2016-10

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二人はそれぞれ

 上の孫は慎重シャイですが、下の孫は大胆積極的です。
 買う物にも、食べる物にも大きな違いがあります。
 今月は孫二人の誕生月ですので、おおたかの森まで買い物に付き合いました。

    ケーキ1  ケーキ2

 これは上の孫のために長女が買いに行ったケーキ屋さんの店頭です。
 綺麗ですね。ケーキも年年歳歳進化していますね。

    おおたかの森1  おおたかの森2

 これはスポーツ用品の売り場です。下の孫は目下ダブルダッチと卓球に熱中しております。
 私は品物選びには付き合えませんから、店内の椅子をお借りし品物が決まるまで座って待ちました。
 ま~品物の多さにも感心しましたが、初めて目にしたテニスのラケットの張り替えをじっと眺めていましたら、お店のお兄さんにニッコリとされました。
 孫は値下げになった物を多く選んだようで、値段の割に色々と買えました。

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里芋煮と教育勅語の話

 もう軟らかく食べ易い物が良くなっています。そこで毎日煮物ですね。
 生野菜を山ほど食べられる歳ではないですね。生野菜は僅か付け合わせ程度ですね。
 里芋は良く食べますよ。煮る前に洗った里芋は笊に入れて数日置きます。
 そうしますと皮を剥いてもぬめりが出なく、煮てもすっきりとします。
 里芋はぬめりがないとと言う方にはこの方法は向きません。

     里芋・人参・牛蒡・隠元・豚こま  里芋煮付け

     里芋・人参・蓮根・した滝・揚げ  里芋・人参・昆布・豚肉

 里芋と何かを合わせて煮ることが多いのですが、時には里芋だけで煮ることもあります。出汁が効いていますから美味しいですよ。
 ま~こういう物が好きになっている人間には今日が教育勅語発布の日だと言われれば直ぐに分かります。
 
 教育勅語は1890年(明治23年)10月30日に発布されたのですね。
 小学校の頃 四大節と言う祝日がありまして、その日は学校で必ず式が行われるのです。
 四大節とは紀元節・天長節・明治節・それと四方節と呼ばれる元旦ですね。
 紀元節は今の建国記念日です。天長節は天皇の生まれた日です。明治節は明治天皇の生まれた日で今の文化の日ですね。
 その四大節には講堂に集まり、きちんと並び式典が始まります。
 式典で読まれるのが教育勅語です。校長は壇上の机の前に立ち、そこに勅語の巻物の入れてある箱を恭しく捧げて教頭が校長の前に進みます。 
 その箱を校長は受け取り、白い手袋をはめた手で箱から教育勅語を取り出します。それは巻き物のようです。
 校長はそれを広げて勅語を読み始めます。
 子どもたちは直立不動のまま頭を下げて、校長の読む勅語を聞きます。

 「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ~~~」と始まります。子どもたちはじっとしていられません。隣の子どもと足でいたずらをしたりします。
 「明治二十三年十月三十日  御名御璽」と校長が最後の言葉を読みますと、子どもはやっと終わったかとばかりにざわつきます。
 式の最後は記念日の歌を歌いました。 そうそう教育勅語は暗唱させられましてね。私は御名御璽の意味が分からず、先生に質問も出来ず、困っていましたね。
 
 教育勅語と天皇の写真(御真影と言われます)は学校の中の奉安殿と呼ばれる建物の中に収められています。
 何処の小学校にもありましたね。生徒はその前を通る時には必ずお辞儀をして通ります。

 青島の小学校では教育勅語を聞いたことがなかったような気がしています。
 確か四大節の時は宮城遥拝と言い、遥か遠い日本の方に体を向けて深くお辞儀をしたように覚えています。

 教育勅語は日本の小学校に転入して初めて聞いたように思っています。女学校に入学してからも聞いておりませんね。 
 
 米軍の空襲が激しくなり、火災が発生したりする中、奉安殿の御真影を守ろうと取りに行き、命を落とした教師もいたとも聞いております。
 それほど大事なことだったのですね。

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今日の一品とコスプレのこと

 昼食は簡単にと思うのです。それでも同じものを続けたくはないんですね。
 今日は茹で鶏がありましたので、茹で鶏蕎麦にしました。先日覚えた茹で蕎麦を買って来ますと簡単ですね。
 出汁は何時もありますから、添える物があれば超簡単と言ってもいいでしょう。

      茹で鶏蕎麦

 茹で鶏は圧力鍋で作りました。最近食べ物は固いものから軟らかい物へとシフトして来ております。
 鶏も生からよりもこうして茹でた物が良いです。

 今日のテレビを見ていましたら、ハロウィンのイベント? 色々と出て来ました。
 特に池袋の集まりです。見ていますとコスプレ? あれ?何でしょう? 
 私は全く関心がなかった所為でしょうね。驚きましたよ。
 小池都知事もリボンの騎士の主人公サファイヤとかになって参加したと言うのですね。
 それも昨年も参加したと言うのですよ。
 それで調べて見まして、コスプレなる物も、昨日の催しのことも知ったのです。
 リオで安倍総理がマリオになって現れたのはゲームで知っておりましたから分かりましたが、あれもコスプレなんだそうですね。

 こうなると如何に老人かと言うことですね。老人て言いたくはないのですがね。

      ディズニーランド

 これは二人の孫が先月ディズニーランドに行った時 私に送って呉れた中の様子です。
 ま~とに角下のスーパーでも別のスーパーでもオレンジの色があちこちに出ていますね。
 クリスマスやバレンタインデーも負けそうですね。

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私的明大昔話 4

 昭和23年 女子部と呼ばれた明治大学女子専門学校に入学したのですが、あっと言う間に後期の授業になりました。
 校舎は木造の二階建て 大きな教室は150人ほどは入れたのでしょうか。
 二階の一番西側でした。

