2017-10

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綺麗な花

 沖縄に住むノリーダヨさんのブログを拝見しますと、実に美しく、そして南国らしい花々が目に入って来ます。
 私の知る花は殆んどありません。沖縄へはツアーでしたので何だか全てが慌しく、花はブーゲンビリアとかハイビスカスのような知った花を覚えてるだけでした。
 どうも後から残念がるのが何時ものことで、沖縄の時もそうでした。

 少し前「カエンカズラ」と言う名前の花が何枚もアップされておりました。見た途端「アッ海ほおずき」だと思いました。海ほおずきは子どもの頃のオモチャのような遊び道具の一つと言っても良いでしょうね。ただ普通に言うところのオモチャではないのです。口の中で遊ぶと言いますか、口に入れて吹く物です。

        海ほおずきのような花

 昔 村の祭りとなれば神社の境内や狭い参道でも屋台が並びました。夜にはカーバイトの灯りの独特な匂いが漂い、子ども心にも怪しげな空気を感じたものでした。
 屋台の定番は干しスルメを戻して焼き、醤油で味つけた物、かき氷やワタ菓子等で、今の様な焼き鳥やおでんなどはありません。
 町ではそうですが、毎年9月15日には千葉の館山市の大きな祭り「八幡まち」
 この祭りともなりますと当時の安房郡の町や村から神輿が出て来ます。そこで繰り広げられる屋台の数は驚きでしたね。何処から集まって来るのでしょう。その屋台はテントをはり、よしず張りで囲い、椅子なども置かれたりです。農機具をはじめ生活用品、怪しげな見せ物など。それに混ざって食べ物屋が競っています。多くの人が興奮している様な時間が過ぎて行きます。
 この祭りの日は小学校が休みになり、町が空っぽになる程、大人も子どもも祭りに出かけました。祭りに行き館山の親戚でご馳走になる。それが大きな楽しみでした。
 それが今は9月の第2土曜日、日曜日の二日間になっているようですね。
 私は祭りで買い食いをすることは殆んどありませんでしたが、海ほおずきは良く買いましたね。

 海ほおずきは巻貝の卵嚢だそうですが、屋台に並べられている物は卵嚢の中は空間になっております。少し大きいものは分けられておりますが、小さな物は幾つか纏められております。自然の色は薄茶色のようですが、売りものは赤や黄色で着色されております。袋の平らな何処かに穴が開けられており、口に入れて風船を吹くように音を出して遊びます。舌と唇、そして噛む仕草が微妙に関係します。
 ノリ―ダヨさんの花は薙刀ほうずきにとても良く似ております。懐かしさがこみ上げて来ました。

 話は変りますが、2006年3月7日 この日は沖縄におりました。私はひめゆりの塔と資料館で辛い気持になり、また平和の礎では多くの方の名前に感謝の気持ちを捧げて来ました。沢山の人がただ日本人であるがためにあの大戦で命を落としました。
 最近どうも様子がおかしく感じられてなりません。
 沖縄戦ばかりでなく、多くの人が国家と言う名のもとで犠牲になったことを忘れてはならないと思っております。
 国民あっての国家 国あっての国民 どちらも重いですね。考えない訳には行きません。
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COMMENT

こんばんは

昔のお祭りの思い出を懐かしむ切っ掛けにカエンカズラがお役に立てたことは私にとっても嬉しい限りです。

いつもながら

相子さんのお話をお伺いしてますと、
経験もしたことのない情景が浮かんできます。

戦後の誰もが皆、幸せを噛み締めたいと思っていたその頃の
活気に満ちた人々の逞しさがつたわってきます。

館山には訪れたいところがありまして、
民宿などでゆっくりしたいと思っています。

いろいろと拝見

ノリーダヨ さん   ようこそ
ブログで知らなかった沖縄の生活や行事も教えて頂いております。勉強になっています。

祭りも変って来ましたね

ちゅんごさん  今晩は
戦後は祭りが復活し、村の鎮守と言いますか、部落ごとに祭りがありました。のど自慢が祭りのメインのような時でした。誰もがお腹を空かせており、祭りではご他所の家で馳走になれるので、楽しみに待ったものです。

今の言葉でいうと、新興住宅地みたいな所で育ったので、まったく、祭りとか、古い伝統的なことを経験しないで育ってしまいました。  祭りの季節になると、地域ごとに学校を休んだりしているのを横目で見ながらあこがれた物でした。  なんか、寂しい子供時代でした。 (笑

沖縄には復帰間もない、1976年に行きました。 綺麗な海や花がとても衝撃でしたが、反面、 町の風景はまるで、アメリカという感じでびっくりしました。
沖縄の問題は難しいことでしょうが、日本人全員で考えていかねばならないです。 

祭りは町おこし?

ゴルッテリア さん  お早うございます
今の日本の祭りは過っての素朴さが消えて、ショーの様な様相になって来ていますね。子どもはどちらかと言えば阻害されている感じすらします。
今住んでいるマンションでは夏祭りが長く続けられております。盆踊りには周辺の住人が大勢参加し、フリーマーや屋台で楽しんでいます。とても子どもを大事にしております。
沖縄問題はとても重要で、政府も難しい取り組みになっておりますね。

最後の話は深いですよ
知覧に行った時も感じましたが、犠牲になるのは夢を持って生きた来た人ですよ、国の為、母・子の為です
政治をつかさどる人間は毎年行って思いを新たにして欲しいです

海ほおずきは母が鳴らすのが上手でした。
小さな頃教わった記憶があるのですが、私は鳴りませんでした。
もっとも、私の興味はお好み焼きと焼そば、ゲンゴロウレースでしたから…f(^_^;

祭りも随分と様変りしましたね。

戦争のツケ

EGUTI YOUSUKE さん   感想有難うございます。私も知覧に行きました時、有為の青年をこのような形で失ったことを悔しく思いました。資料館を回る間涙が止まらず、遺書も涙で霞んでなかなか良く読めませんでしたが、実に健気な言葉で綴られたおり、深い悲しみに襲われました。蒲鉾屋根の部屋で寝ていた隊員の最後の夢は何だったのでしょう。今の日本の政治の混乱は人材の枯渇ではないでしょうか。切ないですね。

今は思い出です

いその爺さん   私は余り上手に吹けませんでした。生物が好きで、専ら観察と言った感じでしたね。
ワタ菓子を食べたくてね。親が許してくれなく、20歳過ぎに初めて口にしました。あっけなっかので驚きましたね。
TVで紹介される祭りは何処も立派で、華やかですね。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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