2017-04

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明治大学校友会我孫子地域支部第17回総会

 今日の昼 明大校友会我孫子地域支部第17回総会がけやきプラザで開催されました。
 お天気も良く気温も上がり、夏日のようでした。
 気温が定まらず、冷えるといけませので、ベストを羽織って行きましたが会場では脱いで仕舞いました。

 会は全て順調に進行。問題なく終了しました。
 
 今回千葉県西部支部支部長の前田勝己さんの来賓挨拶で、平成31年10月5日に開催される全国校友千葉大会の開催についての説明に、ご苦労のことを知り、良い会になって欲しいと思ったことです。

 私は高齢ですので、殆ど座ったま過ごしました。カメラがアクシデントで参っちゃいました。

 直したカメラで写したものとスマホで撮った画像を載せて置きます。

     総会校歌  総会校歌2

     総会校歌3  総会余興を見る

     総会余興  総会食事

 左は余興の手品。あびこ楽校・マジック講座の村越邦雄さんです。 

 今日の支部会員の出席者は37名 新人二人がお見えになりました。

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筍ご飯

 東日本大震災から6年が過ぎました。平成24年から出荷停止になっていた、我孫子の筍。
 昨年9月21日に出荷制限が解除され、今年の物から店頭に出て来ました。
 久しぶりの地物です。
 一昨日 目に入った時は出遅れでしたが、小ぶりのを2本買って来てすぐに茹でました。
 昨日は一本を使い、筍ご飯を炊きました。
 油揚げか鶏肉でも一緒にしようかなと思いましたが、ホタルイカの新物が出ていましたので、これにしました。

         筍とホタルイカ1

 筍は小さく切り、ホタルイカは目や嘴などをとり、綺麗にしました。
 味は醤油で何時もの通りお米の10分の1です。 お米に醤油・出汁と酒を入れて混ぜます。
 お米の上に筍を入れ、その上にホタルイカを置き、スイッチオン。
 炊き上がって来ると良い香りが漂って来ます。
 家庭料理ってこれが嬉しいですね。
 お店では美味しくても途中の匂いまではかげませんね。

         筍とホタルイカ3

 焚けたら良く混ぜてます。これはお米3合です。早速頂きました。

         筍とホタルイカ2

 若竹煮にすると季節感を感じますね。残った一本は若竹煮にしようと思っております。

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天ぷらと雑談

 随分久しく家で天ぷらを揚げていませんでした。
 蕗の薹とタラの芽を頂いたので、天ぷらにしました。頂いたのを全部揚げると食べ過ぎになりますから、少し揚げました。

        天ぷら

 揚げてから敷き紙を置き、盛り付ける心算でした。それが頭をよぎったのは天ぷら屋で食べる時、網を敷く所がありますね。
 それを思い出して、揚げた時のままテーブルに持って来たのです。お皿は突然のことですので、直ぐに出せるお皿の上に載せました。 
 これは良いですね。次回からは大きなお皿を用意して置きましょう。

 今日の午後 二女とイトーヨーカ堂に行きました。
 私は何時もの通り、カートに寄り掛かり店内を運動紛いに歩き回っておりました。
 二女が「今日はハッピーデーだよ。分かっている?」と言います。
 分かっているとは言い切りは出来ません。「そうなんだ」と答えました。
 「ほら音楽が鳴っているでしょ」 「ええ音楽?」
 「ハピーデーだと言っているでしょ」 「分からない?よ」
 「人が何時もより多いでしょ」 「そうなの?多いの?」
 「4時から対面でお肉を買うと引いて呉れると言っているでしょ」 「そうなの」
 「プラカードを持って大きな声で言っているじゃない。聞こえないの?」 「聞こえないけど」
 「可哀想。あんなに熱心に大きな声で言っているのに」 「だって聞こえないのよ」
 「~~~って曲が聞こえるでしょ」 「聞こえないわよ」
 「商売て可哀想。こんなに頑張っても分からない人がいるんだ」 「だって聞こえないからよ。聞こえる人は分かっているのじゃない」
 イトーヨーカ堂のハッピーデーにはこんな音楽が流れているのだそうです。知りませんでしたね。
 二女に散々呆れられ、帰宅後早速夫に報告されて仕舞いました。

 難聴ってこうなんですよ。でも余りの知らなすぎで笑われております。

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今日の一品と励まし合い

 国産の牛筋を見つけると多めに買って来て、茹でることにしております。
 以前は筋コンや筋大根や牛蒡などで食べることが多かったのですが、この頃は応用の効く茹でにしております。
 圧力鍋の出番ですね。
 一度茹でこぼし、新しく水を鍋に入れて、ネギの青いところと生姜を叩いて入れ、酒を注ぎ一緒に茹でます。
 20分の加圧で柔らかくなります。茹でる時は大きなままで茹でますが、冷めたら切り分けて冷凍にして置きます。

       牛筋とスナップエンドウ

 これはスープ煮の牛筋とスナップエンドウです。スナップエンドウは義弟の作った物で、新鮮です。

 牛筋は低カロリー、コラーゲン豊富。そして蛋白質も摂取出来ます。
 安くて、新鮮で、ある程度分量のある時に作ります。

 今日は80年の付き合いのある友人の誕生日です。
 友人は昨年左膝の手術を受けました.。膝の内側に問題があり、痛みが激しく、とても苦しみました。
 手術は上手く行き、痛みもすっかり取れて買い物にも出かけることが出来ておりました。
 それが一月半程前、滑って転倒。そして今度は右膝の靱帯損傷と診断され、病院に行くだけで静かに過ごしております。
 病院にはタクシーで行きますが、タクシーと言うのは乗るも降りるも苦労なんです。特に降りるのは大変です。
 昨日の電話では先の時の先生が手術をして下さるようです。
 入院する病院は管理が厳しく、前回もそうでしたが、家族以外の面会は出来ません。
 私もそう言う訳でお見舞いには行けませんが、毎日メールで様子を聞き、励ましておりました。
 今回の手術もそうなるでしょう。
 とに角お互い今まで生きて来たのだから、これからも一緒に頑張りましょうねと励まし合いました。

