2018-05

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茄子とトマト

 先ごろ沢山のトマトと茄子を頂きました。
 トマトは毎日 正月三が日以外は食べています。毎日食べても飽きません。

      トマト・茄子

 茄子は大好きですが、最近は皮が固く感じております。そこで皮を剥きますが、全部剥くのは茄子らしい色が見えなくなります。
 そこで皮を半分剥くようにして、使います。

      茄子柚子味噌

 これは炒めて柚子味噌を掛けるだけの簡単な物ですが、とても気に入っている一品です。
 週一くらい食べております。

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チーズの燻製と雑談

 今日はペインクリニック内科の受診日でした。予約は正午ですので、午前は何となく纏まったことが出来ません。
 老人は鈍いので、短い時間で済む物でないと、取り掛かれません。
 そこでスモーカーが出ていますので、簡単に出来るプロセスチーズを燻しました。

       チーズスモーク

 出来上った物を見ますと、どうも以前作った物と違います。出来上がった色も濃いし何となく薄っぺらに見えます。
 昼に食べましたら、口当たりも噛み具合も違うのです。
 調べて見ましたら、減量されていたのです。理由が分かりました。次回はチップと時間を調整しなければなりませんね。
 久しぶりに買ったのですが、お店で手に持った時、軽いなと思ったのですね。確り確認すべきだったと思っています。

 ペインクリニック内科の日は鰻の日なんですが、今日は終わってから直ぐに戻って来ました。
 昨日パンを買ってあったのを思い出したのです。節約しました。

 先生に先だって内科で調べて頂いた、骨密度のデーターの紙を持って行き、見て頂きました。
 どちらの病院にも薬のこと等はお伝えしております。
 今日の先生も数値は良いですねと仰って下さったのですが、骨密度が良くても転ぶことが問題だと仰るのです。
 特に家の中で転倒することが多いので、電化製品のコードには特に気を付くて下さいと何回も念を押されました。

 昨日下のスーパーに行きました時、知り合いの同年の女性の方と久し振りにお会いしました。
 左手首を骨折されたと、腕を包帯で巻いています。普段泳ぎに行かれたり、体操に行かれているのです。
 その骨折ですが、家の中のコードに引っかかったと言うのですね。
 先生の言葉そのものですよ。彼女は左が利き手だと言うのですね。
 先日矢張り右手首を骨折された友人も利き手だと言うのですね。
 咄嗟に利き手で身体を支えようとするのでしょうか。
 二人とも同じ病院で治療をされております。
 今やこう言うことは他人事ではありません。私も充分に気を付けなければと思っております。

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珍しい頂き物

 頂き物は嬉しいものです。私は下さる方の心を頂くと言うことで感謝を致しております。
 この数日 珍しい物を頂きました。
 一つは富山の瀬戸さんからの物です。毎年この季節になりますと、実山椒を沢山送って下さいます。 
 お味噌を送って頂いておりますが、その都度珍しい物を同梱して下さいます。
 一昨日は「ミョウガタケ」を頂きました。
 食べ方も一緒に書いて送って下さいました。味噌汁の薬味に是非にと書いてあります。
 ネットで調べましたら、酢味噌で食べる方が多いようです。そこで先ず私も酢味噌で頂きました。

       みょうがたけ

 初めて食べたのです。店頭で見たことはありましたが、チョッと違います。瀬戸さんのは野生のだと思います。
 昔の人は初物は~~日長生きするなんて言いましたが、それははしりの物でしょうね。
 でも私にはこれは初物ですね。

 もう一つはクマザサです。これは私が「ささずし」を作って見たくて前にお願いしたものです。
 先ほど届きました。友人のofujisanさんが雪解けを待ち、歩き回り採って下さったものです。

       熊笹

 この瑞々しさ、丁寧に濡れた紙に包まれて来ました。クマザサはこれも見たことはありますが、自分の手で持ったのは初めてです。
 嬉しいですね。早速ささずしの作り方を調べてワクワクしております。

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自家製色々

 出来るだけ口に入れる物は安全な物をと考えながら生活をしております。
 だからと言って何が何でもとは言いません。
 時には出来合いの総菜も買って来ますし、既製品も買って来ます。
 時間がない時とか何となく食べて見たいなと思った時などですね。
 
 グリーンピースの剥いたのがサービス品で出ていました。自分で剥くのも面倒だしと買って来ました。
 変わった物は作れませんから、炊き込みご飯にしました。

      豆炊き込み1  豆炊き込み2

 生姜の千切りを沢山入れ、出汁・酒・塩で炊きました。何時もの通りいい加減です。塩気がチョッと足りなかったですね。
 でも美味しかったですよ。

 昨日は酒の肴にも合う物を二品作りましたよ。

     塩豚1  塩豚2

 豚肩ロースを塩漬けにして10日過ぎましたので、茹でました。左は茹でる直前の物です。右は夕食に切った物です。

 下のスーパーで飛魚の練り物が出ておりましたので、燻製にしました。

      飛び  飛びと塩豚

 左は出来上がた燻製です。右は今夜の夕食のおつまみにします。

 長女に燻製の試食をして貰ったら「上手に出来たじゃない」 と、何時ものように褒めて呉れました。
 
 褒められると図に乗る質ですから、また何かを燻したくなっています。
 久しぶりにスモーカーを出しましたから、数回は燻すでしょうね。そして長女に「今これがシーズン?」と言われることになるでしょう。

 話が全く変わりますが、この節何だか日本人の品性が悪くなっているようで、時々腹を立てたり、涙を流したりしています。
 婆さんだから涙脆いと言うこともありましょうし、我慢が出来ないと言うこともありましょう。嫌ですね。
 
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上田昌雄さんのこと

 明治大学校友会我孫子地域支部の上田昌雄さん
 昭和33年商学部卒業です。
 上田さんが初めて支部の会合にお見えになった時のことでした。
 トルコで仕事をなさっていたとの自己紹介がありました。それを聞いてから時々ゆっくりとお話をお聞きしたいと思っておりました。
 それが今年の支部の広報誌 「てが白雲ニュース」に上田さんの投稿された記事が出ていたのです。
 この話だったのだと、お会いしたら更に良くお聞きしたいなと思っておりました。