         女子部校舎(昭和17年移転

 この教室で初めて学生大会なるものに出席し、先輩方の気迫に驚きました。
 議長は戸田(旧姓谷口)壽江さんでした。
 戦争の後の混乱期は未だ続いておりました。
 食べ物のないのは勿論ですが、色々な物が出回っておりませんでした。
 入学後 制服用の生地の配給券がクラスに何枚か割り当てられ、抽選で貰った人は学校の近くで洋服をオーダー出来ました。
 サイトーテーラーは今もありますが、その頃は明大ご用達のようなテーラーでした。
 アメリカからのララ物資も事務所から配られました。その対象は引揚者や戦災の被害を受けた方です。
  配られたものは衣類や靴などでした。それはお洒落に見えたのです。
 私は戦後の引揚者でもなく、戦災者でもありませんでしたから、欲しくても貰えませんでした。

 今明大通りと言われていますが、校舎の前の歩道には帽子屋やバッチ屋が何人も売り台を出し、学生を呼んでいました。
 角帽は態々汚したり、形を崩したり、また何か油でも塗ったかのようにテカテカに光らせて並べてありました。
 バッチ屋は明治のM形のバッチを並べています。
 万年筆屋も出ていましたね。何となく一癖ありそうな人たちでした。
 女子も角帽を被りましたよ。それも生地を持って行って作って貰う人が多かったですね。

          女子部角帽三好さん

 遠く北海道から出て来た松井映子さん(旧姓三好)はきちんと被っていました。
 胸のバッチは女子部の物で、女と言う字が書かれています。

 この年全学連が発足したんですね。秋でしたが、決起大会が開催され女子部学生は先輩のリーダーに引率され、日比谷公園まで歩きました。
 ですが、そのご何も活動した様子もなく、平穏に日が過ぎて行きました。

 冬休みも終わり、試験も済み、そして4月から始まる新制大学への移行試験が終わりました。

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今日の一品と老化の話

 日々の食事は出来るだけ自家製の物を食べたいと思うのですね。
 5年ほど前と比べ、食べる量は随分少なくなって来ました。
 何を作るにしても少なく、少なくと思ってはいるのですが、一回では食べ切れないことが多いですね。
 夕食には残り物ばかりの日もあります。昨夜は残り物も余りなく、おまけに夕方買い物に行き損ない、仕方なくじゃが芋のサラダを作りました。

        イクラ載せポテサラ

 何か合わせてと思いましたが、ハムもなく、卵は朝食で食べていますから、自家製のイクラを載せました。
 これが美味しいのですよ。また作りたいですね。

 ジャガと一緒に口に入れられなかったイクラを箸で一つ一つ摘まもうとすると、どうもすんなりと行きません。
 スプーンを使えば良いのでしょうが、座ってしまうとスプーンを取りに行くのは面倒なんですね。
 そこで何回か箸で摘まんで食べました。イクラは強く摘まむと潰れそうになりますね。加減が難しいです。
 こんなことを話題にするなんて老化現象でしょうね。
 
 老化現象と言いましても、個人差がありますね。おかしなもので杖を使っている方と出会うと、あなた様もですかって親近感を覚えるのですね。
 ですが、自宅前で待ち受けるレポーターの前を歩いて玄関に入って行く石原慎太郎氏は杖をついていませんから、親近感は覚えません。よしんば杖をついていてもこの方には親近感どころか疑惑を感じるだけです。
 小池都知事への回答を知りますと、どうしても疑問を感じるのですね。どうも老化を理由の一つにしているようですがね。
 不思議な不思議な老化です。

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チャイナドレスは素敵だ 119

 何時も同じようなことを言いますが、チャイナドレスを習うと言うことは着たいと思い続けることが大事ですね。
 生地の選択は最初は私の指示で用意して頂きます。
 生地の斡旋は致しませんから、初心者には何故かを説明します。
 そして徐々に色々な生地を使い制作して行きます。
 慣れて来て一通り出来るようになりますと、色々の作って見たくなりますね。当然ですね。
 生徒一人一人個性がありますから、基本から外れないようにして作って貰っています。個性を否定してはいけませんね。
 一昨日の生徒さん 今回覚えたいと言うことは紐ボタンのことでした。

     麻上着2  麻上着1

 夏物の仕上げですが、紐ボタンのつける位置を決めました。これは手縫いでしか出来ません。
 位置が決まり、半分着けて終わり。後は家で付けます。そして残りの時間はコサージ作りです。

               コサージ2点

 生徒の皆さん プロになる訳ではないと思いますので、ぼつぼつ作り楽しんで欲しいと思っております。

         今日の生徒さんも紐ボタンのことですね。

               和服地上着

 前回身頃を裁断しました。前身頃の中心にまっすぐな紐ボタンを付けることにしました。
 色々な形のボタンと比べ、紐にするまでは簡単です。ところが身頃に縫い付けるのは一番難しいのです。
 詳しく説明し、覚えて貰いました。

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小鯵と鯖

     最近手ごろな煮魚にする鯵が目につきません。
     やっと見つけた鯵。20尾で500円です。

          鯵を煮る

       大きな平鍋で全部一緒に煮ました。
 下拵えも煮方も何時もの通り。流石に骨湯にはしません。
 鯵は4尾ずつ分けて3個を冷凍。冷凍した鯵は食べたいときに解凍し、焼いて食べます。
 
  食の内容は年齢と共に変わって来ます。大好きな魚ですが、最近は生より、火を通した物の方が良いですね。

  今日の昼食 娘たちと夢庵に行きました。外食は定例の鰻以外は滅多にありません。
  近所に中華そば屋と洋食の店があるのですが、何となく4人では行きずらい感じです。

  夢庵に行きましたら、混んでいます。私は日頃家では食べない焼き塩サバの定食を頼みました。

    夢庵鯖定食  夢庵ぜんざい

 鯖は塩加減も良く、美味しかったのですが食べ切れません。ご飯も三分の一ほど残して仕舞いました。
 何年も口にしなかったぜんざいも食べたのですよ。偶には外に出掛けて食べるのも良いものですね。

