FC2ブログ

2018-01

« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031»
entry_header

黒七味

 京都のお土産を頂きました。初めて目にしたものです。
 「黒七味」と言う香辛料ですね。七味と言うと七味唐辛子の赤い物が頭に浮かんで来ます。
 若い時は漬け物に掛けたり、蕎麦やうどんに掛けたり、特に焼き鳥には欠かせない物でした。
 今は高齢?超高齢? 高齢には違いないですね。高齢になるに従い、辛い物や刺激物が苦手になって来ております。
 
 喉に刺激を感じると咳が出たり、クシャミが出たり、序でに涙が出たり、時には鼻水が出たり。
 忙しいのですよ。
          
        用心しつつこの七味を食べて見ました。

      黒七味  黒七味味噌汁2

 それが美味しいのですね。また欲しいとAmazonで探して見ましたらあるのです。
 そうこうしているうちに頼むのが先延ばしになっておりました。
 それが柏高島屋に行きましたら詰め替え用のがあったのです。

              黒七味と入れ替え

 良かったです。チョッと食べたい時に使うことが出来ます。この七味の置いてあるコーナーは目立たない場所なんですね。
 長女が美味しい昆布の佃煮が欲しいと言うので、探していて見つけたのです。

entry_header

従弟妹夫妻と会う

 何年振りかで従弟妹夫妻と一緒に食事をとりながらお喋りをして来ました。
 従弟は父方の従弟。従妹は母方の従妹。二人は血の繋がりはありませんが、私は二人と従弟妹なんですね。
 食事はこれまた久しぶりの「ストロバヤ」浅草のロシア料理の店です。
 オーナーは従妹の兄 これまた私の従弟です。
 私の父は長男。私の母は長女 と言う訳で、従弟妹は全員私より若いのです。
 
 何故集まったかと言いますと、従弟妹の知らない祖父母の話を聞きたいと言うことが一番ですね。
 私は長女と婿殿が一緒に行って呉れました。松戸の妹も出て来ました。
 6人で話は色々とでて来ました。
 祖父母のこともですが、それぞれの先祖の話題も出まして、お互い頷き合い、感心し合い、驚き合い。
 楽しい時間が過ぎて行きました。
 お料理はランチメニューのCランチ。ワインも頂き美味しかったです。

     20180130_121421.jpg  20180130_122819.jpg

     20180130_124336.jpg  20180130_130217.jpg

     20180130_134001.jpg  20180130_134553.jpg

 ランチタイムも終わり、オーナーの従弟も席に来て、それからですよ。
 話はあちこちに飛び、話題は時を超え、あの時、あの人と続きました。
 従弟の奥さんが「二階に上がってゆっくりなさってと」と言って下さいましたが、この辺でと解散しました。
 今日は従弟妹がご馳走して下さり、次回は割り勘でしましょうと、またの集まりを愉しみに店を後にしました。

entry_header

今日は良いお天気でしたが

 寒さが少し緩み 緩みと言いましても冬ですからね。動くに楽でそれほど暖かい訳ではありません。
 朝から空が晴れていますので、10階まで上がって見ました。
 先日10階の廊下から富士山が見えましたのでね。

      1月29日10階から

 その日は写真の中心当たりに見ることが出来たのですが、今日はそれらしき姿は微かに浮かんでいるように見えます。
 
 10階から中央公園を眺めますと、土は乾いています。公園の雪はすっかり解けていました。

      1月29日中央公園」

 家の中は乾燥していますから加湿器を使っています。それでもバスタオルも家の中に干し乾燥を防ぐようにしています。

      タオル

 昼過ぎチャイナドレスをNHK文化センターで習っていた生徒さんのご子息から電話を頂きました。
 70歳だったお母様の訃報に暫くは声も出ませんでした。数年前高島屋でお会いした時は外国から帰国、成田から戻ったところだと報告。とても健康そうに見えていたのです。

entry_header

ヒシオが出来上った

 1月12日にヒシオを仕込み始めました。もう何回も作っており毎日少しづつ何かしらの形で食べております。
 発酵食品です。美味しいですよ。
 
     これは12日のブログにアップした時の物です。

      ヒシオ仕込み

 これには昆布を入れてあります。何時も煮物に使っている出汁を取った物ではありません。新しい昆布を細かく切って入れました。

       次は10日後の物ですよ。

       ヒシオ10日目

  発酵が進み、昆布も溶け込んで来ました。良い香りがしています。

  そして出来上がったヒシオをブレンダーでクリーム状にしました。

       ヒシオ16日目

 この香りの良さ。そして何とも言えない旨味。色々な料理に使って見たいと思っております。

entry_header

豚汁と雑談

 寒い時には温かい鍋が良いですね。鍋ではなく、鍋で煮る物ですね。
 普通鍋が良いと言いますと、それでちゃんと通じるのですね。
 面白いですね。今フト思ったのですよ。
 豚汁は豚肉を入れますが、我が家では100g位で十分です。それもピラピラ肉です。
 
       豚汁

 これで2回食べますよ。味噌は富山の瀬戸さんから送って頂く、麴が生きている物を使っています。出汁は昆布と鰹の削り節でとります。
 昆布も削り節も御徒町の「星野商店さん」から取り寄せています。卸屋ですから品物も良く安いのです。
 30年以上そこで買っています。番頭さんが何代も代わっていますよ。

       日高昆布切り

 昆布は時間のある時、お喋りをしながら切って置きます。

 今日は中国書法のお稽古でした。老師に今日は随分褒められました。褒められると矢張り嬉しいですね。
 お喋りもしますよ。
 最近中国でも高齢者が増えて来ているとは時々仰っていましたが、病院はとても混むし、医療費も高いので、出来るだけ自己管理をするようにしている人が多いと言うのですね。
 健康の基本は食事だと言うことですが、最高の病院は厨房だと言うのですね。実に良い表現だと思いました。
 そして私にお料理を作るからとても良いことですよと、また褒めて下さいました。

entry_header

一切れ180円の鯖

 昨日の昼前 アリオ柏のタカマル鮮魚店に魚を見に行きました。
 午前に行くと良いですね。色々と出ています。
 買ったものは、鱸二尾、アサリ3パックと真鯖一尾
 鱸は長女の家と一尾づつ。アサリは砂を吐かせて冷凍。