 先日の支部総会の懇親会で上田さんが私の向かいにお座りになられたのです。
 今回の支部ニュースが素晴らしいので、出来たら私のブログに載せたいけれど、支部ニュースから転載は簡単ではありません。
 そこで上田さんに無理を申し上げ、横書きの原稿がありましたら、使わせて頂けませんかとお願いしたところ、快諾して下さいました。
 それが下記のレポートなんです。チョッと長い物ですが是非ご覧になって下さい。
 素晴らしい仕事ですよ。日本人として感動しました。

       トルコ第二ボスポラス橋と私
 1988年7月3日、東西文明の十字路として古い歴史と伝統を持つトルコ・イスタンブールで盛大に挙行されたアジア・ヨーロッパ両大陸を結ぶ第二ボスポラス橋の開通式、
 眼前にあるのはシルバーグレーに彩られた優美なその長大橋だ。
 その全貌は美しいトルコ・ブルーのボスポラス海峡に一層映え、誇らしげに現代の新たなシルクロードの象徴として東西交流促進の役割を約束しているようだ。

 開通式には日本の政財界人300人(金丸幹事長、越智建設大臣など)がチャータ機でお出で戴き、トルコ・イタリヤ・英国の要人、工事関係者約3,500人が参加し、オザール首相に依るテ-プカットが行われた。開通時、沿道に鈴なりになって、ジャポン・ジャポンと口々に叫びながら手がちぎれんばかりに両手を振るトルコ国民の歓喜と感激に満ちた顔と眼差しは今でも鮮やかに思い出します。
 第二ボスポラス橋は全長1,510m, 中央径間長1,090m(当時歴代6位), 8車線、2歩道の吊り橋で日本政府の円借款及び民借、計860億円強が融資供与され、IHI/三菱重工/日本鋼管/トルコ/イタリヤ5社の国際企業連合体 (コンソーシアム) により建設されました。IHIがリーダ-会社として全体の取り纏め、小生がコンソーシアムの代表、チエアマンとして入札から契約、工事、完成、引渡しまでの業務を統括しました。

 世界各国4グループ24社による競合入札 (Full Turn Key base, 調査、設計、製作、土木・据付工事、引渡し)が1985/4月17日開札、翌月の5月10日オザール首相出席のもとで正式調印という超スピード契約締結であった。然も、契約工期は超短期の三年 (通常5―6年) であったが、色々な国内外の背景、喫緊の課題もあり、客先から更に二年半の完成短縮を強く要請されました。

 本プロジェクトは日・ト両国のナショナル・プロジェクトです。
 トルコ国にとっては、政治的経済的な事由(EU加盟、総選挙前対策、第一ボスポラスの交通大渋滞等々)から一日も早い完成が必要だった。
 又、この欧亜大陸をつなぐ大事業の受注を巡る熾烈な戦い、駆け引きは英国の鉄の女サッチャ首相の日本政府批判に発展するなど世界的話題となり世界の注目を集めていた。
 かかる情況下で、本事業は日本にとっても国威と名誉にかけても失敗が許されない、我々にとっても意地でも後に引けない工事となりました。 
 何とか二年半で完成したい、この偉業を達成したい一心で全員一丸となり、昼夜命運をかけて果敢な挑戦の結果、トルコの国家的要請と期待、我々に対す信頼に応えられたことは、何にも勝る喜びであり、充実感と達成感は言葉では言い尽くせません。
 然し、この成功は使命感、責任感だけではありません。そこには男のロマンと心意気がありました。
 実は、IHIはその20年前の第一ボスポラス橋建設工事入札では接戦の上、英国のクリーブランド社に僅少差で敗退し、悔しい思いをしました。今回も又もや、同社との因縁の一騎打ちとなりましたが、この橋は何としても我々IHIの手でやりたい、やらねばと熾烈な戦いの結果、成約に至ったものです。やっと長年の夢が実現しました。

 本件は、英国のサッチャ首相が日本政府(中曾根首相)にクレームをつけたことで当時の新聞紙上を賑し世界的な話題になったことは上記の通りです。
 実態は公平で文句なしの大差の勝利でした。

 当時は、トルコに対して最初に浮かぶ我々のイメージは“ウスクダラ はるばる訪ねてみたら”という歌に代表されるように、はるか向こうの遠い国であった。
 遠くて近い国、超親日国、それがトルコです。
 トルコの人が日本に対する特別な親愛と尊敬の念を抱く理由は二つあると言われております。
 第一は8回戦って7回敗れた宿敵ロシヤに日本が日露戦争で勝利したことを自国の勝利のように歓喜したと言います。自分の子供にトウゴウとかノギという名前をつけたり、トウゴウという店名をつける者が居ます。
 第二は明治23年、オスマントルコ帝国皇帝の使節として日本を訪れた650名の将兵が乗った軍艦エルトルル号がトルコへの帰途、和歌山県樫野埼沖で難破し多数の犠牲者を出した。その時の地元住人による救助活動、死者への丁寧な供養、我が国の軍艦による生存者65名の送還など日本人の人道的な行動はトルコ人を感動させました。

その後、イラン・イラク戦争時、テヘランからの日本人脱出の為、“救いの翼“としてトルコ航空が専用機をオザール首相の指示で、いち早く出してくれたことご存知の方もおられるかと思います。トルコの日本へのお返しです。

第二ボスポラス橋は東ローマ帝国の首都コンスタンチノープル、現在のイスタンブールを陥落し、オスマン帝国を築いた一世の英雄、スルタン・メハメッド二世の名を取りFatih Sultan Mehmet Koprusuと命名された。征服王スルタン・メハメット橋という意味です。
本橋は日・ト両国の友好親善と協力そして関係強化、拡大の架け橋・象徴として、そしてトルコ国民生活の向上と技術移転の点でも大いに寄与したと自負しております。
こうした意味で、まさに理想的なODA案件と言えます。

もはや、遠い昔の話になりましたが、部屋に飾ってある橋の写真や当時の金丸幹事長、越智建設大臣の礼状や額をみると遠いトルコを思い出します。
やはり、トルコは小生にとっては第二の故郷です。 上田昌雄 12/29/17

       トルコ橋

 この写真がその橋ですよ。これは大きな額に入っていて上田さん宅に掛けられているのだそうです。

 この橋の写真と一緒に持って来て下さったのは、朝日新聞に掲載された「ひと」と言う記事を額皿にプリントしたものです。
 当時上田さんは日本にいなく、この記事は新聞ではご覧になっていないのだそうです。

