2017-04

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色々な変化

 義弟の母親の通夜・葬儀に参列して来ました。
 それは房総半島の館山市の斎場で営まれました。

       式次第

 通夜・葬儀・告別式・初七日と上のように進みました。
 全て斎場の方が手順良く進行させていました。斎場の司会の方の案内の言葉はとても自然で、良かったですね。
 時々矢鱈悲壮感をただよわせる斎場もありますね。
 義弟の近くの菩提寺龍震山東傳寺の田口昌裕導師により通夜も葬儀も進められした。
 この方実にいい声なんですね。そして読経もリズムがあり、緩急実に上手で人を引き付けます。
 私は耳が遠いので、お経の言葉が聞き取れず残念でした。
 通夜の時、参列者の焼香も終わり、導師の読経が終わった後のお話しは実に良いお話しだったと妹が説明して呉れました。
 翌日の葬儀の時も通夜と同じ、朗々と読経をなさいました。
 
 故人は献体を希望されており、出棺は千葉大からお迎えが見えました。丁寧な形でお送り出来ました。

 100歳を超えたと言うことで子どもと孫、曾孫も含めて親族の方々も多く、初めてお会いした方が殆どでした。
 昔と違い斎場が出来たと言うことで葬儀の姿が変わって来ております。
 義弟の住む地域もですが、私の実家の方でも、斎場がない時には部落の方がたの協力なしでは葬式は出来ないような感じでした。
 ところが今は斎場で全てが済ませることが出来、家族の負担も減って来ているでしょう。
 送迎バスもありますから、近所の方も一緒にお出でになれますね。
 ところが地域に住む方の高齢化が進み、実際には葬儀に参列出来る方が少なく、地域の人間関係も変わって来ているようです。
 昔の念仏講も殆ど無くなっているようです。東京に100㌔ばかりの地域ですが、過疎化が進んでいるのです。
 館山市での高齢者は36%、同じ館山市でも義弟の住む地域での高齢者は50%になっているそうです。

 葬儀・出棺も済み、その後精進落としの食事の時 導師は故人と40年前に亡くなった故人のご主人の戒名の説明をなさって下さいました。
 とても丁寧です。

 皆さんがお帰りになるのですが、すぐ下の妹は自力で帰ることが出来ません。そこで義弟がタクシー乗り場まで送って行くことになりました。私も一緒について乗って行きました。妹がタクシーの乗ったことを確認したあと、久しぶりだと言うことで少し館山の街を走って呉れました。
 過って館山銀座と呼ばれていた通りは歩く人も殆ど見当たらず、シャッターの降りている店舗が軒並みです。
 覚えのある店も殆ど無くなっております。館山銀座の戦後は夏ともなると人が溢れていましたし、夜は屋台も出て賑わっておりました。
 
 折角だからと京子ちゃんのお店に寄って呉れました。5分ほどでしたが京子ちゃんは感激、抱きつかんばかりでした。
 京子ちゃんが取り組んでいると言う街興しのことは聞いておりますが、そこの地域も道路に人影が見えません。
 これからどうなって行くのでしょう。日本全国このような街がどんどん増えて行っているのではと思いましたね。

      館山の海

 泊まったビジネスホテルから眺めた館山の海岸。時どき犬を散歩させている人が見られました。
 海岸通りは夏の商いの店が多く、今の季節は寂しい風景です。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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