2016-03

« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031»
entry_header

落としたり拾ったり

 まさか自分がこんなに不器用になるとは思いもしませんでした。
 特に指先ですね。
 生徒さんに説明をしてから、実際に布に触れますと、あれっ?何で?と自問して仕舞います。

 人並み(歳並み)と言いますか、毎日薬を飲みます。朝晩飲む薬ですが、数える時は間違いをしやしないかと緊張します。

    薬朝  薬夜

      左は朝食後飲みます。   右は夕食後飲みます。

 先ず薬をシートごと取り出します。それから一粒づつ出します。それは簡単に出来る筈ですね。
 昔は注意もせずに取り出し、そして服用出来ました。
 今はどうでしょう。シートを間違って持ったり、薬を落としたり、落としたのに気が付かなかったり、それは酷いことです。
 夫とお互い相手の手元を観察しあい、横目で落ちて行く薬の行方を冷ややかに眺め、注意したりしております。
 薬を取り出したシートをゴミ箱に入れた筈が足元に落ちていたり、全くですよ。
 飲んだか飲まなかったが分からなくなったら困りますね。
 落としたり拾ったりしながらも緊張することが良いのかもと思っております。

entry_header

別れと再会

 1939年秋 私は日本の小学校から中国青島の日本第一小学校に転入しました。
 千葉県の小さな町から豊かな青島に行った私。それは見事なカルチャーショックを与えて呉れました。
 青島の生活ぶりは時々アップしておりますが、小学校の規模もまた大きく当時の日本の小学校の姿と余りに違うことでした。

 1937年に日中戦争が始まりました。それは日支事変と呼ばれ、日本は開戦から早く青島を占領し、その支配下に住む日本人が増え、その関係で子どもも増えて行きました。
 元々日支事変前でも日本人の多かった青島ですので、市の中心部には小学校が2校 それに日本人中学や女学校もありました。外にも小学校が2校ありました。
 今回は青島の歴史的な事ではなく、小学生の増加とその対策で学校が増えることになったことの話です。
 
 第一小学校の規模は当時の日本に住む人々からは想像外のものではないでしょうか。
 「青島物語」に依りますと1918年(大正7年)に日本人の設計で建てられた校舎は近世ゴシック式煉瓦造りで総坪数は666坪。
 校庭面積は17762坪 
 1927年には運動場は13100坪となり 日本最大級の運動場となたっと書かれております。

 在留邦人の増加に伴い第一小学校の児童も1000名を越え、三校目の小学校が出来ました。
 第三小学校と言いまして、その学校には第一小学校から移って行く児童も多く、1941年の3月にお別れ式があった記憶があります。
 お別れは小学校3年生の最後の時でした。
 二年生のクラスメートに桜島さんやいさむちゃんがおり、桜島さんは第三に移って行きました。

     一小校庭905  一小校庭

 左の写真は最後の集会だと思います。お別れ式ではないかと思います。この写真の大きな額入りのものが、現在の青島日本人学校の校長室に掛けられております。私が訪問した時に校長先生から「何時頃のものでしょうか」と尋ねられました。
 私の記憶と風景の様子をみて、1941年3月の集会ではないかと答えました。
 この小学校は現在はホテルに改造されております。それは此処でご覧ください。

 右の写真は絵葉書の第一小学校のものですが、撮影の時期は分かりません。是非大きくしてご覧になって下さい。

 それから戦後 別れ別れになった小学校の仲間と再会することができました。
 日本が負けたことで、青島からも多くの方が日本に引き揚げて来ました。
 私は戦中に帰国しておりましたが、クラスメートと文通をしており、そのクラスメートからの手紙を受け取り、東京で再会することが出来ました。
 その後早稲田大学に進学した中村八大さんを通じ、早稲田の仲間から他へと繋がり、またそれ以外にも色々な場で仲間が増えて来たのです。
 そして1973年(昭和48年)に同学年を青島の小学校で過ごした人、そこを卒業した人の集まりが開催されました。
 日本人小学校の卒業生は進学する中学や女学校で一緒になる方が多く、そこで知り合っていますから、当たり前のように集まることが出来たと言うことですね。
 以来今日まで交流が続いております。
 第三小学校に移って行った桜島さんとも再会出来たのです。彼が初めて会に見えた時、直ぐに分かりました。
 いさむちゃんとお会いした時、私のことを良く覚えていて下さり、感激しました。

  皆84歳を越えました。今年の5月24日には最後の集まりを持ちます。
  時を挟み再会出来たお仲間とも今回が最後の集まりになります。本当に良い会でした。

  最後の会の準備も進んでおります。お別れは寂しいですが、幹事さんも皆一緒に老いていますので大変です。
  宮崎豊茂さん長い間ご苦労様でした。

entry_header

白菜と雑談

 白菜は矢張り冬の食材ですね。ですが昔と違い季節に関係なく店頭に出ています。
 それでも味の違いははっきりと分かります。
 老人二人ですと消化に追いかけられます。鍋ばかり食べる訳ではありませんから、煮物にもします。

    白菜・ちくわ煮物  白菜・揚げ煮物

    白菜スープ煮  白菜・竹輪煮物

 兎に角代わり映えしません。 それでも何とか食べ切ります。

 昔々中国青島に住んでいた頃、市場に買い物に行くのが好きで、家の若いお手伝いさんをお供に買い物に行きました。
 特に好きな買い物は寄せ鍋の材料を買う時でした。野菜を買い、魚や肉を買い、練り物を買い、また良さそうな物を買って帰りますと母がほめて呉れました。
 冬は白菜も買って来ますが、台所の裏の庭に置いて置けば自然の冷蔵庫で日持ちしました。
 石炭の山の上に置いた白菜。その様子が微かに思い出として目に浮かびます。
 青島の気温は低くはなっても驚くような寒さではありません。

