2017-02

« 12345678910111213141516171819202122232425262728»
entry_header

私的明大昔話 28

 大学の入試も終わったようです。
 今年は明治大学の受験者数は11万300人とか。
 早稲田に次ぎ4位だったそうです。

 私が勤めめ始めた頃 受験生は2万人を超えてはいましたが、昭和32,3年頃でしょうか、三万人を超えたと喜んだものです。
 当時学部は昼間は法・商・政経・文・農・工の6学部。夜は法・商・政経・文・工 それと昼夜の短大です。
 今は学部も多く、聞いても直ぐに忘れて仕舞います。

 入試の頃は外気温はとても低くなります。入試期間中の入構は受験生以外は大学関係者だけです。
 今はどうなっているか分かりませんが、昭和40年台頃になりますと、受験生に親が付き添って来るようになりました。
 親が付き添いで見えるなどとは、私など想像も出来ないことでした。

 親は試験中、どこで過ごせば良いのか分からないのでしょう。都内の方ではない方が多かったのでしょうね。
 寒い中 校舎の陽の当たる塀の傍に立ち、待っています。
 母親はショールを肩に掛け、如何にも寒そうに見えます。見知らぬ人と声を交わすことも出来ないでしょ。
 等間隔に間を取り立っている姿を思い出します。
 大学周辺には喫茶店もあまりなく、時間を潰すような場所も見当たらなかったと思います。

 お昼も受験生は校舎から外には出ることは出来ません。あの親たちは何処で食事をしていたのでしょう。

 その後付き添いの方のために部屋が用意されましたが、それもいつの間にか出来なくなったような記憶があります。
 大学紛争時代ではないかと思いますね。

 受験生は昼食を試験場で済ませますから、試験日には朝から弁当屋が出て来ています。
 今のようにコンビニもありませんから、良く売れていたようです。

 ある年 私は頭髪に白髪が混じっている受験生が多いのに気が付きました。それは大学紛争時代の頃だったと思います。
 不思議な感じでしたね。その現象は2年ほどで終わりました。一体あれは何だったのでしょう。

 試験監督は長年しましたが、最後の監督は平成2年2月22日でした。

          main1195.jpg

entry_header

醤作りと雑談

 友人のブログで醤(ヒシオ)作りを見まして、私も挑戦しようと今日の昼仕込みました。
 材料の麹はアマゾンで買いました。

      醤1

 この麹に醤油・水・昆布を混ぜて良くかき回します。作り方は上の赤字をクリックしてご覧ください。

      醤2

 今日はここまで。明日から毎日かき混ぜて、発酵を待ちます。

 この冬は烏賊が不漁で良い烏賊を買い損ね、おまけに麹の戻しに失敗して、塩辛も作りはしたのですが、気に入りません。
 この醤を使うと塩辛も美味しく出来るそうです。
 今年はもう塩辛作りには気温が高くなっていますから、無理だと思います。ですが醤が上手に出来たら、来たる冬はこれで塩辛を作りたいと思っております。

 最近胃の調子が芳しくなく、チョッと食べ物に気を付けていました。出来るだけ胃を刺激しないようにとね。
 アルコールも良くないと思い、控えていました。
 今日の昼から何だかとても良くなっているような感じです。
 気が付きましたら清酒が50ccほどしかありません。急いで下の酒屋に買いに行って来ました。
 獺祭を越えたと言う札を見て、買って来ました。

     吟の瞳

 喫茶店にも行きませんし、甘い物も殆ど食べませんからこれ位は許して貰いましょう。
 飲む量は一日200円位でしょうね。

entry_header

少しでもバランスよく

 段々小食になって来ています。そこで出来るだバランスよく、美味しく食べたいと思うのですね。
 煮物は何時も言い訳のように書いていますが、同じ物を何回も食べます。
 一応栄養のことも考えるのですが、それと五色の食事ですね。
 五色とは赤・黄・緑・黒・白です。この五色に付いては沢山の紹介があります。
 私は自由に自分なりのやり方で作り食べております。
 特に重要視することは添加物を出来るだけ避けたいと思うことです。
 既製品も食べますが、手作りを大切にと思っております。
 特にその点では朝食は可成り実践ですね。

     朝食2月17日  朝食2月18日

      左は2月17日のです。      右は2月18日のです。

     朝食2月19日  朝食2月20日

     左は2月19日のです。     右は2月20日のです。

 それぞれ蛋白質を付けています。蛋白質は味噌汁の豆腐も入ります。
 器は何時も同じです。ですが中身は少しずつ違っています。
 味噌汁には必ず粉末ゼラチンを入れます。
 焼き海苔は頂き物ですが、朝晩とも食べています。
 手間は掛けますが、お金は出来るだけ掛けないようにします。
 
