2017-06

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今日の一品と物のない暮らし

 茄子の皮が溜まりますと簡単に炒めて食べます。
 味噌汁には皮を剥いた茄子を入れます。また最近は煮物の時に剥くことも増えています。

           茄子皮

 茄子の皮は細かく切って置きます。 
 フライパンに天ぷら油と鶏油を半々に入れて炒めます。色が変わって来ましたら、醤油、酒少々を差して炒めます。
 最後に鷹の爪を加えて仕上げます。
 私は好きですが、夫は余り食べません。喉を刺激するようです。

 茄子は昔は僅かな場所でも植えたものです。一人一本あれば良いと言われておりました。
 諺で言われておりましたからね。確かに花に無駄はなく秋まで長く成りますね。

 昭和19年4月  女学校に入学しました。その頃私はランドセルに運動靴でしたね。
 運動靴や自転車などは当時は部落に配給で来ており、抽選で当たると買うことが出来ました。
 私は青島の親から送られて来ましたから、何とか履いておりました。ですがそれも段々戦局が激しくなって届かなくなりました。
 仕方なくスケートの靴のエッジを外して履きました。ですが底が薄いですから直に駄目になって仕舞いました。
 そっれからは下駄ですね。
 先日同級生の方のアルバムに集合写真が貼ってありました。
           何と全員下駄履きです。

          女学校下駄履き

 下駄履きも鼻緒が痛み切れて来ます。そこで自分で鼻緒を作るのです。
 麻をよって芯にします。下駄に自分ですげたことを思い出しました。尖った刃物を使いすげたのです。
 下駄履きですから、冬は足袋ですね。足袋は闇で買うこともありましたが、クラスの中で型紙を回し、自分で縫ったものです。
 コハゼはもう簡単には手に入りませんし、付けるのも難しいので、紐を二本付けて結んだものです。
 足袋を作ると言っても祖父母には中々木綿の生地がありません。色々と考え何とか手にし、作って履いたものです。
 足袋作りは親指の先端の丸みは細かいぐし縫いでどうにか作ったものです。
 お金がないと辛いですが、物がないのも辛いですね。当時大事な物は綿布や砂糖でしたね。

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しのべ竹と保育のこと

 妹が家の周りの竹やぶで採ったしのべ竹を持って遊びに来ました。
 綺麗に皮が剥いてありました。そのままでも使えますが、一旦茹でました。
 
     しのべ  しのべ煮物

     去年も色々と調理しましたが、右は先日牛肉と煮た物です。
 
 妹の娘は都内の区の職員ですが、本人の資格を生かし保育園で幼児の面倒を見ております。
 責任も重い仕事ですね。
 東日本大震災の時 余震の来る度に、幼児二人を連れて避難したそうです。
 一人は背中に背負い、一人は胸に抱えてのことだったと話しておりました。
 姪は一人っ子ですが子どもが大好きです。自分の性格と良く合った職業に就いたと言えましょう。

 子どもを保育園に預けると言うことはとても大変なことですね。
 日本の各地で保育園の問題は様々なことで報じられていますね。

 昨日 待機児童31年間ゼロ というタイトルで我孫子市のことを朝日新聞朝刊が報じておりました。

               我孫子市待機児童0

 31年間と言うことは多くの方の努力の賜物でしょう。どうぞ大きくしてご覧になって下さい。

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茄子の卵とじと雑談

 最近我が家の食べ物は段々軟らかい物にとシフトして来ております。
 お肉も圧力鍋で調理することが多いですね。
 偶のすき焼きも薄切りのペラペラ肉です。それも二人で150gもあれば足ります。
 一昨日の夕食なんて牛肉100gで肉豆腐ですよ。
 茄子が安くなっていますね。ですから毎日何かしらで食べています。ところが夫が煮物の茄子の皮が固いと言うのですね。
 そこで皮を剥いて煮て見たり、卵とじにしてみたりしています。

        茄子卵とじ

 これは卵は二個しか使っておりません。そして2回で食べました。
 老人の食事は安上がりですよね。
 
 茄子は中華風に炒め物も良いですが、最近の私は怠けています。
 夏野菜の天ぷらも良いのですが、これもつい揚げ過ぎて仕舞いますので、滅多に揚げません。

 こうして段々過ぎて行くのでしょうね。唯二人とも食欲がありますから良いですね。

 友人が8月初旬に手術を受け、入院が一カ月の予定だと言うのですね。

 そこで8月の集まりを先延ばしにしようと思っています。手術を受ける友人は自分からは言いにくいのではと思い、仲間に電話をしております。
 ところが仲間の何人かが体調を崩していたのです。検査入院の友人は癌だと言うのですね。
 癌と言えば、一人の友人は5月にすい臓がんの手術を受けていたのです。

 すい臓がんの手術を受けた友人は一人暮らしです。長く腰痛に苦しんでいることは私も知っておりました。
 そこで介護認定を申請したのだそうです。
 手術を受ける少し前に市から調査と言いますか、聞き取りにお見えになったそうです。
 事前にちゃんと言いなさい。少し大げさに言った方が良いよと友人たちからアドバイスを受けていたそうです。
 ところが我慢強い彼女 質問事項一つ一つに「ま~何とか出来ます」と答えたそうです。
 それで申請は通らなかったそうです。今日電話で話しているうちに分かったのですが、家の中でも杖を使っていると言うのですね。
 上のお嬢さんは仕事でロスにいますが、ご主人が今ロスから面倒を見に来て呉れているのだそうです。
 下のお嬢さん一家が少し前まで一家で面倒を見に来て呉れていたそうです。
 真面目な彼女はこうして頑張っているのですね。家族って有難いですね。

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チャイナドレスは素敵だ 125

 NHK文化センター柏教室で最初から受講されていた生徒さんがお見えになりました。
 彼女は好きで作って着ておりますから沢山持っております。
 私が見たところ前と殆ど体系は変わっていない様に感じておりますが、着られないものが何着もあると言うのですね。

 そこで話は他の方に差しあげたと言う説明をお聞きしました。

 先ごろ都内のある所にチャイナドレスで出掛けたそうです。そこには若い女性がいるそうです。
 若い女性は直ぐに気が付いたようです。
 「素敵ですね。どちらで~~」 これは良く聞く言葉です。そこで生徒さんは自作であること、習っていること等、色々と説明をしたそうです。
 生徒さんが「お好きですか。着て見たいですか」とお聞きしたようです。と言うことはその若い方の背と体形が自分に近いと感じたそうです。
 そこで「次回は〇〇日に来ますが、その日にあなたは出ていますか」と尋ねたそうです。
 出ていると分かり、次に着られなくなっていたチャイナドレスを数枚差しあげるのに持って行ったそうです。
 