 鯖は山口県萩で水揚げされた物。見るからに良い鯖です。寒中の鯖ですよ。
 寒鯖ですね。
 大きいので片身を三切れにして煮ました。

        寒さば

 一尾1000円ですから、一切れは180円です。長女に一切れ持たせましたが、後は私の物
 夫は鯖を食べませんから、私は滅多に鯖を食べません。二人で別々の物を食べることは滅多にありませんからね。
 ですが、この鯖は絶対食べようと思って買って来ました。
 今日の夕食に一切れ食べます。 残り四切れは冷凍にしました。

entry_header

臘八粥と弥生軒のこと

 昨日は旧暦の12月8日 この日中国では「臘八粥」と言う甘いお粥を食べる習慣があります。
 夕方老師はお兄様が作られたと言うそのお粥をお持ちになって下さいました。

         臘八粥

 一口でも食べてくださいねと仰ってお帰りになりました。

 随分前 NHK文化センターで王老師がお教室で作って下さったことがあります。
 その時初めて口にしました。
 王老師は北京から材料を買って来られ、それを見せて下しました。

         臘月八粥セット

 臘の臘は中国では簡体字で月偏に昔と言う旁です。この臘八粥は息災を願って食べるのでしょうか。
 日本の七草粥は緑ですが、臘八粥は赤い色です。身体に良い物と言うことで、食べているのだと思います。
 この日から春節の準備に入ると言うことも言われています。

 今日偶然ネットで我孫子駅の駅蕎麦店の「弥生軒」の記事を見ました。
 弥生軒の唐揚げ蕎麦は有名ですが、記事は山下清さんが働いていたと言う内容です。
 話に社長が出ておりますが、先代の時 お聞きしたいことがあり、弥生軒を訪問。
 その時にこの記事に出て来る包装紙を頂きました。

 この唐揚げのことは以前にアップしております。それは此処でご覧ください。

        弁当包装紙008

           この包装紙ですね。

entry_header

元気で集まり

 マンションの中の友人とその仲間で時々集まります。
 今年の第一回は今日の集まりです。最高齢は90歳 皆さん気取らず、良い方ばかりです。
 9名で良く喋り、良く食べました。
 お仲間の一人はお料理の先生ですから、早くから来て下さり色々と作って下さいました。
 マンションは20棟ありますが、1号棟の2階にサロンがあります。
 集まりはここ数年はこのサロンで開催しております。今日は気温はそう低くなく、空は美しく晴れております。

             集まり1

 何時も眺める4階からとは少し違います。会の準備のために早く集まれる方は9時にはお見えになりました。
 料理のための道具や食材をご家族が運んで下さる方もおります。
 有難いことです。

    集まり3  集まり2

 サロンの調理室には食器は勿論ありますし、冷蔵庫や調理器具も色々とありますが、お料理の先生はたりない物をお持ちになって来て下さいました。
 先生を中心に作っていますが、お手伝いのお仲間も調理上手な方が揃っております。
 食事を始める頃、手際よく並べて下さいました。今日食べた物はこんな物です。

    集まり5  集まり8
 
 左は中華おこわと煮卵です。  右は冬瓜とエビの中華風餡かけとおこわ

    集まり6  集まり11

 左は冬瓜とエビの餡かけ  右はカモロースト・あん肝・豆腐味噌漬け

    集まり12  集まり10

      左は栗ご飯            右は葱とホタルイカ若布の酢味噌  

   集まり14  集まり16

     左は揚げ餅           右はグリーンピース粉掛け餅    

   集まり19  集まり17

     左は海老しんじょ入りお椀  右は良く冷えたイチゴ

    集まりお重  集まり4

 これは初参加の方がお持ちになったお重です。家紋は「蟹牡丹」と呼ぶそうです。
 中の物は手づくりです。参加して良かったととても喜んで下さいました。

   集まり20  集まり21

 先生作のチーズケーキとウインナ・コーヒーも出て来ました。クリームも会場で可愛いブレンダーを回し作って下さいました。

   集まり飲み物  集まり私の皿

   左は飲み物とイチゴとパンです。 右は私のお皿に取り分けたものです。
 
 イチゴは昨日高島屋に買いに行って下さった方が選んだ、スカイベリーと言う立派な物です。
 お酒もその方が調達して来て下さいました。
 色々と頂き、食べ切れませんから皆さんで持ち帰りました。
 沢山笑い、沢山お喋り。次回は桜の頃を予定しております。

entry_header

今日の昼食と雪景色

 先だって知り合いから頂いた切り餅があり、昼に焼いて食べました。
 焼いて海苔と一緒に食べるのは久しぶりです。

            磯辺焼き

 醤油とヒシオを半々にして付けたのですが、美味ししかったですね。
 このお餅は、下さった方の実家のお寺に檀家から届いたお供えを、再加工して伸し餅にしたものだそうです。
 再加工出来るなんて全く知りませんでした。
 昔はこの時期、田舎では寒餅を搗き、かき餅を作ったものです。今日妹に聞いて見ましたら、この節は搗くと言う話は聞いていないそうですし、暮れの餅つきもしなくなっているらしいです。餅メーカーの餅が何時でもありますからね。
 暮れの朝早く聞こえて来る餅つきの音 そんな風物詩は段々遠くに行ってしまいましょう。

     昨日の夕方から降り出した雪。
     今日朝にはもう降っていませんでした。

     1月23日6時45分  1月23日8時3分中央公園

 左は起床後6時45分の風景です。 右は朝食を食べる直前の中央公園と駐車場です。

     1月23日中央公園晴れ  1月23日午後4時半
 
 朝の中央公園の空は晴れています。 お天気も良く午後4時半には木立の雪はすっかり解けています。

          そして下は孫から送られて来た写真です。

               ロンちゃん1月23日

 ふと顎髭トカゲはホカロンの上におとなしく座っています。かまくらの心算でしょうか。下の孫は面白い子ですからね。
 この中に居たのは数秒らしいですが、何だか思い出の一枚になりそうです。

entry_header

おでんと雑談

 下のスーパーがなくなってからは、食材の買い物は何日分か買って来ます。
 野菜もですが、肉や豆腐、また練り物等もですね。魚は買い置きはしません。
 一昨日塩釜のおでん種を買って来ました。鍋にこれ位なら入ると思いましてね。

