2018-04

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懐かしい学校 その5

 中國青島で過ごした期間は人生の中で見れば数年にしか過ぎません。
 ですがそこで過ごしたことがどれ程私の心を豊かにして呉れたことか。計り知れない程の思いを持ち続けています。
 その数年 学んだ青島第一日本小学校のことは「その4」でも記していますが、何と言いましても教育水準の高さだったと思っております。
 例えば決まった授業だけではなく、今で言えば課外授業や特別な指導ですね。
 それも特別な費用は要らなかったように記憶しております。
 私は理科が好きで、毎年昆虫採集に出掛け、標本を作っておりました。
 理科室には実験用具が所狭しと並んでおります。
 そこで先生の指導で展翅板に蝶を並べて綺麗にします。
 また海浜公園にあった博物館で夜の月の観測に出かけたりし、望遠鏡を覗く面白さも覚えました。

      青島第一観察池

 これは校内に作られた花壇と観察池を前にした先生方と関係者?でしょうね。
 私はこの花壇のバラの写生や観察池の蓮の花の写生に夢中でした。
 
 図画の授業は、写生が多く、学校に備え付けられていた画板を首に掛けてアカシヤと赤い屋根の写生をしたものです。
 先生はそれぞれ得意科目があったのでしょうか。
 中村忠之校長先生は九州全域の師範の付属小学校の先生をスカウトして来たと仰ったのを直接お聞きしております。

 戦後引き揚げて来た先生方の多くは高校の管理職や大学の教師になられたり、名誉市民となられたような活動をされた先生もおります。
 粒よりの先生方でしたね。

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鶏卵と雑談

 立派な鶏卵を頂きました。鶏舎まで行かれて手に入れてると言う物です。
 余りの大きさに驚きました。

     大きな卵1  大きな卵2

 左の10個が頂いた物です。右の白いのは、私が普段買うLサイズの物です。
 大きなこの鶏卵は手に持つと重さが普通の倍くらいな感触です。今までに見た物では一番大きな鶏卵です。
 
 鶏卵は毎日一個は食べるようにと受診の時に先生から転ばないようにと一緒にアドバイスがあります。
 は~いと明るくお聞きしていますが、心の中では「先生!あの~蛋白質って言って頂いても良いのですが」と呟いています。
 そして矢張り卵と言うのが一番分かり易く良いからか~と納得しています。

 昔々 卵は貴重品でした。前にも書きましたが、田舎では誰かが入院したとしますね。
 するとお見舞いには何と言いましても鶏卵なんです。
 家々で鶏を飼っていますから、それを持って見舞いに行くのです。贈答品にも使いますから溜めて置くのです。
 冷蔵庫なんてありませんから、入院すると頂いた鶏卵を家族は家に持ち帰ります。卵大尽になりますよ。

 今は賞味期限も記されていますから、買った鶏卵も順に食べる訳ですね。
 昔は自分で判断して食べるのですね。
 それは鶏卵に限らず、全て経験で判断します。
 親や大人はそれを子どもに教えるのです。
 
 聞くところによりますと、自分で見て嗅いで判断すると言うことがないために、腐敗を知らずに食べて仕舞ったとか。
 おかしな現象ですが、何か変なことが色々と出て来ました。

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筍の炊き込み

 地元の食品を並べている産直店舗が何軒かあります。
 今年は筍が豊作だとか。
 このところ良く買って来ます。煮物も勿論ですが、炊き込みご飯も何回か炊きました。
 今回は小さな蒸し帆立と実山椒を入れて炊きました。

     筍・ホタテ・実山椒2  筍・ホタテ・実山椒3

 何回か炊きましたが、今一つなんですね。しつこいですから考えました。
 筍の大きさを変えて見ようと前と比べ小さく切りました。
 ご飯と馴染み食べ易くなりました。
 段々何かしら工夫をしてみたくなりますね。次回はどうなりましょうか。
 何となく面白いですね。

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大根葉と糠漬けのこと

 スーパーで大根を買うのですが、葉付の一本は多すぎるので、上の方の半分のを買います。
 葉の炒めたのや、浅漬けに葉を入れるのも好きです。
 ですが中々思い切らないと葉付の一本は買えません。
 それが先日葉が付き、かつ大根の上の部分が15cm程の物がありました。
 娘に「ほら!良いのがあったでしょ。こんなのが何時もあると良いのにね」と買って来ました。

       大根葉

 大根もですが、野菜の出荷は規格に合わせてと言いますか、箱に合わせてか。
 欲しいと思っても手に入らないこともままありますね。こう言う現象はなんと言うのでしょう。

 私は糠漬けが好きですが、この数年漬けないでいました。偶に買って来ますがどうも口に合いません。
 そこで、ぬか床の出来ているのを買って来て、漬け始めました。
 ところがこの出来合いのぬか床は添加物が色々と入っているのです。承知してはいたのですが、添加物の味がします。
 また違う所でも買ってみましたが、結果は同じでした。昔は糠を手に入れることもありましたが、今は出来ません。
 
 先日偶然糠漬け足し糠と言うのを見つけたのです。
 糠と塩だけ合わせた物です。
 これなら良いのではと買って来て糠漬けを始めました。

       胡瓜の糠漬け

 ぬか床には昆布も入れました。自分の食べる時間に合わせて漬け込みました。
 昔ながらの胡瓜の糠漬けですよ。美味しくてまたも自画自賛です。

 鰻屋の漬物ですが、一軒は自家製の漬物が出て来ます。一軒は既製品の漬物が出て来ます。
 とても気になり、比較して仕舞うのです。
 柏市場に探索に行きました時、漬物の量と値段に驚き、食事に評価の高いお店に行きましても、漬け物で私はある程度評価をして仕舞います。