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私的明大昔話 3

 先日の麻雀の会の時「スマホ持っていますか」と聞かれ、何故かと思いましたが、周りの人が私のスマホに顔を寄せて来るのです。
 「なんですか」とお聞きしますと野球の結果が出ているかどうかと言うことなんですね。
 六大学野球の試合だと言うのです。
 立教との試合なんです。その時結果は未だ出ていませんでした。
 何だか皆さん少し興奮している感じなんですね。
 そして一人の方が「明日応援に行きますが、一緒に行く方はいませんか」と声を上げていたのです。
 そうしましたら昨夜優勝だと知りました。39回目の優勝だそうです。

 1953年(昭和28年)4月 私は明治大学職員として勤務しました。所属は二部学生課です。
 野球と言えば、入学した頃は杉下茂や入谷正典と言った投手が活躍しておりました。
 神宮球場に足を運んだのは勿論明治の試合のある時ですね。クラスの何人かは野球部の誰かのファンでした。
 私にも誰かのファンになったらと言うのですが、野球も分かりませんからファンどころではありません。
 
 それがですね。大学に勤めたその年の秋 明大は戦後初めて優勝したのです。
 10月26日 優勝パレードが実行されたのです。
 その時のバッテリーは投手秋山登 捕手は土井淳です。監督はあの有名な島岡さんですね。
 秋山・土井二人のことはここでご覧ください」

 その日は早めの出勤となりました。大学に着きますと学生課・二部学生課に提灯が次々運び込まれて来ました。
 それを学生に配るのです。二部学生課ではクラスで纏めて受け取りに来るよう、学生に伝達しました。
 
 二部学生課のカウンターは狭く、長さは二間ほどです。ドアは半間ですよ。そこに学生がどんどん入って来ます。
 いくら順にと怒鳴っても入って来るのです。学生に押されたカンターがギシギシ言うのです。
 それでも何とか次々提灯を渡します。そこにまた卒業生もやって来ます。
 同期の卒業生は私の名前を廊下から呼んで、提灯を回せと言うのです。大汗をかきましたよ。

         提灯行列168

 道路は道幅一杯に学生で溢れています。男性職員は警備に出ております。パレードが出発し、次々人々が提灯をかざして歩いて行きました。
 最後の列がまだ正門前にいる時、屋上に上がって道路に目をやりますと、先頭はもう遠くの道路を歩いています。
 東京の空も暗かったのですね。
 最後の人が出発した後、教職員は教員室に集まりました。そこには当日の担当者ばかりではなく、校友会の大物の方なども見えました。 
 お祝いの食事が運び込まれ、提灯行列が無事に解散した後、私たちも帰宅しました。


 丁度良い時ですからここで明大校歌をお聞き下さい。最近の大学の風景も一緒に流れていますよ。

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ニシン蕎麦と雑談

 2年前 駅前のそば屋に入ったのですが、そこのニシン蕎麦のことを怒った私。
 それ以来食べたいときは家で作り食べるようにしました。
 今日はそのニシン蕎麦を昼に食べました。ニシンは甘露煮の既製品です。
 ニシンを煮るのって考えただけでも出来そうにはありません。

       ニシン蕎麦2人前

 先日生の蕎麦を買て来ましたが、茹でるのにかなり時間が掛かりましたので、今日は簡単な茹で蕎麦を買って来ました。
 このところどうも積極性に欠けています。横着になっています。
 出汁は丁寧に作った物ですよ。味は醤油と味醂を半々に合わせます。美味しかったです。
 調味料の良い物を使っても外で食べるよりは安く食べられるでしょう。

 今日は電信電話記念日だそうです。父が逓信省に勤めていましたから、電信電話には子どもの時から関心がありました。
 幼稚園の時、父がカタカナで書いた私宛の電報を時々持ち帰って来ました。
 そしてイロハのイとかロシアのロやラッパのラとか、また終わりのンとか言いましてね。面白がったものです。

 父が中国青島に赴任し、我が家は青島で生活を始めたのですが、電話は華北電電の社員ですから良い番号を貰っていました。
 中国人から電話が掛かって来ますと「ニーナーレン」と言います。「あなたは誰ですか」と言う意味なんですね。
 父にどうしてと聞きましたら、中国人は相手を確かめてから話をするのだと言うのですね。
 今は違いますね。「ウエイ」と言いますね。
 
 携帯電話を初めて持ったのは随分昔になります。
 重くて子どものお弁当位もする大きな物でした。電池は充電式ではなく、バッテリーに充電するのですね。出先で切れるといけませんので、バッテリーのスペアのを持ち歩きました。バッテリーは学校の硯位ですよ。
 重くてハンドバックに入れて歩くのは疲れました。そこで止めたのです。今はスマホでしょ。便利になったものですね。

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麻雀大会

 明大校友会我孫子地域支部の第二回麻雀大会に出掛けて来ました。
 今日は思わず首をすくめたくなるような寒い日となりました。着る物も調節出来るようにして行きました。
 会場は我孫子駅直ぐのビル3階。前回と同じです。
 
 集合 9:30 終了 16:00 会費は3000円 昼食代と会場費それと景品です。上手に賄うものですね。
  
 今日の参加者 我孫子地域支部 14名  流山地域支部から4名と柏地域支部から2名の方がお見えになって下さいました。
 
 世話役は渡辺 宏さん ルールの説明と会の進行に奮闘なさって下さいました。

          麻雀渡辺さん説明

 説明の後 今日のルールに従い席につきました。お店の方が用意されるのでしょうね。

         麻雀1準備

 今回は一回目の時に色々と知りましたので、さほど驚きはしませんでしたが、リーチの場所に点棒を置くと女性の声で「リーチ」って言うのです。前も言っていたのかも知れませんが、へ~声が出るんのだと驚きました。

        麻雀計算

 一回ごとに計算をして渡辺さんがそれを整理し、次の組み合わせとテーブルを決めます。

        麻雀集計

 昼食は前回同様おにぎりと味噌汁に漬け物 その間に周りの方とお喋り。

 午後の部も終わり、集計表を掛けて成績発表と景品贈呈。 そして記念写真です。

          麻雀結果

 前回同様私はビリです。連続ビリに賞品はないのですね。ブービーになれるのは一体何時のことやら。

        麻雀写真

 皆さん優しいのですよ。私を椅子に座らせたまま、動かそうとして下さるのですよ。
 隣が大きな方ですからチョと小さく見えるかしら。私の左隣の方は、支部の最長老の方です。

