2017-08

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70年前のこの日

 戦後70年ということで、色々なことが思い出されます。
 1945年5月18日のことは8年前にアップしております。
 私は女学校の2年生 今の中学2年生ですね。今思い出してもその夜のことは忘れることは出来ないと言うか、忘れないでしょう。
 千葉県房総半島の先端の町 白浜と言うのですが、今は南房総市白浜町と言う所です。
 その町の先端(最南端です)そこに野島崎灯台があります。日本でも古い洋式灯台です。霧笛の響く夜は自然に目が覚め、海難が起きないようにと厳粛な気持ちになったものです。
 その灯台を背にして北に山があります。山国の方から見れば山とは言えないような山です。
 名前は城山(じょうやま)と呼びます。
 その山を目掛けて米軍の艦隊が艦砲射撃をして来たのです。

        城山

 手前が灯台方向です。北の方向の小高い山 これが城山です。
 親戚の葬儀に行きました時、撮して来ました。もう二度と見ることはないかも知れないと心に刻み帰宅しました。

 ネットは色々なことを調べることが出来ますね。この白浜の艦砲射撃に付いてもそうです。
 ここにリンクして置きます。ご覧になって下さい。

 この艦砲射撃のあった数日後の夜です。沖から轟音が聞こえて来ます。
 祖父母は直ぐに私と妹に山の避難小屋に行くようにと言います。
 「私達はどうなっても良いけれど、二人は逃げなさい」と家から追い立てるように小屋に向かわせました。
 避難小屋はそのときより少し前に作ったものです。山道からずれた木で隠れるような場所に丸太を並べます。
 その周りの四隅に柱を立てて、蚊帳を釣るようにします。
 屋根は雨漏りがしない程度の簡単な屋根です。一応夜具は置いてあります。

 その小屋に行くのには峠を越します。妹と手を繋ぎ、峠に立ち海の方を眺めました。
 日本の船と何処かの船との砲弾が飛び交っています。物凄い音とその撃ちあう砲弾からか出る閃光は恐ろしくてなりません。
 私は妹の手を引き、必死で避難小屋に向かい、たどり着きました。
 小屋は暗く、二人だけです。とても眠れるようなものではありません。
 翌朝小屋から家に戻りました。
 峠から沖を眺めますと、砲撃で叩かれた船が浮かんでいました。そのことを書いたものは未だに目にしておりません。
 戦いはこうして大きな辛く切ない悲しいものを人に与えます。

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COMMENT

知りませんでした

相子様
おはよう御座います。

艦砲射撃なんてあったのですか。そこまで米軍が来ていたのですね。
沖縄を除く日本本土で艦砲射撃を受けたのは幕末の長州と薩摩。
それ以来かも知れませんね。

愛新覚羅

沢山あったのです

aishinkakuraさん  お早うございます
下記のブログをご覧になって下さい。

http://blogs.yahoo.co.jp/naomoe3/44335008.html

「敗戦」が遅すぎました。

大変怖い経験をしましたね。降伏を迫る交戦国に対し無視した結果、広島・長崎の悲惨な結末。アツツ島、硫黄島と敗戦の状況が続く中、沖縄に米軍が上陸した4月に降伏すべきでした。国民を守らず天皇を守ろうとするのみ。その天皇も処刑もされずに平和愛好者の振舞…。敗戦を知るのは20%とか、何も知らない為政者が戦える国を目指します。もう怖い経験はしたくないです。

艦砲射撃は映画の中でしか私は見た事が無いですね、今では貴重な経験の持ち主ですよ

平和をって言える国はいい国ですよ
平和の均衡って皮肉な事に軍備力の均衡
ってのが事実ですがこればっかりは一国平和主義ではどうにもならんなとこの頃特に思いますよ

多くの人を犠牲にした

いさむちゃん   今日は
全くですよ。3月10日の東京大空襲で焼け野原になっても、未だ本土決戦なんてひどい話ですよ。
深夜アメリカの放送を聞いていますと、どんどん負けてゆくのですよ。
戦争は絶対嫌です。

凄いです

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
艦砲射撃は猛烈なものですよ。経験する必要は要りません。

多くの国民はこれから日本がどう進むのかと関心があると思います。
EGUTIさんのお考えも分かりますが、国はもっと問題を国民に知らせることが要ると思います。

こんにちは。
安倍さんが歴史的な演説をアメリカで行ったと日本のメディアは発信しました。一方ニューヨークタイムズは一面はおろか隅っこの記事でしかなかったようです。もう、国の操作をするこはできません。
日本は原爆を体験した唯一の国です。国の守り方はアメリカと同じでなくていいのです。二度と国民を恐ろしい目に会わせないで欲しい、そう思いました。

どうなるのか心配

あかちん さん  今日は
日本は議院内閣制ですから、日本人の在りようがこれから大きく問題になって来ると思います。数を背景にしますから、人々は日常的に政治に関心を持つべきだと思います。

すごい体験ですね。同年代の方でもこれほどの体験をなさった方は少ないのではないですか?戦争そのものを目の前にして。なんだか震えてしまいそうです。
孫たちを送りだしたおじいさま、おばあさまもどれほどつらかったでしょう。
戦争の酷さには限りがありませんね。

戦争は嫌です

ofujisan さん  今晩は
こうして少しでも体験を書き、あの時代のことを知って頂きたいと思うのです。
沖縄のことを思うと胸が一杯になります。
戦争は酷いものです。
世界では今もどこかで戦争が起きています。
平和が続くことを願わずにはいられません。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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