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ヒシオと仏大統領選挙のこと

 先日二回目のヒシオ作りを初めました。
 前回より発酵も良く出来、使い易いように全部をブレンダーで滑らかにしました。
 そして丁度頂いた蕗の薹を使い、蕗味噌を作りました。
 程よい甘みと苦み。美味しく出来ました。
 ヒシオは醤油より塩分が少ないそうですが旨味が濃縮されています。美味しくて毎日つけ醤油にチョッと足して食べています。

     醤2回目  醤蕗の薹

 この蕗の薹とタラの芽を送って下さった方のお嬢様はフランスに住んでおります。
 フランス大統領選挙がありましたね。決選投票が5月7日にあるそうですね。
 他国の選挙ですが、チョッと気になります。送って下さった方のお孫ちゃんが初めての選挙に行ったそうです。
 フランスの選挙?具体的には全く知りません。
 ところがお嬢さんのブログで選挙のことをちょっと知りました。
 それを下記に記してみましょう。何か参考になるかも知れませんね。

ブログは此処からです。 →今朝、娘の生涯初の投票について行きました。
「パパのする通りするんだぞ」と、なんでもないことを教えたがる父親。「最初のテーブルに11枚、候補者の名前が印刷された投票用紙が置いてある。そこで投票カードと身分証明書を見せて、投票用紙を何枚か取る。全部取らなくてもいいんだよ。それからカーテンのついてる記入所に入って…」「試着室みたいなとこね」と娘。「そう、そこで一枚だけ、選んだ候補者の名前の紙を封筒に入れて、出て来たら投票箱の前の列に並ぶ。自分の番が来たら、また投票カードと身分証明書を見せて、そうすると投票者名簿と向こうで照合するから、そしたら封筒を投票箱に入れて、名簿にサインして投票終り!」

投票できない外国人の私がカメラマンの役を引き受け、投票する娘を写真に撮っていたためか、「今日が初投票か!」と娘は選挙管理人さんたちに大受け。「シャンパンはいらない? じゃ、クロワッサンはどう?」とお祝いされ、選挙管理委員長が出て来て「おめでとう。今日が初めてで、これからもずっと君は民主主義に参加する。民主主義が続くように」とお祝いの言葉とビズーをいただきました。
ちょっと感動。選挙管理委員長のおじさんが、「民主主義のために」と祝福してくれるなんて、たぶん日本じゃ起こらないことだろう…

すごく当たり前に、投票と民主主義と自分とがつながっているのが感じられます。
成人式なんかより、初投票を祝ったらいいんじゃないかなと思いました。←ここまでです。

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逢いました

 今日の午後8時からBS11で「あのスターともう一度逢いたい」と言うテレビを見ました。
 今日は東海林太郎さんでした。
 懐かしいですよ。タイトル通りです。夫と全部見ました。
 出演者に早稲田出身のポニージャックス東京大衆歌謡楽団です。
 番組は司会者の説明や東海林太郎さん所縁の方も出て参りまして、所縁のある方ならでのエピソードも出て参りました。
 
    ポニージャックス  歌謡楽団

 東海林太郎さんの歌われた歌は色々と知っておりましたが、別の方が歌っていたのかと、間違っていた歌もありました。
 懐かしい数々の歌に時々しゃがれた声を出して一緒に歌いもしました。

 夫は「流石に見ている人が分かるよ。老人なんだよ。コマーシャルにセレモアなんて出ているもんな~」と言っております。

 中國青島で歌われた青島行進曲も東海林太郎さんが歌っております。
 私は偶然YouTubeで聞くことが出来ましたが、青島関係の方に聞いて頂こうと思っていましたら削除されていたのです。
 青島には青島小唄と言うものもあります。行進曲が東海林太郎さんですから、若しかしたら小唄は勝太郎さんかも知れません。
 このレコードを探しておりますが、見つかっておりません。
 もしお手元に保存されていられる方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡頂けませんでしょうか。お願いいたします。

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ヒジキが届く

 弟のところからヒジキが届きました。
 このヒジキは房州ヒジキと呼ばれる太くて長いのが特徴です。
 生のヒジキを茹でた物です。これを干した物が市場に出て来ます。

     ヒジキ1

 大きなトロ箱に入っていたヒジキは一旦洗いました。上の二倍ですからとても一回や二回では食べられません。
 そこで小分けし、一旦保存。

     ヒジキ3

 長女の知り合いの方に少し貰って頂きました。これは冷凍も出来るとは聞きましたが、煮た方が冷凍するにも良いそうです。
 そこで今日の夕方大鍋に一杯煮ました。そして夕食に食べました。

     ヒジキ2

 房州ヒジキは長いので、煮るには切ってからの方が良いと思います。
 ですが今回は長さを強調したく、そのまま煮ました。

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ニベの塩焼きと雑談

 珍しくニベが手に入りました。活きの良いものです。どうやって食べようかと思案しましたが、オーソドックスの塩焼きにしました。
 塩を強めに振り、1時間ほど置きました。

       ニベ塩焼き

 レモンが欲しかったのですが、下になかったので冷凍してありましたスダチを添えました。

 ニベと言いますと私にはイシモチとかグチと言う言葉の方が身近に感じます。

 昔々 40年程前 東海村の海岸にイシモチ釣りに出掛けました。それは夏の夜でしたね。
 その日は投げ釣りでした。棹を振り投げてはリールを回し、糸を手繰りよせます。
 投げても投げても、釣果は望めません。出かける前に夫に教えて貰い釣り棹を両手で頭の上に持ち上げ、棹を振る練習をしたのに。俄かは駄目ですね。
 時間が静かに過ぎて行きます。うす暗い海岸には数人の釣り人がおります。