 若い時に読んだ本の中に、北京の冬と言うのがあり、その中で城外から白菜を積んだ車が続々やって来ると言う表現がありました。
 当時私は北京の街の様子が分かってなく、城外の意味が分かっておりませんでした。
 北京の街は周囲は城壁に囲まれていたのですね。城外は農村で、農村から野菜などが運ばれて来ていたのですね。
 今は大きく広がった北京。城内城外を分けた名残の城壁の一部が天安門の近くに残されてはいますが、忘れ去られて行くことではないでしょうか。

entry_header

意外な美味しさ

 段々噛む力が衰えて来ております。先日良い烏賊がありましたので、一杯エイヤッと買って来て茹でて食べました。
 一回では食べ切れません。

 半端な烏賊をどうやって食べようかしらと考えました。
 朝の煮物に使ってしまおうと、初めてジャガ芋と煮てみました。

       馬鈴薯と茹でイカ煮

 これが意外に美味しいのです。烏賊はジャガ芋の大きさに合わせて細かく切りました。
 出汁で煮たのですが、烏賊からもダシが出たのですね。
 これも長女母娘が寄った時に、残りを綺麗に食べて帰りました。
 上の孫は私の味が好きなんです。食べて呉れると嬉しく思いますよ。

entry_header

黒メバルと雑談

 魚好きで特に煮魚好きです。煮魚と言いましても鰤の切り身などは余り好きではないのですね。
 鯵や鰯などの小魚や鰈やメバルと言ったような物が好きです。
 ところが下のスーパーの魚屋ではそう言う魚は鯵か鰯くらいでしょうか。
 鰈も出ていますが私が好きな鰈ではないのですね。
 それが昨日は珍しく「黒メバル」の丸が出ていたのです。これはと買って来ました。

       黒めばる

 刺し身でも食べられると言うのですね。偶には刺し身も良いかしらとちょっと思いまして、鱗を引いて頭を落としたのです。
 パックから取り出した時、アレって思ったのです。腹が弱々しいなと。それが拙かったですね。
 頭を落として、腹に包丁を入れようとしましたら、腸の形が崩れてダラっとしているのです。
 頭は落としてしまいましたから、煮魚にするのも嫌だな~と、三枚におろし、塩焼きにすることにしました。
 メバルは頭が大きいので、頭がないと身は小さくなって仕舞います。
 大根卸を添えて食べました。それでも矢張りひと味美味しさに欠けます。
 
 何だか気分がすっきりしません。そこでこれは魚屋に言わなければと、買い物序に話をしました。
 言い訳は気に食いませんが、気をつけますとは言いました。
 プロですからね。分かっていたはずです。ま~これからはパックの丸は買わないようにと思ったことです。

 長く工事をしていた中央公園がすっかり出来上がっています。確か今日は行事があったと思います。
 廊下から眺めましたら、ゲームをしている子どもの姿も見えます。
 樹木も何時しか枝が少し賑やかに見えます。春ですよ。

       3月27日中央公園

 間もなく桜も咲き始めることでしょうから、楽しみです。

entry_header

朝食にもリメイク品

 すき焼きは好きです。ただ好きと言いましても、牛肉は二人で250㌘もあれば十分です。
 野菜やシラタキなども入れますが、残って仕舞います。

 そう言うことで、夕食の残りのすき焼きをリメークして朝食に出します。

    焼き豆腐・玉葱・しめじすき焼き汁で  すき焼き残りしるに卵
 
 左は焼き豆腐としめじを新たに加えた煮物です。 
 右は残りのネギだけに卵を落として焼いたものです。これは一人分です。
 
 朝食の内容は出来るだけバランス良く取りたいと思っております。
 長く和食で過ごしておりますが、朝食の効果かしら、病院で検査を受けた結果は毎回同じようです。
 二人共血液の数値は全て問題はないと先生に告げられています。

entry_header

ホイコウロウと雑談

 ホイコウロウは回鍋肉と言う中華料理ですね。普通の中華料理店では大体ありますね。
 先日中国語の老師と食べ物談義をしていました。その時偶々回鍋肉の話になりました。
 自宅で作ったことがありませんでしたので、作り方をお聞きしました。
 肉の処理だけを教えて頂きました。 そこで後は自分で調べて作って見ました。

       ホイコウロウ

 この料理に使う肉は豚のバラ肉です。老師は皮が付いていると尚良いと仰っていました。
 北辰の帰り道に寄った店に、国産のバラ肉の塊が出ていました。それも皮が薄く付いているのです。
 何だか気分に合ったかのようです。それも安くですよ。
 これは作らなければまた先伸ばしになって仕舞います。買って来ました。

 バラ肉は塊のまま茹でます。串で刺してみて血色の液が出て来なくなったら取り出し、熱い内に薄切りにします。

 料理を作る人はご存知だと思いますが、回鍋肉という料理は先ず材料のキャベツなどを炒め、それを一旦鍋から取り出し、空いた鍋で茹でたバラ肉を炒め、其処に先に炒めたキャベツ等を戻して炒めて仕上げると言うものです。
 茹でた肉を鍋に戻す。回鍋がその意味なんですね。

 調味料は甜麺醤・豆板醤・醤油・酒です。大蒜は控えめ、仕上げに鶏油を一匙混ぜました。
 美味しく出来ましたが、バラ肉は老人には少し固く感じました。
 
 昨夜も長女が食事が終わった時にやって来ました。
 早速残りを食べ始めました。「美味しいじゃない。おばあさん上手!」 「ねえ お肉固くない?」
 「固くないよ。普通」 「大丈夫?」 「大丈夫よ」 「でも今度は肩ロースでも使おうかしら」
 「でもそうすると味が違うのではない?」 「そうね。じゃ矢張りバラかしら」

 戦時中でしたが、昭和18年頃ですね。町に一軒の肉屋がありました。屋号はあるのでしょうが豚肉しか売っておりません。町の人は「豚屋」と呼んでいました。 
 その豚肉ですが、何時も売られているわけではないのです。どう言う事情か分かりません。
 統制品で本来少しずつでも配給にする物だったのかも知れません。
 
 豚肉が売られると言う情報が分かると、買いに行くのです。それも必ず朝方なんですね。
 朝方目が覚めると、急いで店に行かなければなりません。
 小学校6年生の私はそのお使いに行くのです。提灯をぶら下げ急いで暗い道を歩きます。
 確か20人位の人が買えたような記憶です。何だかお店のお婆さんが威張っていましてね。
 