         塩釜おでん

 昆布は出汁を取った時のものです。賞味期限ぎりぎりのウズラの卵がありましたので入れました。
 
 今日は寒くて出かけたくありませんでした。強い寒気が押し寄せ、午後から雪が舞って来ましたが、今は積もってベランダから眺める風景は、北欧の映画で見るような感じです。
 雪に覆われた窓の灯りが軟らかく見えます。街路樹もクリスマスで使う樅の樹のようです。
 明日の朝、上の孫はバスは満員で乗れないかも知れません。歩くことになるでしょう。
 何時も親に車で駅に送って貰っていますが、長女は車は出さないと思います。

 今日の中国語のレッスンの時でした。中国の離婚の話になりましてね。中国では離婚が増えているのだそうです。
 背景は色々あるようです。家族関係の変化とか、住居の問題とか、中国の経済発展とか等も関係しているようです。
 高齢になってからの離婚も多いと言うのですね。特に女性は我慢は嫌だと言うことのようです。
 離婚した場合 生活はどうなるのかしらとお聞きしましたら、中国では結婚後もお互い働くのが当たり前。
 そして年金も貰うことが出来るので、離婚をしても食べる位は出来るし、年金も僅かながらも増えて来ているそうです。
 結婚生活の中で、悶々と過ごすのは一番良くないので、離婚を選びすっきりと生きて行くのも選択肢の一つだと言うことのようのですね。
 老師の友人にも離婚している方が多いそうです。
 ですが高齢になった時の問題はどうするのでしょうかね。老化は誰にもやって来ますからね。

 離婚せずに平穏に過ごせれば幸せと考えるべきですね。

entry_header

何時ものお喋り

 生田先生とのお喋りは何十回もしておりますが、毎回新しい話題で楽しんで来ます。
 今日もそうでした。
 律儀な先生は迎えに来て下さり、また送って来て下さいました。ドアも必ず開けて下さいます。
 
 歩いて行けば行ける所ですが、大変でしょうと仰って送迎付きです。
 学生として初めて私の前にお見えになって53年。真面目さは変わりません。先日放送された倉田さん同様良い方です。
 明大での講師時代のゼミ生の集まりを毎年開催されているそうですが、懇親会の前に必ずレクチャーをなさるそうです。
 その原稿作りにはとてもエネルギーを注いでいるようです。その席ではその講義のプリントを参加者が少しづつ読むのだそうです。読むと理解が高まると言うことで、それを実行なさっているそうです。卒業生も真面目ですね。
 毎年のように大学にゼミOBとして寄付をされているのです。

 今日の話題で面白かったことの一つはアメリカにおける女性の離婚の話で、実態は知りませんでした。
 離婚を重ねると資産と言いますか、経済的に豊かになると言うことで、その歴史的背景は米国の成り立ちに関係すると言うのですね。アメリカのウーマンリブの話は意外な感じでお聞きしました。
 
 現在の世界の動きの一つ 中國の一帯一路を交通論の立場で解説して下さいました。
 交通論は経済を勉強するには絶対必要なことで、そのことを抜きで論じる学者もいると仰っていました。
 交通論のことからアメリカの南北戦争で、何故北軍が勝てたかと言う話も出て成程と理解出来ましたね。
 
 今の経済事情ですが、日本は非常に豊かになっては来ているそうですが、未だ未だ問題は多いと言うのですね。
 政党のこともでましたよ。小泉政権時代の話から始まりますから、そうでしたねとお聞きしました。

 私は相変わらず。身辺のことを報告のようなことですね。質問専門ですよ。

 今日は良いお天気でした。中央公園も冬枯れそのものですが、すっきりとしています。

         1月21日中央公園

 スマホで写した先だっての倉田さんの画像をお見せしました。懐かしく昔の方々のことも話しました。
 祖父江孝男先生のことや、山田雄一先生のこと等、懐かしかったですね。

entry_header

朝食とアクシデント

 在庫処分のような朝食の画像 朝食は食事の内で一番キチンとしております。
 バランスも考えますが、タンパク質を必ず食べます。
 味噌汁にも豆腐を入れることが多いですね。味噌も大豆を使いますから植物性蛋白質ですね。

     朝食1月17日  朝食1月18日

      左は1月17日のです。     右は1月18日のです。

     朝食1月19日  朝食1月20日

      左は1月19日のです。      右は1月20日のです。

 先週の金曜日 12日ですね。朝食も済み、一頻りニュースを見たり、新聞に目を通したりしました。
 それから夫のパジャマのズボンの直しに取り掛かりました。
 先だってパジャマを買って来たのですが、前が開いていないと言うのです。私は買う時に全く気にも掛けずに買って来たのですね。
 夫はとても不便だと言うので、前を空けるように縫い糸をほどき、ほどいた縫い代をかがり始めました。
 縫い代は5mmしかありません。それをほどけないように、三つ折りにして細かくかがりました。
 かがり終わる頃、何となく眩暈らしき感じになって来ました。
 立ち上がるとふらつく感じがします。
 「何だかおかしいわ。眩暈の薬を飲むわ」と薬を飲みましたが、どうも何時もの頭位変換性眩暈と違うのです。
 座っていましたが、昼食に何か食べなければと、冷蔵庫の中の物を取りだしました。何となくふらつきます。
 その時、小鉢が手から落ちて仕舞ったのです。それを拾うおうとしたところ、身体が大きく揺れて倒れて仕舞ったのです。
 「どうしよう。変よ。変よ。」と言葉は出ますが起き上がれません。
 夫は「救急車を呼ぼうか」と言うのです。 「分からない。あかねを呼んで」と言うのがやっとです。
 二女が駆けつけて来ました。
 「どうしたの?」と聞きます。「パジャヤマの前を開けるので、縫っていたの。そしたら眩暈がして来たの」 
 二女は「それだ。細かい物を長く見ていると眩暈がするよ」と言うのです。
 それでも心配して脈を見たり声を掛けて呉れます。
 暫くして二女と夫に支えられてベットに横になりました。
 段々眩暈は収まって来ました。昼食はパス。その後3時間程眠りました。
 夕方には眩暈は収まりブログもアップしました。