      上田さん朝日新聞皿

 私のスマホで写しましたが、上の朝日新聞の文字が入っていませんでした。後で気が付きましたが、上田さんに再度お借りするのは申し訳ないので、これは朝日新聞の当該記事の物だと、ご覧になって下さい。
 何しろ30年も前のことですから字も薄れて仕舞い、良く分かりません。
 そこで朝日新聞に問い合わせて、間違いなく1988年6月27日の三面にあると言うことが分かりました。
 そのまま掲載出来ませんが、字おこしをしまして次に掲載致します。

   上田昌雄さん 第2ボスポラス橋建設の日本企業現地代表(ひと)

 「肩からホッと力が抜けたような、どこか虚脱感が......。苦労したことなんか、みんな忘れちゃったみたいで、ね」。アジア、ヨーロッパ両大陸を分けるトルコ・イスタンブールのボスポラス海峡に、5月末、第2ボスポラス橋が完成した。つり橋では、南備讃瀬戸大橋に次ぎ世界第6位(主塔間1,090メートル)の長さ。
 石川島播磨をリーダーに三菱重工、日本鋼管の日本3社とイタリア、トルコを含めた計7社による共同事業。「私は日本3社の現地代表、それに全社7社のチェアマンという2役、平たく言えば調整役です」
 予定工期3年、しかも半年余も残しての超スピードで仕上げた。15年前に完成した第1橋は、交通渋滞で身動きが取れない。トルコ政府の「完成を急いでくれ」という要請に、橋の上、下部の工事を同時進行的に進める日本の技術力、集中力でこたえた。
 契約段階からかかわったが、実はその前に、苦い思い出がある。第1橋の受注に失敗、英国企業に後れを取ったことだ。「今度は負けられぬ戦いでした」
 世界をまたに単身赴任が長い。日本に戻るのは年に1、2週間程度。「古い世代なのか『戦争』に行くのに家族連れなんて、という気持ちがまだ、ありましてね」。子どもと一緒にふろに入ってやれなかったと悔やむが、その長男(27)が、会社こそ違え、父親と全く同じ道を歩む。
 現地事務所まで車で15分。黒海に臨む広いアパートに住み、朝は自炊、昼、夜は会食を兼ねた外食、という毎日だ。
 7月3日開通式。関連道路工事はなお残るものの、8月には待望の帰国。「また、挑戦的な仕事がしたいなぁ。それにしても、この橋のライン、セクシーでしょう?」(高岡喜良記者)

 うえだ・まさお 東京・築地生まれ。明治大商学部卒。昭和34年石川島播磨重工業入社。61年輸出営業本部第二重機輸出部長から現職。自宅は千葉県我孫子市。妻と1男1女。53歳。

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つい買っちゃい

 魚好きな私 これまた魚好きな長女 二人でタカマル鮮魚店に行きますと自制心のタガが外れて仕舞います。
 良いワラサが一尾1500円 即二軒で食べようと下ろして貰い、粗も確りと貰って来ました。
 長女の家が半身 我が家が半身と粗 長女宅では一回で食べ切ったと言うのです。
 我が家 刺身で二回 粗は大根と煮ました。それが食べても食べても食べ切れません。
 刺身も腹だけ食べ、残りは生姜と煮ました。

       ワラサ角煮

 これは美味しいのですよ。でも中々減りません。食べるご飯が少しですからね。冷蔵庫を行ったり来たりです。
 
 同じ日にも一つ。サザエを買って仕舞いました。千葉県産となっていますから、買わずにいられなくてね。
 店員さんに殻から出して貰いました。そして家で刺身用に切りました。

       サザエ生

 磯の香りが口中に広がります。なのに噛んでも噛んでもダメです。長女が来ないかしらと待っていましたが、来ません。
 もう参りました。こんな筈ではなかったですね。あの生の美味しさは噛めないと半減して仕舞いますよ。
 この失敗は何とかしなければと、反省と何かでリベンジをと思っております。

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東京へ行って来ました

 中國青島から日本に来ている友人に会うために霞ヶ関まで行って来ました。
 我孫子からですと東京へと言うのです。道で「どちらへ」と聞かれますと「東京へ」と言っております。
 電車に乗りますと色々なことに目が行きますし、人間ウオッチも楽しいものです。

 霞ヶ関ビル35階に上がりますと先ず毎度議事堂や総理官邸に挨拶をします。

        5月25日霞ヶ関1

 先生方一所懸命やって下さいよ。と歴代総理や議員にコールを送ります。
 聞こえないでしょうがね。
 霞ヶ関ビルは出来て50年経ったそうです。
 私もほぼ50年 そこへ行っております。出来た頃は周囲にビルがなく、360度景色を楽しめました。
 今は驚くほどビルが並んでいます。下の写真はビルの東側です。

       5月25日霞ヶ関ビル2

 今日は友人と楽しくお喋りをし、4時間も過ごして来ました。
 話はあれこれと多岐にわたり、チャイナドレスのこと。青島や中国のこと。生活のこと。友人のこと。良く喋りました。

 今日の東海大学校友会館は会議が多かったようで、至る所にスーツをキチンと着た男性が目に付きます。
 一区切りついて廊下に出て来ると、全員と言って良いほどスマホで何かしています。それも熱中していると言いたいような姿です。
 何だか凄く面白い風景です。中々見られない風景です。

 友人と別れて霞ヶ関駅から地下鉄に乗りますと、これまた周囲ではスマホを見ている方が一杯です。
 皆さん忙しいのでしょう。
 気が付いたのは女性の方の服装ですね。最近の着方はこう言う物なんだと、さりげなく観察。

 電車の中を見回しますと、色々なことに新しさを感じます。
 隅の座席に座り眺めましたら、SOSのボタンの表示や消化器の位置も示されております。
 
 電車の中吊りで週刊誌が気になる記事を出しております。
 そこで我孫子に着いてからコンビニに行き、買いました。400円にええって声を出しそうになりました。
 昔はもっと安く感じましたがね。
 楽しいお喋りも出来たし、チョッと好奇心をくすぐって呉れました。良い午後の一時でした。

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今日のお昼と友人の引っ越し

 未だ本格的な夏の暑さではありませんが、今日は朝から蒸し暑く、スーパーの中は反対に冷えを感じます。
 体調管理が大事ですね。
 娘たちと10時に下のスーパーに行きました。
 茗荷と青紫蘇を見たら、昼は冷たいうどんにしようと決めました。