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久しぶりの塩豚

 長女と買い物に行きました。少し贈り物をしたく、やや高いと言いますか、品物の良い店にしました。
 別々に店内を回っておりました。
 長女が呼ぶのです。 「ねえ~ねえ~最近塩豚作っていないでしょう。今ブームじゃないのね。最近何がブームなの?」と聞きます。
 「そうね。最近ね。何だろう。煮物かしら」 「シューシュー?」
 「圧力鍋も良いけれどね。やっぱり煮物かしら」 「これどう~!塩豚に良いじゃない。形も良いしね」と肩ロースの塊を指さすのです。
 大きさも良いし、形も良いし、質も良く見えます。買って来ました。

            塩豚1

 粗塩をたっぷり肉に振りかけます。そして塩が馴染み、塩が消えたら密封容器に入れて冷蔵庫で1週間ほど保存します。
 今回は少し長めで9日置きました。そこで茹で上げて出来上がりました。

    塩豚2  塩豚3

 切り口が綺麗です。出来上りは上々です。味と歯ごたえはコーンビーフとハムの中間のような感じです。
 コーンビーフは好きですから、次回はもう少し冷蔵庫で保管を長めて見ようと思っております。
 とても美味しかったんですよ。 塩豚の作り方はコチラでどうぞご覧になって下さい。簡単ですよ。

 茹でるのに圧力鍋を使っても良いですね。今回は鍋で茹でました。

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お喋り~~回?

 生田先生とは随分長くお付き合いをして来ました。
 今日はその始まりからのことを話題にし、54年も経っていることに驚きました。

 54年と言いましても、振り返って見ますと、短くもあり、長くもあり、知らず知らず浮遊していたような感じです。
 年に何回かお会いしているせいか、長さに感無量と言う程ではありませんが、話す内容には時代を感じること多く、特に今日はそう感じました。

 私が明大昔話を書くのに、大学での大きな動き、事件、変化と言ったことを思い出しながら辿って行きました。
 生田先生は学生の頃カウンセリング研究会と言うクラブの部員でした。
 明大の学生相談室が発足して間もない頃ですね。
 
  相談室のことも良くご存知ですが、半世紀にもなる間の経験や、見聞など。また多くの出会いや事柄を話し、お互いの意見も述べ合いました。
 
  私が忘れていることもあり、生田先生と話すうちに記憶が戻って来たものもあります。

  これから時々書きたいと思うことに参考になりました。

 今日は可成り気温も上がり、お天気も良く、爽やかな一日でした。
 自宅近くのデニーズは空いておりました。
 食べ物は先生は何時もの通り和定食 私はサラダ・コーンスープ・パンでした。
 デニーズでは今まではクラブハウスサンドに決めていましたが、メニューはすっかり変わり、仕方なく今日の組合わせとなりました。

        デニーズ

 色がないと画面が何となくさみしいので、話題から逸れましたが載せました。

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チャイナドレスは素敵だ 118

 生徒さんも健康問題を抱えている方が増えています。私の所にお見えになる方には20台の若い女性はおりません。
 若いと言えばNHK文化センター柏教室に習いに見えた高校生の方が唯一と言えましょう。
 彼女は文化服装学院を卒業。現在服飾関係の仕事に就いています。きっとチャイナドレスを勉強したことが役に立っていることでしょう。
 チャイナドレスは若い方は若いなりの、中年の方は中年なりの、また高齢な方は高齢なりの良さがあります。
 和服と共通しますね。
 基本のデザインを守りながら、少しずつスタイルや生地選びなどで自分の個性を出すことが出来ます。
 
 今日の生徒さんは呉服の生地から上着(ブラウス状)の作ることになり、裁断をしました。

        和服から

 型紙なしの裁断は慣れた方ですと、身頃だけでほぼ1時間で済みます。
 型紙がありませんから、難しいように思われるかも知れませんが、間違う所は大体皆さん同じなんですね。
 ですから、裁断を進めて行くうちに、その場所になりますと、よ~く注意をして見ています。
 5ミリの差でもうっかり間違いますと、後で苦労をします。
 私は自分の経験を思い出し、出来るだけ無駄のないようにと教えています。
  
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重なる縁

 中国語の老師は時々中国の風景や音楽。また私に読めそうな内容のニュースを送って下さいます。
 パソコンがある無しでは知ることも違いますね。勿論情報はパソコンだけではないですが、パソコンは交流を世界を広げて呉れます。
 先日は中国で漢語倂音之父と呼ばれている周有光氏の「111歳の記事」を送って下さいました。

 周有光氏の日常生活は見事なばかり。読ませて頂き驚きと同時に偉人と言っても良い方だと感嘆しました。
 1906年1月13日に生まれたそうですから、来年早々には112歳ですね。
 夫人は既にお亡くなりになっているそうですが、日常の生活は簡素、勤勉、食生活には注意をなさり、執筆も日々継続なさっているそうです。
 怒らず寛容の精神を持ち続け、真似しようにも出来ないお姿です。

 周有光氏については直接は存知上げないのですが、随分昔からその名前を目にしておりました。
 周有光氏の執筆された「漢字改革概論」を日本語に翻訳出版した橘田広国さんからお聞きしていたからです。
 
             周先生書

  橘田さんから漢字改革改革概論は頂戴してありました。

     周先生見開き  周先生文

  右の文章は橘田さんが周有光氏から頂いた自筆の自己紹介です。

 橘田さんとは長くお付き合いがあり、光明日報をお亡くなりになる少し前まで送って頂いておりました。
 光明日報は毎日北京から送られて来ていました。私はタイトルだけを眺め、それをNHK文化センター柏教室の中国語の王廼珍老師に差しあげていました。
 橘田さんは旧満州で日本人中学の教師をなさっており、山梨県の方です。
 時々お会いしますと中国話に興じたものです。
 知りあってから、10年ほど経ったある時、橘田さんが「僕の従妹に優秀なのがいてね。東海大学に勤めていたのだけれど亡くなってね。残念ですよ」と仰るのですね。あれと思いまして名前を伺いました。
 なんとその方は私と仲良しだった東海大学松前重義総長の秘書だった石原和子さんだったのです。 
 驚きましたね。その石原さんのお蔭で私は現在東海大学校友会館の東海倶楽部のメンバーになっているのです。
 老師から送られて来た周有光氏のことから橘田さんのこと、石原さんのことを思い出したことです。