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蓮と風邪の話

 蓮根は時々食べます。茨城県は蓮根の産地です。
 この辺では店頭に並ぶ物の殆んどが茨城県産の物です。
 佐賀県や徳島県のも買うことがあります。
 以前は天ぷらも良く作りましたが、最近は煮物が多く、偶に炒めます。

     蓮・人参・隠元  蓮炒め煮

     蓮・人参・昆布・豚こま  蓮・人参・牛蒡・昆布・豚こま

 蓮根畑は偶に目にしますが、蓮の花を見るとお盆を思い出します。昔は生花の蓮を使っていたのかもしれませんね。

 子どもの頃喉が痛いと言うと祖母が摺り下ろした蓮の汁を飲ませて呉れました。
 子どもですし、飲みたくなかったこともあり、苦痛でしたね。 
 実際に効能があるのか調べて見ました。それは驚きでした。ここでご覧ください。

 健保の財政難を改善するために高齢者の自己負担を増やそうと言う案が出て来ましたね。
 医療費負担の増加も嫌ですが、薬に出来るだけ頼らない生活が出来たら良いなと思っております。
 
 病院で必ず先生は仰います。「風邪を引かないように。転ばないように」とそれに「毎日卵一個を食べましょう」とね。
 これを守るために注意しております。

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台北の林さんとお喋り

 台北の林さんが出張で東京にお見えになるので、会えますかと一昨日連絡を頂きました。
 昨日は都内で仕事。そして今日の昼に柏まで来て下さいました。
 変わらぬお人柄。誠実な方です。昼食を摂りながらお喋りをしました。
 ご家族の近況。台湾の様子。家族で行った旅行先の話。家庭を大事になさっております。
 先だって起きた花蓮の地震のこと。日月潭のこと。太魯閣渓谷のこと。
 ご長男の明大での経験。明大の最近の様子。
 台北市長のユニークな発言。これは面白かったですね。台湾大学の所有する土地が台湾全土の100分の一だと言う話。
 面白く楽しく、何時まで迄も喋っていたかったですね。
 お土産も頂きました。

            台湾土産

 話している途中 私は中国語の王老師の息子さんと連絡を取りました。老師とご子息は台湾旅行で林さんにお世話になっていますし、連絡も取り和えるようになっていますから、きっと喜ばれると思ったのです。
 小王から王老師夫妻と一緒の写真が送られて来ました。
 折り返し私は林さんの写真を小王に送りました。LINEは便利ですね。

 話は色々と出て来ます。林さんが出張なさるベトナムのことは可成り詳しくお聞きできました。
 
 ご子息二人は台湾大学で学んでいると前に書きましたが、お二人とも卒業後は留学なさる予定だそうです。

 林さんの従姉の息子さんが中国蘇州でラーメン屋をなさっているそうです。
 中々繁盛しているとのことです。
 蘇州に行かれる方もいましょうから、画像を掲載して置きます。

      林さん親戚1  林さん親戚2

 ラーメンは手打ちだそうです。焼き鶏もお好み焼きもなさっているそうです。
 蘇州には日本の企業が多く、日本から見える方の接待には日本料理が無難らしく、良く使われているそうです。

 林さんは明日は岡山 そして明後日関空からお帰りになるそうです。
 お会いすると毎回のことですが、台北に来て下さいと誘って下さいます。
 ご自宅は松山空港から歩いて15分程の所です。

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そら豆のこと

 すぐ下の妹からそら豆が届きました。
 娘たちにも連絡して持って行って貰いました。
 先の池田農園の走りの物と比べ実も大きくなっています。
 莢のまま焼き食べると言うことも良く聞きます。焼いて見ようかなと思うこともありますが、量が多いので毎年茹でています。

       そら豆茹で

 今年も茹でました。塩味ですが塩の量はいい加減です。茹で上がたそら豆を笊に取りお湯を切ります。
 それを鍋に戻し、塩を振りかけ鍋を振り煽ります。

 目の前にあるとつい食べ過ぎますから、気を付けています。
 この季節筍とそら豆でお腹にガスが溜まり困ります。「今のは?」「何でしょう?」なんて澄ましています。

 子ども頃 田舎ではそら豆の干した物を炒って食べたものです。それがどう言う訳か虫が入っていることが良くありました。
 虫と言いましても豆の中で乾燥しているのです。少し茶色なんですね。
 当時は農薬の散布があまりされてなっかったからかも知れません。

 夫も佐賀県に疎開していたのでそこでそら豆の炒ったのを食べたそうです。矢張り虫が入っていたと話しております。
 夫の場合は有明海の側を開墾して作ったと言うのです。
 中学1年生の頃ですね。
 戦中戦後の苦労話は良く合います。
 
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莢豌豆の煮物と雑談

 池田農園から送って来た莢豌豆を食べるのには卵とじが美味しいのですが、ついつい煮て仕舞います。
 何回も朝 煮ました。夫はこの煮た莢豌豆が好きらしく、良く食べます。