          薬味うどん2

 薬味にする茗荷と青紫蘇は細切りにしてたっぷい載せました。見た通り夏向きのうどんです。
 天ぷらは前の時と同じ。イカは一尾づつ、掻き揚げは半分づつ。
 お八つにプリンを食べましたら、未だお腹が空いていません。二人とも老人になり本当に少食になりました。
 
 昨日青島羊会の仲間の方から電話を頂きました。
 先ごろ酷い坐骨神経痛になり、痛さはもうそれは大変だったようです。
 治療を受け、運動をしたりと頑張っていたそうです。痛みは完全になくなってはいないようです。
 そして、この痛みが何時再発するかが分からなく、一人暮らしは今後心配なので、然るべき施設を探しているのだそうです。中々これと思うような所に未だ辿り付いていないそうなんです。お聞きして勉強になりました。
 家は既に売却。7月末までには引っ越さなければならなく、片付けの毎日だそうで、私に本を一冊貰って欲しいと言うのです。
 中村八大さんのことも出ていると言うことで、頂戴することにしました。
 それが昨日の今日ですよ。昼に届きました。早いですね。

          武藤さんの本

 この本は1982年4月発行ですから随分昔ですね。36年も前になるのです。
 送って下さった方が編集されたものです。
 早速八大さんの所に目を通しました。知っていることもありますが、お父様のことでは意外な面を知りました。
 おやじってそれぞれの方はどう受け止めていましょう。名前を眺めますと故人が多いです。

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ワンタンや餃子

 面倒くささが私を襲って来ます。手抜き料理、手抜き生活、等々 齢の所為と言いたくもないのですが、困ったことです。
 さりとて頑張って転んでしまったら大変です。
 と言うようなことで、また野菜ワンタンを作りました。

             野菜ワンタン

 老師から「世界の餃子」を紹介する記事が送られて来ました。眺めてとても楽しめます。
 
 餃子は老師から良く頂くのですが、それを参考に作ったことがあります。
 此処です
 その時の画像が小さかったので、大きいのを並べましょう。

    水餃子1  水餃子2

    水餃子3  水餃子4

 世界の餃子を見てみましたら、緑と白の合わせた皮で出来た餃子があるのですね。蒸した餃子です。
 以前ホウレン草を使って作ったことがあるのであるのですが、目にした物は色のグラデーションでとても綺麗なんですね。
 何時か作って見たいなと思っています。でも面倒くささが邪魔になるかもね。

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牛肉のしぐれ煮

 先日牛ステーキに懲りた私。昨日はこれもまた安くなっていたしゃぶしゃぶ用の薄切り肉を買って来ました。
 しゃぶしゃぶと言いましても、老人二人は鍋を出して作りながら食べると言うのではないのですよ。
 鍋にお湯を沸かし、酒を注ぎそこで全部さっと湯通しするのですよ。
 一枚が大きいので切ろうかなと思ったのですが、そこで横着をしました。
 
 出来上がって食べ始めました。今度は一枚を口に入れてモグモグ噛んでも筋が噛み切れないのです。
 またして失敗だと無理せず残しました。
 
 そこで今朝 その肉を細切りにし、たっぷりの生姜を入れ、甘辛に仕上げました。
 味付けは醤油と砂糖、それに酒と出汁ですね。

         牛しぐれ煮

 昼に長女が来ましたので味見をして貰いました。「上手!お店の見たい」と褒めて呉れました。
 そう言われると嬉しくなり、自家製佃煮の一品に加えて行けそうです。

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絹上げ豆腐の煮物と雑談

 前々から言っておりますように、段々硬い物が食べられなくなって来ております。
 一昨日の夕食に二女が美味しいと言う牛のウチヒラが半額になっていましたので、ステーキ用のを一枚買って来ました。
 ステーキ用の塩・胡椒を振り、レアに焼きました。美味しくて一所懸命に噛むのですが、どうもダメです。
 長女が来ましたので、チョッと食べてと二切れ食べて貰いました。
 「ね~え硬くない?」 「うーぅん硬くないよ。美味しいじゃない」と言うのです。夫も噛み切れません。
 矢張り老人はピラピラ肉でないと駄目です。

 でこちらは良いですよ。絹上げ豆腐の煮付けです。
 我が家の定番のような物です。

         生揚げ煮

 味は甘めにします。食べ易く好きです。何かと一緒に煮ることもありますが、これだけの方が気に入っております。

 今日の午前は中国語のレッスンでした。過日の私の骨密度の説明から、健康話へとなりました。
 ま~健康話は毎度のことですがね。今日は中国の有名な漫画家の方成氏と言う方の話になりました。
 この方成氏は101歳だそうです。自転車が好きでしたが、事故を心配する家族に止められたそうです。
 でその方成氏の毎日は漫画を描く、本を読む、出掛けて人と会いお喋りをする、とても忙しい毎日だそうです。
 時間が足りない生活ぶり。そこで新しい長寿の生活のあり方(概念)として「忙しい生活」と「楽観」と言う言葉もあると言うのですね。
 老師は私は忙しい生活のようだから長生きすると仰るのです。どうでしょうかね。

 老師がお帰りになられたので、下のスーパーに買い物に行きました。
 郵便j局の前から交差点を見ましたら、知人が腕を吊っているように見えます。交差点を此方へと渡って来ました。
 側に来ましたので「どうなさったの」と声を掛けましたら「家の階段から落ちたの。腕ではなく肩よ。一週間過ぎたけれど見てこの顔」
 肩のために腕を固定しているのです。右肩から落ちたようで、右の顔も少し色が変わっております。
 それから階段に手すりを付けて貰うと言う話になりました。
  「介護保険」で費用が負担して貰えるというのです。その申請のための話は大変だと仰います。
 それから介護保険や生活保護のことで色々と話しました。立ち話でしたが、彼女のまっとうな話に感心しました。
 「70歳の時に片目失明したけれど、自力で出来るうちはと頑張って来たのよ。今でも何とか自力でやって行こうと思っていたの。でも今回のことで申請することにしたの」ということです。
 実際彼女は不自由な身体でも頑張っている様子は知っておりますから、言葉に真実味があります。
 立ち話でもお会い出来て良かったです。