 周有光氏の111歳に驚かれた方の日本語のブログがありました。それはここです。

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イクラと孫のラケット

 筋子の良いのが出て来るのは10月でしょうか。9月にも出て来ますが、細くて高くてね。
 矢張りシーズンの盛りに買うのが良いですね。
 長女から「筋子の良いのがあるけれど要りますか」と電話があり、買って来て貰いました。
 筋子を加工したイクラは高いですね。魚屋でも出ていますが、とても高くて買えません。お惣菜には勿体ないです。
 イクラは自家製に限るとばかりに、シーズン中に2,3回は作りますね。

        イクラ1920円

 これは元になった筋子で1920円です。出来るだけ早く食べるようにします。私のイクラの作り方はここでどうぞ。

 下の孫は中学2年生ですが、クラブ活動は卓球部です。昨年はダブルダッチの練習で、部活は余り参加出来なかったようです。
 2年生になり、部活に出るようになりました。そこで突然目覚めたかのように、卓球に熱中しております。
 持ち物も愛ちゃんグッズ。練習も熱心ですからラケットの消耗も激しく、張り替えも時々するのですね。
 そのラケットですが、前に私が今時のラケットはこんな物なんですね、何て言って仕舞いました。

          ラケット

  孫にこの間のラケット凄いわね。色も色々と入っていてね。と言いますとすかさず「ばっかじゃないの。あれはカバーなのよ」と呆れかえられて仕舞いました。
 考えて見ればそうなんですね。オリンピックの時でも、こんなラケットは使われていませんよね。
 冷静さに欠けました。
 
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煮物と雑談

 老人には煮物が合っています。毎日毎日食べても飽きません。
 数年前までは野菜炒め等も時々は作りました。それが今や余り作らないし、そう食べたいとも思わないのですね。
 地味な食事です。煮物は出来立てと比べ、時間が経つと味が段々濃くなってきますので、少なく煮ようと思うのですが、どうしても多く煮て仕舞います。

      ひじき・人参・竹輪  里芋・人参・ハス・牛蒡・隠元・豚コマ

      大根・イカゲソ煮  牛蒡・人参・隠元・豚煮物

 煮物を美味しくするには、出汁ですね。それと灰汁取りを確りと取ることが大事だと思いますね。

 昨日駅前まで用事があり出かけました。用を済ませてから、東武ストアーに寄り買い物をしました。
 24時間営業ですが、夕方は帰宅を急ぐ方が良く入って来ます。品物も量が少なくしてある物が目に付き独身者にも買い易そうです。
 昨日は夕方ではなく昼間でした。買い物を済ませ、バス停に向かいましたら、目の前で発車して仕舞いました。
 仕方なくベンチに座り次のバスを待つことにしました。
 昨日の日差しは暖かく日向ぼこっこに丁度いいところです。隣に座った高齢な女性の方から声を掛けられました。
 「ここは良いですね。奥さんはどちらまで?」と聞かれました。その方は別ルートに乗る方でした。
 「私ね。リハビリを受けに行っているのですよ。肩が痛くて毎日行っているのですよ」と仰るのです。
 「主人が倒れてね。2年経つのですよ。ヘルパーさんにも来て貰うのですがね。男は重いでしょ。だからヘルパーさんは二人で来てね。それでも主人がお通じをする時にね。“もう出た”とか“未だですか”とか言われるのですよ。
 それが可哀想だから私も出来るだけ起こしてさせるのですよ。それで肩を痛めてね。リハビリに行くのですよ」
 「ご主人様はおいくつですか」とお聞きしましたら70歳だと言うのですね。
 きっと大変でしょうね。身体も未だ確りとしているでしょうからね。
 老々介護ですね。
 その方言葉に出したかったのではと思いましたね。僅かな時間でしたが、その方にとってカタルシスになったかも知れませんね。

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松茸は美味しかった

 松茸をこんなに何回も食べたことはなかったですね。
 滅多に口にしませんから、美味しい食べ方を知りません。
 それでもあれが良いかしらとか、こっちの方が良さそうだとか、色々と考えました。
 ネットで見ますと炊き込みご飯が圧倒的に多く出ています。
 そこで炊き込みご飯も炊きました。先のカナダ産と比べ歯ごたえも香りも違います。2カップ炊きました。
 ホイル焼きはオーブンのこともあって、代わりに陶板で焼きました。これは笠の部分は美味しかったのですが、柄の所が固くなって仕舞い、チョッと失敗。
 そこで、柄を細かく切り、三つ葉と一緒にかき揚げにしました。笠も一緒に揚げました。
 これは美味しかったですね。お吸い物にもしました。香りが良く、松茸って言う気分になりました。
 今夜は松茸蕎麦ですよ。これはとても良かったですね。

     松茸天ぷら  松茸蕎麦

        左は天ぷらです。        右は松茸蕎麦です。

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朝食と雑談

 朝食は殆ど同じような献立です。変わり映えはしません。
 長女の話 「食べ物のブログに載せる方は写真は陽のある所で撮るのが良いと、それに合わせて写すと聞いたけれどね」と言うのです。
 そう言われてもね。
 朝食を作る時間は食事時間に合わせますからね。
 長女に言いました。 
 「良いのよ。写真より物の方が大事だからね。何時間も経ってから食べるなんて嫌」て言いました。
 考え方は人様々ですからね。
 私の場合 特に朝食は時間と大いに関係があります。味噌汁の温める時間。
 大根おろしに鰹節を掛ける時間のタイミング。
 特に卵の場合は時間が大事です。
 夫の起床に合わせてお膳に並べます。事前に写すなんて不可能です。
 毎朝の朝食を写す時間は先ず8時2分頃です。

