2017-07

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油餅と雑談

 老師のお姉さまが作ったと言う油餅(ヨービン)を頂きました。
 中国の北方で食べられる油条(ヨーティアオ)に似ています。似ていると言うよりは棒状のと平の物との違いでしょう。

        油餅

 微かな塩味があり、懐かしく食べました。今日の午前の中国語の時、老師は油条のように揚げる鍋がないので、このような形にしたのだと仰っていました。
 油条は子ども頃その揚げる様子が面白く、学校帰りにわざわざ揚げているお店の前を通ったものです。
 子どもの頃の中国人は朝食にこの油条をちぎり、熱々の豆乳に入れて食べていたものです。
 
 家の近所に中国人の集まるそう大きくない広場がありました。無造作に並べられたテーブルと椅子。
 家族でそこに来て朝食を食べると言うのが習慣だったようです。

 今日は老師とそんなことを話し、また101歳のお母様の様子についてお聞きしました。
 この暑さのせいもあるでしょうし、寝たきりと言うこともあるからでしょう。
 昨夜はお母様が体を痒がって大きな声を上げ辛そうにされたそうです。
 そこで中国からお姉さまが持って来た「ヨモギ」の乾した物を煮だし、そのお湯にタオルを浸し、それで身体を拭いたのだそうです。
 それから「ヨモギ」の話になりました。
 日本でも私が子どもの頃ヨモギを干した物をお風呂に入れて汗疹を治した話。
 またお灸の艾や草団子の話もしました。
 
 中国の食事のことも良く話しますよ。難しい話より世間話や健康話が多いですね。それは分かり易いし楽しいですからね。
 今日も歩くことが大事だと話されておりました。座っていても1時間に10分でも立つと良いと言うのですね。
 テレビを見ながら部屋の中を歩き回るのも良いと言うのです。

 週一回の中国語ですが勉強すると言うよりは忘れないように、出来るだけボケないようにと言うことが一番の目的でしょうね。

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夏祭り

 昨日と今日 この地域の夏祭りが賑やかに開催されました。
 マンションの中央公園には櫓が組まれ、多くの方が集まって来ました。 
 
      昨日は二女と孫はフリマーに出店 良く売れたようです。

      フリマー1  フリマー2

 今日の夜は二女母娘と二女の友人とでゲームの店を出していました。
 夜は相当人が集まりますから、足の悪い私は夜は見に行きません。昨日も行きませんでした。
 午後4時過ぎにチョッと様子を覗きに行きました。開店は5時だと言うのでそれを見てと待っていました。

      夏祭り1  夏祭り2

      夏祭り3  夏祭り4

      夏祭り5  夏祭り6

      夏祭り7  夏祭り8

 二女達の準備をしている傍で様子を見ていましたら、子どもに魅力があるらしく、準備をしている前に何人も待っています。
 5時になりましたら、直ぐに次つぎゲームをやっております。
 輪投げも玉掬いも一回100円 玉掬いは小さなお子さんに魅力らしく、可愛い手で掬っておりました。
 
 5時過ぎに長女夫婦と孫とが二女の会場に現れました。そこで午前の神輿を婿殿が担いだと知りました。

 いろいろな食べ物の店も出ておりましたが、何も買わずに家に戻って来ました。
 祭り会場の盆踊りの様子は全く分かりません。気密性抜群ですから何も聞こえてきません。

 聞くところによりますと中高年の踊り手が減っており、昔から中心になっていた方々が色々と工夫をしていたようです。

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胡瓜の佃煮とブログ本

 友人から胡瓜の佃煮作っていないの?と聞かれ、そう言えば作っていないな~と気が付き今日は作りました。
 昨日胡瓜を切って塩を振り、重しをして置きました。
 今日の朝食後 作ったのです。カレーライスの時にはこれをお皿に付けます。

        胡瓜の佃煮

 友人は多分待っていると思うのですよ。
 食べたいと言う気持ちが伝わって来ています。此処で忖度ですよ。
 最近は胡瓜も随分安くなり、袋詰め不揃いの物でも出来ますから、近々作って置こうと思っております。
 冷凍保存も出来ますから、良いですよ。

 ブログを始めてからブログ本を作っております。ただ一冊ですが、自分の本と思うと嬉しく思いますね。

          ブログ本17年前半

 今回のは309ページ 送料も入れて税込み12.532円です。
  料金を振り込みましたら翌日には届きました。

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カルバッチョと昔話

 昨日は鰻を食べようと動き回ったのですが、食事が済み帰宅後長女とアリオ柏に買い物に行きました。
 何時ものように先ず魚屋を覗きに行きました。海が時化ているのか、夏休みに関係があるのか、理由は分かりませんが、余り珍しい物は並んでいません。
 良い鯵がありましたのでそれを二パックとヒラマサのさくが安く出ていたので、それを買って来ました。

      ヒラマサカルバッチョ  茗荷と青しそ薬味

 ヒラマサは398円(税無し)ですが薄く切りましたら可成りの量に見えます。
 カルバッチョにしました。右の紫蘇と茗荷の細切り薬味を下に敷きました。美味しかったのですが食べきれませんでした。
 最近は二人とも食欲はあってもお腹に入って呉れません。直ぐに満腹になって仕舞うのです。
 特に夫は「作って呉れるのに食べられなくて悪いね」と気を遣っています。
 二人とも定期健診での数値は許容範囲ですので、食生活には問題はないと思っています。

 昭和20年の7月18日には千葉県白浜町で米海軍による艦砲射撃を受けました。町の死者6名です。
 大本営は潜水艦によるものだと発表でした。ところが実際は巡洋艦4隻、駆逐艦9隻と言うことだったのですね。
 巡洋艦や駆逐艦がいると言うことは戦艦がいると言うことですよね。
 艦砲射撃の状況は言葉で表現できないような凄まじいものでした。
 そんな船団が本土近くにいるとは私たちは知りませんでしたし、国は知らせたくなっかったことだと思います。
 航空母艦も何隻も近づいていたのでしょう。
 3月11日の東京大空襲の後 毎日のように空襲があります。東京方面に向かうB29の他に艦載機が襲って来ます。
 女学校では時々空襲警報の中で避難したりしました。