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冷たい麺類と雑談

 陽気は夏らしくなって来ています。未だ暑さは定まってはおりませんが、お昼に冷たい麺が良くなって来ました。
 昨日は冷やし中華です。具はある物で簡単です。

      冷やし中華5月19日  冷やしうどん

 今日の昼は讃岐うどんが届いたので、早速掛けうどんにしました。具は下のスーパーで買って来ました。
 掻き揚げ一枚とエビを二本です。最近は揚げ物は殆どしません。

 アリオに行く途中、手賀沼の側の田圃に何時の間にか苗が植えられています。
 先々週は未だ代掻きが終わったばかりの感じでしたから、先週に植えられたのでしょう。
 取手に向かう途中利根川を渡る時の河川敷の稲田も見事になっていることでしょう。

 昭和19年の今頃 私は勤労奉仕で農家の手伝いに行きました。
 戦争に男性が出征し、手が足りない家に行くのです。今の中学1年生ですね。
 長期ではありませんが、農繁期の忙しい時期です。
 女学校はどのように農協などに連烙してあったのかは知りませんが、当日農協に行きますと、行き先を言われます。
 当時人口は1000人弱の小さな土地ですから、行き先は直ぐに分かります。
 勤労奉仕に行くのは非農家の子どもです。農家の子どもは自家作業ということで行きません。
 女学校に来ている農家の子どもは殆ど手伝うとは思えません。
 農家も裕福な家の娘ですからね。
 勤労奉仕には、2,3人で行きます。そして田圃の代掻きや田植え、田の草とりなどですね。
 生まれて初めての経験ですよ。その時のお昼ですが、お握りが普通ですね。白米ではないですよ。
 麦飯のです。白米の家は珍しかったですね。茹でた小さなじゃが芋だけと言う家もありました。

 今は毎日昼食はどうのこうのと言いますが、あの頃若しソーメンでも出たらご馳走だったと思います。

 勤労奉仕に行きましたが、一体賃金は出たのでしょうか。とても不思議に思うのですね。
 私の記憶では頂いておりません。受け取っていたならば忘れる筈はないので、頂いたとはっきりと言えます。
 子どもと言いましてももう物事を感じ知る少女ですよ。
 調べようもありませんが、何かおかしな話でしょ。

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しめ鯖と雑談

 タカマル鮮魚店で鯵と一緒に買って来た千葉鴨川の鯖 スーパーでは中々出会えない物です。
 しめ鯖が食べたいなと一尾買って来ました。

     しめ鯖1  しめ鯖2

 新鮮なうちに〆なければと家に戻り直ぐに仕込みました。鯵と一緒に食べるのはお腹が無理ですので、昨日の夕食に食べました。
 味はまろやかで美味しかったのですが、時間が経ち過ぎた所為でしょうか。身が締まりすぎたようです。
 これは再挑戦しなければなりません。

 話は変わりますが、杖仲間が増えて来ました。昨日私が欲しいと言っていた葉蘭を持って来て下さったお友だち。
 「もっと早くお持ちしたかったのですが、膝が痛くて動けなく、北柏の治療所でやっと治して貰い、歩けるようになったの」
 「杖を買ったのよ。杖仲間になりました。宜しく」 と素敵な杖を持って来て見せて下さいました。

 今日の昼 下のスーパーに買い物に行き、カートを押しながら歩いていました。
 するとカートを押しながら私に近づいて来る方が見えました。
 立ち止まり側に寄って来るのを待ちました。
 カートの横に杖が見えます。何時も散歩をされている知り合いの方です。
 暫くお会いしていませんでしたが「どうなさったの?」とお聞きしました。
 「足を骨折して40日入院していたの。それで杖を買ったのですよ。杖なしでは怖くて」と仰るのです。
 
 一昨日仲間の方が骨折で入院されたと連絡がありました。別の仲間から今日退院すると聞いておりましたので、先ほど玄関に行き、ブザーを押しましたが応答なしです。  病院で退院と言うと午前が多いですよね。それが応答なしとは未だ入院中かも知れませんね。
 入院先は40日入院された方と同じ病院です。
 怪我も入院も嫌です。先生の仰る通り転ばないように気を付けなければなりませんね。

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鯵を煮ました

 歩くためにスーパーに行きます。下のスーパーにも行きますが、大型店の方が歩く距離が違います。
 長女が気を使って呉れて一緒に出掛けて呉れます。
 昨日もタカマル鮮魚店に連れて行って呉れました。
 活きの良い石川県産の鯵が出ています。刺身にもなりますが、矢張り私は煮ました。
 高齢になってからと言うもの、徐々に生に魅力がなくなって来ています。

      鯵税込み538円  鯵2

 この鯵 大きさは一尾約20cm 中鯵とも言えそうです。一尾税込みで67円 安いでしょ。
 夕食に一人一尾で足りました。
 昔の老人家庭の食事に佃煮が並ぶのを良く見ましたが、我が家も段々多くなって来ております。
 薄味をと注意はしておりますが、余り食べたくない時には佃煮ような物でチョッと食べたりしますね。

 健康を保つために食生活は重要ですから、何時も考えてはいますが、現実は理想道理には行かず、悩むところです。

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懐かしい学校 その7

 青島羊会の今年の集まりが6月13日に新橋の新橋亭で開催されます。
 会は形としては解散してはいるのですがね。
 集まりたいと言う方の要望に添い宮崎豊茂さんが連絡所として動いて下さっています。

 青島第一小学校の仲間も出席されると思いますが、皆さんにこのイラストを持って行きお見せしたいなと思っております。
 その6 までのもプリントして持って行くことが出来れば良いなと思うのですね。
 齢をとると何事もよっこらさですからね。どうなりますか。
 
 イラストはずーと前に小学校の2年、3年で一緒だったいさむちゃんが送って下さったのです。
 書いた方の記憶が凄いなと思うのですね。

      青島第一スケッチ018  青島第一小学校026

 左は正面入り口側からのものです。 右は校庭側からのものです。 
 プールらしきものが見えますが、若しかしたらスケート場かも知れません。
 私が帰国後スケート場が出来たと言うようなことを聞いておりましたからね。
 第一の方にお聞きしましたら、なかったと言う方もおりますが、校内の場所は覚えていないがスケート場で滑った記憶があると言う方もおります。
 6月にこれを見た一小出身の方がどう反応なさるでしょう。

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色々あります

 今日は昼前 右腿から足首へとやや調子が悪く、近所のハート鍼灸整骨院に行き、マッサージと鍼灸を受けて来ました。
 先生は私の田舎に近い所のご出身ですから、話題は色々と出ますよ。
 今日は戦時中の経験を話しました。地域は分かりますから説明が良く通じます。
 それでも世代が全く離れていますから、とても驚かれます。
 