 「捨てるなんてとても出来ません。着て頂ける方がいて良かったです」と言っておりました。
 
 その女性はその後お会いしたら、「お母さんも着たいと言ったので貸して上げました」と報告したそうです。
 
 着られなくなったと言っても丁寧に自分で作っていますからね。生徒さんは誰も捨てるなんて出来ませんでしょ。良いことをされたと嬉しく話をお聞きしました。
        今日の生徒さんは仮縫いの準備でした。

          黒チャイナ

 夏ものですが黒です。黒も無地ではありませんからお洒落です。次回は襟を付けて仮縫いをします。

 自宅の庭から持って来た花でのコサージ 今日はとても優しいのを1個。

          6月コサージ

 コサージを作りながら、オアシスを使ったテーブルフラワーの説明をしました。出来るだけ効率良く練習をして欲しいと思っております。
 費用を掛けずにと言うのが私の方針です。

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こんな一品

 買い物忘れで煮物に入れる練り物や油揚げ、また肉のコマもない時。
 
 朝になって気が付いてはどうしようもありません。

        そう言う時の一品はこんな物です。

           大根削り節掛け

 出汁に砂糖、醤油を入れ、薄味で大根や人参などを煮ます。
 この時は出汁が良くないといけません。
 煮る野菜は皮を剥いた茄子も良いですよ。

 薄味ですが、灰汁取りは確りとします。出来上ったら、器に盛り削り節をたっぷりかけて出します。
 これは苦肉の策でしょうか。苦い肉は使っていませんが、美味しく食べることが出来ます。

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煮物2点と雑談

 徐々に体力が落ちて来ております。歩くのもさっさとは行きません。
 食事もま~そうそう変わった物は出て来ません。出て来ませんではなく、作りませんですね。
 煮物はその中では多い方ですね。作れば3回は食べますから、二日に一回位は煮ることになりますね。
           煮るのは元気のある朝です。

     ガンモ・さや・昆布  ジャガ煮物

 写真の上手なブロ友さんに教えて頂いた、カメラの設定をARTにし、写して見るのですが、センスがないのです。
 我ながら情けなく思いながらも、我慢我慢練習練習と写しております。

 歩くのには注意をしながらです。娘たちと一緒の時は、段差があるよとか、後ろに気を付けてとか声を掛けられています。
 都心に行くのは滅多にありませんが、行く時は霞ヶ関ビルですね。
 都内の彼方此方の変わりようは分かりません。
 娘や孫から聞く銀座や渋谷などの様子には驚きます。
 先だって長女の姑さんが順天堂大学病院で手術を受けたのですが、お見舞いに行きましたら、院内に山の上ホテルのレストランがあると言うのですね。
 今日の昼間 友人と電話で話をしたのですが、彼女は山の上ホテルのことは知っておりました。
 それから病院談義ですよ。知っていることはお互い教え合うって言うことは良いことですね。
 彼女も8月初旬に手術を受けるのですが、病院食の薄味は仕方がないけれど、チョッと醤油があると良いねなりました。
 ですから入院の荷物のリストに醤油と書いてあると言うのです。
 話がそうなって行きますと、今度は次々食談義です。散々喋ってすっかり薬のことを忘れて仕舞いました。
 ま~ずれたけれど良いかと飲みました。
 目薬は一日に4回なのですね。これは時々忘れて仕舞います。3回は差すのですがね。
 薬も今のところ自分で数えて飲んでいますから良いのですが、高齢者と住んでいる方の話を聞きますと、自己管理が出来なくなると側の人に助けてもらうようになり、側にいる人も大変だと言うことが良く分かります。
 歳は取りたくないとは思いませんが、出来るだけ自分の身の回りのことは自分でと思うのですね。

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チャーハンと雑談

 何となく時間が過ぎて行き、うかっりしていたので、どうしたものかと頭を巡らしたのですが、買い物に行く時間もなく、仕方なく簡単にチャーハンを作りました。
 朝食の残りの紅鮭をほぐし、卵は2個。揉み焼き海苔を彩にし、10分ほどで調理は終わり。
 
         鮭・海苔チャーハン (2)

 作るのも簡単ですが、食べるのも直ぐに終わって仕舞いました。
 あっけない昼食です。

 パソコンってお利口なんですね。パソコンがお利口ではなく、パソコンに指示を出している方がお利口なんでしょう。

 先だって来、色々なことを調べておりました。ところが何かを検索しますと、そこに何やら私に見覚えにある物や、文言で色々な物が出て来るのです。
 あっあれだと思うのですが、それでも忘れていたような物まで出て来るのです。
 それを眺めると、もう要らないのよ。見ないわよ。とパソコンに向かって言うのです。
 
 おかしいですね。自分で笑って仕舞います。

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重く切ない気分

 今日は沖縄慰霊の日 毎年この日には心が締め付けられます。
 この日だけではありませんが、この日は何時もより強く感じるのです。
 
 平和の礎に新たに54人の方が記され 24万1468人になったそうです。

      平和の礎

 2006年3月 沖縄を訪問。観光も勿論しましたが、私はひめゆりの塔には絶対に行きたかったのです。
 そこで知った様々なことは大きな衝撃でした。赤字のひめゆりの塔でご覧頂くと分かりますがその悲惨さに心が痛まずにはいられません。
 
 私と同世代の女性 その方たちの姿には何かに付けて思い出します。

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朝食と雑談

 最近気力が衰えて来ていることを時々感じております。
 食事は手作りをと思っていますが、完全には出来ません。
 朝食は問題はなく、毎日端折らずに作っております。
 先ず出汁ですね。昆布とカツオの削り節でとり、味噌汁は必ず作ります。

            利尻昆布

 昆布は時間のある時に切って置きます。これは利尻昆布です。出汁を取った後は煮物に入れて煮ることが多いですね。

 朝食は何時も和食です。363日でしょう。正月二日は雑煮です。

    朝食6月19日  朝食6月20日

     左は6月19日のです。     右は6月20日のです。

    朝食6月21日  朝食6月22日

      左は6月21日のです。    右は6月22日のです。

 そして昼食までは悩みながらも同じ物は続けないように作っています。
 
 それからです。段々スタミナが落ちて来ます。夕方になるに従い、ああ~何にしよう?あるもので良いかとなるのです。
 幸いと言いますか、二人とも食事量が減って来ております。面倒くさいが通用しているのです。