      筍と莢  莢・筍・竹輪

      莢と水戸の揚げ  莢と生揚げ

 地味ですね。緑と茶色 自分では老人の食事っていう感じが出ているなと思うのですね。
 出汁が効いておりますから、薄味ですが美味しく食べられます。
 自画自賛ですよ。

 先だって失くしたと思って作って頂いた義歯ですが、軽くて噛むのも自然に出来、中国語の発音にも問題なく使っておりました。
 それがどうしたのか緩んで来たのです。付ける時も楽にはなったのですが、それが外れ易くなってもいたのです。
 歯医者さんに行こうと思いながら、その内とグズグズしておりました。
 それが先日生田先生と食事中、サンドイッチをぱくついていましたら、ガクっと音がしたのです。
 音だけではなく、確かに硬い物を噛んだのです。
 そっと口の中で何か当たるのかも知れないと、サンドイッチを噛み続けていました。
 当たる物にぶつかりません。目の前にいる方のその場で口から出すのも失礼だと飲み込みました。
 帰宅後 外して見ましたら、2mmほど欠けて鋭角な場所があるのです。
 早速翌日先生の所に駆けつけました。
 「先生!先日の入れ歯変になって仕舞いました。直して下さい」 
 先生は補綴をご自分でなさいますから直ぐに直して下さいました。
 「先生!飲んじゃったのは大丈夫でしょうか」「大丈夫出て来るよ」と仰るので安心しました。

 長女が幼児の時、入浴中にスポンジの小さなアヒルの嘴を噛んで飲みこんで仕舞いました。
 病院に駆けつけましたよ。先生は「出て来ますよ。注射針を飲んだ子どももいましたがね。出て来ましたよ」と安心させて下さいました。
 それでも心配で毎日便を調べて確認をしたものです。見つけた時はホットしました。今書きながら突然思い出しました。
 先日先生にお聞きする時に思い出せばよかったですね。

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女三人寄れば

 チャイナドレスを一緒に習った友人二人が柏まで来て下さいました。
 正午に落ち合いお鮨を食べました。
 前回も前々回も同じ物です。次回もきっと同じ物になるでしょう。

    4月22日鮨1  4月22日鮨2

   お酒も少し飲みました。飛魚と鯒の握りを追加しました。

 数か月ごとにお喋りタイムを持ちます。今日は話が弾みましたよ。
 最近の世相 最近の政治家 最近の教育界 もう話が盛り上がりましたよ。
 特に男尊女卑に係る問題では3人の意見は一致しました。
 日頃思うこと多き問題ですからね。

 食事の後は場所を移してお茶です。ここも毎回同じ店です。
 3人とも同じコーヒーゼリーにしました。

             4月22日デザート

 此処でも話は続きましたよ。
 今日この頃感じ見える様々な不合理についてですね。
 とても良い意見も出て来ました。面白かったですね。4時間良く喋りました。
 カシマシではなくチョッと賢かったかしら

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送迎付きでお喋り

 我孫子にお住いの生田保夫先生 時どきお会いしお喋りをします。
 非常に丁寧な方ですから、時間の約束をしてありましても必ず当日電話を頂きます。
 そして時間に合わせて迎えに来て下さいます。私が歩くのが辛いのではとお考えのようです。
 何時も近くのデニーズでお昼をとりながら時間が過ぎて行きます。
 帰宅も必ず家まで送って下さいます。
 
 先生が私の前に現れたのは50年程前になりましょう。入学して下宿探しで私の前に立ったのです。
 それから学生時代、院生時代、そして流経大の教授時代と長く交流が続いています。
 そして定年後も変わらず色々と教えて下さっています。

 昨日は日差しも強く夏のような空が広がっていました。
 先生は気象や天文が趣味ですから、これらに関連する話題は何時も面白く拝聴します。
 昨日の話題は明治大学のことも出ましたが、最近のこの地域の人口に付いて話しました。
 柏の葉方面の人口が増えていますが、人口が増えると言うことの現象や経済効果などですね。
 将来人口が減少して行く日本。そこで起きる問題。ロボットの活用など、話題はあちこちに飛びます。
 
 ご実家は豊橋ですが、時々お帰りになります。家の中の空気を入れ替えたりし、その帰省中はテレビもご覧になるのだそうです。
 我孫子ではテレビは置いてなく、豊橋でご覧になったテレビ番組のこともあれこれ話しました。
 あっても無くても良いような事が多いと言うことでは意見が一致しました。
 
 私のブログの緑豆の話になりました。先生は私の質問に答えられないと言うことはありません。
 それなのに緑豆のことはご存知なく、私に質問です。
 私は緑豆のことや中国龍口の春雨のこと等色々と話しました。珍しいことです。

 昼は何を食べたかですが、何時も同じです。私はクラブハウスサンドです。

       デニーズサンド

 先生は和定食と決まっています。変わらない食事ですが話題は豊富です。

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飛魚

 昨日は娘たちと4人で買物に出掛けました。
 大体夫抜きの日が多いのですが、昨日は夫が自発的に歩くために付いて行くと言うのです。
 4人一緒ですからお昼も一緒に食べました。
 食事後二軒買い物で回りました。夫も頑張って歩きはしたのですが、二軒目では最後の頃になりますと、流石に疲れたようです。

 近所のスーパーと違うと目がキョロキョロしますね。飛魚を見つけました。
 一尾買おうかなと思ったのですが、下ろすのも面倒だしと考えていたら、離れた所に二枚に下ろしたのがありました。
 これは良いわと買って来ました。
 塩焼きも美味しいし、お椀も良いしと。どちらにしても一回で食べ切りたいと生で食べることにしました。