 通学には防空頭巾を肩に背負い、非常食を入れた袋と救急用品を入れた袋を襷掛けにして、教科書の入った手提げをもち、緊張の毎日でした。
 非常食ですが、炒り豆、炒り米(これはご飯を洗い乾してそれを炒るのです)乾パンがあればそれもです。
 それに塩ですね。
 救急袋の中には三角巾、メンソレータム、赤チン、包帯、止血棒と止血石などですね。
 三角巾の使い方はきちんと練習をし、それは今でも覚えております。

 夜寝る時には防空頭巾を枕もとに置き、何時でも被って避難出来るようにしていました。
 それでももう7月には着たまま寝るようになったのです。モンペを穿き上着も着たままです。
 
 艦砲射撃のあった夜は砲撃が終わると直ぐに山の中に作った避難小屋に妹と非難しました。

 今毎日パジャマを変えて、清潔に過ごしていますね。こう言う生活はあの頃は全く考えもしなかったことです。

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自家製佃煮と鰻のこと

 一昨日 ロピアで大きな一束39円のエノキダケを三束買って来ました。
 エノキは歯間に挟まり、食後は苦労しますので、滅多に買いません。
 丁度3回目のヒシオが出来上がたので、ヒシオで佃煮を作って見ました。

         エノキ佃煮 (2)

 瓶詰の佃煮は食べたことがありますが、これは醤油で作ったものとは少し味が違います。
 最初は何となく物足りなく感じたのですが、時間が経ちましたら、旨味が分かり嬉しくなりました。

 今日は四週間ごとに夫の奢って呉れる鰻の日でした。長女の運転で先ず病院に行き、それから何時もの「西周」に行きました。
 駐車場に車が一杯です。長女が様子を見に行きましたが、とても無理だと分かりました。
 土用ですから仕方がないですね。昨日はもっと混んだでしょう。

 そこで駅の近くの「お賀川」に行きましたら定休の札が掛かっております。「小暮や」に行ってももっと無理だろうと柏の鮨屋に行くことにしました。
 その店はお鮨は勿論色々ありますが、日本ソバや揚げ物等もあり夫はソバを良く頼むのです。
 メニューを見た長女が「鰻があるよ」と言います。
 鹿児島産の鰻です。それじゃ鰻にしようと夫と私はうな重にし、長女は豪華なちらしすしを頼みました。

 とても残念でした。矢張り専門店のかば焼きかうな重が良いですね。

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台湾からの便り その2

 林さんの実家は嘉義だとは前々からお聞きしておりました。
 奥様も嘉義の方です。
 そう言った面では新しい家は生活に馴染んだ場所でしょう。
 嘉義は台北から250㌔
 嘉義県の人口は52万人、嘉義市の人口は27万人 県と市と合わせて79万人だそうです。

       林さんの住所は嘉義県民雄郷豊収村と言う所 
       村が最小行政単位だそうです。

                林さん

 地図を見ますと、台南に近いですね。隔週とは言え往復500㌔走るって言うのは若いからでしょう。
 仕事でも毎日可成りの距離を走っているそうですから、苦にはならないのかも知れません。
 常に健康管理に気を付けており、毎朝のジョギングは欠かさないようです。
 
 今日は早々と台北を発ち大阪に見えています。精神力も強いのだと思います。

 嘉義県は農業が主要産業で、民雄郷周辺も稲作は勿論、パインナップルの有名な産地だそうです。

    林さん13  林さん19

 嘉義の街の様子も送って下さいました。順不同ですが並べて見ましょう。

    林さん16  林さん17

    林さん15  林さん18

 台湾の村にある住民が共同でお祭りをする場所や、また祭りの風景も送って下しました。

    林さん20  林さん21

 私達が初めて台湾旅行に行ったのは随分前になりますが、一日目のホテルと、最後のホテルは台北の来来シエラトンでした。
 林さんは一日目に早速会いに来て下さり、最後の夜は奥様と二人でお越しくださいました。
 懐かしく思い出しております。

 林さんは金曜日に台北にお帰りになるそうです。今回は大阪ですが時には日帰りで日本に来るときもあるのです。
 健康でなければ出来ませんね。

       「KANO~海の向こうの甲子園」をご覧ください。

       「八田與一」此方もどうぞご覧ください。

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台湾からの便り その1

 台湾の台北市に住む林偉烈さんからLINEで沢山写真が送られて来ました。
 林さんは明治大学を卒業 大学院に進んだころ実験助手をしておりました。
 私との交流はその頃からで、既に30年余りにもなっております。
 信義誠実を体現しているように感じるその人柄に私はとても信頼しております。
 日本には毎月のように出張して来ますが、東京にお見えになると、時には時間をやりくりし私に会いに来て下さいます。
 何時ぞやは奥様も一緒に柏まで来て下さいました。
 私は彼の仕事は多忙なんだろうと感じております。
 忙しい彼の台北の住まいは桃園空港に近い閑静な住宅街にあります。出張には便利なようです。
 
 何かと計画的で、実行力のある林さん なんと1年がかりでご実家に近い嘉義県に家を建てたと言う知らせを頂いたのです。
 台湾各地は35度前後の暑い日が続いているそうです。農村地帯のようで家も家の周りも広々としております。

     林さん1  林さん2

 部屋も広く、落ち着いた設えで感じよく、既に2週毎に台北から行かれているそうです。

     林さん8  林さん11

 家の周りは農村らしく畑も見られます。周囲に高い建物もなく、昇る旭日も良く見えるそうです。

     林さん3  林さん7

     林さん5  林さん6

 彼の家族は公務員の奥様とご子息2人 4人家族ですが、家族は皆さん優秀で、それぞれそれなりの立派に過ごしております。
 台北に行きますと必ず家族で食事に招待して下さいました。良い家庭ですね。

 嘉義の家に遊びに来て下さいと嬉しいお言葉を掛けて下さっていますが、とても無理ですね。
 こうして写真を見せて頂き、彼の生活の一部に触れることが出来て嬉しく思っております。