 一つ問題があります。夫の薬と合わない食品を避けなければならないと言うことですね。

entry_header

手羽先と雑談

 先だって来 鶏手羽先を圧力鍋で煮たのが気に入っております。
 老師から頂いた棗と木耳 どちらも体に良いと言うので、試しに一緒に煮て見ました。

       手羽先・棗・木耳

 味はとても良く出来ました。棗も美味しく出来ましたが皮がチョッと気になり、種と一緒に出しました。
 木耳も食べ易く抵抗感なく食べることが出来ました。

 今日の午前はベランダの日差しも柔らかく私にとってのお灸日和でした。
 昼頃、用足しに近所に出掛けましたら、北西の風が強く、その勢いで身体が斜めに倒されそうになり、驚きました。
 脚が確りしていませんから、気を付けなければと思いましたね。
 午後は風も収まり、良い陽気になりました。

 夕方長女と孫が来ました。暫くお喋りをしていましたら、地震です。

       310081_00000_0000_yhrg99g-4-20170219181938.jpg

 私も分かりました。耳が悪いので夫と比べますと地震への反応が鈍いのです。
 4人でいますと何だか心強く感じますね。

entry_header

新しい出会い

 今日の午後 約束してありました中國青島から筑波大学に留学して来ている青年とお会いしました。
 我孫子は駅周辺に余りゆっくりお喋りをする所がありませんので、駅北口の近くのモスバーガーでお喋りをして来ました。
 青島日本人会の池田さんから紹介されたとメールがあり、私に会いたいと言うことで実現しました。
 
 お会いしました彼は好青年です。とても礼儀正しく好感が持てました。
 日本に来て大学を卒業。それから筑波大学の修士課程に在学しております。

 私と会いたいと言うことは、彼の生まれる前1940年台の青島の様子を知りたいと言うことですね。
 私の知ることは極僅かですが、少しでもお役に立てればと思ってお会いしました。

 彼が調べたいと言う資料は日本に多くあるようです。
 資料集めを一所懸命されていることが良く分かりました。

      青島復刻版1140

 私は上の冊子を持って行きましたが、彼の研究対象には余り関係がなさそうで、少し見て頂いただけです。

 青島生まれ、青島育ちとなれば話は色々と出て参ります。古い話も出来るだけ思い出して話しました。

      青島鳥瞰図昭和13年

 私の青島行きの時の話や、青島関連の人々のことも出て参りました。
 話すことも整理してお見えになり、話がし易かったですね。
 とても良い時間を過ごして来ました。

entry_header

老人らしく

 今日の昼間の風は猛烈で、風の音が窓の外から刺すようにヒューヒューと聞えて来ます。
 春一番でしょうね。
 気温が上がって暖かくなって来ましたので、髪のカットに出掛けて来ました。
 道行く人は腰を沈めて前のめりにして歩いております。風に抵抗しながら歩くのって力が要りますね。

 カットが済み近くのパン屋で昼食のパンを買って来ました。

     サンドイッチ1  サンドイッチ2

 野菜を練り込んだ食パンのサンドイッチです。それと餡パンを買って来ました。サンドイッチは優しい食感と味で気に入りました。

 昨夜の食事はおでんですよ。滅多に作りませんが、大根が美味しく出来ました。

             おでん

 最近とみに小食になっています。おでんは半分も食べられず、長女と孫が寄りましたので、持って行って貰いました。
 二人は昨日は銀座に行ったと言うのですね。随分様変わりしている銀座。聞くだけでもお上りさんになりそうです。

 夫と話すのですが、二人とも老人性~~?やることが似ているのですね。やることばかりでなく、身体のあちこちの弱った状態もですね。
 例えば爪の先が割れやすかったり、腰が痛くなったり、言い方を間違えたり、取りに行ったのに何を取りに行ったのか分からなくなったり、お互い相手のことを笑ってチョッと優越感を抱いたりね。
 先日病院で先生が聴診器を胸に当てウンウンと言いながら大丈夫と言うような表情をしております。
 「先生 どういう風に聞こえるんですか」とお聞きしましたら「鼓動の音ですね」と仰ったような気がしました。
 「チョッと聞かせて欲しいのですが」と言いたかったのです。それを夫に言いましたら、「まさか買いたいなんて言わないだろうね」と言うのですね。「アマゾンで?大丈夫ですよ。買いませんよ」
 「だって知りたいじゃないの」と言いましたよ。
 知りたがり屋は何時もこうなんですよ。
 
entry_header

徐々に春へ

 このところ日中の気温は10度を越えているようです。今朝6時にはマイナス2度でした。
 風の当たらないマンションのベランダは25度位にもなっていそうです。
 日向ぼっこをしながらお灸を据えたくなります。気分が良いのですよ。
 
 明日は春一番が吹くところもあるかもと伝えています。春一番は2月15日頃に吹くことが多いようです。
 訪問する方々のブログにメジロの写真が良く見えるようになりました。

 今はメジロの捕獲は禁止されているようですが、私の子どもの頃はメジロ箱に飼われてのを良く見たものです。
 母方の実家ではメジロ箱が軒先に幾つも掛けられていまして、その鳴き声の高音は鶯の高音に似ておりました。
 高音はタカネと呼びます。