 話は変わり、昨日の昼は何を食べたのかが、考えても考えても思い出せません。
 そしてやっと思い出しそれはカップラーメンでした。
 カップラーメンは先ず買いません。昨日は夜は焼き鳥と決まっておりましたから、気分はとても気楽、また面倒くさく、夫が下のスーパーに用足しに行く時に買って来てと頼んだのです。夫もどれが良いのか分からず、適当に買って来たのです。
 それが不味くて感動がなかったのですね。
 それですっかり忘れて仕舞っていたのです。

 チョッと話しは飛びますが、美味しいの、不味いのって言えると言う今はとても有難いことです。
 敗戦後のあの頃の苦しんだ食糧難のことと比べますと、私の今はブルジョアの食事と言っても良いようなんです。

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冷やし中華と雑談

 毎日毎日昼食は悩みの種 ま~それでも何とか作ってはおります。
 讃岐うどんも良く食べていますが、時にはソーメンや冷やし中華なども作ります。
 
        冷やし中華

 焼豚の残りがありましたので、冷やし中華そばを作り食べました。  

 老人二人は何かとおかしな行動をしてしまいます。
 月曜日のこと 私はドコモショップに用があり、夫はATMでお金を引き出すので一緒に長女に送って貰いました。
 ATMの場所とドコモショップは数メートルしか離れておりません。
 車を近くに停めて貰い、夫が先に降りて行きました。何だか時間が掛かっている様子です。
 私が覗きに行きましたら、どうもスムーズに作動していないようです。
 何と暗唱番号を入れる前に下ろす金額を押していたようです。それも既に2回も間違ってやっと円の字がないことに気が付いたようです。
 3回間違ったらカードを引き込まれるところでした。
 下ろしに行くのは数か月に一回ですから、手順を忘れて仕舞うようです。
 
 今朝の食事の時、夫はマヨネーズを出すのに、先端のカバーを開けず、カバー全部を開けて太いマヨネーズを出していました。
 
 「これってこうやるのだけれど」と言いましたら「ブログのネタを作って上げているのだよ」と言うのですね。
 笑っちゃいます。

 今日の夕食 長女と上の孫、二女と私達 5人で焼き鳥を食べに行きました。
 一年に一回あるかないかという日です。下の孫は修学旅行、二女の夫は飲み会、長女の夫は遅い帰宅。
 私が焼き鳥屋に行って見たいと騒いでいたのです。で長女が何時か連れて行って上げるねと言っていたところ、下の孫の留守でしょ。チャンスです。
 行きは長女の運転。帰りは二女の運転。9時半に帰宅。
 思い掛けず良い夕食となりました。

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枇杷を頂く

 6月になると枇杷が届きます。「千葉縣の枇杷」は有名です。
 今年は天候が悪く、「房州枇杷」の出荷が遅れているそうです。
 そら豆と言えばそら豆となるのですが、枇杷にもその傾向があります。

 土曜日 生徒さんから自宅の庭で捥いだと言う枇杷を頂きました。

      枇杷小粒

 これは小さくても甘い枇杷です。父方の祖父の家にも生っており、季節が来ると捥ぎに行ったものです。
 来ていた妹も喜び半分頂いて行きました。

 そしてその日の夕方 富浦の農家の方が育てた枇杷が紙を被ったまま沢山届きました。

      枇杷袋

 JR内房線に乗り富浦を通過する時、枇杷山が目に入って来ます。千疋屋の看板も自店の枇杷山に立てられています。
 昔々からの懐かしい風景です。
 枇杷に被せてある袋は新聞紙を切ったものでした。
 
 頂いた枇杷の袋は新聞紙ではありません。特別な紙です。日に当たる表は渋い鼠色ですが、裏は黒いのです。
 紙を被せると枇杷に傷がつかず、虫にも食われず、黒い色が温かくなり、枇杷の熟成に良いのだそうです。
 何十年も袋を被った枇杷を見ておりませんでしたの、驚きました。

 そして日曜日の朝 妹から大きな房州枇杷が2箱届きました。

      枇杷3L

 今年は雨が多かったそうで、出荷が遅かったのだそうです。枇杷農家は大変だったそうです。
 それでも立派な枇杷です。 秀の3Lです。自分では買えません。毎年送って貰い美味しく頂いております。

 女学校の時、富浦のクラスメートの家にお呼ばれした時、枇杷を自分でもぎ取り、木の上で食べた枇杷の美味しかったこと。
 枇杷はもぎたてが一番だと思ったことです。お土産に沢山頂き、帰宅。
 忘れられない思い出の味の一つが 枇杷です。

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歳は違っても

 昨日の昼は楽しく、何時の間にか時間は過ぎて行きました。

 私は86歳 次は75歳 そして下は65歳です。

 65歳の彼女が主婦の友文化センターにチャイナドレスを習いに来た時、結婚を控えていたのです。
 
 それで彼女はウエディングドレスを自分で縫って着たいと先生に申し出ました。
 先生は快く制作に協力なさり、未だ裏付きのを習っていなかった彼女は裏地と表地を合わせて一枚の布にして縫ったのです。
 翌年生まれたお嬢さんは40歳 付き合いも長いですね。

 昨日は近況報告も勿論ありましたが、前日の私の打撲のことから老いて行く話に随分時間を使ったことでした。
 
 福島から出て来た方が持って来た下さった川柳。地元の会合で頂いたのだそうです。
 これは眺めただけでも心が和みます。川柳には3人3様に受け止めたことです。歳なりですね。

         川柳1

 一句一句に笑いましたね。、笑うことが健康に良いと言いながらです。
 わが身にピタリの句もあります。

         川柳2

 私たちの先生は教え初めてから暫く経った時、病に倒れ志半ばでお亡くなりになられて仕舞いました。
 昨日は教室で一緒だった方のことも色々と懐かしく思い出したことでした。

 話しは変わりますが、マンションのスーパーの傍に土曜日七夕の笹飾りが立てられました。

          笹飾り

 このマンションの窓枠は頑丈な物に数年前取り変えられたのです。
 一昨日ベランダから部屋に戻ろうとした私
 突然足の先に激痛が走り、~んとなり、痛くて堪りません。
 暫くは声もう~んだけで、痛いも出ません。やっと部屋に入り、どうしたかと心配した夫に「ぶつけたのよ」と言うのが精いっぱいでした。
 夕食後ソックスを脱ぎ眺めましたら、見事な内出血で腫れています。明日は大丈夫かしらと思っていたのですが、何とか出掛けることが出来ました。
 お喋りに夢中な時 全く痛みも忘れていました。今日は腫れも引き楽になりました。良かったです。

 画像の上でクリックしますと大きくなります。川柳楽しんで下さい。

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お喋りで元気に

 久しぶりのお喋り。とに角喋ると言うことは心のリフレッシュと言う程の大げさなことではありませんが、良いものですね。
 歩けるうちは出来るだけ会いたいと思っています。
 柏の鮨屋で昼食。お鮨は良いですね。