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今日の焼きそばと雑談

 今日も何となく時間が過ぎて行きました。何となくとはっきりと言う訳ではありませんが、チマチマと色々としているうちに夕方になって仕舞いました。
 午前は中国語の老師がレッスンのためにお見えになって下さいました。
 先だって私に下さったニンニクの話から健康話も出ましたが、中国の最近の結婚事情には様々な要因があり、中々大変だと言うことです。マンションの高騰により、家がないと先ず結婚が難しいと言うことですね。
 二人が望んだ結婚でも家がないと親の反対が強く、親の援助もなく収入も少ない男性はとても苦労をしていると言うことですね。
 老師がお帰りになってから、ある物で焼きそばを作って食べました。

        焼きそば7月24日

 具はキャベツ・人参・戻し椎茸・木耳・サヤエンドウ・玉ねぎ・塩豚。 炒める油は鶏油です。軟らかくするのに出汁を使います。
 調味料は市販の物を使いました。

 我が家二人は食事の時 お揃いのタオルで作ったエプロンを掛けて食べます。
 タオルは便利なんですね。手も拭けますし、こぼしても直ぐに沁み込まないので着ているものの保護にもなります。

 外食の時に思うのがエプロンなんですね。前にお店でさりげなく出して呉れると良いなと言ったことがありますね。

 そこで外出用に持って行けるエプロンはないものかと探していましたら、100円ショップであったのですよ。

        紙エプロン

 買って来たのは良いのですよ。ところがこれをバックに入れて持って行くのには未だ勇気がありません。
 
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味噌ラーメンとおかしな話

 数か月前 娘たちと一緒に幸楽苑と言うラーメン屋に行きました。
 その時に私が味噌ラーメンを食べたことが無いと言い、娘たちに驚かれました。
 そこで食べなくちゃと、眼科検診の日に我孫子駅の南口の日高屋に夫と行きました。
 夫は普通のラーメンにしたのですが、私は味噌ラーメンにしました。
 ところがちっとも美味しく感じないのです。これが味噌ラーメン?
 ま~食は習慣性がありますから、人によって感じ方は違いますね。何回か食べれば美味しく感じるのかも知れません。

 20日の昼食 長女と一緒にまた幸楽苑に行きました。
 長女が「味噌ラーメン食べたいのでしょ」と気分を察して呉れました。
 そこで味噌野菜チャーシューと言うのを頼みました。

         味噌ラーメン

 たまだからと欲張ったのがいけませんでした。美味しく食べられたのですが、食べても食べても減って行きません。
 チャーシューも2枚長女に食べて貰いました。やっと半分位は食べられたような感じです。

 この日ラーメンを食べに行きたいと娘と相談。夫に「ラーメン屋位なら行ける?」と聞きましたら大丈夫だと言うのです。そこで一緒に出掛けたのです。
 このラーメン屋に行けるかどうかを夫に聞いた理由があるのです。
 
 18日、夕方入浴する心算らしい夫が踵の手入れをしているのです。
 踵の角質を落とすために踵摺りを使って擦っていたのです。

         踵摺り

 これはアマゾンで買ったものなんです。私も時々使っています。

 隣に座って腰を屈めて踵を擦っていた夫 突然「あれ?血が出ているよ。切れたのかな」と言うのです。
 横目で夫の足の方を眺めたら、血が落ちて来るのです。その色がドロンと濃く見えるのです。
 急いで踵を拭き、ティシューを当てて、止血をしようと抑えました。
 「どうしたの」と聞きましたら「どうも擦りすぎて切ってしまったらしいよ」と言うのです。
 傷薬を塗り、大型のバンドエイドを貼りました。出血は止まったのですが入浴は取りやめました。
 
 それから夫は踵を付けず歩くので脹脛の筋肉痛を起こして仕舞ったのです。

 娘たちに呆れられましたよ。 そこまで気が付かないってどうよ。程があるわよ、おかしいわよと散々なんです。
 それでラーメン屋に行けるかどうかと聞いたのです。

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今日の一品とソウルの金さんのこと

 今日は昼に妹が来ると言うので、近所のレストランから日替わり弁当の出前でもと思っていましたがお休みと分かり、夕べ気が付きネットスーパーの配送に間に合いそうでしたので、お鮨を頼みました。
 お鮨とカキフライを頼んだのですが、それだけではそっけないな~と思って煮物を用意しました。

        煮物7月22日

 コンニャク・人参・牛蒡・さや・牛です。牛蒡が牛と良く合います。好きな組み合わせです。里芋があればもっと良かったのですがね。

 昼頃思いも掛けずソウルの金さんから突然電話が掛かって来ました。
 暑いソウルから北海道に避暑に見えていると言うのですね。ソウルからの電話とは違い良く聞こえます。
 札幌からバスで2時間程の高原だそうです。
 5月の集まりがある時にお知らせしてありましたが、6月12日からペテルブルグにツアーで行くのでと返事が来ておりました。 
 その時、歩行がやや難しくなっていると言うことで、大丈夫か試して見ますと仰っていました。
 ところが今日の話によりますと、歩くことも随分良くなっていると分かりました。
 従妹の方が入っている施設にお医者さんが入所しているのだそうで、そのお医者さんにご自分の歩行のことや腰のことを話し、治療法がないものかとお聞きしたそうです。
 その先生はそれは治りませんが、運動を教えますからそれを続け、また歩きなさいとアドバイスをして下さったそうです。でそのアドバイスに従い過ごしていたら、とても楽になっていると言うことです。
 ロシアのツアーは如何でしたかとお聞きしましたら、これは10年前に行くべきだったと言うのですね。
 中国からのツアーの方が多く、その数に驚いたそうです。何処も中国人のツアーで待ち時間が長く、クレムリンの入場には3時間も並んだそうです。
 奥様も元気だそうで良い避暑生活をなさっております。冬は九州に避寒に行きたいと話しておりました。
 特に鹿児島に行きたいと言うことですから、姶良市に住む仲間にお会いできるのではと思いますね。

 金さんは今回は東京に寄りませんので、あなたの声をお聞き出来ればと思ったのですよと仰っておりました。嬉しいですね。

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料理2点と食器のこと

 先だってオカヒジキを食べようと豆腐を茹でたり、ヒジキを煮たりしました。
 乾燥ヒジキを戻すと予想以上に増えて仕舞います。毎回のことですが何とかしませんとね。
 そこでヒジキの煮物を作りました。