 私は全く駄目だと悟り、棹を仕舞い砂浜に仰向けに寝そべり、じっと波の音に身を委ねておりました。砂浜は日中の太陽の光を受け暖かく、私の背中は浜風の中でも心地よく、時々居眠りも出ます。
 見上げる空に煌めく星は天空一杯に広がり、忘れがたい時間が数時間流れて行きました。
 若き日の思い出です。
 
 ニベはイシモチとかグチ、とも言われ、練り物の食材として使われております。
 タラ等も使われますが、イシモチは一段上の食材ですね。

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私的明大昔話 30

 1950年代と言えば遥か彼方ですね。日本はようやく経済事情も好転して来るようになりました。
 ですが、二部の学生の多くはアルバイトをして学費の足しにしておりました。
 学食のカツカレーなんていう物が出て来ましたね。贅沢なものでした。
 肉丼なんて何の肉なのか分からないような和風の丼物もありましたね。

 5月頃になりますと身体検査があります。一応決められた時間や学部の受診する日も決められております。
 女子学生は別でしたね。
 検査は駿河台では体育館 和泉や生田では大教室だったと思います。

 提携病院の医師が数人お見えになります。最後はその医師の前に学生は行き椅子に座ります。
 医師は聴診器を胸と背中に当てます。聴診器は身体に当てるような当てないよう滑るようにさ~と済ませます。
 手伝いに行った私は医師に「それで分かるのですか」と伺いましたら、「悪いと分かるんですよ。その時は良く当てますよ」と仰っていました。
 何しろ大勢ですからね。

 身体検査の時は上半身を出しますから、学生は下着を脱ぎますね。脱ぐ場所は決まっておりますから、そこに放り投げるように置いて行きます。
 身体検査が済めば下着を着る筈ですね。それが毎年沢山の下着が残っているんです。
 未だ物の大事な時代ですよ。全く不思議なんですね。
 それも汚れたものから、下ろしたての真新し物までなんですね。この状況はどう解釈すれば良いのでしょうかね。
 急ぐから?もう捨てたい時だったから?探すのが面倒だから?

 仕方なくこれを事務所に持ち帰り、保管して置きます。私の知る限り取りに来た学生を知りません。
 そのうちにその下着から匂いが出て来て、部屋に漂って来ます。
 仕方なく作業職の方に洗って貰い、ボイラー室でウエスとして使って頂くのが毎年のことでした。

            main1195.jpg

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カワハギ・鯖の子

 昨日は長女とアリオ柏に買い物に行きました。贈答用の食品と自家用の食品ですね。
 魚売り場に活きの良いカワハギと滅多に見られない鯖の真子が一皿でておりました。
 カワハギは一尾付けにはチョッと大きいと思ったのですが安いのですね。
 鯖の真子は私は好きですが、長女が口にしたことがないので、食べさせてやりたいと思い買いました。

        カワハギ

 このカワハギは一尾税込みで314円です。皮は剥いで貰いました。肝が大きく得した気分になりました。

        鯖っ子

 鯖の真子は下ろしてある鯖一尾より高く税込みで419円です。

 カワハギと真子を一緒に煮ましたので、カワハギの上に真子の粒が見えます。

 カワハギも真子も美味しかったですよ。

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友人の挨拶

 中國青島の小学校仲間の武藤直大さんは毎年のように中國へお出かけになっているのですよ。タフです。
 その報告の一部ですが、ユーモアに富み嬉しくなってしまいました。彼は都内に住み、規則正しく生活をしております。
 その実像を知るだけにこれは紹介させて頂こうと彼の了解を頂きました。


 タイトルは「病院の会議に列席」です

 中国の都市には市政府と言う組織がある。名前からして日本の市役所のようなものだろうが権力はもっと大きいようだ。その市政府の大病院の会議に列席させてもらった。会議と言っても、病院内の各科の幹部を集めて、院長が主催する親睦目的の夕食会である。似たことは今まであったが、私がなぜ、そんな会に出ていいのか分からない。

 「私の友人で、日本の雑誌の元編集長。老人問題についても詳しい」

 というのが、友人が紹介した私の”身分証明“である。始まる前、だまって会議室の様子を眺めていた。出席者が入って来ると、正面に座っている院長に近寄って挨拶する。その場で出来ないような複雑な話になると、2人でそそくさと別室に行き、何分か経って帰ってくる。こういう場面は日本の会社でもよく見かける、上司と部下のコミュニケーションのようだった。

 やがて料理が出され、会議が始まった。会場は病院内の1室である。と言ってもちゃんと大飯店と同じような豪華丸テーブル、椅子も客室用で大きく座り心地がいい。友人から前もって教えられていたのは、「役人の汚職、ぜいたくは厳しくなっている。部内での打ち合わせや会議に、外のレストランやホテルを使うことは出来なくなった。だから病院の中につくって持ち込ませている」

 これこそ中国流“上に政策あれば、下に対策あり”の実例だろう。しかも出席者の中には、官公庁、企業などの組織には必ず派遣されている共産党の書記(監視役)もいるのだ。友人が私を紹介した時、彼はにこやかに会釈して握手してくれた。

 会議と言うか宴会は仲間同士笑ったりひそひそ話したり賑やかだが、院長が話しはじめると静かになって傾聴する。私は黙々と食べながら観察していると、会の半ばになって院長が、「今日は日本から雑誌の元編集長が見えておられます。老人問題にも詳しい私たちの先輩で、うれしいことです」と歓迎の辞を述べてくれた。そうなると黙って食べているだけでは格好がつかない。老人問題に詳しいと言うのは、友人が勝手に創り出した理由で、私は普通の週刊誌の編集長をしただけである。専門のお医者さん相手に老人問題など話せない。
 そこで、「私は80代半ばになりました。それで皆さん方の誰よりも早く天国に行くことになるでしょう。実はそのことで悩みがあるのです。  私は若いときに妻を亡くし、再婚してまた先立たれました。それで私が死んで天国に行ったとき、どちらに先に会ったらいいか。1人に先に会えば、後にされた方が怒るだろうし、2人一緒に会ったらケンカになってしまう。どうしようかと迷っていたら、最近3人目が出来てしまいました。もう天国でも殺されるかもしれない」