       玉寿司

 帰宅後急用が出来て、先ほど夕食を済ませました。

 明日はちゃんとアップします。お休みなさい。

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チャイナドレスは素敵だ 124

NHK文化センター柏教室で夜の授業にお見えになっていた生徒さん
 出会いから10年は経っていましょう。
 今日は3人の方が連絡し合い、お見えになりました。 
 皆さんはベテランです。ただNHK時代にはなかなかゆっくりお喋りをする時間は殆どありませんでした。
 今日は裁断や仮縫いなどをすることよりはお喋りの日となりました。
 
 部屋に掛けてあるチーパオのアンサンブルを見本に、縫い方を調べたり、また手持ちの生地で何を作るかを決めたりしました。

       タイシルク

 これはタイシルクです。3色それぞれ4メートルのタイシルクをお持ちになり、デザインをあれこれ考えておりました。
 楽しそうにしていました。
 皆さんお互いに生活も趣味も分かっておりますから、3人で相談。
 上のシルクはご本人の希望も入れ一番相応しい物に決まりました。
 
 今日は私は積極的には動きませんでした。皆さんで決めたこと。とても良かったことと思っております。
 
 丁度私の妹も来ておりました。生徒さんの一人の方は私や妹と一緒に北京・上海に一緒に行った方でしたので、妹もご挨拶が出来て良かったです。

 私の高齢化に歯止めは掛かりません。
 針の運びも、細かな針目もままなりません。
 そこでこれからどうするかを検討しております。

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さゝまの最中と雑談

 長女のお姑さんがお茶の水の順天堂大学病院で腰の手術を受け、長女夫妻はお見舞いに行きました。
 順天堂大学病院の新館は大層立派な建物で、患者も多く見えていたそうですが、院内には病院関係者と思われる人が大勢目に入ったと言っておりました。
 
 二人は面会の前に駿河台下方面に食事に行ったついでに「さゝま」に寄り、松葉最中を買って来て呉れました。
         久しぶりの最中です。

        さゝま最中

 小ぶりの最中ですが、とても食べ易く、どちらかと言えば中高年向きですね。
 6個入りですが、我が家には丁度です。二人で三個ずつ食べました。

 さゝまは間口が一間ほどの店です。先代のご主人は痩身で何時も地味な和服に角帯で店頭に出ておりました。
 先代の奥様の恰幅の良いこと。何時も朱色の濃い口紅を引きご主人と同じく和服姿で忙しそうに動いておりました。
 先代がお亡くなりになってからご子息でしょうか、若者にしてはやや太めの方が和服で店頭に座っておりました。
 さゝまの月替わりの和菓子は趣向を凝らし、形も色も実に品の良いお菓子で、今も変わらない物が多くあります。
 私は6月ですと紫陽花と玉川が好きです。

 入学試験の時、経営学部のお手伝いに行きますと、さゝまの和菓子二個の箱を女性にはお八つとして下さいました。 
 懐かしく思い出しています。

 6月と言えば、思い出すのは京都の水無月です。友達と京都に行きました時、街の中の張り紙が目に入って来ました。
 どの張り紙にも「水無月」と言う言葉が書かれ、「今日は水無月の日」と墨書されています。
 私たちはこれは何だろうと車の中で話しあっておりました。食通の友人も全く知りません。
 そこで車を停めて頂き、張り紙のあるお店に入って行き、そこで水無月なるものがお菓子だと知ったのです。
 旅行は6月だったのですが、水無月に出会ったのは30日だったのだと、再確認しました。
 
 一昨日友人とその話で盛り上がりました。35年程前、東京では知られていないお菓子だったのです。

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うどんの昼食と雑談

 先だって頂いたうどんはどんどん食べなければと、三日に一回位に食べています。
 時期が時期でから冷たくして食べています。
 食感が良く、気に入っております。

     饂飩2  饂飩豚肉

 先ごろ写真が下手で、少しは良い写真を撮りたいなとぼやいておりました。そのことをブロ友さんのブログにコメントで書いたのですね。それがブロ友さんに通じたのでしょうか。
 「カメラをARTに合わせて写してご覧になって見て下さい。きっと楽しめますよ」と教えて下さいました。
 それで色々なフイルターを使って写して見ました。
 左のうどんはそれです。ブロ友さんにお見せしたら、美味しそうに見えると仰って下さったので、嬉しくなっています。
 右のもそうなんですが、どちらも何番のフィルターで写したかが覚えていません。
 何回も写しているうちに段々覚えて来るのでしょう。
 今はとに角、色々なフイルターで押して見てパスしたいのは消すか、取り込まなければ良いのですね。

 そうこうしていたところ、デジカメが変になってしまいました。そのことは説明書に出ておりません。
 これは壊れたのだと思い、夫に「困った、困った」と話し騒いでおりました。
 夫は「それじゃヤマダ電機の広告で一眼レフのデジカメが出ているよ。買って上げるよ」と言うのですね。
 そこでデジカメとその広告を持って助っ人さんのところに行きました。
 助っ人さんの調べでデジカメはメモリーカードの破損だと分かりました。
 カードを買い変えれば大丈夫だと、アドバイスして下さったのです。
 そこで早速新しいカードにして、問題なく使えるようになりました。
 
 助っ人さん「一眼レフのデジカメは使うのが難しいかも知れませんよ。でもご主人が折角買って下さると言うのですから、買って頂いたらどうですか」と仰るのです。
 ブロ友さんに一眼レフを夫が買って呉れると言うのですが、私には使えないのではと言いましたら、「大丈夫ですよ。何か写るでしょうから、挑戦なさったら」とこれまたアドバイスを頂きました。
 
 最近スマホのバッテリーが劣化しているらしく、充電が一日に何回もするようになっていました。
 助っ人さんが「最近充電するのが多くなっていませんか」と指摘なさったのです。
 それで一眼レフより先にスマホを買い変えることにしました。

 今日はドコモショップに行き、スマホを買い変えて来ました。
 県民の日の所為か何だか混んでいます。
 やっと買い変えて帰宅。早速助っ人さんにお見せしに行きました。
 助っ人さんは私が使い易いように整理をして下さいました。

 契約の内容に問題があったと言いますか、無駄なことまで契約して来た私。助っ人さんに契約の解除もお願いして済ませて来ました。

 我ながら驚いたこと。デジカメを買い変えようかとアマゾンで見ましたら、私のは昨年8月に買っていたのです。
 夫に3,4年になるかしらと言っていたのです。それで夫も買い変えたらと思ったようです。
 ただ重いからどうかなとは思っていたようです。
 