        飛魚タタキ

 たたきにしようかなと思いながら小骨を抜いていました。最近はこう言うことは立ったままするのが疲れます。
 そこでテーブルの上にまな板を持って来て、椅子に座って作りました。
 たたきにするのも面倒くさくなってしまい、荒く切って刺身風にして食べました。
 丁度生姜の細切りがあったので、それを載せただけです。
 味噌を混ぜると食べ切れない時には味噌が沁み込み、残りが美味しくなくなってしまいます。
 そう思って作ったのですが案の定残って仕舞いました。

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もやしの胡麻和えと雑談

 もやしは卵と同じように物価の優等生などと言われたこともありますね。
 もやしは偶に食べます。若い時にはもやし炒めでパクパク食べたものです。
 それがどうも繊維質があるのでしょうか、歯間に挟まるようになり、最近は敬遠勝ちになっています。
 偶にナムルや餃子の中身に使うこともありますが、他の野菜と一緒に炒めるときに買うことが多いですね。
 スーパ-では夕方になると安くなります。
 太くて良いもやしがありましたので胡麻和えを作りました。

       モヤシ胡麻和え

 もやしは直に水っぽくなりますから、一回で食べ切るようにします。
 もやしは栄養もあるし、手軽に使えますからもっと食べれば良いのでしょうがね。

 母親がもやしを作っていると言う学生に会ったのは40年程昔のことでした。
 もやし作りはとても大変だと知りました。家の一室を使い、絶え間なく緑豆の上に熱いお湯を振りかけると言うのですね。
 それも夜間に作ることが多いと聞きました。
 今はもやし専門のメーカーが作っていましょうから、個人のもやし製造者はいないでしょうね。
 
 私が帰国したのは昭和17年ですが、その頃田舎ではもやしは見たことはありませんでした。
 もやしを作る緑豆と言う豆があります。緑豆は中国から輸入しております。調べて見ましたら現在緑豆は国内での生産はゼロだそうです。
 唯ゼロ統計は昭和35年から59年までで、それ以前は国内各地でも生産されていたと出て来ました。

 私が帰国した田舎では緑豆を植えていました。夏の終わりか秋になる頃でしょうか、緑豆が実り、莢が膨らんで来ています。
 その莢から出来た緑豆を収穫します。未だ実りの甘い莢はその莢のまま少し塩を入れて茹でてお八つにします。
 緑豆をやえなりと言い、茹でた莢から柔らかな豆を取り出して食べたものです。
 食料難時代ですから一所懸命食べましたよ。
 取り出すと言いましても、莢ごと口に咥えて、豆を口の中で上手に取り出し食べるのです。
 昭和35年から生産高ゼロですから、この国産緑豆を食べたことのある人は国民の中のほんの一握りでしょうね。

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朝食と昨日の買い物

 朝食を作るのはそう苦にはなりません。毎日ほぼ同じような物ですからね。
 味噌汁にゼラチンを入れるのも決まりですしね。
 それでも全く同じ日と言うのはないですよ。
 最近前に増して同じ物を出したり入れたりしています。頂き物も少しづつ食べて消化するようにしています。
 頂き物は有難いですから、時には冷凍して置き、少し時が経ってから出すこともあります。

     朝食4月15日  朝食4月16日

     左は4月15日のです。      右は4月16日のです。

    朝食4月17日  朝食4月18日

     左は4月17日のです。      右は4月18日のです。

 二人とも食べる量が数年前と比べて随分少なくなっています。出来るだけ少なく作ろうと思うのですが、中々上手く行きません。

 一階に開店したスーパーは水曜日がお休みです。スーパーが毎週休む日があることは珍しいですね。
 中で働く人にとっては良いことではないでしょうか。
 火曜日はそういう訳で、夕方になると品物の値段がドンドン安くなって来ます。
 そこを待って人々が買いに来ます。午後5時頃になりますと、とても混雑します。
 昨日は二女と4時半頃に行きました。特にこれと言った目的はありませんが、半分運動の心算もありますから、店内をぐるぐる回りました。

 思いも掛けなく熊本の「塩トマト」を見つけました。目を近づけて見ましたが、痛んではいません。
 1380円のが390円なんですね。どうしてこんなに安くするのか見当が付きません。売り切ると言いましてもね。

            塩トマト

 トマトの品質は秀となっています。トマト大好きな私 心が弾みましたよ。
 それとつまみ菜と長芋も買いました。

    つまみな・長芋  つまみなの焼きそば

 つまみ菜は「大阪四十日大根」のです。サラダにもどうぞと書いてありましたので、私は昼の焼きそばに載せて食べました。
 新鮮な物が身体に入ってきたよう気分になりました。

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ワンタン

 夫が昼食抜きで検査を受ける日。娘たちと昼に買い物と食事に出掛けました。
 中華にしようと、ま~この辺ではチョッと知られている店に行きました。
 二人は餡かけ海鮮五目ソバ。私はワンタンメン。本当はワンタンだけのが好きなんですが、ありません。
 そのワンタンに驚いて仕舞いました。
 中身の肉はがっちりと硬く、肉の旨味が全く分かりません。皮は寄せてある所が固まっているのです。プロの物とは思えません。
 長女に一つ試食して貰いました。長女曰く「これじゃね~。お婆さん自分で作って食べたら」と言うのですね。
 そこで昼に作りました。