 突然倒れるなんて生まれて初めて経験しました。もう細かいことに長く熱中しては駄目ですね。

 二女の話に因りますと、最近ズボンを下げて用を足す男性が多いのだそうです。
 若い奥さまの中には床の汚れが嫌だと、腰かけて用を足すようにと夫に促す人もいるそうです。
 と言うことで前開きのないズボンは当たり前のようです。夫も私も思いもしませんでした。

 PS 
 夫のズボンの裾が折られているのを発見。「どうしたの」と聞きましたら、「ズボンの上をきつく締めると苦しので、緩くするとズボンは長くなるのでね」と言うのです。そこで「じゃ直しましょうか」と言いましたら「いや~ダメダメまた眩暈が起きると大変だから直さなくていいよ」と言いますので、そのままにしてあります。

entry_header

ちらし鮨と雑談

 昨日は長女に大車輪で片付けをして貰いました。
 老人二人はよたよたと動いておりますから、何かやるにしても一向に先へと進みません。
 午前と午後にわたり一応整理も何とか済みました。
 昼食は夫が食べに連れて行って呉れました。行き先は夫の好きな蕎麦を食べられる「はな膳」にしました。

 夫は何時のも通り海老天せいろ
 長女と私は安くて何とか良い物をと品書きを何度も繰り返し見ておりました。
 夫がそれにしたらと言って呉れたのが「ちらし鮨」でした。高いのでチョッと考えたのですが、前日の夜見たテレビのことを思い出し、エイとばかりに決めました。娘もじゃ私もそれにと決めました。

         はな膳ちらし

 17日の午後9時から10時半までBSプレミアムで「究極のすし~職人・藤本繁蔵の世界」を見たのですね。

 その話をしながら食べました。目の前にある鮨を見ながらですから夫も説明をしたり、感想を述べたりしました。
 こう言う食事は楽しいですね。
 娘は録画はしてあるけれど、未だ見てないと言うのですね。
 とても見応えある内容でした。
 早川光さんと言う方の「ブログ」にテレビで見たちらし鮨が載っています。
 唯それは実際に大佛次郎氏へ作ったもではなく、再現したものです。それにしましても豪華です。

entry_header

玉ねぎの卵とじと昔話

 煮物は毎日と思っていますが、偶に何だかまごつき時間が過ぎて行きます。
 そう言う時には卵とじが良いですね。鶏卵も食べられますし、中身も煮物代わりになりますしね。
 と言ったことで玉ねぎの卵とじは良く作ります。皮を剥いた茄子も良いですよ。

       玉ねぎ卵とじ

 アヒージョ鍋を使いますと丁度卵2個を回しかけることが出来ます。
 これは朝と夕食とで2回は食べますよ。

 暮れから正月にかけて相撲のことでテレビは持ちきりでしたね。今もですがね。
 昔 双羽黒と言う若くして横綱になった力士がおりました。
 
 私の友人が両国の同愛記念病院に入院しました。そこは相撲界の方々が良く利用する所らしいです。
 友人のお見舞いに行きましたら、小錦が短パンで自転車を持ち建物の横で誰かと話しております。
 自転車って凄いなっと思ったことですよ。あの巨体が乗るんでしょうからね。
 
 友人は何階だったか忘れましたが、個室に寝ておりました。
 奥様が付き添っていまして、私が行きましたら直ぐに仰るのです。
 
 「一部屋置いてそこに双羽黒が入院しているのですよ。もうわがままで酷いの。お風呂も今日は女性の日だからと言っても入れろと言って困らせているのよ」と言いました。
 そしましたらその双羽黒 大きな声で人を呼んでいるのです。
 その階のロビーのような所から、相撲部屋の者らしき若い男性が双羽黒の部屋に走って行くのです。
 「ね!こうなんですよ」と奥さまは仰っていました。

 双羽黒の横綱土俵入りの化粧回しは実に見事なブルーを基調とした素晴らしいものでした。
 その時、良いスポンサーがいるのだなと感じたことを思い出しますよ。

entry_header

今日の昼食と阪神・淡路大震災

 下のスーパーがなくなって見ますと、矢張り不便さを感じますね。
 買い物序に少しストック物を買って来ます。
 今日はラーメンにしました。
 
        焼き豚ラーメン

 最近ラーメンの麺が少なくなっているような気がしていました。ところが同じものですが、一食増量しましたと書いてありましたので、買って来ました。
 3食分を二人では私には多かったですね。次回は2食半茹でれば良いような気がしています。

 阪神・淡路大震災から今日で丸23年が経ちました。
 あの日夫がゴルフに行くので早く起きていました。夫は既に家を出ておりました。
 テレビで地震を知らされましたが、最初はさほど大きな災害とは思えないような情報でした。
 時間が経つうちに凄まじい様子が伝わって来ます。火災も起き、多くの方々が犠牲になりました。
 
 然し震災後の復興ぶりは驚くばかりでした。

 2010年9月25日 神戸に行きました時、全くそれらしき跡かたは感じませんでした。

        2010年9月25日神戸

 震災後 暫く経ったある時、私は青島時代のクラスメートから電話を頂きました。
 小学校5年の秋に分かれて来た方です。
 彼女の家は我が家の前を通り学校より遠くなる所でした。
 毎朝私は彼女が来るのを待ち、一緒に登校していたのです。
 青島の仲間の会のお手伝いをしておりましたので、彼女が西宮に住んでいることは知っておりました。
 ですが一度もお会いすることもなく、また交流もしておりませんでした。

 「相子さん 私は地震で被災し、今仮設住宅に住んでいます。歩くことも出来ず、寝た切りなんです。あなたに会いたくて電話をしたのです。もうそう長く生きられないと思っています。青島の話をしたいのです」と弱々しい声で話しました。
 私は何と言って良いのか言葉に詰まってしまい、受け答えにならにような応対をして仕舞いました。
 