 新しもの大好き婆さんもチョと無理だと自分でも思いました。それでも一回は手に取って見たいと、昨日コジマ電気に行き、一眼レフのデジカメを持ってみました。矢張り重くてね。そう簡単に出来ることではないなと思ったことです。

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月一回の体操

 毎月第2水曜日 マンションにあるコミュニティーホールで開催される体操の会に出て来ました。
 会の主催者は 我孫子北地区社会福祉協議会です。
 催しのタイトルは
 貯筋体操とお茶会でコミュニケーション です。

 先月は何だか色々とあって、すっかり忘れて仕舞いました。今日は忘れないようにとボードに書いてあり、時間まじかに会場に行きました。
 会場には80人程の方が集まっておりました。女性が80%位でしょうか。
           主催者の挨拶 そして体操

     体操1  体操2

 体操は殆ど椅子に座ったままの運動です。講師の先生の説明は耳の悪い私には良く聞き取れません。
 先生の様子や皆さんの動きに合わせて体を動かして行きました。
 体操の一つ一つは高齢者向きのゆったりとしたものです。

 簡単なんですが、私は毎回困って仕舞うのです。
 それは
 先生が「大きく息を吸って、さー吐きながら」と仰る言葉なんですね。息を吐きながら動くのですよ。
 吐きながらは分かりますね。でも吐く息は続かないのです。一体これはどうすれば良いのでしょうかね。
 どうしようもありませんから、息を吐ききったら普通に息をします。

 今日もこれで困って仕舞いました。質問をしたいのですが、今更と言う感じでお聞きできません。

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軟らかく、軟らかく

 段々噛む力が衰えて来ているのでしょう。固い物から軟らかい物へと食べる物が変わって来ております。
 元々軟らかなお豆腐や野菜は余り問題はないのですが、一番はお肉ですね。
 ステーキなどは余程食べたいと思う時でもなければ食べません。牛肉はペラペラの薄い肉を買って来ます。
 
 豚バラの角煮や、豚肩ロースの厚切りは圧力鍋で煮込み軟らかくして食べます。

       肩ロースと大根

 この肩ロースは圧力鍋で15分加圧。圧力が消えたら大根を入れて5分加圧。その鍋に茹で卵を入れて煮込みました。
 大体3回は食べますね。

 偶には変わったものも食べたくなります。茹で蛸を煮込みました。
 茹で蛸は加圧5分。そして冷凍隠元をいれて煮込みました。この蛸の煮込む時ですが、蛸は茹でる前に塩揉みしてありますから調味料は薄めにしました。良い味に出来ました。
 
     タコ柔らか煮

 これも三日ほど食べましたよ。食べる量が少ないのは分かってはいますが、美味しく食べたいので、ある程度の量を作ります。
 煮物も日が経つと味が落ちるのですが、圧力鍋で煮た物は余り味が悪くならないのです。

 こうして老化と向かい合っての生活が続いております。

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クコのこと

 南房総の地は冬でも温かく、特に房総半島の先端辺りは無霜地帯と呼ばれています。
 冬でも滅多に霜が降りません。雪でも降ろうものなら大変です。寒い寒いの連発です。
 父から「冬暖かったら大変」だと叱られたものです。
 女学生の頃、春になりますと、クコを摘みに行きました。
 クコの生えている所は良く分かっております。
 毎年同じところに生えているのです。クコの株は少しづつ育ち、大きな株になって来ます。
 
 若い葉は摘んで茹でてお浸しで食べたり、時々は胡麻和えで食べたものです。
 梅雨になりますと、株の根元からアスパラの細い物のような真直ぐな瑞々しい茎の新芽が出て来ます。
 その茎の太い物は美味しくて、クコ摘みは梅雨時の楽しい時間でした。人より早く摘みに行かねばなりません。
 子どもなりの判断をし摘みに行ったものですよ。
 楽しいと言いましても、そのもとにあるのは食料確保です。食べられる物は何でもと言う時代でした。
 日本に帰って来てからは、山に桑の実を摘みに行きましたよ。
 口元が紫になってね。
 ブラウスのポケットにそのまま入れてね。すっかり汚して仕舞ったこともありました。
 何も味のしないツバナを土手で引っ張り、食べたりもしました。そうそうスカンポも食べましたね。
 クコの外に田ぜりを摘みにも行きましたね。

 最近はクコの芽は摘めませんが、クコの実はネットで買って食べています。
 いろいろな物にチョッと載せたり、蜂蜜に漬け込み口寂しい時に、2,3粒口に入れたりしたりと、楽しんで食べております。

         クコ載せじゃやが

 これは新じゃがを細く切り。鶏油とサラダ油を合わせて炒め、塩胡椒を振っただけの物に、蜂蜜漬けのクコの実を散らした物です。
 ミスマッチかもと思いながら作って見ましたのですが、ジャガの塩味と合いとても美味しく感じましたね。
 夫も思いも掛けず気に入ったようで、良く食べて呉れました。クコの甘さが全体の味を優しくして呉れたのです。

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超簡単な一品と友人の転倒

 お膳に何か足りないと思った時。そして手元に目ぼしい物がない時、極簡単な物を一皿出します。
 胡瓜とキャベツを塩揉みし、水気を絞ってお皿に盛り付けます。盛り付けると言う程ご大層なことではありません。
 その盛り付けた上に干し帆立を細かくした物を振りかけます。そしてごま油を少し掛けます。
          ただそれだけです。

       胡瓜・キャベツ干し貝柱載せ

 この日は胡瓜とキャベツですが、蕪でも良いし、セロリーやもみ海苔などを混ぜても良いですよ。
 美味しくて時々作っています。
 
 干し貝柱は、娘とおおたかの森のタカシマヤフードメゾンに出かけた時に買って来ます。一瓶あると可成り使いでがあります。
 偶には焼売のひき肉に混ぜることもあります。

           干し貝柱粉

 我孫子のスーパーでは売られていません。通販では買えると思います。私はこれでスープは作りません。

 先ごろ友人が転び、右膝を痛めたのですが、ようやく痛みが少し和らいで来たので、金曜日にやむを得ない用事で出掛けたのだそうです。用が済み帰宅途中、地下鉄赤坂見附の改札を出たところで、また転倒。同じ右脚に物凄い痛みが走り、やっと立ち上がりエスカレーターで地上に出て、タクシーで家に戻られたのですが、治療中の病院に電話をしましたら、直ぐ診ましょうとなり、診て頂きましたら、骨には異常がなかったそうで、それは良かったのです。
 ところが右膝の手術が今月になっていたのが、この痛みのために延期になるかも知れないと言うことですね。
 彼女も86歳です。高齢になりますと筋力の低下が凄いのです。
 私も身体の向きを変えようとするとき、偶に何かチョッとよろけそうな動きを感じるのですね。
 