 友人が中国語に訳してくれる。終わりの方で「3人目は財産目当てだろう」とヤジが飛んだので、私が毅然として「オンリー セックス」と答えたら、感心したような疑わしいような表情。
 
 そこで院長がおもむろに診断を下した。

 「貴方の今の生き方は健康的でいいですよ。今は女性も強くなっているから、先に天国に行かれた奥さん方は元気に恋愛したり、結婚していますから心配することはない。貞淑な奥さんでひたすら貴方を待っている女性もいるかもしれない。そういう方は優しくてひどくは怒りませんから大丈夫」

「それで安心しました」

 とお礼を述べたら、後で友人から院長の専門は精神科だと言われた。なるほど納得したい気になるし、ユーモアも心得ておられる。
       
       以上が武藤さんの報告です。
 
         武藤直大さん

 これは確か杭州に行かれた時の写真だと思います。私の手元にあるのを選びました。若しかしたら他の都市かも知れません。
 でも武藤さんには間違いないですよ。

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椎茸の甘煮とカメラのこと

 大分の本場物の椎茸を時々貰います。大きな立派な椎茸。何故頂くかと言いますと、二女の家は干し椎茸が嫌いだと言うのですね。
 私にとっては有難いことです。
 上の孫は甘く煮た椎茸が好きですから、家に来てそれに気が付くと喜んで食べて行きます。
 戻す時には一遍に沢山戻します。戻した椎茸は煮もしますが、そのまま切って冷凍にもします。
 煮た椎茸も冷凍にしますよ。香りが強いので煮物をする時には一緒にせず、戻した物をチョッとレンジで温めて一緒に盛り付けます。

        椎茸甘煮

 今回のはとても大きく、戻した一枚の椎茸は直径が7.8cm程もあるようでした。
 厚みもあり、これだけ厚いと噛むと噛んだって言う感じです。

 毎日デジカメで写真を撮るのですが、本体に画像があり、メモリーカードに入っていないことが起きます。
 大体カードの入れ忘れなんですね。そういう事態が起きると慌てて助っ人さんのところに駆けつけて直して頂きます。
 それが一昨日、カードに数枚、本体に何枚か入っています。全く自分で訳が分かりません。
 夫の調子が悪く、外に出掛けたくなっかたので、何とか自分で直そうとパソコンに張り付いてあれこれ試して見ました.

        デジカメ

 初めはどうも駄目なんですね。そこでこれは機種を入れて検索すれば良いのではと、試して見ました。
 そしたら出て来たのですよ。何回も何回もあれこれ触って本体の画像をカードに取り込むことが出来ました。

 もう嬉しくて黙っていられません。夫に「出来たわよ。凄い。嬉しい」と連発。
 そして昨日は助っ人さんに事のなり行きを報告に行きました。助っ人さんは「よく出来ました。偉い」って褒めて下さいました。
 それでもまた何か起きれば駆けつけるかも知れません。でも嬉しかったですね。

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変わった物を頂いた

 昨日は私の都合で中国語のレッスンを休みにして頂いたのですが、老師は心配して下さってお昼に二哥(二番目のお兄様)の作られた中國の物を届けに来て下さいました。

      揚げ肉1  揚げ肉2

 小麦粉を使った物ではなく、油揚げを使った物です。中にはひき肉を良く練ったものが詰まっています。
 味は塩味です。食べる時にお酢を少し付けて食べました。癖がなく食べ易く美味しかったですよ。
 初めての物です。ネットで揚げのレシピを見ましたら、揚げを使って詰め物をする物が色々ありましたが、これは目に入らなかったですね。
 簡単に作れそうです。今度のレッスンの時にお聞きしようと思っております。

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佐賀のお菓子と昔話

 夫の父親は佐賀の出です。夫は東京生まれ、東京育ちと言っても良いでしょう。
 それでも戦争末期には家族で佐賀に疎開をしたそうです。
 そのことを知る私の友人が時々デパートの物産展で佐賀のお菓子を送って下さいます。
 今日の昼前 沢山のお菓子が届きました。

       佐賀の菓子

 あれこれ見繕い選び送って下さいます。賞味期限を見ながら整理しました。
 夫は食べたい時には食べられず、食べられるのにたべっられないと良く言います。
 食べ盛りの時は食糧難ですからね。今は食べものが溢れているのに、身体が受けつけて呉れません。
 
 夫は疎開で行った小学校から中学に入学。ところが勉強より有明海での開墾で辛い思いをしたようです。
 今の中学1年生を見ますと本当に子どもですね。それが片道10㌔を歩き葦を刈り、鍬を振り開墾を始めたと言うのですね。
 中学生は生意気ですね。隊列を組み歩きながらズンドコ節の替え歌を歌って歩いたと言うのです。
 生徒の誰かが何か失敗をすると多くの生徒が共同責任で殴られたり、ビンタを貰ったそうです。
 酷いものですね。軍隊に似ていますよ。教師には逆らえません。

 私の女学校はどうだったかと言いますと、佐賀の中学ほどではありませんが、上級生の言うことは酷いものでしたね。
 上級生の命令は朕の命令なんて言い、威張るのです。
 お菓子を送って呉れた彼女と良く話すのですが、楽しいことも一杯ありましたが、今の中学生には理解出来ないような様々な苦労がありましたね。
 当時は国鉄バスは省営バスと言われていました。省とは鉄道省ですね。そのバスの燃料がガソリン不足で薪で代用され、時には運休になるのですね。
 そう言う時は片道16㌔を歩いて通学するのです。その時ですよ。歩き疲れて休むのですが、上級生が休もうと言って呉れないと勝手に休めないのです。休憩している時 空を高く飛ぶ米軍のB29の姿を見ることもありましたね。
 
 嫌な時代でしたね。私はその上中國帰りと言うことで、虐められました。

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長いお付き合い

 もう40年も会っています。主婦の友文化センターでチャイナドレスを一緒に習い、何回会っても楽しさで心が和みます。
 今日は気温も上がり、お天気も良く、出掛けるのも楽でした。
 
