2017-10

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徳満春彦さん

 中国青島で小学校を一緒に過ごした仲間の集りは青島羊会と言う名で、長く集まっております。
 毎年5月に懇親会が持たれますが、この数年私は欠席続きで、何となく申し訳なく感じております。
 既に80歳を超えていますから、年々参加者が減って来ています。
 来年は最後の集りになりそうだと耳にしておりましたので、ソウルの金さんにお知らせしてと思い、お世話役の宮崎豊茂さんに電話を入れました。
 そこで徳満春彦さんが2月初旬に急逝されたと知らされました。良い方でした。

         徳満さん

 私は青島羊会で一時期一緒にお世話役をしておりましたが、誠実な人柄で温厚,存在感がありました。
 昔 中学や女学校の入試は体力中心で徳満さんはそのために青島中学受験に落ちたと聞いておりました。
 優秀な徳満さんが?ってそれはないでしょと言いたくなりましたね。
 鹿児島出身ですので、鹿児島の西村唯雄さんにお亡くなりになったことをお知らせし、徳満さんの小学校時代のことをお聞きしました。
 以下は西村さんからの返事です。

 『徳満春彦君のことですが第一小学校に一年生入学した時は一年三組で一緒、担任は古賀光一先生でした。
 (古賀光一先生は私が転入した時の担任でした。徳満さんとは会えませんでしたね)
 また女性の天野絹代さんも同じクラスで私達が第三小学校に移ってから卒業するまで天野さんとは同じクラスで過ごしました。
 徳満君は小さいとき猩紅熱の病気におかされ、その所為で体の調子が弱く一年生の途中から一年五組(体が弱い人達を集めたクラス)に編入されておりました。
 (このクラスは中村八大さんも入っておりまして、毎日日向ボッコがあったり、肝油を飲んだり、田舎から行った私には何となく羨ましい感じのクラスでした)
 住居は黄台路で私の家の一軒上隣の二階に住んでいて(お父さんは青島駅の助役から駅長になられた)
一階には乾さん(後青島中学の同窓会鳳雛会の会長を務めた人)などが住んでいましたよ。
 (乾さんの一番下のお嬢さんは羊会の川畑さんと結婚され、現在私と同じマンション群の別棟にお住まいです)
 徳満君は大変な勉強家でその当時から頭の良さでは我々平凡な連中とは違って一目おく存在で皆からその点では尊敬される存在でした。
 終戦後郷里鹿児島に帰国、私も鹿児島彼は鹿児島では第一級の進学校である第一中学校に転校入学、忽ちにして頭角を現し学級第一の成績で卒業、鹿児島の島津の奨学金を得東大に進んだことは言うまでもありません。
 話に聞くと在学中に司法試験に合格したとのこと私は聞いておりませんが本当だったのでしょうか?
 私の孫(女子)が現在東大文1で3年生となり学んでおります。卒業したら徳満君に紹介しようと思っておりましたが残念に思っております。
 徳光君、本原君、私とは黄台路で隣同士として過ごした仲、 青島中学には私達と一緒に受験したのですが・・・・・
体が弱いと言うことで、当時中学に配属されていた配属将校の意向で残念ながら入学を拒否されたということでした。
 それで学院にはいっておりましたが、配属将校の交代により翌年一年遅れて中学に入り直したということです。』

 一部割愛致しましたが西村さんお許し下さい。戦時中は進学するにも体力が左右したのですね。

 上の写真は最後にお会いした時の徳満さんです。娘に訳の分からない変な請求書が来た時は彼の弁護士の肩書に頼り処理をして頂きました。
 事務所開きの時は羊会の仲間で学士会館に集り、お祝いをしたものです。
 東京第二弁護士会に所属していたと伺っており、水俣病の東京弁護団のメンバーとして国連に行かれたこともありました。
 年賀状と暑中見舞いを必ず頂いておりましたが、今年の暑中見舞いはもう届きません。
 
 段々寂しくなります。徳満さんの最後にお会いした時の集合写真を載せて置きます。

          2010年羊会
 歳月はいつの間にか過ぎ去って行きます。この中には既に鬼籍に入られている方もおります。
 残念ですが人の歩みはこうでしょう仕方がありませんね。

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COMMENT

寂しくなります

徳満晴彦さんが亡くなったそうで、残念です。ご冥福を祈ります。
天野絹代さん、中村八大さんとは小学校時代の思い出がありますが、徳満さんは良く存じません。昔の仲間が去ることは辛い事ですが、やむをえません。

何とも言いようがないですよ
会者定離とでも言いますか、お知り合いがいなくなるのは寂しいですね

御冥福をお祈り申し上げます

こんにちは。
お仲間が亡くなられるのはさびしいですね。
私の年齢でも、先月、同級生が二人急逝したと聞き、悲しさと何とも言えぬさびしさがありました。

それでも、相子さんはお仲間がいらっしゃる事はいい事だと思いますし、人との繋がりを大事にされる相子さんならではお人柄だと思います。

古賀先生

いさむちゃん 今日は
私も絹代さんと八大さんは覚えていましたが、徳満さんは第三に移られたので、知りませんでした。羊会で出会ったのです。
古賀先生は素敵な先生でしたね。そのことを話すことなくお別れして仕舞い、残念です。

有難うございます

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
あなたもお母様とお別れになったばかりで、寂しさは一入と思います。
人生は永遠にとは行きません。別れは仕方がないことですね。

寂しさを感じます

koh さん  今日は
会うは別れの始まりとは言い、何時かわと言うことでしょう。
Kohさんの同級生の急逝は驚かれたことでしょうね。
縁は大事に生きたいと思います。

Kohさんも頑張って下さいね。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

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