 昼食は簡単に済ませました。そして夕方娘たちと焼肉を食べに行きました。
 今日は長女と娘は仕事がお休み。二女の娘が帰宅次第、6人で出発。
 焼肉屋には久し振り。娘と孫たちは良く食べました。
 夫も私も頑張れません。

 婿殿は二人とも今日は不参加。出張や仕事です。夫は5人の女性に囲まれて何となく嬉しそうです。
 私は目の前の孫二人に散々笑われて仕舞いました。それでも優しくして呉れましたよ。
 
 二女の娘のペットは流石に留守番です。

     ロンちゃん外を見る  ロンちゃん鉄棒

 この太顎髭トカゲは多分三歳半になります。体長は45cm程になりました。

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初めての体験

 今日は娘たちと一緒に千葉ニュータウンのコストコへ行きました。
 大型のスーパーで会員制の所だとは知っておりました。
 それがですね。今まで行ったスーパーとは違うのです。近所のスーパーは勿論。
 昔行ったことのあるロスやフランス、香港などのスーパーとも何もかも違うって言う感じなんですね。
 店内は広く、物・物・物・物。通路は広くカートは私でも座れそう。
 そのカートを押しますが、余りに大きい所為かカーブを曲がるのに直ぐに何かに当たって仕舞います。
 
 私は半分歩くのがスーパーに行く目的ですから、力を入れて押しました。
 品物は小売りとは違いますね。どれもこれも大きかったり、多かったりですよ。
 倉庫の中を歩いているように感じましたね。
 若い方が圧倒的に多く、老人は全く目に入りませんでした。

 食品のコーナーの所どころで試食をさせていました。
 ここでは口にしたことにない物を食べて見ました。 チーズタッカルビーや フォーそれと トルティーヤ ですよ。
 和食党の私にはどれも??ですね。

        食品を少し買い、昼食にピザを買って来ました。

      ピザ1  ピザ2

 このピザ1580円か1585円だったかな。どちらかですよ。
 12切れにカットされています。一切れでも大きいですよ。
 私は1枚でお終い。塩気が強くて驚きましたね。
 
 今日はとても複雑な気分になっていますよ。世界の変化に思いを馳せてね。

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久し振りの握り鮨

 最近の買い物ですが野菜や肉は下のスーパーで買うようになっています。
 それでも時々魚はアリオのタカマル鮮魚店に買いに行きます。
 良い魚を見ると元気が出るのです。
 今日はタイラギと鯵を買いました。
 タイラギは一枚500円、鯵は一尾200円 全部で税込み756円です。
 刺身で食べようと思いましたが、残り物とのバランスで握に変更。

      756円鮨

 ご飯はお茶碗で一杯半。久し振りでしたので、ややまごつきました。
 お皿に盛り切れないので、小皿にも載せて仕舞いました。
 これが二人で食べ切れないのですよ。
 別に食べたものは小柳さんの手羽元開き。焼き鳥のタレで焼いた物を2本づつなんですね。
 先ほどテレビで加賀料理が出て来ましたが、どう頑張っても摘まんでお終いになりそうです。

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鶏油と雑談

 昨日 バスで我孫子駅近くにある小柳さんに鶏油を頂きに行きました。
 前もって連絡をしてありますので、冷凍した物を頂くことがありますが、昨日は未だ冷凍はされていませんでした。
 これは早く作らなけれぼと朝食後直ぐに作り始めました。
 作り方は何時もの通り

       鶏油1  鶏油2

       鶏油3  鶏油4

       鶏油5  鶏油6

 最後に出来上った皮 焦げも感じますが塩胡椒を振って酒肴に合います。今夜はこれで一杯です。

 小柳さんの高齢な小父さんですが、昨日は珍しく奥から出て来ました。
 その顔の皮膚の綺麗なこと。皺も殆ど見えません。張りもあり驚きました。
 凄いと思い褒めましたら毎週一回鶏の皮を煮て食べているからだと仰るのです。
 それをお聞きしては買わずにはいられません。鶏皮はコラーゲンがたっぷりらしいですね。
 凝り性の私 また食べるでしょうね。

 良く拝見するブロガーさんが昨日は16㌔歩いたと言うのですね。
 そこで思い出したのが昭和20年のことですね。
 あの3月10日の東京大空襲からは米軍の空襲は益々多くなり、空襲警報があると当時省営バスと言われていた通学のバスが止まってしまい、16㌔の道を歩くのです。
 16㌔と言いますと大体4時間ですね。片道の時もあり、時には往復の時もありましたね。運動靴はもう手に入らなく、皆下駄ですよ。鼻緒も自家製ですよ。無い無い尽くめの毎日ですよ。
 既に上級生は船橋の軍需工場に動員されていました。嫌な時代ですね。夫と時々話しますよ。

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大豆を圧力鍋で煮ました

 家で煮る豆は大豆ですね。豆の煮方って意外に難しいものですね。
 大豆を煮ようと思うと一晩水につけて置きますが、ふっくらと煮るのは気を短くしてはダメですね。
 落ち着いてね。
 それが今回は圧力鍋で煮て見ました。この方の煮るのを見ましてね、圧力鍋の蓋の周りに台拭きを載せて炊いて見ました。

        大豆煮豆

 実に美味しく大豆を一層好きになりました。
 味付けですが、砂糖と醤油ですね。圧力鍋で軟らかくなった大豆に砂糖と醤油それに昆布を入れて煮ます。
 一旦火を消して、1時間程置きました。再度火をつけて煮ます。暫く煮ましたらまた火を消しました。
 そしてまた1時間程経ってから煮ました。
 結局3回煮たのですね。味も確りと付きました。
 大豆は御徒町の星野さんから北海道産のを取り寄せています。
 問屋ですから安くて良い物です。昆布も同じく星野さんの日高昆布です。

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今日のお昼と手指で脳を刺激

 また簡単なワンタンを作る心算で買い物に行きましたが、粗挽きのひき肉がなく、普通のひき肉を買って来ました。
 作ろうと考えたのですが、粗挽きと違い普通のひき肉では、肉が余りに広がり、見た目にどうかなと思って、普通のワンタンにしました。

       ワンタン普通の

 昼間の気温は高く、食べているうちに汗が出て来て、側にあった扇子で扇いで仕舞いました。
 冷たいワンタンってあるのかしらと思って調べて見たらあるのですよ。
 もっと暑くなったら挑戦してみようかしら。忘れないようにしよっと。

