2017-10

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足を洗う

 足親指の切開から今日で10日経ちました。
 朝のシャワーを浴びる時 足指を包んでいたガーゼなどを剝しました。
 足を洗うことは勿論久しぶりです。

     足親指

 これは切開する準備を待つ間に待合室で写したものです。
 切開のあとは外れないように確りとガーゼやテープで留められていました。
 
 足を洗うと言うことに関心があるのは、1984年の夏 井上眼科病院で網膜剥離の手術を受けた時からのことです。
 当時の看護は今と違いまして、付き添いには派出婦さんを頼むことになっておりました。

 私の付き添いにお願いした方は病院の近くに住む方でした。年齢は55歳位です。
 この方は看護のベテラン。両眼帯で完全に目が塞がれている私ですが、心配はしませんでした。

 そうですね。手術後左眼帯が外せるようになった時です。彼女が大事そうに書類を出して来ました。
 「奥さん 私はね。親が分からないのですが、偉いさんだったらしいのです。今は付き添いをしているのですが、その前は有名な会社の重役さんの2号さんの家のお手伝いをしていたんです」
 その有名な会社と言うのは現在日本のトップj企業です。それから彼女は登記簿と遺言状を出し、私に見せるのです。
 「これを見て下さいよ。私が2号さんの面倒を見たのを感謝してその家を私に下さったのですよ」
 書面は間違いなく思えました。
 「あなた これってね。人に見せちゃ駄目よ」と強く言いました。
 その彼女が清拭を毎日して呉れるのですが、実に丁寧です。
 ある日 「奥さん 足を洗いましょ」と洗面器にお湯を入れて持って来ました。

 手術後日も経っていましたので、相当汚れていたと思いますね。
 彼女は丁寧に、ゆっくりと足を全て余すところなく洗って呉れました。
 その足を見た私は“これが私の足?”と驚きました。磨きあげられたわが足 幼子のような軟らかい感じの皮膚と感覚です。
 「奥さん 私はこうやって毎日奥さんの体を洗っていたのですよ」と言います。
 そうか ある種の女性ってこのような生活をするのだと気が付きました。
 
 旗袍の生地を買いにゆくのですが、偶に近くの彼女の家に寄りました。ある時寄りますと男性の姿が見えます。
 「どうなさったの」とお聞きしました。
 「何だか面倒を見て欲しいって来たんですよ」
 「あなた あれを見せたのでしょ」
 「見せてないですよ」
 「そ~お?おかしいわよ。気を付けてね」と帰って来ました。

 私の看護をしていた頃はバブル時代です。彼女の家も不動産屋が億単位の話を持って来たようです。
 その時、彼女はその家を離れると仕事が無くなるからと、売らないと言っておりました。
 10年ほど前、その家の所を通りました。
 表札はそのままですが、家は人の住んでいる様子はなく、見るかに荒れていました。
 
 足を洗う時に時々彼女のことを思い出すのです。

 
 
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COMMENT

足は大丈夫ですか?

なんだか、切ない、懐かしいお話ですね。
今と違い色々な情報が隠されていた時代です。
そのような話しは結構あるのでしょうね。
その方は今どうしているのでしょう?

そして、涼しくなってきましたね、季節の変わり目です。
ご自愛くださいね。
では、また。

相子さま♪

おはようございま~す^^

大分、良くなられたようですね・・・

今日のお話・・・小説のようなお話ですね。
少し驚きました^^;

涼しいを通り越し寒いですね・・・
ご自愛下さいませね。。。

どうされているのでしょう

YOUさん  お早うございます
そうですね。オープンには出来ないことは今もあるとは思いますね。
足は大丈夫です。
ご心配有難うございます。

良くなりました

Paganini さん  お早うございます
今日は涼しさを超え寒い位ですね。
ハイ こう言うこともあるのですね。
足は大丈夫です。有難うございます。

よかったですね、足っていつも洗っていたいのに、できないともどかしいでしょう。
ある種の女ね、ダンナ次第なんですよね。
最低の人種だと思います。

チョットした短編小説になりそうな話ですね。聞いていてドキドキしてしまいます。90年代の話でしょうから、彼女はどうしているのでしょう。バブルの影に咲く月見草というかんじです。

先生の仰る通り

りょうこ さん   ようこそ
靴に足がスムーズに入ると良いです。
治療は1週間でほぼ終わりました。

そうですね。この方は身内がいなかったようです。幸せな人生ではなかったのかも知れません。

会うことはないでしょう

kincyan さん  今日は
女性が遺言を書いて渡した時は、命の尽きる時だったようです。身内のいない女性だったそうです。
派出婦の方ももう何処かに行かれて仕舞っていると思います。

相子さん こんにちは・・・。

孤独という言葉を思いつきました。

何ともやりきれない・・・でも女性は強いのですよね・・・。

俗に言うひょうそうの軽いのだったにかな
良くなられて良かったですよ PCどうですか

2号さんの面倒を見て家Ⅰ軒ですか そんな事言えば2号さんは何をもらったんだいと思ってしまいますよ(笑
庶民には分らん世界ですね、まあ分りたいとも思わんが・・・・

どう過ごしているやら

ひげさん  今日は
そうですね。このお二人はどちらも幸薄き人だったのではと思います。

軽くて良かったです

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
足はもうすっかり良くなりました。ご心配有難うございます。
2号さんは孤独な人だったようです。贅沢をさせて貰ったのでは。
PCはまだ調整中です。完全に準備が出来たら、使います。多分来週です。先生が一所懸命にやって呉れています。

映画のようなお話ですが、彼女が明らかにしたのは、
相子さんの人間力に惹かれたからだと思います。
しがらみのない信用できる誰かに打ち明けてしまいたかったのかも?

孤独な人でしたから

ちゅんごさん  今晩は
誰かに打ち明けたいと言う気持ちはあったのかも知れませんね。
丁度私の職場の近くだと言うことで、話し易く感じたのかも知れません。
家も教えて呉れ、寄ってと何回も言いました。で偶に顔を見に行っていました。

いろいろな世界、色々な暮らしがあるものですね。なんだかドキドキしました。持永さんのお人柄を見抜いてのことだったのでしょうね。その後がちょっと気になりますね。

いろいろと聞かせて呉れました

ofujisanさん  今晩は
人生いろいろと歌の文句のようですね。
家政婦の方は今のような医療制度になるとは思ってもいなかったことだろうと思います。
あなたも昼休みを使い、見舞いに来て下さいましたが、20日の程の間 50人程の方がお見えになって下さいました。
そのお見舞い品を食べるのを彼女は楽しみにしておりましたよ。食べながら良く話して呉れたのです。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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