      ヒジキ煮物19日

 人参と油揚げを一緒に煮たのです。出汁が効いておりますから薄味ですが美味しいです。
 茹でた豆腐はまた白和えに使いました。

      ほうれん草白和え

 ほうれん草を茹でて、前回と同じように作った白和えの素と合わせました。
 
 材料を無駄にしなくて済んだようで、よかったです。

 ところが器を眺めてがっくりなんですね。使いたい器が取り出せないのです。
 大体朝食は毎日同じパターンですし、昼は昼で麺は同じお皿を使う。
 食器棚は可成りスペースがありますが、今の私には広いが故に困るのです。
 高いところには手が届きません。棚の奥には背を伸ばしても届きません。
 一番下の棚となると腰を曲げて「よいしょ」っと掛け声を出さないと取り出せないのです。
 何時か整理をしたいと思いながら既に10年以上も過ぎています。

 時代って不思議なんですね。他の方のブログやレストランの紹介などの器を見ますと、我が家のが如何にも野暮ったく見えるのです。
 白い食器がお料理も映えますし、良さそうに見えます。
 一気に白い器に変えようかとも思ったりもするのですね。ですがそう簡単には決められません。
 最近とても整理のことで悩んでいる所です。

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麺2点

 毎日ではありませんが、昼食は麺類が多いですね。
 特に先ごろ取り寄せた讃岐うどんは頻繁に食べています。
 前にも書きましたように、喉ごしの苦労がないのです。素直に入って行きます。
 
 このところ暑さが厳しく、昼間の買い物は出て行きたくありません。
 そこである物でと作っています。

        昼食15日

 煮卵が二個あり、竹輪が少々ありましたので、汁を掛けて食べたものです。
 半生ですが指定の茹で時間より3分 多く茹でました。

        じゃじゃ麺

 これは普通ジャージャー麺と言われる物です。
 炸醤麺と言う北京の夏の麺ですね。あられ切りのような豚肉を炒め、ヒシオで味を付けました。
 麺は讃岐うどんを使いました。
 麺は茹でたら熱いお湯でぬめりを取り、盛り付けて食べます。冷たくしません。

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日野原重明先生ご逝去

 昨日の日野原重明先生の訃報は多くの方にショックを与えたことでしょう
私もそうでした。先生の姿勢には何時までも変わらなく、そこにお見えになっていることとしか考えておりませんでした。

        日野原先生

 1982年 私は内藤敏子先生の「日本チター協会設立20周年」の会にお招き頂き、その席で篠原先生の講演をお聞きし、内藤先生とご一緒に写真に写して頂きました。
 その席ですが、日野原先生は札幌から羽田に到着ご直ぐに会場のヒルトンホテルにお見えになられたのです。
 その日の日野原先生の講演はⅠ時間。先生はお座りにならず、立ち続けてお話をなさったのです。

 講演の内容は「音楽が齎す力」だったと記憶しております。
 90歳の先生は講演後、バックに室内楽の演奏者が座る舞台から会場の皆さんに向かい、故郷の歌の指揮をなさったのです。
 
        日野原先生206

 素晴らしいお姿を生涯人々に示してお亡くなりになたられたのです。

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オカヒジキ

 先日オカヒジキを初めて食べたのですが、このところスーパーに出て来ております。
 天ぷらでも食べるようですが、最近は天ぷらはチョッと遠のいていますので、あっさりとした料理で食べました。 
 娘に今度はオカヒジキのシリーズと言われそうですが、多分そうは食べないと思います。
 
     オカヒジキ胡麻和え  オカヒジキの白和え

       左は胡麻和えです。       右は白和えです。

 胡麻和えは人参と一緒に和えました。白和えは人参とヒジキを一緒にしました。

 オカヒジキは茹でただけ。人参は出汁に塩を入れて煮てあります。
 ヒジキは出汁に砂糖・醤油で煮てあります。人参もヒジキも極々薄味。味が付けてあるのかどうかが分からない位にしてあります。

 白和えのベースですが、 胡麻を良く摺り、そこに茹でて冷ました木綿豆腐を入れて良く摺り混ぜます。
 そこに出汁・西京味噌・砂糖・酢を加え良く練り合わせ材料と混ぜます。

 大体余程のことでないと目分量で作りますから、いい加減です。
 
 年齢が高くなって来るに従い、薄味にと気を付けていますが、どうもメリハリがないと食事が美味しくありません。
 
 最近は付け醤油にヒシオを足し、海苔で巻いたご飯にチョッとそれを付けて食事を〆ます。

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お菓子と雑談

 先だって沢山のお菓子を頂きました。ケーキより餡子物が好きだと言っていた私の言葉にそれじゃ~と言うことですね。
 京都や松江のお菓子や珍しい彦根の物などです。
 夏らしい物ばかりですから、日持ちがしません。
 娘たちにも協力して貰い確りと頂きました。
 彦根のお菓子は滅多に目にしませんが、偶にはデパートで見ることがあります。
 ですがこれはとても綺麗で珍しいなと思って写して置きました。

        ハナイカダ4

 これは「いと重菓舗」の友禅流しと言う和菓子です。錦玉と羊羹の二重になっており、間に小石が収まっているのです。

 神田駿河台下のささまの玉川を思い出させて呉れます。ささまのホームページから画像をお借りしました。

        ささま玉川(錦玉羹)

 どちらも季節物ですね。見た目にも季節感が一杯です。ささまのは時々美味しく頂きました。

 今は名古屋場所ですね。相撲の様子がテレビで流れています。
 私が初めて相撲を見たのは小学校3年生か4年生の時です。中国青島にあった青島神社の境内でした。
 日本から巡業で見えたご一行です。奉納相撲だったのかも知れません。
 その体格の大きさに目を見張ったものです。双葉山の背中に竹を細く切った物を曲げてそれを弟子らしい人が汗を拭き取るのです。拭き取ると言うのではなく、掻き取るという感じです。余りに印象が強く忘れられません。

