2015-06

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時鮭のムニエルと弁当話

 鮭は大衆魚と言って良いでしょう。今は小学校も中学も昼食は学校給食ですね。
 私の小学生の頃は勿論、女学校の時も学校に行く時はお弁当持参でした。
 鮭はお弁当のおかずの定番 鮭は塩の効いた塩鮭と言われる物でした。
 当時の鮭は焼いたら先ず深みのある器に入れ、そこに熱いお湯をたっぷり注ぎ、少し時間を置き、塩出しをします。
 それをほぐしてお弁当に入れます。
 日本に帰国して驚いたのは、お弁当のおかずの鮭をご飯と別に、新聞紙で包んで持ってくる生徒がいたのです。
 嘘のような話でしょ。
 お弁当のおかずは塩鮭に卵焼き、ご飯の上には焼き海苔。その海苔も家で焼くのですよ。そんな時代が長く続きました。
 今は塩鮭は塩辛い物、薄塩のもの、甘塩のもの、昔ながらのものなどと表示がされています。
 流通の発達で美味しい塩鮭を頂くことが出来ますね。

 生の切り身は色々なレベルの物が並んでいます。自家製塩鮭を作る時は良く見て決めますが、普段はあまり生の切り身は買いません。
 それが北辰で時鮭が安く出ていたのです。表示も白鮭となっています。時鮭としてはっきりと分かり、買いました。
 これはムニエルにしました。

       時鮭ムニエル・柚子味噌マヨ

 下処理は普通です。オリーブオイルにバターで焼きました。
 タルタルソースを作ろうかなと思いましたが、面倒なのでゆず味噌にマヨネーズを合わせて掛けました。
 我が家洋風の惣菜の時でもご飯ですから、こう言う味が良く合うのですね。
 新発見をしたような気分です。

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誠実が好き

 東日本大震災後のこと娘たちの食生活が変わりました。
 災害発生後のスーパーの様子は思い出しても不思議な光景でした。とにかく水のペットボトルが瞬く間になくなっていました。
 以来水の確保は継続しております。これは多くの方がなさっていることでしょう。
 あの時富山の瀬戸さんは此方を気遣い、お水を沢山宅急便に託し、送って下さいました。
 忘れもしません。誠実な方です。感謝をしております。
 
 柏に放射能のホットスポットがあると知り、私や娘たちも出来るだけ安全な物へとシフトして行きました。
 お米は生協で取っておりましたが、無洗米は当時売り切れがあったりし、生協だけに頼ってはいけないのではと思っておりました。
 そこに手を差し伸べて下さったのが熊本のあかちんさんです。 
 今は無洗米を送って頂いております。
 熊本と言うところは産物が沢山ありますね。近所に住む友人も阿蘇の小国の方で時どき熊本の物を頂戴します。
 あかちんさんのブログを拝見しておりますと、食べたくなるものが出て来ます。そう言う時にはご都合でとお願いします。
 いずれも産地ならではの味と値段です。有難いです。
 今回も昨年美味しかった物を送って頂きました。そうしましたら何と思いがけない渋うちわが同梱で入っていました。
 それは肥後名産の来民うちわと呼ばれている「栗川商店」で作られている物で私の名入りでした。

       渋うちわ(栗川商店)

 手に持ち煽ると動きが実に柔らかく、手首に負担が掛からないようです。老人にも使い易いですね。

 あかちんさんは誠実な方です。ブログを通じて知り合う方の多くの方が誠実な方だと感じます。
 内容にもそれが現れますね。
 
 あかちんさんの所に先ごろN郎♪さんと言うミュージシャンがお寄りになりました。それでそのN郎♪さんからあかちんさんのご縁でCDを頂きました。

       のCDIMG_20150528_0002N郎さん

 N郎♪さんも誠実な方です。確りとしたお考えを持ってご活躍なさっております。

 高齢になりますと人との繋がりが自然に細くなったり、切れたりします。そういった中でこうして新しい繋がりを得るということに感謝をすべきことだと思いながら過ごしております。

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木耳入り麻婆豆腐と餃子

 朝食は和食と決まっております。昼食と夕食は一品作ったり、残り物を食べたり、臨機応変?
 昼食には麺類など粉物にすることが多いですね。最近何だかに出ていましたが、素麺はカロリーが高いとか。
 素麺自体もカロリーが高いそうですが、カロリーが高くなると言うもう一つの理由に素麺には天ぷらなどを一緒に食べるからだそうです。
 我が家も素麺の時は精進揚げを一緒に食べますね。気をつけなくちゃ。最近は冷やしうどんが増えています。

 先日木耳を戻したのです。それが材料の都合で予定の物を作り損ない、冷蔵庫に収まっておりました。
 何かに使わなければと麻婆豆腐に入れました。

       木耳入りマーボートウフ
 
 これが以外に邪魔にならなく食べられました。我が家では木綿豆腐を使います。作り方は極一般的です。
 ただ出来合いのソースのような物は使いません。

 木耳が未だ残っていましたので、木耳を入れた焼き餃子を作りました。これは昼食です。

       餃子木耳・春雨・白菜・韮・貝柱粉

 餃子の餡は豚ひき肉・木耳・春雨・茹でキャベツ・韮を合わせて、塩胡椒で味をつけ、日本酒少々それにごま油少々。
 そして干貝柱の粉末を入れてあります。美味しかったです。
 
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鯒の洗い

 長女が久し振りに北辰に誘って呉れました。行けば必ず声を掛けて下さる店員さんは昼食にでも出掛ける様子で「今日は」と言いすれ違って行きました。
 何時もの通り目移りがします。小さな生簀に珍しくが数尾見えます。

       鯒いけすの中

 う~ん どうしよう。悩みました。結局一尾絞めて貰いました。
 何時か作りたかった洗い 昔母が偶に作って呉れた洗い 夏の魚料理です。
 器に小ぶりのガラスのスノコを置いて盛り付けます。

       鯒アライ

 一尾を洗いにしましたら、多くて食べ切れません。酢味噌を作り醤油と並べて好きなように付けて食べました。
 ガラスのスノコも後で有ったことを思い出しました。料理を見せるのが下手ですね。
 頑張って三分の二ほど食べて降参 刺身包丁の良い方を出せば良かったと思っています。もっと薄く切れたろうと思うのですね。
 次に機会があったらあの包丁を使ってやるぞって言う気分です。