 当時半農半漁と言われていた町ですが、漁業は遠洋航海でマグロを獲りに行くか、小舟で町の海で魚を獲るかですね。

 多くの女性は海女になり、海女は収入が多く、家の実権は女性にあるような町でした。
 漁業組合の婦人部は昔から発言力が強く、立派なものでした。
 今は海女はとても少なくなっているようです。

 私は町の女性の中では力なしの部類でしたね。
 
 そんな私 このところ優しい物を食べております。今日の昼は温かい蕎麦に卵を入れて食べました。

      月見そば

 春の海ではそろそろヒジキの解禁かも知れませんね。ひじき刈りは竹棹の先に小さな鎌を付けて刈り取ったものですが、今はどうなっているのでしょう。
 
entry_header

今日の一品とスーパーでの話

 今日は北風も少し収まり、良いお天気になりました。
 マンションの中央公園には小さな子供たちが跳ねまわっています。何とも可愛いですね。

        2月15日中央公園

 いつの間にか春野菜のサヤエンドウが出て来ました。露地物ではないかも知れませんね。

       竹輪と鞘煮物

 サヤエンドウは大好きです。バター炒めなんて簡単で美味しいのですが、このところ胃の調子がチョッと悪いので、竹輪と煮ました。煮物は毎日でも飽きません。今日も煮物の材料を色々と買って来ました。
 
 今日の昼 娘たちと柏のスーパー(ロピア)に行きました。一人では行けませんから、娘たちに誘われるといそいそと乗せて貰って行きます。それは週一回位ですね。
 このところ気に入っている物もあり、色々と買って来ました。店内では大きなカートを押して回ります。
 私はこれは娘に頼らず、自分で押して回ります。なんて言ってもカートにもたれ掛って歩くのが楽なんですよ。
 一人で好きなように動き回ります。

 前回のことです。カートを押しながらあちこち眺めまわしておりました。
 少し離れたところをカートを押している40歳位の女性が缶詰を一個手に取ったのです。
 そしてそれをご自分の袋にさりげなく入れているのです。
 一瞬万引きだと心の中で叫んでしまいました。そして様子を眺めていますと、同じ別の物はカートの籠に入れています。
 あれは絶対万引きだと思います。

 数日前のテレビで見たのですが、万引きは全国で一日に12億円もになるそうです。そう思い出しました。
 万引きに業を煮やした店主?がネットで犯人探しをしているとかでした。その関連での話でした。
 万引きをする人は老若男女いづれにもいるそうです。

 仕事をしていた時、万引きのケースが出ましてね。精神科の医師に話しましたら医療としての治癒は中々難しいとお聞きしました。
 躾の問題として捉えることも必要でしょうし、本当に治すと言う自覚が出来ないと駄目なのかも知れませんね。
 矯正するのはとても難しい問題のようです。

entry_header

バレンタインデーだと言うのに

 昨日スーパーに行きましたら、チョコレート売り場には色々な綺麗なチョコレートが並んでいます。
 明日になったらどうするのかしらと、他人事ながらチョッと気になりました。

 バレンタインデーにチョコレートを上げる。誰に?何だか上げるのも色々と考える必要があるようですね。
 我が家では夫が偶に孫から貰うことがありますが、私は夫に一度も上げたことはありません。
 お互い余りそう言ったことに拘りがありませんから、今日もただそういう日だな~と言うだけですね。
 無風流とも言えますね。でもチョコレートは美味しいし、食べるのは好きですよ。

       チョコセット

   これは夫が随分前に上の孫から貰った物です。

 話しは変わり、女学生の頃 女学校の教師は男女の交際を歓迎しておりませんし、むしろ禁止するような姿勢でした。
 チョコレートを異性に上げるなんて夢のようなことですね。勿論チョコレートなんてありませんでしたよ。

 昭和19年4月に入学しましたが、毎日が楽しいばかりとは言えません。勤労奉仕もありましたし、防空壕作りもありました。
 
 そんな時ですガ、学校では団行と言う名の行事がありました。
 全校生徒で行軍のように遠くまで歩いて行くのです。その中で特に記憶に強く残っているのは、「安房神社」と言うお宮に「武運長久」を祈りに行ったことです。
 とても暑い日でした。
 学校から南へと向かい歩きます。峠が一か所あります。切り通しと言われ、そこに行きますと、爽やかな風が吹き通り、休憩します。 
 道路一杯に皆で座り、汗をぬぐい一息つき、また歩きます。
 
