2017-08

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鯨のたれ

 日本での沿岸捕鯨の基地は4か所あります。その一つが千葉県は和田町の基地です。
 今は和田町だけですが、随分昔は白浜の乙浜港も基地でした。更に遡れば内房の勝山も基地だったと聞いております。
 沿岸捕鯨の対象になる鯨はツチクジラです。年間捕獲する頭数も決められているそうです。
 
 暫らくぶりにツチクジラの干物 通称タレと呼ばれているものです。が来ました。
 以前と比べて厚みもあり、硬さもま~老人にも無理なく噛め、味も食べ易く、冷凍になっています。

     肉厚くじらたれ  焼きくじら

 厚みもあり、硬さも随分柔らかくなっていましたので、軽く火で炙った後、キッチンハサミで切り分けられます。
 昔のタレは硬くて(最もキッチンハサミなんてありませんでしたね)出来るだけ熱いうちに手でちぎりませんと駄目なんです。
 乙浜で鯨が上がった頃、鯨が港に入ったと分かりますと、町の大人が駆け付けます。誰でも買うことができますから、女性は籠を背負い、その中にバケツや桶を入れて解体する港に急ぎます。
 男性は先ず鮮魚店の親爺さんですね。自転車で飛ばして行きます。

 その買ってきたクジラは塩に漬けて乾したのがタレと言われる物です。塩加減は家や店によってまちまちです。
 未だ車社会ではありませんでしたから県道の傍でも魚屋は干していました。また町の至る所でクジラを干すのが見られました。
 このクジラの食べ方は干すだけではなく、家庭では味を付けて煮ます。買って来たクジラの塊を3~4センチ角位に切り、一回茹でこぼします。その後家の好みの味に煮付けて、佃煮のようにします。
 時期が夏ですので、多くの家庭では子どもの弁当に入れたり、海女は潜りに行く時のオカズに持って行きます。
 クジラは匂いがあり、それを嫌う人も多く、知る人ぞ知ると言った食べ物ですね。

 千葉県JR館山駅の東口の駅舎の北側にクジラ弁当の店があります。そこで使われているのはツチクジラです。
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COMMENT

これは知らなかったです、さすが産地は違いますね
鯨は子供の頃良く食べましたよ、冷凍で固まったのお刺身とか溶ければ南蛮漬けとか給食にも鯨の揚げたの出ましたよ 今じゃ無理・無理
鯨の食文化非難される時代ですからね、でも日本人ほど鯨を隅から隅まで使った民族は居ないんじゃないかな
欧米は鯨油だけでしたしね
食文化色々言われても困りますよね

子供の頃の味

こんにちは。
鯨は子供の頃の味です:今よりも普通に色々と出ていたようで、母が佃煮のように仕上げていました。
今でも時折スーパーに出ているのを見かけますが、こちらではまったく見た記憶がありません!
鯨を食べた事があるなんて云ったら物議を醸しそうです。。。

外国では違うんですかね

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
クジラを給食で食べた世代には思い出の多い食べ物でしょう。
昔鯨油で作った石鹸もありましてね、変な匂いでした。
マーガリンも鯨油を使って作ったとか。
クジラのヒゲは文楽の世界では無くてはならに物だそうです。
何かと言われていますが、詳しくは分かりません。

記憶の食べ物ですか

yokoblueplanet さん  今日は
煮た味をご存知なんですね。私は大好きですよ。
南氷洋で獲れるクジラの刺身がスーパーに時々並びますが、調査捕鯨の物らしいですね。
調査って不思議に思って仕舞いますね。

鯨の思い出

相子様
こんばんは。

私の学生時代ですからもう45年位前のことです。
新宿駅のそばに小便横町と言われた路地がありました。
そこに鯨カツの専門店があり、かなり美味しかったので
常連でした。今では鯨の方が高いのですがその当時は安い
ので食べていました。食べ終わって武蔵境の学校に行きま
した。駅についたら様子が変です。警察から2回も手荷物
検査を受けました。そう、3億円事件が起こっていたのです。
それから忘れもしません。鯨と3億円の方程式。

愛新覚羅

私の世代が給食の鯨を知っている最後かも知れません。

会社では調査捕鯨のミンク鯨を取り扱っています。
以前はウネスや皮など何種類かは在庫にしていましたが、
最近は赤身だけです。此方では需要が少ないのです。
(尾の身は引合がありますが高くて扱えません)

思い出横丁

aishinkakura さん  今晩は
あそこは戦後すぐからありましてね。私も何回も行っていますよ。梅割りなんてありました。クラスの男の子の話では焼酎の注ぎ方がコップから零れるのが良いとかね。
今は思い出横丁と名前が変っているらしいですね。
鯨カツは美味しいです。あそこでは食べたことはありませんが、御徒町の吉池ではよく買って来ました。