       鯒吸い物

 食べ切れなかった洗い 翌日の晩にお椀にして消化しました。これも反省があります。鯒を澄ましに入れてから、盛り付ける前に僅かなものでもアクを取るべきでした。お椀にアクが見えます。

 この大きな鯒ですが北辰で1450円 夕食のメインと翌日のお椀と出来たのですよ。

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チャイナドレスは素敵だ 105

 チャイナドレスを着て見たい人は沢山おりますね。ですが中々これはと思う物には出会えないと言うのが現状でしょう。
 生徒さんはそこを何とかしてと、自分で作り着ようと習いにお見えになっている訳ですね。

 今週お見えになった一人の方が涼し気な夏物を着てお見えになりました。

             夏物チャイナ

 体型に良く合っております。ファスナー付けも上手になりました。
 今回やることは身頃のテープ貼りです。

   テープ貼り  テープ貼り大襟

 チャイナ・ドレスの裁断、仮縫いが済みますと、ダーツの本縫いをします。
 必要な部分 大事なところと言って良いでしょうね。そこに伸び止のテープを貼ったり、癖どりのテープを貼ります。
 出来上がり線の縫い代側5ミリの幅に糊を塗って行きます。糊を塗りましたら、テープの中心を出来上がり線に載せます。
 それをアイロンで抑えるようにして、確りと貼ります。
 前身頃と後身頃の寸法に差がある所があります。後身頃のウエストから腰の間にテープを貼る時には身頃に癖どりをしながらテープを貼ります。
 それで前後の身頃が一致します。左の写真は後身頃のテープ貼りです。
 右のテープ貼りは、前身頃の胸のカーブのところです。襟ぐりのところから脇へとカーブがあります。
 胸の所には右に下前の生地があり、その上にカーブのある布が重なります。
 この大きなカーブは裁断した時に既に生地が伸びています。そこで伸び止のテープを貼ります。
 切り口の縁に5ミリの糊を付け、テープは切り口に端を合わせて、カーブの癖取りをしながらアイロンを当てて行きます。
 これはとても素晴らしい方法だと思います。

 テープ貼りが済みますと、本縫いをします。襟は最後に付け、出来上がります。

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鯛二品と雑談

 下のスーパーではほぼ品物が決まってしまったようです。
 鮪の良い物が少し、偶に近海物の平目。あまり変わったものはないと言っても良いでしょう。
 真鯛の捌いた物は毎日並んでいます。大方は養殖物で片身が500円前後。
 味噌漬けや何かしらで味を付けた切り身は色々と出ますね。味噌漬けのような物は自分で作っていますから、自然に生の魚を買って来ます。
 養殖の鯛ですが、身が柔らかく、これは刺し身では美味しく食べられそうには思えません。
 火を通すか、生でも刺し身にしないほうが良いと、最近は刺し身にはしません。

      真鯛カルパッチョトマト・新玉スライス  真鯛ムニエル

             左はカルパッチョ 右はムニエルです。

 このムニエルをフライパンの中でひっくり返す時、トングのような物を使えば良かったのです。それを菜箸でしようとしたのが間違い。 
 箸からムニエルが落ちると同時に油が飛び跳ねて指に飛び火傷をして仕舞ったのです。
 料理は好きですから、あまり何かを気にせずに台所に立っています。
 ですが今回の火傷のことを考えますと、確実に指先(体の先端)に衰えが出て来ているのです。

 今日の昼 ペインクリニック内科での診察日でした。特に二人共問題は出ておりませんので、何時もの通りの診察を済ませました。
 今日の先生のアドバイスは毎日鶏卵一個を食べるようにと言うことです。筋肉の衰えはタンパク質で補って下さい。と言うことでした。
 出来るだけ食事の内容はバランス良くとは思いながら作っておりますが、如何せん食べる量が少ないのでそれを上げるには、運動でしょうね。それが二人共どうもいけませんわね。

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困った時のお助け

 パソコンの不調な時や問題発生の時には助っ人さんにお願いし,仕事の終えた後に来て頂きます。
 昨日からデジカメからの取り込みが上手く行きません。
 そこでお願いに行き、夕方調べに来て頂きました。
 夫のPCにもケーブルを繋げて見て頂きましたが、同じようなことで、今日はケーブルを新しくしてみることにしました。
 助っ人さんは私の実力をご存知ですから、間違わないように確認して注文して下さり、お帰りになりました。
 明日は届くことでしょう。
 「明日来ましたら連絡しますので、見て頂けますか」と申し上げましたら「使い方は同じですからご自分で出来ますよ。駄目でしたら呼んで下さい」ということになりました。

 午前中のこと。 必要があって自分用の包装紙を印刷しておりました。

       包装紙

 小さな物を包む時に使います。この模様は一部分です。自分のプリンターではA4です。大きな物には使えません。A3やB4にするときにはスーパーのコピー機で大きくしてきます。
 この手の包装紙に使う原稿は4種類あります。とても気に入っており、友達へのプレゼントを送るにも良く使っています。
 それが今日は何枚か欲しいいと思っていましたのに、途中でインク切れ。前々から切れそうになっていたのはスペアがありましたから、直ぐに交換しました。
 ところが一色が切れたのです。そこでコピーはストップ。
 直ぐにアマゾンに注文しました。お急ぎ便で先程届きました。良かった。

 
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沖縄慰霊の日

 今日は太平洋戦争で沖縄での戦いが組織的に終わった慰霊の日と言うことで戦没者追悼式が挙行されました。
 平和の礎に241336名の方のお名前が刻字されたと言うことです。

      平和の礎  沖縄の蝶

 今日一日追悼式の様子や沖縄での戦いの語り継ぐ人の姿が流れていました。
 戦後70年だからと言うだけではなく、何時も何時も、語り続けて行くべきでしょう。

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校友との交流

 昨日は明治大学校友会千葉県西部支部の総会でした。
 西部支部と言いますのは、松戸地域支部・我孫子地域支部・柏地域支部・船橋地域支部・浦安地域支部・流山地域支部・市川地域支部で構成されております。
 今回は12回目の総会でした。開催担当は回り持ちで、今回は流山地域支部がそのお役をされました。
 会場は「柏の葉カンファレンスセンター」 
 全体は三部構成で、一部は講演 二部は総会 そして三部が懇親会となっておりました。
 参加者は150名程だったようです。私は卒業年度では上から3番目?だったと思います。我孫子地域支部の参加者は20名
 来賓は大学から橋口隆二経営企画担当常勤理事 その他校友会本部役員・大学経営企画部校友課長・千葉県東部支部長など。
 また今年の全国校友大会開催地の滋賀県から支部幹事さんもお見えになりました。
 橋口常勤理事の挨拶が総会の後にありました。経営企画担当と言う役職の仕事の内容や、大学の現状。また将来への方向など、大変分かりやすい説明で、良かったですね。