 柏で12時 それからほぼ4時間 良くお喋りをしました。
 友人の住む福島は天栄村の家の周囲は雪が積もっているそうです。
 車は走れるそうですが、未だ春らしいとは言えないようです。今日は車のタイヤのパンクと言うアクシデントがあったそうですが、無事に帰宅できたでしょうかね。

 以前は東海倶楽部で会うことが多かったのですが、このところ日曜が都合が良く、柏でお会いしています。
 今日の三人は一緒に台北に行きましたので、林さんの写真をお見せしました。
 食事はお鮨。食事の後は場所を変えてお茶。美味しいパフェを頂きました。

    鮨  デザート

 色々な話が出ました。学校教育のこと。人との付き合いのこと。
 戦後の様々な事実。夢を持つことの大切さ。今を感謝すべきだと言うこと。

 福島の天栄村は過疎が進み、様々な問題をお聞きすることが出来ました。
 過疎は止めようがなく、地場産業の創設があれば良いのではと、友人は夢を語りました。
 とても良いお話しで、拍手をしましたよ。

 都内からお見えになる友人は現在進行形でお孫ちゃんと付き合っております。
 同居をされている訳ではありませんが、三歳になる男の子の行動は聞いていても楽しく微笑ましく、またお疲れも一入と。
 共感出来ること多々ありでした。楽しい時間でした。

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海タナゴ

  海ブドウを買った時、目に入った魚のパック 何年振りかで目にした海タナゴ
  安いのでびっくりしました。これは買わずにはいられません。

      海タナゴ

 四尾で税抜きとは言え580円ですよ。一尾145円です。こんな大きなのは初めてです。
 海タナゴは煮魚が好きですから昨日は煮ました。小さいとから揚げも美味しいですよ。

      海タナゴ2

 平鍋に牛蒡を敷いて、その上にタナゴを載せ、お酒をたっぷり注ぎ先ず火をつけて煮立てます。
 お酒が煮立ち、魚が白くなって来ましたら砂糖と醤油を入れて、強火のまま煮て行きます。
 蓋は開けたまま、火傷に注意し煮汁を大きなスプーンで魚全体に掛けながら煮詰めて行きました。
 
 ま~うまい具合に魚好きの長女が来ました。早速食べて見ました。「う~ん美味しい」と嬉しそうにしました。
 大きいので三人で一尾しか食べられませんでした。残りは冷蔵庫にしまってありますので明日の夕食で食べましょう。

 今日は残りの二尾を叩きさんが焼きにしました。先だっての鯵が美味しかったので、再度作りました。
 
      海タナゴ3

 また丁度長女が焼く前に来ました。
 「先に写真を撮って置けば」と言われて写しました。
 良かったですよ。焼いたら焦げがしっかりと写っていますので、此処には載せられません。パスです。
 三人でお喋りしながら食べました。鯵より身がチョッと軟らかかったですが美味しかったです。
 
 海タナゴは卵胎生で知られています。見たことはないですがね。
 お腹から出て来る時に小さな形になって出て来るのだそうです。

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海ブドウと自家製ジュース

 昨日は長女とアリオ柏に買い物に出掛けました。
 タカマル鮮魚店で海ブドウが出ていました。久しぶりでしたので買って来ました。
 冷蔵庫に仕舞っては駄目なんですよ。

      昨日と今日の夕食とで二回に分けて食べました。

    海ブドウ1   海ブドウと長芋

 海ブドウは生で食べるのですが、味はポン酢を付けて食べました。右は長芋を一緒に盛り付けてあります。

 先日送って来た甘夏 一部はママレードを作り、少しは果汁にしました。
 それを炭酸水で割って飲みますと、苦みが少しありますが、自然の味で嫌味はありません。美味しいですよ。

              甘夏ジュース

 先ほど上の孫が来ていました。写真を見られると下手~と言われそうです。
 恥ずかしいので、帰りましたので安心して載せて書いております。

 海ブドウもこのジュースも夫は拒否するのではと思っていましたら、意外にも気に入って呉れました。良かったです。

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今日のラーメンと雑談

 昼食の悩みは続きますが、何か材料があるとそうだあれ!って頭が回転します。
 先週安く買った豚肩ロースの塩豚が仕込んであり、昨日茹でました。
 塊の半分は冷凍。後はおつまみにしてと思っておりました。
 それを使ってラーメンが良いのではと、市販のラーメンを買って来ました。

       塩豚ラーメン

 塩豚が軟らかく、老人二人には良いですね。上に載せた他の具はほうれん草とブロッコーリースーパースプラウトです。
 簡単ですがこれで充分です。
 普通の ラーメンのチャーシューは本格的なチャーシューではないですね。煮豚が多いと思います。煮豚は固いですね。
 この塩豚は圧力鍋で作りますから、とても軟らかいのです。

 昔々 1948年に上京した時、ラーメンは滅多に食べられませんでした。
 お金もないと言うこともありましたが、ラーメン屋そのものが何処にもあると言うのではなく、あるとそこは食べる人の後ろに立って待つ人がいるほどでした。
 吉祥寺北口のあの商店街にあった一軒。高齢な男性と若い女性と二人で切り盛りしておりました。
 ラーメンとチャーシュー麺だけです。ラーメンは30円 チャーシュー麺は50円?
 それでもチャーシュー麺を頼むのは月一回位のものでした。
 コーヒーとラーメンは値段が同じような感じでしたね。コーヒーも滅多に飲めませんでした。
 でもそんなことどうでもよかったような気がしています。

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海苔佃煮を作る

 焼き海苔を頂くことが多く、そうなると普通の板海苔はついつい置いてけぼりになって仕舞います。
 毎日焼き海苔を一人一枚ほど食べます。
 板海苔が二帖 賞味期限は全く分かりませんが冷蔵庫の中にあり、捨てようかどうかと迷いました。
 焼くのもこれまた面倒なんですね。焼き海苔が主流でなかった時には食べる前に焼いたものです。
 迷った末 佃煮にしました。佃煮は買ったことはありません。
 調味料は醤油・味醂・出汁です。 海苔は手でちぎり合わせ調味料に入れて煮て行きます。
 焦がさないように丁寧にかき混ぜながら仕上げました。