 その時、仕事を止めていましたから、行けた筈なんです。それなのに行くかず仕舞いになって仕舞いました。
 電話を頂いた後、ご主人さまからご逝去の知らせを頂きました。
 毎年この時期は勿論、時々あの電話に応えなかった私は慚愧の念にかられるのです。
 彼女は青島時代のことを誰かと話し合いたかったのでしょう。心情を察しますと自然に涙が滲んで来ます。

entry_header

大根の黒酢漬け

 老師のお薦めで干し大根の黒酢漬けを作って食べています。
 黒酢は山西老陳酢を使いそれに蜂蜜を混ぜています。
 
       黒酢漬け大根

 これは美味しいことは美味しいのですが、干しが足りないような気がしました。
 干しが足りないと大根が水っぽく、美味しさに欠けます。
 
 市販の切干大根でも良いのかもとも思いましたが、細切りより花びらのように形がある方が良さそうな気がしております。
 昔はハリハリ漬け用といって、売られていた干し大根は見かけません。
 そこで自分で干すことにしました。

       大根干し
 
 もう少し小さく切った方が良かったように思っております。

entry_header

老師の話とステーキ

 月曜日は中国語のレッスンです。最近お母様の介護も大変らしく感じます。
 スマホで写した中央公園の写真をお見せしました。
 ベランダが良く分かります。
 話題は所謂世間話に近いですよ。北京や中国のことですね。

 高齢者の医療問題は大変なようです。で中国でも老人の健康への関心は高く、食生活のこともネットでも色々と出ているそうです。
 老人の食事は野菜だけではダメ。肉や魚それに鶏卵を食べるようにと言うことも良く聞くようです。筋肉が必要だと言うのですね。
 筋肉がないと転び易くなり、長寿が出来ないと言うのですね。
 
 実際に高齢者が自分の食事を紹介している例も多く、今日の中でチョッと驚いた例ですが、ある70歳位の方ですね。
 毎日肉を自分の手のひら位の大きさで、厚みが2cm程のものを一枚。それに同じくらいの魚を食べ、更に鶏卵を一日3個だと言うのです。
 この量が食べられると言う方は都会に住む富裕層の方ではないでしょうかね。

 今日の昼過ぎ長女とアリオ柏に買い物に行きました。長女は昼食を食べていなく、何かちょと食べたいと言いアリオの3階にフードコートがあると言うのですね。
 「お婆さん 見たいでしょ」と私に言います。そりゃ見たいですよ。知りたがり屋ですからね。
 
 大体何時もタカマル鮮魚店に興味があって行っていますからね。フードコートに行って見ましたら色々なお店がありました。
 ステーキのお店がありました。「ね~いきなりステーキって最近聞く言葉だわね。食べて見たら」と娘に言いました。
 「お婆さんも食べる?」「食べないわよ。でも試食して見たいわ」となってそこでステーキを食べることになりました。

             ステーキ1

 長女は食べたことがあるらしく、300gのがどうとか言って頼んでいました。

    ステーキ2  ステーキ3

 出来上ったステーキは自分の席でカットする方式なんですね。焼き具合は自分で決めるのですね。
 私はこの切ったステーキの一切れ半を食べました。
 老人には、いや私には硬いですね。ステーキも美味しいですが、ペラペラ肉の方が食べ易いです。

entry_header

ニシン蕎麦

 暮れの内に買い置きしてあったニシンの甘露煮?らしき物
 今日の昼はそれを使ってニシン蕎麦にしました。

      ニシン蕎麦

 袋から出してみましたら、大きくて蕎麦用のどんぶりでは縁からはみ出そうです。
 仕方なくラーメン用のどんぶりを使いました。

entry_header

ヒシオの仕込みと入れ歯のこと

 ヒシオは毎日3食ごとに僅かずつでも食べております。
 今回は昆布を入れて旨味を更に増そうと思っております。
 
     ヒシオ2日目

 これは昨日仕込んだ物です。冬だと言うのに部屋の中が暖房で温かいからでしょうね。
 発酵が早く進みそうです。二週間後に完成する予定です。

 食事の時に入れ歯の上に何かしら溜まります。家で食事をする時には直ぐに外して洗うことが出来ますから良いのですが、出先で誰かと食事をしますと、直ぐに綺麗に出来ません。
 何となく奥歯に物が挟まったような感じになるのですね。奥歯に挟まった物言いではなく、本当に気になるのですね。
 先日の旅行の時 孫が「ばーば 何か食べているような感じだけれど、何か食べている?」と聞きます。
 良く入れ歯を外したまま話すこともありますから、不自然に聞こえたのかも知れません。
 そこで外して、そっとティッシュペーパーに包みポケットに入れたような気がしているのです。
 それが帰宅してから外したままだと気が付いたのです。
 探しましたよ。持って行ったバック。ポケットなど。でもないのです。
 もう諦めて昨日は2階の歯医者さんに行きました。

 「先生!入れ歯失くしたんですが、作って下さいますか」
 「どうしたの。でも直ぐには出来ないよ」
 「旅先で失くしたのです。出来る時で良いですから、お願いします」
 それでも直ぐに型を取って下さいました。先生は技工をご自分でなさるのです。
 微かなことでも調整して下さるので、私は頼っています。そして保険で作って下さるのですよ。
 
 長女曰く「楽しかったから良いじゃない」です。

entry_header

楽しみました 3

 9日の夜は強風が止まず、10日の朝が来ても風が未だ収まっておりません。
 ホテルの大浴場からは富士山が見える筈ですが、流石にこの朝は富士山も三浦半島も見えません。
 一人占めのような大浴場でゆっくりと東京湾入り口を眺めながら、昔のこと等思い浮かべていました。
 浴室を出て来たところにヤクルトがサービスで置かれています。私は一本持ち部屋に戻りました。
 
 窓は吹きつけられたような塩らしい汚れが全面に覆っておりました。
 起きて来た孫に写真を一枚撮って貰いました。窓を少し開けて父親が風よけに着物を孫の胸に掛けてやっておりました。

        ホテル朝

 左側遠くに見える低い山のような先端が館山市と南房総市の境になります。館山は南房総市に囲まれているような所です。

 朝食は昨夜と同じ場所です。席は自由。ビュッフェ形式です。和・洋・中華と言って良いでしょう。
 娘たちが持って行って上げようかと言いましたが、カートがあり、それを使って自分の食べたい物を運んで来ました。

