2017-10

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土筆と白土

 1944年4月 千葉県館山市にある女学校に入学 通学には省営バスを利用しました。
 省営とは当時の鉄道省ですね。国営です。
 朝一番のバスに乗り、館山までの16キロ 座席は両側にありますが、座れるのは早く駅に行った者順です。
 老人は先ずおりませんが、バスははち切れそうな位に詰め込まれて走ります。
 男女一緒ですから、押されて嬉しい人もおりました。今の中学から高校2年生位の若者ですから、異性に対して興味があっても当たり前。当時は男女別学。中学は男子 女学校は女子のみ
 列車で通学する生徒は館山から東京方面と鴨川方面とに別れています。当時の学校は車輛を中学生と女学生と分け、同じ車輛に乗ることは禁止されていました。
 おまけに上りと下りの車輛が向いあっても会わせないように男女の車輛を組んでおりました。

 と言うことでバス通学の生徒はとても羨ましがられたものです。
 もてる子はガードして呉れる男子もおりましてね、押されても大丈夫なのです。私など腕を窓の枠に伸ばし、必死に身体を支えていたものです。
 今の中学生や高校生の生活とはまさに隔世の感そのもでしょ。

 前置きが長くなりましたが、その私の乗るバスが館山に向かう途中に白土(シラツチ)を掘り出している場所がありました。白土は磨き粉の原料になると聞いておりました。今のクレンザーのようなものですね。家庭の台所の必需品です。
 でその白土のある場所に土筆が出るのです。
 白土ですから、土筆の色が実に綺麗に見えるのです。
 ある時その土筆の話を祖父母に話しましたら、食べられるから取りに行ってと言われました。
 
 歩いては遠すぎます。バス停はありません。仕方なく自転車で摘みに行きました。経験がありませんからどれ程摘めば良いのか分かりません。でも沢山摘めば良いだろうと沢山摘み家に戻りました。

         EGUTIさんの土筆

 摘んで来ましたら土筆の袴を取るようにと言います。この写真でも分かりますように袴は一本の土筆に何枚もあります。これは大変ですね。それでも頑張って全部とりました。
 その土筆 祖母が薄味で煮ものにしました。その量は情けないほど僅かになっています。
 父方の祖父の家では当時離れの2室に療養のために転地して来ている人がおり、賄いをしておりましたから春の一品にしたかったのでしょう。
 今はその白土の採石場は無いかも知れませんが、土筆の生えていた風景は今も目に浮かんで来ます。
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COMMENT

こんにちは。

土筆はいざ食べようとすると、厄介なものですね。

とうに根気を失った私、ずいぶん土筆を口にしてないようです。

でも里山は今が野草の最盛期。
山椒の葉が大きくなってきましたので、筍も見つけやすくなる頃です。
今から胸が躍ります^^

通学のお話ですが、私もバス通学でした。
男子校でしたしその方角はあと中学しかありませんから、
そのような羨ましい記憶はありませんが、
悪がき同士大騒ぎして通っていたこと、懐かしく思い起こしました。

羨ましい

NANTEI さん  今日は
男性ばかりだとそれはそれなりに賑やかでしょうね。

お宅の傍では山椒の葉や筍が取れる。 里山の特権ですね。
そう土筆はその後何回も摘みましたが、本当にがっかりします。
料理屋さんでは築地のつまやで買うのでしょうね。可愛い土筆が添えられていますものね。
このバスはやがて木炭バスになり、トラックの上に乗って通うようになりました。
カーブになりますとね、身体が斜めになるのです。必死に摑まって落ちないように頑張ったものです。男の子もその時は抑えて呉れました。安全なんてあって無きが如し時代でした。

変な時代があったものですね。僕は田舎育ちで片道1時間を自転車で通いました。でも、高校生の頃はそういうことも気にならないんですね。雨風の時はたまにしかのらないバスの混雑に辟易したものです。なにしろ、バスの便も少なくて(笑)つくしの袴取りは一番嫌いな手伝いでしたね。子供には美味しいものではありませんし。今は好きになりました。

今は楽です

俊介さん  ようこそ
片道一時間と言いますと結構距離がありますね。土筆の袴とりのお手伝いなさったのですか。子供には嫌なものですよね。

戦時中は酷いものでした。空襲がはげしくなりますと、バスが運休 慌てて家に戻り、自転車で行ったものです。

おはようございます
私も田舎ですから
幼稚園は片道40分徒歩。
小学校は50分。
中学校は1時間やっと自転車。
高校は自転車に電車にバスで2時間。
それでも楽しかったです。
当時の様子は想像以上に厳しいですね。
とても貴重なお話です。
土筆の群生写真を見て懐かしく思いますし
白土との関係も不思議です。
母と一緒に土筆採りに行ったのが昨日のように想えます。

私は公共の交通機関で通学・通勤したことがないのです。
出張などで都会の混雑に遭遇すると苦痛ですね。

今年は一回だけ土筆を採って煮ましたが、
袴の掃除は大変ですから季節に何回もとはいきません…

凄いですね

敷島さん  お早うございます
幼稚園まで40分歩くって今ではあり得ない位の話ですね。
今は送迎バスですからね。
2時間もかなりですね。若い時はそれなりに楽しい思い出もありましょうね。

今は土筆は見るだけです。可愛くて夢を運んで呉れます。

徒歩か自転車?

ちゅんごさん お早うございます
それは珍し感じですね。そう言えば下宿されたとか、学校が近くでしたのですね。

土筆は面倒ですね。季節ものですから、ま~一回はという物でしょうか。

通学ですか 私は中学・高校は自転車でしたよ 中学の時は20分位だったかな 高校の時は近くの駅まで1時間くらいそこから汽車通でした 電車じゃないよ デ-ゼル車か昔ながらの機関車だったかな そして都会に出て人の多さに圧倒されましたよ 懐かしいですよ

春の1品ですが本当に手間が掛かるんですよ

有難うございます

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
土筆の写真お借りしました。
今は親が車で送ることも多くなっていますね。交通機関も整備されて本当に良くなっています。
バスの定期代が高くて、高校に二人も行きますと、親が送る方が安いとか聞いております。

若者でびっしりのバスってすごい活気があったでしょうね。今の若者と違ってなにか微笑ましい気がします。

つくしは毎年楽しみにしています。何するにも面倒な私がつくしの袴は嬉々としてむき続けます。まだ食い意地がのこっているようです。     

親も身元も分かっています

ofujisan さん  今日は
それは凄いですよ。何しろバスの中はぎゅう詰めですから、背中と背中がくっつくのは良いのですがね。
バスのスピードが遅く、1時間近くも掛かるのです。疲れて仕舞います。

土筆出て来るのですか。良いですね。

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Author:相子
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相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

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