 老師と毎回話すのですが、自分の身体は自分で管理すると言うことですね。
 そのことに付いては中国の色々な事例なども出て来ます、
 先日送って頂いたのは大脳を刺激する手指の動作ですね。
 北京の有名な協和医院で指導しているものです。
 私はこの画像を出して毎日手指の運動をしています。
 4種類の手指の動かし方が見られます。それを毎日それぞれ20回やると良いのですね。
 私は最後の小指から始めると言うのが最初は難しく、まごつきましたがもう大丈夫です。
 
 興味がございましたらこの協和医院から入って行って下さい。
 
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見映えないチャーハン

 昼食には麺類が多いのですが、偶にチャーハンを作ったりします。
 中國で食べるチャーハンはお米が違うこともありましょうが、調理人の腕や火力の所為もあると思いますね。
 我が家のは家庭料理 決して上等とは言えません。

      チャーハン木耳

 木耳入りのチャーハンなんてお店では見たことがないです。
 お米は普通の日本のお米です。老人ですから炊くのも軟らかめです。
 チャーハンには適していないと思います。
 私は炒めるのに鶏油を使います。旨味調味料は一切使いません。
 良い所はそれだけです。

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冷やし中華と雑談

 昼食のことは時々ボヤキますが、食べない訳にも行きませんから、何とか作っています。
 気温が上がると夫は冷やし中華が好きなようで、生麺を買って来て置きます。
 買い置きのない時など、スーパーや近所の中華屋さんで出来合いのを買って来ることがあります。
 これは唯冷やし中華だと言うだけで決して美味しいとは言えません。
 連休ですと何となくだらけて仕舞います。毎日が寝て曜日ですのにね。
 そこで冷やし中華を作りました。

         5月7日冷やし中華

 だらけていますから、上に載せる具もある物でお終い。
 塩豚があったのが良かったですね。これは良い肉の安い時に作り、冷凍して置きます。
 
 昨日テレビで麻疹が沖縄に来た台湾の方から広がっており、既に県によっては患者が出ていると言うのですね。
 麻疹は空気伝染するので、インフルエンザの予防のように、手洗い・嗽・マスクではダメだと言うのですね。
 予防はあくまでもワクチンでしかできないと言うのです。
 日本では麻疹のワクチンの実施には経緯があったようで、受けていない年齢などが分かるようです。
 麻疹は子どもが罹るものだと思っていた私は成人も罹ると言うことを初めて知りました。
 昔はワクチンはしませんでしたし、うつるのは当たり前のような感じでしたね。
 夫は罹った記憶はないと言いますが、私は間違いなく罹っております。
 その記憶は麻疹が治ったのに身体がだるく、学校に行きたくなく寝ていたのです。
 数日後シーツが黄色くなり、肌も目も黄色くなり、お小水も黄色くなったのです。
 青島に住んでいた時のことですから近所の小児科の廣瀬先生が往診に来て下さったのです。
 黄疸です。と言うことで良く覚えていました。

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鰹の刺身と雑談

 昨日は下のスーパーが開き、大売り出しとなっていました。
 娘たちは早々と行ったので様子を聞きましたら、物凄く混み開店時と同じようだったと言うのですね。
 私がカートで歩き回れる状態ではないと分かりました。
 中国語のレッスンの後、昼食を済ませ娘たちとアリオ柏に行きました。
 千葉県産の鰹が出ています。四分の一が税込み429円です。魚好きの長女と二人は買いました。

      鰹税込み429円  鰹残り

 夕食に食べたのですが、右のように残って仕舞いました。他に食べる物があったとはいえ、それは知れたものですよ。
 全くです。
 長女が来ましたので聞きましたら、長女の家では勿論食べ切っています。

 今日の午後は病院の梯子です。
 先に眼科です。夫は余り変化はないようでした。私ですが矢張り先生は心を読んでいるようです。
 手術をする時期ですがね。決めるのはご自分ですからと仰ってまた先延ばしになりました。
 時間もあるとは思いますが、病院の中は老人一色です。右を見ても左を見ても、前を見てもですよ。
 数人いた50台位の方は付き添いの方のようです。

 眼科の診察を終えて次は内科の先生の所に行きました。4時頃って空いているのです。
 待合室も数人座っているだけです。ところがこの病院、午前中はこれまた老人で一杯なんですね。
 待つ時間も長いので、我が家では午後にしております。それも5時過ぎると混むのですよ。
 今日は上手く行きました。

 先月調べて頂いた骨密度ですが、何と、62歳程度だと言うことです。
 これは予想外の数値で驚きました。
 先生は食生活が良いのでしょうと仰るのです。私は親のお蔭だと思いますと申し上げましたが、それもあるでしょうが成人になってからも良いと思いますよと表を見せて下さりながら説明されました。
 こうお聞きするととても嬉しくなりましたよ。
 矢張り気分が良いものですね。

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半額は嬉しい

 国産豚ひき肉の粗挽き 200gのが半額になっていました。
 下のスーパーは肉は安いのですが、未だ休んでいましたので買って来ました。
 そうだワンタンにしようと思ったのですが、面倒くさくなりこのひき肉を半分使い、野菜ワンタンにしました。

       野菜ワンタン

 お湯を沸かし、その中に野菜とひき肉を入れます。煮えた所にワンタンの皮だけを重ならないように入れます。
 丼ぶりに出来合いの中華醤油スープの素を入れます。其処に上の野菜とワンタンの皮をお湯ごと入れて出来上がり。
 簡単で楽です。これはこれからも作りそうです。多分作るでしょう。

 もう一品はそのひき肉と大根を煮ました。鍋に砂糖・醤油と出汁をいれて煮立てます。
 そこに20cm程の大根をピーラーで削って入れて行きます。ひき肉を入れて煮えたら出来上がり。

       大根・ひき肉

 これは煮えるのが早く、大根特有の匂いもしませんので気に入っております。
 直ぐ煮えますから、朝の煮物に良いですよ。

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我孫子地域支部総会

 明治大学校友会我孫子地域支部第18回総会が今日の昼 市の老舗の鈴木屋で開催されました。
 会員は4月現在で120名余り 出席者は35名位 なぜ位かと言いますと、聞こえなかったのです。
 段々聴力が落ちて来ていますからね。