 物資のない時ですね。豚肉は宝物のような食品でした。 
 ですが昭和19年にはもうその肉も買える状況ではありませんでした。

entry_header

鰤の真子

 火曜日に長女が北辰に連れて行った呉れました。この日は特に何かが欲しいと言うことではなく、どちらかと言えば楽しみに行ったような事でした。
 水曜日が定休日ですから、仕入れも加減をしているのかも知れません。
 ケースを覗いて見ましたら、鰤の大きな真子が出ています。
 何時もの褒め上手さんもお魚に詳しいおじさんもおりません。少し若い?方が立っており私の方を見ております。
 「真鱈の真子は煮るのですが、これも同じように煮れば良いのですか」とお聞きしました。
 「真ん中に包丁を入れて煮ると美味しですよ。シラタキを一緒に煮ると良いですよ」と教えて呉れました。

    鰤の真子  鰤の真子煮

 この真子の大きさは30㌢近くもあります。大きいですね。大きな平鍋に調味料と水、それに酒を入れて煮ました。
 真子に端から端へと一本包丁を入れました。重いですよ。
 鍋の中の煮汁が煮立って来ましたので、手で持ちそっと入れました。
 段々温度も上がって来て真子が花咲いたように開いて来ました。ですが下は丸くせり上がっています。
 煮汁は全部被るほど入れてありませんから、上の方には煮汁が中々上がって来ません。
 途中でシラタキを周りに入れて、アク取りシートを被せて弱火でじっくりと煮詰めて行きました。
 それでも中々上の方が煮えそうにありません。
 仕方なく鍋を斜にして、煮汁を手前に寄せました。その寄せた煮汁を根気よく掬っては上に掛けます。
 やっと何とか煮えたようになりました。
 大きな皿に盛り付けテーブルに出しました。たべる時にはシラタキと一緒に食べたら本当に美味しのですよ。
 丁度長女と孫がやって来ました。「食べてみる?」て聞きますと食べると言うのですね。

 それでこの真子を4個に切りました。長女も孫も摘み、私達も食べても食べ切れません。
 2個は冷凍にしました。一切れは今夜も未だ残っております。
 頑張って煮汁を掛け続け、美味しいので残さずに食べようと思っております。

entry_header

チャイナドレスは素敵だ 110

 年々自分の手先が鈍くなって来ております。
 生徒さんに説明をするのに、指先がスムーズに動かず歯がゆくなっています。
 そんな私ですが、来て下さる生徒さんには感謝をしなければと思うこの頃です。

 先週の生徒さんとは作りたい物がどんなものか、着たいものはどんな物かを相談しました。
 ベテランですから決まれば自宅で裁断をして来ることが出来ます。

           シルクの上着

 旧型の着やすい上着です。これを作ることにしました。素材は柔らかいシルクかとろっとした化繊かでしょう
 地味に見えますが、着ますとその良さが目立ちます。

 昨日の方は前回裁断をして仮縫いの準備をし、縁取りの色を決める事になっていた方です。

   仮縫い夏物  仮縫い白縁取り2

 仮縫いは袖の補正だけで後は問題なく出来ております。縁取りの色は前回考えた通りの白に決めました。
 その縁取りの手順を説明するのに、私の指先はキチンと動きません。
 ですがベテランでもあり、既に縁取りの物は作っておりますから、コツは直ぐに分かって呉れました。
 良かったです。

 最近は時々雛形を作って自分なりの復習をしております。段々思考の衰えを感じるのですね。

entry_header

焼売と雑談

 前に焼売を作りましたが、毎日コメントを入れて下さるEGUTIさんがグリーンピースがあると良いな~と仰っていました。
 次回にはと約束してありましたので、グリーンピースを載せた焼売にしました。

     焼売1  焼売2

 焼売にグリーンピースを載せるには上を平らにしない駄目ですね。どうしたものかと考えました。
 皮は自分で作る時には丸くします。多少手作りに拘っていますから、手作りにしようかと思っていました。
 ところが香港などでは、皮の薄い焼売の皮は何処の店でも業者から仕入れていると出ておりました。
 それじゃ市販の皮にして角を落として丸に近い皮にすれば良いじゃないかと、四角い皮の四隅を切りました。
 それが左の写真の右下に見える皮です。
 中身は豚ひき肉・玉葱のミジン切り・生姜のミジン切り・塩・胡椒・酒少々・帆立貝柱粉末・オイスターソース
 玉葱と生姜は出来るだけ細かく切ります。全部良く混ぜて、水少々入れて再度かき回し、皮で包みます。
 上にグリーンピースを載せ蒸します。蒸し時間ですが湯気が上がってから8分にしました。
 美味しく出来ました。

 先だって男性の方から電話がありました。難聴ですから、声が何方のか分かりません。
 「急に時間が出来たので、そっちに行こうと思うのだよ」と言うのです。 
 (可怪しいな。こんなこと言う人?誰かしら
 「済みません。声が良く聞き取れないのですが、何方でしたかしら」
 (名前を言わない人って可怪しいな~
 「ヤダな~孫の声が分からないのかよ
 「孫はいません」
 そこで電話が切れました。
 
 皆さんご注意下さい。

entry_header

また牛蒡です

 牛蒡は買い置きしても痛むのが遅く、無駄にすることがそうそうないですね。
 何しろ夫から「冷蔵庫に入れて冷やして捨てるのが好きなんですね」と言われるほど管理下手なのが私。

     と言うことで牛蒡をは良く煮ます。

    牛蒡・人参・蓮・昆布・さつま揚げ  牛蒡・豚肉煮物

    牛蒡・豚こま煮  牛蒡・人参・蓮・昆布・笹かまぼこ

 きんぴら牛蒡も作りはしますが、最近は専ら煮物です。
 
 その理由の一つは炒める時は鶏油を使うのですね。きんぴらに鶏油を使い炒めますと、食べ切らないと駄目なんです。
 鶏油を使うと言うのは味の素のような物を使いたくないからです。鶏油だけで十分美味しく食べることが出来ます。
 食べ切れずに残しますと、鶏油が固まりますし味が落ちるのです。
 その点煮物は多少味は落ちては行きますが、何回でもま~ま~美味しく食べることが出来るからです。