     朝食10月10日  朝食10月11日

       左は10月10日です     右は10月11日です。

     朝食10月12日  朝食10月14日

      左は10月12日です。     右は10月14日です。

 10月13日のがありません。毎朝6時に起きますが、13日は5時半に目が覚めて、もう6時も近いからと起きました。
 寝室と居間は襖があるのですが、閉めず開けたままにしております。
 起きた私は暗い中で調べ物をしておりましたが、迂闊にも寝てしまったのです。
 夫に声を掛けられて慌てて起きますと、冷蔵庫から色々な物を出して夫が用意して呉れていました。
 直ぐにテーブルの前に座り、食べて仕舞ったのです。 
 初めてのことです。老人になりますと昼寝も大切だと聞きます。それと良く寝るようになるとも聞いております。
 さてはと思いましたが、老人に間違いないです。知らないうちにこういうことが起き始めたのですね。

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 私的明大昔話 2

 戦争が終わった後の東京の街は至る所に空襲の爪痕が見られました。
 焼け跡に植えてある物は花ではなく、食べられる物ばかりと言っても良いほど、さつま芋や南瓜などが多かったですね。
 食糧難は致し方ないことですね。個人で解決できるレベルのことではありません。
 
 昭和23年 国鉄お茶の水駅 改札でお茶の水橋口に出ますと、駅前には東大方向に向かう都電の停留所がありました。
 駅前から駿河台下方向に道の右側を歩いてゆきますと、駅前から二番目の角に政経ビルと言う名の古いビルが建っていました。
 そのビルを右に曲がると現在のとちの木通りですね。
 曲がらずに道を渡りますと、その角から石垣がありました。石垣の高さは一番南の角辺りですと、2m以上もあった様に記憶しております。
 石垣の上はテニスコートになっておりました。実際テニスをしている学生の姿は見ていません.。時期は分かりませんが昔の画像があります。

       8号館前テニスコート144

 石垣には防空壕の跡が見られ、また石垣から出て来る水が南へと流れており、歩道は何となく水苔のように汚くて歩くときはその水を避けて歩いたものです。
 後期の授業が始まり、学校に向かいますと、その石垣の上からさつま芋の蔓が伸びていました。誰かが植えていたのかも知れません。

 今はこの場所はアカデミーコモンの前の広場の位置になります。

 教科書は出版部と言う大学の施設が当時の1号館にあり、教科書はそこで買いました。教科書はガリ判刷りのざら紙のような粗末な紙の物でした。その教科書は私も捨てて仕舞っていますが、友人に聞きましても覚えてはいますが、誰ももっておりません。
 時代とはいえお粗末なものですね。
 教科書以外は三省堂などで買いましたがね。

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巨大松茸と雑談

 私がカナダ産の松茸ご飯を炊いたのを知り、きっと本物も食べたいのではとお察し下さったかのように巨大な松茸が届きました。
 冷蔵の宅急便です。それは信州は松本にお住いのEGUTIさんからなんです。持ち山で採ったものだそうです。

      松茸405g  松茸405g3

 一本で箱一杯です。笠の大きさは直径17cm位 長さ25cm位 重さ405g です。
 こんな大きな松茸、見たことがありません。勿論食べたこともありません。手で持ちましたら重いんですね。
 一回で食べるには多いし、それに勿体ない気がします。出来るだけ大事に急いで早く食べることにしましょう。

 今日は月に一回の貯筋体操とお茶会でした。
 前回に続き参加して来ました。椅子に座っての体操を基本にゆっくりゆっくり体を動かします。
 指導の先生の説明は血行を良くすること、筋肉を使うことが認知症の予防にもなることだと言うことです。
 そう言うお言葉を耳にしますと、何となく自然に呼吸も体もゆっくり出来るようになっているのです。
 参加者は前回より多かったように見えました。
 体操は1時間 それからお茶会になりました。7人のテーブルに座った方々と簡単に自己紹介。
 健康のことも話題になりましたが、健康で過ごしたいと言う思いは同じですね。
 声を出して知らない人とお喋りは脳の活性化にも繋がると言うことのようです。
 良い時間を過ごして来ました。

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サルナシ

 日本だけでも知らない食品が山とあります。世界ではもう想像も付かなく、また数え切ることも出来ませんでしょう。
 スーパーやデパ地下。また地方の番組などでも聞いたことも見たこともない食品に出会います。
 世界では毎日毎日人々が異なる食品を食べているはず。それは何十億にもなっていましょう。
 それこそ想像も付かない種類の食品が並んでいましょう。
 
 私も私なりに食品に関心がありますが、考えて見ますと、それはほんの僅かな物にしか過ぎないことだと思いますね。
 
 昨日富山の瀬戸さんから味噌と一緒にサルナシが送られて来ました。
 富山の瀬戸さんがご自分で採りに行かれた物でしょう。私には初めて物です。

         サルナシ
 
 サルナシとはミニキウイ・フルーツなどとも言われているそうです..

 栄養価も高く、優れものの食品のようです。冷やして頂きました。皮ごと頂きましたが、確かにキウイに似ていますね。
 長女が来ましたので、試食をどうぞと言いましたら、生協で取ったことがあったそうで、知っておりました。

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松茸ご飯と雑談

 松茸は土地を選ぶのでしょうね。この辺で出たと聞いたことはありません。
 たまにと言いますか、何年かに1回位は頂き物を口にすることがありますが、滅多には食べられません。
 昨日は長女とスーパーに行きましたら、カナダ産の10㎝ほどの形の良い物が2本で450円(半額です)
     笠も開いてなく良さそうに見えました。
     そこで夕食に炊き込みにしました。

     松茸ご飯1  松茸ご飯2

 香りと食感は国産には敵いませんが、値段にしては美味しく頂きました。お米は新潟の上等なコシヒカリ。頂き物です。
 味付けは何時もの通り我が家の定量。酒を入れて出汁を規定の分量まで注ぎ、炊きました。