 蔵前の国技館も両国の国技館も何回か行きましたが、マス席は狭く、特に初場所の時はオーバーを着て行きますから座っていても落ち着きません。

 ある時、美男子とは程遠い力士が出て来ました。友人が大きな声を上げてその力士のしこなを叫ぶのです。
 「ね~誰も声を掛けないで可哀想じゃないのよ。一緒に言いましょ」と言い、また大きな声で叫ぶのです。
 思い出しますね。

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手羽先が好き

 堅い物が苦手になって来ていますので、圧力鍋が活躍しております。 
 鶏手羽先の煮物が好きで、時々作っています。
 手羽元と比べますと手羽先の方が美味しく感じるのですね。
 一回に16本 これはロピアでも下のスーパーでもですが、こうなるのです。

       手羽先煮物

 これは1本ですが、金額は税抜きで25円です。二人とも一回に食べる時は大体2本ですね。
 安くて美味しくてお気に入りです。

 調味料は砂糖・醤油・酒です。鍋に調味料と水を入れ、火にかけます。
 砂糖が溶けたら手羽先と昆布を入れて加圧10分 昆布は出汁を取った時の物です。
 蓋を取り、煮詰める時にクコの実を入れました。入れる物は時により色々です。

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卵焼きと雑談

 8月の上旬 膝の手術を受ける予定だった友人。その後の検査で問題が分かり、予定が変更になりました。
 買い物も思うように出来ません。
 彼女は私と味の好みがとても似ています。そこで卵焼きを他の物と一緒に送りました。

          卵焼き

 これは卵5個を使い焼いたものです。両端3ミリほど切り、そしてこのパックに収めました。
 私の卵焼きは卵5個が基準です。
 卵5個:出汁大匙5杯:砂糖大匙5杯:塩小さじ1杯です。卵のカラザは割りばしで取り除きます。

 彼女と電話で一頻りお喋りをしました。食べ物談義も良くしますし、子どもの時から共通の経験者ですから話は良く合います。
 戦時中の辛さも苦しさも。また助け合ったこともね。

 「ね~相子さん 南瓜なんだけれど、今日本南瓜って見ないわね。あれって不味かったわね
 「そうそう昔は何処の家でも南瓜を植えていたわね。場所があれば植えてね
 「沖縄100号って薩摩芋があったでしょ。不味いの
 「そうそう高畝で作る増産形の不味いだけのね
 「女学校でも作っていたわね
 「南瓜は出来ると全部捥いで縁側に並べてね。一つづつスイトンに入れたりね
 「今の南瓜のように美味しければ蒸して塩だけでも食べられるけれどね
 「空襲になると電気の笠に黒い布を被せて、その下で本を読んだりしたわね
 「そうよね。あんなことしたってね。敵はレーダーで来るんだからね。意味のないことだったのよね
 「私は毎日夜中にハワイ放送と言うのを聞いていたけれど、あれはハワイからでなく、日本の沿岸に来ていた米軍の戦艦からだと思うのよ
 「初めて飛行機に乗った時、迷彩色の建物を見て、これじゃと思ったわ。あれで敵の目をかわせると思ったのかしら
 
 色々と話は続きました。そして最後は今を大切にと言うことで終わりました。
 
 「毎日嫌だったわね。今こうして食べ物に不自由しないと言うことは有難いことよね

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塩豚作りと昔話

 二女と買い物に行き、豚の肩ロースの塊を買って来ました。
 1101gで税無しの968円。カナダ産です。初めて買って見ました。
 今日は塊を四つに切り、塩をたっぷり振り、塩が馴染むのを待ちました。

    肩ロース1  肩ロース2

 左が塩を全体にまぶしてあります。 午後4時半には塩が馴染み、肉から水分が出ています。
 これは冷蔵庫で5日以上置きます。それを茹でて食べるのです。
 塩味になっていますから、唯切るだけで食べることが出来ます。
 出来上れば半分は冷凍にして置きます。1000円余りで何回食べることが出来るでしょうか。
 何だか自慢したくなりますね。

 中国青島時代 小学校の4年生から5年生頃 お使い大好きで近所の肉屋に行ったものです。
 中国で肉と言えば豚肉のことですから、牛肉の時は必ず牛と言う字や言葉を入れなければ駄目なんですね。
 そういう所ですから肉屋では豚肉の枝肉が店内にぶら下がっています。
 買いに行く時は母から料理は何かを聞いて行きます。それによって肉の部位を切って貰います。
 子どもながら不思議だな~と思ったことがあります。それは値段はどの部位でも同じなんですね。
 餃子の餡ですがあの中身の肉は赤身だけですと美味しくないのです。どちらかと言えば脂身の多い方が良い位です。
 家では豚カツか餃子用の肉でしたから、簡単です。その部位を指で差せば良いのです。
 すると大きな刀のような包丁でスパッと切って呉れるのです。その包丁を私は青竜刀かと思ったものです。
 
 牛肉は青島牛と言って牛の産地でしたから安かったのでしょう。毎週一回はすき焼きでした。
 
 街の中では夏になりますと、西瓜を切って並べて売る人がおります。
 道路に板を敷き、その上に切った西瓜を並べます。その西瓜を切る包丁も青竜刀かと思ったものです。
 子どもの目には大きな包丁は皆青竜刀に見えたのですね。

 我が家では西瓜を切る時は良く洗って周りをアルコールで拭いて切っていました。
 夏はコレラが怖かったからですね。

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今日の一品と不思議な話

 食事の際のお膳に五つの色があるようにと考えています。
 ただ相当強く意識するわけではありません。栄養素を考えますと、自然に五色はそこに出ています。

           里芋煮えたて

 この煮物だけで五色はあります。煮物は毎日何かしら食べていますが、何時も昆布は出汁を取ったものです。

 この数日、夫にも私にも意味不明。テレビで訳の分からない動画が何回も出て来ました。
 何だか大騒ぎの事らしいのですが、どうも夫婦間のトラブルらしいのですね。
 私は芸能関係の方の名前も顔もそう多くは知りません。
 今回出ている方は松居一代さんと言う方です。どういう背景があるのか、全く知りません。
 二人で何だろうね。さっぱり分からないわねと話しておりました。
 