 もう一つの理由 夫が好きだということですが、高齢になりますと様々な筋肉の衰えを感じます。
 お腹もそうです。ですから牛蒡はお通じにも良いのですね。
 
 好きな物を作って食べて貰えば、ま~それを良しとして過ごすのも歳のなすところでしょうね。
 夫は偏食なんです。栄養を考えて作っておりまが、時々あれも嫌だ。これも嫌いだと言います。
 ですから自分の好きな物は台所でつまみ食いをして仕舞います。出来立ては美味しいのですよ。
 
 相子食堂もバランスを取って営業をしなければ長続きしません。

entry_header

鶏ごぼうご飯

 牛蒡は昔と違い、季節に関係なく新牛蒡と名付けられた牛蒡が出回っておりますから何時でも食べる事が出来ます。
 日本列島の長さでしょう。栽培法も輸送方法も昔と大違いでしょうね。
 
 牛蒡は肉類とよく合います。牛でも豚でも、そして鶏でも一緒にすると美味しくなります。
 夫は牛蒡が好きです。ですから煮物や炒め物などで良く作ります。サラダは滅多に作りません。
 昨日は夕食に鶏と合わせてご飯を炊きました。

    鶏ごぼうご飯1  鶏ごぼうご飯2

 今回の材料は鶏腿半分 牛蒡は細い物を30㌢ほど お米は3カップ  醤油は60cc  酒50cc
 炊く2時間ほど前に洗ったお米を笊に入れて水を切って置きます。
 炊飯器にお米を入れ、其処に醤油と酒を注ぎます。その上に出汁は規定通りの目盛りまで入れます。
 上に鶏肉と牛蒡を入れてスイッチオン。出来がりましたら全体をかき混ぜて器によそい食べます。

 私の炊き込みご飯の基本は米の分量に対し醤油は10% それに酒少々を入れます。
 それに出汁を注ぎ炊きます。出汁は熱い物でなく必ず冷めた物です。
 
 
entry_header

掻き揚げと目覚めの欠伸

 朝食は良く眺めて見ますと繰り返しです。煮物・副菜・蛋白質の物・保存食・トマト・大根おろしやお浸し・味噌汁ですね。
 夕食には残り物の調子で決まります。
 鍋物やちょっと変わった物、肉類や魚の一品などですね。
 それでも時間の都合で買い物に行けない時。そう言う時には掻き揚げを作ります。簡単ですよね。

    蟹と三つ葉の掻き揚げ  三つ葉と竹輪の掻き揚げ

   左は蟹と三つ葉の掻き揚げ   右はちくわと三つ葉の掻き揚げ

             掻き揚げ三つ葉と干しエビ・歯玉ねぎとちくわ

 これは干しエビと三つ葉の掻き揚げとちくわと葉玉ねぎの掻き揚げです。
 上の孫がこれで足りるのって驚いていました。「ね~それオレンジじゃないの?」と聞きます。
 「これは自分で育てている人から頂いたレモンよ」と説明をしましたが、何となく不審な表情をしておりました。

 昼食の後 2時頃 睡魔に襲われることがあります。毎日ではないのです。それでも若い時には午睡はしたことがなく、つい最近まではしませんでした。
 このところ目が覚めて大あくびをしますと「松島みどりをしっちゃたわ~」と夫に言います。
 あれって何でしょうね。国民を見くびっておりません?

entry_header

ジャガ芋

 ジャガ芋は馬鈴薯と言われますね。
 ジャガ芋はジャガタラ芋の略だと言うことです。 
 原産はアンデス山脈。日本へはジャカルタから渡来して来たそうですね。

 先日二女と出掛けた店に、大きい袋に一杯詰められたジャガ芋が山積みされていました。 
 何でこんなに安いのかしらと、傍によって良く見ましたら種芋となっていました。

 そうだ。昔植えたわ~と思い出しました。戦後の数年ですが兎に角食料確保に母が必死になっていたのです。
 ジャガ芋は土地が余り良くない所でも植えることが出来ます。
 開墾してジャガ芋を植えたのです。一個の薯を幾つかに切り、切り口に灰を塗って植えるのです。
 ジャガ芋の芽が出そうな所を良く見て薯を切るのです。今はどう言う風になっているのでしょう。

 我が家ジャガ芋は良く食べます。特に煮物はしょっちゅうです。最近のは矢張り煮物です。

     馬鈴薯・人参:昆布・鶏肩小肉  馬鈴薯・人参・玉葱・豚こま

     馬鈴薯・人参煮物  馬鈴薯・軟骨汁煮

 前はサラダも良く作りましたが、サラダはどちらかと言えば和食の我が家には余り馴染みません。
 偶にポトフやシチューで食べることはありますが、それも月に一回位でしょうね。
 色々と作りたいとは思いますが段々横着になって来ています。

entry_header

朝食と雑談

 先日テレビ東京 土曜スペシャル「名医と一緒に行く!健康になる旅SP」と言うのに偶然目が行きました。
 テレビを付けましたら、房総の鴨川が出ています。これはこれはと見始めました。
 番組は3部になっていまして、最初のは見損ないましたが、2部と3部は見ることが出来ました。
 その3部ですが、脳を活性化するという旅です。
 日本薬科大学学長(丁宗鐵)さんと大桃美代子さんが、大宮神社を中心に脳を活性化することを教えて下さるのです。
 その最後の方で、陰陽五行に基づく食事のことを取り上げておりました。
 どう言うことかと言いますと、食事の中で五色の色の物を食べると脳の活性化になると言うのですね。
 その色ですが、青(緑) 赤 白 黒 黃 の五色です。

 毎日五色の食事をしているかどうかは自信はありませんが、強いて言えば朝食ですね。

     朝食3月14日  朝食3月15日

         左は3月14日       右は3月15日

     朝食3月16日  朝食3月17日

         左は3月16日       右は3月17日

 この話を中国語の老師に話しましたら、食べ物は色だけではなく、味も五つあると仰るのです。
 それは 塩っぱい 甘い 酸っぱい 辛い 苦い と言うことですね。それ以外にありますかと仰るのです。
 私は思わず旨味でしょうかと言いましたが、咄嗟に考えたのは、旨味とはこの五つの味のバランスに掛かっているのではと思い、それを老師に申し上げました。
 旨味には出汁とかスープとかの大事さもありますね。
 それはそれとして五つの味だけを考えれば微妙なバランスだと私は思うのですね。