 今日は体育の日ですね。東京オリンピックが開催された日が体育の日なんです。
 明治大学和泉校舎ではマラソンの日には学校中と言ってもいいほど、甲州街道に皆が並び選手を応援しました。
 その日は授業は休講にはしておりませんでしたが、登校していた殆どの学生が並んでいたと思います。
 若し授業をしていた教授がおりましたら話題になったことと思いますが、そのような話は耳にしませんでした。
 私はエチオピアのアベベの走る姿に感動したものでした。思い出しますね。

 そうそう甲州街道は整備されて広くなりましてね。私が1年生の頃は馬車が通っていましたよ。
 そして馬糞が良く落ちていたものですよ。

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私的明大昔話 1

 過日の五者快談の時、一番早く大学に足を入れたのが私でした。
 その席で昔話がかなり盛り上がったと言いますか、皆さんに関心を持たれました。
 席上実際に体験した人間の記録は、何らかの形で書き残して置くことが大事だと。それで私の記憶にある事柄を無作為に記して見ようと思っています。
 行ったり来たりとなると思いますが、時々思い出して書いて見ましょう。
 齢84が云々と言っている方もおりますから、齢85に免じて拙文にお付き合いくださいますよう、お願いいたします。

 昭和23年4月明治大学女子専門学校に入学しました。試験は3月27日だったと思います。発表は3月31日でした。
 受験料は200円。授業料は年7800円だったと思います。
 入学式は専門部と一緒に記念館で催されました。記念館は満席。私は3階からやっと下を覗くような会場に驚きました。
 ピカピカ磨き上げた女学校の校舎と比べますと、それは汚くて何でと思ったことでした。

        記念館内部

 誰が総長かもわからず仕舞いで入学式は終わりました。
 入学後数日して直ぐに一カ月の休講になりました。事情は食糧難です。都内は未だ焼け跡が広がっていおり、人々は食料を求め苦労をしておりました。
 大学はそれで少し学生に時間を呉れたのですね。嘘のようなことです。
 一か月後授業が始まりました。私のクラス担任は久米愛先生でした。
 担任の授業は科目はなく、学生との交流と言いますか、対話のような気張らない時間でした。

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今日の一品と足袋の話

 下のスーパーの肉屋に冷凍の豚バラの軟骨が出ております。偶に買い煮込んで食べています。
 大きさが少し大きいので、もう少し小さいと良いなと思っておりましたら、守谷のスーパー「ジャパンミート」に細かく切ってあるのを見つけました。
 二パックで750円です。チョと一回では食べ切れない量ですが、煮るのには多めでないと美味しくありませんから買って来ました。

        豚バラ軟骨の煮たもの

 豚バラ軟骨は熱湯で一回茹でこぼします。
 圧力鍋に醤油・砂糖・酒・水を入れて砂糖が溶けるまで火に掛けます。そこへ茹でた軟骨を入れ圧力を20分。
 今回はその後牛蒡・コンニャクを入れて煮込みました。沢山煮あがりましたから一部冷凍保存にしました。

 今朝は残りに出汁と醤油を足して、人参・ジャガ・玉ねぎを入れて肉じゃがにしました。

        豚バラ軟骨のリメーク

 これも沢山になって仕舞いましたので、今夜も食べます。
 今日は上の孫がハワイに出掛けたので、長女は私達と一緒に夕食を食べることにしました。
 長女は普段孫を迎えに行きますから、アルコールはそれまで一切口にしません。
 今日は口を開けた獺祭をゆっくり飲むことが出来ましょう。
 長女の婿殿は帰りが遅いので、別に用意して置くことにしました。長女は今家で夫の夕食の準備をしていることでしょう。

 今日は足袋の日だそうです。色々と考えるものですね。
 前に足袋の話をアップしましたが、今はどう頑張っても足袋は履くことは出来そうもありません。
 腰を落として、手を伸ばしコハゼを掛けるなんて至難の業です。昔の老人はどうしていたのでしょうね。

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良い物を買いました

 最近世の中のことと言いますか、噂や流行りに疎くなっています。
 それでも孫や娘たちと何時も会っていますから、彼女たちから良い情報を知ることがあります。

 下の孫 最近の卓球熱は食べ物にまで及んでいるようです。
 私の注文するネットスーパーで一緒に買って欲しい物があると言って来ました。
 初めて聞く品物ですから聞いても直ぐ分かりません。そこで家に来て貰い書いて貰いましたよ。間違ったら困りますからね。
 それは「水谷隼カレー」と言うのです。注文しましたから来ましたよ。

       水谷カレー1水谷カレー2

 これが中々買うのに大変らしいものだとは、調べてみて驚きました。材料には問題ないようです。
 味は分かりませんがきっと美味しいのでしょうね。

 昨日守谷のスーパーに買い物に行きました。長女・二女と私と三人で一緒に行きました。二女は品物探しが上手です。
 そのスーパーで長女が買うのが簡単ではないと言う日本酒を見つけ、売り場から私に手を振っています。
 「獺祭」と言うお酒です。この獣編の名前のお酒はお酒好きな人のブログで目にしていましたから、名前だけは知っておりました。
 長女に言わせますと、簡単に何時でも、どこでも買えると言うお酒ではないと言うのですね。
 そこで二人で一本ずつ買いました。

      獺祭その1  獺祭3

 昨日の夕食の時に飲んで見ました。優しい口当たりのお酒です。きつくなくて飲み易いですね。
 長女は分相応にと等外のを買いました。私に口を開けたら試飲させてねと言って帰って行きました。
 
 孫・長女・私 珍しいと言いますか手に入り難しいものを買うことが出来ました。
 こんなことは滅多にないことです。

 話は変わりますが今日はリオのオリンピック・パラリンピックで入賞した方のパレードがありましたね。
 お天気も良く、かなりの人出があったようです。中継を少し見ましたが、良いものですね。
 夕刊に写真が出ていましたので、スキャンしました。