    この方のブログでその切り通しを見つけました。

        切り通しR410

 とても不思議なことなんですが、この神社のある部落から学校に通って来る生徒もいるのですし、歩いて1時間もあれば家に帰られる生徒もいるのですが、お参りが済むとまた全員学校に戻るのです。
 私も山の中を通って行けば2時間位で帰られたと思うのですね。
 それがまた3時間ほど歩いて学校に戻るのです。
 そして私はバスで帰宅するのです。
 当時バスは1時間近く乗りましたからね。
 訳の分からないことが沢山ありましたね。全体主義と言うのでしょうか。

entry_header

北京からの土産

 中国語の老師のお兄様(二哥)が北京からお見えになり、お土産の木耳と棗(紅棗)を頂きました。
 老師はこの二哥(二番目の兄)をとても頼りになさっております。
 老師のお母様は6月には101歳になります。
 
       お土産

 お母様の介護は大変だと思います。お兄様がお見えになりますと、普段手の届かないことをして下さるそうです。
 
 お兄様が三人、お姉様が一人 兄姉と老師を含めて5人の子どもに恵まれたお母様。
 こうしてお子様が会いに来て下さり、老師を支えて下さることを喜ばれていることでしょう。

entry_header

お灸を据えたり、出掛けたり

 今日のお天気は見事に晴れていました。
 北風が強く、南に向かって歩くと身体がどんどん押されてしまうので、一所懸命堪えて歩きました。

       2月12日中央公園

 西日本や日本海側では大雪になっているようで、皆さん難儀をされているようですし、特に高齢者の方はお困りになっていることでしょう。

 午前中はベランダに注ぐ日差しは暖かく、風も当たりませんから、椅子に座り日向ぼっこをしながら合谷にお灸を据えました。
 じ~んと熱さが皮膚に感じて来ます。気分が良いですね。
 艾の香りが体の周りに漂い、お灸を据えたんだ~と気が落ち着きます。

 友人のお嬢様と、ごく近所の方が「にっぽんの心を歌う会」と言う催事に出演されると分かり、我孫子駅の近くのけやきプラザ・ふれあいホールに行って来ました。
 私の劣等感の最たるものは歌が歌えないと言うことです。歌えないとは言い切れませんが、音程が取れず、リズム感も悪く、おまけに歳と共に声も出ません。ただ言葉を発しているだけです。

 会場に入りましたら、サウンドは会場一杯に響きます。プログラムを見ましたら50名の方が出演されます。
 舞台の照明も一人毎に変わります。歌う方に添い、日本舞踊を踊る方も見られます。
 司会者が曲ごとにナレーションを流します。
 どの方もそれはそれは熱心に歌われております。姿勢も良く緊張されているように見える方はおりません。
 良く舞台に立ち、経験豊かな方が多いのでしょうね。花束を頂く方もおりました。

 客席には中高年の男女が圧倒的に多く座っております。

 左耳が聞こえませんから、今日はどう聞こえるか、少し不安がありました。
 完全に歌詞までは聞き分けが出来ませんが、皆さんが歌の上手なことは分かりました。
 歌えたらどんなに良いでしょう。

entry_header

私的明大昔話  27

 この数日西日本や日本海方面での降雪が凄く、車の立ち往生や列車の遅れなどがニュースで報じられております。
 私が学生相談室の仕事を始めた、最初の冬。
 どの部屋も隙間だらけで、その冷え込みは酷いものでした。
 和泉校舎事務室が用意して呉れた石油ストーブは安物です。灯油はタンクに入れて逆さにして、火を付けます。
 それは相談する部屋に置き、朝から点火しませんと、午後の相談時間までに温まりません。
 
 事務室コーナーになる部屋には達磨ストーブが置かれ、私が出勤する時には現業の方が火をつけて置いて呉れています。
 温かくなってはいますが、この部屋は北向きですから、隙間風は入って来ます。
 達磨ストーブは石炭をくべます。時々石炭をくべながら仕事をします。

         img_1.jpg

 画像はネットからお借りしました。こんなのが部屋の中で赤い火を見せています。
 上に何かを置くことも出来ます。
 火のある所には人がよって来ます。
 相談員の先生方は最初の数年は学生部委員の兼務で、手当は出ません。
 手当はなくても相談室の存在こそ大事だと一所懸命にその運営に取り組んでいました。
 私の一人勤務が大変だろうと、先生方は授業の無い時などに相談室に顔を出して下さいます。
 そこにストーブが鎮座していますでしょ。誰となく自然にこのストーブで何か温めたり、作ったりして見たくなりますね。
 そこで時々鍋を乗せて鍋ものを作り、食べたりしたものです。
 時間は夕方からですね。私の勤務時間も終わってからです。先生方は杯を傾けながらも相談室を良くするために議論をしたものです。寒い日が続くとあの時作った物や、鍋を持ってうろうろした先生の姿などを思い出します。
 このノミニケーションは時に相談員以外の先生方をゲストに迎えて開催されたものです。
 それは相談と言うことへの理解をして頂く役割にもなったことでした。

entry_header

日露戦争

 昨日は小雪もあり、寒い日でした。病院に行き、娘たちと昼食を済ませて帰宅。
 その後夫は家に戻り、私達3人で買い物に出掛けました。帰宅したら夫の様子がおかしく、早く寝て貰いました。 
 夫は今朝起きましたら、すっかり回復。ホットしました。
 午後は内科の受診で出掛けました。
 私は先月忘れていた定期検査を受けて来ました。結果は来月に分かりますが、今日の胸部レントゲンの結果は問題なく、心電図も良い状態だと言うことですから、ま~良いかなと思っています。
 