 今日は素晴らしいお天気でした。上の孫の卒業式でした。話を聞きますと時代を感じさせられるものです。
 小さな大学ですが無事に今日を迎え、4月から社会人に踏み出します。
 明日は見えるでしょうから様子を聞きたいと思っております。

entry_header

焼酎

 マンションの一階に短いアーケドがあり、その中に酒屋があります。
 大量に仕入れているのでしょうか、酒類も安いのでしょうが、店頭に並ぶ様々な商品も安いのです。
 休日ともなりますと、男性のお客さんが多いように感じます。大量に買う方もおります。

 その酒屋さんの入り口に焼酎の量り売りの樽が置かれています。
 樽と言いましても金属製らしい樽ですね。

       焼酎樽

 写真では品切れ中となっていますが、時々ここで量って貰っている人がおります。
 私が見る限り買っている人は男性です。女性は見たことがありません。

 私が子ども頃 部落に一軒の酒屋ありました。其処はせんべい屋と呼ばれ、せんべいも売る店でした。
 せんべいは大きな瓶に入れられていたり、また箱型になっているケースに入れられていたりしていました。
 店の一角に酒の茶色の瓷が置かれていました。それは清酒ではなく焼酎でした。
 部落の男の内どれほどの方が飲んでいたのかわ分かりませんが、夕方になりますと焼酎を買う人が瓶を持って買いに来ます。

 それが焼酎と言う酒だと知ったのは、誰かに頼まれて買いに行ったからです。
 あの栓を引き抜き、瓷から瓶に酒が流れ込んで来るのが珍しくてじっと見つめたものでした。
 今でもやってみたいな~と思うのですね。いくら下で売られているとは言え、させてくださいとは言えません。
 
 空いた瓷はらっきょう漬けをする時に使われ、庭の隅に転がっているのが母方の家の風景でしたね。
 
 焼酎のことをホワイトリカーと言いますね。
 そのホワイトリカーと言うネーミングですが、それはオパールネットワークを主宰する「佐橋慶女さん」が付けたものなんです。
 これはご本人からお聞きしたことなんですが、ある時行きつけのお店で飲んでいましたら、隣に座っていた男性から声を掛けられたのだそうです。
 「あなたは飲むのがお好きなようですね。私は焼酎の協会?で今焼酎にいい名前を付けたいと募集しているのですよ。応募しませんか」と言われたのだそうです。心が動き締め切りをお聞きしましたら翌日だと言うのだそうです。
 そこで佐橋さんは家に戻り必死で色々と考え「ホワイトリカー」で応募したのだそうです。
 それが見事に当選。賞金は100万円だったそうで、頂いた日は帰りの車を運転するのもウキウキしたそうです。

entry_header

昼食と靴の話

 昼食は麺類が多いですね。粉物はお好み焼きや食パン等も食べますが、何と言いましても麺類です。
 偶に餃子等も食べます。昨日と今日はこんな物を食べました。

    スープ餃子ながいき葉玉ねぎ・白菜・木耳・生椎茸  焼きそば

 左は昨日の昼食 スープ餃子です。  右は今日の昼食の焼きそばです。
 日本蕎麦も良く食べますよ。今日は冷たい蕎麦にしようと思ったのですが、思ったような具がなくて焼きそばにしました。

 今日は何の日と言うことですが、靴の記念日だと出ていました。
 私の最初の思い出の靴は幼稚園の頃に祖父が東京から買って来てくれた皮靴ですね。
 田舎では靴屋はありませんでしたが、運動靴は売っておりました。
 戦争末期になりますと靴は配給で誰でも買うわけには行きませんでした。部落に割当の切符が来ます。
 それを抽選だったと思いますが、当たれば買うことが出来ましたが、当たらなければ古いのを履き続けなかればなりません。
 女学校に入学後ですが、運動靴を修理して履いたものです。下駄を履いて通学していた人もおりましたね。

 戦後ララ物資と言う米国からの援助物資の配給がありましたが、それは大学では空襲で焼け出された被災者だけに配られました。
 大学の事務所で友人が貰ったモダンな革靴に羨ましく思ったものです。

 夫が入学した時、姑が浅草の露天商から革靴を買って来て呉れたそうです。
 ところがその靴、買って数日後雨が降って底がボール紙で出来ているのが分かったそうです。
 露天商ですから文句も言えず、折角の母親のプレゼントが台無しになって仕舞ったそうです。

entry_header

昨日の夕食

 昨日は長女が北辰に連れて行って呉れました。2週間振り程でしょうか。
 車の中でも良いものがあると良いわねと二人で話しながら行きました。
 
 何時も褒め上手な店員さんはいなく、魚に詳しい店員さんがおりました。
 写真を撮らせてねとお願いし、写しました。魚に詳しい方は今日はこの場所の担当のようです。

             北辰店頭

 冷凍物の解凍の方法など教えて下さり、とても参考になりました。彼はどうも知りたがり屋の私の心を読んでいるようです。

 魚を眺めていますと、これは~~とか、そちらのは~~とか口に出されます。
 色々と眺めて何点か買いました。折角と言いますか、夕食は作らなくても良いようにお鮨を1パック買って来ました。

 帰宅後はアサリの砂吐かせの処置をしたり、冷凍する物は冷凍にしたり、何となく浮き浮きですよ。
 魚は出来るだけ自分で捌くのが好きです。何故かは綺麗に水洗いが出来るからです。
 それで切り身ばかり多い魚屋よりは北辰が気に入っているのです。

 夫の夕食はお鮨 私はしめ鯖 それと二人にワカメスープです。後は残り物。

     しめ鯖200円  ワカメスープ

 夫は昔手術をした時、病院で来る日も来る日も鯖を食べたことがトラウマになっていて、鯖を食べません。
 それに引き換え私は青魚好き。そこで自分用にしめ鯖を買ったと言うことですね。

 スープは韓国焼肉店の真似をし、ワカメスープを作りました。 簡単でしょ。老人ってこんな物です。

entry_header

偶然?

