2017-10

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鍛えて呉れた処

 私の昔の職場 そこには多くの学生が学び、生きていました。
 生きていたと言いますのは、学業に励んでいたと言うだけではなく、全人的な営みがあったと言うことです。
 戦後の混乱期は過ぎ、大学には自立出来ない若者も多くなって来ておりました。
 問題を起こす学生も増えて来ておりました。
 大学は問題解決の方向の一つとして学生相談室を設けることを決めました。 
 それは大学のトップが準備したのではなく、そう言う組織の存在に気が付いた教員を中心に検討を始めたものでした。
 
 当時 大学生が人に自分の悩みを聞いて貰うとか、相談して貰うなど、すること自体多くの人には遠くの何かでしかありませんでした。学内でもそうでした。
 学生部と言う組織がありまして、その中から委員を決めて開設に取り組みました。
 1958年 そのチームは出来ました。具体的に発足するには大学の認可が要ります。
 随分おかしなことです。ですが事を始めようとする動機と実際に動き出すと言うことには様々な状況をクリアしなければなりません。
 カウンセリングと言う言葉も日本に定着していませんでしたから、その事の内容を大学当局に理解して貰うことから始めたものです。

 政経学部の中野渡信行先生を始め松山亮次郎先生、それに堀淑昭先生とが中心になり、責任は学生部長の永田正先生
 事務方は杉原方平さんと私 
 1959年4月に和泉校舎に開設することが出来ました。
 酷いぼろやです。看板は守衛さんが銅板を叩いて作って呉れました。

         相談室入り口

 大学は部屋は準備して呉れましたが、相談員は手当なし、初年度の予算は50万円 それは苦労の連続でした。
 先生方は熱心でした。
 
 先だってふと見たテレビ 五月病のことを取り上げております。
 あれっ?若しかしたらと見入りましたら明治大学の学生相談室での取り組みの紹介でした。

       2014年相談室

 先ごろ送られて来た明治大学広報第667号に上のような学生相談室の案内が掲載されていました。
 現在の学生相談室の活動やスタッフ等は上の赤字学生相談室からご覧になって頂けます。

 多くのことへ努力なさり苦労をなさった中野渡先生の肖像を掲載させて頂きます。

       中野渡先生

 中野渡先生は明大スキー部の部長を務められ、スキー部の発展に多く貢献をなさいました。
 現在のスキー部長は中野渡先生の愛弟子木谷光宏先生が引き受けております。
 中野渡先生には愚痴を聞いて貰い、励まして頂き、私にとって忘れえぬ恩人です。
 発足から30年 私は退職しました。
 忍耐を学び、組織での人間関係のあり様を学び、根回しや予算のやりくりなど私を鍛えて呉れました。
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COMMENT

う~~ん、先生方にすれば、落ちこぼれ学生は出したくないと思いますが、大学生ともなれば、すべて自己責任だと思っているので、相談室自体が不思議な存在なんですよね。私の場合、我が強すぎるんですよ・・・。困ったものです。

相談室の事、テレビでみました。まるで喫茶室のようにモダンで落ち着いた感じでした。ブログの写真を見て吃驚です。時代ということもあるでしょうが、当時と今では力の入れようがまるで違っていたのでしょうね。
室長がインタビューに答えていました。
[この方はきっと持永さんに頭があがらないね」、なんて勝手に想像していました。

一人では難しいこともあり

りょうこ さん  ようこそ
今は日本の大学の多くに相談室とかカウンセリング・ルームなどが設けられております。
仰る通り大学生ともなれば確りとしてと思います。
しかし迷う時はアドバイスも要るかも知れません。また情報も要るかも知れません。
特に精神的な問題を抱えている時にはこういう場所は役に立つと思います。
精神科の医師に相談ができ、アドバイスも受けることが出来ます。セラピストのカウンセリングも受けることが出来ます。
弁護士もおりますから、法的な問題で困った時の相談も出来ます。

綺麗でしたでしょ

ofujisan さん  今晩は
私もびっくりしました。以前より綺麗になっていますし、職員も増えていました。
事務長は会って話をしたことはあります。
一所懸命にやっていますよ。

相子さま♪
おはようございます^^
素晴らしいお話をありがとうございました。
その当時に学生相談室を創設するということがどんなにか大変だったのかわかりました。
明治大学の学生相談室が今あるのは、相子さま方のご尽力によるものでしたのですね。。。

本日も素敵な記事でございました^^
ありがとうございます♡

素敵な一日でありますように・・・

何事も志をもって起し、
それが歴史・伝統となって後世に引き継がれていくことは
人が生きる証となり幸せなことだと思います。

若造の私が言うのもなんですが、
とっても素晴らしい憧れの仕事人生です。

張り合いがありました

Paganini さん  お早うございます
学生に個人的に接し、その中からも学ぶこと多く、良かったと思っております。
何時もコメントを頂き有難うございます。

新しいことが次々

ちゅんご さん お早うございます
既に50年以上相談室は続いて来ました。
学生の日常起きる問題は世相の反映でした。
社会的な問題として大きくなる事を、相談内容から掴むことが良くありました。
そう言う時の全体での検討は意義があったと思います。
学生のためにと言う大きな目標があったからです。
私の生涯の半分は大学と一緒にありました。有難いことだと思っております。

こんにちは。

ご自分の生きてきた軌跡、
そして関わったお仕事に誇りを持てることの素晴らしさ、
羨望の思いで読ませていただきました。
そして周りに碩学・英知の方々のなんと多いこと!
底辺で生きてきた私には眩しいばかりです。
できれば、今でも相談したいこと多々あります。

恐れ入ります

NANTEI さん  今日は
何時も謙遜なさるNANTEIさんには教えられること多く、伺っております。
私は裏方でしたが、30年にわたり給料を貰って勉強させて頂いたような、恵まれたところにおりました。
ハイ とても有難く感じております。

こんばんは。
私も医療に関係して仕事をしましたから心療内科におけるカウンセラーさんと接したりしてきました。そこで感じたのはカウンセリングは根拠に基づいた学問なんだということ。アメリカなんかの企業のトップは専属の心療内科の先生を抱えてたりするんですね。
相子さんにはこの蓄積が30年分もあるのですね。明治はこのような伝統で今も輝く大学なんですね。素敵です。

アメリカが本場

あかちんさん  今晩は
私は事務方ですがインテークを受け持っていましたので、毎日学生に会っていました。
カウンセリングの概念と関係なく、今は何事でもカウンセリングと言って使われておりますが、本来は確りと学ばなければならないものですね。
日本の企業で社内にカウンセラーを早く取り入れたのはNTTだったと思います。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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