 昨日の朝は味噌汁のお椀をテーブルに置こうとした時、突然お椀が手から飛び出すように落ちて仕舞ったのです。
 慌てて流れた汁を拭こうとしましたら、今度は湯飲み茶わんを倒して仕舞い、テーブルの上はチョッと洪水状態ですよ。
 参りましたね。

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夕べのテレビ

 昨日ブログのアップは夕食前にと思い書いていました。
 夕食は8時少し前ですから、7時過ぎに終えればとテレビに背を向けて書いておりますと、何やら懐かしい声や言葉が聞こえてきます。オヤっと思いますと、夫が「八大さんだよ」と声を掛けて呉れました。
 アップも終えて直ぐにテレビの前に座り画面に目をやりました。
 昭和は輝いていた 第185回 「永六輔3時間スペシャル」と言う番組です。
 この番組は時々見ていますが、昨日は3時間ですよ。
 食事の準備が未だでしたが、コマーシャルの長いこと。その間を使い急いで作ってテーブルに並べ、食べながら見ました。

 懐かしい話や歌、そして歌手の姿が出て参りました。 武田鉄矢さんの舞台回しで番組が進んで参ります。

    放映1  放映2

 話は知っていることも多く、懐かしさも一入でした。最後に近くなって来た時、永さんのお嬢様が永さんの日頃使われていたノートを出され、それは永さんの性格を表しているノートでした。

             放映3

 最後は加藤登紀子さんに永さんが送られたと言う詩に加藤さんが曲を付け、ギターを弾きながら歌いました。

 番組の中で八大さん作曲の歌や、それにまつわること等、永さんや九ちゃんとのこと等、色々と出て来ましたが、羊会でお聞きしたことも多く、改めてそうそうと頷き見ておりました。

 番組はご覧になった方も多いのではと思いますが、チョト「八大さん」のことに触れたいと思います。
 下の写真はテレビの中でも出て来ました、ピアノを弾く小学生の八大さんです。

             八大さん青島のピアノ

 八大さんのお父様は青島第一日本小学校の校長先生で、校長官舎に住まわれていました。これはその家の応接間でしょう。
 彼は身体が弱く、虚弱児童のクラスでしたが、ピアノの演奏は有名でした。彼の説明によりますと、ピアノは小学校入学後から習い始めたそうで、バイエルは3か月で終わったと話しておりました。
 昨日のテレビでは彼が小学生の時、日本にピアノ留学したことも出ました。その日本に行く時、私達学年の全員で青島ふ頭に見送りに行きました。 
 その後青島に戻られたのですが、その時には校長先生は居留民団に移られていましたので、第一小学校に戻らず第二小学校に転入したのです。
 
             DSCN7404中村校長旧宅09年2月1日

 この家は八大さんが日本から戻られた時から引き揚げて来るまで住んでいた家です。友人から送られて来た2009年2月の写真です。
 彼には見せて上げられませんでした。

 八大さんが亡くなり、一周忌の集まりが永さんはじめ多くの方のお世話で盛大に開かれました。
 昨日のテレビで紹介された方も沢山お見えになりました。
 
             八大さん1周忌502

 左に私がおりますが、その後ろに石井好子さんの姿があります。この時石井さんのお話しに皆が感心しました。
 八大さんは久留米に引揚げ、そこから早稲田に入ったのですね。石井好子さんのお父様が久留米の方で、どういう事情かまではお話しになりませんでしたが、石井さんは「ある時私のピアノを勝手に弾いている人がいるのですよ。失礼だと思って見に行きましたら素晴らし腕の男性が弾いていたの。そこで私は許して上げ、これからも弾いて良いわよと言ってあげたのが八大さんだったのよ」と仰ったのです。
 ここには写っておりませんが、水の江瀧子さんがお見えになったのです。水の江さんは若い歌手を圧倒するほど存在感がありました。
 多くの方が演奏し歌い賑やかな年忌となったのです。

 八大さんの青島のピアノの事ですが、茅ケ崎にお住まいになっていた校長先生を祖父江孝男先生と一緒に訪問をしました。「外地育ち」と言うことを「県民性」と言う本の中に書きたいと言う取材と言いますか、中村先生が実際に経験なさったお話をお聞きしに行ったのです。
 その時、あのピアノがあり、中村先生は事情を説明なさいました。

 中村先生が民団に移られてから、日本の戦況が悪くなって来ていたのですね。
 軍は在留邦人に灯火管制を命じたそうです。
 そして中国人にもそれを命じるように中村先生に指示したのですが、中村先生はそれは無理だと言葉を返したのだそうです。
 そこで軍は中村先生の即刻帰国命令を出し、先生は帰国されたのだそうです.。
 ご家族は戦後引き揚げて来たのですから、先生は単身帰国なさったのでしょう。
 その後(多分戦後)中国の方が中村先生の恩を感じたのでしょうか、ピアノや他の物とを送って下さったのだそうです。

 八大さんのお兄様は二大さんと言います。八大さんも二大さんも真ん中で線を引くと左右同じになるのはお父様の考えだったそうです。

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チャイナドレスは素敵だ 123

 私が教えているチャイナドレスは一口で言えば「地味」でしょうか。
 布地に直接印をし、生地を折ったり重ねたりして裁断をします。
 型紙がありませんが、基礎を覚えて仕舞えば、着用に応じた物を作ることが出来ます。

 今日の生徒さんは地味な男物の上着の応用で、本当に地味な一枚に挑戦しております。

    男物生地  男物袖口

 左は襟ぐりを断つ前の物ですが、裏地には左右間違いのないようにシールが貼ってあります。
 最近はこのようなシールが文具屋さんであるようです。
 右は男物のアンティークの上着の袖口です。
 生徒さんは手縫いで作りますから、この袖口のような細かい仕事になります。
 今日は特に手縫いのことを詳しく話しました。

 ベテランの方ですから、他のベテランの方と同じく、ほぼ説明だけで終わります。
 時間の中では色々なことが話題になります。
 今日は香港などで作られているチャイナドレスのことですが、日本の中高年の方が着ているのを見ますと、袖丈が年齢や体形に合っていなく、とても気になっていますので、その理由を私なりの解釈を説明しました。
 それと今後の私の方針を説明しました。これは良く理解して下さり、喜んで頂きました。