 今日は日露戦争で日本がロシヤに宣戦布告をした日だそうです。
 小学校の時 明治27年28年は日清戦争 明治37年、38年は日露戦争 それも勝戦争と教えられていました。

 司馬遼太郎の坂の上の雲のテレビ放映が始まると分かり、2009年9月夫と大連、旅順に行って来ました。

     旅順口1  旅順港

 旅順と言えば廣瀬中佐のことが思い浮かびます。小学校の時に廣瀬中佐の歌を歌ったものです。

 廣瀬中佐の像は万世橋の近くに建てられていたそうですが、その行方は分かっていないようです。

              廣瀬中佐像

 日露戦争は日本にとって厳しい戦いだったのですね。上の赤字の日露戦争と合わせて、日露戦争の戦い一覧まとめをご覧になって頂くと流れが分かり易いです。

 203高地の戦いは激戦だったのですね。ここを登って行くバスの中でガイドの説明で乃木将軍の子息の戦死した場所だと言う所に墓標が立てられておりました。
 
             203高地

 203高地の戦いの末 日本軍とロシア軍は水師営で会見。
 ロシア軍は撤退しました。
 
    水師営会見所  水師営会見所1

 この水師営の建物は復元されたものだそうです。中には日本軍の医師が手術をしたと言うテーブルや乃木将軍の漢詩の軸なども掛けられております。
 掛けられていた写真の一枚が日本とロシヤの代表の並んだ一枚です。

            水師営会見

    日本は乃木将軍 ロシアはステッセル将軍ですね。

 水師営の会見の歌も小学校の時に習ったことです。こうして日本人は何時も勝つと思い過ごしていたのです。

entry_header

昼食と雑談

昼食には麺類が多いのですが、寒くなって来ますと温かい汁の物になります。
 今日は僅かですが積雪も見られる冷たい日でした。
 寒くても予約してありましたペインクリニック内科に行きました。
 お決まりの鰻の日でしたが、寒いので娘たちと一緒に中華そば屋に行き、ラーメンを食べて来ました。

   昨日と一昨日はうどんとそばです。

    はばのりうどん

 これは一昨日の豚肉少々を入れたうどんです。私は「はばのり」がありましたので入れて食べました。

     ニシン蕎麦ほうれん草入り

 これは昨日のニシン蕎麦です。ニシンが大きいので折って入れました。
 普通は鶏や豚肉を入れて作ることが多いですね。
 以前は天ぷらをチョッと買って来て入れたりしましたが、最近は天ぷらは先ず入れません。

 寒いこの時期は入試の季節ですね。今日は雪情報も出ておりました。
 明治大学では明日は経営学部の入試があり、ネットで見ましたら受験生へのお知らせと注意が出ております。
 試験は予定通りに実施されます。昔と違いパソコンやスマホで皆さんが見るのですね。
 二女の娘は中学2年生ですが、学校からの連絡はスマホに送られて来ます。
 早く下校するとか、流感が流行って来たとか、細かく連絡があるようです。
 親はスマホを持っていないと困る時代になっているようですね。

entry_header

色々作って見ます

 長女が出先から時々電話を掛けて呉れます。
 「良い魚が売っているけれど要る?」ってね。私が良い魚が売ってなくてつまらないと言っているからでしょう。
 最近夫も私も娘たちに心配されています。あからさまには言いませんが、何かと気遣いして呉れています。
 二人とも杖を使っているし、歩き方も怪しげに見えるのでしょうね。
 そんなこんなで過ごしておりますが、こと食べることになりますと、気分が良ければ色々と作りたくなります。

          昨日は干し貝柱のお粥を作りました。

             貝柱お粥

 お粥は和風のさらっとした物ではなく、中華のお粥です。今回は貝柱だけでしたが、次回はもっと具を入れてと思っております。
 
 一昨日は豚スペアリブの軟骨を煮ました。生姜と昆布も一緒に入れて、圧力鍋で煮ました。

            豚スペアリブ軟骨

 味も良く、コラーゲンたっぷりですよ。鍋一杯作り冷凍にもしました。安い材料で美味しくと言うのが好きです。

 朝食は一番大事ですから、出来るだけ手抜きをせずに作ります。

    朝食2月5日  朝食2月6日

    朝食2月7日  朝食2月8日

 腹八分と言いますが、八分までは食べていなそうです。朝食のお皿の中、何品かが夕食に回ります。
 夕食はとても簡単・シンプルなんですよ。我が家の老人食ってこんな物ですよ。
 夕食時の飲み物はアルコールは私だけです。夫は水です。

entry_header

簡単惣菜と外食

 朝目が覚めると布団の中で朝食作りの手順を考えます。
 朝食には煮物を付けますが、何かそれらしい材料がないことがあります。
 滅多にないことですが、そう言う時はある物で考えます。
 そんな時作った一品はこんな物です。