           パレード
 
 アスリートの方々もとても嬉しそうに楽しんでいるように見えましたよ。

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今日の一品と孫話

 夫は生野菜に抵抗感があります。と言うことで野菜は火を通すか、煮込んだりが好きです。
 肉じゃがはそういうことで良く作ります。肉は安いと言いますか、コマ切れですね。

         肉じゃが

 これはグタグタには煮てありません。夫はじゃが芋がもっと煮崩れているのが好きなんです。
 大体一回に煮る量で3~4回食べますからグタグタには煮たくないので、これ位で我慢して貰います。

 下の孫は最近卓球に目覚め、何やら買い物が愛ちゃんグッズの物へと変わって来ているようです。
 卓球は学校のクラブ活動でもやっているようです。未だ目にしたことがありませんから、どんな様子のものか分かりません。
 
 ペットは確かふと顎髭トカゲ?は9月20日に二歳の誕生日を迎えました。

          ロンちゃん1

 エサはコオロギです。ところが最近あまり食べなく、ぷんぷん怒っているような感じなんだそうです。
 昨年の夏、預かった時でなく良かったです。

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鮭のムニエル

 少し前に北海道の秋鮭のムニエルを食べたのですが、また同じように秋鮭のムニエルを作りました。
 値段も同じ 二切れで380円です。こう言うのは好きです。

       秋鮭ムニエル380円北海道

 油物を続けて食べると調子が悪くなるので、この頃は出来るだけ天ぷらやフライを食べないようにしております。
 その所為か体重が微かに減って来ました。
 それでも時には油を使ったものが食べたくなります。そこでムニエルです。美味しく食べるには良く焼くことですね。
 これも良く焼きました。香ばしさが旨味となっています。
 レモンの代わりにスダチです。スダチを沢山頂いておりますので、このところスダチづいています。
 美味しいですよ。

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鰯の日

 カレンダーには何かの日が出て来るようです。今日はだそうですね。
 鰯は大好きです。大体私は嫌いな物が少ないので、食生活では得することが多いですね。
 偏食ですと味覚の楽しみがやや少なくなるのではと思いますが、夫はその点私より損をしているように見えます。
 特に鯖が嫌いです。その鯖も私は好きですよ。鯖棒なんて頂くと独り占めです。
 鰯は色々な物を楽しみます。例えば刺身で、煮魚で、丸干しで、天ぷらやフライで、また酢の物で、そして鰯団子でね。
 
              マイワシ生姜煮

 これは生姜をたっぷり入れて圧力鍋で煮た物です。薄味ですが骨まで食べられます。
 鰯と言いましても種類が多いのですね。細かいシラスやチリメンなども鰯ですね。

     ちりめん山椒カップ  ちりめん包装

 シラス干しは大根下ろし等で良く食べますが、チリメンは実山椒と合わせて佃煮にすることが多いすね。
 作る時には一回に沢山作り、大部分はお返しの時やチョッとした贈答品にします。左のですね。
 右はそのチリメン山椒を包んだものです。包装紙は手元にある包装紙をコピーして私らしさをチョッと表します。

 丸干しは朝食に良く付けますよ。これは9月11日の朝食です。

              朝食9月11日鰯

 これも骨まで食べることが出来ます。イワシは安く、美味しく、身体に良く食品の優れものですね。

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寄宿舎の会 その2

 寄宿舎はず~と昔からあったのですが、昨日の会の時期の寄宿生が会を続けたと言うことは貴重なことだと思いますね。 
 
 一つは学制の変更です。旧制度の学制から新制度への移行に伴ったこととの関連です。
 昭和21年に入学した生徒はその時点では旧制度の女学校に入学していたのです。
 その方たちは新制度が発足した時には新制中学生となりました。
 昭和19年に入学した者は、旧制度で卒業も出来ますし、新制度への移行も出来ました。
 そういうことで昭和19年、20年、21年の方は6年間寄宿で過ごした方が多くおりました。6年と言う寄宿生活ですよ。
 
 二つ目は日本が戦争末期へと進む中で非常時体制の生活を一緒に過ごしたことでしょうね。
 寄宿生活のことは前にもアップしましたが、その体験が大きく影響していると思います。

 私が思うにこの二点が強い絆を齎す大きなファクターだと思います。

 食糧難は女学生にも影響がありました。昨日集まった方は鴨川の奥の長狭地区出身の方が多かったのですが、皆さんが家から戻る時に持って来る炒り豆やふかし芋を頂くと嬉しく思ったものです。

     寄宿食事1  寄宿食事2

 ご馳走を頂きながら話が弾みました。寄宿舎には舎監が3名おりました。三人三様の舎監です。
 厳しかった舎監に叱られた話。舎監の思い出の姿。舎監はさぞ大変だったことと思いますね。
 全校で見に行った映画「歌う狸御殿」を再度見たい生徒に、舎監に見つからないように、部屋全体で協力。
 夜出窓から脱出するのを助けた話。思い出して大笑い。

 今回は私たちの学年が当番でしたが、来年は20年入学の方が当番をします。
 
               寄宿次期相談

 来年のことを決めるために慎重に相談されています。そして最後に皆さんに来年も開催するかどうか、開催するとすれば何処でするか、そして時期を何時にするかの概略を述べて、来年の開催が決まりました。 
 丁寧な気配りの提案で感心しました。

 今回は神戸からお見えになった方もおりました。 
 鴨川で広く農業のをされている20年入学の方からお赤飯の折を頂きました。美味しい赤飯でした。

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寄宿舎の会 その1

 昔 千葉県立安房高等女学校という学校には千葉県下でも珍しい寄宿舎がありました。
 今日はその寄宿舎で一緒に生活を共に過ごした仲間の集まりがありました。
 昭和19年・20年・21年に入学した生徒です。その少女達は皆齢80を越えています。
 
 会場は房総半島の南のほうにある鴨川の「かんぽの宿 鴨川」です。

 久しぶりに出かけました。交通の便が悪く、間に合わないといけませんので、早めに余裕をもって行きました。  
 無事に到着。会は和やかに進みました。

          寄宿の会1

 戦争中に入学し、様々な体験を共有する仲間。今日も沢山話題が出ました。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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