 一部の講演会の後、総会は順調に終了。全員での写真撮影を済ませて懇親会へとなりました。
 私は杖を使っておりますから、周りの方々が気を遣って下さり、有り難く感じたことでした。
 懇親会の会場には支部の旗が下げられております。

         支部の旗

 懇親会の間にはマンクラの演奏もあり、和やかな雰囲気が全体を包んでおりました。
 最後は校歌で〆ですね。

 今回の講演ですが、「日本にマンモスがいた頃」と言うテーマです。
 講師の小疇尚先生は流山地域支部長です。明大で長く教鞭をとられておりまして、山岳部の部長もなさっておりました。

         小疇先生

 講演にはスクリーンを使われました。最初に出ていたのが下の画像です。

        小疇先生のスクリーン

 マンモスがいた頃と言うことでしたので、マンモスに付いて何かお話をなさるのかと早とちりをしておりました。 
 マンモスではなく、その頃の地層のお話でした。
 先生が大学2年生の時に山に行き、瓦礫の斜面を見て興味を感じたそうで、それから地層の研究を進めたと言う事のようです。 
 メモを取っておりませんから、間違っていることもあるかもと思います。地球の寒暖の変化ですが、氷河期と呼ばれる凍土になるような厳しい時期は10万年。温暖期は一万年それが交互に来ていたと言うことには驚きました。
 こう言うお話はそうそうお聞きできません。自分でも何となくそうですか、そうですかと頷きながらお聞きしていたような気がしております。

        小疇先生の教え子

 先生の教え子には多くの研究者が出ております。山岳部の教え子に植村直己さんがおります。
 上の画像の一番下の方に出ている方のことは植村さんのことだと思います。

        小疇先生北極で

 講演の最後の方になって先生がアラスカに行かれた時の奇遇と言いますか、出会ったエスキモーの方との画像が出て来ました。 
 それが上の画面です。
 私は驚きました。岡正雄先生も、祖父江孝男先生も、そして蒲生正男先生も存じ上げていたからです。
 岡先生は長老で直にお話はしたことはありませんでしたが、蒲生先生の研究室には何回もお邪魔をし、アラスカから持ち帰られた品々を見せて頂いていたからでした。何だか臭くてね。思い出しました。
 祖父江先生とは本当に長~くお付き合いさせて頂いておりました。

 小疇先生も地の果てのようなところでの出会いでしたからねと仰っておりました。

 今回の講演に関係する内容を探しました。ここをご覧になって下さい。
 講演をお聞きした方には先生がお使いになった画像を見ることが出来ますから、講演も思い出されると思います。
 
 今日は夏至です。地球は自然界の中で一定の法則に従っているのでしょう。予測可能なことも、出来ないこともあるのですね。
 人間は自然に逆らえません。

 最後に書かせて頂きますが、私は小疇先生が中国青島の第二小学校に入学なさったという青島絡みで親近感を抱いております。
 先生は小学校の入学後山東省済南に転校なさり、戦後済南から帰国なさいました。

PS  小疇先生は5月に流山支部長を退任なさり、西部支部相談役にお付きになられました。

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父の日

 昨晩長女が夫に「明日は父の日なので、プレゼントを持って来たわ。食べてね。バーバには館山の中村屋のロシアケーキを見つけたので食べてね」と二人に甘いものを届に来て呉れました。

     父の日長女から  中村屋のクッキー

     夫への水羊羹と白桃ゼリーは「たねや」の物です。
     右が千葉県館山の「中村屋のロシアケーキ」です。

 夫は健康上の問題でアルコールは☓ 外出も殆どすることもないので着る物はあるもので間に合っています。
 小物も要りません。娘もプレゼントに頭を悩ますことでしょう。
 私にしてみればプレゼントは勿論嬉しいことですが、毎日のように顔を見せて呉れるということが最大のプレゼントです。

 数日見えないと何となく気になり、落ち着きません。夜分でもチョッと寄って呉れますと心が和みます。

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冷やし中華

 気温が上がって来ますと冷やし中華が食卓に上ることが多くなります。
 冷やし中華とは言いますが冷やし中華ソバと言うべきなんでしょうかね。
 中華ソバとは言えこれは歴とした日本の麺料理なんですね。
 
 冷やし中華をウイキペディアで見ましたら古くから食べられたこともあるようですが、今のような色々な具材を載せた物が揚子江菜館だと出ております。
 
 私はこの店のは数回しか食べてことがありません。
 
 先日は近所の中華屋さんで買いましたが、普段は専ら自家製です。

           最近の二皿ですがこんなものです。

      冷やし中華  冷やし中華ブロッコリースーパースプラウト

 左は前夜に食べた豚冷しゃぶの肉を少し取り置いてあった物を使いました。私は怪味ソースを少し掛けました。
 右ですが、昨日夫の眼科術後の検査に付いて行った時に、傍のスーパーで買った「ブロッコリーのスーパースプラウト」を載せました。
 先ごろテレビで栄養価が高い食品だと紹介されていました。食べやすく、癖がなくて良かったです。
 自家製ですと上に載せる具はあるもので間に合わせて作っております。
 家庭料理ってそんなものですね。

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足袋の話

 私の母は明治生まれの田舎者にしては進取の気性に富んでいました。
 町で最初に自転車に乗った女性は母だったそうです。
 ミシンが欲しくて買って貰い、当時のシンガーミシンの扱い方を習いに銀座に来たそうです。
 と言うようなことで、子ども頃の着る洋服は母の手作りで、中国青島時代の着ていたキュロットスカートとそれに合わせた上着を覚えていてくれた友達がおりました。戦後それを聞いた私は驚いたものです。
 田舎の小学校に転校して来た時には未だ着物で通学する女の子がおりました。既に日本の戦局は負け戦に進んでおりました。
 着物に足袋を履いての通学 思い出してもその足袋はどんな物かは思い出せません。