   白菜・人参卵とじ  隠元ユズみそ
 
 左は白菜と人参の卵とじです。 右は冷凍隠元を茹でて、柚子味噌を掛けただけです。

 昨日はマンション全体で午前9時から午後5時まで断水でした。
 娘たちがお昼を一緒にしようと言いまして、四人でアリオ柏に出掛けました。
 雲龍一包軒と言う中華料理店で食べることにしました。
 休日でない所為かすぐに席に付くことが出来ました。

   20170206_132032.jpg  20170206_132046.jpg

 夫と私はシンプルなラーメンを頼み、大きな餃子を四人で二個づつ食べました。
 このラーメン 塩辛くてスープを足して貰いましたが、それでも塩辛く参りました。
 結局二人とも我慢できず食べるのを止めて残しました。
 
 隣で食べていたご夫妻 ご主人のお料理が先に来て、ご主人が食べ終わる頃になっても奥様の前に何も来ていません。
 奥様は段々険しい顔になっています。
 ご主人が店員に奥さまのお料理が来ていないと言いました。
 男性店員が出て来て謝って厨房に戻りました。
 やっと奥様にお料理が来ました。
 どうしたことか二人は一言も口を利かずにおります。
 余程不愉快になって仕舞ったのでしょうか。
 それにしましても店員がおかしいと思いますよ。
 テーブルの所を何回も通っているのですね。
 気が付かなかったと言うのでしょうが、気が付かな過ぎです。

entry_header

はばのり

 妹がお土産に「はばのり」を持って来て呉れました。随分長い間口にしておりませんでした。
 房総半島の最南端の方の海岸では冬になるとはばのり採りが出来、それはお正月の雑煮に使われていました。
 お雑煮に焼いたはばのりを揉んで入れて食べるのですね。
 そんなことですから、家によってはなくてはならない物なんです。
 
 年々採取量が少なくなっているらしく、一枚が1000円もしていることをネットで見ますと驚きます。
 一枚と言うのは板海苔の大きさより少し大きな物なんですよ。ですから高い物ですね。

         妹が持って来て呉れたのは5枚です。

             はば海苔

 この冬は千倉や白浜方面では全く取れず、どこの浦も駄目だと聞いておりました。西風が吹かなかったようです。
 はばのりは強い西風(偏西風)が吹かないと駄目だと言われています。
 妹の持って来て呉れたのは、偶々親戚から貰た物だそうです。

        今朝は焼いて味噌汁に入れて飲みました。

    はばのり焼き  はばのり味噌汁

 はばのりの焼き方は難しいのです。直ぐ焦げて仕舞いますから、緊張しますね。
 風味は海苔とワカメの中間と言って良いでしょうか。海苔ほど軟らかくありません。
 野趣があると言って良いでしょうね。美味しく、今朝は香りも味も堪能しました。

 昔々とまた言いますが、本当に昔ですね。初めてはばのりを採りに行ったのは小学校5年生の時でした。
 中國から帰国した冬です。部落の子どもと一緒に浜に採りに行きました。
 履物は足袋に藁草履です。岩に付いているはばのりを採るには、岩から岩へと渡ります。
 当然海水で濡れて仕舞います。冬の海岸は房総でも寒く、水は冷たいですね。
 藁草履でないと滑りますから、運動靴などではダメなんです。ましてや下駄なんてもっての外です。
 
 皆に嫌われないようにはばのり採りに出かけたのです。辛いと言うよりは虐められないようにと言う自己防衛本能でしょうね。我慢できました。
 夢中で採りました。はばのりを手で摘み取るのですが、その冷たいこと。思い出すだに良く行ったものだよと自分でも感心して仕舞います。

entry_header

煮物いろいろと老化

 寒いと言うこともありますが、何だか色々作りたくなく、このところ買い出しに行っておりません。
 長芋やじゃが芋はストックしてありますから、それを煮ることが増えています。

     長芋・昆布・豚コマ  長芋・人参・萩のジャコ天

            上の二点は長芋を煮た物です。

     肉ジャガ  肉じゃが隠元

                これは肉じゃがです。

 変わり映えしませんが、飽きずに食べています。他所の方のブログを拝見しますと、とてもバラエティーに富んでいるのですね。
 特にイタリアンなども美味しそうに作っております。作って見たいとは思うのですが、腰が重くなっています。
 