        ホテル朝食

 これは良いですね。初めてです。若い時にはお盆を持つのも別に何とも感じることはなかったですね。
 それが片手にお盆を持ち、お料理を取り移動するなんてとても無理です。部屋が広いから出来るのでしょうが、よそでもあると良いですね。
 この他に自分で焼くワッフルを半分食べました。若い3人は良く食べますよ。

 10:30にチェックアウト これから南房総市に行きます。あの小山のような場所はヘヤピンカーブになっています。
 地元の人は布良鼻(メラッパナ)と呼びます。布良は昔富崎村布良と言われた地域です。
 戦中から戦後にかけて富崎村は千葉県で一番の人口稠密な地域でした。

 運転は此処を慣れている長女がハンドルを握ります。布良鼻を回って行くと根本海岸になり、車から見える海の荒々しさ。南西の風が未だ強く吹いています。人は全く歩いておりません。
 大島は見えますが、何時もより姿が綺麗ではありません。沖をタンカーが航行しています。
 別荘らしき建物は増えています。やがて直ぐ下の妹の家に着きました。一人住まいですが、部落にお店がなく不便な生活をしております。
 妹の家を後に、弟の所に回りました。日の当たる窓辺に座り、町のあれこれを聞き、近くの干物屋で買い物。

 そこから館山に行き、渚の駅たてやま そこで博物館を見学。渚の駅の二階の展望レストトランで昼食。
 視界が広く、鏡ケ浦を眺めながらゆっくりと過ごし、最後の目的 「木村ピーナッツ」でソフトクリームを食べ、好きな手剥きピーナッツを買うことが出来ました。


        ホテル朝後ソフト

 孫は館山に来るたびにこのソフトくりームを食べるのを楽しみにしております。

 この店の近くから東京方面に向かう道に直ぐ入れます。孫はソフトクリームが食べられたし、私は妹や弟にも会えた良い旅となりました。

entry_header

楽しみました 2

 長女家族と一緒ですと、何かと気遣いして呉れますし、気楽な時間となります。
 9日の午前1040分頃出発。
 行き先は千葉県館山市の一番南になるような場所にある「千里の風」という宿です。
 昔はいこいの村館山と言っていたと思いますが、県営から民営に変わり、すっかり綺麗な宿へとなっています。
 孫の好きな宿ですし、私も馴染みのある土地ですから、迷わずそこに行くことにしました。

 家を出て国道16号で南へと行きます。穴川から高速道路に乗り走ります。お天気は晴れてはいましたが、物凄い西風。
 車が揺れます。私は初め道路が悪いのかと思った位車が揺れるのです。
 途中市原のサービスエリアで10分程休憩。
 そこから南へと更に進み、保田で一般道路に降りて昼食をとりました。
 何回か寄った「番屋」です。車から降りると風で身体が揺れます。波は荒く沖のしぶきが寄せて来るような感じがします。
 中にいる人は予想より少なく、待つことなく直ぐに席に付けました。
 新鮮な魚を使っている料理は種類が多く迷います。ようやく決まって頼みました。

     番屋1  番屋2

     番屋3  番屋4

 どれも美味しかったですが、右下の鯵のナメロウは特に美味しく食べました。長女と孫はビールを飲みご機嫌です。
 
 番屋から運転は長女から婿殿に変わりました。
 房総の道を海岸添いに走るのですが、海は風に押されて荒れて沖から岸へと押し寄せて来ます。飛沫は泡立ち映像を見ているような感じです。それでも高速よりは風当たりは弱くなっていました。
 館山に入り、甥の所に寄り、そこから南へと走り、義弟の家に到着。普段千葉に居る妹も来ており、義弟は久しぶりですから楽し気にしておりました。
 そこを辞して宿に向かいました。
 日も暮れ、宿にほぼ予定通りに到着。ところが風はむしろ酷くなり、車から降りましたら身体が自然に前へと押されます。
 宿も横の入り口から入ることになっておりました。それでも風が一緒に入って来ます。冬の房州は西風が吹きますが、こんな強い風は滅多にありません。
 
 直ぐにチェックイン。部屋は広く前より何となく設備も良くなっているようです。

              夕食は6時半から。

             ホテル夕食

 魚が一杯です。これだけではありませんよ。お決まりのお料理と他に自由に好きなように持って来て食べることが出来ます。
 夫と私は座ったまま。3人が好きそうな物を選んで運んで来て呉れます。
 夫と婿殿はアルコールは飲みません。女3人でワインを一本
 
 夜が更けて来ました。部屋に戻りゆっくり時間を過ごしました。風は収まらず吹き荒れています。

             ホテル夜景

 夜中にも風が窓を叩く強い音が聞こえてきました。それでも眠りは深かったのでしょう。良く眠ることが出来ました。

entry_header

楽しみました 1

 昨日朝出発 房総半島南部に出掛けて来ました。
 今日の最後は館山にある“渚の駅”たてやま渚の博物館を見学。
 またその一階にある「お魚君の展示室」も見学して来ました。

         お魚君

 長女家族3人が休暇が取れたので、夫と5人の旅となりました。

entry_header

柚子味噌を使った一品

 長女が娘と浅草・上野と一昨日歩き回て来たのですが、どこも混んでいて入りたい店に入れなかったそうです。
 何とか入れた「上野のエビスバー」 そこで食べた物。
 どう見ても家で使っている「柚子味噌」がベースになっているような味だと言うのですね。
 そこで長女にどういう物かを聞き、作って見ました。

         クリームチーズとクラッカー

 柚子味噌にマヨネーズと練り山葵を入れて混ぜます。それをクリームチーズの回りに掛けてクラッカーに載せただけ。
 美味しかったです。何時も言う通り美味しかったです。

 今日は出掛けますのでコメント返事は明日させて頂きます。

entry_header

良い頂き物

 老師の北京に住むお兄様やお姉様、福岡に住むお兄様と交代でお母様の介護の手伝いにお見えになります。
 今日は北京のお姉さまからのプレゼントと福岡のお兄様からのプレゼントを頂きました。
 お兄様は老師と同じく書をお書きになります。とても上手で驚かされました。
 そのお兄様が使っていると言う水で書く道具を私にも良いのではと、北京で求め持って来て下さったのです。