     ワンタン1   ワンタン2

 皮は30枚です。二人で15個づつですね。醤油味のスープがなかったので、見栄えがしませんが美味しかったですね。
 
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さやえんどうが届いた

 昨日昼 池田農園から電話があり、今さやえんどうを採っているけれど食べますかと聞かれました。
 要らない筈はありません。「要ります。送って下さるの?」「じゃ送ります」ということで昼近くに届きました。
 産直ですよ。下のレタスよりちょっと遠いですがね。

      莢豌豆

 見た通り箱は小さいようですが。沢山入っています。
 野菜好きな長女にも持たせ、直ぐにさやの筋を取り、洗ってから綺麗な水に暫くつけて置き、水切りをしてジプロップに入れて冷蔵庫に入れました。
 この方法ですが、長持ちしますので必ずやります。こうして無駄にせず頂きます。

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懐かしい学校 その4

 中國青島の旧日本人小学校の様子はかって在学したことのある人にとっては忘れられぬ存在だと思います。
 第一、第二、第三は市内。少し離れた所に四方、滄口と五校ありました。
 私の在f学した第一日本小学校の校庭の広さは「その3」で紹介しましたが、校舎は重厚な作りの立派な建物でした。
 教師は日本から派遣されて来ていたようですが、立派な先生ばかりと言っても良いでしょう。
 教育のレベルも高く、当時東京が100とすると青島は105などと言う言葉も耳にしておりました。

 教室は靴のまま入って行きます。日本の小学校で教室には下足ではダメでしたから、私は何か外国に行ったような気分になったものです。
 校舎には暖房設備が施されており、教室の中では冬でも寒さを感じることはありませんでした、
 スチームの上にお弁当を載せて置き、温かいお弁当を食べることが出来ました。
 お弁当を持って来てない生徒は正面入り口に近い所に設けられたパン売り場でパンを買っていました。
 その場所では時々運動靴の販売もされたのです。

 校舎に囲まれた中庭では朝礼が行われたものです。その中庭には生徒が日射で倒れないようにと、アカシヤが植えられ、夏は日陰になっておりました。
 
 昭和15年 紀元2600年と言うことで日本では様々な祝賀行事がありました。
 そのことからでしょうか。校庭に立派な遊具が設置されました。

        
         昭和15年運動具

 私はこの校庭方向から帰宅するのですが、毎日のように此処でランドセルを放りだして遊んだものでした。

 中村校長先生は、日本人社会に信頼されていたのでしょう。
 この遊具の設置の内容までは知りませんが、日本人社会も寄付をされたのだと思います。
 
 この昭和15年に校内放送の設備も出来ました。お昼になりますと音楽が流れたり、生徒の朗読の声が聞こえたりしました。
 先進的な学校と言えましょう。

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春菊胡麻和えと雑談

 春菊は好きですが、食べると歯間に繊維が挟まるので困ります。
 先日穂先だけのような、見るからにやわらかそうな物が出ていました。
 すき焼きにも入れましたが、胡麻和えも作りました。

        春菊胡麻和え

 味は薄くしてあります。春菊の栄養は健康に良いようです。
 ほうれん草も胡麻和えで良く食べますが、春菊の胡麻和えは大好きです。

 先日のお花見の時、一人の方が骨粗しょう症で医師から5㌔以上の物を持ってはダメだと注意を受けているとお聞きし、驚きました。
 骨粗しょう症って全く考えたこともありませんでした。
 先日毎月の健診に行きました時、先生に伺いました。
 「先生!友人が骨粗しょう症で5㌔以上の物は持ってはいけないと言われているそうですが、調べて頂くってこと出来ますか」と伺いました。
 先生は「これをご覧ください。女性は高齢になると骨が弱って来ますよ」と骨密度の表を見せて下さいました。
 そこでまた「先生!で検査はして頂けるのですか」とお聞きしました。
 「直ぐに分かる訳ではないですが出来ますよ」と仰るのです。
 「じゃお願いします」と即お願いしました。
 何時ものレントゲン室に入りましたら、奥に平らなベットのような台がありました。
 暗くなった部屋でその台の前に立ったまま、両手を載せて写真を撮って頂きました。結果は来月の受診の時にお聞きします。
 どんな結果が出るのでしょう。特に心配はしておりませんですがね。

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我が家独特の鯵煮方

 鯵は好きな魚の一つです。干物は時どき朝食に食べますが、煮たのも良く食べます。
 タカマル鮮魚店で新鮮な鯵を買って来ました。
 昔はタタキやフライ。また天ぷらにもしましたし、刺身も良く食べました。
 最近は生魚への気持ちがちょっと逸れて来ています。
 多分年齢の所為だと思います。
 今回も煮ました。「煮方はコチラ」でご覧になって下さい。

          鯵1

 全部で10尾です。フライに良さそうな大きさです。でも煮ると決めています。

          鯵2

 私の鯵の煮方は皮を綺麗に剥ぎます。上のパックは処理したものです。

 鯵の処理が終わりましたら、平鍋に砂糖・醤油・酒と水を合わせて確り泡がたつまで煮立たせます。
 そこに鯵を入れて煮て行きます。鯵はお皿に載せた時のために、背が向うに行き、頭が左になるように鍋に入れます。