 これって老化現象だと思いますね。少し前には出来ていたものが出来なくなっていたり、出来るつもりで始めたら出来なかったり、それに気づくことが良くあります。

 煮物を器に盛り付ける時、盛り付けると言う程のことではありませんがね。
 菜箸でとろうとすると、箸の先で煮物がうまく取れません。手の力が先まで伝わらないのでしょうね。
 ですから短い菜箸にすると、今度は手先が湯気で慌てたり、また摘まんだ物を落としたりするのです。
 器に入れるつもりが外に落ちたりするのですね。落としたりではないのですよ。ま~それが毎日ですよ。
 箸を止めてトングを使いますと、握る力が弱く、動きがスムーズに行きません。
 大きなスプーンの使いますと、これは上手く振り分けが出来ません。
 煮物を箸で刺したくないので苦労をします。
 食事の準備が終わり、換気扇のボタンを押すのに背伸びしてやっと戻すのですね。つま先で立ち背伸びをするのです。
 シンクは改装する時に背が低いので、一番低い物にしたのですね。ところが換気扇の位置は変わらなかったと今になって気が付いたのです。ま~仕方がないですから、背伸びしてボタンを押しましょう。背筋を伸ばす運動になるかもと思いながらやりましょう。

entry_header

涙が出ます

 妹が遊びに来ました。10歳年下ですが、頭の回転も良く、まだまだ気力も体力もあります。
 久しぶりですから積もる話も多く、話題はあちこちに飛びます。
 先日 アド街ック天国の話しに出た、京子ちゃんのことで妹と盛り上がりました。
 京子ちゃんのお店をネットで調べ、ブログをプリントして送ったのです。
 京子ちゃんは私の封筒に書かれてある電話番号を見て、直ぐに電話をして来ました。
 「あい子ちゃん 京子です。嬉しくて今読み始めて涙が出てきているの」で始まり話は40年振りどころではありません。
 一気に80年分が其処に出て来ました。
 子機の電源が無くなる合図で電話を切りました。
 それからです。京子ちゃんは妹の家に電話を掛けて来たそうです。妹の夫が「千成」に時どき行っていたので、私の電話のことを言いたくて掛けて来たのだそうです。
 妹の話によりますと京子ちゃんは大分興奮していたようです。
 京子ちゃんは町会おこしのことに取り組み、中心になって頑張っているそうです。
 幼稚園に行っていた別の方の消息も分かりました。それは京子ちゃんと私と一緒に遊戯会でダンスをした方でした。
 三人で踊った舞台のことが目の前に浮かんで来ました。曲のことも話しましたら京子ちゃんも思い出し、電話を通し歌を歌って仕舞いました。
 館山の街のことも京子ちゃんと話しましたが、今日は妹とも色々と話ました。
 賑やかだった昔の館山。館山銀座と言われた通りは夕方6時ともなると人通りも殆どなくなり、侘びしい街になっているようです。
 あの店も、あの建物もなくなっていると聞き、だからと言ってもどうしようもありませんが、切なくなります。

        img_1571876_36384220_0館山駅

 館山は戦前戦中は海軍航空隊の兵隊が日曜日ともなりますと、街に繰り出しセーラー服の兵隊が館山を賑わしておりました。
 今は航空自衛隊の基地がありますが、街に出て来る様子は見られないそうです。時代ですね。
 
 館山方面への足は不便になるばかり。4月から列車の本数も減るようです。
 京子ちゃんが会いたいと言って下さいましたが、それではと直ぐに行けそうもありません。

entry_header

餃子を作る

 昨日は時々集まる仲間と今年初めて集まりました。
 今回は昨年から決めていた、手作り餃子を食べる会になりました。

 何時もの通り、面倒見の良い方が時間前にテーブルをきちんと並べ、食器なども準備して呉れていました。
 私は餃子の野菜を用意して持って行きました。
 先ず皮を作るために、小麦粉を練り、丸めて寝かせて待ちました。
 時間に集まって来た方と早速皮を作り始めました。

     餃子1  餃子庭

 マンションの二階から見える中央公園は風が強く、空は綺麗に晴れ渡っております。良い所でしょ。

            餃子稲垣さん

 昨年2月にお亡くなりになた方の写真をテーブルに置き、皆さんでご冥福を祈り、献杯をして会を始めました。

     餃子3  餃子4

 食事をしながら話題は高齢者問題のようなことが中心になりましたが、それぞれ体験を披露し合い、我が身も同じだと感じたことでしょう。いつの間にか体が老化しております。
 病院等の情報も色々と出て参ります。参考になること多しですよ。
 高齢者になると付き合いもまた段々変わって来ると言うことも分かりますね。
 特に健康問題を抱えていますと、感情のコントロールが難しくなりますね。
 そういったことで、留意しなければならないことも多く出て来ました。
 迷惑を掛けないことの大事さと、またどうしても掛ける場合の心遣いも考えて置くべき事だと分かりました。
 周辺で起きている問題を通じ、日頃の交流も大切にして行かなければと思ったことです。

            餃子5

 お味噌汁も出て来ました。お味噌汁を飲みながら、味噌のことも色々と出ました。このお味噌は関西の麦味噌です。
 話は身の回りのことが、政治に関係することでもあると話題になりました。
 率直に話し合えるのはとても良いことです。
 その他 美味しいお酒や美味しい食べ物のこと。お相撲のこと、餃子のこと、病院の選び方等々。
 話は途切れることなく出て来ます。
 マンションの管理組合がこのサロンを作って下さったお蔭でゆっくりと時間が過ごせます。