 例年通り総会はスケジュール通りに進行
 
        支部総会集合

 前のように動き回り写真は撮れません。座ったままです。

        支部総会会長

 関俊雄支部長は丁寧に活動方針を説明しております。補聴器を付けようかなと思いながら何となく聞いておりました。

        支部総会来賓

 来賓代表の挨拶は 西部支部長の前田勝己さんです

       支部総会来賓一同

 校友会西部支部の地域支部支部長など来賓一同です。これも座ったまま撮りました。
 
       支部総会新人

 初入会で初めての参加者の紹介もありました。

       支部総会余興

 余興はハワイアンバンドの演奏です。メンバーは明大OBの方とか。

       支部総会参加者

 記念写真は総会が終了して直ぐに写しました。そして懇親会ですね。
 懇親会の間でバンド演奏があったのです。絞めは校歌斉唱です。今回のリーダーは中々大したものでしたよ。

       支部総会庭

 会場は和風の建物ですから池もありました。毎年お見えになる方がお見えにならないと気になりますね。

  PS 「おしゃれ化で女子急増の明治大」と言う記事を見ました。関支部長の挨拶でも話されていたことだと、思い出しました。

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懐かしい学校 その6

 私が戦時中通っていた中国青島第一日本小学校の教育レベルが高かったと言うことはその5で触れていますが、実際にこの小学校で行われていたことに気づいたのは、転入して直ぐの運動会の時でした。

 運動会では当時の日本の小学校では競技に勝つとノート等が貰えました。
 それが青島の第一では入賞者へは胸に付けるリボンでした。
 一等は赤色 二等は青色 三等は黄色です。生徒はそのリボンを運動会後一週間胸に付けて登校出来ました。
 勉強嫌いのがき大将の〇〇君の姿を見て感心したものでした。
 運動会が終わると生徒は教室で全員ノートを頂きました。

    青島昭和14年運動会  第一運動会

 生徒はグランドで競技をしていますが、家族はスタンドで応援しています。
 昼食は生徒は教室で普通のお弁当を食べます。私の田舎の学校では親の席に行き家族一緒に食べたのです。

 何か違うのですね。生徒に誇りを持たせ啓発をしたのでしょうか。

 授業のことですが、私にとって特に強く印象に残っており、そして今も我ながら良く覚えられたものだと思うことは5年生の時の地理の授業のことです。
 先生は赤崎畩吉先生です。鹿児島出身の赤崎先生は日本の地理を教えるのに、生徒が白地図を書くことから始めました。 当時白地図は文具店でも売られていませんでした。
 本州の北から書き始めます。最初は地図の上に薄い紙を置き、それをなぞって書き写したのです。 
 それを何回も書くうちに下敷きの地図を使わなくても書けるようになりました。 
 これは今も役に立っております。何かを説明する時に直ぐ書けるのです。
 その白地図に様々なことを書き込みます。
 それと先生は黒板に世界地図を手書きで一気に書きます。

             地図

 これは今日私が書いたのですが、先生はこの地図を差して世界のことを教えて下さいました。
 日本に帰国し、女学校に入ってから地理の問題では私は先生に驚かれました。
 女学校で習う世界の気候など既に教えて頂いていたのです。

 赤崎先生は私の帰国に反対されたのです。何故先生が反対なさったかは帰国して私は分かったのです。

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白ムツ煮と昨日のこと

 タカマル鮮魚店も昼前に行きませんと安くて良い物が手に入りません。
 白ムツの手ごろな物が出ておりました。安いので10尾買って来て一気に大鍋で煮ました。

        白ムツ

 夫は魚は骨があるから嫌だと言いますが、骨があると美味しく感じるのが私です。
 一尾が大きいので一回に一尾で充分です。
 魚好きな一人暮らしの友人に送ろうと二尾づつ冷凍にしました。

 昨日着いたと喜んで電話を掛けて来ました。「美味しいのよね。デパートでも煮たのを売ってはいるけれど、カレイとか鯖とかでしょ。ムツなんて絶対売っていないでしょ。嬉しいわ」と何回も繰り返し言っておりました。

 昨日は下のスーパーが今日から日曜日まで休むと言うので、三日も休んでは困りますからね。
 買い物に行こうと思っていましたら、午前中に行った長女が「野菜も少なくなっているよ」と連絡して来ました。
 それじゃーと時々行くスーパーに行きました。可成り大きなショッピングセンターの中なんですね。
 歩くためにですから、スーパーでの買い物の前に中を眺めながら歩き回りました。
 もうどこもかしこも子どもが一杯です。子どもの喜ぶコーナーが彼方此方にあるのですね。
 子どもの姿が可愛くて、長女と子どもは元気で良いね。と言いながら歩き回りました。

 夕食は買って来た物で簡単に済ませ、ゆっくりテレビを見ました。

 NHKの憲法論議 2時間 自民党をはじめ各党の方が参加して討論が展開しました。
 この手の放送は殆どありませんから、大事なことですので、半年に一回位はやって欲しいと思いますね。

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餃子や肉まん

 老師のお姉さまが北京からお見えになっております。
 お姉さまの作られた物を時々頂きます。

    三鮮餃子  ホウレン草肉まん

 左はエビ入りの餃子です。右はホウレン草入りの肉まん(包子)です。
 どちらも庶民の味と言う物でしょう。
 
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自家製ちりめん山椒

 久し振りにちりめん山椒を作りました。最近中々思うようなちりめんが目に入らなく、キョロキョロしておりました。
 長女から電話があり「この前ちりめんが大きいと言っていたでしょ。良さそうなのがあるけれど買って行きましょうか」と言うのですね。
 量と値段を聞きましたら、良さそうなので買って来て貰いました。
 見たら広島の音戸のです。大きさも程よく、作りました。
 素人ですから極小のは難しそうですが、この大きさ当たりですと何とか出来ます。

       音戸ちりめん

 作って自分でも食べますが、友人や知人へのお返し。また何かお世話になった方へのお礼にすることが多いです。
 味付けの材料は出来るだけ良い物を使います。お届けする時は味の保証はしませんが、安全と安心をお届けしますと、一言添えます。

 作り方はここでご覧になって下さい。山椒は市販の物となっておりますが、今は富山の瀬戸さんから頂いた物を使っております。

  料理レシピ集と言うのがあり、山椒の部はここです。ご覧になって頂き、気に入りましたら、Goodをクリックして頂けると嬉しいです。相子老婆の自家製ちりめん山椒の他に自家製牛肉そぼろ山椒と言うのも出ております。
 出来ましたらどちらもGoodをクリックして頂ければ有難いです。10年以上上位を保っています。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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