       海苔佃煮

 容器の大きさですが、一辺が6cmほどです。
 容器一個で板海苔1帖(10枚)です。

 新海苔の時期には山本の美味しい初摘み海苔佃煮を頂きますが、それと比べますと味は落ちます。
 それでも自家製を食べると言うことは何となく気分は良いものですね。

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季刊明治が届きました

 季刊明治74号が送られて来ました。
 明治は遠くになりにけりと人は言いますが、私は勝手に明大應援團で、変わらず応援しております。 
 だから送って下さると言うことではないのですよ。37年間勤めた人間ですから送られて来るのです。
 今回は今までの物と少し変わって明るい表紙になっています。

     季刊明治74  季刊明治74-1

 見開き1ページは公式キャラクターの「めいじろう」が並んでいますよ。

 年々新しい大学の様子が見られるのですが、老人にすれば確かに「明治は遠くになりにけり」の言葉も出ようと言うものです。
 表紙に今回から新連載として「相談室の窓から」が紹介されています。

            季刊明治相談室

 1959年に学生相談室が開設されてからの道のりを思う時、このような記事に出会うと感無量になります。
 学内で認知された婚外婚の子どものように、認めては上げますがと言うような学内事情。正式な組織としてキチンと整備されなかった長~い時間。
 今は時代の要請に応えることが必要なことにはキチンと対応もすると言う体制が出来上がっているのですね。
 
 新学期が始まりました。新入生にチラシを配る必要もありません。大学生活への手引きも用意されています。

            相談室応援BOOK

 この冊子には日常生活で必要な情報や一人暮らしの指針など、沢山のことが集められております。
 このような冊子も用意される時代。大学の施設も至る所で見ることも利用することもが出来ますから、学生は大いに利用して欲しいと思いますね。
 
 話は変わり、去る五日に大岡信先生が逝去されました。

          大岡先生

 先生は1973年、74年に学生相談室の相談員をなさっておりました。
 大岡先生は当時法学部教授で、週一回学生の相談を引き受けておりました。
 私がお目に掛かる時は相談室会議と毎年開催される相談室セミナーでした。
 会議の時もセミナーの時も穏やか姿勢を崩さず温厚な先生と言う印象が強く残っております。
 セミナーでの最後の夕食後 毎回一部屋に集まり、アルコールも入り、自由な気持ちの良い時間を過ごしておりました。
 大岡先生の浴衣姿を思い出します。大岡先生は大柄ではありません。
 記憶に残っている先生のお話しは交友のある方のエピソードですね。ユーモアのあるお話しでした。

 大岡先生が相談員をなさっていた時期 相談室には著名な先生が何人もいらっしゃいました。
 芥川賞を受けた三浦清宏先生祖父江孝男先生鈴木武樹先生など、立派な大勢の先生方が相談室を支えて下さっていました。
 
 大岡先生が参加された第12回セミナーの時、講演をお願いしたのは経営学部の山田雄一先生でした。
 大岡先生と山田先生は旧制沼津中学・旧制一高・そして東大とず~とご一緒なんです。
 それはこのセミナーの時に私は知りました。
 
 思い返しますと、最後の夜の懇親会では先生方も畳の上で寝そべったり、くつろいで過ごしたものです。そして時には家族の自慢話も出たりしましたね。

 何時もお茶くみでしたが、恵まれた環境だったことに感謝をしております。
 
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あじのたたきさんが焼き

 先日千葉県の館山で食べた「あじのたたきさんが焼き」がとても美味しかったので真似をしました。
 元々あじのさんが焼も叩きも自家製で食べていましたが、バターを使って焼いたことはありませんでした。
 波奈ではバターを使っていました。
 これは追加で頼んだ物で三個で600円でした。我が家でも青紫蘇で包むことは良くします。

        波奈2

  魚好きな長女が頼んだセットに付いていたのです。「いつか行ったばんやのより美味しいね」と言います。
 それは二個でしたので、じゃ~と追加で三個頼んでみたのです。

 どうしてかしらと長女と話したのですね。意見は一致しました。
 さんが焼きほど叩いてなく、身の大きさが叩きのアジとも違うのですね。叩きは叩きですが、叩き過ぎでない。

 昨日は下の魚屋で中アジが安く出ていました。そこで三尾買って来ました。
 早速真似っこの「あじのたたきさんが焼き」にしました。

        波奈の真似

 バターが多すぎましたが、とても美味しく、夫も「うまい」と声を出しました。
 これは昨日の夕食の時なんですね。
 残りは今日の夕食で食べました。分量はほぼ同じ位ですが、今日の方が多かったです。

 千葉県は南の方ではアジのさんが焼きや、たたきが有名です。どこの街でも食べることが出来ます。

 さんが焼きには味噌で味を付けるのが普通です。我が家では今回は醤を使いました。
 美味しかったです。安くて美味しく 私に合っています。

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鯛味噌炊き込み

 桜ダイの一尾を鯛味噌にしたのですが、消化するのに時間が掛かりそうです。
 そこで鯛飯にと思ったのですね。どうなるかは自信がありませんでした。
 ただ何時もの炊き込みのように出汁を使い、清酒を少し入れました。

    桜ダイ炊き込み釜  桜ダイ炊き込み

 適当に鯛味噌を入れましたので、塩気が分かりません。
 炊き上がって見ましたら、少し薄いなと思いましたね。味も良いし他に惣菜もありますから、ま~良いかと思い食べました。
 娘に今度は醤?って言われそうです。今日は次の仕込みに掛かりました。
 発酵食品は身体に良いと言うことを聞いたり読んだりしますが、醤を作って見ましたら、実に良い物です。