 亡くなられた方はとてももの静かでしたが、存在感がありました。
 ニューヨークに住まわれていたこともあって、何時も会の時のセッティングが垢抜けていました。
 最後になった思いでのテーブルと、一番信頼していた方との写真を掲載して置きます。

    最後のセット  最後の会

 次回の集まりは3月下旬から4月辺りになるでしょう。出来るだけこの会は続けて行きたいと思っております。
 
 餃子作りのレシピは皆さんにお渡ししましたが、チョッと作る時の目安を記して置きます。

 餃子一個の小麦粉は10g 餃子一個に豚挽肉は5g 餃子に入れる野菜は肉の分量と同じか、それ以上で作る。
 野菜は出来るだけ茹で、刻んで絞りますが、絞り過ぎないこと。韮は生のまま、最後に入れます。
 ニンニクは入れないで、好きな方は摺った物を食べる時に付けて食べます。
 
 小麦粉100gに対して塩1gと水50ccをいれて練り、皮を作ります。

entry_header

庖丁

 料理を作る道具って数知れずありますね。
 なんだかんだと色々と買って仕舞います。だからと言って腕が上がる訳ではありませんがね。
 時々身の程も考えず、買って仕舞う物もあります。時々フリマーに出したいと思ったりします。

 包丁ですが、独身時代は菜切り一丁 刺身包丁一丁 小出刃(鯵切り)一丁 
 この三丁だけでした。

 それが今やですね。

 菜切り二丁 洋刀二丁 刺身包丁二丁 出刃一丁 
 小出刃二丁 牛刀一丁 中華包丁一丁 貝剥き一丁

       刺し身包丁

 これは頂き物の刺身包丁です。気持ちが通じたようで嬉しく頂きました。

entry_header

漢方

 段々体調に乱れが出て来ております。多くの同年の友人、知人もそれぞれ問題を抱えている方が多く、元気矍鑠としている方って先ずおりません。杖を使っていたり、デーケアに行ったり、訪問看護を受けている方もおります。
 何とか衰えを足踏みしたいと、病院に行ったり、食べ物に注意をしたりと過ごしております。

 このところチョッと胃の調子が悪いので、昨日は近所のハート鍼灸接骨院で鍼治療を受けて来ました。
 普通ですと多分歩いて5分でしょうね。私は杖を使っておりますから10分とみて行きました。
 院長さんが鴨川出身だとお聞きし、治療を受けながら鴨川話も色々としました。
 私が自分で合谷にお灸を据えると話しましたら、それは万能灸だと仰ったので何だか凄く嬉しくなりました。

    お灸3  お灸を据える

 お天気の良い冬はベランダで日向ぼっこをしながら据えます。流れて行く艾の香りも良い物です。

 偶然昨夜のテレビ朝日の「みんなの家庭の医学」と言う漢方の紹介を見ることが出来ました。
 千葉大学医学部付属病院の和漢診療科の並木隆雄科長さんが出演されて漢方治療の今を専門の知識を分かり易く説明、実際の診察風景や、診断の説明など色々と事例を交えて紹介されました。
 私が初めて漢方に出会ったのは随分昔のことでした。
 お亡くなりになった伊沢凡人先生に診て頂いたことからです。
 そのご長く故谷美智士先生に診て頂いていましたので、私にとって漢方は身近なことなんです。

 昨日の説明によりますと、身体にはツボが361あるそうですが、左右にある物を含めると合計で670にもなるそうです。
 合谷はここでも万能ツボと紹介されました。

 並木先生は漢方治療を受けに来た方の診断はどうされるかと、実際を見せながら説明をなさいました。
 診断には先ず問診、舌診、脈診、触診で総合して状況を見つけるのだそうです。
 例えば冷え症でも同じように見えても原因が一人一人違うのですね。そして薬も違うのです。昔から言われていた匙加減と言う言葉が浮かんで来ます。

 私は漢方を経験しておりますから、意味は良く理解出来ました。漢方と言うと何か抵抗感がある方が多いようですね。
 鍼もお灸もマッサージも漢方の中なんですね。鍼やお灸のことも専門の方が出演して実際を見せて頂きました。
 
 漢方薬も今は294種類もあるそうです。
 ツムラの葛根湯は可成り知られていますね。効能も多いのですよ。私も風邪かなと思ったらすぐ飲みます。
 風邪を引かないように、転ばないようにと何時も病院で先生に言われていますから、用心しております。

 昨日のテレビを見た方が千葉大に早速申し込まれるかも知れませんね。

side menu

side_header

プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

MATERIAL

【背景、記事テーブル素材】
レースの壁紙
レースの壁紙 様

【素材の加工】
FC2blogの着せ替えブログ

Powered By FC2 blog