2017-10

« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031»
entry_header

神社暦

 先日乃木神社の神社暦を頂きました。乃木神社はオパール・ネットワークを主宰する佐橋慶女さんの住む近くです。
 出歩けなくなる前は年間4回ほど佐橋さん宅で開催されるサロンに出掛けておりました。
 地下鉄乃木坂は駅が地下深いのですね。7,8年程前は地上に出るのに階段ですから、きつかったですね。
 今はエレベータがありますから、随分楽になりました。

      神社暦  乃木神社

 「乃木神社の前は良く通りましたよ。神社の近くに乃木会館があるでしょ。その先のマンションに良く行きましたよ」
 「皇紀2674年ね。2600年の時 私は小学校3年生だったのよ。紀元2600年と言って行事が色々ありましたよ。中国の青島でしたが、在留邦人は旗行列で街を歩いたのですよ。今考えますとね。あの時は日本が占領していたと言っても、言うなれば敵地でしょ。良く中国人がそれを眺めていたものですよ」

 「学校でもね。2600と言う人文字を広げたりね。青島の小学校のグラウンドは広かったのですよ。その写真もあるわ」

           2600年人文字

 「紀元2600年という歌があったのね。
  “金鵄輝く 日本の栄ある光 身にうけて いまこそ祝へこの朝 紀元は二千六百年 ああ 一億の胸は鳴る”ってね」
 
 「その歌 歌詞は違うけれど知っています。それが元歌だったのですね。初めて知りました
 
 「この歌の換え歌はいろいろあるようですよ。夫も金鵄上がって~~とか、何とか知っていますよ」

 乃木神社は乃木希典将軍を祭ってあります。乃木さんのことを無能だったとか、駄目将軍だったとか言う人がおります。私世代より上の方が多いですね。その言葉を聞くと私はあ~この人も司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んだのではと思って仕舞うのですね。あの小説は強烈でしたね。
 乃木さんについては色々と評価があるようです。暦を頂き色々と勉強させて貰いました。

 甲午の年と言いますと日清戦争が頭に浮かびます。あれから120年経ったのですね。 
  
       今日の朝食

       朝食2月3日
entry_header

COMMENT

暦っていろいろ有るんですか
私なんか神宮館高島暦しか知らなかったな、各神社の暦ってどんな内容か私も勉強しよう 各神社の例大祭か何かが書いてあるのかな

この歌はさすがに知らないですよ、聞いたような気はしますが 紀元は2600年ってのも聞いた気がしますよ

坂の上の雲は読んだし見たし面白かったですよ

乃木希典、歴史の時間に習いましたね。
乃木神社にも行ったことがなく、妻に言わせると、SONYの社屋の反対側じゃない?ということですが・・・。僕たちは夫婦とも歴史は苦手でして、どうしようもないです。

知りませんでしたか

EGUTI YOUSUKE さん  お早うございます
そうですよ。全国の神社の例大祭などは載せてあります。普通の暦にある方位とかものっています。また神式の手水の使い方や玉串のあげ方も見えます。

紀元2600年の歌はご存知なかった。矢張りお若い。
坂の上の雲は面白く、テレビ放映されると言うので、夫と大連、旅順に行って来ました。
観光地として日本人相手になっていました。

名前はご存じだと思います

俊介さん  ようこそ
乃木神社は六本木交差点から青山一丁目方向にゆきますと、右側にあります。
周辺が地味な感じです。
私の小学校時代は教訓として、色々と教えられました。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

そうです

鍵コメさん  今晩は
同感です。

乃木希典という人物

今晩は。
たまたまなんですが、先月
福田和也という人が書いた「乃木希典」という本(文芸春秋社、2004年)を読みました。
私もご多分に漏れず、乃木さんという人は何となく戦の下手な軍人だったというような印象を持っていたんですが、
そういう一面的なものの見方ではとらえられない何か重大なものがあると感じました。
現代の我々は「有能」ということを目指しますが、それとはまったく方向の異なる「有徳」を目指した人だ、という著者・福田氏の指摘はよくよく考えるべきことだと感じました。

学習院長がその一つ

アナゴさん  今晩は
乃木希典をWikipediaで引いてみましたら、司馬遼に対して乃木擁護論を福田恒存が書いていると知りました。
とかく一面的に見易いことへの考えるべきことだなと思ったことです。

思い出します、いろんな事を。

第一小学校の大グラウンド。広かったですね。100mのタイムを計ったり、蹴球をしたり…。柳田先生にスタンドからグラウンドへ殴り落とされたこともありました。見ていると次々と思い出します。
乃木大将の最後が「昔の人」だと感じます。明治天皇が死んだからと言って、死ぬことはなかったと思います。

沢山ありましたね

いさむちゃん   今日は
あのグランドでドッチボールの試合をしました。運動会の歌は忘れられません。
秋深くなり、天高くなりますと、自然に歌が出て来ます。
朝礼の時は一番上の校庭でしたね。
回虫駆除の海人草を飲むのは辛かったですが、それはそれで思い出になっています。
冬はスチームの上にお弁当箱を載せて温めましたね。

Please write a comment!


 管理者にだけ表示を許可する

entry_header

TRACKBACK URL

http://aikoqipao.blog47.fc2.com/tb.php/1984-1af1126f

side menu

side_header

プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

MATERIAL

【背景、記事テーブル素材】
レースの壁紙
レースの壁紙 様

【素材の加工】
FC2blogの着せ替えブログ

Powered By FC2 blog