 夫が「俺は一つだけわかるよ」と言うのですね。
 「ええなにが分かるの」と聞きましたら、「化粧品って凄いなと言うことだよ。同じ人間だとは思えないよ」と言うのですね。
 今日娘たちが来ましたので、その話をして大笑いをしました。

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烙餅を頂く

 中国語の老師は北京出身です。NHK文化センター柏教室の時の王老師も北京から来日なさったのです。
 王老師は老北京人と良く仰っておりました。
 今は北京の中では昔から住んでいた方は少なくなっているそうです。それはあの人口を知ればそうでしょうね。

 中国の北の方の主食は粉食ですね。老師も粉食が多いのではと思います。
 作る時にはある程度の量でないと仕上げが上手く行かないようです。
 時々そう言ったことから、マントウや肉まんなども頂きますが、先だっては烙餅(ロウビン)を頂きました。
 出来たての熱々のを2枚です。
 夕食に頂いたのですが、二人で一枚しか食べられず、残りは切り分けて冷凍にして置きました。
 昨日の昼は冷凍の半分をフライパンを使い、極弱火にして、温めました。

        薄餅

 塩味の加減が丁度良く、中に練り込んである素朴なネギの香りがほのかに口に広がります。
 年季の入った確かなものです。 本場の家庭料理を頂くと子どもの頃の中国人の生活を色々と思い出します。

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サクランボと雑談

 初めて目にした大きな紅秀峰と言うサクランボ。山形県東根市のからの物です。
 頂き物ですが、美味しく頂きました。
 
         桜桃2

 サクランボを自分で買うことは全くと言って良いほどありません。頂き物で味を知るだけですが、佐藤錦が有名ですね。
 これも立派です。私は名前だけは知っておりましたが、目の前にしたのは初めてでした。
 頂き物は何となく嬉しく素直に頂ききます。

 父方の祖父の庭にサクランボの成る桜が井戸の傍にありました。可成り大きな桜でした。
 桜の咲いた姿が思い出せませんが、その一本の桜にはサクランボが成るのです。
 当時人口4000位の町でたった一本のサクランボの成る桜でした。
 多分今口にしたら、へ~こんな味なんだ。と言うレベルの物だと思います。
 それでも珍しいので、色々な人が貰いに来たものです。遠くの部落からも見えました。

 この数日来厳しい暑さが続いております。夫は数年前から食後の食器洗いを担当しております。
 洗うだけでなく、残り物を冷蔵庫に仕舞うのも夫の仕事です。
 今日は仕舞いながら昔は冷蔵庫が無く、どうしたんだろうと話が出ました。

 そう言えばそうですね。町で冷蔵庫のある家は旅館か食品店位ですから、物を腐らないようにするには工夫をしたものです。
 ご飯はお櫃から飯籠に移し、軒先や風通しの良い場所や日陰に吊るしたりしたものです。
 時には食品を井戸の中に吊るして置いたり、また西瓜等も井戸に吊るし冷やして食べたりしていました。

 水道が出来ていなかった時、井戸の水は冷たく、夏はとても良かったのですが、冬は外気に比べ暖かいとは言っても洗濯は大変でした。
 冷蔵庫のお蔭で老人は助かります。そして何でも仕舞い、最後まで食べることが出来ます。

 井戸と言えば長女は小さい時、実家に行きますと毎日裏の親戚に行き、ポンプを押すのが好きで、その思い出は強く残っているようです。

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今日の一品とイシダイのこと

 夫は少し前 煮茄子の皮が固いと言うので、皮を剥き煮ていました。
 ところがどうも箸で取る時、時々滑って仕舞います。それと食事の時何となく頼りない感じです。
 長女に話ましたら、少し皮を残して煮て見たらと言うのです。そこで煮ました。

         茄子煮2 (2)

 薄味ですが皮なしと比べ、箸で取りやすくチョッと味にこくがあるように感じました。

 この数日外出をしておりませんでした。暑いのとなんとなくやることが多かった所為です。
 食品のストックが無くなっていたので、長女とアリオ柏に行って来ました。
 タカマル鮮魚店にイシダイが並んでいました。

        イシダイ

 気になる魚です。カルバッチョにしたいなと思ったのですが、時間がなく無理だなと思い買わず、鯵を二尾買い三枚に下ろして貰いました。 
 元気なお兄さんに写真一枚撮らせてねとお願いし、写して来ました。
 
 イシダイ釣りは釣り人に人気があります。ですがイシダイ釣りは簡単ではないようです。
 一回一寸と言われ、数を重ねて通わないと大きなものは釣れないと言う話は良く聞いております。

 夫が若い時(40年位前)三宅島にイシダイ釣りに出掛けました。撒き餌はアサリです。
 そして餌はイセエビです。これは実に勿体ない釣りですね。
 釣果は期待していませんでしたが、その通りでした。
 ですから滑って岩から落ちなかったことを良しと思うことにしました。

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細うどんと雑談

 このところ北九州での豪雨による災害は大きな関心事です。一体これだけの被害にどれ程の方が命を落とし、生命の危険にさらされたことでしょう。
 案じるだけで何も出来ません。こういう時に色々なことを知ります。自衛隊の持つ機器の凄さ。人々の忍耐強さ。
 悲しみの中でも健気な姿。早く復興して欲しいものです。

 この数日は気温も上がり、外に出たくありません。高齢者二人は熱中症に罹らないように水分を取りながら家でじっとしております。
 時間は否応なく過ぎて行きます。また昼になりあのうどんを食べました。

         冷やしうどん9日

 最近私が昼食作りを億劫がっていることを知っている夫は「あれで良いよ」と言います。
 あれとは讃岐細うどんです。昨日も食べました。手元にある物を載せて簡単にし食べました。

 夫は耳が特別良いようです。私には聞こえない廊下を歩く娘たちの話声も直ぐに聞こえるようです。
 昨日はチャイムが鳴りました。これは私にも聞こえたのです。
 夫は素早く電話の子機を耳に当て、あれ?と頭を振っています。
 「誰か見えたのではないの」と言いながら私は自分の聞き間違いかしらと思ったのです。