 9日に東武ストアで買って来た「ブロッコリースーパースプラウト
 何時も色々と送って下さる友人にながいき葉玉ねぎと一緒に送りました。

     ブロッコリースーパープラウト1  ブロッコリースーパープラウト2

 葉玉ねぎは買ってありましたので、水曜日の夕方にヤマト便で送りました。
 都内ですから午前着で大丈夫です。ヤマト便ですが最近は大体翌日到着になって来ていますね。

 次の日彼女から電話が入りました。勿論着いたということです。

 「ね~このスプラウトだけれど、先日花粉症に効果があると聞いたので、今日買いに行こうと思っていたのよ
 「以心伝心なのかしら」
 「今日はお天気が悪いでしょ。良かったわ。知っていたの?」
 「それが花粉症に良いなんて知らなかったわ」
 「あなた前からこれ知っていたの?」
 「そうね。少し前から食べているわよ。でもね、下のスーパーでは売っていないし、近くのイトーヨーカドーでも偶にしか出ていないのよ」
 「そうなの。何処のスーパーでもありそうなのにね
 「これは東武ストアで買ったのだけれど、何時もあるわけではないのよ。だからある時に買って来るの」
 「嬉しいわ。私は初めてよ。今日はお天気も悪いし、行かなくて済んだわ
 「それはそのまま食べるのよ。洗わずにね。見た目にはそう入っていないように見えるけれど、開けると詰まっていて沢山入っているのよ」
 「じゃ~サラダなどに良いわね。早速お昼に食べるわ
 
 彼女の知らない物って殆どないのですが、これは知ってはいても未だ口にしておりませんでした。
 喜んで貰い良かったです。

entry_header

イナダ料理と今日のこと

 一昨日駅の近くに行きましたので、東武ストアーに寄りました。
 天然のイナダの四半分が489円 背の方を買って来ました。
 その日は食べる物がありましたので、昨夜 カルパッチョに作りました。

      イナダのカルパッチョ

 カルパッチョは本来牛を使うのだそうですね。魚介類を使うのは日本発祥の物だそうです。
 イナダは薄く削ぎきりにしました。下には東武ストアーで買って来たブロッコリースーパースプラウトを敷きました。
 ところがお皿に乗りそうも無いのに気が付き、途中で少し厚めに切りそれは漬け焼きにして今朝食べました。

      イナダ漬け焼き

 朝食に蛋白質の物を一品付けます。夫に医師は鶏卵を一日一個を食べるようにとおっしゃいます。
 ですが鶏卵は隔日に食べるようになって仕舞います。私は干物や焼き魚が好きなんですね。
 鶏卵でなくても蛋白質なら良いだろうと思っているのです。

 今日の午後は手賀沼の辺りにあるアビスタの小ホールに出掛けました。
 過日出席させて頂いた、杉森のりこ先生ご指導の原語で歌う会でした。

 今日は子守唄です。シューベルトの子守唄とスロバキアの子守歌。それと五木の子守唄でした。
 五木の子守唄ですが、現在歌われているものは古関裕而氏が採譜なさったものだそうです。
 ですが先生の説明によりますと、日本の民謡は厳密には楽譜に出来ないものもあるそうです。
 スロバキアのものを説明なさって下さいましたが、スロバキアの国情の変化などもお話になり、とても興味深くお聞きしました。

entry_header

豚汁と気になること

 冷蔵庫の中に使い残しの野菜がありあります。賢明な方ですとキチンとされているのでしょうが、どうも家事下手で駄目です。
 ですが消化するには豚汁が一番てっとり早く簡単です。私は里芋があれば特に良いのです。

     豚汁1  豚汁2

 土鍋は丁度二人分を作るのに合っています。多めの汁で惣菜の一品ですから後は残り物で済ませます。
 簡単でしょ。良く煮込むと柔らかくて老人向きです。

 3月11日は5年前の東関東大震災の起きた日です。この数日はメディアでは沢山のことが出て来ております。
 被害状況の再現や仮設住宅の問題、復興状況の解説など等です。
 問題の大きさと複雑さや多さには改めて思うこと多しです。
 
 一つ今日目にしたYahooのニュースです。7000人が働いている福島第一原発での作業状況です。
 赤字でご覧になって下さい。私が知りたいと思っていたことでした。

entry_header

酸辣湯と東京大空襲のこと

 最近酸辣湯が好きと言いますか、気楽に作るようになっています。
 長女に見せると「成る程!今これなのね」と言われそうです。
 手羽中を使い酸辣湯を作りました。

        手羽中酸辣湯 チンゲンサイ・木耳・春雨・椎茸

 具は手羽中・青梗菜・木耳・春雨・生椎茸です。胡椒をうんと効かせました。お酢は黒酢です。
 スープさえあれば直ぐに出来ます。スープは冷凍出来ますから、時々作って置くと便利ですね。

 1945年のこの日 夜中に東京は米空軍による大爆撃を受けました。
 東京大空襲ですね。この日を記念しているのが3月10日です。記念と言いましても忘れられぬ人々への鎮魂の日であり、戦争への警告の日だと思います。
 
 3月9日の夜中から東京に向かうB29の爆音がご~んご~んと響き聞こえていました。
 女学校の寄宿舎にいた私達は轟音に目を覚ましておりました。
 夜中ですが異常な感じで外に出て見ました。

 北の空が真っ赤です。大きな火の塊と思われる物が見えるのです。東京だ!っと皆で眺め続けました。
 東京まで100㌔です。それなのに如何にも火の塊の中で何かが飛んでいるように見えるのです。

 あの日10日は土曜日でした。午後家に帰る私が館山の駅に行きましたら、千葉方面からの下り列車から降りて来る人々を目にしました。
 空襲の後何とか列車に乗れた方ですね。どの方も防空頭巾を背負い、顔も手も煤だらけのようになっています。
 親類縁者を頼ってか、あるいは実家へと避難して来たのか。その姿を忘れることはありません。

entry_header

紅くるり大根

 高島屋フードメゾンに行きますと、変わった物を少し買って来ます。
 先日は大きな赤いカブのような大根を買って来ました。丸のは形が悪く、長女も私も半分のを買いました。

 調べて見ましたら、紅くるり大根と言う大根でした。熱を加えるよりは生で食べる方が良いそうです。

       紅くるり大根と胡瓜

 大根を切り、胡瓜も切り、別々に軽く塩を振り、少し時間が経ちましたら、手で絞り水気を切ります。
 それを盛り合わせそこに帆立貝柱の粉末を掛け、その上からごま油を掛けて食べました。