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鮭チャーハンと雑談

 今日の昼は塩鮭の残っていたのをほぐして、チャーハンを作りました。
 鮭はアメリカ産の薄塩の紅鮭です。鮭は国産か、ロシア、アメリカのを買うことが多いですね。

        鮭チャーハン

 鶏油を使いますから、旨味調味料は使いません。
 鮭の塩が薄いので、塩少々と胡椒を振り、香りに醤油少々を仕上げに差します。美味しいので全部食べて仕舞いました。

 今日は一回も外に出掛けませんでした。珍しいことです。

 用が溜まってと言いますか、済ませなければならないことや、仕込まなければならないことがありましてね。
 
 昨日二女と買い物に行った取手のスーパーで買って来た品物の処理です。
 塩豚の仕込み、実山椒の処理、ヒシオの仕込みの準備、友人から頂いたそら豆のお礼の送り出し。
 それと中国語の資料の整理。24枚の資料を画像を除いて8枚に整理。これは根気が要りましたね。
 段々細かいことが出来なくなって来ております。
 一通り用を済ませたら6時半。もう買い物には間に合いません。
 夕食は昨日からの残り物。何も作らなくても何とかなるものです。

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デニーズでお喋り

 長くお付合いをしています元流経大教授の生田保夫先生と近くのデニーズでお会いし、色々とお喋りをして来ました。
 私が歩いて行けると言うことで、デニーズはとても良い所にあります。
 ファミレスは気楽で良いですね。ただ耳の悪い私 雑音が物凄い量で耳を刺激します。
 今日は隣の方が静かな中年のご婦人4人でしたので、余り困らずにお喋りが出来ました。

 話題は何時ものように、近況報告から始まり、最近の世相や、科学の発達、政治や経済の問題点等々。
 
 今日の話の中で人が長く生きていると言うことの価値。
 経験が齎す社会的な財産。
 これは私は今まで特に意識していなかったことで、とても励みになりました。

 食事は何時もの通り、先生は魚定食、私はクラブハウスサンド。飲み物は先生が運んで下さいます。
 食後のデザートは白玉小豆です。

     クラブハウスサンド  白玉小豆

 何時もスマホで写していましたが、今日はデジカメを持って行き、あれこれ動かし、写しました。
 自分で写してもこれがどう言うことかが思い出せません。困ったことです。

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炊き込みご飯と房州うちわのこと

 時々夕食に炊き込みご飯を作ります。
 前にも書きましたが、炊く時は普通のご飯がない時、出汁がある時、材料がある時、それと私の気分とが揃った時ですね。
 
    ホタテ炊き込み1  ホタテ炊き込み2

        これはホタテと筍、それに実山椒の炊き込みです。

    アサリ2  あさり3

       これはしおふきあさりと生姜を炊いたものです。
 
  あさりは過日行きました蔦屋の房の駅で買って来た、市原市の諏訪商店の物です。

 上のも下のもお米は600ccです。出汁と酒、調味料は材料によって決めます。
 
 炊き立てはとても美味しいのですが、余り食べられません。冷凍して置き時々食べたり、一人暮らしの友人に送ったりします。

 先日行った房の駅でも並んでいましたが、千葉県は館山の「房州うちわ」は有名です。
 富浦の枇杷倶楽部に寄った時、実際作って見せていました。もう随分寄っていませんので分かりませんが、今はどうでしょうね。
 
 6月3日の朝日朝刊で房州うちわの紹介が出ておりました。早速取り込んで置きました。

              6月3日朝日房州うちわ

 館山の知り合いの家でもうちわを作っておりました。子どもの頃からうちわの柄は丸い竹だと思っておりました。
 それが東京に出て来ましたら、平たい物もあるのですね。丸い柄に慣れていたせいか、平たい柄のは何故か使い難いのです。
 慣れっていうものはこう言うことですね。

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今日の一品と孫の卓球のこと

 茄子は今では四季何時でも手に入りますが、矢張り夏が良いですね。
 スーパーに行きますと、色つやの良い茄子が安くなっています。切らすことがない程買って来て食べています。
 好きな食べ方はチョッと油を使ったものですが、煮物も好きです。

         煮茄子

 茄子を切る時 縦に四つ切りにし、煮ました。これが食べ易いのです。箸でちゃんと挟むことが出来るのです。
 若い時と違い、箸の先端まで力が行きません。直ぐ落として仕舞うのです。
 落とすのもテーブルの上ですと良いのですが、どうかすると口元まで来たのに落ちて行って仕舞って慌てることも良くあります。
 ですからこの切り方ですと取りやすいですね。
 高齢になって気づくことが良くあります。それも日増しに多くなって来ております。ま~気づくだけでも良しとすべきでしょうか。
 歳を取りたくないと言っても自然に毎日老いて行っておりますから、当たり前だと思うのが良いでしょうね。

 孫は二人とも元気で、時々顔を見せに来て呉れます。上の孫は社会人ですから、それなりに忙しくしております。
 下の孫 これは忙しいことが上の孫とは全く違います。
 一昨年の夏のダブルダッチでの世界選手権で優勝したことは以前ブログに載せたことがありますが、それが今や卓球に夢中になっています。
 中学の課外活動には卓球を選んでいました。ダブルダッチが忙しく、部活には余り熱心ではなかったようです。
 それがどう言うことか中学2年生になると部活に熱心になり始めたのです。
 そして部活で一緒の方の通っている卓球場に一緒に行き指導を受けるようになりました。
 そして更にリオのオリンピックに触発されたらしく、夢中になり始めたのです。
 
 中学のチームの代表として市内大会に出場したりして、段々力を付けて来たようです。
 熱中し始めてからほぼ10か月後のこの5月 市内の市民友好だか、親善大会?で指導を受けているコーチの方のチームで出場。
 コーチの方とダブルスを組み、試合に臨んだのです。3人は大人です。並ぶと背が中学生なりですね。

         えりか卓球

 ダブルスと言うものは経験が余りなかったそうですが、今までの色々な経験がありますから心配はなかったことだろうと思います。

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老師の肉まんと夫の話

 中国語の老師はお母様と一緒に住んでおります。お母様は今月で101歳になります。
 老師お一人での介護は大変だと思いますね。お兄様やお姉様が北京から交代でサポートにお見えになります。
 お兄様やお姉様がお見えになると北京の粉物を頂きます。
 生餃子や蒸したマントウ、時には薄餅(ポーピン)や肉まんなどです。
 今お見えになっているお兄様はとても身体も頭も良く働く方です。
 そう言うことで時間が出来たのでしょう。老師はご自分で作られた肉まんをお持ちになって来て下さいました。

