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2019-10

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今日の一品と勤労奉仕の話

 毎日のことですが 惣菜って余り代わり映えがしません。それでもブログに載せるとなると、少々考えます。
 どう考えるかですが、同じような物を続けないことってね。そんなことです。

 今日の一品は豆腐の六角焼き風と言って良いかしら。二人で小さめの木綿豆腐一丁で作りました。

        押し豆腐ゆず味噌

 豆腐にラップを掛けて平らな所に置きます。重石を載せます。半日置きました。確りと水が出て良い感じになっています。
 一丁を4切れにし、一切れずつオリーブオイルで豆腐の六面を焼きます。
 焼きましたら、皿にとり買い置きのゆず味噌を掛けただけです。簡単ですが美味しいです。これは夜のメインです。


 勤労奉仕の話
 九州は熊本のあかちんさん 良い食品を送って下さいます。娘達の無洗米はあかちんさんご推奨の物です。
 今日訪問しましたら麦畑の風景がアップされていました。で昔を思い出したのです。
 事後承諾ですが写真を一枚お借りします。

        小麦畑

 この麦は小麦なんです。麦秋と言う言葉はご存知の通り、麦の穂が黄色くなり収穫の頃を表現しますね。
 1944年4月に女学校に入学しました。そして農繁期には農家に勤労奉仕に行きました。
 農家は働き手が戦争に行っている家です。ですから老人と女性が働き手です。
 女学生でも農家の方は自家作業で勤労奉仕は免除されます。農家と言いましても娘が農作業をするような家庭ではないと言っても差し支えないでしょう。お嬢様です。 
 で勤労奉仕に行く人の親は勤め人か商人などです。私は無職の祖父母の家ですから、勤労奉仕に行きました。

 麦刈りは当時は大麦と小麦とがあり、大麦は穂先が太くて痛いのです。
 刈る時には右手に鎌を持ち、左手で麦の茎の方に掌を左に向けて当てます。そこに右手で鎌を横に動かして刈り倒して行きます。稲刈りと違い、束ねて行くのではなく、列のように倒して行けば良いのです。
 一週間位の奉仕です。
 農家によってはとても優しい方の家もありますが、厳しく意地悪のような家もあります。
 チョッと疲れて手を休めていましたら、刈り取った藁を投げつけられたこともありました。
 辛くて嫌な経験でもありましたが、人生の中で何か役立っているかも知れませんね。鎌の研ぎ方も覚えましたし、麦の種類も覚えました。
 農家の方もいろいろだと言うことも知りました。

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COMMENT

お豆腐のなんとおいしそうなこと。
こつはしっかりと水分を抜くことだけかしら?
明日の夕飯は決まりです。

麦刈までなさったのですね。本当にご苦労さまの少女時代でしたね。
どんな時でも感謝の気持ちは持っていたいですね。

そうです

ofujisan さん  今晩は
お豆腐の上に載せる重石は完全に全体を押してないと駄目です。均等の重さがかからないとね。
戦中でしたからね。義務のようなものですよ。
帰国して大きなカルチャーショックを受けました。

相子さま♪

おはようございます^^

精進料理ですね・・・
お豆腐は大好きです。
シンプルでとっても美味しそうです・・・

今日も良い一日を・・・v-344

そうです

Paganini さん   今日は
ハイ 精進料理です。
豆腐は特に色々と使えますね。

暑くなりました。お気をつけてね。

勤労奉仕

勤労奉仕、時間がたって聞くと懐かしいような言葉。でも当時は大変でしたね。青島では「麦刈り」はありませんが、工場に働きに行く準備段階だったように思います。中学2年に工場勤務になりました。

一億総動員

いさむちゃん 今日は
そうなんですね。今の中学生の年齢ですからね。

女学校の講堂は学校工場となり、3年生はジュラルミンの部品を作っていました。
4年生と5年生は船橋の工場に動員されて行きました。
酷い時代でした。

麦秋ですね、私も今朝撮ってきましたよ、オオムギかな 今日載せますね
麦の刈り取り私も少しは経験が有りますよ
小学校の頃ですが、かゆくてかゆくてまだ稲刈りの方が良かったですよ。
麦踏もやったしね 子供の頃は裏作で結構麦作っていたんですよ、そして麦を刈ってから稲を作ったんですよ。だから今みたいに田植えが早くなかったですよ
同級生の山の子供は水が無いものですからもっぱら畑で麦を作っていましたよ、私はガキ大将だったので山の友達がよく休みの時は泊りに来てましたよ、私も夏休みは山の友達の所に泊りに行ったな、そのときリュックに入れて持たされるのがお米でしたよ
今じゃ信じられないくらいのんびりしてたもんですよ

こんにちは。
手伝ってくれてありがとうございますじゃないのかなと個人的には思います。農家も色々ですね。今は機械がやってくれますのでだいぶ楽になっているとは思います。色々な経験が今の相子さんのベースで素敵な人格をつくっているのですね。

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
私も稲刈りや麦踏みもしました。麦刈りはチクチク顔を刺して嫌でした。そう痒くなりもしました。
田舎では裏作で麦かそら豆でしたから、田植えも遅かったです。
戦後直ぐはお米を持たないと旅行も行けませんでした。

普通ですよ

あかちんさん   今日は
写真有難うございます。
子ども頃から少女時代 今では考えられないような生活でしたね。
皆そうだったとは言えませんでしょうが。
多くの人が苦労をしました。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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