 刺し身のケンにも良いと書いてありましたので、生の鰹を一さく買って来て刺し身にそえました。

       紅くるり大根とカツオ

 これは鰹のような赤身の刺し身でないほうが良いと思いました。
 大根のも一緒に盛り付けましたが、今一つです。紅も白も映えません。烏賊の刺し身に良いかも知れません。
 下の魚屋ですが、さく取りの厚さがもう5㍉厚く切ってあると良いな~と思うのです。鮪もそうなんですね。
 普通に切りたくても薄くてどうも駄目なんです。仕方なく削ぎきりにしました。
 ところが今度は厚すぎてチャンコ料理屋の刺し身のようになって仕舞いました。
 
entry_header

浅草セキネの焼売と雑談

 長女が浅草に出掛けた時、セキネの焼売を買って来て呉れました。
 
 昨年急死した従弟が遊びに来るとき、いつもセキネの焼売をお土産に持って来て呉れたのを覚えていたのです。
 店舗も綺麗になっていたそうです。
 仲見世も好きですが新仲見世も好きです。

     セキネ焼売1  セキネ焼売2

 セキネの焼売はがっちりとと言う言葉が当てはまりそうです。蒸すと柔らかくなりますが、フワフワ感はないですね。
 お腹に確りと収まります。

 随分昔 友人たちと四人組でセキネの前を歩いていました。
 突然男性が私達を引き止めます。
 「これからテレビの収録をしたいのですが、セキネの二階でお料理を食べて呉れませんか。勿論お金は要りませんよ」
 これは参りましたね。私達はセキネの前を西に向かい、国際通りをわたり、ストロバヤに行く途中だったのです。
 「済みません。折角ですが、先に予定がありますから」と断りました。
 ところがその男性は「何処に行かれるのですか。断れませんか」と言うのです。
 「済みません。予約をしてあるので」と断ってそこから先へと進みました。

 私たち食べたがりに見えたのかしら。セキネの前を通る度に思い出すのです。

entry_header

牡蠣の酒蒸し

 月に2回?ほど おおたかの森の高島屋フードメゾンに行きます。
 ほぼ毎日近所のスーパで買い物をしておりますが、時々衝動的に面白くなくなって来ます。
 そう言う私の気分を知っている娘達が買い物に連れて行って呉れます。
 高島屋フードメゾンは特に高級な物を売っている訳ではありませんから、気楽に店内を周り探索します。

 冷凍の牡蠣をみましたらふっくらとしており、如何にも美味しそうなんですね。
 それを買って来ました。
 買って来てから調べてみましたが、名前は播州赤穂のデカプリオイスターと言うブランド名の付けられた牡蠣でした。
 
 シンプルに酒蒸しにして食べました。白菜とだけのシンプルな鍋です。

       牡蠣酒蒸し

 白菜を5枚ほど 先ず茎の厚い部分と葉の部分を切り分けます。茎の部分は薄く削ぎきりにして鍋に並べ入れます。
 その上に牡蠣を置きます。牡蠣の上に白菜の葉を切って被せます。
 酒を100ccほど上から掛け、火を付けます。
 蒸し上がったらポン酢で食べました。珍しく全部食べ切りました。
 牡蠣は熱を加えても小さくならず、食べ甲斐がありました。値段は通販より安かったですよ。

entry_header

餡掛け焼きそば

 昼食は麺類が多いですね。パンも食べますがトースト専門です。菓子パンは食べません。
 サンドイッチは滅多に食べませんね。
 昨日は安納芋とバナナ。簡単でした。今日は高島屋フードメゾンで買って来た揚げ麺を使い餡掛け焼きそばにしました。

     餡掛け焼きそば  餡掛け焼きそば2

 具はモヤシ・木耳・キャベツ・人参・生椎茸・ながいき葉玉ねぎ・枸杞の実・豚こま少々です。

 1948年 上京しました。食糧難時代です。父が趣味で打っていた中華そばを揚げた物を缶に詰めて送って呉れました。
 それをスープに入れて煮込みますと柔らかい焼きそばになりました。
 当時吉祥寺の北口にラーメンを売る父娘がおりました。娘さんの感じがよく、女子寮の仲間と時々食べに行っておりました。
 お米の統制時代ですから、ラーメンの小麦粉を仕入れるのも大変だったと思います。手打ちではなかったですね。
 30円のラーメンはラードを入れるのですが、そのラードの所為か他所より美味しくて感じ、寮生の中には毎日のように食べに行く人もおりました。チャーシュー麺は少し高かったと思いますが、食べたくても我慢でした。

 
entry_header

焼き芋と雑談

 秋から春先までスーパーでは焼き芋が焼けていい匂いを漂わせています。
 下のスーパーでは安納芋の焼いたのが出ています。偶に買いますが美味しいですよ。
 夫のお腹のために牛蒡などの煮物もしますが、焼き芋も食べます。
 今日の昼食はバナナ一本と焼き芋一個 それと友人から頂いたカップラーメンで済ませました。
 四個買って来た焼き芋の残り二本は夕食に食べました。代用食だなんて言いながらね。
 夫一個半 私は半個。私はそれにワインです。夫は飲みません。

     焼き芋1  焼き芋2

 昼は焼きたてでしたが、夕食にはレンジで温めて食べました。安納芋は柔らかく老人向きです。

 水曜日にうっかり眼科病院に行って仕舞いましたが、午後は髪のカットに行きました。
 午前に急いで行くよりは午後の方が良さそうです。20分ほど待ちで出来ました。
 何時も指名する理容師さんがカットをして呉れました。
 カットをしながらお喋りです。

 「風邪は引かれませんでしたか」 「大丈夫だったわ」
 「風邪が流行っているようですね」 「なるべく病院に行かないようにしているのよ」
 「混むでしょうね」 「そうね。混むわね。今は健康保険があるでしょ。直ぐに病院にとなるでしょ」
 「そうですね」 「昔はね健保が無かったので、出来るだけ病院に行かないように、民間療法のようなことで治すことが多かったわね」
 「ええ? 保健が無かったのですか」 「そうよ。だから田舎の医者は患者を治して上げたいから、お金がない人には付けで診て上げることもあったわ」
 「付けって?」 「年末などに払うのよ。だから田舎の先生は先生様ですよ。往診もして呉れたしね。助かったわよ」
 「往診って家に見に来て呉れるんですか」 「そうね。先生が見えると洗面器に綺麗な水やお湯を入れて、手を洗う用意をして置くのよ」
 「へ~そんなことをするのですか」 「だって手を洗って帰って頂くのよ。タオルなんてない家もあるのよ。そう言う家は手拭いね」
 