       早速老師に書いて頂きました。

    水筆1  水筆2

 老師と向かい合っていますから、筆の動きも良く分かります。
 お兄様が下さったのは2枚です。字の大きさに合わせて使えます。
 老師は日本では見たことがないと仰るのですが、日本でも昔からありましたよ。私の子どもの頃でもありましたので、説明をしました。
 中国では紙が高いので、学校ではこれを使っているそうです。
 
 この紙は第五宝と言われているようです。所謂従来の文房四宝にこれが加わってと言うことのようです。
 老師は簡単に直ぐに書けますから是非毎日書いて下さいと言うことのようです。
 そしてレッスンのときには半紙に書いたものを見せて下さいと。そう言うことですね。
 
 字の大きさは線引きの大きさをみて、小さくも大きくも書けますよと説明をなさり、大きな字を書いて見せて下さいました。

             水筆3

            筆も専用にと一本頂きました。

 何時も泥縄で書いている私 これでは怠けられなくなりますね。

entry_header

焼酎と雑談

 焼酎を頂きました。生まれて初めてです。下の酒屋にも色々な焼酎が並んでいます。
 時々眺めるのですが、色々とあるものですね。壜もガラスだったり陶器だったり。
 大きなポリタンクのような物もあるのですね。
 大きなポリタンクのような焼酎を買って帰る方を見たことがないのですが、売れているから置いてあるのでしょうね。
 その大きな入れ物の焼酎。一体どれ位の量を何日位で飲めばカラになるのでしょうね。
 コップに注ぐとき力持ちでないとどうするのでしょうね。

         紅乙女

 この「紅乙女」と言う焼酎は九州久留米の物なんですね。
 焼酎って直ぐに鹿児島かしらと思って仕舞うのです。何となくそう言うイメージがあるのです。
 焼酎は日本各地にもあるのですね。頂いてから酒屋で良くラベルを見ましたら、材料も色々とあると分かりました。
 昔クラスの飲み会は西銀座の薩摩という店で毎月ありました。肴は宛がい扶持。飲み物は自由。会費は3000円。
 鹿児島出身の彼が鍋奉行。思い出しますよ。店は随分前に閉店。彼とはもう会えません。
 飲み会の時 彼らが焼酎に梅干しを入れて飲むのですね。それで梅干しを入れると飲み易くなるのかしらと思っていました。
 何か意味があるのでしょうね。夫は飲みませんから分からないと思いますよ。

 最近焼酎は清酒より身体に良いと聞いておりましたから、丁度飲みたい気分になっていたと言うことですね。
 有難く頂きました。
 下さった方がお湯割りが良いですよと仰ったので、夕べお湯割りにして飲んで見ました。
 想像していたような匂いもありません。さらっとしていて飲み易くほ~と言った気分で頂きました。

 新しいことを知ったと言うこと。知りたがり屋の私。
 初経験で何だか良い気分ですよ。今夜も飲みます。
 
 そうそう今日の大学ラグビー決勝戦 明大=帝京大
 もう見ていて何だか身体が強張った感じになりましたよ。
 ラグビー場を家のベランダから眺められる友人。終了後すぐに電話を入れて来ました。
 「凄い人でしょ。午前11時頃から並んでいるのよ。負けたけれど相子さん良かったわね。褒められていたじゃないの」
 それから知り合いのお子さんが高校でラグビーをやっているので、親が試合のある時は必ず応援に行くと言うことや、選手の親は大変だとか、お喋りが続きましたよ。
 駅の周辺は混むので、今日は買い物に行くのを止めたそうなんです。

entry_header

テレビでお会いするとは

 昨夜 NHKBSプレミアム「美の壺スペシャル」を見ていました。
 明治150年 文明開化がテーマの中心で日本の伝統工芸や様々な見事な物が紹介されていました。
 日本家屋にガラス窓が使われた和洋風の家の紹介に合わせて、ガラス工芸の紹介が始まりました。
 私は咄嗟にこれは倉田さんの工場だわと思って見ておりました。
 そしましたら倉田さんがガラスの説明をなさるので大きく写ったのです。

            倉田さん

 倉田善弘さんは1966年に明治大学経営学部を卒業 以来「上越クリスタル硝子」の家業に励んで来ました。
 学生時代 学生相談研究会(カウンセリング研究会)の幹事長として私の勤務する学生相談室の行事に協力して頂きました。
 真面目だと言うことは勿論ですが、人柄も良く、私はとても信頼しておりました。
 時々お会いする生田保夫先生は倉田さんの1年後輩の部員です。

 2009年5月20日 明大校友会我孫子地域支部で谷川岳に行く途中、倉田さんの会社を訪問しました。
 倉田さんは沼田地域支部の方々に声を掛けて下さり、支部同士で昼食を摂りながら歓談をしました。
 その時に見学した工場の様子や吹きガラスの行程も思い出しております。

    倉田さん2  倉田さん3

 倉田さんとは随分お会いしておりませんが、何回か会社を訪問し、お目に掛かっております。
 上の孫が小学生の時 夏の宿題にガラスを取り上げることになり、連れて行き孫は吹きガラスに挑戦しました。

             倉田さん4

 吹きガラスは丁寧に息を静かに吹きます。工場の方が優しく手を取り教えて下さいます。
 その後孫の友達家族と一緒に行きました。その時は地ビールも美味しく頂いて来ました。
 またオパールネットワークの「佐橋慶女さん」をご案内したこともあります。佐橋さんも吹きガラスに挑戦しました。

 随分昔 二女が小さい時。倉田さんのお宅にまとまった数の物が欲しくて行きました。
 ご両親はお留守で、おばさまが手打ちそばで歓待して下さいました。
 その時 二女が茹で卵が好きだと言いましたら、おばさまが茹で卵を何個も茹でてくださったことも思い出になっております。

 個人的にも良くして頂きましたが、私が倉田さんを尊敬していることは経営者としての姿勢です。
 景気が低迷している時、リストラで失業する方もおりましたね。
 その時 倉田さんはシフト制にして、誰をも辞めさせず乗り切ったのです。

 私が長女と孫、そしてその友人と一緒に行きました時 食堂が混雑して来ましたら、倉田さんはエプロンを掛けてさっさと動き回っているのです。
 昨日は番組も良かったですが、倉田さんにお目に掛かれて良かったです。

entry_header

煮物2点と雑談

 同じ材料で作った 大根・揚げ・すき昆布の煮物
 さっぱりとしていますが、薄味で美味しく食べました。
 何時も美味しいと言いますね。
 偶に不味く出来たものは自分も無視。ですから美味しいと言うのですね。