   鯵煮立つ  鯵4

     これは形が少し大きくて食べ応えがありました。

           鯵5

 10尾の内 夫は2尾私は4尾 6尾を二日掛けて食べました。4尾は冷凍して置きました。
 この鯵の煮たのを焼いて食べるのがとても美味しくて大好きです。

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平貝とミル貝

 安く良い物をとなると探すのに苦労をします。
 ですが良い物を安くは時には手に入れることがあります。
 先日長女と午前11時頃アリオ柏のタカマル鮮魚店に行きました。
 最近気が付いたのですが、午後3時も過ぎると丸の物や良い物が少ないと分かったのです。
 この日目にした「平貝」 柱の大きさが分かりませんが貝の大きさから安いと思い一枚買いました。
 側に置いてあった「ミル貝」も中々良さそうです。そこでミル貝を二個
 店員さんに身を出して貰いました。
 平貝の貝も持ち帰り、刺身にして食べました。

      ホタテ・ミル概  ホタテ抜きミル貝

 全部で税込み1457円です。夕食2回で食べました。身が締まっていて貝の匂いも確りと分かり、とても美味しく満足しました。

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そら豆と雑談

 我が家での通称 池田農園から初物のそら豆が届きました。今年は作柄が良くないのではと思っていましたが、やわらかな粒で美味しく頂きました。
 未だ大きく成長してはいないようです。これから大きくなって行くのでしょう。
 
 何種類か混在しているようで、莢の大きさが違っていました。
 大きさに関係なく莢から取り出し、粒を大・小に分けて、大は茹でて食べました。

             そら豆茹で

 小は皮を剥き、鶏ムネと新生姜を合わせて炊き込みにしました。
 出汁の量や、調味料は何時もの通り。但し今回は鶏胸のコマ切れに定量の醤油の一部を使い、事前に鶏肉に味を付けて置きました。

             そら豆ご飯1

 炊き上がりましたので、良く混ぜてお茶碗によそいます。

     そら豆ご飯2   そら豆ご飯3

 味は定量のものですから、先ず失敗はないですね。混ぜるのが少し難しくなって来ました。
 力がないのです。底まで杓文字を押すのに手首が上手く動きません。ですから満遍なく具が混ざっておりません。
 ま 良いか!

 今日の昼 朝見ていたYahoo!の姿がデスクトップから消えているのです。
 びっくりして大慌て。助っ人さんにLINEで連絡をしました。夕方には時間が取れますからと返事を頂きました。
 それから落ち着いてゴミ箱を見ました。最初に見たときになかったと思った其処にあるのです。元に戻して胸を撫でおろしました。
 ただどう考えてもどうしてゴミ箱に入って仕舞ったのかが分かりません。

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私的明大昔話  34

 大学から季刊明治が送られて来ました。年間4回送られて来ます。
 中を読むたびに大学の変貌と社会の動きを知ることが出来ます。新聞などと違う情報ですね。
 今回の特集は「進む学生支援の取り組み」です。

        学生支援1

 此処で言う学生支援とは学生の課外活動・経済支援・福利・厚生・健康管理を中心に紹介。
 具体的にはそれぞれの詳しい内容が掲載されております。

 78・79ページには目で見る明治大学の歩み #71として学生支援の歴史が紹介されていました。
 グラビヤ部分を掲載致します。

         学生支援2

 右下は1959年・昭和34年の和泉校舎の学生相談室です。これは全体が雪に覆われておりますが、校舎から離れた場所に建って おりました。「その21」で書きましたように、私はこの建物の左平屋部分で仕事を始めました。
 当時の関係者の熱意で発足した相談室でしたが、常駐は私一人。午後に相談員を引き受けられた先生がお見えになります。
 未だカウンセリングと言う言葉も知られていなく、学生相談室の船出は厳しいものでした。
 開設後の数年は学生部委員が兼務。それに心理学専門の教員が加わり、如何にこれを学生に利用して貰い、学業への援助になるのかと、顔が合えば話し合いの時間が続きました。教員はボランティアですね。
 様々な問題にぶつかりましたが、関係者の熱意の後押しを頂き、頑張った時間が思い出されます。

 左下の旧山中寮ですが、これはまた記憶にのこる建物です。
 駿河台校舎の北西にあった三輪邸と呼ばれた立派な建物でした。この建物は玄関から入って行きますと左は2階部分になる部屋です。右は管理人の住む部屋になっておりますが、お茶などは管理人さんが用意して下さいました。
 一階には外から入って行きますと、洋室のホールがあり、教職員の懇親会なども開催されたものです。クリスマスパーティーやダンスパーティーが開かれたこともありました。
 ある時 二部学生の学寮の入寮式に使ったことがありました。

 二階部分の和室は大広間ですね。この広間では大学役員や学生部関係者と、二部学生自治会執行部との話し合いに使われたことが強く印象に残っております。
話し合いは深夜に及び、私は帰宅できず、此処で泊めて頂き、管理人の方にお世話になりました。

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地元の筍

 我孫子の筍が出荷されて来ました。朝掘りですよ。
 産直の店で買いましたが、矢張り軟らかくて良いですね。
 京都のが美味しいと聞いてはおりますが、京都の掘り立ての筍は口にしたことがありません。
 ですから比較が出来ないのは残念です。知らないと言うことも良いですね。
 自分で美味しいと思って食べることが出来ますからね。