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うどんと鉄道唱歌

 三食のうちで一番悩むのは昼食です。
 パン・そば・ラーメン・うどんなどと繰り返します。ですが簡単なようでも簡単とは言えないのですね。
 パンも蕎麦も、そして他の物でも続けたくないのですね。時々夫は簡単で良いよ言いますがね。
 チャーハンやカレーライスなんて言う手もありますが、ご飯物は何となく重く感じるのですね。
 最近気が付いたことですが、温かいうどんやそばを作る時、煮込まないで仕上げると塩分も少なく済みそうな気がしたのです。

         うどん豚コマ・野菜

 どうするかと言いますと、先ず汁を先に作ります。具を入れて煮たてます。
 その間熱いお湯を出してボールに溜めます。その中でうどんやそばを温めます。
 掛け汁が出来上ったら温めたメンを丼ぶりに入れ、そこに熱くした汁を掛けて出来上がり。

 昨日のテレビですが、東海道線を歌った鉄道唱歌」を聞き、映像を眺めていました。
 もう驚きましたね。この唱歌の長いこと。それと内容が豊富だと言うこと。
 歌を聞いておりましたら、鉄道唱歌の出来た1899年に日本人は四千万人だったの言うのですね。
 支那事変が始まった1937年には一億人と言われていたのです。40年近くで六千万人増えたのでしょうか。
 何だかマジックですね。
 一億と言っても実際はもっと少なかったのかも知れませんね。
 その事変が始まった時の中国の人口は三億と言われておりました。人口増は世界ではどうなっているのでしょうね。

 東海道線の鉄道唱歌 ここもお聞きして下さい。聞きやすいです。

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桜ダイ

 下のスーパーの魚屋に桜ダイが出ていました。
 トロ箱に氷が一杯詰められている特売品です。自分で捌くのです。朝一番位の時間でしたので、人がかき回した様子がありません。
 一尾280円です。安いこと。こんなこともあるのですね。二尾買いました。
 出刃も研いでありますから良かったです。

    桜ダイ1  桜ダイ2

 鯛の骨は固いので、気を付けなければなりません。数年前喉につかえさせて耳鼻科に行ったものです。
 身あらは潮汁にして飲みました。

    桜ダイ3  桜ダイ4

 焼いた鯛を醤と合わせて鯛味噌を作り、一尾は幽庵焼きにして食べました。
 段々生の魚より火を通した物の方が良くなっています。
 安くて美味しくを実践しました。

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中國青島の地下鉄

 2月18日にお会いした青島から筑波大大学院に留学していた方が2月25日から帰国なさると話しておりました。
 青島から地下鉄の写真を送りますよと約束。
 数日前何枚も地下鉄の駅風景などを送って下さいました。
 私が2010年9月に青島に行った時、地下鉄の工事が進められているとお聞きしておりました。
            
             完成したのですね。

            地下鉄3

        送られて来た写真を掲載しましょう。

      地下鉄1  地下鉄2

      地下鉄4  地下鉄5

      地下鉄6  地下鉄7

      地下鉄8  地下鉄9

 写真は頂いたのですが、説明がありませんので、詳しいことが分かりません。そこでネットで調べて見ました。
 便利な世の中を実感しました。
 青島に住む日本人女性のエリカさんのブログに辿り着きました。
 エリカさんのブログを拝見して頂くと、利用の仕方、チケットの買い方など詳しく案内して頂けます。
 地下鉄のことだけではなく、様々なことを知ることが出来ます。
 是非ご覧になって下さい。 
 
 また青島のことはここからどうぞご覧になって下さい。

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魚を買う

 長女の運転でアリオ柏に行き、何時もの通りタカマル鮮魚店の前に立ちました。
 最近売り場の模様替えなのかしら、奥にあった丸の魚が一番前に出ています。

            魚1

 手前にブダイが見えます。奥の箱に収まっているのはタコの頭だそうです。大きいですね。
 タコは家で茹でたことはありますが、頭だけってどうするのかと店員さんに聞きましたら、茹でたり揚げたりすると話しておりました。
 茹でるは分かりますが、揚げるってどうなんでしょうね。見当が付きません。

           魚2

 このコーナーでは磯魚のタカノハダイが出ています。これも珍しいですね。

 見るもの欲しい婆さんはぐっと我慢 ブダイだけ買って来ました。

   ブダイ下ろし  ブダイ煮つけ

 ブダイは鱗が大きいので、三枚に下ろして貰いました。
 実家では母がフライにして呉れたこともありましたが、煮ました。久しぶりだったことで味が濃すぎました。
 ブダイもタカノハダイも北辰では出ない魚でしょうね。
 楽しかったですよ~~~

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鍋ワンタン

 都内から桜便りが届くと言うのに、我孫子は未だ空気は冷えているのでしょうか。
 バス停の傍の桜は3分咲きと言ったところです。
 それでも中央公園の樹々の枝は、何時の間にか賑やかになっています。

       3月4日中央公園

 下のスーパーではこのところあの水餃子が並んでいません。今日も予定していましたのに出ておりませんでした。
 夕方にもなると気温が下がって来ます。
 チョッと温かい物が食べたくなっておりましたので、水餃子鍋は諦め、鍋ワンタンにしました。

       ワンタン鍋

 「出来たわよ」と言う私の声に夫が鍋をそ~と持ち、腰を落としてゆっくり食卓に運びます。
 鍋が重いので運んで貰うのですが、若し躓いたらと何時も気になって息を凝らして見つめております。
 無事にテーブルに載せるとほっとします。

 ワンタンは皮を三角に折っただけです。すると軟らかく煮えます。40枚ですから後は残り物で終わり。
 老人の食は簡単。少量で済みます。

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今日の一品と友人の怪我

 今朝は何だか準備が悪く、煮物の材料がどうも今一つって言う感じなんですね。
 そこでじゃやが薯の細切りを鶏油と天ぷら油とで炒め、香りソルトを振り入れて、溶き卵を流して纏めました。

