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2019-10

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お妾さんと言う言葉を知った子ども

 中国の青島で過ごした家の斜め向かいに日本陸軍の将校の宿舎がありました。
 家屋は中国式でも、青島式と言うらしい中庭に井戸のある建物です。
 将校は4、5人ほどだったと記憶しております。将校と言いますと軍の専門職のようなものですね。所謂徴兵で配属された兵隊とは違います。
 その将校は朝には司令部?に出掛けます。服装も立派です。姿も子どもなりに引き締まった感じに見えました。
 将校には一人づつの当番兵が付いております。言うなれば付き人ですね。その当番兵は二等兵だったと思います。
 将校が宿舎を出て行きますと、当番兵は受け持つ将校の部屋の掃除や下着などの洗濯等を済ませます。
 午後は殆んど用事が無いようで、ほぼ毎日のように当番兵の何人かが我が家にやって来ます。
 目的の一つは将校の着る衣服の繕い物です。その衣服を持って来ますと母が修理をして上げます。厚物の修理はミシンでなければとても無理らしく、当番兵は母を頼りにしておりました。
 当時兵隊の給料がどれ位だったかは知りませんが、青島のような都会ではお金が足りないらしく、兵隊は我が家を受け取り人にし、日本の家族から送金をして貰っていました。
 当番兵の他に炊事係の兵隊もおります。和食、洋食は勿論お菓子も作ります。その炊事係の兵隊は母にとっては難しい料理の指南役でした。鶏の丸焼きも、クッキーの作り方も、我が家の台所で教えて呉れていました。
 母はそれで可なりいろいろな料理を覚えたようです。和菓子の練り切りやカステラも作りましたね。

 1941年頃の年末 当番兵たちは時々一升瓶を抱えて我が家に預けに来ます。酒保で買うんでしょうね。
 そして大晦日の日 我が家には当番兵が集まって来ます。そして酒盛りが始まりました。夜通し飲み続けています。両親は憲兵が回って来ないかと随分ヒヤヒヤしていたそうです。
 で将校はと言いますと、将校は将校で何処かに遊びに行っていたようです。宿舎には誰もいなかったということですね。

 兵隊は広島出身の方が多かったようです。話を継ぎはぎ思い出しますと、広島は宇品港から青島に来たと言っておりました。
 「広島お魚ツアー」と言う私の大好きなブログがあります。管理人はアナゴさんと言う方です。
 そのアナゴさん つい最近宇品をあちこち見学しておりました。
 写真を先ず一枚お借りします。

      旧陸軍糧秣廠

 宇品港についてはアナゴさんのブログを右の☆から入り下の方へとご覧になって下さい。→

 話は将校のことです。夏のある日の夕方 まだ明るい時間です。
 一人の将校 名前も覚えています。久我中尉と言いました。その久我中尉が和服の着流しで風呂敷に包んだ物を下げて何処かに出掛けて行きました。
 母が当番兵に聞きますとそれは久我中尉がお妾さんの所に行くので、お重に料理が詰められているのだと言います。横で聞いていた私は「お妾さん」なる者がどう言う者かを知ったのです。そのお金が何処から出せるのか疑問に思ったものです。
 第一戦で闘っていた兵隊と余りに違う軍人もいたのです。
 私は坊子に遊びに行った時 軍人でも甘い汁を吸っている人間がいると知ったのです。
 大きな組織はややもすると不正、腐敗が発生しやすく成るようですね。
 子どもの頃の経験がなせることからか私は何かを嗅ぎつけることに敏感になっております。不正が何処となく見えるのです。
 
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COMMENT

まっ先に逃げたのは。。。

こんばんは。
伯父の話ですが、南方の島々が連合軍の手に落ち始めた頃、一番最初に逃げたのはお妾さん連れの将校だったと云うことです。残された兵隊さんたちは餓死したり、ジャングルを彷徨ったり、地元の方々に幸運にも救い出されたり。。。様々だったとのことです。
福島の原発事故の時もお役所関係の人間は福島市へまっ先に逃げ出していましたね。

いろいろと思います

yokoblueplanetさん  今晩は
伯父さまのお話。胸が詰まります。日本の軍隊は一部の将官は立派な方だったと思います。
ですが悪の軍人も少なくなかったと思います。
関東軍の行為を思いますと腹が煮えたぐります。

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興味深い体験談です。
軍人は命を賭けた方ばかりだと思っていました。
現在の政治家や役人のような特権にぶら下がっている人はいつの時代にもいるのですね。
その勢力が大きくなって蔓延したときに国が傾くのですね。
選挙で何を選ぶか悩み中です・・・

そうなんですよ

ちゅんごさん 今日は
軍隊の中でもいろいろとあります。私の知っていた軍人は自分の故郷から女性を呼び寄せ、愛人にしていました。
特権を欲しがる人が多くなると国がおかしくなるんですね。今でも世界の中で見られるところです。
政治家はその点一番気をつけなければならない位置に立っていますから、人格がどうかはとても重要なことだと思います。

確かにこの手のお話は良く耳にしますよ
英雄色を好むと言いますか政治家が色仕掛けに狂うのは日本の政治家が一番世界で多いようですよ
有名な話では中国・ロシアに外交に行って弱みを握られた大物政治家もう話しにならんですよ
大体外交の世界は厳しいですから家族にまで魔の手が伸びてきますよ
そんな時はもう据え膳食わねば男の恥だって戴いたんだって開き直れば弱みにならんのになあと単純に思いますがそこまでの度胸もなければ助平心出すなって事ですよ 低級な話題ですみません

そんな人もいるのですか

EGUTI YOUSUKE さん 今晩は
そう言うことは昔から良く聞きすね。国の威信にかかわりますよね。
何か勘違いをするのでしょかね。
困ったことですよ。ま~普通の女性には分からないことです。

おはようございます^^

とても興味深く読みました♪
いろんな方がいるのは、今も昔も変わらないのですね♪
こういう立場にある人は、まさかこんな事をしないであろう?!という事がすでに通用しなくなった世の中です。
どこか、なにかが崩れてしまったようです。。。

相子さまの記事からはちょっと外れたコメントになってしまいましたが。。。^^;

本当に寒くなりました。
お身体大切にお過ごし下さいませ^^

困ったことです

Paganini さん  今晩は
お返事遅くなりました。 何時の世にもこう言う類の方がいると言うことは、嫌なことですね。
一旦美味しいものを手にしますと、その味が忘れられなくなってしまい、身に付いて仕舞うんでしょうね。
寒さは夕方にりますと一段と強く身に滲みます。
お気をつけてお過ごし下さい。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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