2017-10

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そうだったのだ

 私のブログに興味を持って下さる方はとても嬉しく、また私もそちらを訪問します。
 毎朝PCを立ちあげますと、アクセス解析を見ます。詳しく見る訳ではありませんが、検索キーワードは必ず見ます。
 良く見て頂いているのは明治大学記念館ですね。キーワードはどれを読んで下さったのか、見当が付きます。
 
 6月14日 「武田 専(まこと)ご逝去」と言う字が見えました。たった一回ですが、ご逝去と言う字は私をうろたえさせました。
 川崎市にある武田病院を若くして開業した武田先生 長く明治大学学生相談室にご関係 精神衛生の面でご指導をして下さっておりました。精神科医の紹介、セラピストの紹介等など 先生は大きく寄与されたのでした。
 
 私が定年になった後も、良く声を掛けて下さり、酒席を共にしたものでした。
 
 数日前武田病院のHPを見ますと、先生のご逝去のお知らせが出ておりました。

 6月10日ご逝去 90歳 告別式は本日午後1時30分から3時まで青山葬儀場で執り行われたのです。

 武田専先生、山田雄一先生、祖父江孝男先生 そして私 4人で2,3年に一回お喋りをする時間を過ごしておりました。渋谷がネストの武田先生の行き付けのお店に集まります。
 先生3人のお話はそれはそれは真面目なこと。精神医療のこと、小説のこと、民族学のこと、社会学のこと、私は聞き役で大満足でした。
 酒席の最後は必ず武田先生の「ダンチョ節」です。ゆっくりゆっくりメロディーを辿りながら、身体を前に倒す様にされ、声を出します。その声は腹の底から絞り出すよう。感情が籠っておりました。
 最後にお会いしたのは2006年でした。その少し前山田雄一先生が学長時代、集まりにSPが一緒でしたので、武田先生は「山田さん あんな無粋なお供が要らなくなったら、ゆっくり飲もうよ」と仰っていたのです。
 2006年以降、どうしてかご都合がつかなく、集まりも途絶えておりました。
 お会いしなくても新しい著書が上梓されますと、必ず送って下さっていました。

 70歳を超えて叙勲をされました。叙勲を祝うパーティーが開催されました。
 その時の司会役をされたのはガンを患っていて既に末期だった小此木啓吾先生でした。小此木先生は声を振り絞り、「私が司会をやらなければなりません。武田さんとは長く一緒に過ごして来ました。私は病んでいますが、恩を受けた武田さんの叙勲を心から嬉しく思っています」とそのようなことをかすれた声でお話になりました。その声が耳に残っております。

        武田先生と

 私が武田先生からの言葉を伝えるのは、伝令のようなお役です。「持永君 皆にチョッと声掛けて呉れないかね」と電話があります。そして4人が落ち合うのです。僅か2年で三人の先生とお別れして仕舞いました。
 私のような者に長く声を掛けて下さった先生に心から感謝の念を抱いております。
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COMMENT

お悔やみ申し上げます

相子様
こんばんは。

偉い先生方が次々亡くなられてしまわれたのですね。
さぞお淋しいでしょう。お察し致します。
小此木啓吾先生の司会の話は感動します。多分私でも
恩を受けた方にはそうすると思います。
その前に頼んでくれるかどうか解りませんが。

愛新覚羅

歳をとりました

aishinkakura さん  今晩は
先生方が亡くなり、思いますと言いようがありません。
小此木先生とはこの日色々とお話が出来ました。奥さまもご一緒でした。
司会には私も感動しました。

相子さま^^
おはようございます^^

とても素敵な思い出のお話をありがとうございました。。。。
山田先生は学長さんになられてからSPが同伴だったのですね。。。


仲良くされていらした3人の方々とお話出来なくなった寂しさは如何ばかりでしょう・・・
元気を出して下さいませね・・・・・

大変でした

Paganini さん  お早うございます
山田先生はとても大きな決断をされたのです。そのことで身辺の警護が必要でした。
その内集まれると思っておりましたが、適わぬこととなって仕舞いました。

生老病死生者必衰会者定離は人の常とは言え悲しい事です

人の常ですからなるたけ後悔の少ない人生を送りたいと私はいつも前向きに考えてますよ

元気を出して明日を頑張りましょうや

同感致します

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
有難うございます。そのようなお言葉を頂くと、前向きに過ごして行きたいと思います。

「小此木啓吾先生」という文字を見て突然思い出しました。
先生の名著、「モラトリアム人間の時代」を読んだのは社会人になって間もないころで、なかなか仕事になじめずクヨクヨと悩んでいた時に出会った本でした。30年以上前のことだと思います。

べストセラーだった本

アナゴさん  お早うございます
あの本は随分読まれましたね。
今のニートと呼ばれる若者の姿のはじまり?だったような感じだったような気がします。
当時話題性もあり、研究会でも先生の講演がありました。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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