2017-10

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女学校 寄宿舎生活

 先週の木曜日10日 この日のために焦って整体に行きました。
 それでま~行くことは取り止めましたが、珍しく着るものを買ったのです。そしましたら寒さが襲ってきまして、もう外出着には向きません。
 この10日の会合 会場は房総半島にある鴨川市の簡保の宿 出た人の話では可なり良かったそうです。
 
 何の会かと言いますと昭和19年、20年、21年に千葉県立安房高女に入学し、寄宿舎に入った寄宿生の集まりでした。
 この3学年の生徒は学制の変わり目に会い、長い人で6年間寄宿にいました。中学3年と高校3年分ですね。
 ですからとても親密なのです。今回は20名 毎年回り持ちでお役をします。今年は私達の学年でした。

 寄宿に入るのは通学に不便な土地に住む生徒が中心です。
 鴨川の奥に嶺岡と言う丘陵地帯があります。当時はその奥の村から館山までの通学とても無理でした。また水田三喜男さん(元代議士)の出身地などもそうでした。今は殆んど字で残っているような農村です。
 で私はバスで通学が出来ますが、親が中国にいるため祖父母に負担を掛けないように寄宿入りました。
 この寄宿生活はそれはそれは厳しいものです。校舎と寄宿は廊下で繋がっていますから、勝手に外出は出来ません。一応許可が出たものとして、本屋に行く位ですね。喫茶店に行くなど論外です。
 家に帰る土曜日 先ず金曜日に出入り携帯簿という冊子に出舎時間を書きいれて舎監に出し、そこに印鑑を貰います。家に着くと親はその時間を携帯簿に記入します。 
 日曜日 家を出る時間を親がその携帯簿に記入します。寄宿に帰りますと、到着時間を記入し、舎監に提出します。これで手続きが終わります。途中勝手により道は出来ません。

 朝 起床時間は勿論決っております。鐘が鳴りますと飛び起き、先ず部屋の前の廊下に並び、上半身出して、夏は冷水摩擦、冬は乾布摩擦 それが済むと布団を上げ、部屋の掃除をします。トイレや食堂などは回り持ちでします。洗面後廊下に並び、朝の点呼を済ませ、食堂に行き、部屋毎のテーブルに座り食事となります。
 食事の内容ですが、ご飯は丼によそってあります。味噌汁は自分でよそいます。おかずは生卵か何か一品
 漬け物はテーブル毎に器に入れられており、それを誰かしらが各人に分けます。大体4切れですね。
 食事は済みますと部屋に戻り、廊下つたいに学校に行きます。
 
 昼食は寄宿に戻り、食堂に行き食べます。戦中、戦後に掛けての食生活ですから内容は凄いですよ。
 麦めしは当り前。藷飯 ジャガイモ飯 大根飯 海藻飯 大豆飯 等です。

 授業が終わり寄宿にに戻ります。そして洗濯をしたり、買い物に出かけたりします。また銭湯に行きましたね。
 戦後は寄宿のお風呂も沸かしましたが、銭湯通いが多かったですね。

 夕食までの間 曜日により稽古事が待っています。例えばお花、お琴などです。どれかしらやりませんとね。
 そして時には菜園の野菜の手入れです。

 夕食は早かったですね。夕食が済みいますと午後7時から9時までは黙学と言いまして、お喋りをして駄目。勉強しなさいと言うことです。試験の前でも絶対延長しては呉れません。
 黙学が終わりますと机を片付け、布団を敷きます。
 それから部屋の前に並びます。夕礼となります。当番の部屋の上級生は「本日の在寮者~~名 病気~~名」と報告をします。そして自由があります。ほんの30分程ですが、この貴重な時間 他の部屋に行きお喋りをしたり、時には枕飛ばしをしたります。そして就寝

       寄宿舎

 この写真は創立100周年の東京で開催された女学校の同窓会(芳誼会東京支部)でスクリーンに写されたものです。寄宿舎の写真は持っていませんので、とても懐かしく眺めました。
10日は一年下の伊東万里子さんも出席されたそうです。上の写真を見た時の会にもお見えになり、寄宿生の慣習で上級生への呼びかけ「お姉さま」と呼ばれて何だかワクワクしました。

 私は両親が引き揚げてきてから暫らく経ち自宅通学になり、比較的短い寄宿生活でしたね。                                                
                              続く
 
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COMMENT

相子さま
おはようございます^^
寒いですね。。。


寄宿舎での生活・・・とっても興味深く拝読しました。
今と違って食べ物ひとつとってみても違いますね。。。

続き・・・楽しみです^^


本日も。。。
素敵な一日でありますように・・・v-238

苦もまた学び

Paganini さん   お早うございます
寒い朝です。大島には昨夜避難勧告が出されましたね。また次の台風が近づいています。気を付けましょう。
今の中学1年生と同じですが、その厳しい生活をしたことは、無駄では無かったです。
この記憶は自分を励まします。

記憶力抜群ですね。

あい子さんの記憶力の良さにいつも感心しております。女学校時代のことも描写力抜群です。記憶力の少ない私は、羨ましく思いながら読んでおります。続きを楽しみにしております。

寄宿舎生活って経験がまるでないのでこんなに規則に縛られていたんですね、大学の自治寮とは大違い、両方とも一長一短あるとは思いますが一度経験したかったなってのが素直な感想、でも縛られるのが嫌いな私には難しいかな
お昼の内容もどんな味かも想像できないですがやはり銀シャリって言うかお米を腹一杯食べたかったでしょうね育ち盛りだもんね
いいお話を読ませてもらいました

今は駄目です

いさむちゃん 今日は
昔のことは良く覚えているって良く聞きますから、そんなことではないかと思います。
考えるに一つはショックもあったのでしょうね。

時代です

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
そうですか。規則を守らないと駄目な時代でしたから、おかしいと思っても抵抗できません。
大学に入りましたら、これが完全自治、これはこれで大変でしたよ。

驚きます。がんじがらめという気がしてわたしなど発狂しそうです。
時代と言ってしまえばそれまでですが、食事が・・・。
たった30分の自由な時間さぞ楽しみだったでしょうね。

婦道に進ませる

りょうこ さん  ようこそ
凄いと思われるでしょ。何しろ良妻賢母というのが、当時の女学校の方針ですから。
また寄宿では預かっている生徒を無事に守るのが大事だったのだと思います。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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