        人参・牛肉の包子

 肉まんの中身は豚肉と牛肉のひき肉、それと人参です。一緒にネギと生姜は入れてあるそうです。
 写真に撮り、良く眺めましたら、右上の一個が豚の顔に見えました。アレッと思い良く見ましたら豚の顔に似ているのが何個もあります。
 出来たてを頂きますから、美味しいのですよ。それでも全部は食べ切れません。
 残りは冷凍にしました。

 80歳過ぎてから食が細くなって来ています。食べながら時々噎せたりするのはしょっちゅうです。
 二人とも逆流性食道炎ですからかも知れません。噎せるとまた直ぐに噎せるのです。全くですよ。
 時には何でもないような水分でも噎せるのですね。

 先だって夫が言うのです。
 「噎せるので用心して、薬を飲むとき顔を下に向けて飲み込むと噎せないと分かったよ」
 「それでこれは凄い発見だと思ってね。病院で先生に話したんだよ。そしたら先生は(そうですよ)と知っていたんだよ」
 
 折角私に自慢をしようと思ったのでしょうに。専門家には敵いませんね。

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今日のお昼とアカシヤのこと

 先日出掛けたジャパンミートで国産の鶏腿2枚を580円で買って来ました。
 鶏腿に酒を掛け、圧力鍋に生姜と葱を叩き入れ、水を少しで蒸し鶏のようにしました。加熱15分。
 とても軟らかく、食べ易く出来ました。昨夜はそれをヒシオと醤油少々付けて食べました。
 今日の昼はその鶏を使い、冷やしうどんにして食べました。
 先ごろ頂いた讃岐うどん、娘たちにも持たせましたが、賞味期限が短いのでせっせと食べなければと思っています。
 暑くなるこれからは矢張り冷たくして食べたいですね。

     うどん和男  うどん相子

 左は夫が食べたうどんです。鶏と海苔、青ネギとおろし生姜それにクコの実です。
 右は私が食べたうどんです。鶏と海苔、茗荷と青シソの細切り、おろし生姜とクコの実です。

 信州のEGUTIさんのブログにアカシヤの立派な花が載せてありました。一枚お借りして来ました。

               松本アカシア

 昔々 中國青島の街路樹はアカシヤが多かったのです。街路樹のアカシヤの花が咲きますと、中国人の方が一斉に出て来て花を切って集めて行きます。
 何にするのかと聞きましたら、天ぷらにすると言うのです。
 中国料理の天ぷらは衣がぽったりしていまが、青島の天ぷらはどう言うものだったのでしょうか。
 アマは料理が出来ませんでしたし、母もアカシヤの天ぷらは揚げたことはありませんでしたので分かりません。
 日本に帰国してから沢山のアカシヤを見たのは学生の合宿に付いて行った蓼科高原でした。
 暖かい房総では見られませんでしたから、蓼科で見た時は感激しました。

 小説「アカシヤの大連」を読んだ時、アカシヤは青島だわよと思ったのですが、2009年9月大連に行った時立派なアカシヤを見て納得しました。
 青島のアカシヤは木が老化したのか、青島には何回か行きましたが、アカシヤは目につかなく、殆どプラタナスに変わっているようでした。

 アカシヤの天ぷらですが、長野県では食べられているそうです。レシピも見ることが出来ます。
 私は食べたことはありませんのに、何となく味が分かるような気がしています。不思議ですね。

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今日の一品と結膜炎のこと

 朝食の煮物 材料にチョッとまごつき、ともかく簡単にとじゃが芋をレンジで加熱。そして莢豌豆を茹で、それに柚子味噌とマヨネーズを合わせて掛けて食べました。

          ジャガ・さや柚子味噌マヨ

 これはとても美味しく、また作ろうと思ったことです。柚子味噌とマヨネーズを合わせるのは好きですが、どちらも私の好きなメーカーの物です。

 今日は4カ月ぶりの眼科検診の日でした。夫は目薬があるからと先延ばしにしていた検診を受けると一緒に行きました。
 数日前から私の右目ですが、何だかおかしいのです。
 まず朝目が覚めると目やにが目じりについているのですね。右目は網膜剥離の手術を受けていますから、何時も気を付けています。
 それが目やにでしょ。何だ見当が付きません。右目で物を見ると曇って見えるのです。
 ですが頂いてある白内障の薬を差すと曇りは消えて、元のように見えるのです。
 若しかしたらこれってドライアイって言うのかしらとか、パソコンのせいかしらとか、色々と考えても分かる筈ないのです。
 夫に「この変なのは何かしら」とつい言って仕舞います。 「俺に分かる筈ないだろ」ともっともな返事です。
 
 先ず視力検査の時に目やにが出ていると訴えました。そのことからか分かりませんが、網膜の写真を何枚も撮ったのです。
 
 今日は初めての女性の先生でした。診断の結果は結膜炎と言うことで、抗生物質の目薬が処方されました。
 これを差しましたら、効果が直ぐ現れて来ました。先生は「目やにが出なくなったら薬は止めて下さい。若し1週間経っても治らなかったら再診に来て下さい」と仰いました。多分これは直に治るのではと思っています。

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自宅→病院→食事→買い物→自宅

 毎週の月・火・木の3日は娘たちが家に居ります。4人で一緒に出掛けるのはこの三日でないと駄目です。
 そこで病院の予約も木曜日にしています。
 今日は12時の予約。11時50分に駐車場で落ち合い出発。
 12時に病院に到着。今日は待合室に誰もいません。直ぐに診察室に呼ばれました。
 何時も二人一緒に呼ばれます。夫が先に受診。
 私は血圧は122/50です。夫も私も問題ないと言うことで安心。
 何時ものように「毎日卵を一個食べるように。今の季節は日中と夕方からの気温の差が大きいので風邪を引かないように」とご注意がありました。
 
 この病院の日の昼食はどこかに行き、一緒に食べます。今日は「ひな野」と言うお店でした。
 夫と私は座ったまま、二人が運んで呉れる物を食べます。品数が随分多いようで、選ぶのに迷うようです。

    ひな野1  ひな野2

 店内の男女の比率は多分女性90%くらいではないでしょうか。それも中年のグループが多く見えます。
 
 国産品を使い無添加料理と言うのが売りのようで、新鮮なことは良く分かりますが、味の方は今一つと言う感じがします。
 何だろうかと私なりに考えますと、出汁ではないかと思うのですね。プロの味としては物足りなく感じます。

 食事の後 ひな野から近いジョイフル本田ジャパンミートで買い物。
 最近とみに歩行に苦労をしている夫もゆっくりゆっくり良く歩きました。偶には一緒に歩くと良いですね。
 買った品物の袋詰めは二人でさっさと済ませて呉れます。
 二人が傍にいて呉れることがどれ程心強いか、何時ものことですが有難いことだと思っております。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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