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2019-11

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長崎浦上天主堂

 原子爆弾が長崎に投下されて今日で丸61年が経ちました。2003年、夫と長崎原爆資料館を訪れ、凄まじい被害状況の一端に触れることが出来ましたが、実際はこれ以上のものだったことであろうということは、充分に伺い知ることができます。
 2005年の入場者は約69万人ということですが、年々訪れる人は減少しているそうです。非核3原則がなし崩しにされていく気配を感じるこの頃、多くの方が長崎を訪ね、またこの資料館に足を向け、原爆の恐ろしさを知って欲しいと思っております。
 資料館では、祖父江孝男先生のお父様の被爆した位置も知りました。
 私のクラスに長崎の浦上出身の浦上初実さんという方がおりました。物静かな、男性としては覇気が足りないという印象を持っておりました。彼はクラスでも真面目なグループの中の一人で、私のグループではなく、特に個人的に親しく話をすることもなく、卒業まで過ぎて行きました。
 卒業後数年経った時、私は一通の手紙を受け取りました。開封してみますと、浦上さんと結婚を約束していたという方からのものでした。
 その手紙は、彼が亡くなり、彼の大学在学中の様子を知りたいという内容でした。その手紙を読んだ私は、学生だった彼の様子に、何かで時間が止まった様な経験があったのではと、気になったことを思い出しました。もしかしたら、それは浦上に住んでいたことと関係があるのではと感じたことでした。
 以来、必ず浦上天主堂を訪ねたいと思い続けていました。長い歳月が過ぎ、やっとそこに行くことが出来ました。
                 長崎浦上天主堂

 「長崎ー浦上天主堂ー浦上さんー原爆」 この構図が常に心にありました。許婚の女性は彼が何故亡くなったかに触れてはいませんでしたが、私は確信のようなものを、今も抱き続けています。
 浦上初実さん  1955年6月10日没  浦上さん早すぎます!
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長崎浦上天主堂

40日前に長崎を訪れたばかりですので、今年の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典は、ひとしお身近に感じられました。被爆者代表の中村キクヨさんの体験談が胸に迫りました。

 橋本さま  段々記憶の外に押しやられて仕舞うことのないように、語ってまいりましょう。思い出すだに悲しく、口惜しいことです。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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