 1944年に女学校に入学しました。私は最初はフィギュアスケートの靴のエッジを外した靴を履いて行きました。
 それは何時迄も履けるものではありません。その後は配給の運動靴や下駄を履いての通学です。
 靴下は母が送って呉れていましたから良かったのですが、下駄には足袋です。
 その足袋がありません。と言うよりもう買える状況ではなかったのです。
 女学校では足袋の型紙を皆で使い回し、手製の足袋を作りました。ですがコハゼの金具が手に入りません。
 仕方なく足首の合わせ目の所に紐をつけて、紐を確りと結び履いたものです。

 過日友人と会っている時足袋の話が出て来ました。私の履き古しの足袋があると言いましたら、要らないのなら頂きたいわって仰るのです。これは昔のサイズで言えば九文半ですね。

        色足袋

 画像を送り、これで良かったらとお聞きしました。とても喜んで貰って下さると言うのです。
 私は20年ほど前まで、色足袋を履き、それに藁草履という生活をしておりました。
 今は下駄や草履などとても恐ろしくて履けません。踵の高い靴なんて飛んでもありません。
 もう無理なことはしないようにと自戒しながら過ごしております。

 履く足袋もなく、手製の足袋を作っても足袋のコハゼもなくなっていた時代 悔しくも切ない思い出でもあります。

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今日の一品と雑談

 長女と北辰に行きましたら、色々と目移りがします。
 生きの良いイサギが二尾で500円 長女はこれを「アクアパッツアにしよう」と言うのです。
 「ね~それって名前は知っているけれど、どうやって作るの」と聞きました。
 すると「~~と~~と~~とでやれば良いのよ」と言うのですよ。
 「じゃ~私もそれにしようっと」とイサギを買って来ました。
 娘が荷物を持って来て呉れましたので「書いて行ってね」と頼みましたらアクアパッツアと紙に書いてあるだけではないですか。
 それでPCでレシピを調べて作りましたよ。

         イサギのアクアパッツァ

 イサギは一尾使いましたが、二尾入れれば良かったと思っています。専門店で食べたことがありませんから、これがそうだと言う自信は勿論ありませんが、中々いけますよ。にんにくを避ける夫も美味しいと言って食べて呉れました。


 一昨日の夕食を作っている時 迂闊にも油を跳ねさせて左手の指三本を火傷させて仕舞いました。
 直ぐに冷やし始めて、寝るまでの間 保冷剤で冷やしたりし、ヒーヒー言いながら過ごしました。
 昨日の朝は痛みはなくなりましたが、一箇所火膨れが出来ております。指の色も変わって来ており、火傷って分かります。
 何となくこの火膨れは潰してはいけないんだと、思いましたが、夫もそう言いますので、そっとして置きました。
 午後生徒さんが見えた時、「ケロイドになるといけませんから、軟膏を塗られると良いですよ」と心配して下さいました。
 今朝PCで火傷のことや火膨れのことを調べましたら、素人判断では火傷の深さが分からないこともあるので、先ず病院と分かりました。
 午後は夫の白内障の手術日ですので、午前中に診て頂きに行きました。
 塗り薬を頂き帰宅。そこでもうお昼は作らないって決めて近所の店で冷やし中華を買って来ました。

 午後夫の手術に付き合い、病院に行きました。偶然親しい方も手術を受けると言うことでお嬢様と一緒に入って来ました。

 手術も終わり、薬局に行き薬を待つ間に私は夕食の買い物に傍のスーパーに行きました。夕方って凄いですね。
 値引きのシールが貼られると、たちまち品物がなくなって行くのです。目をやりましたらカートに入れた握りのパックが安くなっているのです。これは安くして貰わなくてはね。店員さんに「これも貼って頂けますか」ってパックを出し、シールを貼って貰いました。 今夜はこれとあるものでお終い。片付け担当の夫は今日は外して上げないとね。
 それに私の火傷のこともありますからね。超簡単ですよ。

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チャイナドレスは素敵だ 104

 季節が変わり夏らしい一枚が欲しくなります。
 今日の生徒さんが用意して来た仮縫いのドレスはストライプの爽やかな木綿の物です。

             綿ストライプ

 ほぼ毎週お見えになりますので、大分裁断も慣れて来ております。 
 今回は前身頃のダーツと脇縫いの若干の補正で済みました。
 襟は身頃に合わせて裁断をしております。
 前回まで市販のバイヤステープでの縁取りをしておりましたが、今日は身頃と同じ生地を使い、テープを作り、紐ボタンも一組作ることにしました。
 先ず縁取りに使う生地全体に糊を塗ります。竹べらで糊を布地にすり込むように伸ばして行きます。
 すり込みながらアイロンで乾かすようにして、糊をその先へと塗って行きます。
 布地を正バイヤスに切り、縁取りの布を裁断します。

   パイピングとボタン準備  ボタン纏り

 縁取りの幅は6㍉にしました。左の手前の布は縁取りの物です。6ミリの4倍の幅です。
 右の細い紐状の物はボタンを作る物です。ボタンを作る幅は4㍉です。紐の幅は4㍉の4倍で切ってあります。
 紐ボタンの布地は四つ折りにした布を纏り、それをボタンのデザインに合わせて作ります。
 根気のいる仕事です。
 生徒さんは毎回新しいことを知るということでとても楽しんでお帰りになりました。

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南瓜話

 南瓜を身近に感じたのは戦後のことです。どう思いだしても南瓜の料理のあれこれは出て来ません。
 南瓜を植えたり、南瓜を収穫したことは良く覚えております。
 最近のと言いましても、随分経ちますが南瓜の美味しくなったこと。偶に買います。
 店頭で切られてある四分の一のを買って来ます。煮ることが多いですね。偶に天ぷらにもしますが、殆ど煮ます。