     すき昆布・大根・揚げ煮もの  大根・揚げ・すき昆布

 切り方が違うだけです。味は同じと言って良いでしょう。

 今日突然スマホがけたたましい音が流れ、「地震が発生しました」と言うのビックリしたのですね。
 こりゃ大変 でも変?直ぐにテレビを付けましたら、茨城県南部を震源とする地震でした。
 全く体感はなかったのですね。この辺は震度3でした。

 友人から電話がありました。心配して下さったのです。
 スマホにしてから可成り年数が経ちました。今3台目です。
 この警報は初めてでした。
 これで警報を受けることが出来ると言うことが分かりました。

 今日は1905年 日露戦争の時の「水師営の会見」が行われた日だそうです。
 赤字をクリックして頂きますと水師営の歌がお聞きになれます。
 この会見で日本とロシヤの旅順攻防戦の停戦条約が締結されたのですね。
 日露戦争は終わったのではなく、未だ続くのです。
 
 2009年9月 水師営会見所に行きました。「テレビドラマ坂の上の雲」が放映されると知ったので、出掛けたのです。
 
 水師営会見所は1996年に復元されたものだそうです。建物の中に良く知られている写真が掛けられております。

      水師営会見所  水師営会見

 司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」が刊行された時、その頃人々から乃木さんは随分駄目将軍扱いを受けていました。
 実態はどうなんでしょう。ネットで見ますと実に立派な将軍だと評価しているものもあります。

entry_header

仕事始めらしく

 今日は元旦から続いている晴天です。
 日の当たるところは暖かく感じますが、吹く風は冷たく矢張り冬だな~と思って過ごしました。
 昨日までのテレビ。立派な方々でも何だかはしゃぐのですね。
 今日は穏やかに過ごしました。
 
       1月4日中央公園

 老人は穏やか良いですね。物日も良い面もありますが、普段と余り変わらないのが良いですよ。
 今日は朝食も普段通り。

 昼前 突然友人から連絡がありました。「郵便局の横で野菜の販売をしていますよ~。是非お越しくださ~い」と言うのです。
 友人がその野菜の生産者のお手伝いをしていることは知っておりましたので、直ぐに駆けつけました。
 彼女の仕事始めでしょう。

       1月4日レタス1

 丁度そこに並んでいた皆さん顔見知りの方です。何かと言えば応援に駆け付ける方々です。
 この野菜は今朝収穫したものですよ。

       1月4日レタス2

 マンションの一階で生産されている野菜です。その場所から20mほど離れた所が郵便局です。
 野菜は毎週木曜日に2階で販売されるのですが、今日4日(木)は販売されないと言うことでしたから、不思議に思いました。
 お手伝いの方がたは今日も収穫の仕事に行かれたのでしょう。出荷予定より余ったようで、勿体ないからと声を掛けて分けて下さったのです。

       1月4日レタスパンフ

 上のパンフレットに書かれているように、非常にキチンと管理されている野菜です。

 二階で販売され時には袋に入れられています。ですから洗わず直ぐに食べられるのです。
 私は気に入って毎日のように食卓に載せています。

entry_header

今日のお昼と年賀状のこと

 お正月は練り物や煮物などが多く、油っ気が欲しくなります。
 で今日の昼はチャーハンにしました。

       卵・レタスチャーハン

 お医者さまに毎日卵を一個食べなさいと言われておりますが、この正月は伊達巻も厚焼きもありません。
 そこで卵チャーハンですね。買い置きの焼き豚を入れて、レタスも入れ、シンプルです。
 旨味調味料は入れません。鶏油で炒めますから、美味しく出来ます。

 年賀状は今年は200枚余り出していますが、ほぼ同数を頂きました。
 初めて年賀状らしきものを書いたのは何時だったか覚えておりません。芋版で作ったのが初めてですね。
 気が付きましたら、何十枚も書いておりました。
 年賀状を印刷するようになったのは何時からだったか。
 プリントゴッコと言うのが流行り出した頃、用具を買って来て自分で摺った時は200枚位だったような記憶があります。
 夕食後子どもが寝てから摺り始め、重ならないように部屋一杯に並べます。あて名は手書き。毛筆でしたね。
 それから印刷業者に頼むようになりました。その頃は夫の分もふくめて500枚程になっていました。
 まだその頃も自分の分は毛筆で書いておりました。
 それから月日が経ち、あて名も印刷する時代になって来ました。
 多くの方があて名も印刷へと移っています。
 仕事を止めてから枚数は徐々に減って来ました。パソコンの普及で手書きのあて名を見ることが減って来ました。
 「あて名を見れば誰からかが直ぐ分かるのにね」と何となく文句を時々言っておりました。
 それがそれが自分も印刷をするようになっていたのです。
 いささか自分の言葉に後ろめたさを感じ、昨年から手書き。今年は毛筆でしたためました。
 手書きで書き始めましたら、驚いたことに色々な方の住所の一部を忘れていたことに気が付いたのです.。
 住まいとその人 書きながら思い出が一気に浮かんで来ました。

entry_header

一緒に

 夫がスクワットをすると言い出したのです。
 最近歩行も自信がなくなって来ているようですし、立ち上がるのに苦労をしているようです。
 特に起床後の下着を身につけるのに時間が掛かり、何とかしなければと思ったようです。
 
 私は買った本でスクワットを初めていたのですが、チョッと腰を捻って痛めていました。最近ようやく治り最初から始めようと思っていたところだったのです。
 そこで一緒にすることにしました。正月2日 良いじゃないですか。
 書初めは気分だけでスクワットを一緒に始めました。

        スクワット本

 疑問に思ってばかりではいけませんから、とに角初めることにしました。
 今日が第一日 二人でやれば続くでしょう。それと此処で記せばやらなければなりませんよね。
 頑張って見ます。

side menu

side_header

プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

MATERIAL

【背景、記事テーブル素材】
レースの壁紙
レースの壁紙 様

【素材の加工】
FC2blogの着せ替えブログ

Powered By FC2 blog