2017-10

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電話

 電話をかける時 掛けようか掛けまいかと考えることは先ずありません。掛ける必要があるので掛けると言って良いでしょうね。
 携帯電話を使うのも余り金銭感覚を持たずに使っております。全部がそうでもないでしょうが、電車で見る風景は多くの方が携帯画面を見つめて指を動かしております。
 昔電話が声を運んで呉れると言うので、電線に手紙をぶら下げたなんて笑い話がありましたが、私が就職した頃、大学の教職員の名簿に電話番号が掲載されている割合は恐らく5%位ではなかったかと思います。
 職場の電話は交換台と繋がっており、内線は直接繋がりますが、外線に掛ける時には交換台に掛けて繋いで貰います。ですから緊急の教授会が開催される時には中央郵便局まで行き、同文電報で知らせていたのです。
 今や電話は基本台帳のようなものですね。電話の無い家は滅多にはないでしょう。固定電話が無くても携帯電話を持っておりますね。便利になっています。
 子どもの時自宅に電話はありませんでしたが、小学生の時中国の青島に行きましたら、既に電話はダイヤル式の物でした。
 当時 電話の掛け方では中国人と日本人では大きな違いがありました。
 日本人は「○◎ですが、そちらは△□さんですか」で始まります。
 中国人は「あなたは誰ですか」で始まります。子どもながら失礼なと思ったものです。ですがこれは民族性の違いでしょう。社会の成り立ちも環境も違うことの表れだと思います。今はどうでしょうか。中国の知人や友人との交流はメールが殆んどですので、電話の時の記憶が頭に浮かんで来ません。

 1942年に日本に帰国しました。電話はありません。電話は郵便局、役場、学校、警察、灯台等にありました。町で電話を引いている個人では旅館、医者、米屋や酒屋位でしょうね。
 電話はそうそう必要のない物でした。それでも東京等に用事があり、掛けなければならない時はどうするかです。知り合いの家で借りるか、郵便局の公衆電話を利用します。
 この郵便局の公衆電話は直ぐに分かる所にありますが、それで直ぐ繋がると言う物ではありません。
 
         電話

 先ず郵便局の人に電話を掛けることを伝えます。電話機の右側の取っ手をグルグル回して、左側の受話器をとります。そしてそれを耳に当てて、電話機の真ん中のラッパの所に相手の番号を言います。すると交換手が分かりました。受話器を戻してお待ちくださいと言います。それで直ぐに繋がるかと言いますと、これも直ぐには行きません。待つこと近くても数十分、遠い東京等ですと1時間位 時にははもっと掛かります。
 交換台から繋がったという連絡が局の人に伝わりますと、名前を呼ばれます。それから話が出来るのです。
 
 でも電話を使う事は滅多にありませんし、当時は誰も不便だと言う事を話していた記憶がありません。
 時は移り1955年頃でしょうか。町に有線電話が設置されました。各家に送受信器がおかれました。町役場に交換台が設けられて、町から伝達事項が放送されます。個人は交換台に相手の電話番号を伝えます。そうしますとね。
 「○○の何番から■■の何番に」と聞こえます。しますとね「○○さんちだ何だろう」と分かります。
 夜中に「○○さんから××(病院の番号)に」となりますと「○○さんちの誰かが病人だっぺよ」と町の人に分かります。
 本来聞いてはいけないはずの物ですが、広報活動にも使われますからオープンです。受話器を耳に当てれば内容を聞くことが出来ます。昼間は余りそういったことはありませんが、夜中は町中に知られて仕舞います。個人情報とかプライバシーや守秘義務など知う言葉など全く知らずと言いますか、関係ない時代の話です。
 
 有線電話は割合早く廃止されました。今は都会と同じです。
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COMMENT

グルグル回す電話機をつかったことがあるなんて…凄い!
それに繫がるまで1時間も待つ…現代では考えられないですね。

今や携帯電話は世界中の情報をリアルタイムで知ることができます。
それが良いか必要ないかは別にして、
氾濫した情報に目先を奪われてしまい、熟慮して物事を考えない人が多くならないか心配です。
考えなくても結論が出るところに怖さを感じます。