     筍・竹輪・隠元我孫子の  筍土佐煮

 この日の筍は1本380円で2本買って来ました。色々な料理にしたいなと思うのですが、どうも面倒が先に立って作れません。
 また ま良いかですね。ま良いかが当たり前になって来そうです。

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西京漬けと雑談

 先ごろ自家製西京漬けを作ると言うことの理由に、人形町の魚久の粕漬けは甘くて、高いのでと書きましたら、「この方」から京都の「一の傳」の西京漬けも中々良いですよと、コメントを頂きました。
 早速どんな物かしらと、調べて見ました。
 偶然と言いますか、新聞紙上にお試し販売の案内が出ておりました。
 広告は普段余り目に入りませんが、ネットで調べてありましたので、取り寄せて見ました。

      鰆一の傳

 これはサワラの西京漬けです。我が家これも二人で一切れで足ります。
 お試しの商品は何種類か入っていまして、内容も値段も納得行くものでした。
 ネットで調べた所為か、パソコンで何か調べたり、見たりしますと、やたら一の傳の画像が出て来るのですよ。
 それも実に綺麗に美味しそうに焼けた西京漬けなんですよ。

      9711244882.jpg

 流石に綺麗に焼けています。自分ではこうは出来ません。残念。プロじゃないからま良いかです。

 昨日は中国語の同学二人は柏駅までついて来て下さいました。駅で別れた後直ぐに帰宅。家に頂き物を置き、お灸を据えて頂きに行きました。
 お腹は正常に戻っておりますが、止めのお灸と思って行きました。粘るのが好きなんです。
 先日のように足の底に据えますと熱いですね。足の底のツボは湧泉と言うツボのようです。
 調べて見ますと、冷えにとても良く効くお灸だと言うことを知りました。
 歩いて5分もあれば行ける所ですが、私は10分ですね。近くに上手な先生がいられると良いですね。
 昨日は先生にお酒は我慢しましたかと尋ねられ、二日飲みませんでしたと返事。
 で先生?今日は飲んでも良いですかとお聞きしましたら熱燗でと仰いました。
 お銚子を出すのが面倒なので、普段の半量を湯飲みに入れてレンジで温めて飲みました。
 温めたお酒も良いですね。

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楽しき時間

 NHK文化センターの中国語クラスで王老師の下で一緒に学んだ同学3人で楽しい時間を過ごして来ました。
 一人の方とは展覧会などでお会いした時もありましたが、今一人の方とは本当に久しぶりでした。
 同学二人は中国旅行も数多くお出かけになっておりますし、時にはご一緒してお出かけになってもおりました。
 中國への旅経歴では私は敵いません.。
 話題は自然に中国のことが多かったですね。
 勿論教室時代のことも懐かしく、あれこれ話しては「そうだったの」「良かったね」「忘れられないはね」と全て通じ合う話で良かったです。
 長くお会いしていませんでしたから、近況も話の種になりましたよ。
 年齢に添った話も出ました。それも自然ですね。私は高齢だと言うこともあって、お二人に優しくして頂き感激しました。

 お昼は柏の方が予約して置いて下さったお店でゆっくりと済ませました。

     柏1  柏2

     柏3  柏4

 食事の後は近くのホテルのカフェでお喋りは続き 話題は尽きません。
 中國のことでは色々な思い出や体験談のこと等。特に印象的だった話ですが、それは匂いのことでした。
 お二人は今の中国もご存知ですが、少し前の中国のこともご存知です。
 「中國の空港に降り立つとあの匂いがするのよね」とそのあの匂いは3人が共有できる匂いですね。
 コリアンダーやセロリーなどを含む匂いです。独特な匂いです。以前は横浜の中華街の市場通りでも嗅ぐことが出来ました。
 あの匂いこそ中国だったのですがね。最近の空港は立派であの匂いがしなくなっているのですね。
 古い話と古い匂い 楽しかったですね。

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偶にはこんな日もある

 昨日はペインクリニック内科の受診日でした。
 4週間ごとに二人で診て頂きます。
 長女の運転ですから、何時もの通り予約時間ピタリに受付に診察券を出すこそとが出来ます。
 昨日もそうでした。
 ところが私は朝食後からお腹の調子が悪くなり、これは困ったなと思って、先生に診察の前に説明しました。
 朝方からの身体の冷えを説明しましたら、先生の診断も冷えで起きた症状だと判断されたようです、薬を五日分出して下さいました。
 血圧も問題なく、聴診器を当てて下さっている先生は特に他の問題とは思っていられないようでした。
 
 この日は鰻の日です。夫がご馳走して呉れます。ところがこの数か月は行っておりませんでした。
 何時も行く鰻屋は若しかして休んでいるかもと別の店に行きました。
 
        小暮やうな重

 ご馳走して貰うなら鰻か鍋焼きうどんだと何時も言っているのですから、嬉しく思う筈です。
 それがどうも気が進みません。やっと尾の方の半分だけ食べて残りの半分を長女に食べて貰い、頭の方のは持ち帰りました。
 帰宅途中夫が買い物をすると言うので、買い物。

 どうもこの様子は冷えではないかと自分でも思っていましたので、冷えにはお灸だと、帰宅後お世話になっている先生の所に行きました。
 薬の説明書きも持って行き、詳しく説明をしました。 
 先生は脈をとり「心臓は確りしていますね」と仰います。先生も冷えだと判断なさったようです。
 ベットに横になりましたら、足がとても冷たいと仰って先ず赤外線を暫く当てて下さいました。
 それからお灸です。腹部にも脚にも足の底にも数多くお灸を据えました。
 足の底のお灸は初めてでしたが、凄く熱いのです。ですがこれは我慢のしどころと、じっとこらえて治療が終わりました。