他のは滅多に食べられません

ちゅんご さん  今晩は
給食ではよく出たようですね。娘たちも食べています。
ミンクを扱っているのですか。尾は高いでしょうね。
ステーキも美味しいですが手に入りませんね。
昔はクジラベーコンは安くて、貧乏学生は良くハムのようにして食べていました。

こんぱんは。
母が鯨を調理した記憶がないので、
私にとっても給食の味です。
今はベーコンも高価で手が出ませんが、
昔はよく食べたような気がします。
渋谷にくじら専門店があり、成人してからは
たまに行き、くじらの刺身もよく食べました。
最近は行っていませんが、今もあるのかな。

鯨の干物があることは知りませんでしたが、
食べてみたいですね。懐かしい味がするのかな。
なんだか久しぶりに鯨のことを思い出しました。
今は捕鯨の問題もあり、なかなか手に入らないですね。

鯨の肉は子供の時に良く母親が買って来てたべてましたが
写真の様なタレってのは全く知らないです。
市場に行くと鯨の肉が良く売ってましたわ

いま、二人で夫々の肉の名前を思い出そうとしてますが
もう忘れてしまってなかなかでてきません。

ハリハリ鍋ってのが美味しいものの様に言われてますが・・・

干物って珍しいでしょ

おばんです さん  お早うございます
給食にはクジラが良く出たようですね。私は知りません(当り前)
くじら屋ね~渋谷の道玄坂を通る時に何時かはと思っていましたが、とうとう行かずじまいです。
店の構えを思い出します。懐かしいですよ。

ご存じないでしょうね

メタボ夫婦さん  お早うございます
関西では和歌山県の太地と言う所が沿岸捕鯨の基地になっていますが、タレは無かったような気がします。多分そちらでは流通していないんでしょうね。
はりはり鍋って名前は知っており、関西では大衆的な美味しいものだそうですが、食べたことがありません。食べて見たいです。

給食の鯨は固くて癖のある匂いが…苦手でした。
大人になり、呑み屋で食べた鯨の美味しかった事! 今では好物ですが高いですね~

横浜も鯨の基地が合ったそうです。
竹竿の先端に鯨のヒゲを使ったモノ(横浜竿)は、今では高価な代物になってしまいました。

梅割も懐かしいなぁ~

相子さま♪
おはようございます^^

鯨って缶詰めでしか食べた事ないんですが、田舎では、クジラの脂身の部分を使って、「くじら汁」というものを本家の伯母様が作っていました。。。
大根やニンジンや凍み豆腐などが入っていて、味付けはお醤油だったと思います。
寒い日には体が温まり美味しいです♪
そのお汁の中に、焼いたお餅を入れて食べても美味しかったです。。。
もう何年も味わっておりませんが。。。^^;


思い出

いその爺さん  お早うございます
給食のクジラより、今のクジラの方が冷凍技術の進歩で美味しいのだそうです。
呑み屋での刺身は高いでしょうね。魚屋の店頭でも高いですもの。
クジラのヒゲの竿って初めて聞きました。高級品なんでしょうね。
梅割り 私歳ですね~。学生の頃から男の子と何事も一緒でしたから、いろいろと覚えましたよ。
呑み屋でさらしクジラの酢味噌和えなんて食べましたよ。

缶詰も食べました

Paganini さん  お早うございます
クジラの缶詰は若い時に良く食べましたよ。
良い肉を使ったいるらしく美味しかったです。
クジラ汁ってとても体が温まりそうですね。
関西のはりはり鍋はシンプルらしいですが、この汁はけんちんかさつま汁に似ているようですね。

給食の立田揚げや鯨ベーコンは子供の頃に良く食べました。尾の身も一回だけ食べたことがあります。でもタレというのは食べたことがありません。ビーフジャーキーのようなものなんでしょうか。
日本では食用だけじゃなく、捨てるところが無いくらい利用しているし、鯨が食べるので魚が減ってきているとも聞きました。日本の食文化を無視した反捕鯨は理解できません。

ビーフジャーキーに似ています

daniel mama さん  ようこそ
懐かしく思って頂けて嬉しいです。
昔のタレは塩だけで味をつけ、天日干しで手で細く裂き、齧るという感じですから、とても硬く、ビーフジャーキーに似ていました。今は食べ易いように味も今様、柔らかくなっています。
クジラも適性量でないといけないんでしょうね。其の為に調査もするのでしょうが、私はどうしてあの数がいるのかがチョッと分からず、気になっています。

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相子

Author:相子
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相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

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