 「あんたを喜ばせて上げたのだよ。嬉しいでしょ」と夫は言うのです。

 夕方長女が来ました。「あのことは言わないの?」と夫は言います。「あのこと?」
 「ほらあんたが喜んだこと」 娘は「どうしたの」と怪訝な顔をして聞きました。
 娘は「そう言うことあるわよ」と二人に気を遣って笑って帰って行きました。

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今日の一品と質屋のこと

 先日何となく蛸を食べたいなと買って来ましたが、硬かったらどうしようと、ふと思い矢張り圧力鍋で煮た方が良いかなと、切り分けで煮ました。

        蛸軟らか煮

 蛸は茹でる前に塩で良く揉んでありますから、気を付けてと薄味にするつもりで煮汁を加減したのですが、少し濃くなって仕舞いました。
 久しぶりに食べたので、美味しくてまた軟らかくて大分食べましたよ。

 今日は7月8日で7と8で質屋の日だと出ておりました。
 昔から質屋は庶民の銀行と言われたものです。今のように誰でも銀行に口座がある時代ではなく、預けるのは郵便局を利用するのが庶民の生活でしたね。郵便貯金と言いました。
 学生時代は銀行にも郵便局にも口座はなく、お金はなかったですね。口座のある学生は稀でした。

 女性が質屋に持ち込む品物は着物が多いと聞いておりましたが、上等な着物を着るような方が質屋に行くとなると周囲をはばかりましょうね。質屋は脇に入った所にあったものです。今もそうでしょうか。
 男性はどう言う物を持って行ったのでしょうね。
 
 昔明治大学駿河台校舎の南に質屋がありました。そこに学生が学生証を質草に持って行くと言う話も耳にしたものです。
 なかには角帽を入れたということを聞いたこともありましたね。マージャンに負けた時とかでしょうか。精々電車代位では?

 質屋の7を分解して、一六銀行などと言ったものです。
 バブルの頃、バーなどで働く女性がお客さんから高級なバックなどをプレゼンントして貰うと言う話しは良く聞きましたね。
 中には何人ものお客さんに同じものを買って貰い、使うのは一つだけで、後は質屋に持って行くと言う話を聞き驚いたものです。
 凄いと言いますか。良く頭が回るものだと思ったものです。

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オカヒジキ

 最近野菜作りをされている方のブログでオカヒジキも作っていると、紹介されていました。
 今まで目にはしていましたが、食べたことが無かったのです。
 下のスーパーに出ていました。一つ食べて見ようと買って来ました。

         オカヒジキ

 シンプルにと簡単な一皿にしてみました。
 オカヒジキは茹でただけ。それに青シソと茗荷を合わせて食べました。
 オカヒジキだけに鰹の削り節を掛けて醤油で食べて見ました。さっぱりと食べることが出来ました。
 お浸しですね。
 青シソと茗荷と合わせ、出汁醤油を掛けて食べたのですが、これは爽やかな香りと味でこの季節にピッタリと思いましたね。

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シイラと雑談

 アリオ柏に娘たちと行きますが、その時は必ずタカマル鮮魚店を覘きます。
 この日は食品はそう買うつもりはなかったのですが、それでも眺めてみたいのです。
 沖縄の海ブドウも目に入ります。カメノテも出ています。買いたいな~と思ったのですが、多すぎてパス。
 ところが店頭にシイラが出ているのです。
 それも一尾850円です。大きさは50cmあまり。
 どうしようと思いながら「安い。買いたいけれど。大きくて」と何回も呟いて仕舞いました。
 長女が「買ったら。買いたいのでしょ。少し家が貰うわよ」と言うので決心。
 三枚に下ろして貰いました。
 
 片身の半分は長女のところでグラタンにしたそうです。あっさりとしていて美味しかったと報告がありました。
 ムニエルも良いですが、我が家は片身の半分は五切れにし、何時ものように醤油と味醂で漬け込みました。
 柚子の皮も一緒に入れましてね。

       シイラ焼き

 焼いてからそのまま置いて置きましたら、チョッと皮が焦げたようになって仕舞いました。残念。

 残りの半身は西京漬けにしました。塩を振り2日経ちました。
 今日は味噌に漬けました。
    
       シイラ片身

 シイラは余り人に知られていないようですが、マヒマヒと言えば多くの方がハワイなどで食べていると思いますね。

 12月のランチバイキングで食べ過ぎたことから始まり、正月の家族での会食。
 それが引き金になったのか、胃腸の調子がおかしくなり、毎日そのおかしな調子に変化がありましてね。
 一体何だろうと、ネットで調べてみても、どうも同じようなことが出て来ません。
 掛かりつけのお医者さんは訴えてもどうも心配されていないようです。
 そうこうしている内に日が過ぎて行きます。困ったなと思い人間ドックで検査をして貰おうかと調べて見ました。
 先生に人間ドックで検査をしてみようかと思っていますがと話しましたら、「胃腸だけなら専門病院で検査をすれば保険で出来ますよ。ドックで検査をとなると費用は天上ですよ」と仰りま~気になれば行かれたらと言う感じです。 
 その言葉で何だか検査をする気分がどこかに行ってしまいまいました。
 4月になり、近所に昨年出来たハート鍼灸接骨院に行って見ました。
 鍼灸は昔から好きな治療法ですから、私は経過豊かです。自分でお灸もすえますからね。

 最初から鍼灸をお願いして治療を受け始めました。ところがこれが私に合っていたのでしょうね。
 症状が急激に改善されて、すっかり良くなり、ネットで探すこともしなくなりました。
 ところがネットでは毎日関連するコマーシャルが出て来るのです。人間ドックの病院・胃腸の薬などま~驚きますよ。

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今日の一品と嵐の日のこと

 魚好きな私 大抵の魚は嫌いではないですが、高級な物より安くて美味しい魚が良いですね。
 鯵は良く食べます。煮たり焼いたり、刺身や叩きにしたり、揚げ物にしたり。
 食べ方色々 鯵は良い食材です。