      南瓜煮  南瓜茶巾しぼり

 四分の一でも煮ますと最低3回は食べることになります。先だっては最後は皮を捨てて、茶巾絞りにリメーク。

 南瓜話となりますと夫の記憶と重なり、毎回同じことの繰り返しになります。
 戦後の食糧難は一部の農村部の人や有産階級の人はいざ知らず、一般の人々にとっては苦労の連続でした。
 食料確保のために、空き地は南瓜を植えるために耕し、何処の家の庭でも夏には南瓜が成り、それは冬に向かい大事に保存されたものです。
 当時の南瓜ですが、大型の物や、太くて長い物などが作られておりました。
 料理法は先ずすいとんに入れる。そのまま切って蒸す。蒸してもバターなぞありませんから、塩を振ったものです。
 それも偶にではないのですよ。さつま芋、南瓜と毎日のように食事に出てくるのです。
 女学校の寄宿舎では南瓜の蒸したものは出ませんでしたが、さつま芋はご飯の代りに一本を何個かに切った物が出ました。
 戦中から戦後暫く寄宿での食事は今思い出しても粗末なものでした。

 南瓜のことですが、1948年に上京しました。明治大学は今のアカデミーコモンの場所はテニスコートで、コートの下は石垣になっておりました。その石垣の上の空き地に南瓜が植えられており、蔓が伸びて黄色い花が咲いていたのが強く印象に残っております。
 1949年に和泉校舎に行きましたら、隣の本願寺墓地側は畑になっており、そこにも南瓜やさつま芋が植えられておりました。

 叔母の家は雑司が谷でしたが、池袋までは焼け野原。池袋に歩いて行きますと、矢張り南瓜の蔓が這っております。
 今南瓜料理は多彩ですね。和洋料理で色々と楽しめます。
 もしまた食糧難が起きましたら、矢張り南瓜が幅を効かせるのでしょうか。

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もも肉一枚で三品・安上がりでしょ

 一昨日のこと 鶏もも一枚を茹でました。鍋に昆布・長ネギ・生姜・酒を一緒に入れてお湯は低温から茹でました。
 骨付きが欲しかったのですが、下のスーパーでは置いてありません。
 小柳さんに行くには遠いので躊躇して仕舞いました。仕方がないです。

 茹で上がった腿を三等分にし、一つを一昨日の夕食に使いました。豆腐と合わせた物。これが一品。
 
 次は昨日の夕食に使いました。棒々鶏です。三等分の一つずつを使った物です。 これで二品。
 二人で一つずつ分けて盛り付けました。

      怪味棒々鶏  普通の棒々鶏

 左は怪味ソースを掛けた棒々鶏で私の物。  右は普通の胡麻味のソースを掛けた棒々鶏で夫の物。
 この違いの理由は夫の問題です。逆流性食道炎ですし、喘息持ちですから、咽喉や食道への刺激が良くないのです。
 美味しい物でも刺激の強いものは敬遠です。可哀想にです。

 怪味は中日辞典でも出て来ました。 あえ物のたれ 四川料理を代表する独特の味とあります。
 怪味鶏とは“怪味”のたれをかけたニワトリの料理とも出ています。
 となりますと左の私の食べたお皿の中身は怪味鶏だとも言えますね。

 最後の一品 これは鶏を茹でたスープを使いお粥を作リました。

      枸杞お粥  お粥5分の1

 お米の量は一合です。鍋物の時に使う土鍋一杯になりました。枸杞の実を入れてチョッとアクセント。味は塩のみ。
 昨夜は棒々鶏とこの半分でお腹いっぱい。今朝は残りを食べました。右の大きな器が一人分です。
 
 鶏は国産で400円ほど、何だか凄~い立派な主婦した気分です。

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鶏肉とつぶし豆腐の煮物

 これは四川の家庭料理だと聞いております。辛くはないのですよ。
 中国語での言い方もあるのですが、漢字で出て来ませんので、タイトルに書いた内容のお料理です。
 塩味の珍しい味です。

 材料 
      木綿豆腐  1丁
      白鶏    50㌘ 白鶏とは鶏ももの茹でた物です。
      ハム    50㌘
      長ネギ   半本

 調味料 
      酒     大さじ1
      砂糖    小さじ半分
      塩      小さじ1
      花椒粉   少々
      ごま油   小さじ1

 準備 
      豆腐は前もって布巾に包み、重石をして水を切り冷蔵庫に入れる。
      白鶏は荒くミジン切りにする。
      ハム・長ネギもみじん切りにする。
 
 作り方
     豆腐を冷蔵庫から出して、荒く手で潰す。
     中華鍋を火にかけ、強火にし、油を30ccほど回し入れ鍋に馴染ませる。
     そこに豆腐と白鶏を一緒に入れて炒める。
     豆腐と白鶏に火が回ったら酒・砂糖・塩で味付けをする。

    葱のミジン切りを加え、花椒粉とごま油を回し入れて仕上げる。

   出来上がったら器に盛り付けハムとパセリを掛けて食卓に出します。

         鶏とつぶし豆腐

 パセリは生のではなく、今回は自家製のドライパセリを使いました。

 丁度上の孫が寄りました。味見をして貰いましたら、とても気に入ったようで、美味しいを連発して呉れました。

    
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中華おこわと怪味ソース

 中華おこわは滅多に作りませんが、干貝(干貝柱)の賞味期限が近づいて来ているので、作ることにしました。
 何時も蒸し器で作っていましたが、調べて見ますと圧力鍋で多くの方が作っております。
 そこで初めて圧力鍋で作って見ました。

         中華おこわ

 参考にしたのはこのレシピです。
 材料の内干貝・干し椎茸・干しエビを戻して、その戻した液を合わせて一合
 それに水を一合としました。もち米三合に対して水分が二合です。
 肉は火を通した物を使っています。レシピ通りではありませんが、概ねそれを参考にしました。

 とても美味しく出来ました。ですが私の好みからは蒸し器で作った方が好きですね。
 もち米は残っていますから、また相子風で作ろうと思っております。

 ブログでお世話になっているあひる課長さん とても素敵な男性です。
 作られる料理のバラエティーに富んでいること。またその説明や表現は飄々として何とも言えない親近感を覚えます。
 そのあひる課長さんのレシピが取り上げられている「怪味ソース」と言うタイトルの本が今日届きました。
 自然に来た訳ではありませんよ。アマゾンに注文してあったのです。

         怪味ソース本

 私はあひる課長さんのブログで初めて知ったソースです。
 そのソースですが中国四川省がルーツの今までになかった新しい調味料と書かれております。
 そのソースには「うまみ・塩味・甘み・酸味・辛み」が含まれ、万能ソースだと言うことですね。
 中華大好きな私 じっくり読み込んで活かしたいと思っております。

