2018-04

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私的明大昔話  34

 大学から季刊明治が送られて来ました。年間4回送られて来ます。
 中を読むたびに大学の変貌と社会の動きを知ることが出来ます。新聞などと違う情報ですね。
 今回の特集は「進む学生支援の取り組み」です。

        学生支援1

 此処で言う学生支援とは学生の課外活動・経済支援・福利・厚生・健康管理を中心に紹介。
 具体的にはそれぞれの詳しい内容が掲載されております。

 78・79ページには目で見る明治大学の歩み #71として学生支援の歴史が紹介されていました。
 グラビヤ部分を掲載致します。

         学生支援2

 右下は1959年・昭和34年の和泉校舎の学生相談室です。これは全体が雪に覆われておりますが、校舎から離れた場所に建って おりました。「その21」で書きましたように、私はこの建物の左平屋部分で仕事を始めました。
 当時の関係者の熱意で発足した相談室でしたが、常駐は私一人。午後に相談員を引き受けられた先生がお見えになります。
 未だカウンセリングと言う言葉も知られていなく、学生相談室の船出は厳しいものでした。
 開設後の数年は学生部委員が兼務。それに心理学専門の教員が加わり、如何にこれを学生に利用して貰い、学業への援助になるのかと、顔が合えば話し合いの時間が続きました。教員はボランティアですね。
 様々な問題にぶつかりましたが、関係者の熱意の後押しを頂き、頑張った時間が思い出されます。

 左下の旧山中寮ですが、これはまた記憶にのこる建物です。
 駿河台校舎の北西にあった三輪邸と呼ばれた立派な建物でした。この建物は玄関から入って行きますと左は2階部分になる部屋です。右は管理人の住む部屋になっておりますが、お茶などは管理人さんが用意して下さいました。
 一階には外から入って行きますと、洋室のホールがあり、教職員の懇親会なども開催されたものです。クリスマスパーティーやダンスパーティーが開かれたこともありました。
 ある時 二部学生の学寮の入寮式に使ったことがありました。

 二階部分の和室は大広間ですね。この広間では大学役員や学生部関係者と、二部学生自治会執行部との話し合いに使われたことが強く印象に残っております。
話し合いは深夜に及び、私は帰宅できず、此処で泊めて頂き、管理人の方にお世話になりました。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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