽しんでいらっしゃ~い

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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