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今日の一品と孫のインスタグラム

 先ごろ上の孫に器を買って来てと頼みました。
 今日の昼過ぎその孫が来ました。
 「ばーば 食器使っている?」と聞きます。 「使っているわよ」とブログに載せた器を見せました。
 「これも今日載せるわよ」と見せたのがしのべ竹の炒めたものを入れた器です。

           しのべたけ炒め

 シノベ竹は千葉の南の方ではこの時期良く食べます。味噌汁に入れたりします。先日沢山頂きました。
 オコワに入れると言うのは郷土料理にもなっているようですが、我が家では専ら炒めるか味噌汁ですね。
 シノベ竹を薄く切り、軽く茹でます。フライパンに鶏油を入れて炒めます。そこに出汁を入れ、砂糖・醤油で味付け。
 刻み唐辛子を一摘み 出来上がり。少しえがらっぽいように感じます。

 孫が来ましたので「ね~インスタグラムに写真が載っていたけれど、ブログに使っても良い?」と聞きました。
 「良いわよ。ばーばインスタグラムのスペル分かる?」って聞かれて仕舞いました。
 「分かるわよ。こレでしょ」って見せました。「そうそうバーバもやればとても簡単だよ」と言います。
 「無理よ。もうFacebookで一杯だから」と言い、ブログに載せるわよと言って置きました。

 下の写真は鰻の日に一緒に行った時、後ろで写したようです。ハートを散らしてね。

          西周うなぎ
          
サングラス
 これは孫がロスに友達と行く時に私がプレゼントしたサングラスです。
 先日家に来た時、私に掛けさせて写したのです。インスタグラムで見つけました。


 
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都内に行く

 随分お会いしていない友人と霞ヶ関ビル35階のレストランで落ち合いました。
 梅雨に入っていたので、すっきりしない空でした。
 35階に上がり先ず議事堂などを眺め、何時もの通り「総理確りやってますか」と言います。歴代総理に言いました。
 45年ほど行っていますから、どれほど声を掛けたでしょうね。
 
      皇居・議事堂11日  総理官邸11日

      東京タワー・虎ノ門ヒルズ  虎ノ門ヒルズアップ

      レディースランチ  今日のデザート

 良くしゃべり、次回を約束して帰宅しました。 とても充実感一杯の午後でした。

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枇杷が届く

 千葉県は南房総市 昔から枇杷の栽培が盛んで、女学校のクラスメートの家は富浦の南無谷という所でした。
 1944年の初夏 彼女の家に招かれて、生まれて初めて枇杷の木から直にもぎ取り甘い果実を口にしました。
 ご両親は「お腹いっぱい食べなさい」と勧めて下さり、風呂敷に包んだ枇杷。両手に持たせて下さいました。
 季節は今頃ですから、完熟の枇杷です。その美味しさに魅了されました。今も枇杷は南無谷ってつい言って仕舞います。
 
         季節物枇杷

 千葉県の枇杷は全国でも長崎に次ぐ産地として有名です。毎年届く枇杷は初夏の季節もの。美味しく頂いております。
 枇杷の食べ方は冷やし過ぎないことと言われております。 
 娘にも連絡して早くたべるようにしております。この枇杷は果肉も厚く、食べ出があります。

 房総半島を走る内房線 富浦を通るときの枇杷の袋が鈴なりのような木々。思い出の風景です。
 今は車で行くことが多く、富浦が近づきますと、枇杷の木が見えた線路の辺りの事を思い出します。

 
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麻婆豆腐の話

 麻婆豆腐を初めて食べたのは、1970年台頃だと思います。
 神田駿河台下に錦華公園錦華小学校があり、その傍に神田四川飯店という今はない四川料理の店が開店しました。
 中国四川の料理を知ったのはこの頃です。
 麻婆豆腐は看板料理で、ご飯は食べ放題 ですから体育会系の職員などに人気がありました。
 その料理長は解金龍さんと言う方でした。当時都内の中華コックさんではピカ一と聞いておりました。
 
 麻婆豆腐は時々作っております。昨夜も作り食べました。木綿豆腐一丁ですが、食べ切れませんでした。

         マーボートウフ

 偶然と言いますか、NHKのあさイチと言う番組があります。偶に見ますが、今朝見ましたら麻婆豆腐を取り上げております。
 何人かの方がゲストで出ております。
 内容は市販の麻婆豆腐の素を使い、それの使い方を中心にプロの方も出て、疑問や解説をしています。
 視聴者からの疑問も色々と出ていました。
 豆腐は木綿か絹か また水っぽくなるのを防ぐにはとか、木綿豆腐は味が滲みにくいとか。
 参考になる点も沢山ありましたが、市販品を使ったことがありませんので、どうも良し!って言う気分にはなりません。

 1998年の9月に中国の桂林で食べた麻婆豆腐なんですが、その美味しさに驚嘆しました。使われている四川豆板醤を欲しくて売って貰いました。その後その豆板醤は確り使い切りました。今は普通に店頭に並んでいる物を買い、使っております。

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蓮根四点

 蓮根は身体に良いと言うことで、夫に食べて貰おうと色々と作り方を試しております。
 そろそろ端境期に入って来ているようで、値段も高めになっているように感じます。
 冬の盛りの頃のように一節そのまま買うことはありません。下のスーパーでも三分の一位に切った物が並んでします。
 蓮根を縦に切ることを覚えてからは縦に切ることが多くなっています。

      蓮根23明太・マヨ  蓮根24ワサビ・マヨ

      左は明太子をほぐしてマヨネーズと合わせた和え物です。 
      右はワサビとマヨネースと合わせて和えた物です。

      蓮根26胡麻和え  蓮根人参・牛蒡・昆布

 左は胡麻和えです。右は普通に煮たものです。煮物は出汁を何時も取ってありますから、煮るのは直ぐ出来ます。
 
 蓮根を和え物にするときには、蓮根を薄味の出汁で煮る時と、お湯にお酢と塩を入れて茹でる時とあります。
 自分で勝手にその時の気分で法則性などなくやっております。それでもま~ま~と言う感じで食べることが出来ております。
 マヨネーズは松田のを使うようにしております。