    ジャガとタマゴ  朝食4月3日

 細切りじゃが芋は弱火で炒めます。フライパンに蓋をして、時々フライ返しで動かします。
 簡単ですし、時間も掛かりません。

 この歳になりますと何かと身体に故障が起きます。心や頭にも少しずつ変化が起きて来ているかも知れませんね。
 同年の友人二人が同じ頃に膝の靱帯損傷で治療を受けております。
 一人は自宅の階段を上る時に転倒し、もう一人はマンションの入り口で滑って転倒。とても痛いそうですよ。
 一人暮らしの友人は買い物にも行けず、私は手作りの惣菜や、野菜を急いで送りました。
 彼女は明日病院で溜まっている水を取るのだそうです。

 階段で転倒した彼に電話をしましたら、何とまた転んだそうです。
 二人とも杖を使っています。段々杖がお友達になって毎日手を繋いで行くようになって行くのかしら。
 私も杖を使っています。今のところ靱帯損傷のような辛い経験はありませんが何時転ぶかも知れません。
 友人たちのことを知るだけに、要注意ですね。
 今週も病院で先生に言われましょう。「転ばないように。風邪を引かないように。帰宅したら良く手を洗うように」とね。

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お鮨

 今は和食は好きですが、若い頃は洋食も中華も好きでした。勿論今もどれも食べますよ。
 変わらず好きな物と言えばお鮨ですね。
 この半年くらいは自分では握っていませんが、良い魚があれば作りたい物ですね。
 木曜日には長女夫婦の運転で館山に行きました。妹も一緒です。
 我孫子からの道のりは100㌔程ですが、館山まで直行。
 午後1時頃に館山に到着。
 
 昼食は波奈本店でとりました。以前より安くなっているように感じましたね。
 私は一番安いお鮨。これ以上多いと食べ切れません。
 長女も鮨好きですからお鮨。
 妹と婿殿は揚げ物などの付いた定食を頼みました。


    波奈4  波奈5-2

 左が私の頼んだ物、これに茶わん蒸しが付いています。 右が長女の頼んだ物です。色々とのっていますね。
 私はこれだけですのに二個が食べ切れません。自分でも残念です。

 通夜振る舞いに握りが出て来ました。お鮨は何時でも頂きます。
 そして精進落としでもお鮨の折りが付いていました。勿論頂きました。
 それでも量が知れています。せめて10貫は食べたいものですね。

 今日の昼過ぎ、岡山出身の友人から岡山の祭り寿司(岡山ばらずし)を頂きました。
 食通の彼女の作る岡山のお鮨。丁寧に出来ています。

            岡山の鮨

 岡山から届いたと言うサワラやエビなど色とりどりの物が乗っています。
 一品一品材料ごとにきちんと味が付いています。優しい味です。
 私たち二人では食べ切れませんから、長女に連絡し分け合い頂きました。
 
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色々な変化

 義弟の母親の通夜・葬儀に参列して来ました。
 それは房総半島の館山市の斎場で営まれました。

       式次第

 通夜・葬儀・告別式・初七日と上のように進みました。
 全て斎場の方が手順良く進行させていました。斎場の司会の方の案内の言葉はとても自然で、良かったですね。
 時々矢鱈悲壮感をただよわせる斎場もありますね。
 義弟の近くの菩提寺龍震山東傳寺の田口昌裕導師により通夜も葬儀も進められした。
 この方実にいい声なんですね。そして読経もリズムがあり、緩急実に上手で人を引き付けます。
 私は耳が遠いので、お経の言葉が聞き取れず残念でした。
 通夜の時、参列者の焼香も終わり、導師の読経が終わった後のお話しは実に良いお話しだったと妹が説明して呉れました。
 翌日の葬儀の時も通夜と同じ、朗々と読経をなさいました。
 
 故人は献体を希望されており、出棺は千葉大からお迎えが見えました。丁寧な形でお送り出来ました。

 100歳を超えたと言うことで子どもと孫、曾孫も含めて親族の方々も多く、初めてお会いした方が殆どでした。
 昔と違い斎場が出来たと言うことで葬儀の姿が変わって来ております。
 義弟の住む地域もですが、私の実家の方でも、斎場がない時には部落の方がたの協力なしでは葬式は出来ないような感じでした。
 ところが今は斎場で全てが済ませることが出来、家族の負担も減って来ているでしょう。
 送迎バスもありますから、近所の方も一緒にお出でになれますね。
 ところが地域に住む方の高齢化が進み、実際には葬儀に参列出来る方が少なく、地域の人間関係も変わって来ているようです。
 昔の念仏講も殆ど無くなっているようです。東京に100㌔ばかりの地域ですが、過疎化が進んでいるのです。
 館山市での高齢者は36%、同じ館山市でも義弟の住む地域での高齢者は50%になっているそうです。

 葬儀・出棺も済み、その後精進落としの食事の時 導師は故人と40年前に亡くなった故人のご主人の戒名の説明をなさって下さいました。
 とても丁寧です。

 皆さんがお帰りになるのですが、すぐ下の妹は自力で帰ることが出来ません。そこで義弟がタクシー乗り場まで送って行くことになりました。私も一緒について乗って行きました。妹がタクシーの乗ったことを確認したあと、久しぶりだと言うことで少し館山の街を走って呉れました。
 過って館山銀座と呼ばれていた通りは歩く人も殆ど見当たらず、シャッターの降りている店舗が軒並みです。
 覚えのある店も殆ど無くなっております。館山銀座の戦後は夏ともなると人が溢れていましたし、夜は屋台も出て賑わっておりました。
 
 折角だからと京子ちゃんのお店に寄って呉れました。5分ほどでしたが京子ちゃんは感激、抱きつかんばかりでした。
 京子ちゃんが取り組んでいると言う街興しのことは聞いておりますが、そこの地域も道路に人影が見えません。
 これからどうなって行くのでしょう。日本全国このような街がどんどん増えて行っているのではと思いましたね。

      館山の海

 泊まったビジネスホテルから眺めた館山の海岸。時どき犬を散歩させている人が見られました。
 海岸通りは夏の商いの店が多く、今の季節は寂しい風景です。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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