2017-10

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女学校 寄宿舎生活 続き

 寄宿舎生活は厳しいのです。三回の食事後、各人で台所に自分の食器を持って行き、洗います。
 この時上級生の厳しい人が「もっと綺麗に」と注意します。
 食事のマナーも厳しく、お箸の持ち方、使い方(箸は先の三㎝だけぬらす様にして食べる)勿論食べている時はお喋りはいけません。
 ひな祭りには和室の広間に段飾りのお雛様を飾り、夕食には校長先生が同席し、一緒に食事を取ります。それは節分の時もそうでした。校長先生が各部屋を回り、豆を撒き、そして一緒に食事です。そう言うことで色々と覚えます。
 食事の内容ですが、夕食に蒸かし藷と言う日もあり、またスイトンだけと言う日が良くありました。魚も時々でましたが、美味しかったと言う記憶はありません。お肉は記憶にありませんね。
 お天気が間違いなく良いと分かりますね。そうしますと登校前に僅かな中庭の布団干し場に布団を干します。狭いですから早い者勝ちです。そう言う時に素早い方がいるのです。それは昼食に戻った時に取り込みます。
 食事に量が少なく、お腹は何時も飢餓状態に近く、皆さん家から蒸かし藷や炒り豆(大豆やピーナッツ)等を家に帰った時持って帰ります。それを何かの合間に食べるのです。特に農村部から来ている生徒は豊かでしたね。
 私のような海辺の人間は、何だかチョッと肩身が狭かったですよ。だって貰うばかりですから。

 部屋は8畳 そこに4人入ります。6室位だったと思いますからそう多い人数ではありません。
 その部屋に各学年を縦割にして組み合わせます。半年に一回部屋の交換があります。
 舎監の部屋の前にお部屋割が張り出されます。その時の気持ちは複雑です。だって多少の好き嫌いはありますし、特に行動に問題のある生徒もいますからね。
 部屋の移動の時は大騒ぎです。
 部屋の南側は出窓になっております。窓の内側に板張りは本当に狭いのです。その窓の下の壁沿いに各自の机を並べて置きます。
 黙学の時は、その机を電気の下の持って来ます。机の配置は下の図のようにします。

       寄宿の机

 電気の光は左側から差す様にします。その為に机の配置を上のようにし、書く時も右まで明るくなっています。
 これは実際の教育ですね。

 洗濯場と洗面所と一緒になっていましたが、銭湯の棚のように各自の洗面道具を置いています。
 洗濯は洗濯板を使い、石鹸を付けてゴシゴシと洗いますね。
 
 大体農村部からの生徒は、お嬢さまですね。そのお嬢さまも野菜作りをします。
 植え付けや、虫取りはま~良いですよ。ですが肥料を掛けるのは大変です。トイレは和式で水洗ではありません。そのトイレから肥料になる便を汲みだして肥え桶に入れて運ぶのです。
 これは想像を絶しますでしょ。うっかり自分の足にでも掛けたら大変です。慎重に行動します。
 辛かったですね。でも食材は少なくなていますから、せめてと言うことですね。

 戦争が激しくなり、本土への空襲が始まりました。学校にも艦載機が飛んで来ます。銃撃をしますから、空襲の時、寄宿にいますと、部屋の押し入れに皆で入り、空襲解除になるまで過ごします。
 そのような仲間ですから、友情長く続いているのでしょうね。
 
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COMMENT

おはようございます

何度読み返しても、ちょっと真似できそうもありませんが、当時は仕方がなかったんですね。それにしても、肥料がなんとも・・・。
楽しい思いも、辛い思いも、仲間がいて乗り越えられたのかもしれないなと感じています。

惨めなものです

りょうこさん  ようこそ
このような体験は多分ブログを見て下っている方には想像外のことだと思います。
戦争末期は全てが戦争のために犠牲になり、人々は惨めな生活をしました。
最もそうでない一部の人もいますがね。それは特権階級の人間です。
肥料は化学肥料もあり、学校の農業の時間では教わっていました。が電気も足りませんし生産は少なかったのだと思います。
これは当時の一般の方法です。
今思いますと恐ろしいことですね。

大変な経験をなさったのですね。いまの穏やかな持永さんからはとても想像できません。なにもかもがまんがまんの時代だったのですね。今までもさまざまな体験を聞かせていただきましたけどまだいろいろありそうですね。これからも楽しみです。

80年生きて来ましたからね

ofujisan さん   今晩は
穏やかですか。そうね~それでも静かに抵抗をしている所もあるのですよ。
色々な経験をしましたが、愚痴は言いたくないですね。
負の経験も何時はプラス思考に変換したいと思っています。

相子さま
おはようございます^^

とても楽しく拝読させて頂きました。
寄宿舎生活、何かと厳しく食べ物ひとつとっても大変だったのですね。。。
思い出って、苦しかった時のことの方が余計に懐かしくなったりもします(私の場合ですが)。。。

このお話・・・
絵本とかになさっても素敵ではありませんか~?

肥えだめのお話も面白かったです♪
今はそんな作業はしませんものね・・・

楽しいお話・・・ありがとうございました^^
次はどんな楽しいお話が聴けるのでしょう・・・
楽しみです^^


素敵な一日でありますように・・・v-238

これはお孫さんに話してやらないとね
びっくりすると思いますよ
私のは田舎育ちでしたので田舎の香水の臭いは慣れてはいましたが抵抗は有りましたね、そのせいか小学校の頃は今ではほとんど問題にならない寄生虫を持ってる生徒が多かったですよ、薬を飲んで回虫が出て大騒ぎの時代でした、お尻から出ている回虫を母から取ってもらったことも有りましたよ
今は想像が出来ませんよ s30年前半までだったかな

今と大違いでしょ

Paganini さん  今日は
驚きますでしょ。個人の自由などありません。ここで過ごしたことは後々の生活や考え方に影響を与えているように思います。
こう言う体験はある意味で人に知って欲しいと言う思いもありますね。

成る程田舎の香水ね

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
今のコンバインを使う農業を見ますと、本当に隔世の感そのものですね。
孫は勿論、また若い人に聞いて欲しいですね。
回虫は多くの子どもに寄生していましたね。虫下しという薬を飲みましたよ。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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