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今日の一品と雑談

 娘と時々買い物に行きます。行く場所は茨城県ですから、一人では行けません。二人の娘のどちらか、また二人一緒かとなります。
 二人は品物を持って呉れますし、また家まで運んで呉れます。でついつい色々と買います。
 買った物を処理するのも結構楽しいものです。食べる順を考えながら、そのまま冷凍にしたり、調理して小分けて冷凍にしたりね。
 前に書いたことがありますが、災害時にストックしてあるものの食べる順序です。冷凍してあるものも火をとしてあると良いと知り、最近は極力調理してから冷凍をするようにしております。
 先日は阿波尾鶏の手羽元を見つけて買って来ました。これはそのまま冷凍をして置きましたが、直に解凍して食べました。
 全体に香りソルトを強めに振り掛け、焼きました。

        手羽元阿波尾鶏

 無造作に焼きました。歯ごたえも良く、とても美味しく頂きました。スダチもありましたのでそれを掛けただけです。
 全部で420円程です。買ったところはジャパンミートと言う肉を中心とするスーパーです。商品も多く、安いのです。ですが一人で行くことが出来ないのが残念なことです。
 阿波尾鶏という鶏の銘柄を知ったのは徳島のちゅんごさんのブログからです。知らない土地の美味しいものはそこの人こそ知るということが良く分かります。

 と言うことですが、一昨日の金曜日 NHkのキッチンカーが走ると言う番組を見ていました。
 この日の行き先は富山でした。富山だぞ~って確りと目を凝らして見つめていました。
 どうでしょう。富山の食材の素晴らしさに一々頷きながら見ました。
 富山特産の白えび、山菜の昆布締め、サクラマスの鱒寿司、何だか全部食べているのですよ。
 夫に「ほらほら富山の瀬戸さんから頂いたでしょ」と言いながらはしゃいでいました。
 市内の路面電車がみえました。すかさず「富山には走っているのよ」と念を押したりね。
 ブログを通じて知り合った瀬戸さんとのお付き合いも長くなります。富山の味も沢山教えて頂きました。

 こうして居ながらにして他所の美味しいものを頂けることに感謝を致しております。

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すいとん話

 昨日はどう言う訳か夫が中々ベットから立ち上がりません。暫く経ちましたらトイレに行きました。
 昨夜は眠りが浅くと言いますか、時々起き上がってトイレに行き、どうも気分が悪かったようです。
 朝食は抜きで横になっておりました。10時ころ起きてきて軽いクッキーを数枚食べ、味噌汁を少々飲み、またベットに戻りました。
 昼頃様子を聞きましたら、昼食は食べられそうだと言います。
 最近彼はうどんが好きになっていましたが、前の日もうどんでしたので、すいとんを作って見ました。
 あるものを入れて作ったすいとん

     すいとん煮えた  すいとんお椀

 すいとんは15歳頃に一番食べたものです。それからは殆ど口にしてはおりませんでした。
 夫は疎開先の佐賀で良く食べたと言います。佐賀では「ダゴ汁」と呼んでいたそうです。
 先日お土産に頂いたものに「ダゴ汁」と言う字が見えました。それは次回に回し、昨日は出汁がありましたので、それを使い、野菜と豚肉の切れ端少々南瓜も入れて見ました。
 ところがすいとんってこんなだったかしらってピンときません。
 出汁も良いし、小麦粉も今は上等ですよね。それなのに、それなのにです。
 ああ~久し振り。美味しかった!と言えないのです。
 よ~く考えて見ました。
 あの昔のすいとんのすいとんと何かが違うのです。(古には水団と言っていたようですが)
 昔のあの戦後のすいとんの団子 それは小麦粉を完全に皮を取って作った物ではなかったのです。
 団子の中には白い小麦粉ではなく、皮を粉にしたフスマと言う今で言えば増量剤ですね。それを入れてあるのが普通でした。
 出汁をとる鰹節も上等な物ではなく、自家製のさば節や煮干しは良い方で、何も入れないで作ったことも屡々でした。
 夫はどうだったかと聞きますと、矢張りダシにする物がなく、おまけに団子にする小麦粉を丸められないほど薄く水で溶き、汁の中に流すように入れて作ったと言うのです。
 二人のすいとん話は良く合いますよ。親たちの状況は違いますが、あの時代に満足に食べられなかったと言う経験は分かり合えます。

 私の友人の一人は長く8月15日には必ずすいとんを食べていました。高齢になった今、どうなさっているのでしょう。

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新玉ねぎと雑談

 淡路島の凪さんから新玉ねぎを送って頂きました。
 娘の所でも使いますから、10㌔でお願い致しました。

        玉ねぎ・七宝早生7号

 これは七宝早生7号という品種です。とても美味しい玉ねぎです。一玉の大きさは私は両手で持たないと持てません。
 下のスーパーに並ぶ物と比べ1.5倍位の大きさでしょう。計算しましたら、安いのです。

 新玉ねぎをスライスして(こう言うとイメージがはっきりしますね。薄切りにと言うと新玉ねぎに合いませんね)食べるのを好む方が多いですね。
 我が家では火を通した物の方が多いのです。先日は薄切りにした玉ねぎをオリーブオイルで炒め、冷凍してあったそら豆と合わせてとろけるチーズを載せて焼きました。

        新玉ねぎ・そら豆のチーズ焼き

 玉ねぎを置くのがベランダの日の当たらない、風通しの良いところなんですが、去年まで使っていたネットが劣化して仕舞い、入れ物が足りなくなりました。
 そこでジョイフル本田に行きました時、入れ物を探しました。いい具合のが見つかりました。
 娘に安く買っても高く付くわねっと言われましたが、心の中では冬の干物作りが出来るわって直ぐ浮かんで来ました。
 未だ初夏ですのに、もう冬のお天気のいい日のことが楽しみです。

 訂正 サラダオイルと記しましたがオリーブオイルですので、直しました。

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白和え

 若い時には余り関心がなかったと言いますか、滅多に白和えは作りませんでした。
 段々歳を重ねて来ますと、作ることも然程億劫でもなく、食べるにしても数回続いても平気になっています。
 先日買いました、豆腐料理の本を眺めていますと、豆腐の物を色々と作りたくなります。
 