思考能力の衰えが心配

ちゅんごさん   こんばんわ
お婆さんでしょ。古いことを知っておりますので、いろいろとアップしたいと思っています。
私はダイヤル式の電話を使っていましたので、帰国した時は日本が凄く遅れているな~と思いました。
まさか祖国がこんなとは思いもしませんでした。
この節簡単に情報が入って来ますので、自分で考えるという能力が落ちて行くのが心配です。

文明の利器

あい子さん
終戦後、固定電話を架設する事は確かステータス・シンボルであった記憶があります。
小生も結婚後すぐに、無理をして固定電話を引きました。
事情があるとは言え、実は恥ずかしながら未だに携帯電話を持っていません。
と言うよりも、当分持たない主義かも知れません。
一方、海外、特に発展途上国では固定電話が普及しないまま、一気に携帯電話時代に突入です。
当分パソコンが携帯電話がわりになっていますが、いつまで現状が続くやらーーー。
いずれにせよ、電話は確かに文明の利器の一つですね。

債券を買いました

高さん   お早うございます
我が家が固定電話を買う頃は債券を買わないと設置出来ませんでした。債券を直ぐ売る人もおりました。
携帯電話は持たない主義の方もおります。夫も持ちません。
ですが徘徊するようになったご主人さまに持たせて、所在の確認をしている方もおります。これも利器と言えましょうね。
携帯もパソコンと同じ様に使われ始めて来ましたね。

私は1982年まで、アパート暮らしで固定電話のない生活をしていました。 今考えると信じられないですが、その当時は珍しいことではなかったように思います。 
コンピュータの仕事をしていましたが、現在のような、進歩したPCや携帯電話の事は想像すら出来ませんでした。

手回し電話

小学校に入る前、写真の電話を使っていました。
手が届かない高さに掛けありました。
触りたくてたまりませんでしたが、もちろん触るのはご法度です。
父が会社から掛けてくれた時だけ、いすを踏み台にして掛けることが許されました。
電話をかける大人は、みな「もしもーし、もしもーし」と大きな声で、「も」を伸ばしてました。
電話番号は局番なしの102番で「ひゃくに」番と言わず「ひゃくふた」番と大人が言うので、何か特別な感じがしました。
そのうち、ダイアルなしの手回し黒電話、ダイアル電話と変って来ましたね。

驚く変化ですね

ゴルッテリアさん  私も結婚するまでは電話を持っておりませんでした。
アパート暮らしってそんな感じでした。
今は公衆電話も少なくなって仕舞いましたね。凄い時代の流れです。
ただ私の父は華北電電で仕事をしておりましたので、将来一人づつ電話を持つ時代が来るとは話しておりました。

思い出しますね

つしまひのき さん  ようこそ
電話を掛けると何だか大人の気分になりました。昔の映画などで、子どもが背伸びして掛けているのも見ましたが、背の高い大人を対象にしていたのですからね。郵便局では子機がある公衆電話があり、それを耳に当てえ大人の話を聞くことが出来たものです。
本当に小さな時「もし もし」は世界中で同じだと思っていました。

私も高校生までは田舎で育ちましたので、手回し電話で交換台を呼び出していましたよ、松本はダイヤル式でしたね。
有線放送も有りました、無くなったのは各家庭に電話が普及した頃じゃないかな いまじゃ考えられないですね
確か電話を引くのに債権なんてのが高かったような事両親が言っていたのを思い出しました 懐かしい話です
あの債権はどうなったんかな 探してみるかな

債券

EGUTI YOUSUKE さん  固定電話は債券付きでしたが、買い取り屋がありましてね。直ぐに売って仕舞う人もおりました。
有線があると伝達が一気に伝わりますね。便利な面もありましたよ。
話は違いますが先日の広域での取り水の問題では、断水を知らせる広報車が廻りましたが、聞きとれず困りました。

こんばんは。

最近は、家電話が鳴ることも少なくなりました。
皆さん、携帯電話なんでしょね!?

あっ!!
私もでした v-17v-356

使い分けです

ボス。さん   ようこそ
私は友人や生徒との通信は携帯を使っています。
家の電話は家族に関係のあることでと使い分けております。

この電話機、酒仙蔵野(1540年創業の長野県で一番古いお蔵さん)にありましたね。
もちろん、現役ではありませんでしたが。

古いなりに懐かしい

酒呑親爺さん   ようこそ
先日は有難うございました。お陰で私どもの株が上がりました。
このような電話機は今は殆んど旧家や愛好家の置き物になっているかも知れませんね。

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相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
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