 「昔はね。物がなくて苦労をしていたのよ。お米は配給で、それも最初は一人一日三合。それが二合になり、段々少なくなってね。戦後はそれもさつま芋になったりね。それなら良いほうよ。砂糖がお米の代わりに配給なんてね。」
 「ただですか」 「ただじゃないわよ。お金を払うのよ。段々配給も遅れてね。酷いものだったわよ。戦争って色々と起きるのよ」

 彼は知らない世界の話だったでしょうね。話に驚いてばかりおりました。 老人もカットに行きますが、私世代の方は少ないでしょうね。
 
entry_header

鶏肩小肉

 下のスーパの肉売り場は高級な物はありませんが、値段は手頃な物が多く、良く買っております。
 特に見つけてから気に入って買っているのが鶏肩小肉です。
 一パック買って来ますと2回は使えます。
 特に煮物のコクを出すために使いますね。良いですよ。

      牛蒡・人参・鶏肩小肉  牛蒡・人参・昆布・鶏

 この肉は一羽の鶏から30グラムしか取れないと前にも書きましたが、一パック300グラムだと鶏10羽分ですね。
 
              肩小肉

 私はとても気に入っております。適当に歯応えがあり、しつこくなく焼き鳥風にも出来ますし、値段も安いのです。
 初めて店頭で見た時、これが何時もあると良いな~と思っていました。
 それが毎日出て来るのです。手羽や腿等も買いますが、煮物には専らこの小肉です。
 先日ながいき葉玉ねぎと一緒に簡単な鍋にしました。

             鶏肩小肉鍋

 安上がりの鍋ですが、老人にはこの位でも十分に食べられます。さっぱりとしていますが美味しかったですよ。

entry_header

3月3日

 4週間毎に二人でペインクリニック内科に行き診察を受けます。
 今日は風邪引きらしい子どもが何人も見えています。この病院は以前コンビニだったそうです。
 病院ですから清潔は当たり前でしょうが、病院臭さがありません。
 周囲には大きなマンションが沢山出来ており、全体で周辺の人口は結構あるだろうと言う気がします。

 私達は診察室に一緒に呼ばれます。
 予約してありますから、待ってもそう長く待つことはありません。
 診察が終わり、席を立つ前に必ず先生は「風邪を引かないように、帰ったら必ず手を良く洗って下さい。転ばないように注意して下さい」と仰ります。

 確かに転ぶことは老人にとって大きな障害になりますね。注意しましょう。

 診察が終わり、待っていた長女の運転で何時もの鰻屋に行きました。4週間に一回夫の奢りで鰻の日です。

       うな重

 私には多すぎますから長女に少し助けて貰いました。

 今日は雛祭りの日ですね。千葉県の勝浦の雛人形を2回見に行ったことがありますが、2回ともお天気が悪く、この時期晴天が続くことは珍しいのかしら。
 今日は朝から晴れ 中央公園の工事もそろそろ終わるのではないかと感じます。

       3月3日中央公園

 空が綺麗です。日差しが明るくなって来ました。今年の夏祭りはまた広場が賑わうことでしょう。
 足元がバリアフリーとなるのですから、盆踊りも踊りやすくなることでしょうね。

 3月3日は耳の日 だそうです。このところ耳と言う字を見ますと悩むのです。左耳は完全に聞こえません。
 右も少し前よりは聞こえるのが悪くなっているように感じるのです。補聴器をどうするか。私の問題の一つです。

entry_header

胡麻和えと笑い事

 煮物が好きですから、良く食べますが、生野菜は余り食べないと言っても良いでしょうね。
 それでも大根おろしは毎日のように食べます。生野菜ではないですが、胡麻和えは時々作ります。

     ほうれん草胡麻和え  三つ葉胡麻和え

      左はほうれん草です。     右は根三つ葉です。
 
 胡麻は随分良く擂ったつもりでも写真で見ますと、今ひとつという気がします。練りではこれまたどうもと言う感じなんですね。
 胡麻和えって簡単のようですが難しいです。
 そして食べることも段々難しくなって来ております。食べたくないと言うのではないのです。
 歯間に必ず繊維質が挟まって仕舞うのです。若い時には考えもしませんでした。
 細かく切っても矢張り挟まるのです。
 擂餌にするわけには行きませんね。こうやって段々本格的な老人食になって行くのでしょう。

 今日の朝 眼科病院での視力検査を受けに行きました。病院はビルの5階にあるのです。
 エレベーターに乗り5階へと行きました。「この階には止まりません」と表示が出るのです。
 あれ?5階じゃなかったのかしら。おかしいなと下へとボタンを押して4階に止めました。
 また「この階には止まりません」とまた表示が出たのです。
 そこでエレベーターが可怪しいのかと、1階まで降りました。ふと横に目をやりますと水曜日は休日と出ているのです。

 全くですよ。自分で何と不注意 診察券に書いてあるのです。それをキチンと見ずに出掛けて仕舞ったのです。
 送って貰った二女は帰って仕舞ったし、バス停に目をやりますと丁度発車してバスが目の前を通って行きます。
 仕方なく次のバスまでベンチに座り待つことにしました。
 今日は素晴らしいお天気です。ベンチは背もたれが北に向いています。日差しを受けるに格好の場所です。
 駅の側ですから、人が足早に目の前を通って行きます。それを眺めながら20分ほど日向ぼっこをしました。

 昼食を食べていた時二女が入って来ました。 
 「早いじゃないの」 「それがね」 「休みだったの?」 「そうなのよ」 「待って上げれば良かったわね
 そうは言いましても待って貰うわけには行かないのが病院です。
 今日は予約なしですから、老眼鏡も本も持ち、2時間は覚悟していたのです。

side menu

side_header

プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

MATERIAL

【背景、記事テーブル素材】
レースの壁紙
レースの壁紙 様

【素材の加工】
FC2blogの着せ替えブログ

Powered By FC2 blog