            最近の豆腐料理 白和え二点

     蓮根25白和え(白砂糖・薄口醤油・ダシ少々)  莢と人参の白和え

 左は蓮根を縦切りにし、お酢を入れて茹でます。 木綿豆腐を茹で、良く摺ります。そこに白砂糖・薄口醤油・出汁を入れて良く混ぜます。蓮根と合わせて器に盛り付けました。

 右は莢豌豆と人参の白和えです。莢と人参は出汁に薄口醤油・白砂糖を入れて良く茹でます。茹でが足りないと美味しくないですね。木綿豆腐を茹でてから良く摺ります。そこに白砂糖・薄口醤油・酢を入れて混ぜます。
 混ぜた豆腐に莢と人参を合わせて器に盛り付けます。

 以前は白和えは豆腐と摺り白ゴマと合わせて作っていました。豆腐はスーパーでも先ず品切れって滅多にありませんね。
 老人にはとても良い食材です。

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利休揚げと雑談

 先週 チャイナドレスの稽古にお見えになった生徒さんとお料理談義に花が咲きました。
 彼女は精進料理に精通しております。
 彼女のレパートリーを聞きますと、真似をしたくなります。
 馬鈴薯や長芋を使った利休揚げが美味しいと言うのですね。
 利休揚げを調べて見ましたら、精進でなくても良さそうだと分かりました。
 そこで鶏のササミを使い利休揚げを作りました。

        鶏ささみ利休揚げ

 鶏ササミ一枚を4つに削ぎ切りにしました。カエシに漬け込み一日
 そのササミに溶き小麦粉を潜らせ、全体に胡麻をまぶし付けます。
 中温で揚げます。一切れを半分に切って盛り付けました。何も付けずそのまま食べました。
 ササミですから食べやすくて良かったです。

 昨日 夕方からどうも右目が変なんですね。クシャクシャして何となく鬱陶しいのです。
 眼鏡を外し左目を閉じ、右目で見回すともの凄くぼやけて見えます。先日の検査で右目は裸眼で0.6と言うことでしたから、(0.6ってこんな?)どうしてと目を閉じたり開けたりしました。でも変なんですね。
 目を酷使したのかしら。おかしいな~と気にしながら目薬をさして寝ました。
 若しおかしいと言うことになったら病院行きかなと思いながら眠りにつきました。

 目が覚めてトイレに座りました。 矢張り変なんですね。また目を閉じたり開けたりしておりました。
 突如気がついたのです。ブログに書いたことが間違っていたと言うことで、それを自分で信じていたという馬鹿げた話です。
 検査の時、自分の眼鏡は外しましたが、検査には枠にレンズをはめていたのだと言うことですね。
 でトイレから出て直ぐに眼鏡を掛けて周囲を見回すと問題がないのです。
 眼鏡を掛けて左目を閉じて見ますと、右目は左目には劣りますが、問題がありません。

 そこでとにかくブログの訂正をしなければと裸眼でを眼鏡を掛けてと訂正しました。
 自分で間違い、それを信じて慌てた自分 笑っちゃいます。

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朋来る

 台北に住む林偉烈さん 長くお付き合いをしております。それは30年にもなりましょう。
 時々出張で日本にお見えになります。私の所にも連絡をくださり、時間が合えばお会いすることが何回もありました。
 最近は私のために我孫子や柏までお越しくださいます。 
 昨日は林さんともう一方 島田栄子さんにも声をお掛けし、3人で柏そごう14階の桃源に落ち合いました。
 島田さんは去る3月末に明治大学を定年で退職なさいました。彼女の亡きご主人は林さんと親しく、家族ぐるみのお付き合いをされておりました。島田さんは時々林さんとお会いしたいと話されておりましたが、在職中は中々機会が作れなく過ぎておりました。
 今回は自由人になられたので、少し遠いけれど声をお掛けしました。
 午後2時半に桃源のロビーで島田さんとお待ちしておりましたら、15分ほど経ちましたでしょうか。林さんがエレベーターのドアから出て参りました。

         林さん桃源にて

 私は30年の間には随分お目に掛かってあります。林さんが明大農学部を卒業なさってから大学院に進まれ、研究生活と学部の実験助手をなさっており、その頃から。
 また卒業後日本企業の台湾駐在員として台北に滞在した頃、またその後台湾の会社に勤務されてからも、台湾では何回もお世話になりました。
 昨日は台北の桃園空港を日本時間で午前10時に飛び立ち、羽田から柏に到着したのが午後3時直前。
 何と世界が狭くと言いますか、驚きです。台北を発たれてからほぼ5時間後にはお会い出来るのですよ。

 積もる話は限りなく出てまいります。昔話も勿論ですが、お互いの近況や最近の身辺の事柄。三人寄れば話題に事欠きません。
 旅の話も色々と出て来ました。同じ経験もあり、知らなかったことも改めてお聞きしたり、時間はいくらあっても足りません。
 話しの中で私の全く知らなかったことが出て参りました。台湾花蓮の近くに豊田村と呼ばれている地域があると言うことです。
 
 台北ナビで見ましたら旧豊田村として詳しく知ることが出来ました。

 桃源は回転レストランで、一時間に一回転します。気が付きましたら、風景に夕べの影が漂って来ております。

         桃源から我孫子方面

 時間を見ましたら6時過ぎになっています。ここで再会を約して帰ることにしました。思い切り話しました。 
 席を立ち、西を見ましたら、大きな太陽が沈み始めようとしております。素晴らしい色と大きさです。
 エレベーターで下に降り、駅に向かい歩き始めました。東に満月のような月が出ております。 
 「月は東に陽は西に」と思わず口に出て来ました。林さんはすかさず「今夜は多分十五夜ですよ」と言いました。

 2015年6月1日 日の入り 18:52 西北西  月の出 17:22 東南東 
                                月齢 13.9
 
 良い日でした。林さんは今日は日帰りで山形に仕事でお出かけです。何時も笑顔を絶やさない林さんは出張先でもきっと好感を持たれていることでしょう。

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冷凍うどん

 冷凍うどんが便利だと分かり、ストックして置けば良いと買って来ました。
 今日は午後台湾からの友人が柏に見えることになって、私はともかく夫の昼食は簡単でも作ってと冷凍うどんを使い、簡単な温かいうどんを作りました。

      野菜うどん  餡かけ月見うどん

 左が今日のうどんです。野菜と揚げだけの物です。 右は餡かけ月見うどんです。これも簡単です。

 何だか娘に今度は冷凍うどんシリーズですかって言われそうです。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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