 治療が終わり帰宅しましが、何か酷く疲れて仕舞ったようで、椅子に座ったまま時間がドンドン過ぎて行きます。
 夕食は夫は鰻の残りと冷蔵庫にある物。私はカステラ一切れで終わり。
 
 何となく動きたくない日ってあるのですが、こんな感じは初めてでしたね。

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懐かしい学校 その3

 日本の半農半漁の田舎の学校から転入した中国青島の学校に私は驚きましたが、直に皆さんの中に溶け込むことが出来ました。 
 青島は中国の中でも海あり山ありの風光明媚な都会でした。
 子どもたちも大らかだったのでしょう。私は活発に学校生活を過ごしていました。
 第一日本尋常小学校の規模は、「その2」に参考に入れました青島満帆さんのブログにもありましたが、彼は自慢は校庭だと言っております。

         一小校庭905

 これは昭和16年の3月のことだと思います。第一から4月に開校する第三に移って行く生徒ととの最後の集合写真ですね。
 生徒は1000人を超えていたのです。
 ですが校庭は未だ余裕がありますね。この写真を拡大したものは現青島日本人学校の校長室にも掛けられております。

         一小全校生徒906

 この写真は昭和13年のものです。校庭の上に作られていたスタンドに並んだ生徒と兵隊です。
 凄い人数ですね。運動会の時にはこのスタンドに家族が座り子どもに応援をします。写真は+-で大きくしてご覧になって下さい。

 第一から第三に移る生徒とのお別れが近くなった春 第一公園(現中山公園)にお別れ遠足と言う遠足に行きました。

         一小2年遠足085

 先生は古賀先生です。私は前から三列目の右から四番目に並んでおります。
 いさむちゃんも桜島さんも最後列に並んでおります。
 懐かしい写真です。引き揚げで子どもの時の写真は本当に少ないので、こうして自分を見るとなお思い出が募って来ます。

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アトランティックサーモンの塩焼き

 若い人に聞きますと、お鮨の種ではサーモンが好きだと言う人が多いようです。
 スーパーの握りのパックにもサーモンが入っていることが多いです。
 うんと上等なお鮨ではサーモンは入れてないような気がします。
 夫も私もサーモンの生は好きではありませんが、勿体ないと思い食べることがあります。
 ですが基本的には食べないと言って良いでしょうね。
 サーモンと言っても何を具体的に差しているのかが分かりません。

 その点ハッキリとしているのが鮭の切り身です。その切り身ですがふり塩と言うのがあります。
 これは塩が馴染んでいなさそうですからパス。塩鮭の選び方は難しいです。
 で時々アトランティックサーモンの生を買い、自家製塩鮭にします。

        アトランティックサーモン塩漬け

 この切り身は半分です。倍の切り身に塩を振り冷蔵庫に5日置きました。焼く時に半分に切りました。
 半分のこのアトランティックサーモンは塩加減も良く、我ながら上手に出来たと思っております。
 美味しいのですが、これはメインですのに二人で食べたのです。他にも煮物などもありますからね。
 食べる量が減って来ております。若い人がモリモリ食べている様子を見ると良いなと思いますね。
 特に男の子がパクッて口に入れると勢いを感じます。

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胡瓜の佃煮を作る

 胡瓜が安くなって来ました。夏野菜の代表のような物ですが、今は年中売られておりますね。
 露地物かどうかは分かりませんが、形も良く瑞々しく見えましたので少し多く買って来ました。
 ヒシオを付けて生でも食べますが、久し振りに佃煮を作りました。

        胡瓜佃煮

 作り方は簡単です。ここでご覧ください。

 これから出番が多くなって来ます。市販の漬物は偶に買いますが、福神漬けは買いません。
 これで代用しています。

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筍を食べる

 季節は廻り春爛漫となって来ました。先日のお花見は良いタイミングでした。
 今日の我孫子は冷たい風が強く、花はどんどん散って行っております。
 春には筍でしょう。 季節の味をと福岡産のを2本買って来ました。
 一本は頭の方半分を茹でたままのを切り、ヒシオを付けて食べました。
 下半分は莢豌豆と煮ました。

      筍刺身  筍と莢煮

 もう一本は炊き込みご飯にしました。炊き込みの具は筍の他に人参・揚げ・実山椒です。

      筍炊き込み1  筍炊き込み2

 実山椒以外の具は細かく切り、出汁に酒と塩少々、それに醤油を香り程度に入れて、軽く下味を付けておきます。
 炊き込みは何時もの通り、出汁と醤油・酒ですね。
 今回は四合炊きました。娘たちには取りに来てもらい。友人に送る荷物に少し入れて、私たちも2回食べました。
 四合って結構あるものですね。
 我孫子市の筍はあの東日本大震災の翌年4月から原発の関係で出荷制限になって地元の筍は食べられませんでした。
 昨年出荷制限が解除されました。広報によりますと、検査を受け出荷証明のある物が出て来ることになっております。
 季節は我孫子の筍には未だ早いのでしょうか。スーパーには福岡産が並んでおります。
 地元の掘り立ては美味しいですが、今少し待たなければ駄目なようです。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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