         鯵付け焼き

 これは一尾が大きく、このお皿が一尾です。三枚に下ろし皮を剥ぎ片身を三枚に切りました。
 味醂と醤油半々に合わせ、そこに漬けて置きます。唯焼いただけです。
 最近生はどちらかと言えば特に食べたいとは思わなくなっています。マグロの刺身も魅力に思えなくなり、専ら老人らしい食生活になって来ております。
 その所為かかどうか分かりませんが、病院の先生は毎日卵一個を食べるようにと必ず仰います。
 老人は肉や魚を余り食べなくなるので、タンパク質の不足を心配なさって下さるのかも知れません。
 肉は毎日何かしらの形で食べています。

 今日は九州北部で大雨。気象台は命を守る行動をと避難指示や避難勧告を出しております。

 女学校の1年生の9月 物凄い暴風雨になり、学校は昼過ぎに生徒全員を早退させました。
 町から女学校に通っていた私達はバスが止まり、困って仕舞いました。
 学校のある街に親戚のある者は親戚にと別れて行きました。
 泊まる家のない者は5人ほどだったと思いますが、とに角グズグズしていないで家に帰ろうと歩きだしました。
 距離は16㌔です。私は皆と離れないように一所懸命に歩きました。
 ランドセルを背負っています。傘は風が強く差せません。県道を北から南へと歩きます。
 風が北から体をどんどん押します。自然に走っていると言っても良いでしょうね。
 全身ずぶぬれです。16㌔と言えば歩いてほぼ4時間かかります。それが風に押されてひた走りに走ったせいでしょう。
 2時間程で家に付いたような気がしております。
 ランドセルの中の教科書も全部濡れて仕舞iいました。
 その本を家の中で広げて干しました。それからのことはどうしても思い出せません。

 今の学校でしたら、生徒の命のことを第一に対策を取ることでしょう。

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今日の一品と小麦粉のこと

 このところ昼は冷やし中華や冷たいうどんを良く食べています。
 偶にパンも食べますが、矢張り麺類が多いですね。
 先ごろ頂いた讃岐うどんが美味しく、賞味期限も短いのでせっせと食べて仕舞いました。
 そこでこの夏はこれでと思い、発売元を調べ、取り寄せました。パソコンは便利ですね。

         冷やし讃岐うどん

 うどんに載せる物はある物をと思っておりますが、魚はちょっと無理なような気がします。
 イカやエビなどでしたら良いでしょうね。魚好きな私は焼き魚の身をほぐして載せても良いかなとも思うのですが、夫には向きませんので、実験は止めております。

 麺類と小麦粉は関係が深いですね。蕎麦はそば粉ですが、うどんやラーメン、それにパンは小麦粉ですね。
 今は多くの方や研究者の方が様々な食材を使い、麺類やパンなどに挑戦しており、その姿に驚かされます。

 昭和13年から父が勤めていたのは、北京に本社がある華北電電と言う会社でした。父の最初の赴任先は保定という所です。
 夜になると中国軍が迫撃砲などを撃って来ることもあったそうです。
 次の赴任先の青島では毎月社員全員に小麦粉が配給されていました。
 給与の外です。家族数に合わせて配給されたのですね。具体的な数量は覚えていませんが、厚い木綿の袋で運ばれてきていたような気がします。
 会社は日本の国策会社ですが、中国人の社員の方が多いと聞いておりました。
 小麦粉は全社員に同じものが手渡しされます。
 その小麦粉は一等粉です。綺麗な白い小麦粉です。配給があると中国人の社員が我が家にその小麦粉を持って来ます。
 両親はその小麦粉を買い取って上げます。
 その時に親が説明して呉れた話で、小麦粉に等級があることを知りました。
 
 中國人の社員の方は、家が買い取ったお金で三等粉を買うのだそうなんです。
 当時の考えでは一等粉が上等で、三等粉は品質が劣り、色も悪く不味いと言う認識だったのだと思います。

 小麦粉を製粉する時に出るフスマと言うものですが、調べて見ましたら栄養価が高く、フスマパンと言う物も出ていると知りました。
 綺麗な小麦粉は粒の周りのフスマは完全に剥かれ、白く上等に見えます。
 すると三等粉の方が健康には良い物だと言えますね。

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チャイナドレスは素敵だ 126

 私が何時も言っておりますが、それはチャイナドレスを特別な物と考えず、普通に着て欲しいと言うことですね。
 好きな色、好きな柄、好きなデザイン これは作っているうちに自然に身について来ます。
 多くの生徒さんは初めて直にそれを分かって下さいます。
 長く作っている方は、派手な物は絶対作りません。

       チャイナ7月3日
 
 奥の柄物は手前のを参考にして縫っております。
 この手前のは男性用の物です。シルクで丁寧な作りです。
 この見事な仕立てに倣い、一針一針手縫いで作っております。

 今日は仕上げのための細かいところのチェックをしました。

 チャイナドレスは最後に襟を付けます。襟を付けてからの手直しは面倒ですし、余分な仕事をすることになります。
 そこで襟付けの前には全て問題がないかを調べます。
 今日も無事に終わりました。
 
 一緒に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

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今日の一品と人の変化

 妹が持って来たしのべ竹をメンマ風にしました。
 前も作り食べたのですが、今回は切り方を更に細くしました。

      しのべメンマ風

 作り方はフライパンに食用油を引き、先ず炒めます。そこに出汁と醤油を加え酒を差して煮付けます。
 味は薄味にします。野生的なほろ苦さがありますが、美味しく食べることが出来ました。

 今日は都議会議員の選挙が実施されました。事前の報道などから都民ファーストの会の優勢となるだろうと思っておりました。
 未だ全部が決定しておりませんが、第一党となると言うことが確実になって来ております。

 都民でない人間ですが、関心がありました。
 これから都議会がどう都政を進めて行くのかは分かりません。
 
 私は最近の政治に多くの方が関心を持って来たと言うことに大きな変化を感じております。
 普通の人間がスマホやパソコンで自然に情報に接する機会が大きくなっていると言うことですね。
 
 昔は選挙と言っても家の主の意見に従うと言う女性や家族は少なくなっかったと思います。
 今は地域社会でも女性は昔とは比べられない程情報に通じています。
 女性の井戸端会議と疎んじてはいけませんね。
 
 小池知事の誕生は政治は投票で変わると言うことを多くの方が知った?より分かったと言うことでしょう。
 このことはどの政党であろうと無視出来ないことだろうと思っております。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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